【1】


 59分を指していた時計の短針が、12時を指す長針に重なった。
 時刻は丁度12時00分、午前と午後の境界線に到達したのである。

 特に祝福すべき事ではない、毎日の様に繰り返された光景の一つ。
 ゴッサムシティの住人達が、これまで何千回も通り過ぎた瞬間。
 だが、聖杯戦争の参加者に限れば、この瞬間は特別な意味合いを内包していた。
 正確に言えば、今この時点より、特別な時間へと変異するのである。

 12時を回った途端、聖杯戦争のマスター達の耳に入り込むのは、男の陽気な声だった。
 この街に住むほんの数人を除けば、彼の声など初めて耳にするだろう。
 当然ながら、その男が何者なのかなど、彼等には皆目見当もつきはしない。

 そして、男の存在を知るほんの一握りでさえ。
 彼がこれより伝えるのが、聖杯戦争の途中経過である事など、知る由もないのであった。


【2】


 ハロォ――――――ゥ、ゴッサムシティィッ!
 聖杯目当てに遥々やって来たマスターとサーヴァントの諸君!OK、DJサガラの生配信へようこそ!

 マスター諸君、まずはおめでとうと言っておこうか!
 なにせお前達は、聖杯に選ばれた勇敢な戦士なんだからな!
 だが油断は禁物だぜ、聖杯戦争の本番はここからさ!

 さて、めでたく聖杯戦争の切符を掴んだお前達に、俺からのプレゼント!
 このDJサガラがリークしたホットなニュースを、お前達だけにお届けするぜ!

 まずは、惜しくも12時までに敗退したサーヴァント達の紹介だ!
 セイバー、アーチャー、キャスター……今日に至るまでに三組の主従が早くも脱・落!
 喧嘩早い連中に目を付けられたのが運の尽き、早くも命を散らす羽目になったワケだ。
 これで残された主従は"23組"!

 OK!、次の話題に行こうか!この街を賑わす連続殺人鬼の話だ。
 聞いて驚くな、そいつの正体は――ななななんとォ、サーヴァントなのさ!
 どうやら、聖杯戦争のセオリーを無視して好き勝手遊んでる奴がいるみたいだぜ。

 分かっていると思うが、大量虐殺は重大なルゥール違反だッ!
 今回は警告に留めておくが、この通達の後も未だに殺戮を繰り返すようなら……。
 おっと、ここから先は次の通達までのお楽しみだな。

 さあて、いよいよ聖杯戦争の本格的スタートだ!
 全ての敵を倒し聖杯に辿り着くのは誰なのか、俺でさえ予測がつかねえ!
 OK諸君!もし生き延びれたのなら、24時間後にまた逢おう!


【3】


 グラスホッパーが街の平穏を護る自警団である事は、周知の事実である。
 大半の市民の瞳には、彼等が"街から悪を取り除くヒーロー"として映っているだろう。
 だが、そんなものは上っ面のものに過ぎない。清純な彼等のイメージは偽りのものだ。

 未知の武装"戦極ドライバー"を用いて、悪党を容赦なく叩き潰す武者の軍勢。
 それこそが、煌びやかなヴェールに隠された自警団の真の姿。
 暴力を用いるという点では、彼等はマフィア達と大差ないのである。

 が、この事実はまだ、眉唾物の噂としてしか流れていない。
 それもそうだろう――果実の鎧を纏った戦士が襲われたなど、一体誰が信じるものか。
 例えどれだけ真摯に話そうが、恐らく十人中十人が薄笑いを浮かべ、こう言うだろう。
 「アーカム精神病棟にでも行きたくなったのか」、と。

 ゴッサムのニューヒーローは、360度どこから見ても潔白そのものだ。
 そういうイメージのお陰もあって、グラスホッパーの正体は未だ公にされていない。
 少なくとも今はまだ、彼等はただの自警団として在り続けるだろう。

 さて、そんなグラスホッパーに籍を置く、鎧武者の軍勢。
 通称"黒影トルーパー"と呼ばれる彼等には、悪党狩りの他にもう一つ仕事があった。
 つい最近からこの街で目撃されている、謎の怪物達の撃退である。

 丁度ドライバーが支給される様になった頃だっただろうか。
 前触れなく現れた異形達は、街に隠れ潜みながら無辜の民を襲い始めた。
 "インベス"と呼ばれるそられにより、既に幾人もの人間が血を流しているのだ。

 合計何匹いるかさえ定かではない、獰猛な殺人鬼達。
 街を脅かす彼等の存在が公表されれば、ゴッサムはパニックに陥るだろう。
 だからこそ、怪物と戦えるだけの力を持つグラスホッパーが立ち上がったのだ。

 無力も同然な人間と違い、インベスの爪は鎧越しでもダメージを受けてしまう。
 それ故に、インベスを相手にしようものなら相応の戦闘力が求められる。
 そういった事情もあって、団員達には予め対インベス用の訓練も受けさせていた。

 トルーパー部隊だ活動を始めてから、僅か二、三日程度しか経っていない。
 しかし、事前の訓練が功を為したのであろう、彼等はインベスともよく戦ってくれている。
 入団面接の時点で厳選しておいた、心身共に健康かつ身体能力に優れた人材で組まれたトルーパー部隊。
 彼等の戦闘力とチームワークがあれば、並大抵のインベスは敵ではないだろう。
 少なくとも、"団員がインベスに殺害される"などという惨事は、まず起こり得ないと言えた。

 だからこそ、彼等は油断していた。
 たかがインベス如き、赤子の手をひねる様に潰せると。
 誰もがそう慢心し、迫り来る脅威に気付けずにいた。

 アップタウン地区に強力なインベスが現れた、という報告。
 トルーパー部隊は何の疑問も抱かずに、所定の路地裏に向かって行った。
 集められたのはたかが数人、だがその数人だけでも、撃破は容易いだろう。
 どれだけ強力であろうと、所詮インベスはインベスに過ぎないのだから。
 胸中を余裕で満たしながら、彼等は狩りを始めようとする。

 それが、それがいけなかったのだ。
 団員達を待ち受けていたのは、怪物に殺されたであろう一般団員の死体。
 そして、その傍らで佇んでいるのは、現存の怪物達とは明らかに異なる生命体。
 見てくれこそインベスに似ているが、その挙動はどう見てもインベスのそれではない。
 そして何より、その生命体の手には、一振りの両刃剣が握られていたのだ。

 武器を持とうが所詮インベスに過ぎない、という団員の声。
 その一声で迷いと怖気を振り払ったのだろう、彼等は一斉に敵へ突撃する。
 彼等の主からしてみれば、それは愚行以外の何物でもないと知らずに。

 結果から言えば、挑んだ黒影トルーパー悉く惨殺された。
 ドライバーは破壊され、四肢は切断され、内臓は抉られ。
 ものの数分で、路地裏は血生臭い地獄へと変貌を遂げていた。

 犠牲者達は困惑しただろう、これまでの戦法が通用しないのだと。
 犠牲者達は恐怖しただろう、どうして敵は怯む様子さえ見せないのかと。
 犠牲者達は絶望しただろう、何故こんな相手に挑んでしまったのかと。

 黒影トルーパーを殺戮した、未知の怪物。
 それは決して、インベスなどという下劣な化物ではない。
 インベスとは理性を失い、本能が望むまま暴れる畜生なのだ。
 "意思を持ち"、"武器を使い"、"言葉を話す"。そんなものが畜生である訳がない。

 とどのつまり、グラスホッパーは言葉を選び間違えたのだ。
 強力なインベスなどと言わず、正体不明の化物が出てきたとさえ言えば。
 犬養の隣にいるキャスターが、それの正体を察する事も出来ただろう。

 フェムシンムの生き残りが一人――【デェムシュ】。
 少なくとも数人の団員が犠牲になる前に、彼の存在に気付けたのかもしれない。


【3】


 サガラがその地点にやって来て、まず最初に感じたのは血の臭いだった。
 人間の中に詰め込まれた鮮血と臓物、それらが放つ悪臭が鼻腔を擽っている。
 理由は勿論、その悪臭の元が道端に散らばっているからだ。

 地獄の様相を見せる場所の中から、サガラは破損したドライバーを視認する。
 どうやら、襲い掛かって来たグラスホッパーを返り討ちにしたようだ。
 それにしたってこれはやりすぎではないかと、思わず苦笑してしまう。

「フォムファガウファン、リグレン」
「ここではリン……人間の言葉で喋りな」

 サガラに気付いたデェムシュが発したのは、フェムシンムの言語である。
 既に滅びた文明、そのほんの僅かな生き残りのみが扱えるものだ。
 彼の声色には、サガラに対する嫌悪感がありありと浮かんでいた。

「何ノ用だ、蛇メ」
「分からないか?あんまり派手にやるなって忠告しに来たのさ」

 瞬間、デェムシュの怒気が更に強まった。
 表情からは勿論、剣を強く握る手からも、その怒りを推し量る事が出来る。
 やはりどうしようもない暴れ馬だなと、サガラは内心溜息をついた。

「ほザけッ!俺ガ何をした!?」
「分からないか?殺しは控えろと言ったんだ」
「たかが猿を屠ッた程度デ、何故罰せらレねばならン!」
「そりゃ決まってる。そいつが"ルール"だからさ」

 ヘルヘイムの宝具の一つ、「森羅の歌劇団(ヘルヘイム・シアター)」。
 この宝具は、ヘルヘイムが侵略、もとい記憶した文明を再現する能力を持つ。
 これを用いる事で、サガラはデェムシュを始めとしたフェムシンムを甦らせたのだ。

 が、この宝具には、一度蘇らせた者はコントロール出来ないという欠点がある。
 一度再現したが最後、その者の行動を縛るものは何一つ存在しないのだ。
 デェムシュが悪びれもせずに人間を殺すのも、そういった事情がある為だ。

「自分で召喚した奴に討伐令、なんて間抜けな真似はオレだって御免だからな。
 下手な手を打ってレデュエに嗤われたくないなら、もう少し身の程を弁えとくんだな」

 討伐令の存在そのものは、デェムシュにも予め通達してある。
 彼とてインベスの様な畜生ではない、その単語の意味する事くらい理解している。
 サガラに向けられていた殺意と怒気が、僅かにだが和らいだ。

「ま、いずれお前にも暴れれるチャンスが来る。その時まで辛抱するこった」

 それだけ言って、サガラは踵を返して去って行く。
 元より、デェムシュに通達したかったのはNPCの殺傷に対する警告だけだ。
 事が済んだのであれば、こんな血生臭い場所にいつまでも留まる必要は無い。

 背後から、「アファビリェ」などという呟きが聞こえてくる。
 自分との会話で多少は怒りが抑えられたが、それでもその感情が霧消した訳ではない。
 この男は、王の怒りに触れてもなお暴れ回る程に気性が荒いのだ。
 仮にこの後、彼が他のサーヴァントを襲おうが、「やっぱりな」という感想しか出てこない。

 だが構わない。暴走による盤面の変動、それもまた一興だ。
 デェムシュだけではない。恐らくはレデュエもまた暗躍を始める頃合いだろう。
 彼等フェムシンム、そしてサーヴァント達により、ゴッサムは徐々に歪になっていくのだ。

 ゴッサムに聖杯戦争という異物が混ざり合い、真っ白な犯罪都市はその色を変えていく。
 それを一言で例えるのであれば、"混沌"がまさしく相応しいだろう。
 そしてその混沌こそが――喜劇を望む聖杯に御誂え向きの舞台に他ならないのだ。

◆ ◆ ◆



 衆愚よ、集うがいい。

 迫り上がる水嵩に気づくのだ。

 気付けないなら、やがて骨まで浸み込む。

 "自分を信じて対決する"と言うのなら、救う価値もあるだろう。

 泳ぎ始めた方がいい。さもなくば、石のように沈むだけ。

 時代は変わる――賭けてもいい。



【残り 23/23組】
※アップタウン地区にデェムシュ@仮面ライダー鎧武が出没しています。



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最終更新:2015年12月13日 00:03