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外へ ◆2lsK9hNTNE


「見つからない」

と藻屑が言うとポチはクゥーンに鳴いた。ポチのご飯のことだ。家中どこを探しても見つからない。、
ポチのご飯に限らず生活に必要な物はずっと、アーチャーが買い置きしといてくれていたが、今回は忘れてしまったらしい。
帰りを待とうにも、彼女の帰宅時間はその日によってまちまちだ。早ければもう時期だが、遅ければ明日の朝まで帰ってこない。
その間ポチにずっと空腹でいろというのも可哀想だった。
自分で買いに行けないこともないが、歩くと足が痛いし、いま外では雨が降っている。濡れるのは嫌いじゃないが雨の感触は鬱陶しい。それにずっと眠っていたせいで身体もダルい。
ハッキリいって嫌だった。
ポチが悲しそうな顔で、足をつついてくる。藻屑はため息をつきながら、その顎を無造作に撫でた。
こうして、聖杯戦争開始以来ずっと家の中で孤独に沈んでいた少女は、聖杯戦争と全く関係ない些細な理由で外に出ることになった。


流石に雨の中で飲む気は起きないので、ミネラルウォーターは置いて傘だけ持って家を出た。
外では雨の匂いに混じって塩の香りも僅かに漂っている。海の方から運ばれてきた香りだ。
藻屑はこの街に来てすぐに記憶を思い出し、アーチャーと出会ったため街を歩いたことは一度もない。
だがこの香りは知っていた。
香りだけではない。この道をまっすぐ行くとある横断歩道も、その先にある寂れた居酒屋も、その向かいにある赤い屋根のオシャレな家も、全部知っていた。与えられた偽りの記憶の中で。
迷わないで済むのはありがたいが、知らないはずの道を知っているというのはなんだか気味の悪い話しだった。

藻屑は足を引きずって歩き、やがて目的地のコンビニに着いた。
中に入るとレジにいる中年の女が顔を顰める。彼女が障害を持つ藻屑のことを蔑んでいることも記憶にあった。
嫌な記憶だ。どうせならもっと楽しい思い出にしてくれればいいものを。
それこそ、『海野藻屑は人魚である』、とか。
サーヴァントだの、聖杯だのが、あるのだからそれくらいのメルヘンはあってもいいはずだ。いや、あるいはあるのだろうか。
藻屑がそうではないというだけで、どこかには夢のある役割を与えられたマスターもいるのだろうか。
だとしたら、藻屑が違うのは仕方ないのかもしれない。そういう役割を与えられるのはきっと夢のような現実を生きるマスターだろうから。

ドックフードを探し、袋詰が見当たらなかったので缶詰のをあるだけ買い込んだ。
心の籠もっていない「ありがとうございましたー」という声を後目にコンビニを出る。
傘立てを見て自分の傘がなくなっていることに気づいた。


「うえー」

呻いた。ついてない。コンビニの中にいたわずかな間に盗まれるなんて。
酷いやつもいたものだ。ビニール傘くらいならコンビニでも買えるだろうにわざわざ盗むなんて。
いっそ自分も誰かの傘を盗んでやろうかとも考えたが、もし見つかったら面倒くさいのでやめた。
かといって中に戻ってまたあの女の顰めっ面を拝まされるのも嫌だった。案外藻屑の傘を盗んだ奴も同じような理由で買わなかったのだろうか。
幸い雨脚も弱まっている。家も近いしまあいいや、と藻屑はそのまま歩き出した。

風は弱いので、あまり顔には当たらなかったが、服は少しずつ湿っていく。
ずぶ濡れになった服は気にならないのに、少しだけ濡れていると気持ち悪いのはなぜだろうか。どうでもいいことを考えて気を紛らわせながら歩いた。
交差点を渡る途中で信号が点滅する。さほど距離もないので藻屑は急がなかった。
だが急いだ人もいたのだろう。誰かが追い抜きざまにぶつかっていった。転びそうになって両手をつく。
顔を上げると、傘を差さずに走り去っていく男の見えて思い切り睨みつけた。
立ち上がり、身体の具合を確かめる。幸い上手く手をつけたようで怪我らしい怪我はどこにもない。しかし辺りの様子を見て気づいた。ドックフードの入ったビニール袋を離してしまっていたことに。

「あーあ」

再び呻く。ドックフードの缶詰は袋から出て転がり、辺りに散乱していた。
信号はすでに歩行者通行から車通行に切り替わっている。だからといって散らばった物を放っておくわけにもいかない。
轢かれて車が汚れて怒られるのもヤだし、なによりこれはポチのご飯だ。
藻屑は足を引きずって一つ一つ缶詰を拾っていった。
周りの車は無神経にクラクションを鳴らした。そんなことされても急ぎようがない。動きが遅いの見て、手を抜いていると思っているのかもしれないが、これでも全力なのだ。
歩いている人々もまるで藻屑などいないかのように通り過ぎていく。誰も手伝おうとはしない。藻屑は一人だ。それは家の中でも外でも変わらない。

周りに人がいても、誰も藻屑と繋がろうとしないならそれはいないのと同じだ。
いや、存在しながら繋がろうとしないのはいないよりなお悪い。ただ喉が乾くことよりも、目の前に水がありながら飲めないほうが辛いのと同じように。
この街に藻屑のために頑張ってくれる人は一人もいない。わかりきっていたことだったが、藻屑は無性に泣きたくなった。
そのときだった。

「大丈夫ですか?」

ふいに全身を打ち付けていた雨がなくなった。
顔を上げると、小さな女の子が立っていた。髪を左右で結んだ可愛らしい子だった。短い手を精一杯伸ばして、ビニール傘を藻屑の上に掲げている。
女の子は傘を差し出してきて、藻屑はそれを無意識に受け取った。

「手伝います」

彼女はそう言うと缶詰を拾っていく。慌てて藻屑も拾うのを再開した。
二人でせっせと缶詰を袋に戻して、急いで横断歩道から出た。
足止めを食らっていた車が走り去るのを確認して、藻屑は、横に立つ女の子と向き合った。

「ええと、ありがとうございました?」

なぜか疑問形になってしまった。変に気が動転しているのが自分でもわかった。
いつもなら助けてもらってもこんな態度はとらないのだが。
女の子は藻屑の発音が面白かったのかクスリと笑った。

「困っているときはお互い様ですから」

こういうときの常套句だが、彼女は本心から言っているようだった。くりくりした可愛らしい目が純粋な光を湛えている。
改めて見るとやっぱり小さい子だ。まだ小学校の低学年くらい。それに気づいて藻屑はハッとする。

「君、こんな時間に出歩いてていいの」

普通ならまだ子供が出歩いてもおかしくない時間だが、今はなにかと物騒だ。特に小学生にとっては。
藻屑も、子供を速く帰らせるよう警告するニュースを何度も見た。女の子はひどく悲しそうな声で言った。

「……そろそろ帰ろうかと思ってたんです」」
「そっか」

そっけなく答える。
藻屑は身体が不自由なこともあって、道端で誰かに助けられるという経験はなんどかしていた。
でも相手は大体おとなで、自分よりも小さい子供に助けらるのは――というかまともに子供と接するのは初めてだった。
ガラス玉みたいだな、と思った。
光を反射して美しく輝いているけれど、乱暴に触ると簡単に壊れてしまいそうで。
藻屑がどうしていいかわからなくて、なんとなく右手で髪を弄ろうとしてビニール袋で塞がっていることに気づき、反対の手でいじろうとして、傘を持っていることに気づいた。

「あ、これ」

慌てて傘を返そうとするが、女の子はかぶりを振った。

「いえ、どうぞ使ってください」
「僕の家はすぐそこだから。大丈夫だよ」

家の方を向きながら言った。
遠慮というよりも心底の望みだった。自分よりも彼女に濡れてほしくなかった。

「じゃあそこまで一緒に行きましょう」

そう言って彼女は歩き出してしまい、必然的に傘を持った藻屑も着いて行かなければいけなくなった。
家は、遠慮ではなくすぐそこだったのであっという間についたが。
玄関前でこんどこそ傘を返した。
なにか言おうと思ったが、気の利いた言葉は思いつかなかった。とりあえず簡単なお礼だけでも言おうとして、女の子が先に口を開いだ。

「本当はまだ帰りたくなかったんです」

女の子は視線を遠くにやって言った。

「人を探していて。速く見つけたかったんですけど、家族に心配かけたくなかったから。
でも、あなたを家を送る間だけ、もうちょっと探してもいいかなって。だから気にしないでくださいね」

そう語る彼女の表情は切実だった。
頭に浮かんだのは昼間に見た掲示板のことだ。まさか彼女が諸星きらり友人ということはないだろうけれど。
もしそうさら、自分のことを諸星きらりに伝えるために、なりふり構わず書き込みくらいするだろうなと思った。

「友達?」
「私はそうなりたいって思ってるんですけど」

寂しそうに答える彼女に藻屑は言った。

「君みたいな友達ができるならその人は幸せだね」

気取った言い回しになったが、本心からの言葉だった。
この子ならきっとその人にとって『すげーがんばってくれる、すっごくいいかんじの、ほんとの友達』になる。
そんな友達を持てるのは幸せなことだ。藻屑にとってはそれさえあれば他になにもいらないと思えるくらいに。
女の子は元気づけられたようで、顔を輝かせて「ありがとうございます」と言った。それから思い出しだように、

「そういえばあなたにはまだ聞いてませんでしたね」

そう言ってケータイを取り出し、ディスプレイをこちらに向けた。
驚きのあまり息が止まるという現象を藻屑は始めて味わった。

「知りませんか? フェイト・テスタロッタっていうんですけど」

見たことはない。だが知っている。これとまったく同じ画像が藻屑のケータイにも入っている。
ルーラーから送られてきたメールに送付されていた画像。聖杯戦争に参加するマスターにだけ送られた画像が。

「知らない」

感情を出さずに答えた。少なくとも自分ではそのつもりで。うまくできたかはわからない。
彼女と別れの言葉を交わしたがどんな会話だったかはまったく頭に入ってこなかった。
藻屑は湧き上がる衝動と必死に戦っていた。

吐き気だ。
胃から汚泥がせり上がってくるような気持ち悪さだった。彼女が背を向けると同時に口元を抑えた。
唾を飲み、息を吸って吐いて無理矢理吐き気を押さえ込んだ。

藻屑はこれまで聖杯戦争をどこか他人事のように感じていた。遠い国で起こっているテロや戦争のような感じだ。
アーチャーから誰々を殺したと聞いても、現実感がなかった。
それが今この女の子がマスターだと知った途端、夢の中でアーチャーが殺した人々の姿がフラッシュバックのように浮かんだ。
それが目の前の女の子の姿に変わり、担任に変わり、山田なぎさを除く、これまでに人生の中で藻屑がわずかでも好感を持ったあらゆる人物に変わっていった。

藻屑が吐くのを我慢したのは女の子の目を気にしたわけではない。それもあったが、根幹ではない。
まともになると思ったのだ。溜まったものを全部吐き出してしまったら、自分は今よりずっとまともな人間になる。
この手で人や動物を殺すなんてもちろんできないし、アーチャーが殺すことも許せなくなる。
頭ではわかっていた聖杯を手に入れるという行為の意味を、藻屑は今ようやく実感として理解した。

この手を汚さなければいけない思い、いやそうじゃないと思った。藻屑はこれまでずっとアーチャーの殺戮を許してきた。自分の願いのために。
するべきなのは自覚だ。この手がすでに汚れているという自覚を持たなくてはいけない。まともでいられなくなるくらいに。そのためには……
遠ざかっていく女の子を背中を眺めた。無防備な背中。
今はなにもしない。見えなくても彼女の側にはサーヴァントがいるかもしれないのだから。言い訳かもしれないが間違ってはいないはずだ。
動くのは自分のサーヴァントが戻ってきてからだ。
ふと藻屑は今朝呟いた言葉を思い出した。「生きているだけで戦いなんだよ」。その考えは今も変わっていない。
だが藻屑はあえてアーチャーの流儀で呟いた。

「戦うよ。ぼくも」

その音は雨音に打ち消される。それでも確かに空気を震わせた。





【Bー1/海野邸/一日目 夜】

【海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない】
[状態]健康(?)
[令呪]残り三画(内腿の青あざの中に)
[装備]なし
[道具]スマートフォン
[所持金]クレジットカード(海野雅愛名義のゴールドカード)、5000円分のクオカード
[思考・状況]
基本行動方針:山田なぎさに会いたい
0.安心したい
1.戦う
[備考]
※家にはポチが居ます
※NPC海野雅愛が存在するかどうかは不明ですが、少なくとも海野邸には出入りしていません。
※掲示板を確認しました。少なくとも江ノ島のスレと大井のスレは確認しています。



【Bー1/海野邸近く/一日目 夜】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意、焦り
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート
[道具]通学セット、小梅の連絡先
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.家に帰る
2.フェイトを探し、話をする。
3.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する……?
4.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
5.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。
6.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。

[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、白坂小梅&バーサーカージェノサイド)を確認しました。
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
 ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無~微)です。これが中~大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
 強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。アーチャーに対しては少々不安を覚えている程度です。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。




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最終更新:2020年06月24日 00:20