1:
ウェイン・エンタープライズ社、と言えば、このゴッサムの経済の爛熟の頂点に立つシンボル的企業であり、そしてゴッサムと言う街の顔の様な大会社だった。
シンボルであると言う事は、何も良い意味ばかりではない。ウェイン社は経済都市であるゴッサムの繁栄の象徴でもあり、この街の差別と格差の象徴でもある。
このコングロマリットが、ゴッサムシティの経済を独占している、と言う批判が、どれ程吹き上がっている事か。
ウェイン社のせいで、職を奪われ失業者になった人物は、大勢いる。ウェイン社のせいで、負け組と言うラインの先に歩めない者も、山ほどいる。
犯罪都市と言う綽名を賜って久しく、そして、治安も最悪なゴッサムシティを本拠地とするウェイン産業が、今日までテロリズムや暴徒の襲撃に合わない理由は、ただ一つ。
それはこの会社が『強者』だからである。ウェイン・エンタープライズは、このゴッサムにおける――いや、世界における強者の条件の一つを、完全に満たしていた。
この街では、金と暴力を持つ者が強いのである。その内の一つを最大レベルで支配するウェイン社が、弱者の筈がなかった。
だから、誰も逆らえない。貧困層や低所得者は当然の事、ギャングやマフィアでさえも。いや、金の影響力や企業よりも強いギャングやマフィアだからこそ、逆らえない、と言うべきか。
この仮初の街、再現された衆愚の都にもまた、ウェイン・エンタープライズは、ゴッサムの強者、或いは、搾取する者の最たる企業として君臨しているようである。
ただ、オリジナルのゴッサムと違うのは、海外から誘致された、ウェイン産業に勝るとも劣らぬ大企業もまた、ゴッサムの経済を回していると言うところだが。
しかし、市民にとっては大した違いはない。搾取する企業が一つから二つに増えただけだった。
ゴッサム市民がMIDTOWNと呼んでいる島、名の通り、アメリカの大河の上に浮かぶ縦に並んだ三つの島、その真ん中に位置する島にウェイン社の象徴が屹立していた。
高層建築の林立するMIDTOWNの中でも、特に高い摩天楼であるその建造物を、市民はウェイン・タワーと呼ぶ。
それはウェイン産業の本社の様なものであり、ゴッサム大学の学生が内定を勝ち得、通う事を憧れとするエリュシオンだった。
この街では何よりも、あの会社に勤めていると言う事が一種のステータスであり、勝ち組と言う肩書を得る手段の一つなのだ。
そんなウェイン・タワーに対抗する様に、もう一つの摩天楼が天を貫かんばかりに目立っている。ユグドラシル・タワー。
ここ最近ゴッサムの街に誘致された、日本の福祉医療会社である、ユグドラシルコーポレーションなる会社の支社であるらしい。
アメリカと言う国は誰もが認める経済大国だ、グローバル化だ何だと言っても、外国の大企業が入り込む余地と言うものは、そうそうない。
ゴッサムは犯罪都市と呼ばれ、国内企業ですら進出に二の足を踏む程治安が悪いが、その経済規模は本物。いわば、穴場だ。
ユグドラシルと言う会社はゴッサムのそう言った面に、金の匂いを嗅ぎ付けたのだろう。欲の皮の突っ張った人間が上層部にいるらしいな、と男は嘲った。
UPTOWNと呼ばれる地区に建てられた、高層ビルの一つの屋上に、男は佇んでいた。
耳の尖った、蝙蝠を模したような黒マスクを被った、体格の良い男性である。学生時代はきっと、ラグビーやアイスホッケーを嗜んでいたのだろうと見る者に想起させる。
そしてその魁偉が、決して胴体と四肢をくまなく覆う、これまた漆黒の色味をしたプロテクターのせいだけでない事も、見る者は理解するであろう。
男の装備するプロテクターの胸部には、羽を広げたコウモリのデザインがあしらわれており、このような事柄から、
この男が自らを蝙蝠をイメージしてこのプロテクターとマスクを身に付けている事は明らかだった。
――おお、見よ、男の肩から風になびく、ビロードのような黒いマントを。宛らそれは、夜を舞う蝙蝠の翼を模しているとしか思えないではないか。
――だが今は昼だ。例えゴッサムであろうとも、太陽は等しく空から地上にその光を降り注がせる。
昼の間だけゴッサムは、本来抱えているその魔性と危険と淫靡さを雲散霧消させ、凡百の経済都市としての側面を人々の前に見せつける。
してみるとその男は、昼と言う時間には非常によく目立つ夾雑物であった。天空から飛来した隕石のようにその男は光の中でよく目立ち、そして、磁針の狂ったコンパスのように今の時間に合致しなかった。
オリジナルのゴッサムにおいて、その男の存在は永遠の謎であり、存在を長らく疑われ――しかしそれでいて、確かに実在すると信じられた人物だった。
まるでそれは、十九世紀のイギリスを騒然とさせた殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーのように。十八世紀のヨーロッパを暗躍したとされる不死の貴族、サンジェルマン伯爵のように。
本物のゴッサムにおける伝説的、かつ、神話的な存在であるその男を、誰が呼んだかは解らないが、人は『
バットマン』と呼んだ。
ゴッサムの秩序を大いに潰乱させる者が現れ、その都市の在り方を崩そうとした時、蝙蝠を引き連れて墨の様な闇から現れ、その枢軸を圧し折る暗黒の騎士(ダークナイト)であると言う。
ゴッサムの秩序を守る、と言う志を受け継いだ遺児を多く残し、後世のゴッサムの秩序維持にも貢献したヒーローの、マスクから覗く口元は憂いと悲しみに震えていた。
自らの精神性と、その揺るぎなさには、自信があった。どんな万難や試練が待ち受けていようと、それを受け止め、乗り越えられる自信もあった筈だ。
だが今は――迷いと、不安があった。この街には、バットマンと言う存在に纏わる伝説も神話も息づいていない。自分はこのゴッサムにおける異物だ。
それでも、この街は自ら生まれ、育ち、そして生涯を賭して守って来たゴッサムなのだ。自分の存在がなかった事になっているからとて、自らの責務を投げ出すつもりはない。
それなのに、何故――聖杯は、自分のマスターを、あの男に選んだのか。
ジョーカー……犯罪界の道化王子、その気になれば、エースにもキングにもなれたであろう、
文字通りのワイルドカードの可能性と才能を持っていながら、その全てを悪趣味なジョークと自らを苛立たせる犯罪に用いる男。バットマンの最大の宿敵。
生前最も死闘を繰り広げた、好敵手(ライバル)ではなく、仇敵として渡り合った最悪の敵が、何故、自分のマスターなのか……!?
手から血がにじみ出るのではないかと言う強さで、拳を握る。何を殴ろうとも、今のバットマンの溜飲は、下がる事はあるまい。
引き攣った笑みを浮かべる、白塗りの顔をしたあの男は、自分を苛立たせる/笑わせる為に、どんな努力も惜しまないだろう。
自分とゴッサムに、自らが思い描いた最低最悪のジョーク――本人は最も笑えるジョークだと信じているらしいが、彼に笑いのセンスはない――を叩きつける為に、だ。
かぶりを振るい、現況の余りの悪さを振り払おうとするが、頭にかかる黒色の霧は晴れる気配も見当たらない。これ以上の最悪のジョークなど、あってたまるものか。
「……私は、どうすれば良いのだろうな、アルフレッド」
言ってバットマンは、MIDTOWNの方角から、違う方角に身体を向けた。
其処は、UPTOWNとTHE PALISIDESを結ぶ、QUEENS BLIDGEの方角だ。橋の下にはQUEENS RIVERと呼ばれる名の河が流れている。
THE PALISIDESと呼ばれるその場所には、ウェイン産業筆頭株主である男の、広大な邸宅があった。
その株主の名前であるブルース・ウェインの名をそのまま取って、それはウェイン邸と呼ばれている。
それが、今バットマンがいるビルから見渡せるのだ。それ程までに広大な敷地面積と、建物の大きさを持つ。
誰もが一度は、こんな場所に住んでみたい。そんな妄想と夢をそのまま形にした様な、城の様な大邸宅だ。
……嘗て、『バットマンがそのマスクとスーツを着脱し、ヒーロー活動時以外の日常を過ごしていた』、あの邸宅も確かに存在するらしい。
となれば……、あの男も存在し、自分以外の誰かに仕えているのだろうか?
両親を強盗の凶弾によって撃ち殺され、その事がトラウマとなったバットマンの幼少時代――彼を親身に育て、フォローしてくれたあの老執事、アルフレッド・ペニーワースが。
バットマンのヒーロー活動は、アルフレッドの献身的な支えや援助、フォローがなければ、成り立たなかった、と言っても過言ではない程重要なものだった。
ヒーロー活動とは違う日常生活においても、アルフレッドは十分過ぎる程の働きを示してくれた。彼には、感謝してもし足りない程だ。
果たして彼は今、NPCとして生活しているのだろうか? それともそもそも、ウェイン邸には存在しないのか……?
確かめに、あのQUEENS BLIDGEの向こう側に行ってみたくなる。そして、自分の事を知っているかと、聞いてみたくなる……!!
……だが、止めた。葛藤に長らく苦しむバットマンだったが、その相克は、あの橋の向こうを渡らない、と言う考えで決着を着けた。
アルフレッドはもう十分働いたじゃないか。ヒーロー活動も手伝って貰っただけでなく、幼少の自分を育ててくれ、ウェイン産業の株主となってからの活動もサポートしてくれた。
偽りの衆愚の街ゴッサムでも、彼に頼ると言うのか? ……それは、バットマンとしても御免だった。
いるかもしれないNPCの彼には……平穏無事に過ごしていて欲しい。自分を生涯支え続けて来てくれた、ささやかな礼として、受け取って欲しかった。
「私は文字通り、一人……か」
本来ならば信頼すべきマスターは最悪の宿敵、サイドキックのディックもジェイソンも、ティムもステファニーもダミアンもいない。アルフレッドは先述の通り。
バットマンは、孤独のままゴッサムを守らなければならなかった。深刻な事実だが、彼はこれを受け止める事にした。
――見ていろ、ジョーカー。その癪に障る笑みを顔から消し去ってやる――
今も何処かで、『HA HA HA』と笑っているであろう、出来損ないのピエロのような男の事をバットマンは考える。
あの男の凶行を止めてやる、そう心に誓った、その時だった。彼の身体に、恐るべき鬼風が叩き込まれたのは。
サーヴァントが放つ、魔力と言う奴だろうか。違うと考えた。サーヴァントである以上隠し通せようもない魔力とは、これは異質のもの。
そのサーヴァントが強く、恐ろしい存在だからこそ放出出来る、気魄であり鬼気だった。
嘗て、犯罪と言う恐怖をより強い恐怖で抑えつけていたバットマン――本人にその自覚がないのは言うまでもない――が、思わず竦む程の気配。
死後、英霊の座に祀り上げられたバットマンであるが、その世界には、彼よりも古い時代に、数々の偉業を成して来た英霊豪傑、超人の類が数多く登録されている。
きっと、その類なのだろう。……だからと言って、退く訳にはいかない。此処がバットマンの知るゴッサムシティである限り、彼は戦い続けるのだ。
親を殺されたトラウマをバネに、アウトローに対して恐怖を以て立ち向かうと決めた、あの時から。
身体に夜闇を纏ったような黒い騎士が、ビルの柵の上に立ち、其処から何の恐れもなく飛び降りた。
この蝙蝠には、昼も無ければ夜も無い。危機が迫れば、雲一つない空の下でも、明けき月が輝く夜闇の下でも、舞って戦うだけなのだった。
2:
着けられている。
その道の手練であろう。彼女以外の存在であれば、尾行されている事には先ず気付くまい。
凡百の探偵や警察職、スパイなど、及びもつかない気配の消し方、尾行のそれとなさ。間違いなくプロの類だ。
それも、諸人の想念や撞着、恐怖や冤罪、神話や伝承が形となり、英霊の座へと登録された存在が、矮小化されて世界に呼び出された存在――サーヴァントだ。
マスターの前川みくに危機が陥らぬよう、アーチャーのクラススキルである単独行動を駆使し、霊体化をして辺りを監視していたが――思わぬ展開に直面してしまった。
彼女、
ジャスティス(正義)の名を与えられたこのアーチャーは、自分がサーヴァントに尾行されていると言う確信があった。
簡単だ、何故ならば彼女は今霊体化している。彼女の姿はこのゴッサムに於いて特に目立つのだ。聖杯戦争の関係者が見れば、まずサーヴァントであると割れるのは確実。
霊体化した存在と言うものは、素養のない人間には目視は不可能である。つまり今のジャスティスは、誰の目にも映らない筈なのだ。
その状態の彼女を、ピンポイントで尾行して来る存在。これはもう、自らを疑えと言っているに等しい事柄であった。
追って来る存在を、戦うに相応しい場所へと誘き寄せる。
マスターである
前川みくが危機に陥った時にも、十分対応出来る距離を保ちつつそれでいて、なるべく彼女に、戦闘をしていると気取られない場所へ。
「……おあつらえ向きの場所を探すのは、苦労したぞ」
廃ビルと廃ビルの谷間にある、陽の光も当たらない為に薄暗く、そしてジトりと湿った裏路地であった。
夜の間はいざ知らず、日の出ている時間帯では、誰も通る事もない、精々がけち臭い、十代の不良崩れや浮浪者がたむろしている程度の場所に過ぎない。
加えてこの廃ビルの中には、住民がいない。取り壊しが大分昔に決定されるも、取り壊す会社が倒産。以降放置され、時間の任せるがままにしてある無人ビルなのだ。
この場所ならば、互いの正体を明かすにもってこいだと、ジャスティスは思ったのである。
「姿を見せたらどうだ」
言ってジャスティスは後ろを振り返りながら、自らの霊体化を解除する。それに呼応し、彼女を尾行していた闇の騎士、バットマンも霊体化を解除する。
姿を見せたアーチャーのサーヴァントは所々を蒼く縁取った、白亜の大鎧めいたもので全身を覆った、生命体――いや機械か。それとも、生物と機械の融合体か。
何れにせよ、生身の部分を兼ね備えた機械としか、その存在は見えなかった。頭に類する所からは、血のように赤い長髪のようなものが風にたなびいている。
そして何よりもその存在は、凄まじい巨躯と体格の持ち主だった。バットマンの体格も、並一通りではないのだが、ジャスティスのそれは彼をも超えている。
パワードスーツを、身に纏っているようだとバットマンは感じた。元居た世界にいた、最強の超人(SUPERMAN)と渡り合おうとしていた、禿頭の男の事を思い出した。
確かアレは、レックス・ルーサーと言ったか。
――……凄まじい威圧感だ――
心中で吐露するバットマン。目の前に佇む存在は、生の人間では到底出しえない程の覇風を放出していた。
それは、人類を超越した怪物だけが醸し出せる何かである。どんなアウトローと相対しても怯む事のないバットマンが、竦み上がりそうな程の、威圧感。
表面上それを億尾にも出さないのは、彼が自分の事を、ゴッサムの平和を守るヒーローであるバットマンだと固く信じる事で、恐怖を殺しているからだった。
「出る時間を間違えたな、アサシン」
腕を組み、此方を見下ろす様な傲岸不遜な態度で、ジャスティスがそう言った。
歪んだスピーカー越しに喋るような声だった。地獄の底から響いてくるような、恐ろしげな雰囲気が、その声からは横溢している。
人間の心に宿る恐怖と言うものを、否応なく喚起させられる声だ。恐怖に対し恐怖で戦うバットマンも、例外ではない。
「……私はライダーだ」
サウスポーの構えを取り、バットマンがジャスティスの間違いを訂正した。昼と言う時間を否定するような、全身黒一色の出で立ち。
成程、確かにジャスティスがアサシンと間違えるのも無理はない。しかし、バットマンは自分が暗殺者と思われるのが、嫌だったのだ。彼らは殺しを生業としているが、自分は不殺を掲げるヒーロー。一緒にされるのは、バットマンとしては心外だった。
本当ならば、バットマンと名乗りたいところではある。決して、騎士道精神からではない。自分が何者なのか、と言う自己確認の為だ。
しかし、聖杯戦争において自分の名を知られてしまう、と言うのは不利しか残らない。超人的な能力を持たないバットマンならば、残る不利は顕著だ。
不本意だが今は、クラス名を名乗るしか、なかった。
「本当に、私と戦う気でいるのか? ライダー」
ジャスティスのこの言葉には、挑発の意味合いも込められている。だが同時に、退け、と言う意味も込められていた。
生前のジャスティスであれば考えられない事だ。生前の彼女なら、目の前に敵意を持って人間が立ちはだかったのであれば、粉微塵にその身体を砕いていただろう。
それを行わないのは、自身の精神性の変化。そして、自らのマスターを配慮していればこそ、であった。
「私は、このゴッサムを守る為に在る」
静かにバットマンは言葉を返す。そして更に、言葉を続けた。
「お前は、ゴッサムに何の破壊も齎さない存在だと誓えるか?」
「……無理だな」
「ならばお前は、私の敵になる」
ジャスティスの言葉に、少しの憂いが込められていた事を、バットマンは知らない。
ジャスティスは、ギアと呼ばれる『兵器』である。ギアとは、生物の形をした――いや違う、生物そのものの兵器だ。細菌兵器や生体兵器とは訳が違う。
兵器とは、どんな美辞麗句で取り繕おうとも、結局は都市を破壊し、殺戮を齎す為にあるガジェットなのだ。ジャスティスと言えど、その定義からは逃れられない。
事実彼女は生前、両の指では数えられない程の都市を破壊して回ったし、殺した人間の数など最早数える事すら馬鹿馬鹿しい程だ。
後世になってもなお、ジャスティスと言う存在は恐れられ、その恐怖の伝説から、コピーすらも作られた程である。ジャスティス、と言うギアの伝説に、憧れや気高さなどない。彼女に付き纏うのは、人類を滅亡させかけ多くの幸福を奪った悪魔、と言う恐怖の逸話だけだ。
これこそが、ジャスティスの保有するスキル、破壊神。
彼女はどんな言葉で自分を表現しようとも、彼女が過去に積み上げた屍と瓦礫は消し去れない。
彼女は恐怖と言う想念の山を築き上げた結果、英霊の座と言う天へと登録された怪物なのだ。彼女には破壊神以外の、抱かれるイメージは許されない。
バットマンの問いに「否」と返したとしても、ジャスティスはバットマンの敵になっていた事だろう。
スキル・破壊神とは、結局のところ、ジャスティスと言う存在の意思を斟酌せず、相対した全ての存在に敵として見做される、兵器として生前生きて来た彼女への魔痕なのだから。
そして、この宿命と、ジャスティスは向き合う事にした。今更逃げた所で、始まりはしないのだから。
「降りかかる火の粉は、払わねばなるまい」
その言葉を皮切りに、バットマンが動いた。恐怖に耐え切れず、バネ仕掛けの人形のように動いた、と言った方が適切なのか。
目にも留まらぬ速度で腕を水平に動かし、黒い何かをジャスティス目掛けて投擲する。それは四つあった。
退屈そうにその腕を動かし、それらを破壊する。恐るべき事に、たった一度の腕の動かしで、彼女は四つ全てを破壊したのだ。
バットマンが投擲したものは、自らのプロテクターの胸部に刻まれたコウモリのエンブレムと同じ形をした、黒い手裏剣。
彼がバッタランと呼んでいた投擲武器である。バットマンのヒーロー活動の象徴とも言えるアイテムを、ジャスティスは文字通り、ゴミのように破壊して見せたのだ。
様子見程度の一撃だ。バットマンもこれでジャスティスを倒せるなどと言う甘い展望は考えていない。
今の攻撃で、バットマンは痛い程理解した。このサーヴァントは、桁違いの怪物であると。バッタランがたとえ直撃したとしても、子供の投げるゴムボールがぶつかった程しか感じない事であろう。
ジャスティスが地を蹴り、バットマンとの距離を詰めて来る。踏み込んだアスファルトの地面がボグォン!! と、すり鉢状に凹んだ。
その重圧そうな巨体からは信じられないような、凄まじい速度。バットウィングの速度に、迫るかも知れない。
間合いに入ったジャスティスが、腕を横薙ぎに振るいにきた。手首より先が、白磁のような色味をした剣に変わっている。
殆ど反射的に、バットマンは勢いよく飛び込むような前転。自らの首に向かって払われたその一撃を危機一髪の体で回避。
前転が終わった後、体勢を整えるバットマン。
ジャスティスがこちらに振り返ったと同時に、ユーティリティベルトからやはり黒色の小さな球を取り出し、彼女目掛けて軽く投擲する。
警戒し一瞬だけ身体を硬直させるジャスティス、この隙を狙い、バットマンが自らの顔面を腕で覆った――刹那。
球が、破裂し、その内側から、太陽を直視したような眩い光が弾けた。薄暗い路地裏を、網膜を焼く様な閃光が白く染め上げる。閃光手榴弾だった。
閃光程度であれば、解っていれば毛ほども通用しないジャスティスだが、不意を打たれたとなれば話は別。
そもそも目の構造自体が通常人類や生物のそれとは違う彼女に、強い光による目晦ましなど毛ほどの意味も持たない、が。
思考を奪い、一瞬だけ白痴の状態にする事は出来た。バットマンにはそれで十分だった。ドゴン、と言う崩落音が聞こえて来た。
光が止む、ジャスティスの思考が戻る。彼女から見て右方向の廃ビルの石壁に、穴が空いていた。バットマンが破ったのである。
逃げた訳ではないのはジャスティスにも解る。気配はまだ、廃ビルの中に蟠っている。
彼女も、自分とバットマンの戦力差を理解し始めた。圧倒的に此方が優位に立っている、と言うのがジャスティスの見解だ。そしてそれは事実だ。
自分があのサーヴァントに敗れる要素があるとすれば、不意打ちか、マスターを葬られる事以外にないが、後者に限って言えば、
今ジャスティスのマスターは彼女から大分離れた所にいる。心配は無用だった。
ビル壁を破る急襲、芸がない。誰だって予想は出来る。となれば、タイミングは何時になる?
もしかしたらそのまま逃走する可能性もあるが、ジャスティスは何故か、あの男に限ってそれはないと思っていた。
大見得を切ったから逃げるに逃げられないから、ではない。この街を守ると言った時の彼の目つきや口ぶりが、本物だったからだ。彼は本気で、この街を守る為に動いているのだ。
――ジャスティスの右隣のビル壁が、凄まじい轟音を立てて吹っ飛んだ。小さな瓦礫がジャスティス目掛けて亜音速で飛来する。
この程度の直撃などでは彼女は怯まない。急いで壁の方に目をやるジャスティス、大穴が空いていた。
穴の先に、バットマンの姿は見当たらない。見るも無残に廃れたビル内部が広がるだけだ。
この大穴は、単純な腕力で開けられた穴じゃない。
ではこれは……? ビル壁に穴が空き、推理に至ろうとするまでの時間、約ゼロカンマ二、三秒程。頭上から、壁が崩落する音が聞こえて来た。
バッと、ジャスティスが頭上を見上げ始めた。質量を持った暗黒が、マントをたなびかせて勢いよく両足から落下して来た。
彼女の頭蓋に、凄まじい衝撃が叩き込まれ、勢いのまま彼女は地面に俯せに倒れ込んだ。闇の騎士が頭から彼女の頭に着地した故だった。
タッ、と。ジャスティスの近くの地面に何かが着地する音が聞こえる。バットマンだった。穴の開けられたビルの三階には、穴が空いていた。
爆発物を使用したような穴じゃない、単純な腕力か何かで空けたとしか思えない穴だ。バットマンは、壁を破っての急襲が、ジャスティスに見抜かれている事を読んでいた。
だから一つ、工夫を凝らした。先ずジャスティスが佇む位置の近くのビル壁に、ビル内部から『爆破ジェル』と呼ばれる物を散布。
その名の通り、衝撃を加えるか、時間差で爆発する着火ジェルのようなものである。これを炸裂させたのだ。
ジャスティスが感じた最初の壁の崩落は、このジェルによるものだ。だがこれは、フェイントのようなものである。
爆破ジェルによる壁の破壊に目線を集中させ、意識が逸れたその瞬間に、バットマンは三階から落下。
全体重プラス、落下速度、そして位置エネルギーを乗せて、ジャスティスの頭に攻撃を仕掛けた、と言う訳だ。
普通ならば、このバットマンの一撃を喰らった場合、良くて重傷、最悪死亡にまで追い込まれるだろう。
それ程までの威力を秘めていたにも拘らず――ジャスティスから意識を奪う事は愚か、衝撃による視界の混濁すらも、引き起こす事は叶わなかった。
ガッ、とバットマンは右足首を何かに掴まれた。万力に挟まれているかのような、凄まじい圧力。
ジャスティスの右手だった、と気付いた時にはもう遅い。振り払わんと動こうとするが、彼女の方が速かった。
急スピードで彼女は立ち上がり、頭を下にしてバットマンは彼女にぶら下げられた。
今のジャスティスの様子は、まるで猟師が、猟銃で撃ち抜いた禽獣の類を誇らしげに持ち構えているかのようだった。
右腕を、残像が残らぬ程の速度でジャスティスは振う。彼女から見て左側の、バットマンが爆破ジェルで発破しなかった側のビルの、二階の高さの壁に穴が空いた。
ジャスティスの右手から、バットマンは離されていた。
バットマンは、ジャスティスにソフトボールのような放擲され、廃ビルの最奥で苦しげに呻いていた。
彼を受け止めた壁には、後数百gの衝撃を加えるだけで、砂の城のように崩れ去りそうな程のヒビと亀裂が大量に刻まれている。彼を受け止めた衝撃の為だ。
何たる、腕力か。彼女に投げられたバットマンが、廃ビル内で何枚の壁を突き破ったのかは、彼自身も解らない。数えられない程多かったのは、事実だ。
身に付けているバットスーツが耐衝撃性に優れていて助かった。これを装備していなければ今頃、全身の骨を砕かれ動く事すらままならなかったろう。
廃ビル内の細々とした礫を蹴散らしながら、ジャスティスがゆっくりと此方へと歩み寄って来る。
陽の光が届きにくく、裏路地よりも更に薄暗い廃ビル内でも、彼女の白亜の威姿は、それ自体が光って見えるかのようによく目立った。
ジャスティスがバットマンに近付いて来る。
残り、十m。九m。八m。七m――其処に到達した瞬間、地面が地雷のように炸裂した。此処に来る事を予想し、地面の一点に爆破ジェルを集中させていた。
不意を打たれるジャスティス。爆発自体は大した事がない、この程度では彼女の機械の部位を傷付ける事は出来ない。
彼女が怯んだその隙を狙って、バットマンが飛び掛かった。七mの距離を瞬時に詰める、人間の限界点の体術だ。
ジャスティスの顔面目掛けて、右拳で思いっきり右フックを以て殴り掛かるバットマン。衝撃が彼女の顎を捉え、打ち抜く。
彼女に叩き込まれた力は、ナックルによる衝撃だけではない。身体が痺れるような『電流』も流れたのだ。
バットマンの金属製のグローブには、高圧電流が流れるような仕組みが備わっている。ショックグローブだ。機械ならば電流が或いは、と考えるのも当然だろう。
実際ジャスティスも電流は堪えたらしく、動きを停止させる事は出来た。この瞬間を狙い、バットマンは、ショックグローブによる連続攻撃を叩き込む。
右ストレート、左ジャブ、右と左のフック、アッパーカット等々、常人であれば最早死んでいるレベルの打撃の応酬を浴びせる。
――ジャスティスの両目が、ルビーのように赤く煌めいた、刹那。彼女の口から凶獣の咆哮のようなものが上がり、その身体から魔力の衝撃が開放された。
部屋中の瓦礫が、埃のように吹っ飛んで行く。溜まっていた塵の類が、巻き上げられる。部屋を覆う四方の壁が、粉砕される。
天井の建材が、その更に上の天井を打ち抜く程の勢いで吹っ飛ばされる。それまで攻撃を行っていたバットマンが吹っ飛ばされ、ビルの外に弾き飛ばされる。
バースト、と呼ばれる魔力――彼女らの世界では法力と呼ばれる――を勢いよく解放し、敵を吹っ飛ばす技法。
ジャスティスの法力を操る技量と、基礎的な法力量が組み合わされると、窮地を凌ぐ為に敵を弾き飛ばすだけで、威力の極めて低いこの技法ですらが、攻撃手段となる。
膝立ちの状態でいたバットマンが立ち上がる。衝撃は凄かったが、何故か痛みとダメージがない。めっけものではあるが、それが不気味だった。
現在のバットマンでは、理論の上においても、ジャスティスに勝てる道理は何一つとしてなかった。
バットマンと言う存在は、生前から非常に優れた身体能力と、明晰な頭脳、――歪んではいるが――強固な精神性、そして、
ウェイン社の筆頭株主と言う立場から来る、非常に潤沢かつ豊富な財産と資金を保有していた、優れたヒーローであった。
しかしそんな彼にも、明白な弱点があった。それは即ち、彼が何処までも普通の人間であると言う事。
上にあげたそれらの要素は、豊富な財産と資金以外は彼の弛まぬ努力と切磋琢磨の末に獲得したものであるが、裏を返せば、先天的な声質も特別性も何一つなく、
一人の人間が死ぬ程の努力を惜しまねば獲得出来る可能性の範疇であると言う事なのだ。
つまり彼は、『超人』ではない。精神的にはまさにスーパーマンと呼ぶべきではあるのだろうが、肉体的にはスーパーマンでもない。
当然、その瞳から摂氏数万度の熱線(ヒートビジョン)を放つ事だって、出来はしない。つまりバットマンは、サーヴァントとしては二流なのだ。目の前のジャスティスと言う怪物を相手取るには、力不足も甚だしかった。
これだけならば勝ちの目が薄い程度で済むのだが、更に悪い事に、彼は普通の人間だ。
これが、何を意味するのか? ジャスティスの常時発動しているに等しい宝具、叛逆の王(ギルティギア)の発動条件を満たしているに等しい。
結論から言えば、今のバットマンのステータスは本来の物より全てワンランク下がっている。叛逆の王のせいでだ。
バットマンがやけに感じていた、身体の動きの鈍さや本調子のなさは、ジャスティスの宝具のせいによるものだったのだ。
十全の状態のステータスでも、ジャスティスに遠く及ばないのに、その上更にステータスを下げられると言うのでは、勝てるものも勝てないのは当たり前だ。
そして、決定的な要因。ジャスティスと言う英霊の格。
そもそも出身の世界がバットマンとジャスティスでは違う為比較のしようがないが、ジャスティスが本来活動していた時間軸はバットマンの世界の物より未来の事だ。
ジャスティスのいた世界ではエネルギー問題と言う、人類が抱えるテーゼは全て、法力、乱暴な言い方だが魔法と言う概念を理論で解体した事により解決している。
この事からも解る通り、バットマンの世界の科学力とジャスティスの世界の科学力――いや、彼女世界では既に科学自体が過去の学問の為、技術力と言うべきか。
兎に角、ガジェットにかけられる技術力と干渉出来る概念の数が段違い過ぎるのだ。異世界の超高度文明によって作られた、法力を扱える最強の生体兵器。
それこそが、彼女、ジャスティスなのだ。内部に備わる兵装の数はバットマンのものよりも遥かに多く、その兵装の末端のものからして、バットマンの兵装全てを上回る。
つまりバットマンが有するアイテムは全て、ジャスティスに備わる兵装よりも遥かにランクが劣るのである。
この上ジャスティスは使いこそしないが、法力による法術(魔術)も行使出来ると来ている。格が劣る以外に、どう表現すれば良いのか。
扱える能力の数々ではそもそもバットマンが特殊な能力を使えない為勝負にならず、ステータスも負けている上に本来の物よりランクが下げられて。
極め付けに、出来る事の数すらも大きく負けている。下位互換と言う言葉を使うのも烏滸がましい位に、バットマンとジャスティスの戦力差は掛け離れていた。
これだけの実力差があるのに――何故ジャスティスは、バットマンを殺すのに手間取っているのか。
甚振っているのではない。彼女にそんな趣味はない。その気になればこの程度のライダーなど、彼女は瞬きする間に粉々に出来るのだ。
かと言って、慈悲をかけているのでもなければ、不殺を掲げている訳でもない。これこそがこのアーチャーの最大の弱点だ。
ジャスティスは、自らのマスターである前川みくに対して配慮した戦い方をせざるを得ないのだ。
ジャスティスが本気を出して戦えば、魔力供給量の少ないみくに対して、比喩抜きで死ぬ程の負担をかけてしまうのである。
ハッキリ言ってしまえば前川みくは、ジャスティスと言う破格のサーヴァントの手綱を握るには、力不足も甚だしいマスターだった。
備わる魔力も絶望的に低い上に、戦闘に対する覚悟もない――これ自体はジャスティスは、美点としては評価している――。宝の持ち腐れも良い所だ。
後者の方は兎も角、前者は致命的である。生前からして、ジャスティスと言う存在の戦い方は、身体に備わる法力や、身体に備わる兵装の暴力的な火力を用い、
兎に角相手を殲滅制圧する事だった。つまり彼女の戦いには常に、膨大な法力の消費と言う問題がつきまとう。
生前は無尽蔵に法力を有していた為それも気にならなかったが、マスターからの魔力供給と、サーヴァントが保有する魔力量に制限される聖杯戦争では別だ。
つまりジャスティスがその本領を発揮するには、潤沢な魔力量と言う裏打ちが必要になる。そして、みくにはそれが備わっていなかった。
ジャスティスと言うサーヴァントが保有する魔力を消費して戦う事も出来るが、それをやるとマスターであるみくの魔力のなさも相まり、消滅を早めさせるだけだ。
そう、ジャスティスは、マスターが魔力の少ない前川みくである限り、その行動の九割近くを封印されているという状態に等しいのである。
魔力放出による圧倒的な移動速度や三次元駆動の限界に迫る程の空中移動性能の発揮も、身体に備わる焦点温度数十万度のレーザーの放射も、
TNT数t分の威力の爆発を炸裂させられる火弾も、超高層建築を根野菜のように切り裂くミカエルブレードを振う事も、ままならない。
つまり今のジャスティスは、素のステータスを活かした戦い方だけでやっているような物なのだ。これはジャスティスの本来の性能を全く活かせてない。
それに、ジャスティスがバットマンを殺せないのには、ひとえに彼の弱さも原因であった。
彼女は、彼のステータスの低さに気づいていた。同時に、彼が遥か格下の英霊であると言う事も。
その様な相手に、『本気を出して戦えば消滅が早まる事が解りきっているサーヴァント』が、『態々全力をあげて攻撃する』だろうか?
答えは否だ。だからジャスティスも、なるべく必要最低限の動きと魔力消費で目の前のサーヴァントを葬ろうとしているのだ。
それが結実しないのは、バットマンのステータスが低いとは言え、身に纏っているプロテクターが頑丈なのと、彼の鍛え上げられた肉体と培った戦闘経験の賜物だった。
とは言え、現状では如何転んでも、バットマンがジャスティスに勝てないのは明らかだった。
基礎的なステータスからして違い過ぎるのもそうだが、バットマンの攻撃がどれも決定打にならないのに対し、ジャスティスの攻撃はどれも直撃すれば、
必殺級の威力を誇るからだ。バットマンが百発のクリティカルヒットを叩き込まねばジャスティスを倒せないのに対し、彼女の方は一撃攻撃を当てるだけで良いのだ。筆舌に尽くし難い程の差である。
しかしそれでも、バットマンはゴッサムを守る為に。ジョーカーの悪事を挫く為に、戦わねばならないのである。
サウスポーの構えを取る彼を見るジャスティスは、腕を組み、見下ろすように構えた。彼女には人類に対する敬意はない。況してや、相対する相手が、敵となれば、なおさらだ。
「貴様では勝てない事が解らないのか?」
「解りたくない」
「愚かな男だ。やはり狂人だったか」
言ってジャスティスが、ブレード状の物に変化させていた自らの右手首より先の、その尖先をバットマンに突き付けた。
バットマンはまだ宝具の全てを開帳しきっていない。生前の相棒とも言える黒塗りの装甲車、バットモービルと言う切り札がある。
だが――それを解放したとしても、バットマンはジャスティスに、勝てるのか? 自分の居た世界のそれよりも遥かに進んだ技術によって生まれた、この兵器に!!
「終わりにしてやろう、ライダー。己の弱さを呪うが良い」
ブレードの間合いに入り、腕を振り抜こうとした、その時だった。
ジャスティスの腕の動きが、停止する。ブレードの刃が、バットマンの首筋の皮に触れたその瞬間の事だった。表面の薄皮に、薄く切れ込みが入っただけ。
ブレードによってバットマンの負ったダメージの内訳が、これだった。
「何故止める」
バットマンが無感情に言った。このサーヴァントは嬲り殺しの類をしない存在である事は、一目でバットマンは理解している。
殺すと宣言すれば、一思いに相手を殺す。ジャスティスがそんな存在であると、彼は見抜いていた。
何故、ジャスティスがバットマンの首を刎ねなかったのか。
それは、彼女の頭の中に微かに響いて来た、マスターである前川みくの念話だった。
【ジャステ――!! お、―化けみたいな―――――!! 助け―!!】
【何だ、どうした、マスター!!】
【怖い――ジャス―――!!】
自分が思う以上に、拙い状況になっているようだと認識するジャスティス。
念話が途切れ途切れなのが、酷くもどかしい。彼女に魔術的な素養があれば、どんな危機が迫っているのか解るのに!!
――ジャスティスの顔面に、高圧電流を纏った拳が叩き込まれた。
体勢がグラついた彼女の胸部に、スプレー状の物が散布される。右腕のブレードを振うが、バットマンはその場で身体を、ボクシングのダッキングの要領で屈めさせ回避。
左方向に横転するや否や、ジャスティスの胸部が音を立てて爆発した。爆破ジェルによる爆発――だが、堪えていない。
歯噛みするバットマン。ウェイン産業の科学の粋を凝らして作り上げた爆破ジェルは、彼女の白いボディに焦げ跡をつける事すら叶わなかった。
それも、無理からぬ事か。生前ジャスティスは、爆破ジェルの爆発が可愛く思える程の、『背徳の炎』の爆炎をその身に受けて来たのだ。この程度の火力では怯む事もないし、傷付く事もない。
「気が変わった、貴様は生かしておいてやる。運が良かったな、気狂いめ」
「……何?」
「急用が出来た。貴様とは付き合ってられん。お前の実力では、聖杯戦争も生き残れまい。この衆愚の街も、守護する事など叶うまい。私が手を下す事もなく、お前は敗れさるだろうさ。何処へでも行くが良い」
言ってジャスティスは、霊体化を始める。
「待て!!」とバットマンが引き留める。待ってられない。表面上は余裕を装っていたが、ジャスティスは内心で焦っていた。
如何にアーチャークラス、マスターが死亡しても幾許かは猶予のあるクラスとは言え、ジャスティスの単独行動スキルはお世辞にも高いとは言えない。
彼女の単独行動のランクではマスターの死亡は自分の消滅とほぼニアリーイコール。何としてでも、みくは守らねばならなかった。
――私も随分甘くなったものだ、フレデリック……――
史上最強かつ最悪のギアとして畏怖され、破壊神とすら揶揄された自身からしたら、随分と驚くべき心境の変化だと自嘲するジャスティス。
聖杯戦争により実力を制限されているからこんな心境なのだろうか、それとも、今の心境こそが、人間だった頃の自分、つまり本来の自分の性格なのか?
解らないが、行くしかない。マスターの下へと。
急速に自分から遠ざかって行く気配を茫然と見つめるバットマン。誰もいない路地裏に、一人残される体となった。
このまま、ジャスティスを追うべきなのか。彼はジャスティスの中に、破壊の権化を見た。あれはジョーカーとは違う、純粋に破壊を求める存在だと認識した。
あれがもしも、その真の力を発揮したら、このゴッサムの街はどうなるのか。それを考えるだけで、恐ろしさに身体が震えてくる。
十全の状態であのサーヴァントが暴力を振ったら、ゴッサムどころか、アメリカ大陸が荒廃するのではと言う錯覚すら覚える。
ジャスティスの気配がいよいよ、バットマンの感知能力でギリギリ感知できる程度のレベルにまで遠ざかって行く。
破壊神を人間が追うべきか、それとも、生前からの宿敵であった、白塗りの顔が特徴的な狂気の体現者を負うべきか――。
決断の時は、其処まで迫っていた。
【UP TOWN BAY SIDE/1日目 午前】
【アーチャー(ジャスティス)@GUILTY GEARシリーズ】
[状態]魔力消費(小)、肉体的疲労(極小)、肉体的ダメージ(極小)
[装備]自身に備わる兵装の数々
[道具]
[思考・状況]
基本:聖杯を勝ち取る
1. マスターを一応守る
2. マスターの負担軽減の為、なるべくなら本気を出さない
[備考]
※前川みくの負担を考慮して、本気を出せない状況下にあります
※バットマンの存在を認識しました
※前川みくがヘキジャインベスと遭遇した事を朧げながら感知しました。ジャスティスには、みくが危機に陥っているだろうと認識しています
※現在急いでマスターの下に向っています
【ライダー(バットマン)@バットマン】
[状態]魔力消費(極小)、肉体的疲労(小)、肉体的ダメージ(小)
[装備]バットスーツ、疑似的な飛行(滑空に近い)を可能とするマント
[道具]バッタラン、殺生以外の様々な用途に用いる手榴弾、グラップルガン、爆破ジェル、ショックグローブ等
[思考・状況]
基本:ゴッサムシティを守る
1. ジョーカーの野望を挫く
[備考]
※現在ジョーカーの位置を探しています
※並行してゴッサムに迫る危機も守ろうとしています
※アルフレッドの姿を、可能なら見てみたいと思っています
※ジャスティスと交戦しました
※ジャスティスを追跡するかどうか迷っています。判断は後続の方にお任せ致します
最終更新:2015年07月31日 17:41