公僕の朝は、早い。
民間の企業や組織に勤める人間が朝を悠長に過ごしている、と言う訳ではないが、それでも、
御剣怜侍の朝は早いのである。
検事と言う輩は国家権力の庇護を受けているのを良い事に、威張り散らし、エリート意識が強く、一般国民を下に見ている。そして何よりも、金も多く貰っている。
そんな意識が、日本やアメリカに限らず、先進国の国民には根付いている。実際一部の者はその通りであるのだが、大抵の検事はそう言った意識は抱いていない。そして、給料も、国民が思っている程高くはない。
検事に限らず、公務員が国民の批判の矢面に立たされると言う状況は、アメリカのゴッサムにおいても変わりはなかった。
いつだって、政に大なり小なり関わる人物は、偏見の目で見られていると言う事を認識した瞬間だった。それは最早、公務員の宿命と言っても良いのだろう。
仮初の大都市、ゴッサムシティにおける御剣怜侍の演じるべき役割は、日本の検事局からゴッサムの検事局に研修にやって来た検事。
研修生と言う立場ではなおの事、時間を厳守せねばならないだろう。況してや検事と言うのはタイトなスケジュールを送りがちな職業だ。
日本でも、これは同じ事。結局御剣は、この世界に於いても、検事としての本分を果たすしかないのだ。
――違いは、其処に、聖杯戦争と言う、許されざる異分子が横たわっている、と言う事なのだが。
「読み終わっただろうか、ランサー」
金彩の施され、滑らかな白色をした、西洋アンティークのティーカップをソーサーに音を立てずに置いてから、御剣怜侍は言った。
琥珀色の澄んだ紅茶が、カップの中に注がれている。御剣は紅茶に凝る男だった。茶葉にも、その備品にも。
「速読には時間がある方です。考察の時間までくれるとはありがたい事ですね」
遠回しの肯定の返事。御剣のテーブル向かいに座り、彼が飲んでいる紅茶と同じものを用意され、それを飲む男。
槍兵(ランサー)のクラスを与えられた、御剣怜侍のサーヴァント。
ジェイド・カーティスは、上質紙を数枚手に持ち、残りをテーブルに置いていた。
「君の思う所を率直に聞きたい。即ち――」
「この資料の者達は、聖杯戦争の参加者か否か」
「その通り」
逡巡を見せる様子もなく、御剣が言った。
御剣がジェイドに見せたものは、御剣が演じるべきロールである『ゴッサムの検事局にて働く検事』、と言う立場を利用し集めた警察の捜査資料であった。
あの日、ジェイドと話し合い聖杯戦争をどう動くか決めた時から、御剣は聖杯戦争から目を背けてばかりではいられないと思い知った。
が故に、御剣は動いた。元々複数の事件案件を同時に抱え、並行してそれらの処理を進める事が多いのが検事である。
「この街の平和を脅かす凶悪犯罪の根絶に協力したい」、と言う何とも歯の浮くような台詞で局長を口説き落とし、御剣は警察の捜査資料の閲覧許可を手に入れた。
検事局を欺いたような気がしなくもないが、凶悪犯罪を根絶やしにしたいと言う思いは本当の所であった。如何な事情があろうとも、犯罪は許せる筈がない。
況してや、御剣にしてみればオカルトの塊以外の何物でもないサーヴァントを用いた犯罪など、御剣にしてみれば到底許容出来る物ではないのだった。
結局、このゴッサムにおける聖杯戦争をどう生き抜くのか? その為には、他参加者の情報が必要不可欠だと御剣は考えたのだ。
情報を集める事で――誰が聖杯戦争の参加者なのかと言う目星を付ける事が出来、対策も取りやすくなる。
だけでなく、相手が性善だと解ったのなら、同盟も組みやすくなる。無論、御剣の集めた捜査資料の情報が、ガセだと言う可能性も大いにありうる。
しかしそれでも、情報は吟味出来る。考察出来る。最悪なのが、一切情報が手に入らない立場である。
それに比べたら、嘘の情報が舞い込んでくる事もあるかもしれないとは言え、検事と言う職業は、情報収集に打って付けのロール。ならば、これを利用しない手立てはなかった。
「……先ず初めに断っておきましょう、検事」
テーブルの上に組んだ手と手を置きながら、ジェイドが言った。
「私はこの目で、貴方がピックアップした捜査資料の人物を目にもしていませんし、彼らが凶行を働いたと思しき現場も検証しておりません。故に、これがこう、と言う確証がありません。憶測で物を語る事になりますが、宜しいでしょうか?」
「構わない」
元よりそれは、覚悟の事。御剣が欲しいのは、サーヴァントであるジェイドの考察なのである。
「では、私見を述べさせて頂きましょう」
粛々とした態度でジェイドが言った。
「まずこの、内部から破裂させて人を殺害する、と言う殺人犯」
捜査資料の一枚を手に取るジェイド。
「この犯行に及んだ存在が、サーヴァントないし聖杯戦争の参加者である、と言う可能性は比較的高いものかと思われます。
捜査の目を眩ます為に、手間暇かけて原形を留めぬ程人を残虐に殺す。そう言った可能性もなくはないでしょうが、この一件……犯人は何回も何回も人間を破裂させて殺している、と言う点が引っかかります」
「まるで、自分の力を誇示するみたいでもあり、自らの力に酔っている。そんな印象を私はその犯行を行った者から見受けられる」
「えぇ、私もそう思います」
今二人が話し合っている事柄は、今巷を騒がせている正体不明の猟奇殺人犯の事だった。
既に何人ものゴッサム市民やホームレスがこの殺人鬼の手にかかっていた。目撃者はおらず、犯行は凡そ考えられない程猟奇的。
極め付けに、狙われるターゲットはかなり無差別と来ている。今ゴッサムに生きる住民の心に、不安と暗い翳を落とす立役者の一人が、間違いなくこの殺人鬼であった。
「当然、検事も気になっている事柄でしょうが……私としては、犯行現場に必ず残留している、この『タール状の物質』の方が気になります」
内部から破裂させるという、世にもおぞましい手法で人を殺す殺人鬼。
これが今現在における、九龍城砦もかくやと言う程の治安の悪さを誇るゴッサムに生きる住民達すらも震え上がらせる、連続殺人事件の情報の全てである。
――『世間やマスコミに伝わっている限りの』、と言う枕詞がつくが。
警察などの捜査機関は意図的に、『どのような手法で破裂させたか』と言う事を隠している。
液体状の物体を大量に飲ませて破裂させた、と言う推理が世間の通説である。事実鑑識もその線で検査を続けていた。
だが、大きな問題が二つあった。一つは犯行の瞬間は当然の事、その犯人の影も形も目撃されていないと言う事。
もう一つが、その破裂させた液体の正体が不明だと言う事。御幣を招く言い方であるが、警察は破裂させた液体のが何なのかには、凡そ当たりをつけていた。
犯行現場に、黒いタール状の液体が必ずと言っていい程残されているのだ。恐らくはこれで破裂させたのだろう。事実破裂された被害者の体内からも、同じ性質の物質が検出されている。
問題は、その液体の正体が世界最大の先進国であるアメリカの鑑識技術を以ってしても、判別も解析も不能の未知の物質である事だった。
可燃性が高く、スライムのような粘度を誇りながら、それでいて水の如き流動性を発揮する、矛盾した物質。まるで重油だ。
解っている情報は、それだけだった。国家の捜査機関の科学の粋を以ってしても、この殺人犯が用いる凶器の正体が判別出来ないのだ。
実を言えば警察が意図的に破裂させたものの正体を隠すのには、警察の威信を守ると言う意味もあった。
この街の警察は、言うまでもなく腐敗している。ギャングやマフィアとの癒着や、賄賂云々の噂は、御剣も良く耳にする。
だが警察としては、自分達の方がギャングやマフィアより上と言う意識がある。つまり警察は、汚職もするし賄賂も貰うが、裏社会の連中より立場を上にしたいのだ。
警察はその国の最大の暴力機関とは、さてもよく言ったものである。実際警察の前では、腰を低くしへりくだるマフィアやギャングの方が圧倒的に数多い。
しかし、もしも威信と言う警察最大の基盤と、警察が持つ圧倒的な力が弱まれば? 当然彼らと癒着していた裏社会の住人は増長し、警察と同じ程、或いはそれ以上に幅を利かせてしまう。
それは、面白くないし、避けるべき事態だ。そしてその避けるべき事態を招く足掛かりに、このタールの正体はなりかねない。
警察程の大組織で、犯行に使われたものの正体が掴めませんでした、と言うのは世間に通用しない。世間の批判を受け、マフィア達から嘲笑されるのがオチだ。
此処に、警察機関がこの連続殺人犯の情報公開を渋る全てがあった。何処の国でも、警察がプライドの高い組織である事は、変わりはないのだった。
「このタール状の物質が、科学的に作られて、現代の科学でも解析が難しい物質であるならば解りませんが、魔術などの神秘的な過程で作られたものであるならば、科学的な検査では先ず分析不能です」
「ランサーならば出来る、と」
「少なくとも魔力を検知する事位は出来ます。それで充分ですよ、検知出来ればその時点で、聖杯戦争の参加者と割れたも同然です」
「承知した。上手くいくかは解らないが……機会があれば、そのタールをランサーに検知させてみよう」
「お願い致します」
正体不明の殺人鬼については、現状語る所はその程度。御剣もジェイドも同じ認識だったらしい。
御剣は飲みかけの紅茶を口にし、ジェイドは先程まで手にしていた捜査資料をテーブルに置き、次のものに手を伸ばした。
「次に、この指名手配犯についてです」
ジェイドは手にしていた捜査資料を、御剣に見せつける。如何にも固い説明調の英文の中にあって、其処にプリントされた女性の写真が良く目立つ。
鴉の濡羽のような黒髪をした、セーラー服の少女。御剣には一目見て日本の女性だと解る。
アメリカ、しかもゴッサムでは珍しい、日本の学校制服。さぞやゴッサムでは目立つだろう。……指名手配犯ならば、猶更である。
――
ヤモト・コキ。この少女の名前であり、今このゴッサムに於いて先の連続殺人鬼とほぼ同等の知名度を誇る有名人であった。無論、悪い意味でだ。
彼女は指名手配犯だった。容疑は、ギャングの構成員の殺害。この事からも解る通り、このヤモトなる少女はどちらかと言えば、ギャングやマフィアの逆恨み、
及び彼らと癒着している汚職警官や刑事達から特に執拗な追跡を受けており、どちらかと言えば指名手配犯と言うよりは、お尋ね者や賞金首に扱いは近い。
マフィア達や警察だけでなく、バウンティハンターからも熱烈なアプローチを受けるのは、このままでは時間の問題だろう。
顔が割れている分、あの連続殺人鬼よりも状況は詰みに等しかった。
「この指名手配犯、ヤモト・コキと呼ばれる少女が、聖杯戦争の参加者である可能性は、恐らく最初に上げた殺人鬼よりも高い、と言うより、ほぼ確実かと思われます」
「根拠を伺おう」
「この国とは違う、遠く離れた国の少女がギャングを殺したと言うだけでも、疑惑の目を向けられるのに十分ですが……最も決定的なのは、これでしょうね」
違う捜査資料の一枚を手に取り、御剣へと突き付けた。
崩落した橋の写真がプリントされ、それについての事柄が説明された資料だった。
「やはり其処に目を付けたか」、御剣が称賛の言葉を投げ掛ける。この橋は、ヤモトと呼ばれる少女が破壊したとされるものだった。
そのせいでゴッサムの交通事情に大なり小なりの問題が発生してしまい、今やこの少女は、ギャングやマフィアだけでなく、運送業やタクシー業者と言った連中まで敵に回してしまっていた。
「橋の破壊には火薬の類は検知されなかった。重要な事柄ではありますが、本質は其処ではない」
「火薬を使わずに橋を破壊する。そんなトリックを弄していながら、ヤモトと言う少女には、その細工を施す時間は実際与えられていなかった。何故ならば彼女は、『常にマフィア達から追われ』、それ所ではなかったからだ」
「その通りです検事」
この件の不可解な所は其処である。爆発物の類を一切使用せず、ヤモトは橋を破壊した。
それだけでなく、その時居合わせた目撃者――資料は表現をぼかしているがこれはマフィア達の事である――によれば、橋はヤモトが渡りきった瞬間、
狙い澄ましたように破壊されたのだと言う。爆発物を利用せず、特定の人物が渡り切った瞬間に、追手の追跡を振り切るように橋が自壊する。
そんなデウス・エクス・マキナが起こるわけはないだろう。余りにもご都合主義じみている。十中八九、サーヴァントの手によるものとみて、間違いはなかった。
「本当に彼女が橋を破壊したかどうかは解らないが、警戒をしておいて間違いはないと判断した」
「賢明な判断でしょう。ですが、検事はヤモトと接触した場合、どう振る舞うおつもりですか?」
「まずは交渉だろう。ひょっとしたら彼女は、本当はこの街のマフィアやギャングなど殺しておらず、『そう言う役割を演じるよう強制されている』だけかもしれない。私がこの街で検事を演じているように。無論、そうではない可能性も考えるが」
「同盟を視野に入れておりますか。ですが、彼女は指名手配犯です。彼女と手を組む事がバレてしまえば、事は検事にも及びます」
「それが問題なのだよ。指名手配犯を匿い、その結果検事としての立場を失うのは、あまりにも失うものが多すぎる。我ながら、嫌になる程打算的な考えだが」
「いえ、そう思うのは当然でしょう。聖杯戦争の裏を暴く事も勿論ですが、自分が生き残る事を最優先して頂きたい」
「……了解した」
もしこの少女が善良な性格だったとして、聖杯が演じるように仕向けた立場の違いのせいで、なるべくなら同盟を組んで戦いたいと言う御剣の考えも、難しくなる。
其処には、自分の立場と命を守り通したい、と言ういやな打算があった。人と言うものの醜さと黒い部分を見せつけられているようで、御剣は自分で自分を嫌悪した。
同時に湧いてくるのは、聖杯への不信感。ますます以て、この世に在る事自体が許容出来なくなって行く。
「検事は、紅茶が淹れるのが上手い」
唐突に、ジェイドはそんな事を口にし始めた。極めて解りやすい御世辞だった。
「長い事、自分で淹れて来たのでしょう。あれは中々、妙練の技術がいります。日々の継続の賜物でしょうね。継続は力なり、ですか」
「いきなり何を言っている?」
「そんな美味しい紅茶を飲んで、落ち着きましょうか。検事。紅茶にはリラックスの作用がありますから」
表情に出したつもりはないが、どうやら御剣の心の変遷をジェイドは察知したらしい。平静になれ、と言う意思が、ジェイドの言葉から伝わって来る。
確かに、今の自分の心には昏いものが蟠っている。御剣はすぐにこれを認めた。残りの紅茶を飲み干し、カチャリとソーサーにカップを置いた。
心の蟠りが、薄らいだ気がした。笑ってしまう程のプラシーボだったが、今はそれで良い。心に闇を抱えているよりかは。
「最後の案件です」
気を取り直して、と言葉の初めにつきそうな調子で、ジェイドが言った。
「ゴッサムの高級ホテルに宿泊していた、新進気鋭の麻薬流通グループの首魁である婦女が殺害された事件です。これは確証を以て、聖杯戦争の参加者が噛んでいたと言えます」
「ほう」
「先ず此方の、殺された女性の宿泊していた部屋の写真をご覧下さい。見て頂ければ解りますが、窓ガラスが割れている以外は極端に損壊が少ないです」
ジェイドの見せた写真には、彼の言った通りの様子が映し出されていた。
割れた窓ガラスを新品の物に嵌め直し、嘗てその部屋に泊まっていた住人の使っていた備品を撤去すれば、すぐにでもまた宿泊客にサービスを提供出来るであろう。
……備品を撤去すれば、と言った。その備品が問題である事は、御剣もとうに気付いていた。その写真に違和感を感じたからこそ、ジェイドに意見を求めたのだ。
「御分かりの事かと思いますが、被害者が宿泊していたこのホテルの部屋は、その被害者自身によって改造されていました。
写真の風景は、本来の部屋の内装ではありません。これは、ホテルの従業員からも裏が取れている、とあります。
恐らくはキャスターを引き当てた為に、ホテルの一室、いや、ホテルそのものをキャスターの力で則り、工房に改造していたのでしょう」
ジェイドの示した写真は、いかにも、と言った風の工房(アトリエ)だった。
神秘的な知識に人一倍疎い、ともすれば嫌悪すら抱き知ろうとすらも思わなかった御剣にですら、其処が科学とは全く違う世界の常識と理論で成り立つ空間である事が解る。
フラスコやビーカー、天秤と言った用途の解りやすいものから、用途も想像出来ないような大掛かりなガジェットまで。
その部屋には設置されていた。何も知らない状態であったのならば、邪教に携わる人物が使っていた部屋だと言われても、信じたかも知れない。
「私には如何にも想像が出来ないのだが、被害者の女性は、自分達の都合の良いように改造をしていた部屋とは全く違う、遠く離れた建造物の中で殺されていた。
なぜそのような場所で殺されていたのだろうか。しかも殺された場所から、拠点としていたホテルまでは大分距離がある。恐らくは逃げる際に追撃もあっただろう。どうやって其処まで追手から逃げられたのかも、解らない」
「あくまでも推測ですが、このキャスターの組は襲撃を受けたのでしょう。割れた窓ガラスから侵入を許してしまったのかと思われます。
キャスターは籠城戦に秀でたクラスですが、接近戦の弱さでは間違いなく聖杯戦争の七クラスの中では最弱です。加えてその場にはマスターもいると言う状況です。
最悪の状況の中、キャスターが下した結論は、マスターだけでも何とか逃す事。当然の判断です。マスターを殺されれば、単独行動スキルを持たない限りはサーヴァントもつられて消滅します。恐らくはキャスターはそれを持たなかった。だから、転移の術でマスターを逃したのでしょう。其処は恐らくは……ホテルの拠点が潰された場合に利用する筈だった、第二の拠点だったと思います」
「待って欲しい、サーヴァントの中には、物理的な制約を無視して特定の人物を任意の場所にワープさせる事も……?」
「優れたキャスターなら可能です。優れた、と言う冠詞が付くのは、サーヴァントであっても転移の術を再現する事は、難しいからです。あぁ、私も優秀な部類ですが、流石に出来ませんよ?」
「つくづくデタラメだと言わざる得ないな」
率直な思いを口にする御剣であった。
「そのマスターが殺された以上、当然彼女が従えていたキャスターのサーヴァントも葬られたとみるのが当然だろう。だが問題は、『誰が倒したのか』だ」
人差し指を立てて、御剣は当然の疑問提起をする。敵が一人既に舞台から退場しているのは好都合だと言わざるを得ない。
だが其処で問題となるのは、誰が倒したのかと言う事なのだ。聖杯戦争の論理から言えば、倒された相手には、最早意味などない。倒した相手にこそ、意味がある。
「籠城戦を主とするキャスターどうしがかち合うと言う事はまず考えられませんね。工房の破壊の規模から言って、セイバーやランサー、ライダーにバーサーカーとも考え難い。となれば、アーチャーかアサシンと言う可能性が高いものかと思われます」
「何故だろうか」
「先にも言ったように工房の破壊の具合から考えられる、と言うのもそうなのですが、どちらも偵察に適したクラスと言うのが大きいです。
アーチャーは単独行動と言う、ある程度マスターから離れても行動出来るスキルを持っておりますし、目が良いサーヴァントが多い。
アサシンは単独行動こそ持ちませんが、気配を消す事にかけては他のクラスの追随を許しません。つまり、隠密行動や探偵、尾行に適していると言う事です。
後は簡単です。隠密行動や尾行などで拠点に目星を付け、更に調査を続け本当に拠点かどうかを確定。アーチャーなら遠方からの狙撃で、アサシンならば急襲で、窓ガラスから攻撃を仕掛ける。恐らくはこれによって、キャスター達は仕留められたのではないかと考えます」
成程、噛み合っている。破壊がやけに軽微な事の説明もつくし、一見して考えれば合理的だ。しかしそれでも、疑問に思うところが御剣にはあった。
「言うまでもなく、キャスターはアーチャーかアサシンが殺したのだろう。ではキャスターを従えていた被害者は、アーチャーかアサシンのマスターが……?」
「恐らくはそう考えるのが自然ではないかと。予備の拠点も調べ上げておき、サーヴァントはキャスターにぶつけ、マスターは、キャスターのマスターが転移で逃げるであろう拠点で待ち伏せ。其処を攻撃したのでしょう。見事な二正面作戦です」
驚きは、しなかった。ある程度予想は出来ていた事だ。聖杯戦争を勝ち抜くのであれば、サーヴァント自体の戦闘力もそうだが、マスターが戦えるに越した事はないのだ。
マスターに引導を渡すのは、何もサーヴァントだけとは限らない。マスター自身が幕を下ろす事だって、十分考えられる。
そんなケースは、あくまでもレアケースだと御剣は考えていた。しかし、この件を見るに、どうやらマスターがマスターを殺すと言う局面は、珍しい事ではないようだ。
正直な所、被害者には御剣は同情しなかった。
予め捜査資料を見ているから、殺された女性が工房で精製していたとされる、最近ゴッサムで流通し始めた超上物の麻薬を売り捌いていた事は知っている。
ハッキリ言えば、国が国なら殺されても文句は言えない輩だった。狩魔冥に言わせれば、まさに社会のゴミの称号を授かるに相応しい人物だ。
だからこそ、このマスターには法の裁きを受けて欲しかった、と言うのは、甘い考えなのだろうか。
恐らくキャスターのマスターを葬った男には、独自の考えがあり、独自の法があったのだろう。それに則り、殺したのかも知れない。
人を殺してはならないと言う天則よりも、自らの行動の指針である法が先に立つ戦い。これこそが、聖杯戦争なのか。そうでもしなければ、聖杯には認められないというのか。
「業の深い戦いだ……」
苦言を漏らす御剣を、ジェイドは真面目な顔付きで見つめていた。その間は、無言であった。
「すまない、話の腰を折ってしまった。話を続けてくれないか。ランサー」
「いえ、お気になさらず。さて、このキャスター達を倒した組についてですが、間違いなく聖杯戦争の関係者である一方、全く彼らについての情報は不明です」
「マスターもサーヴァントも顔が割れていないのは当然の事、特徴的な形跡を残さなかったからだ」
「その通り」、とジェイドが付け加えた。これと言った特徴的な破壊痕が工房からは確認出来なかった事もそうだが、
そのキャスターの関係者である、嘗て彼らが操っていた配下のゴッサム市民の殆どが、精製した麻薬で証言の取れる状態ではなく、目撃談も聞き出せない。
辛うじて解る特徴らしき特徴は、キャスターのマスターの転移先である建造物で使われた爆薬と、マスターの直接の死因となった、ショットガンの銃創だ。
だがこれらはゴッサムシティでは珍しくも何ともない凶器だ。決定打にはなり得ない。つまりキャスター達を殺した存在は、ある意味破裂させて殺す連続殺人鬼よりも正体が掴めないのだ。
「彼らについては、あくまでもそう言う存在がいるという認識を持っているだけで良いでしょう。現時点では、証拠が少なすぎます」
「……そのようだ。何人、聖杯戦争に参加したのかは解らないが、もしも我々が話題にした事案に出てくる人物が全て聖杯戦争の関係者ならば……一筋縄ではいかなそうだ」
正体不明の未知の物質で人を破裂させる恐るべき殺人鬼、苦も無く橋を破壊するサーヴァント、痕跡を全く残さず相手を必殺する恐るべきアーチャー或いはアサシン。
想像を膨らませるだけで、いずれも自分のサーヴァントであるランサーも苦戦は免れ得ない事が解る程の恐るべき相手だと言う事が解る。
ランサーは残りの紅茶を全てのみ下し、冷静さの塊のような、薄い微笑みを浮かべた表情を作り御剣を見ていたが、このサーヴァントの内心も、御剣と同じ様なものなのだろう。
やはり、検事の権限を利用し、此処最近起った目ぼしい事件を調べ上げておいて良かった。
サーヴァントの正体と言う最も大切な事項が不明瞭ではあるが、常識を超えた様な連中が参加していると言う事実を再認出来ただけでも十分である。半端な気持ちでは、臨めまい。
「――時間だ、ランサー。出よう」
言って御剣は、使っていたティーソーサーとカップを手に持ち、台所へと運んで行く。律儀にジェイドも、マスターと同じ行動を取り、水場へとそれを置く。
使った茶器を軽く水洗いした後で、御剣はポールハンガーへと近づいて行き、かけていたブラックコートに袖を通す。
いよいよ始まるのだ。ゴッサムと言う大都市を壺に見立てた、蠱毒の儀式――聖杯戦争。奇跡の神品を賭けて争われる、最低にして最悪のジョークが。
――……私は屈さないぞ――
決意を固く、御剣は車庫へと向かった。
磨かれたように滑らかな車体に、御剣の顔が映る。検事としての引き締まった表情とは別に、聖杯戦争への怒りが、その眉間に刻みつけられているのが、よく解るのだった。
【UPTOWN RANDALL/1日目 午前】
【御剣怜侍@逆転裁判シリーズ】
[状態]健康、平常
[令呪]残り三画
[装備]ブラックコート、黒いウェストコート、ワインレッドのスーツ。
[道具]検事バッジ
[所持金]現金が数万程と、クレジットカード
[思考・状況]
基本:やはり聖杯戦争は許し難い。何としてでも止めねば
1. 仕事を放棄してはいられないので、検事としての本分も果たすつもり
2. すぐに戦闘に移るのではなく、最初にまず交渉ありきを貫こう
3.ランサーとは共に行動する事を徹底させる
[備考]
※検事としての権限を利用し、警察の捜査資料を調べ上げました
※内部から身体を破裂させて対象を殺す殺人鬼(
デスドレイン)をサーヴァントではないかと疑っています
※ヤモト・コキが聖杯戦争の参加者であると認識しています。同盟も組めるかもと思っていますが、立場の問題上厳しい事も自覚しています
※キャスターと思しきサーヴァントとそのマスターを殺した存在(
レッドフード&チップ・ザナフ)をサーヴァントと認識しました
※現在スポーツカーで検事局へと向かっています
【ランサー(ジェイド・カーティス)@テイルズオブジアビス】
[状態]健康
[装備]マルクト帝国の士官服
[道具]フォニックランス
[所持金]御剣に依存
[思考・状況]
基本:御剣に従う
1. 他サーヴァントの情報をもっと集められないか
2. 殺人鬼(デスドレイン)が犯行現場に残した黒いタールの残留を調べたい
[備考]
※殺人鬼(デスドレイン)がサーヴァントであると疑っています。犯行現場に残したアンコクトンの残骸を調べれば、確証に変わります
※ヤモト・コキが聖杯戦争の参加者である可能性は非常に高いと認識しています
※キャスターとそのマスターを殺した存在(レッドフード&チップ・ザナフ)が間違いなく聖杯戦争の関係者であると考えています
最終更新:2016年05月22日 23:44