ゴッサムシティの深淵には、無数の悪が息を潜めている。
 泥棒の様な木端な悪党から、国外にも名を届かせる大犯罪者まで、その種類は多種多様。
 そんな連中ばかりが潜んでいるものだから、街の環境は彼等に適したものとなっていく。
 罪は許され、罰も与えられず、悪徳は際限なく成長し続ける。
 今となってはもう、善悪のバランスが逆転している有様だ。

 犯罪者が快適に過ごせるこの街は、悪党共を快く受け入れる。
 それ故に、他国から追われる身には絶好の潜伏先として機能する。
 ネオナチの過激派組織として知られる"最後の大隊"とて、それは同じ事。
 "少佐"と呼ばれる男を首領とする彼等は、ゴッサムで身を潜めていたのであった。

 その最後の大隊の本拠地となっている、ナローズ地区のある施設。
 そこの一室にて、少佐は日課である情報収集に励んでいた。
 机に置かれたのは、朝食用に用意された幾つものサンドイッチ。
 彼はその内の一つを片手に、新聞に目を通している。

 衆愚の街なんて渾名が付く街である以上、新聞の一面は凶悪事件で彩られる。
 例えば、既に数十人もの犠牲を出しているという残虐極まりない殺人鬼の話。
 なんでも、内部から人を破裂させるという摩訶不思議な手段で殺人を犯すのだとか。

 十中八九サーヴァントの仕業だろうと、少佐は判断する。
 その様な珍妙な手段で人を殺すなど、超常の存在たる彼等でしか為し得ない。
 如何な理由で虐殺に赴いたのは定かではないが、酔狂な輩がいたものだ。
 しかし、酔狂は望む所だ。是非とも加害者の面を拝んでみたいものである。
 もし運が良ければ、これから始まる"戦争"の歯車になり得るかもしれないのだから。

 新聞にはこれ以外にも、様々なニュースが記載されていた。
 街の片隅で爆発事故があっただの、自警団が更に規模を広げつつあるだの。
 "聖杯戦争"のプレイヤーならば、小耳に挟んでおきたいものばかりである。

 サンドイッチを欠片も残さず腹に詰め込み、新聞を畳む。
 その後何枚かの資料を机から取り出し、また熟読を始める。

 資料というのは、ゴッサムの裏社会で起きた出来事のまとめである。
 こればっかりは、幾度新聞を読み返したとしても手に入らない情報だ。
 自分以外にも裏社会に籍を置くマスターがいる事を考えると、これは必要不可欠なものである。

 ギャングを殺し未だ逃亡を続ける少女、麻薬のルートを叩き潰した赤い覆面の男。
 敵対者を暗殺しているという自警団の噂、裏社会で名を上げる"トゥーハンド"なる殺し屋。
 テロ組織の人員を利用すれば、この程度の情報を集めるなど造作もない。

 が、少佐は今の所、自分から他の主従を襲いに行くつもりはなかった。
 何しろ、彼の目的は聖杯の入手ではなく、聖杯を掴む過程にこそあるのだから。
 極端な話、手段さえ果たせれば聖杯などどうでもいいとさえ思っている。

 望むべく手段の名は、"戦争"。
 戦争をゴッサムに持ち込み、その状況を大いに楽しむのが理想。
 そして、その戦火の中で二度目の死を迎える事こそが、少佐にとっての最上だった。

 情報を求めるのも、来たるべき戦争に向けた"お勉強"だ。
 いずれ始まる大戦争を大いに楽しむ為の予習とも言える行動である。
 そこに、誰それを狙うといった普通のマスターの様な考えが介入する余地はない。

「退屈かね、バーサーカー」

 虚空に向け声をかけると、一つの影が現れ出る。
 純朴そうな笑みを浮かべた、白い服の少年であった。
 少佐に与えられたサーヴァントにして、その正体は戦闘民族"グロンギ"。
 一見無邪気な少年に見える彼は、その中の王に君臨する存在であった。

「少し、ね」
「ならもっと退屈するといい、空腹は最高のスパイスだ」

 少佐が戦争を起こす理由は、なにも自己満足だけに留まらない。
 このグロンギの王たる少年に、人間の戦争を教え込むという理由もあった。
 人間を知らぬまま人間を殺す王に、人間の真髄を叩き込む。
 彼等が"リント"と呼ぶ弱者の、その真の姿を見せつけるのだ。

 民を総べる王は、あらゆる快楽を貪る権利を持つ。
 全ての特権が許されたその者は、我慢という枷から解き放たれた状態と言える。
 そしてそれ故に、飢えが何者にも勝る調味料である知識を喪失するのだ。

「"最後の大隊"は数十年待った。我々(リント)がそれだけ待てるのなら、数日程度造作もない事だろう?」
「でも、やっぱり退屈は嫌だな」

 調子を崩さないまま、バーサーカーは言い返す。
 姿形は子供と大差ないというのに、放たれる威圧感は相当のものだ。
 流石は一つの種の長に君臨するだけの事はある。

「ねえ、あの包帯の人って強いかな?」
「彼は大事な同盟相手だ、迂闊にちょっかいを出すものではないさ」

 "あの包帯の人"とは、志々雄真実の事だろう。
 最近になって急速に勢力を広めつつある組織の首領であり、まるで怪人の様な外見をした東洋人。
 彼が率いる組織とは同盟関係にあり、敵対しない事を約束しているのだ。
 戦火を広めるには打ってつけの相手と仲良くなれたのだから、それをふいにされるのは流石に困る。

 異様なまでの征服の速度から察するに、恐らく志々雄はマスターだ。
 バーサーカーも満足いく遊びが出来るかもしれないが、今後を思うと抑えさせるのが利口である。

「なに、必ず時は来る。その瞬間まではもうしばらく――」
「そりゃ残酷ってもんだぜ、少佐殿よ」

 が、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに。
 扉を開けて現れたのは、紫と白の道化師であった。

【2】


 HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA 


 笑い声が響く。狂人の笑い声だ。
 事実、"ジョーカー"と名乗るこの男は狂っていた。
 彼の狂った笑みが、部屋いっぱいに響き渡る。

 "最後の大隊"のゴッサム入りを手引きした犯罪者。
 少佐が率いる組織の恩人という設定を与えられた道化師。
 彼がマスターの一人である事を、少佐は既に知っている。
 そして、逆もまた然りであった。

「なんだ君か、私に何か用だったかね?」
「いいや少佐殿、ちょいと暇そうな子供の声が聞こえたんでね。笑わせてやんなきゃパリアッチの名が泣くってもんさ」

 最後の大隊をゴッサムに招き終えたジョーカーは、それ以降は単独行動をとる"設定"だった。
 孤高の犯罪者としてゴッサムで暗躍するという"役割"であった彼は今、最後の大隊に保護されている。
 理由は簡単だ、自分を狙うヒーローに追われているのである。
 おまけに、そのヒーローとは自身が呼んだサーヴァントというではないか。
 そういう事情もあって、少佐はジョーカーを自らの監視下に置いていた。

「笑えるってのに笑えないのは拷問さ……あんた、こんな子供を虐待するつもりかい?」
「子供って、僕の事?」
「ああそうさボーイ、あの肥満体が子供に見えるのか?」

 何の躊躇も無く、ジョーカーはバーサーカーに歩み寄る。
 本来であれば、生身で他のサーヴァントに近寄るなど自殺行為に他ならない。
 そんな事お構い無しに行動するのは、自分が殺されないという自信があるからなのか。
 それとも、狂っているが故にそれを理解できないのか。真相は定かではない。

「んんん?なんだお前……」

 ジョーカーが、バーサーカーの目の前で立ち止まる。
 そして、少年の面に貼りついた笑みをまじまじと見つめた後、

「……そのしかめ面はなんだ?」

 微笑むバーサーカーに対し、口をへの字に曲げながら。
 ジョーカーが押し付けたのは、笑顔へのクレームだった。 

「自分じゃ笑ってるつもりなんだろうが、あんた随分笑顔が下手糞だな。
 餓鬼が無理やり笑顔作ってるだけさ……イカれたつもりでいやがる」
「どういう意味かな?」
「お前は狂った振りしたただのガキって事さ!ジョークってもんを知らねえ!
 それこそ笑えるくらいに滑稽さ!いいや、いっそ盛大に笑ってやる!HAHAHAHAHAHA!」

 瞬間、少年の姿が異形のものへと変異する。
 白い肉体に金の装飾を身に着けた、人型の怪物である。
 バーサーカー――ン・ダグバ・ゼバが、その身に宿る力を解放したのだ。

「じゃあ教えてよ、どうすればいいの?」

 ジョーカーの首を掴み、変わらぬ口調でそう問うた。
 口調こそ変わらないが、間違いなくバーサーカーは機嫌を悪くしている。
 もしジョーカーの答えが納得しないものであれば、彼は渾身の力を籠めて首を締め上げるだろう。
 バーサーカーの腕力であれば、人間の首など木の枝も同然だ。

 不意を突かれたジョーカーは、一瞬驚愕の表情を浮かべる。
 しかし、すぐさま元の狂笑を顔に塗り付けて、

「分からねえのかボーイ?だったら俺が教えてやるぜ、本当の笑顔の作り方ってやつをな!」
「……君が、僕を笑顔にしてくれるの?」
「ああそうとも!人生があまーいサクランボなら、お前はまだ種ってワケさ!
 お前はまだ笑顔ってもんを知らねえ!まるで成長できちゃいねえのさ!」

 "笑顔を知らない"と言われた途端、バーサーカー手の力が緩まる。
 そうしてジョーカーが解放された後、彼は元の少年の姿に変化した。
 人間態に戻ったバーサーカーは、やはり微笑みを絶やないままであった。
 ジョーカーに"しかめ面"と罵倒された笑みを、今も止めずにいる。

「ねえ、遊びに行っていい?」
「仕方ない、門限までに帰ってくるなら許してあげようじゃないか。
 ……おっと、下手に暴れるのは駄目だ。戦争(メインディッシュ)がおじゃんになってしまう」

 それまで静観していた少佐は、バーサーカーの独断を許可した。
 少年のガス抜きも時には必要だし、それにジョーカーがある程度自由に行動できるというメリットも出来る。
 バーサーカーもあの様子なら、道化師を勝手に殺してしまう事はないだろう。

 ジョーカーはまさしく混沌の権化だ。
 この狂気の罪人は、間違いなくゴッサムを混乱に陥れる。
 そうした街の悲鳴が、混沌の産物たる戦争を呼び起こすのだ。

「そういう訳だジョーカー、こんな所に籠ってないで、君も外の空気を吸ってくるといい」
「言われなくてもそうするつもりさ。しかし、おたくの子を止めねえとは中々冷たいじゃないか」
「君ならああ答えると思っていたからね」

 止めるまでもないさ。
 そう言いながら、懐から携帯電話を取り出し、ジョーカーに放り投げる。
 連絡用のもので、元よりジョーカーに分け与える算段だった。

 ジョーカーは受け取った携帯電話をポケットにしまい込んだ後、上機嫌で部屋から出ていった。
 直後、ドア越しに笑い声が耳に入り込んできた。新しい玩具を手に入れた子供を連想させた。
 いつか、バーサーカーもあれだけ大声で笑える日がやって来るのだろうか。

「ああ来るさ。"戦争(ゲゲル)"は君の好物なんだからね」

 ジョーカーという狂人が、バーサーカーに何を齎すのか。
 それを知るのは、これから先のお楽しみというものさ。
 今の少佐に出来るのは、機が熟すまで暗躍する事くらいというものだ。

 "本物の戦争"が街を砲火で焼き払うその瞬間まで、せいぜい鼻歌の一つでも歌いながら。
 "聖杯戦争"などという名ばかりのちっぽけな"お遊戯"を、静観する事にしよう。


【MIDTOWN NARROWS/一日目 午前】

【少佐@HELLSING】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]拳銃
[道具]携帯電話
[所持金]豊潤
[思考・状況]
基本:ゴッサムに戦争を持ち込む。
 1.当面は潜伏する。
 2.混沌の権化たるジョーカーへの期待。
[備考]
裏社会の情報等を組織の団員に集めさせています。

【ン・ダグバ・ゼバ@仮面ライダークウガ】
[状態]健康
[装備]特筆事項なし
[道具]特筆事項なし
[思考・状況]
基本:もっと、もっと笑顔になりたい。
 1.ジョーカーに期待。
 2.少佐の話す"戦争"への興味。
[備考]
しばらくジョーカーと行動を共にするつもりです。

【ジョーカー@バットマン
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]拳銃(ジョーカー特製)、造花(硫酸入り)
[道具]携帯電話(少佐との連絡用)
[所持金]不明
[思考・状況]
基本:聖杯戦争をとびきり悪趣味なジョークにプロデュースする。
 1.手始めにバーサーカー(ダグバ)を笑顔にしてやる。
 2.最終的には、バッツ諸共"最悪のジョーク"を聖杯に叩き付ける。
[備考]
"最後の大隊"の拠点を知っています。



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最終更新:2015年12月13日 00:02