SOUTH CHANNEL ISLAND地区にある、SOUTH CHANNEL PARK。
小学校低学年ぐらいの年齢の子供たちが白い息を吐きながら、駆け回り、保護者達も談笑しながら、様子を見守っている。
この犯罪者や悪党が我が物顔で歩くゴッサムシティにおいて、日が出ているといえど外で遊べるということは、この区域は比較的に安全だといえるだろう。
季節は12月冬、木枯らしが吹き地面にある落ち葉が舞う。
天気は快晴だが、木枯らしが吹いていることもあり、体感温度は実際の気温より寒く感じるだろう。
その寒さをまるで意を介さない様に、遊び回る子供たちの無邪気な笑い声が公園に響き渡る。

そんな子供たちの様子を近くのベンチで眺めている少女がひとり。
少女の名前はヤモト・コキ
聖杯戦争の参加者だ。

ヤモトは自分のサーヴァントであるランサーの助言に従い、BAY SIDEから離れて南下していく。
ランサーが自分の魔力を探り合流する手はずになっていたので、特に行先を決めず南下し続ける。
だが一向にランサーはまだ現れない。
このまま移動し続けるのもマズイと考え、目についたこの公園でランサーを待つことにした。

しかし、本当に楽しそうだ。
子供たちはブランコを一心不乱に漕いでいる。
ヤモトには何がそんなに楽しいのか、分からない。
だが、子供たちには楽しいのだろう。
ブランコで風を切る感覚が。
高速で変わっていく風景が。
何より、皆で一緒に遊ぶことが。

その様子を見ていたヤモトは自然と笑みを浮かべていた。

( ( (ヤモヤモ~待った~?) ) )

脳内に直接聞こえてくるこの声は念話。
ランサーが帰ってきたのだ。
ヤモトは子供たちを観察するのを止め、念話に集中する。

( ( (ランサー=サン、怪我とかしてない?) ) )
( ( (大丈夫だよ。というより戦ってないしね )) )

UPTOWN BAY SIDEで二つの強大な魔力を追跡し、激しい戦闘をしただろう一騎のサーヴァントの気配を察知する。
恐らくそのサーヴァントは戦闘により消耗している。
そして、そのサーヴァントは逃げるように移動し始めた。

園子には二つの選択肢があった。
消耗したサーヴァントに追撃を図るか。
追撃をせずにヤモトの元に帰るか。

どちらの選択も一長一短。
現時点で持っている情報で正解を導き出すには、判断材料が少なすぎる。

(さて、どうしようかな~?)

園子は決断する
足を止め、ヤモトが居る方向に移動し始めた。

園子はサーヴァントを追跡せず、撤退を選んだ。
相手は多少なり消耗しており、戦っても勝機は十分にある。
自分の願いの為に戦うのなら、追撃を図っていたかもしれない。
だが、この命は自分一人のものではない。ヤモトと一蓮托生。
自分が消えれば、ヤモトが元の世界に帰る確率は限りなく0になる。

追撃を図って、返り討ちにあうなんてことが有れば、目も当てられない。
リスクは限りなく抑えるべきだ。
追撃はしなくとも、追跡をしてサーヴァントの所在を探ることも考えたが、探知能力もさほど卓越していない自分ではまかれる可能性が高い。
そんなことで時間を消費するなら、ヤモトの元へ早く戻った方が良い。

( ( (ごめんね~臆病風に吹かれて逃げてきちゃった) ) )
( ( (ううん。いいよ、そんなこと。それよりランサー=サンが怪我しなくてよかった……) ) )
( ( (ありがとう。ヤモヤモ) ) )

ヤモトは胸をなで下ろす。
公園で待っている間、嫌な想像ばかりが頭を駆け巡る。
自分の為に戦い、傷だらけで姿を現すランサー。
想像しただけで、胸が締め付けられる。
英霊といえど、姿かたちは自分より年下のあどけない少女なのだ。
そんな姿は見たくは無い。
結果として、傷一つなく帰ってきてくれて、本当に良かった。

ヤモトは怪我によって戦力が低下するなどそういった理由ではなく、ただ純粋に自分の身を案じてくれた。
園子にはそれが、とても嬉しかった。
英霊になっても、生前の三ノ輪銀や鷲尾須美同じように心配してくるパートナーがいる。
それはとても幸せなことかもしれない。
本当に良いマスターに巡り合えた。
生前にもし出会うことがあれば、良い友達になれたのかもしれない。

( ( (ヤモヤモ、これからどうする? )) )

ヤモトは園子の問いに答えるために思考する。
目的は生き残ること。
そのためには、懸賞金目当てに狙ってくる、マフィアやヤクザや汚職警官への対処。
身の安全を確保する、セーフティースペースも見つけたいところ。
やることは多い。
だが、ヤモトには早急にしなければならないことがあった。


( ( (とりあえず、食糧確保かな )) )

ヤモト・コキは空腹だった。
とりあえず今は我慢できるが、このまま何も食べなければ、行動に重要な支障をきたすだろう。
ヤモトは人間を越えた存在ニンジャである。
しかし、ニンジャといえど食事をとらなければ死んでしまうのだ。

( ( (ごめんね~ヤモヤモ~) ) )

園子は自分が犯した失態に気付き、ヤモトに謝罪する。
実体化していたら、ヤモトに泣きながら抱き着き謝っていただろう。

サーヴァントは基本的に食事を必要としない。
もし食事摂取をするとするなら、魔力の回復を図る時のみだろう。
サーヴァントになったことで、人間の時の感覚を忘れてしまい、マスターの空腹具合を全く考慮していなかった。

( ( (今すぐ、盗ってくるから待ってね。ヤモヤモ!) ) )
( ( (待って、ランサー=サン )) )

今にも実体化して、弾丸のような勢いで跳びだそうとする、ランサーの気配の察知したヤモトは声をかけ、静止させる。

( ( (食料はそこらへんのゴミを漁って、見つけるから) ) )

園子は食料を盗むつもりだったのだろう。
これ以上、犯罪行為を重ねさせるわけにはいけない。
短い付き合いだが分かる、生前は盗みなど犯罪行為とは無縁の生活だと思われる。
少なからず良心が痛んでいるはずだ。

それに、ハッキングにより預金残高を全額抜き取られた時はゴミを漁り、飢えを凌いだので、こういったことは馴れている。

( ( (ダメだよヤモヤモ!そんな女子力下がることしちゃ!) ) )
「え?」
( ( (ごみ漁りなんて、女の子がしちゃダメ!ヤモヤモはかわいいんだから、そんなことしちゃダメだよ) ) )

思わず、念話ではなく、声が出てしまった。
女子力?女子力とは何か?
言葉の意味はわからないが、園子がゴミ漁りをすることを反対しているのはわかる。
だが、ここで押し切られるわけにはいかない。

( ( (大丈夫、ネオサイタマでもゴミを漁って、食糧を集めたこともあったし) ) )
( ( (ダメだよ。私が食料を盗ってくるから) ) )
( ( (それこそダメ。ランサー=サンが盗みをすることはない) ) )

園子はヤモトのことを想って。ヤモトも園子を想うがゆえに、お互いの主張を譲らない。
どうすれば、自分の主張を押し通せるか。
お互い思考を始め、二人の間には沈黙が包み込む。

ヤモトがどうやって園子を説得しようと、考えていると視界にスーツを着た長身の男性サラリーマンを捉える。
公園には不釣り合いだな。それが第一印象だった。
サラリーマンのことを頭の片隅に追いやり、思考を再開する。
だが、その男はこちらに近づいてくる。
その男をよく見てみると、目元の皺に、三白眼といえるような鋭い目つき。
明らかに、一般人では無い。
自分を狙いに来たマフィアか、ヤクザか?
慣れない念話で集中力が途切れ、警戒を怠ってしまった。
自分のウカツを内心で戒める。

すぐさまこの場から離れることも考えたが、マフィアやヤクザならこんな堂々と接近してこないはず。
ヤモトはベンチから立ち上がり、どんな状況でも対処できるように、コートの中にあるウバステに手を添える。
男はヤモトに近づき、二メートル手前で停止した。

「初めまして、私はこういうものです」

男はあいさつをした後、30度の角度のお辞儀を維持したまま、手に持っている何かをヤモトの前に差し出した。
これを受け取れということだろうか?
ヤモトは恐る恐る、男が手に持っているものを受け取る。

手に取ってみて分かったが、名刺のようだ。
名刺に書かれている内容を目に通す

―――346プロダクション、シンデレラプロジェクト担当、プロデューサー

「アイドルに興味ありませんか?」
「え?」

あまりにも予想外の出来事にヤモトは完全に動きを止めてしまった。

346プロ?シンデレラプロジェクト?
書かれている言葉もわからないが、目の前にいるプロデューサーという男は何のためにアタイに声をかけた?
ヤモトの脳内は疑問符で埋め尽くされる。

一方園子は今ヤモトが置かれている状況をある程度理解できていた。

―――アイドル―――

確か、西暦の時代における女の子がなりたい職業の一つ。
観客の前で、歌って踊るのが主な仕事。
ヤモトはそんなアイドルにならないかとスカウトされているのだ。


(まあ、ヤモヤモはカワイイからね~)

園子はヤモトに目を付けた、プロデューサーの慧眼を内心で褒め称える。
ヤモトがフリル着きのカワイイ服を着ながら踊る姿を想像していると。

(ピッカーン、思いついた)

あるアイディアを思いつく。

( ( (ねえ、ヤモヤモ。私の提案を聞いてくれたら、食糧を盗まないよ) ) )
( ( (え?ランサー=サン!?何?どうしたの?) ) )

混乱している最中に、念話が飛んできたことで動揺しているのが、声を聞いてすぐにわかる

( ( (落ち着いて、さっきの話だけど、私の提案を聞いてくれたら、食糧を盗まないよ) ) )
( ( (提案?それはどういう内容?) ) )
( ( (ふっふっふっ。それはね~。あの人に『話を聞くから、何か奢って』と言うこと) )
( ( (え?) ) )
( ( (これだったら、ヤモヤモの要求を通しつつ、食事を食べられるよ。う~ん、我ながら妙案!) ) )
( ( (そんな奥ゆかしくないこと、できないよ……) ) )

見ず知らず人間に食料を要求する。
それはヤモトの価値観ではとても恥ずかしく、物凄いシツレイにあたる行為であった。

( ( (じゃあ、不良少女になって、そこらへんから食料をありったけ盗んでこようかな~) ) )

園子はおどけた口調で、ヤモトに語りかける。

( ( (ちょっと考えさせて) ) )

そう言うと、念話を打ち切り、ヤモトは考えに没頭しようするが。

「あの、大丈夫ですか」

プロデューサーの一言で中断される。
念話で会話をしているヤモトの姿は、プロデューサーから見れば、名刺を受取ってからまるでリアクションをとらないように見え、心配して声をかけたのだ。

「あ、はい、大丈夫です」

――――グゥー

突如鳴り響く、謎の音。
ヤモトはこの音をすぐに判別できた。
自分の腹が鳴った音。
ヤモトは音を止める為に、腹を抑える。
だが、ヤモトの意思とは裏腹に腹の音は止まらない。
十数秒ぐらいは鳴っていただろう。
ヤモトの顔は恥ずかしさのあまり、みるみるうちに赤く染まる。

腹の音を聞かれた!
いや、もしかして聞こえたのは自分だけで、プロデューサーには聞こえていないかもしれない。
ヤモトは一縷の望みを託し、プロデューサーに視線を向ける。

プロデューサーを見ると、右手を首の後ろに沿えながら、あらぬ方向に視線を向けていた。
ヤモトはすぐに察した。
この人は、自分を気遣って聞こえていない体を取っているだけ。
腹の音を完全に聞かれている。

ヤモトの顔はさらに紅潮し、恥ずかしさのあまり、唇を噛みしめ下を向いた。
そして、数秒経ったのち、顔を上げる。

「話を聞くから、何か奢ってください」

ヤモトが発する声にはヤバレカバレな何かを感じ取れた。

◆◆◆◆

――いらっしゃいませ、好きな席へどうぞ

店に入店したヤモトはプロデューサーの後に着いていき、入口からテーブル席に腰を下ろす。
店内を見渡して見ると、フローリングの床、木材で作られたテーブル。床とテーブルの色に合わせた壁の塗装。
照明も店内をギンギンに照らすのではなく、光量を抑え、どこか温かみを感じる。
流れるBGMも何の音楽かわからないが、気分を落ち着かせてくれる。
ヤモトはこの店内の落ち着いた雰囲気を気にいった。
ネオサイタマでは感じられない雰囲気だ。
高級料理店以外の飲食店はもっと騒がしく、猥雑としている。

「あの……今更ですが、別にご馳走してもらわなくても大丈夫です」

ヤモトは目線を外しながら、申し訳なさそうにプロデューサーにつげる。
あの時は腹の音を鳴らすという、恥ずかしい行為をしてしまったことによる、ヤバレカバレであんな発言をしてしまったが。
時間が経つにつれ、とんでもないことを言ってしまったと後悔していた。
今は恥ずかしさのあまり、プロデューサーと目線を合わせることもできない。

「いえ、貴女はこうして貴重な時間を割いてくれるのです。これぐらいのことは当然です」
「ですが……」
「それに、空腹では私の話も集中して聞けないと思いますので、これも自分の為です」

そう言って、プロデューサーはヤモトの前にメニュー表をそっと渡す。
ヤモトは顔を隠すようにメニュー表を目の前に置く。

この人はアタイが余計な心配をしないように、あえて自分の為と言ったのだろう。
ヤモトはプロデューサーの奥ゆかしさに心打たれていた。
この街に来て、園子以外で初めて受ける優しさなのかもしれない。


「ではお言葉に甘えて……」

ここで、プロデューサーの提案を断ることは逆にシツレイに値する。
ヤモトは注文する品をプロデューサーに指し示した。

暫くしてから、ヤモトとプロデューサーが注文した品が届く。
ヤモトはオレンジジュースとハンバーガー。
プロデューサーはコーヒーのブラックと同じくハンバーガー。

焼けた牛肉の香ばしい匂いがヤモトの鼻腔を擽る。
食欲を刺激され、自然と口内では唾液の分泌量が増す。
勢いよくかじりつくと、ヤモトの表情が一気に変わる。

牛肉のジューシーな味、トマトの酸味、レタスとパンの歯ごたえが見事な味の調和を生み出す。
思わず舌鼓を打つ
そこからはヤモトは無心でハンバーガーにかぶりつく。
極度の空腹ということもあったが、純粋にこのハンバーガーが美味しかった。

そんなヤモトの様子を眺めながら、ハンバーガーを口にする。
そこまで空腹ではなかったが、一人だけ食事をとるという姿を見られるというのは案外気恥ずかしいものだ。
ヤモトのことを考慮して、自らもハンバーガーを注文していた。

ヤモトは瞬く間にハンバーガーを平らげ、プロデューサーもそれに合わせるように、食べかけのものをテーブルに置く。

「よろしければ、もう一つ注文しましょうか?」
「いや一つで充分です」

本音を言えば、もう二三個ぐらいは食べたいところだが、これ以上プロデューサーの好意に甘えるわけにはいかない。
ヤモトはプロデューサーの提案を丁重に断る。

「では、シンデレラプロジェクトについて説明したいと思います」

ヤモトが食事を終了し、話を聞ける態勢になったことを見計らい、プロデューサーはバックから資料を取り出そうとするが、ヤモトの一言で手は止まる。

「あの……アイドルって何をするんですか?」

ここでヤモトがいたネオサイタマにおいてのアイドル事情について説明する。
ネオサイタマにおいて、アイドルとはネコネコカワイイを代表とするオイランロイドのことを指す。
そして、オイランロイドとは女性形介助ロボット製品のことである。

ネコネコカワイイが登場する以前は人間のアイドルも存在していた。
だが、オイランロイドの登場によって、ネオサイタマの音楽シーンは瞬く間に席巻された。
彼女等に代表されるオイランドロイドの出現によって、数十万人単位の女子が夢を諦め、オイラン専門学校への転校を余儀なくされたという。

ヤモトにとってはアイドル=ネコネコカワイイであり、人間がアイドル活動するというイメージが全くわかないのだ。

「そうですか……」

プロデューサーの右手は自然と首の後ろに回っていた。
ヤモトの質問は完全に予想外だった。
まさかアイドルについて全く知らないとは。

「では、そこから説明させていただきます」

プロデューサーは気を取り直して、アイドルについて説明を始める。
アイドルとは何か?どのようなことをするのか?魅力とは?
そういったことを懇切丁寧に説明する。
プロデューサーの説明の甲斐あってか、大まかなことを理解できた。
だが、ヤモトは何かピンとくるものがない、イメージがわかないという顔をしている。

イメージできないなら、映像を見てもらうのが良いかも知れない
プロデューサーはバックからタブレットを取り出す。

「これが、最近行われたライブの映像です」

タブレットを操作し、映像が流した。
そこには煌びやかな衣装に身を纏い、スポットライトの光りを浴びる少女が十数人、ステージの上に立っていた。
曲が始まって数秒経ったのち、ヤモトは映像に目が釘つけとなる。

曲の良し悪しもわからない、ダンスの動きだってニンジャからすれば児戯めいたものだ。
だが、目が離せない。
彼女たちの動きや歌声が、観客の心を揺さぶり、魅了する
その熱気は画面越しでも伝わってくる。
そして、見ている自分も何かパワーを貰うような不思議な感覚。
こんなことはニンジャだとしても不可能だ。
ヤモトは曲が終わるまで、無心で見続けた。

映像が終わり、プロデューサーはヤモトの目を見据え、語りかける。

「どうでしたか?」
「上手く言葉にできないですが……アイドルは凄いと思いました……」
「あなたもこの少女達のようになれる可能性を秘めています。アイドルになってみませんか?」
「すみませんが、アタイはアイドルになれません」

ヤモトは映像を見て、アイドルに大いに興味を持ち始めていた。
もし、ネオサイタマでネコネコカワイイが席巻せず、人間のアイドルがいたとして、同じように勧誘されたら、万が一の確率でアイドルになっていたかもしれない。
だが、今の状況では万が一すらあり得ない。


「そうですか……わかりました。もしアイドルに興味がでたのなら、名刺に書かれている連絡先に電話してください」

プロデューサーは再度説得を試みることはしなかった。
映像を見ているヤモトを見る限りでは、アイドルにある程度の興味をもってくれていた。
だが、アイドルになるということは楽なことではない。
大衆の目に晒されるアイドルになることは、抵抗があるだろう。
それを、勇気を持って乗り越えることが必要だ。
無理矢理説得して、アイドルになっても大成はしない。
プロデューサーは席を立ち、会計を済まそうとするが、ヤモトの一声で止まる。

「あの……誘いを断っておきながら、お願いするのは失礼だと思いますが、
今、映像で歌っていた娘達に会うことはできますか?」

ヤモトはプロデューサーの目を真っ直ぐに見据えていた。

ニンジャとは文明を支配し、利用し、破壊するものである。
時の権力者を圧倒的な暴力で屈服させ、文明を支配していた。
文明の発展は、芸術や娯楽の発展ともいえる。
能や歌舞伎など多くの伝統芸能が生まれたが、それらは人間が生み出したものであり、ニンジャが生み出したものではない。
それは、ニンジャは文明を生み出すものではないから。
もし、ニンジャが人間と同じように歌い、絵を描いたとしても人の心は動かないだろう。
それはニンジャには芸術で人の心を動かすことができないから。
人の心を動かすものを創造できないから。

ヤモトのようにニンジャソウルが憑依したニンジャにも同じことが言える。
ニンジャソウルが憑依する前に、小説家だったものはニンジャソウルが憑依したことにより、創作能力が失われ、実際体験したこと以外書けなくなってしまったというニンジャもいた。

そんなニンジャだからこそ。ヤモトは無意識にアイドルに惹かれたのかもしれない。
ライブという芸術を創り出し、人の心を魅了する彼女たちに。

プロデューサーはヤモトの目には意志が籠っているのを感じた。
ただ、ミーハー気分でアイドルたちに会いたいわけはない。
ヤモトにとって必要なことなのだろう。
だとしたら、その想いに応えてあげたい。
それに、この出会いがアイドルたちに良い作用をもたらすかもしれない。

「わかりました。これからアイドルたちが居る事務所に帰りますが、一緒に来ますか?」
「はい」

ヤモトは二つ返事で了承した。

( ( (ごめんね。ランサー=サン、勝手に決めちゃって) ) )
( ( (全然平気だよ。それに、ヤモヤモがしたいことなんでしょ) ) )
( ( (うん。あの映像を見て、あの人たちに会いたいと思った。でもマフィアや賞金稼ぎに見つかるかも) ) )
( ( (人って案外他人のことを意識しないもんだよ。それなりに変装しているし、賞金首のヤモヤモだなんてわからいよ) ) )
( ( (そうかな) ) )
( ( (そうそう) ) )

園子のヤモトがアイドルたちに会いたいと言った時、少しだけ嬉しかった。
ヤモトは指名手配犯と言う役割を与えられ、ギャングやマフィアに追われる日々。
逃走生活の中で、ヤモトは自分のやりたいことを見つける暇すらなかった。
そんなヤモトが初めて、やりたいことを見つけ、行動したのだ。
園子は願う。
この出会いがヤモトにとって良い体験であることを。


◆◆◆◆

「着きましたよ」

ヤモトはプロデューサーの声によって目が覚める。
つい、ウトウトしてしまった。
無意識のうちに疲れがたまっているということか。
ヤモトはプロデューサーの好意により、タクシーに乗せてもらった。
最初はヤモトも断ったが、一人で乗っても二人乗っても値段は同じと説得され、好意に甘えることにした。

「わあ」

タクシーを降りて、ヤモトは目の前の建物を見上げる。
アイドル事務所の懐事情はわからないが、普通のテナントビルぐらいだと思ったが、予想より遥かに大きく、豪華だった。
しかも、建物のテナント全部が346プロダクション関係のものらしい。
内装も見た目と同じように豪華な作りであった。
天井には巨大なシャンデリアが設置され、上に上がる階段には、レッドカーペットが敷かれている。

「あの一つ、聞きたいことがあるのですが?
「はい、何でしょう」
「どうしてアタイをアイドルに誘ったんですか」

ヤモトはプロデューサーとアイドルの元へ向かう為にエレベーターに乗っている最中にふと疑問を投げかける。
あの画面に映っていたアイドルのような、魅力があるとは思えない。
なのに、何故自分を選んだのか?
強いて言うなら、ニンジャであることか?

「笑顔です」
「笑顔?」

これは予想外の答えだった。
笑顔なんて、この街に来てから、碌に見せていない気がする。

「公園で遊んでいる子供たちを眺めていた時に、見せた笑顔。その笑顔に可能性を感じたからです」

一瞬からかっているのかと思ったが、プロデューサーの目は真剣だったので、本当なのだろう。
しかし自分の笑顔にそんな価値があるものなのか?
ヤモトにはプロデューサーの考えが理解できなかった。

エレベーターを出て、廊下をしばらく進むとプロデューサーは足をとめた。
どうやらアイドルが居る部屋に着いたようだ。
中を覗いてみると大きな鏡の前で、曲に合わせてステップを刻む、ピンク色のジャージを身に纏った少女と、そのダンスを見定めるように見ている女性が一人。
踊っている少女が、あの映像で歌っていた少女の一人なのか。
すぐに部屋に入るかと思ったが、プロデューサーは扉の前に立ったままで、入室しない。

「申し訳ございませんが、少々待っていただきますか」

理由はわからないが、頼み込んできた立場だ。断る理由が無い。
プロデューサーとヤモトは暫く少女のダンスを眺めることになる。
数分後に少女は踊りをやめ、女性の話を聞いた後、置いてあるペットボトル飲料を飲み始める。

「失礼します」

プロデューサーは一声かけ一礼した後、入室する。
あの少女が休憩するのを待っていたのか。
ヤモト同じように失礼しますと声をかけ一礼した後、入室した。

「あ!お疲れ様ですプロデューサーさん!」

座って休憩をしていた少女立ち上がり、満面の笑みをプロデューサーに向ける。
疲れているはずなのに、その全く影響を感じさせない笑顔だった。

「お疲れ様です。今お時間よろしいでしょうか?」

少女は女性に視線を向けると、女性は指でOKサインを作る。

「はい、大丈夫です」
「実はこちらの……そういえばお名前を聞いていませんでした」

ヤモトもプロデューサーに言われるまで、名乗っていないことに気付き、ヤモトは少女にむかって、両手をつけ、アイサツをおこなった。
一瞬本名を名乗ろうとしたが、指名手配の身であることを思い出し、咄嗟に偽名を名乗る。

「ドーモ、はじめまして、……アサリ・アンコです」
「初めまして!島村卯月です。」

卯月はプロデューサーに向けたのと同じぐらいの、満面の笑みをヤモトに向けた。
ネオサイタマ時代では見たことないような、良い笑顔だ。
プロデューサーの言う可能性がある笑顔とは、この少女のような笑顔のことだろう。

「アサリさんが、先日のライブの参加者の誰かに会って話がしたいということで、お連れしました。よろしいですか?」

プロデューサーは改めて、卯月に用件を伝える。
アイドル養成所の娘だろうか?
きっと何か悩みがあるのだろう。
自分でよければ、力になりたい。

「はい、大丈夫です」
「それでは、事務所にご案内します」

プロデューサーは落ち着いたところで話せるよう、卯月とヤモトを応接室に案内しようとするが、ヤモトは制止した。

「たいしてお時間をとらせませんので、ここで大丈夫です」
「……わかりました。では私は事務所に戻りますので、後はお二人で」

卯月とヤモトの二人を邪魔してしまうかもしれない。
そう考えたプロデューサーは、トレーニングルームから出て行った。


「えっと、座りましょうか」
「そうですね」

卯月はダンスの練習で疲れているに、立ち話をさせるのもシツレイだ。
ヤモトは卯月に座るように促し、卯月もそれに応じる。
卯月は足を崩し、ヤモトは正座でお互い正対した。

「えっと、一つ質問してもよろしいですか」
「はい、何でしょう」

緊張気味に喋るヤモトに対して、緊張を和らげようとしているのか、卯月は笑顔を作る

「ライブの映像見ました。凄かったです」
「はい!ありがとうございます」
「それでどうやったら、あんなに観客を魅了することができるんですか?」

ヤモトは本題をぶつけた。
もう少し、世間話をしてからするべきかと考えたが、生憎喋りが上手というわけではない。
単刀直入に疑問をぶつけることにした。

「え、それはえ~っとですね……」

卯月はヤモトの質問を聞いて、頭を悩ましている。
自分はただ精一杯歌うだけ。
観客をどのように魅了するかなど考えたことが無かった。
暫く考えた後、間違っているかもしれませんが、と前置きを置いて語り始める。

「きっと、幸せだったからだと思います。私は夢にまで見たアイドルになれました。
そして、あんな凄い会場で、凛ちゃんや未央ちゃん。大好きな皆とライブができて幸でした。
もしかして、他の皆もそう思っていたのかもしれないです。
そんな想いが観客の皆さんに伝わったのかもしれません」

―――幸せだからです

ヤモトはそれを聞いた時、なぜか胸がチクリと痛んだ。
何だ、この痛みは、
そして彼女を見ていると、何か言葉にできない不快感が湧いてくる。

「シマムラ=サンはアイドルやっていて、楽しいですか?」

ヤモトの声色には無意識に僅かな敵意が含まれていた。
だが、卯月はそれに勘づくことなく、今まで最高の笑顔を見せて答えた。

「はい!楽しいです。同じ夢を持つ仲間と一緒に、好きなことができる。
こんな楽しいことはありません」

―――こんな楽しいことはありません

また胸がチクリと痛む。
何故自分はこの少女達に惹かれたのか、
なぜ一目見ただけで、会いたがったのか、やっとわかった。
彼女たちは自分が追い求め、決して得ることができない理想。
その理想と言う光に、夜の街灯に集まる羽虫のように吸い寄せられただけだ。

大切な仲間や友達と一緒に好きなことができる。
それはオリガミ部のみんなとの日々、そのものだ。
もし、ニンジャソウルが憑依していなかった場合に、進めたかもしれない可能性。
だが、実際はニンジャになったことで、その可能性は途絶えた。

そして胸に渦巻く卯月に対する不快感。
これは嫉妬だ。
自分が歩む可能性があった未来を、満喫しているのが妬ましいのだ。

島村卯月は良い娘だ。
少し話しただけで、それは十分に伝わる。
あんな素晴らしい笑顔を作れる娘が、嫌な娘なわけがない。
そんな娘に嫉妬いう悪意を向けている。
なんて醜悪な性根だ。
ヤモトは内心で自嘲した。

「ありがとうございました。もう充分です」

ダメだ、この場に居続けると卯月にあたってしまう。
ヤモトは驚くほど冷淡な声で礼を述べた後、足早にその場を立ち去り。一目散にトイレに向い、個室に飛び込んだ。

( ( (どうしたの!?ヤモヤモ!?) ) )

卯月の返答を聞いた瞬間に、みるみるうちにヤモトの表情に影が落ち、足早にトイレに向った。
卯月の話がトラウマのようなものに触れてしまったのか?
園子にはヤモトの心中に何が起きたのかわからなかった。

「何で……、何で……、あの人だけあんなに幸せなの……ズルいよ……
好きでニンジャになったわけじゃない……好きでこんな街にきたわけじゃないのに……
アタイだって……アサリ=サンと……オリガミ部の皆と一緒に……」

感情に身を任せて泣き叫ぶことはしなかった。
胸にかかえていた想いを、すべて吐き出すように呟く。
途中で止めどなく涙が溢れそうになるが、必死に堪えていた。
泣いてしまったら、ダメだ。
何のためにカギにインストラクションを授かった。
こんなところでメソメソ泣くためにじゃない。
ヤモトは唇を噛みしめ、手を力の限り握りしめる。
だが、その姿にはニンジャが発する力強さ、強靭さは感じられない。
只のか弱き少女だった。


「今はいっぱい泣こうヤモヤモ。無理しなくてもいいんだよ」

園子は独白を聞いた後実体化し、ヤモトの頭を胸に抱き寄せる。
ヤモトの心中に何が起こったのかわからない。
悩みを解決する術も知らない。
ただ、相当無理をしていたのだろう。
できることは胸を貸すぐらいだ。

その声を聞いたと同時にヤモトは涙を流し、園子の胸を濡らした。
トイレにはヤモトのすすり泣く声が響き渡る。

ヤモト・コキの日常は、ニンジャになったことにより激変した。
シックスゲイツの一人、ソニックブームとの戦い
ソウカイヤからの刺客に命を狙われる逃亡生活。
師であるカギ・タナカとの別れ。
そして聖杯戦争に巻き込まれ、ギャングやマフィアに狙われる逃亡生活。
これまでの日々は理不尽と苦難の連続だった。

――――何故アタイだけこんな理不尽にあう?ただ普通に暮らしたかっただけなのに

逃亡生活において、この想いが浮かばなかったことはない。
それでも、必死に心の奥底に押し込み、歯を食いしばっていた。
そうしなければ心が挫けてしまう。動けなくなってしまう。
だが、押し込むたびに、歯を食いしばるたびに、ヤモト心の防波堤は削れていく。

そして島村卯月の出会い。
彼女の存在がヤモトの心の防波堤を決壊させた。
奥底から出てくるのは、今まで押しとどめていた弱音や泣き言。
それが涙となり、今溢れだした。

トイレの個室に入ってから、数分経っただろうか。
ヤモトはおもむろに園子の胸から頭を離す。

「もう大丈夫だから」
「とりあえず、ここから出よう」

ヤモトは静かに頷き、トイレから出てエレベーターに向かう。
園子は霊体化し、後をついていく
大丈夫と言っていたが、言葉とは裏腹に目には陰りがみえ、ニンジャ特有の力強さみたいなものが薄れているように感じた。
相当堪えている。
この場に居続ければ、嫌の事を思い出し、ますます傷ついてしまうかもしれない。
早くこの場から離れた方がいい。

そしてこれからどうするか。
今のヤモトの状態は拙い。
こんな精神状態でこれからの生活に耐えられるのか?
それより、今ギャングやマフィア、聖杯戦争の参加者に襲われたら対処できないかもしれない。
生き残るためには、何とか立ち直ってもらわなければ。

エレベーターは何時の間に一階にたどり着き、ヤモトは正面入り口に向かう。
その足取りは何処となく頼りない。

その時だった。
園子の感覚に訴えかける魔力の気配。
これはサーヴァントの気配。
よりによってこんな時に、最悪のタイミングだ。
園子は瞬時に思考を巡らす。
逃走、迎撃、対話、どの行動が最適解だ。

相手のサーヴァントも気づいたようで、その場で立ち止まっている。
止まってから数十秒後、相手はこちらに向かってゆっくりと近づいてきた。
園子は相手の行動の意味を推理する。

近づいてくるということは、相手の行動は戦闘かそれ以外の目的があるということだろう。
戦闘なら、逃げる隙を与えない様にすぐに接近してくるはずだ。
それなのに時間を与えるように、徒歩と同じスピードで近づいてくる。
ということはそれ以外の目的、交渉か対話が目的。
そして、ゆっくり近づいてくるのは、自分たちに考える時間を与えているのか?

そう考えると、相手は交戦の意思はない可能性が高い。
だが絶対とは言い切れない。

( ( (ヤモヤモ聞いて、サーヴァントが近くにいてこっちに近づいてきている。
私の推測だけど、相手には戦う意志はないみたい。でも絶対とは言い切れない。どうする?) ) )
( ( (ランサー=サンに任せる……) ) )
( ( (じゃあ、このまま真っ直ぐ進むよ。何が起きてもいいように準備をしておいてね) ) )

ヤモトは戦闘ができるように気を張り巡らせるが、やはりどこか緩い。
ここに来る前までは、もっと鋭く刀のような雰囲気があったが、まるで感じられない。
ヤモトがこの状態なら、逃げるのが最適かもしれない。
だが、園子は相手に対話の意思があることに一縷の望みを託す。
理想は協力関係、もしくは同盟関係を結ぶこと。


ヤモトは強い。
今はショックを受け本来の力が出せないが、きっと立ち直ってくれる。
だが相手はそれを待ってくれない。
本来なら対応できるマフィア達の襲撃に、事態に対応できない可能性がある。
警察やマフィアとのコネクションを持っているマスターがいれば、サーヴァントと戦っている間に、ヤモトに手下をぶつけてくることもあるだろう。
その時サーヴァントがもう一騎いれば、どれだけ頼りなることか。

ここで同盟を結べれば、今後はかなり有利になる。
それに、好戦的ではないサーヴァントと会う機会はこれが唯一かもしれない。
逃走を選ばず、交渉を選ぶ価値は充分に有る。

ヤモトは足取りを緩めず歩き、346プロのビルからを出た直後だった。
自分の顔をまるで思いがけない人物に出会ったような、驚きの表情を見せている女性が目に留まる。
いや、あのあどけなさが残る顔は女性と言うより、少女といったほうがいいだろう。
年齢は同じぐらいか

( ( (ヤモヤモ、あれがマスターだよ) ) )

まさか、あの少女がマスターなのか?
ヤモトも聞いた瞬間、その少女と同じように驚き表情を見せていた。

◆◆◆◆

「はぁ」

ダウンタウンにある、とあるバス停留所。
木のベンチは所々削られており、ベンチを囲んでいるガラスの壁は落書きだらけだ。
この様子を見ただけで、荒れていることがすぐに分る。
李衣菜はベンチに腰を掛けると、無意識にため息が出てしまう。
それ同時に体が一気に重くなったような錯覚に陥った。

――――疲れた

明らかにガラが悪い人種がたむろっている、この地域から離脱したい。
その思いから、李衣菜の歩調は意図的に速まった。
だが、五分十分の早歩きしたぐらいで、疲れるようなやわな鍛え方はしていない。
だとすれば精神的疲れか。
そうなると原因は一つ。
ロールシャッハだ。

思わず鼻をふさぎたくなるような悪臭を漂わせ、奇怪な仮面を被る男。
外見も強烈な印象を与えるが、中身はもっと強烈だった。

何せあった初対面で指を折られかけたのだから。
結局それは未遂に終わったが、もし自分の返答がロールシャッハの気に障る答えであれば、躊躇なく折っていただろう。
今考えただけでも身の毛がよだつ。

もし、今まであった人の中で一番怖かったランキングがあるとすれば、ぶっちぎりで一位だ。
そして、今後一位が変わることもないだろう。
そんなロールシャッハの下から離れたせいか、気分が晴れやかだ。
まるで、怖い教師から説教を受けて、開放された後のように。
それだけ、緊張していたのだろう。

( ( (これからどうしますか、りーなさん?) ) )

バスターはこれからの行動について、尋ねる。
今後の目的はDJサガラを探すこと。
そのために行動すべきだが。

( ( (とりあえず、帰って休む) ) )
( ( (そうですね。色々ありましたから) ) )

バスターも李衣菜の心労を察してか、休息をとることに同意した。

ベンチに腰を掛けてから、バスのルート表を確認する。
終点はMIDTOWN BRIDGEを抜けた。 MOSS ST前
どうやらMIDTOWNから自宅までは、また乗り換えなければならなそうだ。

そうしているうちにバスが到着し、李衣菜はバスに乗りこむ。
運転手に200円を前払いし、一番後ろの席に座り込んだ。
しかし、不思議なものだ。
今所有している金銭は明らかに日本円じゃなく、ここにきて初めて見るようなものばかり。
それなのに、どれを渡せば何円ぐらいになるのか瞬時にわかる。
それに、このゴッサムシティの常識なども自然と思い出せる。

例えばバスの下車の仕方。
降りる際には車内に張り巡らされている、黄色い紐を引っ張るのが下車の合図になる。
日本だと押しボタンで下車を知らせるので、もしこのことを知らなかったら、目的地にはたどり着けなかっただろう。
日本に居た時は全く知らなかったのに、今では常識のように知っている。

これもこの街に自分を招いた者が、気を利かせてくれたのか?
その点はありがたい。
もしこの知識が無ければ、この街での生活は困難だっただろう。

目的地まで手持無沙汰なので、李衣菜は何気なく窓から街の景色を眺める。
割れた窓ガラスがそのまま放置されている、荒廃した建物。
力なくうなだれるホームレスのような住人。
屈強な黒人同士が殴り合い、それを囃し立てる若者たち
日本ではまずお目に掛かれない光景だ。
この地域は想像以上に危険な場所なのかもしれない
今後はダウンタウンにはよほどのことが無い限り、足を踏み入れないようにしよう。
李衣菜は眺めながら、そう決意した。


「う~ん」

終点のMOSS ST前は出発した地点から比較的に近く、20分程度で着いた。
李衣菜は伸びの運動をして体を解す。
正直日本のバスに慣れていたせいか、乗り心地の良さは感じられなかった。
一通り身体を解した後、懐のスマートフォンを取り出して、ネットを立ち上げた。
生活に必要な常識は植え付けてもらったが、何も見ずにバス停がどこに分かるほど、地理に明るくなってはいない。
検索すると、すぐに出てきた。
このバス停から500Mぐらい先のバス停から、自宅があるCOLUMBIA PT 地区のMICHAEL STに向かうバスが出ているのが分かった。
スマートフォンを懐にしまい、バス停に向かい歩きはじめる。

李衣菜は歩き始めて、すぐに雰囲気の違いに気付いた。
このミドルタウンはダウンタウンに居た時に感じた、物騒な空気が薄い気がする。
それにストリートを歩く人の格好も整っている。
橋を隔てただけで、こうも違うものなのか。
雰囲気の違いを肌で感じながら、バス停を目指す。
その時、視界に思いがけないものが飛び込んできた。

「なんで?」

驚きのあまりに思わず声をあげてしまう
とあるビルの上にある広告看板。
ただの広告看板なら驚かない、問題はその内容だった。

――――CINDERELA PROJECT新曲「Star!!」12月24日発売

何故346プロジェクトがこの街にいる?
すぐさまスマートフォンを取り出して、調べ始めた。
調べたことで、いくつか分かったことがある。

米国内に支社を設け、事業展開を始めたということ
その支社がゴッサムシティにあるということ
シンデレラプロジェクトの面々がゴッサムシティでライブをするということ。

皆がここに居る。
皆がいることを知って、奇妙な安堵感を感じていた。
平行世界の人間とはいえ、夢に向かって一緒に努力してきた仲間達が、みく以外にもこの世界に存在しているのは嬉しい。

もしかしたら、346プロのビルに行けば、皆を会えるかもしれない。
そんな淡い期待が湧いてくる。
だが会ってどうする?
皆はシンデレラプロジェクトに参加していないこの世界の自分のことなど知らないだろう。
精々、ファンの一人としか認知されない。
それでもいい。
平行世界の人間といえど、頑張っている皆に一声エールを送りたい。
それは無駄なことかもしれない。
それでも、少しだけでも皆の力になれば幸いだ。

( ( (バスター、家に行く前にちょっと寄り道していい?) ) )
( ( (はい、いいですけど、どこに行くんですか?) ) )
( ( (元居た世界の職場) ) )
( ( (元の職場?) ) )
( ( (何故か、この街に職場があるみたいだから、ちょっと見学しにね) ) )

李衣菜は進路を変更して、346プロのビルに向かうバスに乗り込んだ。
無駄足になるかもしれない。
だが、会える可能性がわずかでもあれば、行ってみたい。
それに、DJサガラの手がかりが案外有るかもしれない。
どうせ手当たり次第に探すしかないのだ。
とりあえず色んな場所に足を運ぶのも悪くは無い。
正直疲れているが、346事務所に足を運んでから休んでも充分だ。

( ( (りーなさん。そういえばアイドルってどんな仕事なんですか) ) )

ノノはふと湧いた疑問を投げかける。
李衣菜がアイドルであることは聞いていたが、アイドルが何をするものなのか知らなかった。
マスターがどんな仕事をしていたのか、大いに興味が有った。
李衣菜質問を受け、手に顎を添えながら考え込む。
アイドルの仕事は様々だ、曲を発表することはもちろん。
バラエティ番組に出演したりなど、様々なことをするのが今のアイドルだ。
明確にこれをやればアイドルというものは何のかもしれない。
なので、自分が考える理想のアイドルを伝えることにした。


( ( (最高にロックで、皆を幸せにできる仕事かな) ) )
( ( (皆を幸せにできる仕事なんて凄いです!) ) )

皆を幸せにできる。なんと素晴らしいことか。
ノノは李衣菜に惜しみない賞賛の声を送った。
李衣菜はアイドルに対する憧れとはまた違う、賞賛の声を送られたのが気恥ずかしかったのか、思わず頬を掻く。
これ以上アイドルについての話は恥ずかしいので、話題を変える。

( ( (バスターも仕事してたんだよね、確か軍隊で、地球帝国……) ) )
( ( (地球帝国宇宙軍太陽系直掩部隊直属です!!!宇宙の平和を守っていました!!) ) )
( ( (宇宙?地球じゃなくて) ) )
( ( (はい!宇宙です!) ) )

宇宙規模とはまたロックだ。
もしそうだとしたら、ノノが居た世界はSFマンガのような、とんでもない科学が発達した世界の住人と言うことだ。
そして、ノノの言うことは真実なのだろう。
どんでもない人物がサーヴァントになったものだと、改めて実感する。

「次はWEST SIDE CHAMBERS AVEです」

アナウンスを聞いた李衣菜は、張り巡らされている黄色のロープを即座に引っ張る。
危なかった。346プロのビルがある場所が大通りで助かった。
もし小さい通りだったら、アナウンスしてくれず、乗り過ごすところだった。
李衣菜はバスを降りて、346プロのビルに向かう。
さすがに大通りだけあって、店舗の数も多く建物も高い。
何より人が多い。
渋谷のスクランブル交差点ほどではないが、注意して歩かないと人にぶつかりそうだ。
街並みを観察しながら、歩いているとそれはすぐに見えた。
通りにある建物とは一線を画するあの城みたいな豪勢な作り、正面の屋上にある舞踏会にありそうな時計。間違いなく346の事務所だ。
はたしてシンデレラプロジェクトのメンバーに会えるのか?
不安と期待が入り混じる中、歩を進める。
だが。

( (りーなさん!サーヴァントが居ます!目の前の建物の中です) ) )

バスターの緊迫感のある念話を聞いて、足が止まった。
建物の中ということは、まさか346の関係者がマスターなのか?まさかシンデレラプロジェクトのメンバーがマスターなのか?
李衣菜の脳内では様々な憶測が駆け巡り、嫌な想像がどんどんと膨れ上がる。

( ( (りーなさん落ち着いて、まず深呼吸をしましょう) ) )

李衣菜の様子がおかしいことに気づき、ノノは落ち着くように呼びかける。
その声は幼子をあやす母親のような優しげな声だった。
声を聞いて、落ち着いた李衣菜は指示通り深呼吸をおこなう。

スゥー、ハァー、スゥー、ハァー

二回ほど深呼吸をおこなったおかげか、頭が少しだけクリアになった気がする。

( ( (相手はその場から動いていません。交戦の意志は薄いようです。
このまま相手に接触して、ロールシャッハさんの時のように説得しますか?
それとも安全第一でこの場から離れますか?) ) )

ノノが提示した二つの選択。
撤退か、交渉か。
そんなの決まっている!

( ( (仲間は一人でも多い方が良い、進もうバスター!) ) )

李衣菜が選んだのは交渉。
自分達が進む道は困難なことは分かっている。
その困難なことを成し遂げる為には一人でも多くの力が必要だ。
ここで臆したら、仲間にできる機会は二度と来ないかもしれない。
それに、あのロールシャッハとも協力関係を結べた。
その事実と自信が李衣菜の決断を後押しした。
ここで臆したら、仲間にできる機会は二度と来ないかもしれない。

それに万が一、いや億が一、マスターがシンデレラプロジェクトのメンバーで、聖杯を戦って勝ち取ろうとしているならば私が止める!

だが、もし相手が聖杯を勝ち取るために参加者を殺そうとする人だったら?
そう考えると、身体が恐怖で震えてくる。

( ( (何かあったら、守ってよねバスター。信じているから) ) )

でも自分にはバスターという頼れる相棒がいる。

( ( (はい!任せてください!) ) )

ノノは力の限り声を張り上げて、返事をする。
その声を聞いたら震えも治まってきた。

李衣菜は346プロのビルに向い、歩きはじめる。
相手もこちらに近づいているようで、すぐに鉢合うとのことだ。
緊張で胸が高鳴る。
ある意味ライブ直前よりも緊張している。

( ( (りーなさん居ました。目の前の少女です) ) )

目線を前に向けると、毛糸の帽子を被り、メガネをかけ、厚着のセーター、シンプルなジーンズに身を纏った地味目な少女が驚愕の表情でこちらを見つめている。
まさかあの娘がマスター?ほぼ同年代だ
李衣菜も目の前の少女と同じように驚愕の表情をしていた。


◆◆◆◆

「どうぞ」
「ドーモ」

李衣菜は自動販売機で買って来たホットココアを手渡し、ヤモトは恐縮そうにしながら受け取った。
ベンチの上にある枯葉を手で払い、ヤモトが座るベンチの反対端に座る。
手に持っていたホットココアの缶を手でこねくり回し。寒さでかじかんだ手を温める
冬だと暖かい缶飲料はちょっとしたカイロになるのが良い。
ただ保温性は低く、すぐに冷たくなってしまうのが難点だが。

李衣菜はココアが発する温度のぬくもりを名残惜しながら、缶をあける口につける
味は想像通りの普通のココアだった。
アメリカでもさほど味は変わらないのか。

ふと、横目でヤモトを見ると、ココアをちびちびと飲んでいる。
表情を見る限り、甘いものが好きなのか、満足げな表情だ。
これで甘いのが苦手だったら、ココアを渡したこっちが正直気まずい。

346プロのビルで顔を合わせた二人は、お互いの顔を見つめたまま動けなかった。
ここで下手に動いたら、相手に警戒されてしまう。どう動く、どう切り出す。
数秒間見つめあった後に、先に切り出したのは李衣菜だった。

「とりあえず、場所を変えよっか」

交渉をするにしても、346前では人の往来が多く、落ち着いてしゃべれない。
何より聖杯戦争絡みの話を人には聞かれたくはない
ヤモトも意図を察したのか、静かに首を縦に振った。

「じゃあ、すぐそこの公園のベンチに先に座ってくれない。すぐに行くから」

李衣菜は後ろを向いて指を差す。
指の指す方角を見ると、確かに100メートル先ぐらいにベンチが見えた。

「わかった」

ヤモトは指定された公園に向かうと、その公園は閑散としていた。
春や秋なら346プロの社員が、休憩がてら訪れるかもしれないが今は冬だ。
冬の寒空の下で休憩するモノ好きはいない。
なるほど、ここなら人に話を聞かれる心配をしなくてすみそうだ。
ベンチに腰を落としてからすぐに、李衣菜はやってきた。


ヤモトが缶ココアを飲み終えたのを見計らってから、話を切り出す。

「えっと、まずは自己紹介から、あたしは多田李衣菜。で、こっちはサーヴァントのバスター」
「初めまして、バスターです!」

ノノは実体化し、満面の笑みをヤモトに向けた。

「ドーモ、タダ=サン。……アサリ・アンコです」

偽名を名乗ったのは打合せ通りのことだ。
もし、本名を名乗り、指名手配犯のヤモト・コキと知られたら、警戒され、即座に交渉を打ち切られてしまうかもしれない。
ならば、一旦は偽名を名乗り警戒させないほうがよいというのが、ランサーの提案だった。

「初めまして~、アンアンのサーヴァントのランサーです。よろしくねバッちゃん。ダリー」
「バッちゃん?」
「ダリー?」
「うん。バスターだからバッちゃん。多田李衣菜だからダリー」

唐突にニックネームで呼ばれ、困惑している二人をしり目に、園子はニコニコと笑顔を向ける

「いきなり、あだ名で呼ぶなんて、中々ロックなサーヴァントだね」

李衣菜は困惑しつつも、まんざらでもない顔をしていた。
友人であり、最高にロックなアイドル木村夏樹。
その友人がつけてくれたあだ名。
こんなところで、そのあだ名を聞くとは思ってもいなかった。

「バッちゃんって私のことですか?」
「そうだよ~でもおばあちゃんみたいで嫌?」
「そんなことありません!かわいいです!」
「ありがとう~」

ヤモトはこの短いやり取りで、李衣菜とノノの緊張が解けていくのを感じ取った。
いきなりニックネームで呼んだことが、二人の警戒心を解したのだろう。
あの暢気というのか、人を和ませる雰囲気は自分には出せない。
それをすんなりできる園子の性格は感心させられる。

「ふたりは何でこっちにきたの?」

園子は交渉に入らず、質問をした。
少し言葉を交わしただけだが、バスターは交戦的ではなく、人懐っこい気質なのを感じ取った。
マスターの少女もそこまで人見知りをしなさそうなタイプに見える。
ここは雑談しながら、打ち解けたほうが良いと判断した。

「さっきの建物は私の世界にあった建物で、知り合いが居るかもって思って来ただけ」
「りーなさんはアイドルなのです。皆を幸せにする素晴らしい仕事なんですよ」

ノノはエッヘンと擬音がつきそうな程胸をはって、誇らしげに語り、李衣菜は恥ずかしいから辞めてくれと言わんばかりにノノを睨む。
園子はその様子を見ながら、フッフッフッとワザとらしい笑い声は出しながら、ノノに詰め寄った


「バッちゃん。アンアンもアイドルにスカウトされたんだよ~」

それを聞いた瞬間、李衣菜はヤモトの方へ振り向き、勢い良く詰め寄る。

「ねえ、スカウトって誰にされたの!?」
「プロデューサーという人です」

ヤモトは李衣菜の勢いに気おされながらも、何とか返答する。

「ねえ、プロデューサーって、身長が高くて、こんな顔してなかった」

そう言うと、李衣菜は人差し指で両目の端を吊り上げ、強引に三白眼を作る。
もし、その特徴に該当するなら、思い当たる人物は一人しかいない。

「はい、確かにそんな感じです」
「やっぱり!あの人顔怖いよね」
「でも、誠実でとてもいい人でした……」

ワガママにも誠意をもって対応してくれ、自分を真剣に勧誘したプロデューサー。
あのような誠実な人物はネオサイタマには滅多にいないだろう。
そのプロデューサーの好意に対して、後ろ足で砂をかけてしまった。
後悔の念が胸中を渦巻く。

「誠実か……確かに」

強面で不器用で誰よりも一生懸命で誠実。
ヤモトの話を聞く限り、自分が知っているプロデューサーと何一つ変わって無さそうだ。
それが何だが嬉しかった。

「ねえ、他のアイドルに会っていない?」

プロデューサーが居るということは、シンデレラプロジェクトのアイドルが居る可能性は高い。

「えっと、シマムラ・ウヅキ=サンに会いました」
「え、卯月がいたの?元気そうにしてた!?」
「はい、笑顔が素敵な人でした……」

李衣菜はそっか~と嬉しそうに相槌をうつ。
とりあえず卯月がいることはわかった。
そして、プロデューサーと同じように、自分が知る卯月と変わらないようだ。
一時期はあの笑顔が曇り、見ているこっちがツラかった。
でも、今は笑っている。
あの笑顔は人を元気にさせてくれる。
それが無性にうれしかった。

「りーなさん、そろそろ」
「あ、そうだった」

ノノが本題に入るように促す。
雰囲気が良いので、ついつい雑談が盛り上がってしまった。
目的は雑談することじゃない、脱出のために協力を仰ぐことだ
李衣菜は表情を引き締め、言葉を紡ぐ。

「信じられないかもしれないけど、私には聖杯にかける願いはない。この戦いに参加するつもりはない。
ただ、元の世界に帰りたいだけ。そしてバスターにも聖杯にかける願いはない」
「はい!ノノには他の人を殺してまで、叶えたい願いなんてありません!」

李衣菜はヤモトの目を見据え、力強く宣言する。
その瞳には強固な意志が宿っていた。
バスターも高らかに宣言する。
李衣菜と同じように、瞳には断固たる意志が宿っていた。

「アサリさんはどう?」

ヤモトはその問いに暫く間を置いてから、答える

「アタイはただ生き残りたいだけ」

李衣菜とバスターはヤモトの答えを聞いた後、園子に視線を向ける。
園子は息を浅く吸い込み、意志を伝える。

「詳しくはいえないけど、私の願いは聖杯を手に入れなきゃ叶えられない願いかも」

場の空気がひりつく。
この場において、園子一人が聖杯を取りに行く可能性があると宣言した。
それはこの場で戦いになる可能性があるということだ。
ひりついた空気に息苦しさを感じながら、言葉を紡ぐ。

「あたし達はこの戦いから脱出する術を探している。正直何から手を付けたらいいか、分からない状態だけど、必ず見つける!
そのためには一人でも多くの力が必要なの!だからお願い!力を貸してください!」

李衣菜は深々と頭を下げる。
これは交渉ではなく、懇願だった。
ただ思いのたけを偽りなくぶつける。
それしか人を説得する方法を知らない。

「聖杯を使って、元の世界に帰るじゃダメなの?」



聖杯を使わずにこの世界から脱出する。
その考えは、胸の奥底に押し込んでいたものだった。
だが、それは聖杯を勝ち取るより、困難な道だ。
聖杯は確かに存在する。だが脱出方法はあるとは限らない。

できれば戦わずに脱出したいとは思っていた。
だが、安易な希望を抱かない方が良い
脱出の方法がないと分かった時に、訪れるのは絶望だけだ。
それならば聖杯を勝ち取ることを、考えた方が絶望せずにすむ。
ヤモトはそう考えていた。
だが李衣菜はあえて茨の道を選んだ。
何故?

李衣菜は頭をあげ、おもむろに答えた。

「私にはやりたいことも有るし、会いたい人もいる。
でも人を殺したら、そんな最高にロックじゃないことをしちゃったら……もう歌えない……皆に……みくちゃんにあわせる顔がない……」

アイドルとは人を幸せにするものだ
殺人を犯したアイドルが人を幸せにできるか?
いや、できない!
そして人を殺した瞬間に、アイドルとしての多田李衣菜は死ぬ。
そんなのは自殺と同じだ。
これからの未来を生きる為に、聖杯を勝ち取って脱出する選択肢は李衣菜に存在しない

「アサリさん。もし殺し合うことなく、聖杯戦争から脱出する方法があればどうしますか?」

李衣菜の説得を黙って聞いていたバスターが徐に口を開く。
直前まで見せていた、人懐っこい明るい雰囲気は嘘のように消え、真剣な眼差しでヤモトを見据える。
その雰囲気に思わず、思わずのまれてしまう。
これが英霊か。

「もし、あればその方法をとる」
「でしたら、少しだけその可能性に賭けてくれませんか?
私達が絶対にその方法を見つけます!」

何から手をつけていいかわからないと言っていた。
何一つ手がかりがないのだろう。
なのに、あの自信はなんだ?
本当に見つけてしまうかもしれない
ヤモトはそんな思いを抱き始めていた。

( ( (ランサー=サン、どうする?) ) )
( ( (私はいいと思うけど、判断はヤモヤモに任せるよ~) ) )
( ( (わかった) ) )

ヤモトは李衣菜の目の前に立ち、おもむろに手を差し出した

「よろしくおねがいします」

握手、それは友好の証し、そしてこの場の意味は李衣菜に力を貸すということ
ヤモトは生き残るために殺してきた。
だが、略奪や欲求を満たすために、殺してきたことはない。
生き残るためには、他のマスターの命、または願望や元の世界への生還への道を、断たなければならない。
しかたがないとはいえ、良心は少なからず痛む。
もし戦いから脱出できる方法があれば、それに越したことはない。
バスターの言う可能性に賭けてもよいのかもしれない。
それに、脱出の方法が見つからなければ、聖杯を使って脱出すればいいだけだ。

「うん!よろしく!」

李衣菜も差し出された手を握り返す。
その時見せた笑顔は今まで一番いい笑顔だった。

「これでノノ達はお仲間です!」
握手をしている二人の元に飛び込み、その両腕で二人を抱き寄せる。
ヤモトが協力してくれるのが嬉しかったのか、力が籠る。
その結果

「くるしい……バスター……」
「……」
「あわわわ、ごめんなさ~い」

李衣菜とヤモトがバスターの両腕に、思いっきり締め付けられることになった。


◆◆◆◆

「協力ってどれぐらいかな」

李衣菜達に協力することを了承した園子だが、どの程度協力すればいいのか不明瞭だった。情報を交換する程度なのか、それとも常に一緒に行動する同盟関係なのか。

「一緒に行動したいです。ランサーさんとアサリさんが居れば心強いです!ですよね、りーなさん」
「うん」
李衣菜はヤモト達と一緒に行動することを了承した
サーヴァントが増えることは心強い。
サーヴァントが二騎いれば、どれだけ安心できるか。

「相談があるんだけどいいかな」
「何?」
「アンアンのロールがホームレスだから、住むところがないんだよね~
だから、ダリーの家に泊めてもらっていいかな~」

園子は申し訳なさそうに李衣菜に要求した。
ろくに休める環境が無い状況で、李衣菜達と協力関係を結べたのは好都合だった。
これで、了承してくれれば、ちゃんとした休息がとれ、今後の活動が一気に楽になる。
李衣菜利用しているようで、少しばかり気がひけるがこれもヤモトの為だ。

「だめだよ、ランサー=サン。これ以上迷惑はかけられない」
「別にいいよ。協力してもらったし、一人ぐらいなら泊まれるから」
「タダ=サン違うの」

ヤモトは深く深呼吸をする。
まるで自分の意志を固めるように。
そして、すべての真実を告げる

「アタイの本当の名前はヤモト・コキ。ロールはギャング殺しの犯罪者の指名手配犯。
信じてもらえないと思うけど、アタイはやってない。
このまま、タダ=サンと一緒に行動できない。
一緒に居ると、ギャングや賞金稼ぎの襲撃に巻き込んじゃう。
だから、ここで別れよう。
この世界から脱出する方法を見つけたら、連絡するから」

ヤモトは真実を告げるか、どうか悩んでいた。
李衣菜がアイドルと聞いた時、どす黒い何か胸中を渦巻く。
彼女はアイドル。
島村卯月のように、やりたいことを好きにやれて、好きなことを共にできる仲間や友人がいたはずだ。

ならばそれを滅茶苦茶にしてやりたい!
アタイが味わった苦しみを、少しでも体験させてやりたい!
一緒についていけば、巻き込むことができる!

それは嫉妬による八つ当たり。
普段のヤモトなら考えもつかない、幼稚な思考だった。
しかし、卯月というあまりにも眩しい光がヤモトを苛む。
卯月の人生と自分の人生のこの違いはなんだ。
あまりにも不平等すぎる!
その理不尽さが彼女を荒ませた。

だが、李衣菜の想いがヤモトの荒んだ心に突き刺さる
これからの未来を歩むために、妥協することなく、いばらの道を躊躇なく突き進もうとする意志。
その気高い精神に一種のソンケイを感じた。
そして、そんな気高き少女を自分勝手な理由で巻き込もうとしていた。

それはまるでニンジャだ。
スカウトに応じないから、カラテによって屈服させようとしたソニックブームのように
ソウカイヤに刃向ったから、始末しようとした追手のニンジャのように。
自分のエゴを理不尽な暴力によって、相手に一方的押し付ける。
そんな邪悪なニンジャに成り下がろうとしていたのだ。
これ以上邪悪にならないために、何より李衣菜を巻き込まないために、ヤモトは李衣菜と別行動することを選択した。

園子は一瞬驚いた顔を見せた後、笑みを見せながらヤモトを見つめる。
やっぱり、ヤモヤモは優しいな。
この逃亡生活で、心も体も疲弊しているはず。
そんな時にちゃんとした家で休める機会があれば、すぐに飛びつきたいだろう。
だが、ヤモトは相手の身を案じて断った。
仮に巻き込んだとしても、相手は聖杯戦争の参加者。
ライバルが減るだけで、損にはならないはずなのに。
聖杯戦争のマスターとしては甘いといえる選択だろう。
しかし園子は、そのヤモトの甘さといえる優しさに好感を抱いていた。

「連絡先だけ教えてください。手掛かりを見つけたら、連絡するから。」

ヤモトは笑顔を作りながら、李衣菜に尋ねた。
ロールとはいえ、目の前に指名手配犯が居るのだ。関わりたくないはず。
早く連絡先を聞いてこの場から立ち去ろう。
もしかすれば、警戒して連絡先を教えてくれないかもしれない。
その時は李衣菜を見つけ出して、伝えるだけだ。

李衣菜はさぞ驚いているだろうと思いきや、平然とした顔というより、納得いったというような顔をしていた。



「どこかで見た顔だな思っていたけど、手配書か」
「指名手配犯が目の前にいても、怖くないのですか?」

まるで喉に引っかかった骨がとれて、すっきりしたといわんばかりに、呑気にしている李衣菜にヤモトは思わず、問い詰める。
ロールとはいえ、指名手配犯がいるのだ。少しぐらい恐れを見せるはずだが。

「だって極悪な指名手配犯だったら、自分から指名手配犯と告白しないし、
巻き込んでしまうから、別れようとも言わないと思う。
それにプロデューサーがスカウトした人に悪い人はいないよ」

李衣菜はプロデューサーの人を見る目を信頼している。
でなければ、あんな素晴らしいメンバーを集められない。
そんなプロデューサーが犯罪をする悪い奴をスカウトするわけがない。
そしてこの世界のプロデューサーもそうに違いない。
李衣菜には何故だかわからないが確信めいたものがあった。
それに僅かに話しただけだが分かる。ヤモトは殺人をする人間ではない。
したとしても、正当防衛か何かだろう。

「はい、ヤモトさんは優しい人です。
得にならないのに、相手のことを思い遣って自分に不利益になることを伝える。
これはロックです!」
「確かにロックだ。わかってきたじゃんバスター」

ノノの意見に李衣菜は笑みを浮かべながら賛同する

「ヤモトさん。私たちはもう仲間なんだから遠慮することないよ。仲間が困っているのなら、助けるのが当たり前だし。
何よりこんなロックな仲間が傍にいれば、安心できる」

この衆愚の街で、いやこの聖杯戦争という殺し合いの舞台で、信頼できる人物を見つけることを難しい。
だが偶然にも信頼できる人物に出会うことができた。
この極限状態で、初めて会ったばかりの人間の身を案じられる人物に。
シンデレラプロジェクトのメンバーや前田みくのように……、とはいかないまでも少しばかり信頼して背中を預けてもいい。

一方ヤモトは李衣菜の予想外の反応に困惑していた。
このまま連絡先を教えてもらい、すぐにこの場から立ち去ると思っていたが。
ここは好意に甘えるか?それともこの場から離れるか?
胸中には葛藤が渦巻く。

「ごめん。やっぱりアタイはタダ=サンと一緒に行動できない」

ヤモトは深々とお辞儀し、李衣菜の申し出を断る。

「そんな遠慮すること無いよ」
「一緒にいるだけで、ヤクザやマフィアにアタイの仲間と勘違いされる。今こうして会話しているだけでもアブナイ。
そうなったら家にも帰れず、追われ続け、四六時中気を張り続けなきゃいけない逃亡生活だよ」

李衣菜の脳内にその日々の想像がよぎり、言葉を詰まらす。
そんな日々が訪れたとしたら、とてもじゃないが耐えられない。
ヤモトはそんな日々を送っていたのか。
正直驚きを禁じ得ない。
そしてヤモトの瞳、あれは意思を固めた人間のもの。
いくら言葉を投げかけても、ヤモトの意思は揺るがないだろう。

「わかった。それじゃ連絡先交換しよう」
「ごめん。携帯IRC通信機は持っていない」

ヤモトが携帯電話を持っていないので、李衣菜は連絡先と住所を口頭で、DJサガラに出会ったら、脱出方法などを聞いてくれとヤモトと園子に伝えた。

「何か分かったら、連絡する」
「よろしく」

園子は霊体化し、ヤモトは踵を返して、李衣菜の元から離れようと二三歩ほど歩き出した後、ふと振り返る。

「もし、アタイがマフィアから追われることが無くなったら、一緒に脱出する方法を探すのを手伝っていい?」

ヤモトはこの聖杯戦争に李衣菜のような、聖杯を欲していない参加者がいることを知らなかった。
この戦いに巻き込まれなければ、仲間と一緒にアイドルの活動をしていたはず。
だが、願いもないのに理不尽に戦いに巻き込まれ、その夢を断たれようとしている。
それはニンジャになり、そのせいでソウカイヤに狙われた自分の姿と重なった。
助けてあげたい。そんな想いがふつふつと湧いてくる。
今のままでは李衣菜を手助けできない。
だが、もしこの指名手配が解除されれば、李衣菜を手助けできる。

「もちろん!」

李衣菜はヤモトの問いにサムズアップで答えた。
それを見たヤモトは僅かに笑みを浮かべながら、一言告げて李衣菜達の元から立ち去った。

――――ありがとう――――


◆◆◆◆

「行っちゃったね」
「はい」

ヤモトの後ろ姿が視界から消えるまで、目で追い続ける。
そして、視界から消えたのち、バスターは霊体化し、李衣菜達は念話で会話しながら、自宅に向かうバス停に向って歩く。

( ( (ヤモトさんが一緒に来てくれなかったのは残念でした) ) )
( ( (しょうがないよ。相手にも事情があるし) ) )
( ( (休む家もないなんて、大変ですね……) ) )
( ( (そうだね) ) )
( ( (これもそれも指名手配犯のせいです!ヤモトさんみたいな優しい人がそんなことするわけありません!何かの間違いです!) ) )
( ( (私もそう思う。ねえバスター。ヤモトさんの指名手配を解く方法ないのかな) ) )
( ( (う~ん。ちょっとノノには思いつきません) ) )
( ( (そっか) ) )

自分の身を案じて、別行動してくれた優しき少女の為に、何かできることはないか?
だが、李衣菜は思考を巡らすが、バスター同様に妙案は思いつかなかない。

ヤモトは殺人などしていない。
ただ指名手配犯というロールに無理矢理はめ込まれただけだ。
少しだけの出会いだったが、わかる。
だがあの男はそう思うだろうか?
李衣菜は携帯電話の電話帳を開き、ディスプレイに表示された文字を見つめる。

――――ロールシャッハ――――

どんなことがあっても、自分の正義を貫くと宣言したヒーロー。
あの男が多額の懸賞金をかけられた、ヤモトを見たらどう思うだろうか?
間違いなく、己の正義を成すために戦うだろう。
多額の懸賞金が懸けられている悪党を見逃すわけがない。
二人が戦うことになれば、どちらも無事には済まないかもしれない。
ヤモトとロールシャッハ。二人が出会わないことを切に願う。

【MIDTOWN WEST SIDE CHAMBERS AVE 346プロダクションビル付近 /1日目 午後】

【多田李衣菜@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]3500円程度
[思考・状況]
基本:帰りたい。
1.とりあえず今は帰宅。バスの停留所に向かう
2.ノノ、ロールシャッハ、ヤモト達と協力して脱出の方法を探す。
3.ロールシャッハへの恐怖心と苦手意識。同様にアサシン(シルバーカラス)にも僅かな恐怖。
4.DJサガラを探したいが、アテは無い。
5.ヤモトとロールシャッハが出会ったらどうなる……。
6.ヤモトの境遇を何とかしたい 
[備考]
※アサシン(チップ=ザナフ、シルバーカラス)の外見、パラメーターを確認しました
※ランサー(乃木園子)の外見、パラメーターを確認しました
※令呪は右手の甲に存在します
※ロールシャッハと連絡先を交換しました。
 他にも何かしらの情報を共有しているかもしれません。
※ヤモトと園子に連絡先と住所を教えました

【バスター(ノノ)@トップをねらえ2!】
[状態]健康、霊体化
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本:マスターが帰りたいらしいので、手伝う
1.りーなさんは私が全力で守ります!
2.ロールシャッハとヤモト達と協力して脱出の方法を探す。
3.ロールシャッハへの不信感。彼が信用出来るのか見極めたい。
4.DJサガラを探したいが、アテは無い。
5.ヤモトさんは良い人です!指名手配犯なんて間違いです!何とかできないでしょうか。


[備考]
※アサシン(チップ=ザナフ、シルバーカラス)の外見を確認しました。
※ランサー(乃木園子)の外見を確認しました



( ( (ダリーもバッちゃんも良い人だったね~) ) )
( ( (そうだね) ) )

李衣菜と別れたヤモトは人ごみに紛れながら、大通りを歩いていた。
ヤモトはニンジャ感覚を総動員し、周囲を警戒する
今の処、監視されている気配もない。
警戒を続けながら、念話での会話を続ける

( ( (正直言うと緊張していたんだよね~厳つくて、ゴッついサーヴァントが出てくると思っていたから。
でもバッちゃんみたいな、人懐っこくてカワイイ子で安心したよ~。だいぶん話しやすかった。) ) )
( ( (でもランサー=サンのアトモスフィアのおかげで、タダ=サンもバスター=サンも緊張が柔らでいたと思うよ) ) )
( ( (え、そうかな~) ) )
( ( (あとゴメン、せっかく嘘をついてまでして、アタイを休ませようとしてくれたのに、勝手に断って) ) )
( ( (それはいいよ~折角仲良くなれたのに、マフィアの襲撃に巻き込んじゃったら、仲悪くなって敵対しちゃうかもしれないし。
あとヤモヤモ何か雰囲気変わったね) ) )

園子は会話をしながら、ヤモトの雰囲気の違いに気づく。
力強さと、刀のような鋭さが戻っている
卯月と会話した直後とは別人のようだ。
それどころか、今までより力強さと鋭さが増しているような気がする。

( ( (そうかも、タダ=サンのおかげで大切なことに気付いた。そのせいかも) ) )

――――私にはやりたいことも有るし、会いたい人もいる

李衣菜の言葉がヤモトの脳内で何度も繰り返される。
アタイは何をしたい?誰に会いたい?
それを考えた時、一人の少女の姿が鮮明に描かれる

―――アサリ=サン

ニンジャになったことで、別れるしかなかった親友。
でも、いつか会える日が来るのを信じて、マッポーの世を生き続けてきた。
しかし、ネオサイタマとこのゴッサムシティでの過酷な逃亡生活。
ただ生き残ることだけを考えることしか許されない。
そんな生活がヤモトの想いすら、心の奥に押し込めた。

でも今は違う。
何故生きたいのか、はっきりと言える。
それは、アサリ=サンともう一度会う為に。

アタイは何てイディオットなんだ
こんな大切なことを今まで思い出せなかったなんて。
でも二度と見失わない。
これは叶わない願いじゃない!
絶対に叶えてみせる!

そして、なんて下らないことで嫉妬していたんだ。

アタイの理想をすべて持っている卯月は確かに羨ましい。
だが、それがどうした?
他人の幸せなんて関係ない。自分が幸せになればいい
昔が不幸でも関係ない。これから幸せになればいい!

ヤモトは李衣菜との対話を切掛けに、己の願望を再確認し、嫉妬に囚われる愚かさに気付いた。
その結果、邪念と疲弊で黒ずんでいたヤモトの精神は、以前以上の輝きを取り戻したのだ。

( ( (じゃあ、ダリーには感謝感謝だね~) ) )
( ( (うん) ) )

園子はヤモトが向かう時、アイドルとの出会いがヤモトにとって良きことであることを願った。
卯月との出会いはヤモトを曇らせてしまった。
だが、もう一人のアイドル多田李衣菜との出会いが、ヤモトの心を覆っていた暗雲を取り除いてくれた。
この偶然の出会いに感謝しなければならない。

( ( (ところで、ヤモヤモ~。マフィアに追われなくなったら、ダリーと一緒に手伝うって言っていたけど、何かアイディアがあるの?) ) )
( ( (うん、令嬢のボスを説得して指名手配を取り下げる) ) )

指名手配犯というロールにより、多額の賞金が懸けられ、マフィア、ギャング、賞金稼ぎ、警官、街のありとあらゆるものが命を狙ってくる。
ゴッサムシティにいるマスターの中で、最悪のロールと言っていいだろう。
常に緊張を強いられ、心身は疲弊していく。
そしてこの状態が続けば、心身を休められず、疲れは加速していく。
さらに時間が経ち、警察機構が捜査の手を強めれば、碌に行動できなくなるかもしれない。
そうなればこの戦いで生き残るのは難しいだろう。

となると、この指名手配犯というロールをどうにかするしかない。
その方法はこの指名手配犯を解くこと。自分を殺すように指示を出している人間に会い、指示を取り下げること。
そして、指示を出しているのは、恐らく<令嬢>総帥だろう。
仮に人を一人殺したぐらいで、ここまで手配書が発行され、あれほどの懸賞金を懸けられるのは、普通ではありえない。
これは個人の意向が大いに反映していることである。
そこまでして、自分を始末したい人間は、息子を殺された令嬢の総帥しかいない
総帥が指示をしなくなれば、指名手配が解かれる可能性は充分にある。


( ( (確かに、このままいけばジリ貧感あるよね~) ) )

園子もこのまま対策を取らなければ、ヤモトが疲弊していくだけなのはわかっていた。
そういった意味ではヤモトのアイディアには賛成である。

( ( (でも説得って、ただ言葉で済ませることじゃないよね) ) )

園子の声色は、いつもの暢気は鳴りを潜め、真剣みを帯びていた。
ヤモトは園子に返答せず、沈黙する。
この沈黙は肯定を意味する。

ただの言葉で復讐を止める者はいない。
意志を挫くには、復讐を続ければ自分の身が傷つくと、骨身に染みさせるしかない。
それは暴力。
ヤモトは指名手配を解かせるために、暴力の行使を考えていた。
拷問、あるいは命そのものを奪う。

( ( (追手のニンジャも殺してきた。こういうことには慣れているから) ) )
( ( (だめだよ暴力になれちゃ!そんな悲しいこと言わないで……汚れ仕事は私がするから……) ) )

園子の悲痛な声がヤモトの脳内で響きわたり、驚きのあまり思わず体をビクッと震わせた。

園子の願いは、ヤモトが元の生活に戻ること。友人と平穏な暮らしを過ごすこと。
そのためにはこれ以上ヤモトに手を汚させてはならない。
自分は英霊であり、死人だ。
例えこの地において、筆舌に尽くし難い残虐な方法でこの戦いに勝ち抜いても、一時期に心は痛めるが、座に帰ればすぐに記憶は消去される。
だが、ヤモトは生者だ。
例え仕方がないことでも、そのことが一生の重荷になってしまうかもしれない。
そんなことは断じてさせない!

( ( (あ……ゴメンね急に大声あげちゃって。え~っと……とりあえず今後の方針は令嬢のボスを探すってことでいいかな~) ) )
( ( (うん……) ) )
( ( (よし!令嬢のボスのとこに向って、レッツゴー!) ) )

場の空気を重くしたことを察した園子は、とりわけ明るい声色で喋り、ヤモトもその掛け声に応じて歩きはじめる。
ヤモトの姿は群衆に完全に溶け込んだ。

【MIDTOWN WEST SIDE CHAMBERS AVE 346プロダクションビル付近】

【ヤモト・コキ@ニンジャスレイヤー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]ウバステ、着替えの衣服
[道具]
[所持金]極貧
[思考・状況]
基本:生き延びる。
 1.令嬢のボスを説得して、指名手配を取り下げる。
 2.可能な限り戦いを避ける。
 3.ランサーを闘わせたくないが……。
4. 脱出の方法を探すタダ=サンを手伝いたい
[備考]
※<令嬢>の社長の息子を殺した罪で追われています。が、本人に殺害した覚えはありません。
※ニンジャソウルを宿している為、攻撃に神秘が付加されています。
 ただし、ニンジャの力を行使すると他のサーヴァントに補足される危険性があります。
※バスター(ノノ)の外見、パラメーターを確認しました。
※多田李衣菜の連絡先と住所を知りました


【ランサー(乃木園子)@鷲尾須美は勇者である】
[状態]健康、霊体化
[装備]無銘・槍
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:ヤモヤモ(ヤモト)を元の世界に帰す。
 1. できればヤモヤモを戦わせたくない。汚れ仕事は自分がする
 2. 令嬢のボスを説得して、指名手配を取り下げる。

[備考]
※ランサー(ウルキオラ・シファー)、デェムシュの戦闘を感知しました。
どこまで視認できたかは不明です。
※多田李衣菜の連絡先と住所を知りました




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最終更新:2016年04月15日 22:09