神と支配者(2)◆dGUiIvN2Nw
神と支配者(1)に戻る
ずっと歩き通しだったため、休息を取ろうということになり、近くの民家へと五人は入った。それなりに広く、部屋も四つほどある。
主催者側の趣向なのか、日本風の家の中に丸テーブルや椅子が置いてあり、かなり浮いたインテリアとなっていた。
「お邪魔しまーす!」
大声で早苗は言った。
変なところで律儀である。
雷電が適当に棚を開ける。そこには今まで誰かが住んでいたかのように、服が丁寧に畳まれていた。
「色々と物資が調達できそうだな」
その言葉を皮切りに、全員で家の中を物色をすることになった。
各々が自分の興味ある場所を調べる。五人もいれば、すぐに必要なものは揃うだろう。
「……サカキ。ちょっといいか?」
サカキが一人で棚を調べていると、ふいに雷電が声をかけた。
「何か見つかったのか?」
「いや、そういうわけじゃなく……その、アカギのことなんだが」
「アカギ? 彼がどうした」
サカキが視線をアカギに向ける。彼はちょうど、奥の部屋へと入って行ったところだった。
「正直言って、俺はあいつを信用していない」
「……それはまた唐突な告白だな。共に行動していた仲間だろう?」
「俺と早苗はアカギと会ってすぐにサカキ達と出会った。だから……」
「時間が浅いから信用できないと?」
「そうじゃない。実を言うと……」
サカキは雷電から事のあらましを聞いた。
ポケモンを使うアカギを早苗が妖怪だと判断したこと。その彼女を黙らせるためとはいえ、非情な行動に出たこと。殺しを厭わないと明言したこと。
そして、何か別の目的があるのではないかということまで。
「……確証がないな」
しかし、サカキはそう言って雷電の言葉を否定した。
「確かに私は、最初彼に疑われたりもした。しかし、それはこの場においてはごく自然な考え方だ。
殺しを厭わないというのも、君と違い、自分の身を守る力がない我々にとって最低限の覚悟といえる。誰も好き好んで人を殺すわけじゃない。だからこそ、早苗君も生きている。そうだろう?」
サカキの言葉は正論過ぎるほど正論だった。
雷電は、アカギがサカキを怪しいと言った時、ただの印象だと言って相手にしなかった。しかし、それは自分も同じだ。アカギが何か別の目的の為に動いているという考え方は、ただの直感に過ぎない。言うなれば、それもただの印象だ。
「確かに……考え過ぎていたのかもしれない」
「早苗君が大事なのはよくわかるよ。だが、常に視野を広めておかなくてはならない。そうしなければ、また妖怪にしてやられるかもしれんぞ。なにせ、妖怪というのは人と大差ない者までいるくらいだからな」
「……ああ。悪かった。突然こんなことを言い出して」
「仲間の心理状況を確認するのは重要なことだ。むしろ、よく打ち明けてくれたと礼を言いたいくらいだよ」
そう言ってサカキは笑った。
「あ、いや……。そう言われると立つ瀬がないな」
雷電は苦笑して礼を言うと、早苗のところへと戻って行った。
主催者側の趣向なのか、日本風の家の中に丸テーブルや椅子が置いてあり、かなり浮いたインテリアとなっていた。
「お邪魔しまーす!」
大声で早苗は言った。
変なところで律儀である。
雷電が適当に棚を開ける。そこには今まで誰かが住んでいたかのように、服が丁寧に畳まれていた。
「色々と物資が調達できそうだな」
その言葉を皮切りに、全員で家の中を物色をすることになった。
各々が自分の興味ある場所を調べる。五人もいれば、すぐに必要なものは揃うだろう。
「……サカキ。ちょっといいか?」
サカキが一人で棚を調べていると、ふいに雷電が声をかけた。
「何か見つかったのか?」
「いや、そういうわけじゃなく……その、アカギのことなんだが」
「アカギ? 彼がどうした」
サカキが視線をアカギに向ける。彼はちょうど、奥の部屋へと入って行ったところだった。
「正直言って、俺はあいつを信用していない」
「……それはまた唐突な告白だな。共に行動していた仲間だろう?」
「俺と早苗はアカギと会ってすぐにサカキ達と出会った。だから……」
「時間が浅いから信用できないと?」
「そうじゃない。実を言うと……」
サカキは雷電から事のあらましを聞いた。
ポケモンを使うアカギを早苗が妖怪だと判断したこと。その彼女を黙らせるためとはいえ、非情な行動に出たこと。殺しを厭わないと明言したこと。
そして、何か別の目的があるのではないかということまで。
「……確証がないな」
しかし、サカキはそう言って雷電の言葉を否定した。
「確かに私は、最初彼に疑われたりもした。しかし、それはこの場においてはごく自然な考え方だ。
殺しを厭わないというのも、君と違い、自分の身を守る力がない我々にとって最低限の覚悟といえる。誰も好き好んで人を殺すわけじゃない。だからこそ、早苗君も生きている。そうだろう?」
サカキの言葉は正論過ぎるほど正論だった。
雷電は、アカギがサカキを怪しいと言った時、ただの印象だと言って相手にしなかった。しかし、それは自分も同じだ。アカギが何か別の目的の為に動いているという考え方は、ただの直感に過ぎない。言うなれば、それもただの印象だ。
「確かに……考え過ぎていたのかもしれない」
「早苗君が大事なのはよくわかるよ。だが、常に視野を広めておかなくてはならない。そうしなければ、また妖怪にしてやられるかもしれんぞ。なにせ、妖怪というのは人と大差ない者までいるくらいだからな」
「……ああ。悪かった。突然こんなことを言い出して」
「仲間の心理状況を確認するのは重要なことだ。むしろ、よく打ち明けてくれたと礼を言いたいくらいだよ」
そう言ってサカキは笑った。
「あ、いや……。そう言われると立つ瀬がないな」
雷電は苦笑して礼を言うと、早苗のところへと戻って行った。
「妖怪退治の基本はやはり問答無用が一番です!」
「まあね。いちいち相手の話聞くのも面倒だし」
「……いや。やっぱりそれは聞くべきじゃないか?」
早苗がいつもよりテンション高め(普段から高いのだが)に話し、それを軽い調子で霊夢が受け返す。
最初に出会った頃の気まずさはいつの間にかなくなっていた。
ディアルガによる時間移動が記憶違いの原因だということを霊夢が信じ、サカキが地道に説得を繰り返した結果だ。
それに何より、霊夢にとって自分と同じ境遇の者というのはどこか親しみ深いものがあったのだろう。
二人の会話は時折ついていけないこともあったが、雷電は微笑ましい気持ちで見守っていた。
サカキとアカギはこの場にいない。二人で話し合いたいことがあるということで、別室にいるのだ。少し気にはなったが、霊夢のことも含めたより深い情報交換だという意見に納得し、今はこうして早苗と二人で霊夢の面倒を見ている。
サカキのいない所での霊夢は至って普通だ。これも彼を支えにしている結果だとは分かっていても、その自然な振る舞いを見ていると、案外病気もすぐに治るのではないかと、そんな甘い期待をしてしまうのだった。
「まあね。いちいち相手の話聞くのも面倒だし」
「……いや。やっぱりそれは聞くべきじゃないか?」
早苗がいつもよりテンション高め(普段から高いのだが)に話し、それを軽い調子で霊夢が受け返す。
最初に出会った頃の気まずさはいつの間にかなくなっていた。
ディアルガによる時間移動が記憶違いの原因だということを霊夢が信じ、サカキが地道に説得を繰り返した結果だ。
それに何より、霊夢にとって自分と同じ境遇の者というのはどこか親しみ深いものがあったのだろう。
二人の会話は時折ついていけないこともあったが、雷電は微笑ましい気持ちで見守っていた。
サカキとアカギはこの場にいない。二人で話し合いたいことがあるということで、別室にいるのだ。少し気にはなったが、霊夢のことも含めたより深い情報交換だという意見に納得し、今はこうして早苗と二人で霊夢の面倒を見ている。
サカキのいない所での霊夢は至って普通だ。これも彼を支えにしている結果だとは分かっていても、その自然な振る舞いを見ていると、案外病気もすぐに治るのではないかと、そんな甘い期待をしてしまうのだった。
ところかわって、別室。
大きな丸テーブルを挟んで、二人は対峙していた。
その椅子の座り方だけでも対照的。
サカキはどっかりと座り、マナーもへったくれもなく足をテーブルに置いている。棚から見つけ出してきた葉巻を吸う姿はどこからどう見ても悪人のそれ。
対してアカギは針ほどの隙も見せない心構えで静かに座っている。
「貴様のおかげで随分とやりやすかったぞ。アカギ」
みなまで言わずとも分かる。サカキがこれほどまでに素早くグループに溶け込めたのは、アカギの悪印象が早苗と雷電にとって強過ぎたからだ。
「その態度を見る分には、やはり私の事を知っているようだな」
「噂程度には。貴様の地方にはあまり詳しくない」
アカギの組織は、宇宙エネルギーの開発を掲げているが裏では伝説のポケモンを使って新たな世界を創世しようとしている。裏の世界に精通するサカキは、ここに来る以前からアカギがどうしようもない企みを胸に抱いていることを知っていた。
「私は詳しいぞ」
アカギはあくまで表情を変えずに口を動かす。
「ロケット団を結成し、世界を震撼させた一人の男、サカキ。突然姿を消した謎の男。トキワジムのリーダーがその男であったことに世間が気付いた当時はかなりセンセーショナルだったぞ。ジムリーダーは厳選されたポケモン使いの称号だからな」
「奴らの情報網はザル同然だ。貴様も同じ穴のムジナならわかるだろう?」
「確かに。だがそのため我々のような人間は力をつけることができた」
一瞬の沈黙。
もう立て前は必要なかった。
「うまく仕込んだな」
「霊夢のことか? ふん。まだまだだ」
「しかし、よく調教されている。何より、命令に逆らわないところがいい。私の駒はどれも駄目だ」
「やり方が悪い」
「君のようにはできんさ。どうやってあんな便利な道具を作った? 後学のために教えてくれ」
どうしようかとサカキは迷う。が、褒められるのは嫌いじゃない。
サカキは自分の左手を見せた。
「……小指がないな。確か、霊夢も同じ傷を」
「私がつけた」
アカギが目を細める。
「奴に恐怖というものを心底植えつけてやった。その上で、私が恐怖を克服する様を見せつけてやった。一発だったよ。何とも打たれ弱い女だ」
正確にいえば、何にも捉われないという霊夢の基盤ともいえる性格があった結果だった。
多少なりとも恐怖というものを今までに抱いたことがあったのなら、これほど簡単に折れたりはしなかっただろう。
何にも縛られず、負の感情に囚われたことのない霊夢だからこそ、短時間であれだけの人格矯正ができたのだ。
「まさかそんなことで……」
アカギは言葉をなくしてしまっているようだ。
「ククク。支配者足る者、道具の一つも作れないでどうする」
「……君はそういう発想をする人間か」
「当たり前だろう? 部下は大事にするが、命令を遂行するだけの道具には利用する以外に価値はない」
「では、どうして身を挺して彼女を庇った?」
「ああいう腑抜けた奴らには、お人好しの仮面を被った方が効果的だ。早苗と霊夢が知り合いだということも含め、かなりの好印象に繋がると踏んだ」
抜け目ない奴め。
アカギは内心そう罵倒した。
大きな丸テーブルを挟んで、二人は対峙していた。
その椅子の座り方だけでも対照的。
サカキはどっかりと座り、マナーもへったくれもなく足をテーブルに置いている。棚から見つけ出してきた葉巻を吸う姿はどこからどう見ても悪人のそれ。
対してアカギは針ほどの隙も見せない心構えで静かに座っている。
「貴様のおかげで随分とやりやすかったぞ。アカギ」
みなまで言わずとも分かる。サカキがこれほどまでに素早くグループに溶け込めたのは、アカギの悪印象が早苗と雷電にとって強過ぎたからだ。
「その態度を見る分には、やはり私の事を知っているようだな」
「噂程度には。貴様の地方にはあまり詳しくない」
アカギの組織は、宇宙エネルギーの開発を掲げているが裏では伝説のポケモンを使って新たな世界を創世しようとしている。裏の世界に精通するサカキは、ここに来る以前からアカギがどうしようもない企みを胸に抱いていることを知っていた。
「私は詳しいぞ」
アカギはあくまで表情を変えずに口を動かす。
「ロケット団を結成し、世界を震撼させた一人の男、サカキ。突然姿を消した謎の男。トキワジムのリーダーがその男であったことに世間が気付いた当時はかなりセンセーショナルだったぞ。ジムリーダーは厳選されたポケモン使いの称号だからな」
「奴らの情報網はザル同然だ。貴様も同じ穴のムジナならわかるだろう?」
「確かに。だがそのため我々のような人間は力をつけることができた」
一瞬の沈黙。
もう立て前は必要なかった。
「うまく仕込んだな」
「霊夢のことか? ふん。まだまだだ」
「しかし、よく調教されている。何より、命令に逆らわないところがいい。私の駒はどれも駄目だ」
「やり方が悪い」
「君のようにはできんさ。どうやってあんな便利な道具を作った? 後学のために教えてくれ」
どうしようかとサカキは迷う。が、褒められるのは嫌いじゃない。
サカキは自分の左手を見せた。
「……小指がないな。確か、霊夢も同じ傷を」
「私がつけた」
アカギが目を細める。
「奴に恐怖というものを心底植えつけてやった。その上で、私が恐怖を克服する様を見せつけてやった。一発だったよ。何とも打たれ弱い女だ」
正確にいえば、何にも捉われないという霊夢の基盤ともいえる性格があった結果だった。
多少なりとも恐怖というものを今までに抱いたことがあったのなら、これほど簡単に折れたりはしなかっただろう。
何にも縛られず、負の感情に囚われたことのない霊夢だからこそ、短時間であれだけの人格矯正ができたのだ。
「まさかそんなことで……」
アカギは言葉をなくしてしまっているようだ。
「ククク。支配者足る者、道具の一つも作れないでどうする」
「……君はそういう発想をする人間か」
「当たり前だろう? 部下は大事にするが、命令を遂行するだけの道具には利用する以外に価値はない」
「では、どうして身を挺して彼女を庇った?」
「ああいう腑抜けた奴らには、お人好しの仮面を被った方が効果的だ。早苗と霊夢が知り合いだということも含め、かなりの好印象に繋がると踏んだ」
抜け目ない奴め。
アカギは内心そう罵倒した。
「……君のスタンスを聞いておこうか」
「脱出の手段は多いに越したことはない。そして、一番効率的なのが優勝であるという事実は誰にも曲げられん。要はそういうことだ」
「なるほど。多少ニュアンスは違えど、だいたいは私と同じか」
「ディアルガの件は一応礼を言っておこう。貴様にとっての切り札だったのだろう?」
「君が現れた時点でその優位性は崩れたよ」
ディアルガとバルキアの件は、自分一人が知っていてこそ優位を保てるものだ。サカキが他の二人にばらしてしまう可能性がある以上、もはやそれは切り札とはいえない。
サカキがどの時間軸からここに呼ばれたのか。それはアカギには分かりようのないことだ。
もしかしたらディアルガ達のことは知らなかったのかもしれない。しかし、そんな小さな可能性に賭けて黙っておく程の情報ではない。
情報を渋るのは、その行為がばれないという確信があってこそするものだ。ばれてしまえばそれだけで不審感を抱かれることになる。それはあまりにもリスクが高い。
「殊勝だな。しかし、貸し借りはもうなしだ。あの雷電とかいう小僧を戒めてやったからな」
「戒める?」
怪訝そうにアカギは聞いた。
「貴様が怪しい、だそうだ。どうする? 私としてはここで殺しても一向に構わんぞ。戦力はもはや充分過ぎるほどにある」
「……彼でなく私を取るということか」
その言葉に、サカキはクックと笑った。
「どちらが有能かは明白だろう? 早苗は霊夢が抑える。奴に固執する理由はないな」
「下手な行動は取らない方がいい。さしたる障害にはならない。君がそのように戒めてくれたのだろう?」
「なかなか冷静じゃないか」
「私は神になる男だからな」
アカギはそう言ってにやりと笑う。
つられて、サカキも笑った。
それは交渉成立の証だった。
「先程、主催者側からの干渉があった」
端末をテーブルの上へ置いてアカギの方へと滑らせる。アカギはそれを手に取ると素早くモニターを表示させた。
「……先程、私のことを詳しく知らないと言ったのは嘘ということか」
「当然だ。簡単に手の内を明かす馬鹿がどこにいる」
サカキは、これまでに自分が得た情報を全てアカギに話した。
クリスタルのこと。主催者側にいる男のこと。その男の会話から得た情報のこと。
「奴は優勝に拘らないと言っていた。つまり、うまく動けば複数人でも生き残れるということだ。どうだ? 最高のカードだろう?」
「ああ。最高だ。全財産をベットしても申し分ない程にな」
アカギは端末をサカキに返した。
二人は立ち上がった。
サカキは葉巻の火を靴で消し、適当な場所に捨てた。
「その葉巻。吸わないのか?」
「親切なおじさんを演じるには、少しばかり印象が悪い。ストックはちゃんと持っているがね」
「……まったく。マメなことだな」
扉を開け、談笑していた三人に向けてアカギは言った。
「もうしばらく休憩してからここを出よう。今のうちに準備をしておいてくれ」
「脱出の手段は多いに越したことはない。そして、一番効率的なのが優勝であるという事実は誰にも曲げられん。要はそういうことだ」
「なるほど。多少ニュアンスは違えど、だいたいは私と同じか」
「ディアルガの件は一応礼を言っておこう。貴様にとっての切り札だったのだろう?」
「君が現れた時点でその優位性は崩れたよ」
ディアルガとバルキアの件は、自分一人が知っていてこそ優位を保てるものだ。サカキが他の二人にばらしてしまう可能性がある以上、もはやそれは切り札とはいえない。
サカキがどの時間軸からここに呼ばれたのか。それはアカギには分かりようのないことだ。
もしかしたらディアルガ達のことは知らなかったのかもしれない。しかし、そんな小さな可能性に賭けて黙っておく程の情報ではない。
情報を渋るのは、その行為がばれないという確信があってこそするものだ。ばれてしまえばそれだけで不審感を抱かれることになる。それはあまりにもリスクが高い。
「殊勝だな。しかし、貸し借りはもうなしだ。あの雷電とかいう小僧を戒めてやったからな」
「戒める?」
怪訝そうにアカギは聞いた。
「貴様が怪しい、だそうだ。どうする? 私としてはここで殺しても一向に構わんぞ。戦力はもはや充分過ぎるほどにある」
「……彼でなく私を取るということか」
その言葉に、サカキはクックと笑った。
「どちらが有能かは明白だろう? 早苗は霊夢が抑える。奴に固執する理由はないな」
「下手な行動は取らない方がいい。さしたる障害にはならない。君がそのように戒めてくれたのだろう?」
「なかなか冷静じゃないか」
「私は神になる男だからな」
アカギはそう言ってにやりと笑う。
つられて、サカキも笑った。
それは交渉成立の証だった。
「先程、主催者側からの干渉があった」
端末をテーブルの上へ置いてアカギの方へと滑らせる。アカギはそれを手に取ると素早くモニターを表示させた。
「……先程、私のことを詳しく知らないと言ったのは嘘ということか」
「当然だ。簡単に手の内を明かす馬鹿がどこにいる」
サカキは、これまでに自分が得た情報を全てアカギに話した。
クリスタルのこと。主催者側にいる男のこと。その男の会話から得た情報のこと。
「奴は優勝に拘らないと言っていた。つまり、うまく動けば複数人でも生き残れるということだ。どうだ? 最高のカードだろう?」
「ああ。最高だ。全財産をベットしても申し分ない程にな」
アカギは端末をサカキに返した。
二人は立ち上がった。
サカキは葉巻の火を靴で消し、適当な場所に捨てた。
「その葉巻。吸わないのか?」
「親切なおじさんを演じるには、少しばかり印象が悪い。ストックはちゃんと持っているがね」
「……まったく。マメなことだな」
扉を開け、談笑していた三人に向けてアカギは言った。
「もうしばらく休憩してからここを出よう。今のうちに準備をしておいてくれ」
「サカキさん。ポケモンって本当に妖怪じゃないんですか?」
サカキが雷電と早苗を呼び寄せると、開口一番に彼女が聞いてきた。
「定義は人それぞれだ。君がポケモンというものがどういうものか分からないように、私にも妖怪というものが何なのか分からない」
「はあ。……うーん。じゃあけっきょくよくわからないままってわけですか」
「そうでもないぞ。たとえ妖怪でも、有効活用はできると考えてはどうだ?」
「有効活用?」
「ポケモンはモンスターボールに入れれば所有者の言う事を忠実に聞いてくれる。たとえポケモンが妖怪だとしても、妖怪退治に使ってはいけない理由はあるまい? むしろ、両者で凌ぎを削ってくれる方がこちらとしても好都合」
「なるほど! さすがはサカキさんです! 頭良いです!!」
早苗的に、その理屈は納得のようで、今にも拍手しそうなくらいに新たな発見を喜んでいた。
こっそりと雷電がサカキに耳打ちする。
「正直助かった。どう説得すべきか迷っていたんだ」
雷電のその言葉に、サカキは笑みを浮かべて小さく頷いた。
「それで霊夢のことだが、アカギと相談して決めたことを君達にも守ってもらいたい。簡単に言うと、あまり彼女を否定せず、刺激を与えないようにサポートするというものだが、一応君達の同意を得てからにしたいと思ってな」
「無論反対などしない」
「私もです! 霊夢さんが治る為なら何だってしますよ!」
「……助かるよ。本当に、出会ったのが君達でよかった」
その言葉に、二人は暖かい笑顔で応えた。
「そういえば、アカギはどうした?」
「霊夢を襲った人間について本人から話を聞きたいそうだ。大丈夫。彼はやり方を心得ているよ」
サカキが雷電と早苗を呼び寄せると、開口一番に彼女が聞いてきた。
「定義は人それぞれだ。君がポケモンというものがどういうものか分からないように、私にも妖怪というものが何なのか分からない」
「はあ。……うーん。じゃあけっきょくよくわからないままってわけですか」
「そうでもないぞ。たとえ妖怪でも、有効活用はできると考えてはどうだ?」
「有効活用?」
「ポケモンはモンスターボールに入れれば所有者の言う事を忠実に聞いてくれる。たとえポケモンが妖怪だとしても、妖怪退治に使ってはいけない理由はあるまい? むしろ、両者で凌ぎを削ってくれる方がこちらとしても好都合」
「なるほど! さすがはサカキさんです! 頭良いです!!」
早苗的に、その理屈は納得のようで、今にも拍手しそうなくらいに新たな発見を喜んでいた。
こっそりと雷電がサカキに耳打ちする。
「正直助かった。どう説得すべきか迷っていたんだ」
雷電のその言葉に、サカキは笑みを浮かべて小さく頷いた。
「それで霊夢のことだが、アカギと相談して決めたことを君達にも守ってもらいたい。簡単に言うと、あまり彼女を否定せず、刺激を与えないようにサポートするというものだが、一応君達の同意を得てからにしたいと思ってな」
「無論反対などしない」
「私もです! 霊夢さんが治る為なら何だってしますよ!」
「……助かるよ。本当に、出会ったのが君達でよかった」
その言葉に、二人は暖かい笑顔で応えた。
「そういえば、アカギはどうした?」
「霊夢を襲った人間について本人から話を聞きたいそうだ。大丈夫。彼はやり方を心得ているよ」
◇◇◇
「霊夢。少しいいか?」
サカキと早苗、雷電が別の部屋で話し合っている時、ふいにアカギがそう声をかけた。
サカキ達は、アカギと決めた霊夢の対処などについて話し合っている。無論、霊夢には知らされていない。彼女はただサカキに待っていろと言われたから待っているだけだ。
「……何?」
霊夢はアカギをあまり好きになれなかった。サカキと同じ、いや時にはサカキ以上にリーダーとして場を取りまとめる様は、霊夢にとってあまり面白い光景ではなかったのだ。
霊夢にとって、サカキは神。全てにおいて絶対の存在。そのサカキよりも上に立とうとするアカギを本能的に嫌うのは当然といえる。
「そう邪険に扱わないでくれ。少し君に話しておきたいことがあっただけだ」
「悪いけど、今は気分じゃないの。そういう話は──」
『貴様のおかげで、随分とやりやすかったぞ。アカギ』
突然、サカキの声が聞こえ、霊夢は目を見開いた。
アカギの手には四角い機械が握られている。
「テープレコーダーだ。録音した音声を聞くことができる。君には少しショックな内容だが、伝えておいた方がいいと思ってね」
このテープレコーダーはサカキと合流する以前、早苗から譲り受けたものだった。
「……一体何なの。あなたとサカキ様がどういう会話をしたのかは知らないけど私は……」
「いいから黙って」
それでも文句を言おうと口を開くが、テープから流れる内容が核心に近づくにつれて、段々と閉口していった。
『奴に恐怖というものを心底植えつけてやった。その上で、私が恐怖を克服する様を見せつけてやった。一発だったよ。何とも打たれ弱い女だ』
『まさかそんなことで……』
『ククク。支配者足る者、道具の一つ作れないでどうする』
霊夢の冷え切った表情。それが驚愕へと変わっていった。
『……君はそういう発想をする人間か』
『当たり前だろう? 部下は大事にするが、命令を遂行するだけの道具には利用する以外に価値はない』
霊夢の手が震えているのが、アカギにもわかった。
「で、でも……サカキ様は……私を庇ってくれた。だから──」
『では、どうして身を挺して彼女を庇った?』
『ああいう腑抜けた奴らには、お人好しの仮面を被った方が効果的だ。早苗と霊夢が知り合いだということも含め、かなりの好印象に繋がると踏んだ』
霊夢の言葉は、もはや紡がれることがなかった。
「……まさかと思っていたんだ。それで、少し引っ掛けてみた。……残念だよ」
そう。アカギは、サカキと共同戦線を組むつもりなど鼻からなかった。
あの交渉の場は言うなればブラフ。
こちらに協定の意思があると見せかけ、霊夢を瓦解させるだけの言葉と、サカキが持つ情報を得るためのもの。
アカギにとって、サカキの存在は邪魔以外の何物でもない。
雷電達の信頼を即座に得る演技力。人を束ねるに足る手腕。何よりも恐ろしい人心掌握術。
アカギには、もはやサカキはデメリットしか生まない存在だった。
サカキは優秀だ。しかし、優秀過ぎる人間は時に毒となる。
自分以上に駒をうまく使える人間はいてはいけないのだ。
「君にとって、あの男は神だった。しかし、彼は君を何とも思っていない。君を道具としか考えていない。……彼は、君にとっての全てだったのに」
「……せ……ない……」
「そうだ。もはや、君の精神を繋ぎ止める方法は一つしかなくなった。……いいんだ。全てを解き放てばいい。君は何も悪くない。悪いのは、君を騙したあの男だ」
霊夢がサカキを殺す。そして、サカキを殺した霊夢を私が殺す。これで不確定要素は全て消える。
目の前で人を殺した人間を殺す。正義はこちらにあるのだ。早苗はともかく、雷電なら理解するだろう。
扉の隙間から、サカキの背中が見える。無防備な背中が。
さて。あともう一言、彼女に殺人へと漕ぎ出すための勇気を与えよう。
「大丈夫。誰が何と言おうと、私が君を許そう。私が……君の神になろう」
霊夢は、自分のデイバックから鋭利な包丁を取り出した。刃物恐怖症を治すために、自分の意思でバックにいれた包丁。刃物を克服し、サカキに褒められようと思っていた包丁。
(悪いなサカキ。主催者に関する情報はありがたく頂いておく。新世界の礎となってくれ)
アカギは、極上の笑みを浮かべて心の中で黙祷した。
サカキと早苗、雷電が別の部屋で話し合っている時、ふいにアカギがそう声をかけた。
サカキ達は、アカギと決めた霊夢の対処などについて話し合っている。無論、霊夢には知らされていない。彼女はただサカキに待っていろと言われたから待っているだけだ。
「……何?」
霊夢はアカギをあまり好きになれなかった。サカキと同じ、いや時にはサカキ以上にリーダーとして場を取りまとめる様は、霊夢にとってあまり面白い光景ではなかったのだ。
霊夢にとって、サカキは神。全てにおいて絶対の存在。そのサカキよりも上に立とうとするアカギを本能的に嫌うのは当然といえる。
「そう邪険に扱わないでくれ。少し君に話しておきたいことがあっただけだ」
「悪いけど、今は気分じゃないの。そういう話は──」
『貴様のおかげで、随分とやりやすかったぞ。アカギ』
突然、サカキの声が聞こえ、霊夢は目を見開いた。
アカギの手には四角い機械が握られている。
「テープレコーダーだ。録音した音声を聞くことができる。君には少しショックな内容だが、伝えておいた方がいいと思ってね」
このテープレコーダーはサカキと合流する以前、早苗から譲り受けたものだった。
「……一体何なの。あなたとサカキ様がどういう会話をしたのかは知らないけど私は……」
「いいから黙って」
それでも文句を言おうと口を開くが、テープから流れる内容が核心に近づくにつれて、段々と閉口していった。
『奴に恐怖というものを心底植えつけてやった。その上で、私が恐怖を克服する様を見せつけてやった。一発だったよ。何とも打たれ弱い女だ』
『まさかそんなことで……』
『ククク。支配者足る者、道具の一つ作れないでどうする』
霊夢の冷え切った表情。それが驚愕へと変わっていった。
『……君はそういう発想をする人間か』
『当たり前だろう? 部下は大事にするが、命令を遂行するだけの道具には利用する以外に価値はない』
霊夢の手が震えているのが、アカギにもわかった。
「で、でも……サカキ様は……私を庇ってくれた。だから──」
『では、どうして身を挺して彼女を庇った?』
『ああいう腑抜けた奴らには、お人好しの仮面を被った方が効果的だ。早苗と霊夢が知り合いだということも含め、かなりの好印象に繋がると踏んだ』
霊夢の言葉は、もはや紡がれることがなかった。
「……まさかと思っていたんだ。それで、少し引っ掛けてみた。……残念だよ」
そう。アカギは、サカキと共同戦線を組むつもりなど鼻からなかった。
あの交渉の場は言うなればブラフ。
こちらに協定の意思があると見せかけ、霊夢を瓦解させるだけの言葉と、サカキが持つ情報を得るためのもの。
アカギにとって、サカキの存在は邪魔以外の何物でもない。
雷電達の信頼を即座に得る演技力。人を束ねるに足る手腕。何よりも恐ろしい人心掌握術。
アカギには、もはやサカキはデメリットしか生まない存在だった。
サカキは優秀だ。しかし、優秀過ぎる人間は時に毒となる。
自分以上に駒をうまく使える人間はいてはいけないのだ。
「君にとって、あの男は神だった。しかし、彼は君を何とも思っていない。君を道具としか考えていない。……彼は、君にとっての全てだったのに」
「……せ……ない……」
「そうだ。もはや、君の精神を繋ぎ止める方法は一つしかなくなった。……いいんだ。全てを解き放てばいい。君は何も悪くない。悪いのは、君を騙したあの男だ」
霊夢がサカキを殺す。そして、サカキを殺した霊夢を私が殺す。これで不確定要素は全て消える。
目の前で人を殺した人間を殺す。正義はこちらにあるのだ。早苗はともかく、雷電なら理解するだろう。
扉の隙間から、サカキの背中が見える。無防備な背中が。
さて。あともう一言、彼女に殺人へと漕ぎ出すための勇気を与えよう。
「大丈夫。誰が何と言おうと、私が君を許そう。私が……君の神になろう」
霊夢は、自分のデイバックから鋭利な包丁を取り出した。刃物恐怖症を治すために、自分の意思でバックにいれた包丁。刃物を克服し、サカキに褒められようと思っていた包丁。
(悪いなサカキ。主催者に関する情報はありがたく頂いておく。新世界の礎となってくれ)
アカギは、極上の笑みを浮かべて心の中で黙祷した。
◇◇◇
「霊夢はそれなりに自尊心が高い。彼女を怒らせるようなことは極力控えよう。たとえ冗談であってもな。そうやって、徐々にこちらが導いていけばいい。時間は掛かるだろうが、正常に戻る可能性はある」
「わかった。大した協力はできないかもしれないが、俺にできることなら喜んで力を貸す。何かあれば言ってくれ」
サカキは雷電に礼を言うと、早苗と向き合った。
「早苗君。君はさっきのように、できるだけ彼女の話相手になってやってくれ。何だかんだと言っても、やはり似た境遇の君には親近感があるようだ」
「任せて下さい!」
そう言って敬礼する早苗に、サカキは微笑んだ。
「ああ。頼りにしている」
ふいに、扉が開く音が聞こえた。
サカキが振り向く。
その隙間から、入って来るのが霊夢だとわかる。
「どうした? 待っているように言っておいたはずだが。何か問題で……も……」
「わかった。大した協力はできないかもしれないが、俺にできることなら喜んで力を貸す。何かあれば言ってくれ」
サカキは雷電に礼を言うと、早苗と向き合った。
「早苗君。君はさっきのように、できるだけ彼女の話相手になってやってくれ。何だかんだと言っても、やはり似た境遇の君には親近感があるようだ」
「任せて下さい!」
そう言って敬礼する早苗に、サカキは微笑んだ。
「ああ。頼りにしている」
ふいに、扉が開く音が聞こえた。
サカキが振り向く。
その隙間から、入って来るのが霊夢だとわかる。
「どうした? 待っているように言っておいたはずだが。何か問題で……も……」
サカキの言葉は、途中で掻き消えた。
早苗は思わず手で口を覆い、雷電は驚愕で身動き一つできない。
ぎらりと光る包丁。それを霊夢は手に持っていた。
そこには、血濡れの博麗霊夢がいた。
「霊……夢。何だ……それは?」
やっとの思いで、サカキは口を開いた。
「ああ、サカキ様! 見て下さい。ほら、これ」
そう言って霊夢は血がべっとりとついた包丁を見せつける。
奥の部屋には、仰向けで倒れているアカギの姿が見えた。
「克服したんです。ほら! もう全然平気なんです!」
興奮冷めきらぬ様子で、ぶんぶんと包丁を振り回す霊夢。頬についた血が、鈍く光っている。
雷電は、その様子を見て思わずぞっとした。
「本当は誰よりも先にサカキ様に聞いて欲しかったんですけど、お忙しいようでしたから……。でもちゃんと敵は殺しました!
ほら見て! 見て下さい! 私がやったんですよ。この手で、この包丁で殺したんです。凄いでしょう!?
ああ、本当に……どうしてあんなに怖がってたのか不思議なくらい。とても自信がつきました。恐怖なんてもうありません。どんな敵が来てもサカキ様を守れます!」
ぺらぺらと口早に喋る霊夢。その嬉々とした様子は、まるで子供のそれだ。
「……あ、ああ。そう……か。それは……」
戸惑いがちに近寄り、ぽんと肩を叩く。
「つ、疲れただろう。雷電達と少し休息を取るんだ。服もこんなに汚れてしまっている」
「ああ。そうですね。確かにこの格好じゃ、他の参加者と出会うと何かと不便です。近づいてくれないと刺し殺せないですもんね」
そう言って笑う霊夢。その笑顔は純真無垢なものだった。
「雷電。任したぞ」
雷電は声すら出せず、その場で頷いた。
「……大丈夫。治療に関する最低限の知識は持ち合わせている。彼女が暴走しないように見張っていてくれ」
雷電にだけ聞こえるように呟き、慌ててサカキは部屋へと駆け込んだ。
やっとの思いで、サカキは口を開いた。
「ああ、サカキ様! 見て下さい。ほら、これ」
そう言って霊夢は血がべっとりとついた包丁を見せつける。
奥の部屋には、仰向けで倒れているアカギの姿が見えた。
「克服したんです。ほら! もう全然平気なんです!」
興奮冷めきらぬ様子で、ぶんぶんと包丁を振り回す霊夢。頬についた血が、鈍く光っている。
雷電は、その様子を見て思わずぞっとした。
「本当は誰よりも先にサカキ様に聞いて欲しかったんですけど、お忙しいようでしたから……。でもちゃんと敵は殺しました!
ほら見て! 見て下さい! 私がやったんですよ。この手で、この包丁で殺したんです。凄いでしょう!?
ああ、本当に……どうしてあんなに怖がってたのか不思議なくらい。とても自信がつきました。恐怖なんてもうありません。どんな敵が来てもサカキ様を守れます!」
ぺらぺらと口早に喋る霊夢。その嬉々とした様子は、まるで子供のそれだ。
「……あ、ああ。そう……か。それは……」
戸惑いがちに近寄り、ぽんと肩を叩く。
「つ、疲れただろう。雷電達と少し休息を取るんだ。服もこんなに汚れてしまっている」
「ああ。そうですね。確かにこの格好じゃ、他の参加者と出会うと何かと不便です。近づいてくれないと刺し殺せないですもんね」
そう言って笑う霊夢。その笑顔は純真無垢なものだった。
「雷電。任したぞ」
雷電は声すら出せず、その場で頷いた。
「……大丈夫。治療に関する最低限の知識は持ち合わせている。彼女が暴走しないように見張っていてくれ」
雷電にだけ聞こえるように呟き、慌ててサカキは部屋へと駆け込んだ。
ぱたん
ドアを閉め、先程まで急いでいた様が嘘のようにゆっくりと血まみれの男に近づいた。
「勘違いするな。別にお前を嵌めたわけじゃない。貴様が勝手にしっぺ返しを食らっただけだ」
アカギは生きていた。腹を刺され、血が噴出しているが、必死にその箇所を押さえている。
「……残念だ。本当に残念だよ、アカギ。君なら私の部下になれたのに。幹部になっても差し支えない能力を持っていたのに」
サカキはあくまでゆっくりとした動作で、アカギのバックから医療道具を取り出す。
「……い、いつ……霊夢に……指示……を……」
アカギはサカキと合流してから、ずっと二人を監視していた。サカキがいない時も、霊夢を監視することで二人が会話する状況を作らないように動いていた。
事実として、それは成功していたはずだ。
「指示などいらない。貴様のテープレコーダーを、私からの殺害の指示だと奴が勝手に解釈しただけだ」
霊夢はサカキを神として認識している。彼が自分の仕えるべき神だと本気で信じている。
彼女にあるのはただそれだけだ。妖怪は問答無用で倒すべきだと考えているのと同じ。彼女にとって、サカキを信仰することは当たり前のこと。
たとえサカキ自身から自分を拒絶されようと、彼女にとっての神はサカキなのだ。
本物の神に諭されようが閻魔に説教されようが、その性格が一切ぶれなかったように、霊夢の本質は変わらない。
一度霊夢に植え付けられた感情、価値感は、まず抜けることがない。
誰に対しても平等に接し、何事にも縛られないというのはそういう意味だ。霊夢の中で確立された信念ともいえるそれは、消えることなくずっと霊夢の中で残り続ける。
アカギを刺したあの時、霊夢には何の感慨もなかった。そこには恐怖も、戸惑いも、決意すらなかった。
あるのはただ、この男を殺せばサカキが喜ぶという厳然たる事実。
自分の思うように生きてきた霊夢は、ここに至り、サカキの思うように生きるという道を見出し始めていた。
「支配者に必要なのは心を知ることだ。道具だろうと部下だろうと、その者を理解しなければ人を真に動かすことはできない。……貴様は心を否定した。人を代替物のある駒だと信じ、その心を疎かにした」
それは、アカギにとって必然とも言うべき隙だった。心を不完全なものと否定し、心のない世界を作ろうとしたアカギ。それが悪のない世界へと繋がると信じ、それを正義に生きてきた。
人を理解しようという試みは、それを脳裏に思い浮かべただけで、アカギの信念を裏切るものだった。
おもむろにアカギの傷口に消毒液をかける。
呻き声。しかしサカキは意にも介さない。
「貴様は神になると抜かしていたな。貴様にとって支配者と神は同義語かもしれんが、私から言わせればまったく違う。
神は人を嘲笑う。支配者も同じだ。だがその本質はまるで違う。神は崇められ奉られる。しかしな。支配者は“崇めさせる”のだ。“奉らせる”のだ。
似て非なるもの。貴様はその認識を吐き違えた。だからこそ、貴様は満足した。雷電と早苗という駒を手に入れ、それ以上を求めなかった。支配することを考えなかった。それは貴様の驕りだ。人間でありながら、自分を神だと勘違いした貴様のな」
「勘違いするな。別にお前を嵌めたわけじゃない。貴様が勝手にしっぺ返しを食らっただけだ」
アカギは生きていた。腹を刺され、血が噴出しているが、必死にその箇所を押さえている。
「……残念だ。本当に残念だよ、アカギ。君なら私の部下になれたのに。幹部になっても差し支えない能力を持っていたのに」
サカキはあくまでゆっくりとした動作で、アカギのバックから医療道具を取り出す。
「……い、いつ……霊夢に……指示……を……」
アカギはサカキと合流してから、ずっと二人を監視していた。サカキがいない時も、霊夢を監視することで二人が会話する状況を作らないように動いていた。
事実として、それは成功していたはずだ。
「指示などいらない。貴様のテープレコーダーを、私からの殺害の指示だと奴が勝手に解釈しただけだ」
霊夢はサカキを神として認識している。彼が自分の仕えるべき神だと本気で信じている。
彼女にあるのはただそれだけだ。妖怪は問答無用で倒すべきだと考えているのと同じ。彼女にとって、サカキを信仰することは当たり前のこと。
たとえサカキ自身から自分を拒絶されようと、彼女にとっての神はサカキなのだ。
本物の神に諭されようが閻魔に説教されようが、その性格が一切ぶれなかったように、霊夢の本質は変わらない。
一度霊夢に植え付けられた感情、価値感は、まず抜けることがない。
誰に対しても平等に接し、何事にも縛られないというのはそういう意味だ。霊夢の中で確立された信念ともいえるそれは、消えることなくずっと霊夢の中で残り続ける。
アカギを刺したあの時、霊夢には何の感慨もなかった。そこには恐怖も、戸惑いも、決意すらなかった。
あるのはただ、この男を殺せばサカキが喜ぶという厳然たる事実。
自分の思うように生きてきた霊夢は、ここに至り、サカキの思うように生きるという道を見出し始めていた。
「支配者に必要なのは心を知ることだ。道具だろうと部下だろうと、その者を理解しなければ人を真に動かすことはできない。……貴様は心を否定した。人を代替物のある駒だと信じ、その心を疎かにした」
それは、アカギにとって必然とも言うべき隙だった。心を不完全なものと否定し、心のない世界を作ろうとしたアカギ。それが悪のない世界へと繋がると信じ、それを正義に生きてきた。
人を理解しようという試みは、それを脳裏に思い浮かべただけで、アカギの信念を裏切るものだった。
おもむろにアカギの傷口に消毒液をかける。
呻き声。しかしサカキは意にも介さない。
「貴様は神になると抜かしていたな。貴様にとって支配者と神は同義語かもしれんが、私から言わせればまったく違う。
神は人を嘲笑う。支配者も同じだ。だがその本質はまるで違う。神は崇められ奉られる。しかしな。支配者は“崇めさせる”のだ。“奉らせる”のだ。
似て非なるもの。貴様はその認識を吐き違えた。だからこそ、貴様は満足した。雷電と早苗という駒を手に入れ、それ以上を求めなかった。支配することを考えなかった。それは貴様の驕りだ。人間でありながら、自分を神だと勘違いした貴様のな」
とん、と床に奇妙な文様の瓶を置いた。
「私に支給されたアイテムだ。これを飲めば、その傷も回復するだろう」
アカギの目が今までにないほどに見開き、そちらへと這いずる。
しかしサカキは気にせず、ガーゼで傷を圧迫して包帯を巻く。
「……ほ、包帯……など…いらん。……その……瓶……を……」
サカキが邪魔をして瓶を手にできない。治療を続けるサカキの腕をどけようともがく。渾身の力で腕を引き剥がそうともがく。
しかし、重傷であるアカギには無理やり治療するサカキをどうにかできるものではない。
震える手を伸ばす。しかし瓶までの距離はあまりにも遠い。
(私は……死ねんのだ。……世界を……心のない……感情なんてない…世界を……作るまでは……!)
走馬灯のように過るアカギの過去。
優秀な頭脳を持ちながら、一人孤独に生きてきた人生。機械ばかり弄り、友達と遊ぶこともなかった子供時代。
誰もが彼を誉めた。誰もが彼を見本とするように自分の子供に言い聞かせた。
「私に支給されたアイテムだ。これを飲めば、その傷も回復するだろう」
アカギの目が今までにないほどに見開き、そちらへと這いずる。
しかしサカキは気にせず、ガーゼで傷を圧迫して包帯を巻く。
「……ほ、包帯……など…いらん。……その……瓶……を……」
サカキが邪魔をして瓶を手にできない。治療を続けるサカキの腕をどけようともがく。渾身の力で腕を引き剥がそうともがく。
しかし、重傷であるアカギには無理やり治療するサカキをどうにかできるものではない。
震える手を伸ばす。しかし瓶までの距離はあまりにも遠い。
(私は……死ねんのだ。……世界を……心のない……感情なんてない…世界を……作るまでは……!)
走馬灯のように過るアカギの過去。
優秀な頭脳を持ちながら、一人孤独に生きてきた人生。機械ばかり弄り、友達と遊ぶこともなかった子供時代。
誰もが彼を誉めた。誰もが彼を見本とするように自分の子供に言い聞かせた。
全ては大人の価値感。
それを押しつけられたアカギと同年代の子供。
妬み、恨み、怒り。
そんなものもう見たくない。なくなるべきだ。そんな不完全なものは、なくなるべきなのだ。
「心」を軽視した? 神を目指した驕り?
そんなもの知らん。私の目指すものは、私が理想とするものは、たとえ誰であっても否定はさせん。私が見つけた、私だけの道だ。私だけの覇道だ。こんな男に、邪魔されるわけにはいかない!
「良い目だ。決して諦めることのない目。野望に燃えた目。つくづく、貴様は私に似ている」
サカキは、瓶をアカギの目の前に置いた。
「飲むといい。貴様をここで殺すのは、少々惜しい」
アカギは、もうサカキの言葉など聞いていなかった。
この男の思惑などどうでもいい。こうして救いの手を差し伸べるというのなら、喜んでその手を握ろう。
そして後悔するがいい。これほどの屈辱を受けてそのままでいる私ではない。
アカギは乱暴に瓶を掴むと、そのまま一気に飲み干した。
「心」を軽視した? 神を目指した驕り?
そんなもの知らん。私の目指すものは、私が理想とするものは、たとえ誰であっても否定はさせん。私が見つけた、私だけの道だ。私だけの覇道だ。こんな男に、邪魔されるわけにはいかない!
「良い目だ。決して諦めることのない目。野望に燃えた目。つくづく、貴様は私に似ている」
サカキは、瓶をアカギの目の前に置いた。
「飲むといい。貴様をここで殺すのは、少々惜しい」
アカギは、もうサカキの言葉など聞いていなかった。
この男の思惑などどうでもいい。こうして救いの手を差し伸べるというのなら、喜んでその手を握ろう。
そして後悔するがいい。これほどの屈辱を受けてそのままでいる私ではない。
アカギは乱暴に瓶を掴むと、そのまま一気に飲み干した。
雷電は後悔していた。早苗も自分と同じ気持ちだということはその青ざめた顔を見れば明白だ。
未だ興奮冷め切らぬ霊夢を見て、心底どう接するべきか分からなかった。
戦闘狂なら大勢見てきた。人を殺すことを造作もなくやってのける人間達と何人も相対してきた。
しかし、その中でも彼女は別。性質が違う。人を殺すことに何の感情も抱いていない。愉悦も、躊躇も、全てない。サカキのため。ただそれだけの理由で、彼女は何だってできる。それが彼女にとっての生きることで、それだけが彼女の支え。
突然、大きな音がした。
「誰か! 誰か来てくれ!!」
思わず早苗と顔を見合わせ、慌てて中へと入る。
そこには、テーブルを巻き込んで倒れるサカキと、中国の文様の入った瓶を片手に絶命しているアカギがいた。
「……間に、合わなかった」
項垂れるサカキ。その腕は、アカギにやられたであろう引っかき傷でいっぱいだった。
「突然、水が飲みたいと行って暴れたんだ。私は止めたんだが……」
蛇口から流れ出る水。アカギは水を飲んでいる途中で死んだのだろう。顔の辺りが水で濡れていた。
「急性体力失調……」
1945年、日本の広島に原爆が投下された。その影響で大火傷を負った人間が、執拗に水を欲しがり、それを少し飲んだだけでショック死するという現象が起こった。
その要因というのが急性体力失調である。水を飲むという行為で、自分の安全を確信してしまい、その安堵感からショック死してしまうというもの。
瀕死のアカギがどう思ったのかは分からないが、とにかく彼は水を飲むことで、ほんの少し安心感を得てしまった。それが急性体力失調を引き起こしてしまったのだろう。
未だ興奮冷め切らぬ霊夢を見て、心底どう接するべきか分からなかった。
戦闘狂なら大勢見てきた。人を殺すことを造作もなくやってのける人間達と何人も相対してきた。
しかし、その中でも彼女は別。性質が違う。人を殺すことに何の感情も抱いていない。愉悦も、躊躇も、全てない。サカキのため。ただそれだけの理由で、彼女は何だってできる。それが彼女にとっての生きることで、それだけが彼女の支え。
突然、大きな音がした。
「誰か! 誰か来てくれ!!」
思わず早苗と顔を見合わせ、慌てて中へと入る。
そこには、テーブルを巻き込んで倒れるサカキと、中国の文様の入った瓶を片手に絶命しているアカギがいた。
「……間に、合わなかった」
項垂れるサカキ。その腕は、アカギにやられたであろう引っかき傷でいっぱいだった。
「突然、水が飲みたいと行って暴れたんだ。私は止めたんだが……」
蛇口から流れ出る水。アカギは水を飲んでいる途中で死んだのだろう。顔の辺りが水で濡れていた。
「急性体力失調……」
1945年、日本の広島に原爆が投下された。その影響で大火傷を負った人間が、執拗に水を欲しがり、それを少し飲んだだけでショック死するという現象が起こった。
その要因というのが急性体力失調である。水を飲むという行為で、自分の安全を確信してしまい、その安堵感からショック死してしまうというもの。
瀕死のアカギがどう思ったのかは分からないが、とにかく彼は水を飲むことで、ほんの少し安心感を得てしまった。それが急性体力失調を引き起こしてしまったのだろう。
アカギの様子から、死んでいることは明らかだ。しかし、雷電は脈を取らずにはいられなかった。
当然、脈は動いていない。
「なんということだ……」
「私が悪かったんだ。私がもっと必死に彼を止めていれば。彼の傷は、致命傷ではなかったのに……!!」
「……自分を責めるな。見たところ、サカキの治療は完璧だ。サカキのせいじゃない。……これは、回避できない不幸な事故だった」
「不幸? それは違うわ。これは幸運よ。私が引き起こした、ね」
霊夢の軽い声が雷電に届いた。
「こいつはサカキ様に仇なした。当然の報いよ。ねえ早苗。あなたもそう思うでしょ?」
「え……?」
「あなた。こいつのこと妖怪だなんだって言ってたじゃない。……ああ。なるほどね。そういうことか。妖怪だからサカキ様を陥れようとしたんだ。これで合点がいったわ」
妖怪。
そう。確かに早苗はポケモンという単語を受け入れられず、アカギを妖怪の首領か何かだと勘違いしている節があった。アカギに恨みもある彼女なら、ざまあみろとでも言うべきところなのだろう。
しかし、アカギの凄惨な死に様を見て、霊夢の血濡れた姿を見て、早苗はすっかり委縮してしまっていた。
「早苗。大丈夫か?」
ふと、聞こえたのは雷電の声。自分を心配し、自分を大切に思ってくれる存在。
そうだ。ここで自分が迷っていてどうする。自分は雷電を導かなくてはならない。こんなところで迷ってなどいられない。
「……だ、大丈夫です! そうですよ。アカギさんは妖怪のボスでした。これは……当然の…報いです……」
言葉はどんどん小さくなっていく。誰がどう見ても無理をしている。
しかし、霊夢は気付いているのかいないのか、ふっと笑った。
「あんたならそう言ってくれると思ったわ」
霊夢は少しあからさまなくらいにサカキにすり寄った。その様子はまるで主人にじゃれる子犬のようだ。
「ねぇサカキ様。私、ちゃんとうまくできましたよね。サカキ様のお役にたてましたよね」
サカキは、雷電の方を見た。
何も言えない。しかし、それでも雷電は頷くことしかできなかった。
「……ああ。よくやった。偉いぞ」
頭を撫でてやると、本当に嬉しそうに霊夢は笑った。
雷電も早苗も、その笑顔に思わず顔を背けた。
当然、脈は動いていない。
「なんということだ……」
「私が悪かったんだ。私がもっと必死に彼を止めていれば。彼の傷は、致命傷ではなかったのに……!!」
「……自分を責めるな。見たところ、サカキの治療は完璧だ。サカキのせいじゃない。……これは、回避できない不幸な事故だった」
「不幸? それは違うわ。これは幸運よ。私が引き起こした、ね」
霊夢の軽い声が雷電に届いた。
「こいつはサカキ様に仇なした。当然の報いよ。ねえ早苗。あなたもそう思うでしょ?」
「え……?」
「あなた。こいつのこと妖怪だなんだって言ってたじゃない。……ああ。なるほどね。そういうことか。妖怪だからサカキ様を陥れようとしたんだ。これで合点がいったわ」
妖怪。
そう。確かに早苗はポケモンという単語を受け入れられず、アカギを妖怪の首領か何かだと勘違いしている節があった。アカギに恨みもある彼女なら、ざまあみろとでも言うべきところなのだろう。
しかし、アカギの凄惨な死に様を見て、霊夢の血濡れた姿を見て、早苗はすっかり委縮してしまっていた。
「早苗。大丈夫か?」
ふと、聞こえたのは雷電の声。自分を心配し、自分を大切に思ってくれる存在。
そうだ。ここで自分が迷っていてどうする。自分は雷電を導かなくてはならない。こんなところで迷ってなどいられない。
「……だ、大丈夫です! そうですよ。アカギさんは妖怪のボスでした。これは……当然の…報いです……」
言葉はどんどん小さくなっていく。誰がどう見ても無理をしている。
しかし、霊夢は気付いているのかいないのか、ふっと笑った。
「あんたならそう言ってくれると思ったわ」
霊夢は少しあからさまなくらいにサカキにすり寄った。その様子はまるで主人にじゃれる子犬のようだ。
「ねぇサカキ様。私、ちゃんとうまくできましたよね。サカキ様のお役にたてましたよね」
サカキは、雷電の方を見た。
何も言えない。しかし、それでも雷電は頷くことしかできなかった。
「……ああ。よくやった。偉いぞ」
頭を撫でてやると、本当に嬉しそうに霊夢は笑った。
雷電も早苗も、その笑顔に思わず顔を背けた。