バケモノが、自らの左胸に触れる。
既に傷の多くは癒えている。
やはり魔力を集中させれば、幾分か再生を早める事が出来るか。
これならば、また『戦える』。
殺戮を続けられる。


バケモノは、憤っていた。
己に傷をつけた敵を、憎悪していた。
だからこそ、彼は動き出す。
この怒りを晴らす為に、再び駆け抜ける。


剥き出しの殺意が荒れ狂う。
風が、街に吹き荒んだ。




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




「特殊部隊の出動?」



夕刻、ゴッサムシティ警察署の署長室にて。
椅子にどっしりと腰掛ける警察服の男が、眉を顰めながら呟く。
彼こそがゴッサムの警察を束ねる警察署長だ。

机を挟んで署長と向き合うのは、無精髭を生やしたスーツ姿の男。
彼の名はノーマン・スタンスフィールド――――麻薬捜査官である。
スタンは麻薬絡みの犯罪者を逮捕へと導いた優れた捜査能力に加え、裏の繋がりによって警察との『関係』を持つ。
それ故に彼は警察署においてもそれなりに顔が利く立場となっている。
スタンがこうして署長との対面に臨めたのも、そんな経緯があってこそだ。


「ええ。今夜18時に開かれるシェリル・ノームのライブ。
 そこにグラスホッパーの首領―――犬養が来賓として招かれる。
 バッタの王様が歌姫の見物と言う訳ですよ」


怪訝な表情を浮かべる署長に対し、スタンは饒舌に話す。
身振り手振りを交えながら語るその姿は何処か大袈裟にも見える。
トークショーの司会でも気取っているかのようだ。
相変わらず不気味な男だ―――署長は心中でスタンに毒づく。


「奴らの活動は署長も知る所でしょう。
 連中は急速に勢力を伸ばし、法を逸脱した私刑行為を繰り返している。
 奴らの行動力を省みればマフィアよりもタチが悪い。身勝手な暴力を行使する犯罪者の集団だ」


机に右手をつけ、スタンは語り続ける。
彼の言う通り、グラスホッパーという自警団は昨今になって勢いを付けている。
ケチな軽犯罪者の取締やボランティア活動から始まったというのに、今ではマフィアにも匹敵する程の組織だ。
警察以上に迅速な対応と行動力、そして確かな正義感によって大衆からの支持も厚い。
だが、結局の所は自警団――――自分達の意思で私刑を執行する暴力集団に過ぎない。
国家機関である警察にとって容認出来る存在ではない。

そして何より、彼らは余りにも『善人の味方』であることが問題だった。
このゴッサム・シティの社会は腐敗している。
犯罪組織が跋扈し、行政機関といった公的な組織でさえ彼らとの癒着を行っている。
ゴッサム市警に属する警官の多くもマフィアからの賄賂や汚職によって私腹を拵えているといった有様だ。
グラスホッパーによって犯罪者が一掃されれば、多くの公務員が『ビジネスパートナー』を失ってしまう。


「とはいえ、私はあくまで麻薬捜査官。
 私の権限が及ぶのは麻薬捜査に関する案件だけだ。
 あなた方警察の協力が無ければ、彼を逮捕することが出来ない」


だからこそ、警察の特殊部隊を出動させて欲しい。
そして彼らの一時的な指揮権を自分に寄越してほしい。
スタンの要求は、そういうことだった。


スタンはシェリル・ノームのライブに乗じて犬養らグラスホッパーを逮捕しようと言うのだ。
闇取引で利益を上げる汚職捜査官からすれば、マフィアを根絶されるのは痛手だ。
有力マフィアから口封じの賄賂を受け取っている署長にとってもそうだった。
署長はマフィアの活動を黙認する代わりに、彼らから資金を受け取っている。
同じ汚職者として、署長もスタンの思惑は理解出来る。


「何を馬鹿な」


だが、署長はそう口にせざるを得ない。
自警団を潰す為に警察の特殊部隊を一介の麻薬捜査官に預けろというのか。
しかも僅か数時間後のライブの際に突入を仕掛ける?
余りにも早急で無茶苦茶な作戦だ。
ゴッサムが誇る人気歌手のライブを妨害するかの様な強引な捜査は、警察への不信感にも繋がるかもしれない。
その上相手はグラスホッパー――――市民からの人気も厚い『正義のヒーロー』共だ。
警察がグラスホッパーに手出し出来なかったのは其処が大きい。
大衆の支持を得ている犬養らを逮捕すれば、警察への非難は免れないだろうと予測されているからだ。
それ故に署長は消極的な姿勢を示す。



「確かにグラスホッパーには多数の容疑が掛かっているが、幾ら何でも早急すぎるのでは―――――」



次の瞬間。
署長の身体が、唐突に宙に浮いた。
否、何者かに首を掴まれ、持ち上げられたのだ。

署長が視線を横へ向けると、そこには片目に眼帯を付けた大男が立っていた。
彼が署長の首を掴み、締め上げていたのだ。
誰だ。いつから其処に。何故だ。どうして。
先程まで居なかった筈の男の介入に混乱する署長。
人間離れした握力で首を締め付けられ、何とか逃れようと必死に抵抗する。
しかし、離れない。
大男は微動だにしない。
署長の思考が、意識が、掻き乱される。


息が出来ない。
意識が朦朧とする。
苦しい。
嫌だ。
助けて。
死にたくない。


「かっ、が、は――――――ッ!?」
「奴らは今も尚、我々の利益を踏み荒らしている。
 そんな状況で『早急すぎる』と連中の活躍を眺めている場合ですかな?
 だからこそ署長、私の要求を聞き入れて頂きたいのですよ」


唐突に署長の首が手放される。
恰幅のいい身体がどすりと冷たい床に落下した。

尻餅を突き、苦痛の涙を流しながら署長は何度も咳き込む。
死ぬかと思った――――そう言わんばかりに息を整えていた署長を、歩み寄ったスタンが見下ろす。


「奴らのせいで我々は肩身の狭い思いをしています。
 署長、貴方だってそうでしょう?」


「ひっ」と、恐怖に戦きながら署長はスタンを見上げる。
スタンの後ろには先程突然現れた大男が控えている。
大男は、先程の攻撃で言葉を介さずに署長へ意思を伝えたのだ。
『その気になればお前をいつでも殺せるぞ』、と。

スタンの言う通り、グラスホッパーの登場で汚職警官の立場は脅かされている。
取引先のマフィアを潰され、自らの稼ぎ場を次々と失っている。
悪徳に染まり切った警官達にとって、正義の自警団は目の上の瘤でしかないのだ。
署長からしても彼らは目障りな存在だった。
だが、手出しが出来なかった。


まさかこの男は、本気で連中を潰すつもりなのか。
スタンを見上げながら署長は思う。


「連中は酷く澄んだ清流です。汚れ切った川魚共を一掃する程のね。
 このままだと川魚は全滅だ。そう、我々は死んでしまうんだ!」


スタンはそう言いながら床に膝を突き、、アタッシュケースをどしりと置く。
そのままカチリと留め具を外し、中身を開いた。
ケースの中に敷き詰められていたのは、無数の札束。
それは数多の汚職によって蓄えてきた『私腹』。
己が稼いだ資金を、署長への交渉と口止めの為に用いてきたのだ。


「端金だが、これで自分達の立場も守れると考えれば悪くない報酬だろう?
 まあ、つまりだ、何が言いたいかと言えば――――――」


そしてスタンはゆっくりと署長に顔を近づける。
睨む様な視線で彼を見据え、苛立たしげに口を開いた。





「――――特殊部隊を出せ。今すぐにだ!」






◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




時刻は17時半。
設備を終えた会場に、来客が少しずつ訪れて始める。
座席に座った来客達は歓談に花を咲かせている。
じきに始まる催しに期待を寄せるように。
彼らは抽選によって選ばれた『幸運な者達』だった。

18時より始まるシェリル・ノームのライブは、生の歌声で新曲を披露する場としての役割も兼ねていた。
彼女はこのディナーショー形式のライブで、初めて人々の前で新曲を直接歌うのだ。
このライブを見聞き出来る者は限られている。
抽選によって選ばれた者か、あるいは企画側から直接招待された者しか観客になれないのだから。

だからこそ彼らは喜ぶ。
招かれた者達は、会話を交わす。
まさかシェリル・ノームの新曲を生で聴けるだなんて。
抽選に当たるとは思ってなかった。
シェリルの歌が楽しみだ。
そんな他愛も無い会話を繰り広げる。

一人、また一人と来客が会場へ足を踏み入れる中。
前方の席に腰掛けていた男性が、静かに会場を見渡していた。
思えば、このような華やかな催しに招待されるのは初めてだった。
彼は毎日のようにパトロールや執務に追われていた。
とはいえ、それが自警団のリーダーとしての役割だとも認識していた。
それ故に苦痛ではなかったし、寧ろそんな仕事に生き甲斐を見出していた節もあった。
社会を変える為に動く自分のリーダーとしての在り方は、猫田市においてもゴッサムにおいても変わらないらしい。

先程まで会場で警備員を務めている団員の視察も行っていた為、単なる息抜きという訳ではない。
しかし、それでも彼―――犬養は少々落ち着かない思いを抱いていた。
何せ人気歌手のライブの『客』として招かれているのだ。
仕事漬けに近い状態だった犬養にとって久しいとも言える息抜きの機会だった。
尤も、仕事から離れてのんびりと椅子に座っている現状に落ち着かない自分が居ることに犬養は気付いている。
やはり自分はこういう『息抜き』には慣れないのだなと、犬養は内心で自嘲する。

思考の最中、犬養の視界に初老の男性の姿が映る。
犬養は座席から立ち上がり、男性へと一礼を行う。


「御機嫌よう、支配人殿」
「これはこれは…来ておられましたか。ミスター犬養」


初老の男性から手を差し出され、犬養は握手を交わす。
このイベント用ホールの支配人である男性が挨拶をしに来たのだ。


「本日は態々お越し頂き有り難うございます。
 我々の依頼を引き受けて下さったあなた方グラスホッパーには感謝しておりますよ」


支配人は柔和な笑みを浮かべながら言う。
彼こそがグラスホッパーによる会場の警備を提案し、依頼した人物である。
支配人は自警団でありながら自分達の依頼を快く引き受けてくれたグラスホッパーに感謝していた。
それ故にリーダーである犬養に対しても感謝の意を込めて『来客』としての席を設けたのだ。


「こちらこそ光栄の至りです。シェリル・ノーム氏のコンサートの『客』として招待して頂けるとは」


対する犬養も微笑みつつ礼を述べる。
グラスホッパーへの仕事の依頼、およびリーダーの招待。
クライアントが自分達の評価を高く買ってくれている証だ。
だからこそ犬養はこの招待に応じた。
警備に当たる団員の視察も交えつつ、客人として会場を訪れたのだ。



「今回の依頼の報酬の一つと思って頂ければ幸いです。
 ミスター犬養程の人物ならば客としては申し分無い」



そう言って支配人は、舞台上へと目を向ける。
今はまだ、そこには誰もいない。
だが、じきにあの舞台に『歌姫』が立つのだ。
その美貌と歌唱によって人々を魅了する時が迫っている。


人々の歓談が、更に耳に入ってくる。
それらの声は次第に大きく、そして騒がしくなっていく。
どうやら観客の大半が会場へと到着したらしい。
「それではごゆっくり」と一礼をしながら去る支配人に、犬養は会釈をした。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆






ブーン、ブン、ブブブン、ブーン、ブン。


ブブンブン、ブン、ブブン、ブン、ブーン。



「発進!」



走る、走る、走る。
死を運ぶモノが街を駆け抜ける。




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




控え室の鏡の前に、一人の少女が座っていた。
鏡に映る自らの姿をぼんやりと眺めている。

化粧で飾られた顔。
桃色混じりの髪。
蒼い瞳。

出かける前。ふとした日常の中。ライブの直前。
何度も見つめ、呆れる程に見慣れた、己自身の容貌だ。
ゴッサムの歌姫と称された自らの姿を、シェリル・ノームは見つめていた。

奇妙な緊張が、胸の内に込み上げていた。
いつも通りだ。観客の前に姿を現し、歌い上げる。
最早自分にとっての日常と言ってもいい程にこなしてきたことだ。
だが、今日は違う。


ゴッサムの歌姫としてではなく。
本当のシェリル・ノームとして、ゴッサムの人々の前で歌う。


鏡に映るのは、自分自身。
しかし、それは『ゴッサムの歌姫』ではない。
自分の知らない過去を過ごし、自分の知らない経験を積み重ねてきた『もう一人のシェリル』ではない。
此処に居るのは、シェリル・ノームだ。
漠然と与えられた役割をこなす『偽りの歌姫』ではなく、本物の人間としてのシェリルなのだ。
それを自覚したシェリルは、最早以前のように歌うことは出来ない。
思い出した自らの経験を押し隠し、自分自身を偽ることなど、出来やしない。
だからこそ、これから彼女は全力で歌うのだ。

シェリルは、歌が好きだった。
自分の歌によって一つになる想いが好きだった。
会場の人々が齎す熱気。情熱。歓声。
それら全てと一つになるような一体感を、愛しく思っていた。
心を繋げ、熱として場を盛り上げる。
それを可能とする歌を愛していたからこそ、シェリルは決意を固める。
『己自身』の歌で人々の心を震わせることを、決心する。


(それにしても、結局お預けになっちゃったわね)


そして、シェリルはふとそんなことを思う。
彼女の脳裏に浮かぶのは、白い装束を身に纏う青年。
リハーサルを聴いてもらおうと思った矢先に出かけてしまった、一人の騎士。
ランサー。シェリルが召還したサーヴァントだ。
聖杯戦争のセオリーを考えれば仕方の無いことであると、シェリルは割り切る。
彼は魔力を探知し、マスターである自身を守る為に赴いたのだから。

しかし、同時に口惜しくも思っていた。
リハーサルとは言え、ランサーに自らの新曲を聴かせそびれてしまったのだから。



――――良かった。


ランサーが自らの下へ帰ってきた時に思ったのは、そんな感情だった。
もしも彼が戻ってこなかったら。
歌の感想も聴けぬまま、居なくなってしまったら。
自らの中に込み上げ、そして押し隠していた恐怖が引いたのだ。
それでも尚、彼女の中の漠然とした恐れは消えていない。
誰も自分のことを知らない世界で孤独に佇むような感覚は、無くなっていない。
そのことを考えると、身体が震えそうになる。



『お前は、こわくないのか』



今から少しだけ前。
ランサーが帰還した際、そんな言葉を問われた。
こわくないのか――――たったそれだけの質問。
しかしそれは、彼女の恐怖を呼び起こすには十分。

今の彼女は、本当の自分を知る者がいない世界で孤独に佇む少女だ。
それでも彼女は有るがままに振る舞い、シェリル・ノームとして立ち続けていた。
だが、怖くないか――――と聞かれれば。
怖いに決まっている。
自分の真の姿を知る者は、自分を真に想ってくれる者は、此処には居ない。
此処に居るのは、『ゴッサム・シティのシェリル』を知る者のみだ。
今のシェリルは、偽りの歌姫を演じなければならない独りぼっちの少女だった。
そして命の刻限は着実に迫り、いつ己が朽ち果てるかも解らない。

タイムリミットが刻々と迫っている中で。
シェリル・ノームとして、歌い続けられるのか。
シェリル・ノームとして、何かを残せるのか。
漠然とした恐怖は、彼女の中で押し殺されていた。

まるで己の想いを見透かした様な一言に、シェリルは凍り付くことしか出来なかった。
故に彼女ははっきりとした答えを返せない。
自らの弱さを隠し、欺き。
何事も無い様に振る舞うことしか出来なかった。



『…私の歌を、聴いて頂戴』



だから、そんな曖昧な答えを出した。
答えになっていない答えで、彼を黙らせた。


シェリルはあくまで気丈に振る舞う。
自らの弱さをおくびにも出さず、歌姫として立ち回る。
ただの言葉として紡ぐのは、好きではなかった。
情けない泣き言として、弱さを口に出したくはなかった。


例えどれだけ身体が震えたとしても。
孤独や不安に押し潰されそうになったとしても。
それでも、シェリル・ノームは歌う。
己の心は、想いは、歌で示す。
歌う時だけ、彼女は彼女で居られるのだから。



《マスター》


自らの脳内に、無機質な声が響く。
ランサーが念話を飛ばしてきたのだ。


《平気か》
《大丈夫よ。リハーサルの後に少し休ませてもらったから》


柄にも無い心配の言葉に対し、シェリルはそう答える。
彼女はランサーの魔力消費によって少しだけ体調を崩していた。
とはいえランサーの配慮によって可能な限り消耗は抑えられ、休息によって体力は取り戻せた。
例の『病』の症状が出ない限り、歌うことに支障はないだろう。
シェリルはそう判断していた。


《それと…ランサーも来て頂戴。霊体化したままでいい。
 とにかく私の歌を、貴方に聴かせたいから》


そしてシェリルは、今度こそランサーに自身の新曲を聴かせたかった。
リハーサルの時は聴かせられなかったからこそ、この本番でも全力を尽くしたいと思っていた。
彼が紡ぐ感想を、この耳で聞き届けたかった。
なればこそ、歌わない訳が無い。
己の全身全霊を込めた歌を紡ぐのだ。

ランサーは「そうか」と短く返事をするのみだった。
相変わらず素っ気ない返答ではあるが、そんな彼の姿にどこか可愛げを感じていた。
常に淡々としながらも、ランサーはシェリルの命に背くことはしない。
こんな反応ではあるものの、彼はきっと自分の歌を聞き届けてくれるだろう。
口元に僅かな笑みを浮かべ、そう思っていた。



「―――シェリル・ノームさん」



トントンとドアを叩く音と共に、スタッフの声が耳に入る。
どうやら時間が来たようだ。
静かに息を整えた後、シェリルは立ち上がった。



「ええ。今行くわ」




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




通路を歩き、歌姫はステージへと向かう。
その姿は気丈であり、堂々としており。
『孤独な少女』とは思えぬ振る舞いで、己の舞台へと進んでいる。
そんな彼女の姿を、霊体化した虚無の英霊―――ランサーが見つめていた。


――――私の歌を、貴方に聴かせたいから。


先程、シェリルはそう言っていた。
彼女の歌は、何度も聴いている。
歌姫と呼ばれるシェリルの歌を聴かぬ日は無い。

円盤に籠められた音源として、電波によって届けられる虚像として、あるいは死者に手向ける鎮魂歌として。
彼女の歌は常にこの耳に捉え、認識している。
例え意識せずとも、この街では日常のように彼女の旋律が聴こえる。

ランサーは、何も感じなかった。
歌は情報として捉えることしか出来ず。
旋律は単なる音として認識することしか出来ず。
紡がれる詩もまた、彼にとっては文字の羅列に等しい。
空虚な男の内なる魂に、歌姫の声が響くことは無い。

それでも、ランサーは歌を無下にすることは無かった。
シェリルの歌を、否定することは無かった。
彼女にとっての心は、歌の中で生まれるのだから。
以前に彼女がそう言っていたからこそ、ランサーはシェリルの歌を聞き逃そうとはしなかった。



(本当に、こわくないのか――――)



交戦から帰還した後に、ランサーはシェリルにそう問うた。
尤も、彼女の答えはまだ聞けていない。
己の本心を明かすこと無く、彼女は質問をはぐらかしたのだから。
本当に、孤独であることを畏れていないのか。
ただ気丈に振る舞い、強がっているだけなのか。
彼女の答えは返ってこなかった。

否、あれこそが彼女にとっての答えだったのかもしれない。
言葉で紡ぐ必要などない。
心は歌で語る。
だからこそ、自分の歌を聞き届けて欲しい。
そういった意図が、あの一言には籠められていたのだろう。
彼女の心は歌に在り、歌が彼女の想いを語るというのだから。

これから紡がれる『新曲』が、ランサーの心に響くかは解らない。
変わらず虚無を抱き続けるか。
あるいは、再び心に触れることが出来るのか。
彼女の歌を聞き届けるまでは、解らない。
だからこそ、耳を傾けるしかない。
彼女の歌に心を見出す為に。
彼女の想いを歌から見出す為に。



――――私の歌を、聴いて頂戴。



答えは、『歌』に求めるのみだ。




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆





ブーン、ブブブン、ブーン、ブブーン、ブーン。


ブン、ブブン、ブブブン、ブンブーン、ブン。




「そろそろかァ!」




走る、走る、走る。
死を運ぶモノがけたたましく走る。
死が笑みを浮かべる。




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




時刻は18時。
舞台上のスポットライトに、明かりが灯される。
始まりの時が来た。
食事や歓談を楽しんでいた客人達は、皆舞台へと視線を向ける。



かつ、かつ、かつ。
足音が、小さく響く。
舞台袖より、歌姫がゆっくりと姿を現す。
待ち焦がれていた者達の視線が釘付けになる。



犬養もまた、歌姫を見つめていた。
ラジオ等で何度歌曲を耳にしたことはある。
だが、こうして直に歌姫を見るのは初めてだった。
ゴッサム・シティが誇る歌姫。
彼女の生の歌唱とは、どれほどのものなのだろうか。
胸の内に期待を込め、犬養は舞台の上に立つ歌姫を見る。


桃色の髪を揺らしながら、歌姫が舞台の中央に立つ。
彼女の視界に広がるのは、テーブルの周囲に座る数百人の観客達。
彼らの視線は等しく歌姫に向けられている。
期待。感激。歓喜。人々の目から様々な感情が見て取れる。

皆、『シェリル・ノーム』の歌を愛しているからこそ。
あんな眼差しで見ているのだ。

しかし、『彼女』を見る者達は、誰も彼女を知らない。
彼らが見ているのは、ゴッサム・シティの歌姫『シェリル・ノーム』なのだ。
それは記憶を失った歌姫が演じてきた、偽りのロールに過ぎない。




なればこそ、彼女は己を示す為に歌う。
今の彼女は、『少女』と共に歌い、そして『少年』に恋い焦がれた、孤独な歌姫。
此処に居るのは、銀河の妖精――――――シェリル・ノームだ。




◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆






ブン、ブン、ブゥーーーーーン。




「アンコクトン・ジツ!」




走る、走る、走る。
そして死の濁流が、溢れ出す。





◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




舞台の上に立つ歌姫が、一礼をする。
先程まで食事をしていた者達は皆等しく、彼女の方へと目を向ける。
ディナーショーの目玉が、ついに始まるのだ。
歌姫のライブによる新曲の発表。
限られた者しか訪れることの出来ない催し。
それ故に彼らは歌姫の歌唱を見届ける。
この貴重な体験を目に焼き付けようと、たった一人の歌姫を真剣に見つめる。



『きみを失えば 光のすべてを世界は手放してしまうだろう』



鍵盤の音色と共に――――歌姫の声が響いた。
観客は聞き惚れるように静まり返る。
歌姫によって、会場が支配される。
同時に、彼らは驚愕する。



『それでも互いの役目 果たしたことが別れなら』



今までの歌姫とは何かが違うのだ。
儚げで、感傷的で、切ない歌声。
それは熱情的な歌姫のイメージとはまるで異なる。
そういった曲であることは、皆が知っていた。
だが、こうして生で直接聴くと――――こうも違うものなのか。



『これでいいよね――――――』



今までの彼女と異なったイメージ。
それ以上の何かが、この歌声には籠められていた。
まるで初めて聴いた曲のような。
まるで彼女の知らない側面を知ったような。
彼らにとっての未知が、其処には在った。




『あの日 わたしは貝がらで
 打ち上げられ きみは砂で
 守るように抱きしめてくれた』



故に観衆達は、歌姫の奏でる歌を聞き届ける。
既存のイメージとは全く違う歌姫の姿を、無言で見つめる。
自分達の知らない歌姫の熱唱を、心に焼き付ける。




『わたしは泣かない 泣いたりしない』




誰もが知らない歌姫の姿が、そこにあった。
大衆が知る『シェリル・ノーム』とは違う姿が。
シェリル・ノームの魂の歌が、此処に響いていた。




『きみの背中を追いかけたりしない』




彼らは知らない。
知る由など在りはしない。
ゴッサムの歌姫『シェリル・ノーム』は偽りのロールプレイに過ぎないということを。
彼女の真の姿は、銀河の妖精シェリル・ノームであるということを。
この街を現実として捉える大衆には、それを言葉で理解することは出来ない。
だからこそ歌姫は、己の魂とも言える『歌』に籠めるのだ。



『見つめたりしない 悲しくはない』



自らの本当の姿を。
銀河の妖精としての意志を。
気丈に振る舞っていた『少女』としての己自身を。
『シェリル・ノーム』の歌に、シェリルとしての想いを込めることで。
彼女は、己の存在を証明する。




『きみの香り 忘れはしない』



そんな彼女の歌に、観客達は聞き惚れていた。
これまでとは異なる彼女の姿に、見惚れていた。
普段のライブの扇情的な熱気とは異なる形での一体感だった。
歌姫が歌い、観客が聴く。
ゴッサムの歌姫ではなく、銀河の妖精としてのシェリル・ノームの歌に、皆が魅了される。

シェリルの中の情熱が、更に膨れ上がる。
此処に居るのは『シェリル・ノーム』ではない。
銀河の妖精であり、一人の少女と共に熱唱した歌手であり、そして少年に恋い焦がれた――――シェリルだ。
この歌によって、シェリルとしての真の姿を示したい。
それが彼女の望みだった。





『愛は泣かない 愛は眠らな―――――――』





次の瞬間。




轟音。
流音。
爆音。
哄笑。




淑やかな場には不釣り合いな不協和音が、響き渡った。
一瞬の間を置いた後、当事者達は『それ』を目の当たりにした。
その場に居た誰もが愕然とする。
歌姫でさえ、言葉を失う。


会場の出入り口付近の壁に、大穴が開いていた。
壁を突き破って穴から溢れ出したのは、漆黒の濁流。
そして濁流と共に姿を現した大型トラックが、猛スピードで会場内へと突撃をする。
唐突な出来事を前に、何十人もの客が理不尽に巻き込まれる。


ある者はトラックに突き飛ばされ、ある者はタイヤに踏み潰され、ある者は足を押し潰され。
絶叫と悲鳴が会場内に響き渡る。
歌姫の歌唱の場が、一瞬で惨劇の舞台へと変貌する。


人間、テーブル、椅子、料理――――あらゆるモノを吹き飛ばしながら、トラックはそのまま舞台の傍の壁へと激突。
キュルキュルとタイヤを回転させ、停止した。
暴走する機獣の停止と共に、会場は再び静まり返る。



「アバッ…アババッ」



壁に激突したトラックの運転席で、運転手の男がエアバッグに包まれて黒い泡を吹いている。
血走った両目の焦点は合っていない。
口元から黒い泡と共に、コールタールのような液体をドクドクと溢れさせる。
そのまま運転手は、がくりと首を垂れさせる。
糸の切れた人形のように、活動を停止する。



「ブンブン、ブブブーン、ブン!到着しました、ってかァ!ヒャハハハハハハハ!」



そして――――――トラックの荷台の上。
心底愉しそうに手を叩いていたのは、黒尽くめの怪人。
戯けるように車のエンジン音を口で真似て、下品な笑い声を上げている。
そんな男の周囲で渦巻いていたのは――――漆黒のタールだった。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




日は沈み、世界は夜の闇に包まれる。
星と見間違える程の光が次々と灯され始める。
数多の自動車が公道を行き交い、人々が虫の群れのように歩道を歩く。
喧噪と雑音が街を包み込んでいる。

大都市であるゴッサム・シティは眠らない。
街は夜にこそ真の姿を曝け出す。
人々の営みの象徴たる猥雑な明かりが灯され。
その光の影で、夜の暗がりに紛れ込むように犯罪者が蠢く。
夜とは闇を晒すものだ。
空の闇を、人の闇を、全てを余す事無く暴き出す。

ビルの屋上から穢れ切った街を見下ろすのは、一人の少女。
茶髪のポニーテールを風に靡かせ、忌々しげに都市を見渡す。
その傍らに立つのは、小さな犬の様な生物。


彼女は、この街が憎かった。
悪に染まり切った薄汚い世界を、忌み嫌っていた。
だからこそ自分は此処に召還されたのだろうと少女は推測する。
罪に肩まで浸かった街を浄化出来るのは自分だけだ。
正義の遂行者である自分こそが、街の闇を駆逐出来る。
そう盲信していた。


少女が視界に捉えたのは、一台の車両だった。
機会の獣のような大型トラックが走行を行っている。
公道であるというのに、信号や車線を意にも介さず。
異様なまでの速度を一向に落とすことも無く。
時には他の車両を突き飛ばし、通行人を轢き。
暴走とも言える疾走を続けている。

少女は、トラックの上に立つ『ソレ』を睨んでいた。
漆黒の闇を体現する様な男が、荷台の上に立っている。
足下にタール状の物体を展開し、木の幹のようにトラックに根を張っている。
あいつが操っているのか。
そう判断した少女は、ギリリと歯軋りを行う。


あれは、自分と同じ――――サーヴァントだ。


あの男が例の『殺人鬼』なのかは解らない。
だが、あのように刹那的な暴走を行っている者がまともな英霊の筈が無い。
十中八九、断罪すべき悪だ。
彼女はそう結論づけた。



「行くよ」



自らの相棒にそう呼びかけ、少女は跳ぶ。
悪の断罪こそが己の使命。
外道には決して、容赦はしない。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆







「ここかァ!シェリル・ノームのライブ会場ってのはよォー!!」



漆黒の殺人鬼―――キャスターのサーヴァント、デスドレインが哄笑する。
無数のアンコクトンを撒き散らしながら、周囲を見渡す。


ハナの自宅を出た後、彼はライブ襲撃の準備を行った。
とにかく派手にやろう、というのが大前提だった。
派手にやらかしてやれば、きっとあの『笑い殺しの犯人』も自分に注目してくれるだろう。
そう思って考え、行き着いたのが「トラックによる突撃」だったのだ。
適当な大型トラックを捕まえ、運転手にアンコクトンを埋め込み、無理矢理従わせる。
そうして彼は公道を爆走し、狂気的な登場をやってのけた。
アンコクトンによって建物の入り口と壁を破壊し、トラックによる会場内への突撃を果たしたのだ。



「貴方、は―――――」
「おぉ、いたいた!ドーモ、シェリル・ノーム=サン!
 あなたをファックしに来ました、キャスターです!へへへへへへへへ!」



唖然とするシェリルに対し、キャスターが下品に嗤う。
そのまま馬鹿に丁寧なアイサツをして、目を細めながらシェリルを見据えた。
まるで『女』として彼女を品定めするように。
性に飢えた卑しい眼差しが、歌姫に向けられる。
シェリルの背筋に、ぞくりと悪寒が走る。
身体が震えて、その場で尻餅を突く。


トラックに巻き込まれなかった人々は、混乱に陥っていた。
突然の事態に慌てふためき、恐怖していた。
何がどうなっているのか。
何故こんなことが起こったのか。
あの黒い男は何なのか。
混乱と動揺が場を支配する。



「オイオイオイオイ、やけに静かだなァ」



眼を細めながら、キャスターは周囲を見渡す。
トラックの突撃によって横転したテーブル、散らばった食事が眼に入る。
無惨にも轢き殺された数多の人間の遺体も視界に映る。
そして、生きている人間達は―――――皆沈黙していた。
恐怖に震え、何一つ喋る事が出来なかった。




「つまんねェな。ライブだろ。もっと盛り上がれよ、なァ?」



ニヤニヤと笑い、両目が三日月のように歪む。
キャスターが口を開く度に、人々はびくりと震え出す。
目の前に居る狂人が何をするのか。
これから何を起こすというのか。
そんな恐怖心が、彼らを黙らせている。
恐怖故に、狂人の些細な一挙一動に怯えている。

キャスターは、そんな彼らの様が―――――愉快で仕方無かった。
「これから自分達はどうなるのか」と恐怖に震える人々の顔が、堪らなく面白かった。
絶望に歪んだ顔を見下しながら徹底的に殺してやるのは、何よりも愉しい。
下衆な笑い声を口元から漏らしながら、キャスターは首をコキコキと鳴らした。



「で、どうすンの?お前ら」



そして、殺人鬼/キャスターが――――ドスの利いた低い声で呟いた。
先程までの気さくな声色とは真逆の、ジゴクめいた一言だった。

どうするのか。そう彼は問うた。
このまま沈黙を続けるのか。
果敢に立ち向かうのか。
それとも逃げ出すのか。
殺されるのか。

歌姫によって支配されていたであろう会場が、たった一人の殺人鬼によって全て引っくり返された。
誰もが殺人鬼に注目している。
誰もが殺人鬼に思考を奪われている。
誰もが殺人鬼を警戒している。
殺人鬼の支配する場を、誰も動くことが出来ない。
故に、沈黙が続く。



沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙。


沈黙――――――――





「う――――うわあああああああああああああああっ!!!!!!!!!」



そして。
緊張と恐怖に耐え切れなくなった数人の客が、逃げ出した。
悲鳴を上げて、その場から走り出す。
そんな彼らを見据えて――――キャスターが、嗤う。



「へへへへへへははははははは!逃げんなよォ!寂しいだろォ!!」



『死の濁流(アンコクトン)』。
無数の黒いコールタール状の物体を自在に操る宝具。
出入り口から逃げようとした者の前に、アンコクトンが立ち塞がる。
トラックによる走行時に入り口付近に撒き散らされたモノだ。
あれは、いわばトラップ。
表から逃げ出そうとした者を捉え、殺す為の―――――罠。


彼らを静止せんと、犬養が声を上げる。
だが、時は既に遅く。
絶叫が響き渡る。
絶望の悲鳴が轟く。


巨大な蛇のようにうねるアンコクトンは数人の客を飲み込む。
黒い触手が、飲み込まれた客の身体を這うように蠢く。
やめろ、嫌だ、助けて。
アンコクトンに包まれた者達が必死の懇願を繰り返す。


しかし、彼らの言葉は届かない。
許しを乞う相手は誰だ。
最低最悪の殺人鬼だ。
狂った悪鬼が、弱者の言葉などを聞き入れるか。
答えは――――――否。


アンコクトンの触手が客人に伸びる。
腕を引き千切り。
足を食い潰し。
大量の血をぶちまけさせ。
口内にアンコクトンを飲み込ませ。
絶望と恐怖に泣き喚かせる。



ものの数秒程度で。
彼らを、跡形も無く喰らい尽くした。



馬鹿に狂った笑いが会場内に轟く。
キャスターがパンパンと何度も手を叩きながら、客達を見据える。
入り口付近で蠢くアンコクトンを見て、誰も動けなくなる。
この場に居る皆が、様々な表情を浮かべる。
絶望の表情。
唖然の表情。
混乱の表情。
焦燥の表情。
恐怖の表情。
華やかなライブは突如として悪夢の現場へと変貌する。
客人達は震え戦く。
彼らを見下ろして、殺人鬼が嘲笑う。



「食い放題だなァオイ!へへへへへへへ!しかも歌姫までいるんだ!
 最高じゃねえかよオイ!エェ!?はははははははは――――――――」




瞬間。
キャスターの身体がトラックの上から吹き飛ばされる。
彼の胴体に一閃の傷が生まれ、血を噴き出す。
突然の事態に、呆気に取られた様な表情を浮かべ。
そのままキャスターは、勢いよく側面の壁に叩き付けられた。


「グ、グワッ…」


壁からズルズルと落ち、床に落下するキャスター。
彼が視線を向けた先には、白い男が立っていた。
骨の様な頭部の飾り。
白尽くめの衣服。
空虚な碧の瞳。
漆黒に包まれた殺人鬼とは真逆だ。
まるで虚無の様な印象を抱かせる男を、キャスターは睨みつけた。



「……下衆が」



白い男―――ランサー、ウルキオラ・シファーがぽつりと呟く。
キャスターをトラックの上から吹き飛ばしたのは彼だった。
シェリルに危害が及ぶ前に瞬時に霊体化。
そのまま『響転』でトラック上のキャスターへと接近。
そして、刀の一撃で切り払う。
それがあの一瞬の顛末だ。
キャスターを吹き飛ばした後、ランサーは床へと降り立つ。


ランサーが事前にキャスターの襲撃を察知出来なかった理由は三つ。
デェムシュとの戦闘で少なくない魔力を使い、帰還後は可能な限り消費を抑えていたこと。
会場内でシェリルの歌を聞き届ける為に霊体化をし、探査回路の精度が落ちていたこと。
そして「人気歌手のライブ会場」という極めて目立つ環境で敵が襲撃してくる可能性は低いだろうと見積もっていたこと。
結果としてランサーは遅れを取る事になった。
そのことを内心で悔やみつつ、彼は敵を見据える。


「ランサー…!」


突如姿を現した自らの従者に、シェリルが声を上げる。
彼女はランサーと殺人鬼を交互に見つめていた。
そして、よろよろと再び殺人鬼のキャスターが立ち上がり。
苛立ったようにランサーを見据えていた、その時。



「裏口から逃げて下さい!表は危険です!」



若い男の声が、会場に響く。
シェリルらは声の主へと目を向ける。
グラスホッパーのリーダー、犬養だ。
犬養の大声を聞き、混乱する民間人達が一瞬だけ止まる。


「皆さんの安全を確保します!その為に我々グラスホッパーの指示に従って下さい!」


その言葉と共に、現場に残っていたグラスホッパーの団員達が動き出す。
彼らが誘導したのは、会場の側面にある扉――――裏口に繋がる通路への入り口。
主にスタッフが使用することになる通り道。
通路に存在するのは主に控え室や機材室等だが、その奥には外部へと出入りする為の裏口が存在している。
グラスホッパーは会場の警備を任され、施設の構造を一通り理解していた。
それ故に裏口へ向かって迷わず誘導することが出来た。

表口は黒いコールタール状の物体が撒き散らされている。
そこから逃げ出そうとすれば、先程逃げようとして殺された客人達のようになるのがオチだ。
これだけの数の客人を決して広くはない通路に誘導することになれば、混乱に陥る可能性もある。
しかし、他に手段は無い。命の保障が無い表口からの脱出よりはマシだ。
だからこそ実行したのだ。


犬養の指示と共に、次々とスタッフ用の通路の入り口へと客人やスタッフ達が流れ込む。
まるで川の本流のように、人々は駆け出す。
とにかく外へと抜け出す為に
この地獄から逃れる為に!




「テメェ、勝手に仕切ってんじゃねえ――――」



苛立ちながらアンコクトンを操ろうとしたキャスター。
しかし彼の前に、瞬時にランサーが立ちはだかる。
ランサーが振るった刃を間一髪で躱しつつ、即座に口から吐き出したアンコクトンを周囲に展開。
そのままアンコクトンによる黒い触手を次々とランサーへと向かわせた。
迫り来る暗黒物質を前に、ランサーは眉一つ動かさずに攻撃を弾いていく。

殺人鬼のサーヴァントは、ランサーが食い止めている。
彼らの戦闘を尻目に、犬養は団員達を指揮して避難誘導を行う。
そして、『歌姫』は。



「シェリル・ノームさん」



犬養は、ぽつりと呟いた。
視線の先にいたのは、未だに舞台の上に立つ歌姫。
「ランサー」という名を呼ぶ瞬間を耳にしたからこそ確信している。
彼女はあの白いサーヴァントのマスターであるということを。
シェリルは、精悍な顔で犬養を見つめる。



「……皆の命、頼んだわよ」



そして、唯一言。
犬養に向けて、歌姫はそう告げた。

客人達の命は、グラスホッパーに任せた――――そう言うことなのだろう。
その代わり、彼女はこの場に残り続ける。
犬養は彼女に再び呼びかけようとするも、思い留まる。
彼女が何を思い、何の為にこの場へと残るのかは解らない。

聖杯戦争のマスターとして戦いを見届けるのか。
あるいは、一人の歌手として此処に残るのか。
答えは解らない。
彼女を詳しく知らない犬養には、知る由も無い。


少なくとも、今の犬養は彼女らと戦うつもりは無かった。
ジンバーアームズという武装を備えているとは言え、相手はサーヴァント。
自分一人ではまず勝ち目は無い。力不足といっていいだろう。
自身の従者であるキャスターを呼び寄せるつもりも、今の所は無かった。
キャスターは陣地でドライバーの製造を続けている。
貴重な令呪を使ってでも呼び出すのは、本当に自らが危機に陥った時のみだ。

そして、客人の命を任されたとなれば。
それを遂行するまでだ。
自分達はグラスホッパー――――市民を護る自警団だ。
この街が偽りの箱庭だとしても、それは決して変わらない。
ならば、自分もまたグラスホッパーのリーダーとして動くのみ。



「解りました」



故に犬養も同じように、唯の一言で返答する。
やがて彼女と相対することになったとしても。
今はただ、一人でも多くの人間を――――――



「アンコクトン・ジツ!イヤーッ!!」



犬養の行動よりも早く、『殺人鬼』が攻撃を放つ。
通路内に我先にと足を踏み入れようとしていた後列の客人数名が。
大蛇のように迫る『漆黒』に飲み込まれた。
ランサーの隙間を通り抜けるように放たれたアンコクトンが、彼らを襲ったのだ。
シェリルが驚愕し、声を上げてランサーを向かわせようとするも―――間に合う筈も無く。
絶叫が轟く。金切り声が響く。
ぐしゃり、ぐしゃりと咀嚼音を発しながら、漆黒が客人を『喰らう』。


キャスターの足下から伸びる大蛇の様なアンコクトンを、ランサーは斬魄刀で切断。
しかし切り落とされたアンコクトンはまるでスライムのように地面へと拡散し、其処から漆黒の触手を伸ばす。


狙うは、自身を抑えんとするランサーではなく。
その先、アンコクトンから奇跡的に逃れて通路へと入る客人達。
そして、彼らの殿を務める犬養らグラスホッパーの団員達。


「イヤーッ!!」


ランサーの斬撃をかろうじて回避しながら、キャスターは漆黒の触手を遠隔操作する。
無数の蔓の様に伸びる触手が、犬養らを捉えんとした―――――!




『――――オレンジ!』
『――――レモンエナジー!』




しかし、迫り来る触手は防がれる。
天上から突如出現した『二つの果実』が、犬養を取り巻き――――客人らに迫った触手を弾いたのだ。

ア?とぽかんとした表情を浮かべるキャスター。
そんな彼の隙を突き、ランサーが至近距離から「虚弾」を連射。
肉体を撃ち抜かれたキャスターが体勢を崩す。


キャスターが食い止められている隙に、果実は犬養の周囲を取り巻く。
そして――――彼の頭部へと勢いよく落下。
犬養の頭部を覆った二つの果実が融合し、彼の肉体を装甲で覆った。




『オレンジアームズ!花道・オンステージ!』
『ジンバーレモン!ハハーッ!』



奇怪な音声と共に、『武装』は完了した。
武者風の黒い甲冑。
陣羽織を思わせる装い。
和を体現する武装が、犬養の身体に装着される。


これぞプロフェッサー凌馬が生み出した超科学武装。
戦極ドライバーとロックシードによって変身する、アーマードライダー。
まだ名も無き戦士が、此処に爆誕したのだ。


真紅の弓が構えられる。
果実の力で生み出される矢を放つ科学兵器、その名をソニックアロー。
地面で蠢くアンコクトンへと向けて、稲妻の如しスピードで矢が放たれる。


衝撃。爆音。そして、破壊。
矢の衝突と衝撃波によって、アンコクトンが四散する。


これが凌馬が生み出したドライバーの力。
科学兵器でありながら、サーヴァントによって生み出された魔術礼装。
相反する二つの特性を持つ武装には神秘が籠っている。
故にサーヴァントの宝具に対処する事も出来る。


アーマードライダーに変身した犬養の扇動と共に、最後尾の客人が通路へと入る。
ソニックアローを構える犬養もまた通路へと下がり、そのまま通路用の出入り口の扉が閉ざされる。
この場に佇む者は、聖杯戦争の参加者のみとなった。


戦場と化したホール。
それでもシェリルは変わらず、舞台の上に立ち続ける。
先程までと同じように。
舞台に立った歌姫として、其処に存在し続ける。


剣を構えたまま後方へと下がったウルキオラが、舞台の近くの床へと降り立つ。
その身には幾つかの喰い千切られた様な傷が生まれている。
それらは超再生能力によって瞬時に塞がったものの、ダメージは確実に蓄積しているだろう。
対するキャスターは――――胴体の一閃を除いて、無傷だ。
否、その胴の傷でさえも黒い液体によって塞がりつつある。



「なンだよお前、さっきから邪魔すんなよ。殺すぞ」



首をコキコキとならし、心底面倒臭そうな物言いでキャスターは呟く。
キャスターの周囲には無数のアンコクトンが蠢き、彼を取り巻く。

キャスター、デスドレインは数々の人間を殺戮してきた殺人狂だ。
数多の罪無き者達を己の快楽の為に殺してきた。
そして同時に、彼の宝具『死の濁流(アンコクトン)』は生命を喰らう事によって増殖を繰り返す。
これが何を意味するのか。
彼が己の快楽のままに殺した数だけアンコクトンは強くなり、キャスターが強化されるということだ。
更にアンコクトンによる捕食で魂喰いも行っていたキャスターは魔力も潤沢。

対するランサーは、開放型宝具を使用した激戦を数時間前に体験していた。
その為に少なくない魔力を消費している。
シェリルの方針から魂喰いも行わず、自然回復によって魔力を蓄えていた。
戦闘直後よりはマシとはいえ、未だ潤沢とは言い切れない。
現状において、有利とは言い難かった。


《逃げろ、マスター。敵は『二人』いる》


ぽつりとランサーが念話で呟く。
今この場に居るのはシェリルとランサーを除けば、あのキャスターのみ。
にも拘らず、ランサーは『敵が二人』と言った。
つまり―――――別の敵が、此処に向かってきている。
あのキャスターの魔力の気配を探知してきたのか。
理由は解らないが、凄まじい速度で迫っている事は確かだった。


僅かな沈黙が、場を包む。
直後にシェリルが念話で答える。


《…いいえ、逃げないわ》


震える足を無理矢理立たせて、凛とした態度で言い切る。
マイクの前に立ったシェリルが見据えるのは、このライブを破壊したキャスター。

彼女にとって、歌は命だった。
歌こそが己の心の表現だった。
そして彼女は、歌う事を愛していた。
歌によって観客と心が一つになる瞬間を好んでいた。
だからこそ、シェリルはキャスターを『敵』として見据える。

大切なライブを踏み躙る者達から逃げるなど、有り得ない。
歌を愛する人々を虐殺した外道におめおめと尻尾を巻くことなど、願い下げだ。
あの殺人鬼はシェリルの心を、そして観客の心を穢したのだ。
故にシェリルははっきりと答える。
「逃げない」と。
彼女は此処に立ち続ける事を、宣言する。



《…そうか》


ランサーは一言、答えた。
己がマスターの意思を汲み、それ以上は何も言わなかった。
彼自身、キャスターには不快感を抱いていたのだから。

己がマスターの『歌』を妨げたキャスターに。
ランサーは、微かな怒りの様なモノを抱いていた。
彼がそれに気付いていたかは、定かではない。
今の彼は、マスターと同じように――――『敵』を見据えるのみだ。



「ヒヒ……アンタは逃げねェの?勇敢だねぇ。それともラリってんのか?」



ニヤニヤと笑みを浮かべながら、キャスターがシェリルへと眼を向ける。
狂っている―――――ああ、その通りだろう。
シェリルは己の異常を自覚する。
命や奇跡を惜しむ事も無く、歌の為に此処に立ち続けているのだから。
それでも、構わない。
狂っていると罵られようと、構わない。
自分の魂は、歌にこそ籠められているのだから。
その生き様こそが、シェリル・ノームの在り方そのものなのだから。
故に彼女は歌い続ける。
たった一人の観客(ランサー)の為に、心を奏でる。



「令呪を以て命じるわ、ランサー」



漆黒のキャスターが、再び暗黒物質を吐き出す。
今度こそ、戦いが始まる。
そう感じたシェリルは、一つの『呪文』を唱える。
未だ万全ではない従者を奮い立たせる為に。
そして、歌を侮辱した敵を全力で倒す為に。
歌姫は、『祈り』の言葉を掛けた。




「『私の歌を、全力で護りなさい』」




右手に隠されていた『令呪』が、輝きを放つ。
直後に白亜の槍兵が、疾風の如く駆け抜ける。
そして己の従者を鼓舞するように、歌姫は再び『歌』を紡ぎ出した。



槍兵の眼は捉えていた。
あの殺人鬼が開けた壁の大穴から、もう一人の敵の姿を見据えていた。
暴風の如く戦場へと迫り来る『狂犬』の姿を。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆







何なんだ、あいつは。
訳が解らない。
あんなのと関わるのは御免だ。
恐ろしい、恐ろしい。


一人の青年が地を這いつくばり、ガクガクと震えていた。
その身を包んでいるのは警察官を思わせる制服。
胸に刻まれている紋章には、蝗が描かれている。
彼はライブ会場外部の入り口付近で警備を行っていたグラスホッパーの団員だ。
会場内へと突撃したトラックから咄嗟に逃れ、辛うじて命拾いをした。


しかし、彼は目撃してしまった。
トラックの上に乗り、狂喜を浮かべる『悪魔』の姿を。
大量の黒い液体を撒き散らす『悪魔』の姿を!


青年は直感した。
アレは、『ヤバい』。
今まで取り締まってきた犯罪者共とは訳が違う。
本物の化物だ。
人間なんかに太刀打ち出来る筈が無い、正真正銘の怪物だ。
今までに感じたことの無い凄まじい殺気を前に、青年の心は完全に折られていた。

そして青年の近くには、一つの死体が転がっている。
胴体と頭部が潰された男の亡骸である。
先程のトラックの突撃に巻き込まれて即死した、グラスホッパーの同僚だ。
同僚の遺体。トラックを駆る悪魔。
二つの『死』を目の当たりにしたことで、青年は錯乱状態に陥っていた。


畜生、何でだ。
グラスホッパーに入れば悪を駆逐出来るんじゃなかったのか。
あんなの、聞いてない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
死にたくない。
早く、この場から逃げないと。
あの悪魔から、逃げなければ―――――


その場から立ち上がり、必死に逃げ出そうとした。
何処へ逃げればいいのか解らない。
ただ此処から離れられればいい。
依頼なんて、警備なんて知ったことではない。
死にたくない――――ここから逃げたい。
そう思って、駆け出した矢先だった。



「――――――え?」



無数の明かりが、青年を照らした。
呆然とした青年が立ち止まり、目の前に広がる光景を愕然と見つめる。



「投降しろ、グラスホッパーの団員」



無機質な声が、耳に入った。
青年の視界に映っていたのは、無数の警察車両。
車両に取り付けられた幾つものライトが青年を脅迫めいて照らし出している。
そして――――車両の前方に立つ数多の武装警官達が、青年に銃を向けていた。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




BAY SIDEのライブホールを、警察部隊が包囲していた。
物々しい警察車両が並び、無数の人員によって構成された特殊部隊が銃器を携える。
まるで立てこもった重罪人を追い詰めるかの様に。
彼らは、会場の入り口付近を取り囲んでいた。

グラスホッパーの団員である青年は、複数人の警官に取り押さえられる。
喚き散らしながら必死に抵抗するも、多勢に無勢だ。
たった一人の青年が、本職の警察官複数名に敵う筈が無い。
そのまま青年は抵抗虚しく、警察の車両へと連行された。


鼻歌が小さく響き渡る。
荘厳で、何処か大袈裟なメロディが静かに奏でられる。
交響曲第五番―――ベートーヴェンの「運命」。
そんな鼻歌を歌う男、スタンスフィールドが警察車両よりのらりくらりと姿を現す。


「ベルトと錠前はあったか?持っていたなら絶対に没収しろ」
「了解です、スタンスフィールド氏」


スタンの言葉を聞き入れた警官は、青年が連行された車両へと向かう。
「グラスホッパーの団員が果物の錠前と奇妙なベルトで変身した」、という情報は既に得ている。
彼らの襲撃を受けたマフィアの構成員からそれを知ったのだから。
故にスタンはその道具に対して最大限の警戒を払う。
とはいえ、もしも彼らが果実を纏って警官に危害でも加えたら――――それこそ『公務執行妨害』だ。
奴らを糾弾する手札として利用出来る。

それにしても、案外とあっさり要求を聞き入れてくれたものだ。
スタンは現場に集った特殊部隊の隊員達を見渡しながら思う。
口では早急だ何だと言っていた警察署長だったが、結局はこういった機会を求めていたのだろう。
特殊部隊出動の要求、賄賂、脅し―――それらは切っ掛けに過ぎない。
署長は求めていたのだろう。
グラスホッパーを潰せる機会を。
それを実行に移してくれる者が現れる機会を。

とはいえ署長はあくまで脅された立場だ。
その気になればスタンに責任を押し付けることも出来るだろう。
それでもスタンが特殊部隊を率いることを望んだのは、グラスホッパーを確実に潰す為だ。
リーダーの犬養は、件の果実の鎧やアサシンの証言からして、マスターである可能性が極めて高い。
敵対者であり、自分達の立場を脅かすであろう犬養を早急に潰すのは悪くない。
聖杯を手にすれば全てが元通りになる。その為に危険な橋を渡るのも時には必要だ。



「スタンスフィールド氏、あれは――――」



警官の一人がスタンに声を掛ける。
スタンは警察が指した方向を目を細めながら見つめる。


扉や壁が突き破られた大穴の先。
床には無数のコールタールの様なものが撒き散らされている。
そしてその奥――――シェリル・ノームのライブが行われていたであろう会場で。
黒い怪物と白い男が相対していた。


(…まるで幻覚だな。ヤクのやりすぎかと自分を疑いたくなる)


交戦を始めた超人達を見て、スタンは内心でごちる。
彼らを目視したことで『ステータス』が見える。
あれがサーヴァントというものなのか。
まさかライブ会場にまで襲撃してくるとは。
スタンは舌打ちをしつつ、現状を把握する。
自身の従者を除いて、実際に目の当たりにするのは初めてだった。
生憎アサシンは連中と戦える程の力は備えていない。
故に直接戦闘は避けなければならない。
スタンはそう思った。


「チームAは此処で待機、チームBは施設周囲の警戒、チームCは裏口前で待ち伏せ!
 バケモノ共は無視しろ!市民の保護とグラスホッパーの拘束が最優先だ!」


スタンの指示と同時に、特殊部隊の警官達が動き出した。
訓練によって研磨された鋭い機動で、複数人の警官が路地を辿って施設の側面へと回り込む。
残る警官達は銃を構え、施設の包囲を続ける。


(予定は狂ったが、まあいい……今頃犬養も市民の保護に奔走しているだろうさ。
 奴が市民を逃がすとすれば、大方あのバケモノの追撃を受ける可能性の低い裏口からだろう)


不敵な笑みを浮かべ、スタンは思考を重ねる。
正面入り口付近にはあの大穴が開いている。
あそこから逃げれば容易いように思われるが、逆だ。
大穴の近辺には黒いコールタール状の液体が撒き散らされている。
目視した限り、あの黒いサーヴァントはコールタール状の液体を操る能力を備えている。
撒き散らされたコールタールを操れる可能性もゼロとは言い切れない。
そんなモノが拡散している大穴から逃がせば、市民に更なる被害が及ぶ可能性が出るだろう。
ならば奴はどうするか。スタッフ用の通路を使わせ、裏口から逃がすだろう。
そうなればこちらとて奴を『確保』しやすいというものだ。


そしてスタンは懐から携帯電話を取り出し、ビデオカメラ機能を起動した。
レンズが向く先は、大穴の向こう側であるライブ用ホール。
カメラが捉えるのは、黒い怪物と白い怪物の超常的な交戦。
そして彼らの後方で歌を奏でる、シェリル・ノームだ。
一つの『情報』として彼らの姿を撮影していた。



(さて、これで犬養を捕まえられれば上々。尤も、最上なのは―――――)


犬養を此処で仕留めること。
この混乱に乗じて、彼の命を奪うこと。
傍で待機させている自殺屋―――アサシンには、それを遂行する力がある。
可能な限り、奴は此処で仕留めておきたい。
面倒な取り調べや拘置を介して隙を伺うよりも、此処で手っ取り早く命を絶つことを優先したかった。
とはいえ事を急いて仕損じては元も子もない。
アサシンを使うのは、奴を暗殺出来る可能性が高いと踏んだ時だ。
スタンは犬養を仕留める為に、淡々と思考を重ねていた。




――――その時だった。





「正義、執行」




凄まじい暴風が、吹き荒んだ。
『風』は待機していた警官を何名か吹き飛ばし、そしてスタンの真横を通り過ぎる。




「正義の名の下――――――」




呆気に取られたスタンは、一瞬ながら『風』の姿を見た。
否―――あれは、風ではない。
凄まじい瞬発力で駆け抜ける少女だった。
少女の顔は憤っていた。
そして、笑っていた。




「貴様ら悪を―――――――――――断罪するッ!!!!」




少女は絶叫の様な宣言と共に、駆け抜けた。
イベント用ホールの大穴へと突撃し、蠢き出した無数のコールタールを振り払い。
一直線に、サーヴァント同士の戦場へと突撃していく。


彼女の笑みの意味を、怒りの意味を、スタンはまだ知らない。
風のように駆け抜けた少女――――バーサーカー『セリュー・ユビキタス』の異常性を、知る由も無かった。



◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




歌姫は己の命を燃やし、歌を奏でる。
虚無は心の在処を求め、歌を護る。
ヒーローは己が成すべき正義を、粛々と遂行する。
捜査官は狡猾に立ち回り、ヒーローを追い詰める。
殺し屋は己が主に従い、標的を仕留める機を伺う。
殺人鬼はただ己の欲望のままに、殺戮する。
狂人は正義への盲信に囚われ、断罪を執行する。
そして―――――



(見つけタぞ、奴の気配……!)



迫る。
第八の役者が。
真紅の風が、宴の場へと迫る。
怒気と憎悪を纏い、紅の騎士が摩天楼を跳躍する。

その名はフェムシンムが一人、デェムシュ。
彼の目的―――それは己に傷を与えたウルキオラへの復讐。
そして、殺戮による憂さ晴らし。
その為に彼はある程度傷を癒した後、飛び出したのだ。
あの白い槍兵の魔力が感じられる方角へ。
BAY SIDEのイベント用ホールへと、突撃を敢行したのだ。



日は落ちた。
されど衆愚の街は眠らない。
歌姫の舞台にて、死の狂宴が幕を開ける。



【UPTOWN BAY SIDE(イベント用ホール)/一日目 夜間】
【シェリル・ノーム@劇場版マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~】
[状態]余命僅か、今のところ病状は比較的落ち着いている
[令呪]残り二画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]豊潤
[思考・状況]
基本:命の限り、歌い続ける。
 1.決して歌を絶やさない。
 2.何かを楽しむ人々への興味(ビートライダーズ、シンデレラプロジェクト等)。
 3.24日まで身体が保ってくれたら嬉しい。
[備考]
※21日の夜間(18時頃)にディナーショー形式のライブを開催します。開催場所はUPTOWN BAY SIDEに建設されたイベント用ホールです。
※22日以降の予定は後続の書き手さんにお任せします。少なくとも24日には大型ライブの開催予定があります。
※ランサー(ウルキオラ)から真紅の騎士(デェムシュ)の情報は聴いています。
※アーマードライダーを視認しました。

【ランサー(ウルキオラ・シファー)@BLEACH】
[状態]単独行動、魔力消費(中)、疲労(小)、令呪によるブースト、再生中
[令呪]『私の歌を全力で守りなさい』
[装備]斬魄刀
[道具]なし
[思考・状況]
基本:「心」をもう一度知る。
 1.シェリルの歌を守る。
 2.監視の不在を確認した後、シェリルの下へと帰還する。
 3.真紅の怪物(デェムシュ)に多大な警戒。
 4.白い怪物(インベス)と極彩色の果実(ヘルヘイムの果実)、キャスター(メディア)の使い魔を警戒。
[備考]
※インベスとヘルヘイムの果実、メディアの使い魔を視認しました。
※シェリルの『新曲』に何か思う所があったかは不明です。
※令呪によるブーストが掛かり、魔力とステータスに有利な補正が与えられている状態です。


【キャスター(デスドレイン)@ニンジャスレイヤー】
[状態]アンコクトン増殖中、昂揚
[装備]メンポ、ニンジャ装束
[道具]ヘルヘイムの果実、ヤモト・コキの指名手配書、血塗れの新聞紙(12/20発行) 壊れた戦極ドライバー、携帯電話
[思考・状況]
基本:自由!
1.殺す。犯す。とにかく全部楽しむ。
2.自由を謳歌しつつ、魂喰いと補食によって己の力を蓄える。
3.イベント用ホールで非道の限りを尽くし、笑い死にさせた奴(ジョーカー)にアプローチする。
4. 一緒に愉しめる仲間が欲しい。いっそハナを教育してみるのも悪くないかもしれない。
5 戦極ドライバーを強奪、または作らせて、ハナに与える
6 この果実を何かに使ってみたい。
7 ガスマスクの男(クロエネン)はいつか殺す。
[備考]
※NPCの魂喰いと殺戮を繰り返し、魔力とアンコクトンを増幅させています。
※ヘルへイムの果実の存在を認識しています。
※アサシン(クロエネン)を視認しました。
※黒影トルーパーの存在を知りました。ベルトで変身することは認識しています。
※ジョーカーに強い興味を持っています。
※スミス(NPC)の連絡先を知りました。
※UPTOWN BAY SIDEで暴走するトラックの姿が目撃されたかもしれません。

【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]正義執行
[装備]コロ
[道具]トンファーガン、十王の裁き、頭の中の爆弾、身体中に仕込まれた武器の数々
[所持金]
[思考・状況]
基本:悪は死ね
1. 悪は殺す
2. 正義を成す
[備考]
※教会の住人にはセリューは、親を殺され銃撃を腕に受けたせいで義手になった女性と認識されています
※聖書の教えを読みましたが、多少内容を記憶したのみで殆ど咀嚼していません
※ジョンガリ・Aと知り合いました。マスターであることには気付いていません

犬養舜二@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]健康、アーマードライダーに変身中
[令呪]残り三画
[装備]スーツ、戦極ドライバー+ゲネシスコア、オレンジロックシード、レモンエナジーロックシード
[道具]携帯電話
[所持金]大量に有していると思われる
[思考・状況]
基本:聖杯戦争と言う試練を乗り越える
1 現状の事態を収拾する。
2 敵主従や犯罪者、強力なインベスの襲撃には極力警戒
3 解っていたが、凌馬は油断できない
4 あと、趣味が悪いのかも知れない
5 魔術を操るキャスターに対抗できるマスターと同盟を組みたい
6 殺人鬼のサーヴァントに警戒
[備考]
※凌馬からゲネシスドライバーを制作して貰う予定です。これについては、異論はないです
※原作に登場したエナジーロックシードから選ばれるかもしれません。何が選ばれるかは、後続の書き手様に一任します
※もしかしたら、自分達が聖杯戦争参加者であると睨まれているのが解っているかもしれません
※凌馬が提起した、凌馬と生前かかわりのあった四人を警戒する予定です
※キルプロセスについての知識を得ました
※倉庫を襲ったキャスター(メディア)の手口を女性的だと考えています
※現在グラスホッパーの主力ロックシードはマツボックリです。
時間経過に従ってオレンジ、バナナ、ブドウ等といったクラスAのロックシードに更新する予定です
またパインやマンゴー、ウォーターメロン等のロックシードも少数配備する予定です
※UPTOWN BAY SIDEでのシェリルのライブに警備員としてグラスホッパーの団員を派遣しています。
 犬養もまた来賓として招かれてます。
※シェリルがマスターであることを知りました。
※アーマードライダーに変身しています。外見は黒基調の鎧武ジンバーレモンアームズです。


【UPTOWN BAY SIDE(イベント用ホール前)/一日目 夜間】
【ノーマン・スタンスフィールド@レオン】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]S&W M629(6/6)
[道具]拳銃の予備弾薬、カプセル状の麻薬複数
[所持金]現金数万程度、クレジットカード
[思考・状況]
基本:生還。聖杯の力で人生を取り戻す。
1.混乱に乗じて犬養を殺害、あるいは逮捕する。
2.麻薬捜査官としての立場、裏社会との繋がりは最大限利用する。
3.「果実の鎧」「サーヴァントの殺人鬼」に極力警戒。
[備考]
※自身と繋がりを持つマフィアが何者かによって壊滅しています。
※ランサー(ウルキオラ)とキャスター(デスドレイン)の交戦、およびシェリル・ノームを撮影しました。

【アサシン(鯨)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]健康、霊体化中、気配遮断
[装備]眼帯
[道具]『罪と罰』
[思考・状況]
基本:マスターの『依頼』を完遂する。
1.マスターの指示を待ち、犬養を殺す。
[備考]
※生前の記憶からグラスホッパーについて知っています。


【UPTOWN BAY SIDE/一日目 夜間】
【デェムシュ@仮面ライダー鎧武】
[状態]左胸に刺傷(小)、全身にダメージ(微)
[装備]両手剣(シュイム)
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:破壊と殺戮。
1.魔力の気配を追跡し、皆殺しにする。
2.蛇(サガラ)に嫌悪感。
[備考]
※サーヴァント同様に霊核と魔力の肉体を持つ存在であり、霊体化が可能です。
※ウォッチャーからのバックアップによって魔力切れの概念は存在しませんが、
魔力による負傷の治癒は他のサーヴァントと同様時間を掛ける必要があります。


※警察の特殊部隊がBAY SIDEのイベント用ホールの施設を包囲しています。
現場で警備をしていたグラスホッパーの団員を何名か拘束しています。




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022Raging Spirit ランサー(ウルキオラ・シファー)
デェムシュ
024:イット・メイ・ビー・シビア・トゥ・セイ・インガオホー キャスター(デスドレイン)
026:Justice League 犬養舜二
ノーマン・スタンスフィールド
アサシン(鯨)
030:Dead Man’s reQuiem バーサーカー(セリュー・ユビキタス)

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最終更新:2016年04月15日 22:10