先に仕掛けたのはセイバーのサーヴァント、グリムジョーだった。
召喚されて以来ようやく出会えたサーヴァントを斬殺せんと、足を踏みしめていたコンクリートが陥没するほどの勢いで正面から迫った。
猛獣の牙の如き速さ、鋭さを以って繰り出された斬魄刀の一閃はしかし、女の細剣(レイピア)によってその軌道を逸らされた。
ランサーのサーヴァント、
エスデス。彼女は死神すら退けんばかりの暴威を前にしても妖艶な笑みを浮かべたままセイバーの斬撃を容易く受け流す。
「どうした、温すぎるぞ」
「ハッ―――――」
瞬間、グリムジョーの姿が消失。
破面が誇る高速移動術、響転(ソニード)によってエスデスの背後を取る。
「―――――テメエがな!!」
速さとは時に何にも勝る武器になる。一瞬の対応が生死を分けるサーヴァント戦ならば尚の事。
勝利を確信した斬魄刀の剣閃が女を断ち切る。
「そうかな?」
「何っ!?」
―――――ことはなかった。
エスデスは咄嗟に背後にレイピアを突き出し必殺であったはずのグリムジョーの一撃を凌いでみせた。
そればかりかそのまま息をもつかせぬ連撃でグリムジョーを押し返した。
「まるで獣だな。調教しがいがある」
「テメエ……」
「そう睨むな。実際素晴らしいスピードだったぞ。
しかしフェイントも何もない単調な剣捌きに大人しく斬られてやるほど私は安い女ではない。
それが全力なら最優を誇るべき剣士(セイバー)の名が泣くぞ?」
「うるせえ、この霊基(うつわ)が窮屈なんだよ。俺にはな」
グリムジョーはかつて最強の頂きに上ろうと貪欲に強さを求め続けた。
その方向性は基本性能(スペック)や固有能力の向上に集約され、最終的に彼は十刃の中でも六位にまで昇りつめた。
だがグリムジョーが求めた強さの方向性は、端的に言って聖杯戦争のシステムとは相性が悪かった。
聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは元になる英霊本体をクラスという器、ないしは側面に当てはめられる。
故にどんな大英雄であろうともその能力の全てを与えられたクラスで十全に発揮することは不可能に近い。
わかりやすく言えばクラスに当てはめるためにスペックの削減が行われるのだ。
グリムジョーもその例に漏れず、
レヴィのマスター適性の低さも相まって生前と比べ大幅な弱体化を余儀なくされている。
その上常に魔力残量に気を遣って立ち回らなければならないサーヴァントの身の上は酷く苛立たしい。
相対するエスデスも同様の制約を受けているのだが、グリムジョーに比べればその度合は遥かに小さい。
元になった英霊の基本性能そのものがグリムジョーよりも低いためだ。
それにエスデスは元々帝国の将軍であり、与えられた条件、課せられた環境で任務を成し遂げるのは生前から何度もしてきたことだ。
また元々圧倒的力を持つ人外の虚(ホロウ)であるグリムジョーと違い純粋な人間であるエスデスは対人戦闘の技術においてグリムジョーに優越していた。
彼女が生きた世界、時代には超級危険種をはじめとした人間を遥かに超えるような存在やエスデスに膂力で勝る武人がいくらでもいた。
その中にあってエスデスが帝国最強の名を得たのは、剣技の研鑽を重ね帝具の運用に創意工夫を凝らし続けてきたからだ。
破面のような人智を超える力を持たない人間だからこそ磨かれるスキルがある。
互いのスペックがある程度均質化される聖杯戦争の舞台上においては、エスデスに些かのアドバンテージがあった。
グリムジョーがエスデスを指差すと、指先に魔力が集中しはじめた。
それを見たエスデスは遠距離攻撃を仕掛けてくると即断、自らも魔力を練る。
一瞬の間を開けてグリムジョーの指先から破滅の閃光、虚閃(セロ)が放たれる。
サーヴァント一体を消し炭に変えるに十分な閃光はしかし、空中に形成された一本の氷槍によって相殺された。
全力でないにせよ虚閃を防がれたグリムジョーに焦りはない。
虚閃と氷槍の衝突によって互いの視覚が遮られた一瞬を好機と見做し、再度響転によって背後を取った。
探査回路(ペスキス)を持つグリムジョーにとって視界の悪さなどさして問題ではない。
「発想は悪くないが、やはり安直だ」
「チイ……!」
今度は振り向くことも、剣を背後に向けることさえもしなかった。
絶妙のタイミングでエスデスの背中に出現した氷の壁によって斬魄刀がしっかりと止められていたのだ。
グリムジョーほどの上級サーヴァントであっても攻撃の際に生じる隙は完全に消し去れるものではない。
ノーモーションで相手の斬撃を防いだエスデスは渾身の力でグリムジョーを袈裟斬りに切り捨てた。
(―――――硬い!?)
「生っちょろい剣だなおい!」
―――――そうなる筈だった。
だが、異様に堅固な皮膚に阻まれ刃がほとんど通らない。
攻撃の際に生じる隙は消せない―――それはエスデスに対しても当てはまる。
意表を突かれた一瞬の隙を見逃さず、再びグリムジョーが斬魄刀を振るう。
咄嗟にバックステップで直撃を避けたエスデスだが、完全には回避できず左腕から鮮血が流れ落ちる。
対するグリムジョーも胸からほんの僅かに出血していた。
「やるではないか。硬質な肉体とは壊し甲斐がある」
「馬鹿が、テメエ如きに二度目なんぞくれてやるかよ」
「ならば精々がっかりさせないでほしいものだ。ようやく身体が暖まってきたところなのでな」
「氷結系の使い手がほざきやがる」
聖杯戦争は未だ序盤。互いに手札をいくつも隠し持っていることを承知している。
軽口の応酬を交わしながらも、次にどの札を切るのか、どこまで切るのかを思案する。
(おいセイバー、お楽しみのとこ悪いがちょっと戻ってこい!)
ギアを一段階引き上げようとしていたグリムジョーにレヴィからの念話が届く。
何とタイミングの悪いことか。
(あ?サーヴァントでも来やがったのか?)
(違え。あれは……多分だがNPCだ)
(NPCが喧嘩吹っ掛けてきたぐらいなら何とかできんだろ)
(ただのNPCだったら助けなんか呼ばねえよ!
ちっくしょうまだ追ってきやがる、ここはカートゥーンの世界じゃねえんだぞ!)
今ひとつ状況がわからないが、レヴィがただならぬ事態に陥っているらしいことは間違いなさそうだ。
あの跳ねっ返りな女が大した理由もなくサーヴァントに助けを乞うはずはない。
となると火急の事態であることは間違いなく、すぐに引き返さねばならないのだが目の前にサーヴァントがいる以上そう上手くは行かない。
そう思っているとエスデスが些か不機嫌な様子で構えを解いた。
「その様子だとマスターに何かあったんじゃないか?奇遇なことにこちらもだ。
行くがいい。お互いマスターを失っての消滅は避けたいだろう?」
「チッ、おい女。俺に殺されるまで死ぬんじゃねえぞ」
「その台詞は自分自身によく言って聞かせておくことだな」
ちょうど同時、エスデスにも志々雄から念話で帰還命令が下っていた。
何でも例のグラスホッパーが堂々とアジトに乗り込んできたらしく、念のため戻ってこいとのことだ。
最悪の事態になれば令呪も使うと言われれば素直に戻るしかない。
志々雄にそこまで言わせるのならそれなりに危険な状況であることは疑いないからだ。
「グラスホッパーか…少しは楽しませてくれると良いのだがな」
▲
「糞があっ!ちったあ痛がれよ!!」
時を僅かに遡る。
カミキリインベスに遭遇し、運悪く発見されたレヴィは交戦しつつ隙を伺って逃げる判断を下した。
拙い手つきで発射されたリボルバー弾を躱し、二丁のソード・カトラスから9mmパラベラム弾を次々と叩き込んでやった。
―――が、まるで堪える様子がない。
そもそも間違いなく皮膚に命中したはずの弾丸が突き刺さることすらなく、パラパラと力なく地面に落ちていくではないか。
冗談のような光景だった。少なくともレヴィの目にはこの怪物が何がしかの超能力を行使したようには見受けられなかった。
つまり、純粋に銃弾を全く受け付けないほど堅牢な肉体構造であるというわけだ。
そんな相手にソード・カトラス二丁だけで生身の人間が立ち向かうなど無謀と呼ぶしかない。
レヴィは即座に踵を返して逃走に専念することにした。当然カミキリインベスが見送ってくれるはずもない。
怪物になって時間が経ったために使い方を忘れたのかカミキリインベスはリボルバーを放り捨てると奇声を発してレヴィを追跡しはじめた。
もし追ってくる怪物がセイバーが倒した個体と同類だとすれば、それは即ちサーヴァントの眷属ということになる。
サーヴァント本体でないとはいえ、サーヴァントから生まれ落ちた超常存在を相手に人間に過ぎない自分が太刀打ちなど出来るはずがない。
だからこうして逃げまわる羽目になったとしても仕方のないことだ。レヴィはそう結論づけた。
「だが目玉ぶち抜きゃ時間稼ぎぐらいにはなるだろ……!」
たまたま見つけたコンテナを遮蔽物に追ってくるインベスの様子を見つつ弾をリロードする。
如何に怪物と言えども眼球を撃ち抜かれれば即死させることはできずとも視界は奪えるはず。そうだと思いたい。
しかし機敏に動く人間大の目標の、さらに眼球部分を狙い撃つのはレヴィにとっても難易度の高いミッションだ。
だがやるしかない。腹を括って飛び出そうとした。
「……っ!?」
殺気。あるいは死の予感、とでも形容すべきだろうか。
肌がざわつくような寒気を覚えた時、インベスの目が怪しく光り妙に長い触覚がうねうねと動き出した。
理屈ではなく直感に従い咄嗟にその場に屈んだ。次の瞬間、伸びてきた触覚が高圧の水流カッターのように遮蔽物にしていたコンテナを断ち切った。
「おいおいおいおいおい、冗談じゃねえぞ……」
このまま留まっていても遮蔽物ごと切り捨てられて殺される。そう悟ったレヴィは超人的な脚力で再び逃走を開始した。
インベスは今も触覚を不気味に動かし、時折レヴィ目掛けて伸びる触覚で攻撃を仕掛けてくる。それも一本ではなく、複数本同時に斬りかかってくることもある。
常人ならとうに身体を真っ二つに裂かれて死んでいるところだが、レヴィは奇跡的に無傷で凌ぎ続けていた。
「こんの、糞化物がっ!!」
ソード・カトラスが火を吹き銃弾がインベスの両目へと進撃する。
だが、届かない。弾切れまで撃ち続けた9mmパラベラム弾の全てが俊敏に動く触覚によって迎撃され払い落とされたのだ。
急所への守りも完璧とはもう笑うしかない状況だ。意地でも笑わないが。
「そこまでだ怪物!!」
『マツボックリスパーキング!』
その時、ふざけた機械音声とともに上から人影らしきものがインベス目掛けて襲いかかっていった。
先端が発光している長柄の得物で落下エネルギーを乗せつつ一回、地面に着地して二回、三回とインベスを切りつけ派手に吹き飛ばした。
「……何じゃありゃあ?」
現実感のない出来事の連続に目を丸くするレヴィの目の前にいるのは槍を携えた鎧の騎士だった。尤もこの場にロックこと岡島緑郎がいれば「鎧武者だ!」というリアクションをしただろうが。
レヴィの窮地を救ったのはたまたま
ヘルヘイムの実の収穫しに来たグラスホッパーの団員だった。
戦極ドライバーによって変身した黒影トルーパーの力でカミキリインベスへ奇襲を仕掛けたのだ。
マツボックリアームズで繰り出せる最大火力を叩きつけられたカミキリインベスだが、覚束ない足取りながら再び立ち上がってみせた。
「ちっ、やっぱりこいつじゃ力不足か……だったら!」
黒影に変身している男は何度かインベスと交戦した経験があり、ずんぐりとした初級インベスならともかく成長し様々な特徴を持った上級インベスを相手にするにはマツボックリではやや不足であることを経験上知っていた。
ならばと授かったばかりの新型の錠前、バナナロックシードを起動した。
『バナナ』『ロックオン!』
「はぁっ!?バ、バナナ……バナナ!?」
レヴィの目に信じられないものが映った。
黒影の鎧が消えたかと思うと、空にファスナーが開きそこから巨大なバナナが降りてきたのだ。レヴィ自身何を言っているのかわからないがそうとしか表現しようがないのだ。
降りてきたバナナを頭から被った黒影は悠然とインベスへ歩みを進める。
『バナナアームズ!ナイトオブスピアー!』
カッティングブレードを倒し、新たな鎧を装着した男はこれまで以上の万能感に酔った。
アーマードライダーへの変身が可能なロックシードとしては最低ランクのマツボックリからクラスAのバナナへと乗り換えたのだ。
引き出される力は段違いのものがあり、早速その力を試すために絶好の得物へと躍りかかった。
「そらそらそらぁっ!!」
馬上槍(ランス)型の専用アームズウェポン、バナスピアーで弱ったカミキリインベスへ次々と攻撃を叩き込んでいく。
薙ぎ払いで切りつけ、肩口に槍を深々と突き刺し、蹴りを入れながら引き抜いた。
銃弾を浴びてもビクともしなかった化け物があっさりと追いつめられていく有り様を見てレヴィは絶句した。
サーヴァントが同じことをしたというのならまだ理解はできる。
しかし変身した男は少なくともサーヴァントでは有り得ず、マスターなのかどうかもわからない。
そんな取るに足らない存在が人智を超えた力を有する怪物を、それ以上の力で蹂躙している。
自分はおろかあのバラライカであっても生身で同じ真似は到底不可能だろう。
追い詰められたインベスは生存本能からか残された力を振り絞り、何本もの触覚を操作し黒影を追い払おうとする。
インベスの最後の抵抗を見た黒影は仮面の下で傲岸な笑みを浮かべながらカッティングブレードを一回倒した。必殺技の起動だ。
「消し飛べ!」
『バナナスカッシュ!』
バナスピアーがバナナの形状をした黄色のエネルギーを纏い肥大化、迫り来る触覚へ横薙ぎの一閃を振るうとともにインベスの触覚を全て焼き切りこの世から消滅させた。
まだ黒影の攻撃は終わらない。一度身体を捻り一回転すると再びエネルギーを纏った槍でインベスの胴体を切り裂き真っ二つにした。
かつてチャカだったインベスは断末魔を上げながら爆散した。
「あいつ、マスターか?」
物陰から様子を窺っていたレヴィがまず考えたのは闖入者の鎧の戦士はマスターではないのか、ということだった。
NPCが超常的な能力を行使できるわけはないので、この推論はもっともではあった。
聖杯戦争のプレイヤーにはあれほどの力を振るう者がいるのか?理不尽といえば理不尽だが理解できなくはない。
「おい姉ちゃん、大丈夫……お、お前は!?」
「やべっ!」
名うての殺し屋であるレヴィはゴッサムでも広く知られており、裏社会から足を洗う形でグラスホッパーに入団した男も例外ではなかった。
レヴィから黒影に変身している男の顔は仮面に遮られて見えないが、殺気と、そしていくらかの劣情を向けられていることはわかった。
「ハッ、あの『二挺拳銃(トゥーハンド)』の首を持ち帰ったとなれば俺も犬養さんの親衛隊に抜擢されるかもしれねえなあ」
「あ?犬養、だと?てめえまさかグラスホッパーか?」
「そうさ!犬養さんはこの街で燻ってた俺にチャンスと力をくれたのさ!
ま、このベルトを開発したのはあの人がスカウトしたプロフェッサーなんだが、そんなことはどうでもいい。
今の俺は怪物どもとお前ら屑を一匹残らず退治する英雄(ヒーロー)ってわけだ!!」
「随分三下臭えヒーローがいたもんだな、おい」
黒影がバナスピアーを構えてじりじりと近づいてくる。一気に迫らないのは舐められているということか。
後退しつつ抜き打ちでソード・カトラスを連射。全てがヘッドショット狙い、全てが過たず頭部に命中した。
だが現実はどこまでも非情だ。何発もの銃弾を頭部にまともに受けたにも関わらず黒影の仮面には傷一つつかず、どころか怯みすらしない。
ならばと今度は鎧の隙間にあたるライドウェア部分を狙って銃撃。
そこならば鎧よりは脆いはず、というレヴィの読みそのものは正しかった。正しかったがそれは銃弾が黒影の肉体を貫いてくれることとイコールではない。
確かにライドウェアはアーマー部分に比べれば防御力は劣るが、劣るというだけで多少の攻撃なら通さない程度の耐久性はあるのだ。
9mmパラベラム弾はライドウェアに阻まれパラパラと力なく地面に落ちていった。
さしものレヴィも段々と心が絶望に侵食されていく。まるで打つ手が見出だせない。
「諦めろよ。そんな玩具で何ができる?」
舌打ちして、全力疾走で黒影から離れる。
悔しいが奴の言う通り。ソード・カトラス程度の装備で太刀打ちできる相手ではない。
しかも怪物と違い理性があり、頭部も仮面で覆われているため目潰しも効きそうにない。
奴を倒そうと思えば最低でも対物銃(アンチマテリアルライフル)のような大口径の弾丸を発射できる重火器が必要になるだろう。
レヴィは自らの俊足と反射神経に強い自信を持っていた。
あれほど重厚な鎧を纏っているならそうそう追いつくことなど出来ないはず。そう考えての逃走だった。
だがレヴィの予想に反して黒影は長大な槍を持ちながらにしてオリンピック選手並の走力を発揮、引き離されずについてくるではないか。
一体どういう理屈であれほどの重装備を身に着けた男が自分に追随できるほど速く走れるのか。疑問は尽きないが現状打つ手がないことだけは確かだ。
こうなればもう出来ることは一つしかない。セイバーを呼ぶのだ。
(おいセイバー、お楽しみのとこ悪いが戻ってこい!)
(あ?サーヴァントでも来やがったのか?)
(違え。あれは……多分だがNPCだ)
(NPCが喧嘩吹っ掛けてきたぐらいなら何とかできんだろ)
(ただのNPCだったら助けなんか呼ばねえよ!
ちっくしょうまだ追ってきやがる、ここはカートゥーンの世界じゃねえんだぞ!)
ほぼ一方的に念話を切って再び逃走に専念する。
後はセイバーが早くマスターとサーヴァントを繋ぐレイラインとやらを辿って合流してくれることを祈るしかない。神に祈るよりはまだしも分の良い賭けだろう。
四度目の路地のコーナーを曲がりしばらく走った後一旦後ろを振り返った。だがそこに黒影はいなかった。
(何だ……?今ので撒けたなんてことはある筈がねえ。じゃあどこに行った?)
キョロキョロと周囲を警戒しながら少しづつ後退、全神経を集中する。
十秒、あるいは二十秒経った時か。ふとある事に気がついた。
最初に奴が怪物に襲いかかった時、あいつはどこから現れたのだったか――――――?
ふと、肩に強烈な悪寒が走った。本能に従い、その場から横っ飛びに転がった。
ほぼ同時につい今しがたレヴィがいた場所に轟音と共に極小規模のクレーターを作った黒影の姿があった。
「お、さすがは『二挺拳銃(トゥーハンド)』。中々良い勘してるじゃねえか」
「てめえ、どんな手品使いやがった?」
そう、最初に現れた時といい今といい黒影は明らかに上空、ないし建物の屋根や屋上から奇襲を仕掛けてきていた。
どうやって短時間にそんな真似を為し得たのか、レヴィの誰何も当然だった。
問われた黒影は得意気に上を指差して答えた。
「はは、種も仕掛けもない。俺はただ普通に建物に飛び乗って普通に飛び降りてきただけさ」
「笑えねえな。冗談はてめえの存在だけにしとけよ」
アーマードライダーのジャンプ力はアームズによる性能差こそあるが基本的に二十メートルを優に超える。
よって家屋や小規模のビル程度なら一飛びで飛び乗ることができるのだ。
レヴィはそこまでのことを知っているわけではないが、黒影の前では容易く逃げられないことも悟りつつあった。
だが諦めるわけにはいかない。それにセイバーさえ合流すればこんな奴など一捻りのはずだ。
来た道を引き返すようにして逃げ出し―――次の瞬間には黒影に抜き去られていた。
「――――――は?」
顔面に衝撃が走り、次の瞬間にはレヴィの身体が宙を舞いコンクリートの壁に激突した。
黒影にとっては左手で軽く殴っただけだが、アーマードライダーのパワーならそれだけで人間を吹き飛ばすに足るのだ。
もし勢いをつけて全力で殴っていれば今頃レヴィの頭はトマトのように潰れていたことは間違いない。
黒影は最初からレヴィを勝敗を競う相手とは認識していなかった。
彼からすればアーマードライダーではないレヴィは狩りの得物、あるいは好き勝手に弄り壊せる玩具でしかなかった。
レヴィが逃走してもすぐに追いつかなかったのもわざと手を抜いたからだ。変身した黒影は百メートルを五秒台で走り抜けるほどの走力がある。
つまり黒影に遭遇した時点で既にレヴィは詰んでいたのだ。
「はは、歴戦の殺し屋もこの俺にかかっちゃガキ同然だなあ」
頭部を強打しぐったりと動かなくなったレヴィに、仮面の下で下卑た笑いを浮かべながらゆっくりと近づく黒影。さて、この社会のダニをどうしてくれようかと暫し思案に耽る。
このまま一度犯した上で殺すという欲求に身を任せてしまいたいところではあるが、今は任務中だ。仲間に見つかれば不味いことになるだろう。第一怪物が闊歩するこの街で無防備な姿を晒すのは避けるべきだ。
かといってこの女をみすみす手放すのも惜しい。何とかしてもっともらしい理由をつけられないものか。
「…いや、待てよ。外が駄目なら中だよな」
閃いた。この女をグラスホッパーの拠点に連行し、尋問と称すれば公然と好き勝手に出来るのではないか?
何しろ自分は果実の錠前を他の団員に先駆けて与えられたエースであり、この女を発見した功績もある。そのぐらいの裁量は与えられるはずだ。
社会に何の貢献もしない屑に情けをかける者も同僚にはまずいまい。何よりグラスホッパーの活動拠点ならこの街のどこよりも安全ときた。
「よし、そうと決まれば即行動だ」
左手でバナスピアーを広い右手でレヴィを担ぎ上げ、駐車していたバンの下まで向かう。
とはいえ一般市民に見つかると外聞が悪いので建物の屋根伝いに移動し、慎重に行くことにした。
この後やってくる展開に頬を緩ませる。ちょうどその時――――――
「おい、俺のマスターに何してやがる、ドクズが」
――――――有り得ない声が聞こえ、横腹に有り得ない衝撃が走った。
▲
志々雄真実にその報告が齎されたのは従者のエスデスが姿を消してから約十五分後のことであった。
聖杯戦争のマスター捜索に振り分けた構成員とは別に、WEST CHELSEA HILLに配置していた見張り役からの連絡だった。
MID TOWN方面からグラスホッパーの団員が乗った黒塗りのバンが二台続けて橋を渡ってCHINA BASINの方向へ走っている、との事だ。
とうとう来るべき者が来たか。報告を受けた志々雄に驚きはなかった。
「おい方治、バッタ共がついにここを嗅ぎつけたらしいぞ」
「そのようですな。…全く浅はかな、誘き寄せられているとも知らずに」
志々雄率いるマフィアグループはサーヴァントの力までも動員して急速な勢力拡大を図っていた。
同時に銃火器の調達も急ピッチで進めており、短期間のうちに裏社会で最も強大かつ有名な組織になるに至った。
言い換えれば彼らの行動の痕跡はそこかしこに残されており、犯罪組織を撲滅して回っているグラスホッパーがいずれアジトを嗅ぎつけ征伐に乗り出すことは当然の帰結と言える。
何しろ志々雄一派の動きは裏社会に属する者としては非常に大々的であり、武器や物資の密輸などの情報を表の企業であるユグドラシル・コーポレーションでさえ察知できるほどである。
数々の勢力がグラスホッパーに潰されたという事実を勘案すれば彼らに見つからぬよう地下に潜るのも選択肢として有り得ただろうが、志々雄は敢えて違う選択をした。
逆に特定の地区にドッシリとアジトを構え、正面からグラスホッパーを迎え撃つ計画を方治に立てさせていた。いくら表向きの貿易会社としての顔を偽装したとていずれ実態を嗅ぎつけられるのは自明の理だ。
国盗りを推し進めるなら最終的にグラスホッパーと衝突することは避け得ない。故にどこかで彼らと自分たちの彼我の戦力差を推し量る必要があった。
「方治、すぐに兵隊を集めろ。偵察に出してた連中もすぐ戻れる奴はこっちに戻せ。
他の地区まで出向いた奴らにはそのまま他のマスターを探させる」
「はっ」
志々雄の暫定的な本拠地ということもあって、現在この事務所には三十人近くもの構成員が詰めている。
そこに偵察に出ている者もかき集めれば三十五人程度の兵力にはなる計算だ。
また装備に関しても潤沢であり、ベネリM3アサルトショットガンやM4カービンアサルトライフル、MP5サブマシンガンなどを幹部クラスはもちろん末端レベルにまで分配している。
無論これらを屋内で使えば跳弾のリスクが高いため、多くの兵隊は外に布陣させてグラスホッパーを迎撃することになる。
普通なら往来の真ん中で銃撃戦など繰り広げようものなら警察が駆けつけてくる事態となるが、これに関しても予め手を打っていた。
このゴッサムは悪徳が蔓延る街。警察官らに高価な「貢物」を贈ることによってこのCHINA BASINは一種の治外法権(アンタッチャブル)のような状態となっており、よほどの事態が起こらない限り公権力の介入はない。
警察の方でも志々雄の快進撃は知るところとなっており、不可解なまでの圧倒的武力を万が一にでも振り向けられる可能性を恐れている、という面もあるのだが。
全ては他のサーヴァントや、サーヴァントの後押しを受けていると思われるグラスホッパーの襲撃に備えてのことだった。
「しかし聖杯戦争にサーヴァント、ですか……。未だに信じ難い話ですがこの目で見た以上は否定することも出来ない。
それにそのような超常現象が存在するとでも考えない限り果実を纏うなどという荒唐無稽な話に説明がつけられません。
ランサー殿が不在の今、最善を尽くしたとはいえどれほど奴等に抗し得るものか……」
「ま、ランサー抜きじゃあ分は良くねえだろうさ。サーヴァントを使えば普通の人間には敵なしってのは俺が体現してきたことだが今はバッタ共も間接的だがサーヴァントの力を利用している。
念のためランサーにはもう連絡してある。奴が戻ってくれば一網打尽だが…その前にこの時代の兵器が果実を纏う武者共にどれだけ通用するか見ておくとするか」
志々雄は組織の人員の中で方治に対してだけは聖杯戦争の存在を打ち明けていた。
現実主義な彼は当初は流石に志々雄の正気を疑っていたが、一度エスデスを伴った他組織への侵略行為を見せれば信じざるを得なかった。
そもそも国盗りの先には当然聖杯獲得という目的があり、であれば聖杯戦争を勝ち抜くに適した組織作りを推し進めるために組織運営を担う方治に知らせておくのは志々雄にとって極めて当然の行為だった。
「これまでに集まった果実の鎧武者についてわかっているのは生半可な威力の銃弾を一切受け付けない頑強さ、人の領域を上回る運動能力、そしてそれら力の源はベルトとベルトに差し込む錠前にある、ということです。
恐らくベルトの基幹部分を破壊すれば無力化できるはずであり、特に近接距離での散弾は大変有効だと思われますが実戦において人間大の目標のベルト部分だけを狙うことはやはり困難でしょう。
故に奴等のアーマーを突破する装備として今朝方少佐の組織から搬入された対物ライフル、旧式ながら大口径の対戦車ライフル並びにガトリングガンを投入致します」
「いいぜ。お前の好きに指揮してみろ。ランサーが戻るまでの余興と思って俺は見物人に徹するさ。
奴等は人を超えた力が手に入ったと思って驕っているからな。必ず正面突破に拘るはずだ」
▲
グラスホッパーの実働部隊たる彼らに与えられた任務は最近急激に勢力を増している武装勢力の一掃だった。
彼らの首魁である全身に包帯を巻いた日本人の男が潜伏するアジトをついに突き止めたのだ。
今回も楽勝に社会の屑を一掃してやる。意気軒昂にそう語る他の団員と異なり指揮官の青年だけは些かの懸念を抱いていた。
今回掃討することになったマフィアグループは様々な武器を購入しており、中には本来民間では購入できないはずの違法な武器まで密輸入しているという情報が入っている。
となれば当然激しい抵抗が予想され、アーマードライダーといえども決して楽観できるような相手ではないと推測できる。
そのため青年は作戦前に何度も新型の果実型のロックシードの支給を上申したのだが、今回に限って何故か頑なに許可が下りなかったのだ。
せめてもの足掻きで予備のマツボックリロックシードを部下たちに持たせているが、これが役に立つ状況が来ないことを祈っている。
「よし、まだ距離があるがここで停めろ。
奴らRPGを持ち込んでるという情報もあるぐらいだからな、車で接近しすぎるのは不味い。
念のために俺達が離れたら一旦退避しておくんだ。……あまり言いたくないが、万が一戻ってこなかったら本部に引き返して任務は失敗したと報告しろ」
「わかりました」
今回編成されたのはバンの運転手二人と戦闘要員七人からなる九人の部隊だ。
他の犯罪組織の制圧に向けられる人数は普段だと多くても五人程度なのでかなりの兵力ではある。
予め変身を済ませていた黒影トルーパー部隊は意気揚々と出撃していった。
鎧姿とは思えないほどの進撃速度でマフィアのアジトを目指すトルーパー部隊を、早速マフィアたちの手荒い歓迎が襲った。
アサルトライフルやサブマシンガンで武装した男たちが分厚い弾幕を張って近づかせまいとしてくるが、アーマードライダーにとってそんなものは障害にもならない。
そもそもまともに狙いをつけることが難しい戦場では当てること自体が手練のガンナーでもない限り難しく、人間の域を超える機動性を発揮するアーマードライダーには滅多なことでは命中させられたものではない。
「うわっ、く、来るな!!」
「下がれ、下がるんだよ!奴らに近寄られたら終わりだぞ!!」
「死んだマフィアだけが良いマフィアだ!」
当然の如く、戦況は最初から黒影による蹂躙という状況になった。
運良く当たった銃弾もほとんどはアーマーやライドウェアに弾かれるかアームズウェポン、影松に打ち払われていく。
退避しようとする男たちを嘲笑うかのように黒影が一瞬で接近し、高速の二連突きでほぼ同時に二人の心臓を貫いた。
「この野郎!!」
接近する黒影に対しアサルトショットガンを装備した男たちが散弾を連射し戦極ドライバーを破壊しようと試みる。
これにはさすがの黒影も多少警戒せざるを得ず、僅かながらトルーパー部隊の侵攻速度を鈍らせることに成功した。
「慌てるな!二人一組で互いをカバーしながらショットガン持ちを片付けろ!
連射できるといってもリロードの間を狙えば簡単に仕留められる!」
「はい!」
これまでグラスホッパーに壊滅させられてきた組織に比べれば志々雄一派のマフィアたちは練度の高さもあって善戦している方だが、それでも連携を取って堅実に攻め寄せるトルーパー部隊の前に少しずつ数を減らしていった。
しかしそうして稼いだ時間によって事務所屋上に設置された兵器の使用準備が完了していた。
「方治さん、準備出来ました!」
「よし、ただちに前衛への支援を開始せよ!」
事務所の屋上では十二・七ミリ口径のバレットM82や二十ミリ口径のラハティL-39といったアンチマテリアルライフル、対戦車ライフルの運び出しと組み立て作業が行われていた。
さらに口径こそ小さいが抜群の連射力を誇るM134ミニガンも投入されていた。
いち早く準備の整ったM82から次々と人体を真っ二つにするほどの威力を持った弾丸が発射されていく。
無論ほとんどは装着された狙撃用スコープを使って撃っても命中しなかったが、十数発撃たれたところでラッキーヒット的に一発の十二・七ミリ弾が黒影に着弾し、初めて強固なアーマーを割った。
無敵の鎧と信じて疑わなかった装甲を破壊されて浮き足立ち、棒立ちになった黒影に追い打ちをかけるようにラハティから放たれた二十ミリ弾が直撃、上半身と下半身が泣き別れになり内蔵を撒き散らしながら吹き飛んでいった。
「やった!一人倒したぞ!!」
「ざまあ見やがれバッタ共!」
「は、班長!」
「奴ら、対戦車ライフルなんて持ち出しやがったのか!?
まさかこの街で戦争でもする気なのか!?」
一人とはいえアーマードライダーが銃火器で倒されたことでグラスホッパー側には動揺が走り、マフィア側は大いに士気が高まった。
動きが硬直したトルーパー部隊に向けて一斉にマフィアが保有する限りの火力が向けられ、温存していたグレネードランチャーやロケット砲までもが投入された。
これまでの犯罪組織とは段どころか桁違いに強力な火器の攻勢の前にトルーパー部隊は徐々に損傷を増やしていった。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいぃっ!!!」
屋上から掃射されたミニガンの弾幕が一人の黒影に命中、瞬く間に損傷し罅割れ防御力が低下していたアーマーを砕き散らし肉体の大切な器官を悉く蹂躙していった。
ミニガンは人体に当たれば痛みを感じる暇もなく死に至ることから「無痛ガン」などとあだ名されることもある兵器だが、なまじ強靭な鎧を纏っていた黒影はすぐには死ねず、耐え難い苦痛を味わう羽目になった。
「よし!一気に奴らを押し出せ!接近さえ許さなければ何も出来ん!」
「このまま終われば良いがな」
優勢な戦況の中、方治の隣で観察に徹していた志々雄だけは楽観していなかった。
確かに方治は短い期間でグラスホッパーの鎧武者の情報を集め、有効な武器を手配し成果を示したがそれだけでこうも上手くいくものか?
仮にもサーヴァントから超常の力を授かったのならばまだ何らかの切り札を残しているのではないか?
その予想に違わず、生き残った五人の黒影が一箇所に集中しはじめた。何かするつもりだと志々雄の直感が告げていた。
「調子に乗るな、ゴミ共が!!」
『マツボックリオーレ!』
集まった五人の黒影のうち三人が盾になるように前に出ると、カッティングブレードを二回倒し必殺技を起動する。
といってもそれは攻撃のために使われるわけではない。ロックシードのエネルギーを纏った影松を風車の要領で高速回転させ、マフィアたちのあらゆる攻撃を跳ね返していった。
インベスをも倒し得るエネルギーを載せた風車の盾は先ほどまでは効果があったM82やラハティの弾丸も、ミニガンの圧倒的弾幕すらもまるで受け付けない。
「今だ!あのビルのデカブツを黙らせるぞ!!」
「でも本当にこの使い方でやれるんですか!?」
「わからん!だがやらなければここで死ぬだけだ!」
『マツボックリスパーキング!』
三人の黒影に守られた残りの二人も最大火力になる必殺技を起動すると、影松を槍投げ選手のように投擲すべく志々雄たちがいる事務所の屋上に狙いを定めた。
指揮を執る青年自身もこのような形の必殺技など使ったことがないが、それ以外に生き延びる道はないと腹を括っていた。
「行けっ!!」
渾身の力で黒いオーラを纏った影松を投擲。あまりにも原始的すぎる遠距離攻撃に屋上にいた方治と構成員たちは咄嗟の判断が遅れてしまった。
小型ミサイルさながらの威力を持たされた影松は着弾と同時に派手な爆発を巻き起こし、備え付けられていた火器と射手を務めていた男たちを悉く吹き飛ばしていった。
無理な使い方をしたためか影松は砕け散ったが事務所屋上部分は半壊。生き残ったのは志々雄と咄嗟に志々雄が引っ掴んで下がらせた方治の二人だけだった。
「な、何という、ことだ……」
「やっぱり隠し玉を持っていやがったか。それにこの有り様じゃもう大勢は決まったな」
黒影トルーパーを倒せる火力を持っていた兵器群が破壊されたことによってマフィアたちは一気に浮き足立ち、攻撃の手を止めてしまった。
その隙を見てトルーパー部隊は態勢を立て直すため予備のマツボックリロックシードを取り出した。
「よし、今のうちに鎧を換装しろ!畳み掛けるぞ!」
『マツボックリアームズ!一撃!インザシャドウ!』
マツボックリアームズからマツボックリアームズへのアームズチェンジ。
普通に考えれば意味のない行為であるが、この局面に限れば覿面の効果があったと言えよう。
ダメージが蓄積し傷ついた鎧を捨てて新しいマツボックリアームズを纏うことによって装甲を実質的に修復、槍を手放した二人のトルーパーの手には再び影松が握られた。
対アーマードライダー用の切り札である重火器が潰え、多くの仲間の犠牲を払って削った装甲をあっさり修復されたことによってマフィアの士気は根こそぎへし折られた。
統制が乱れ動きの鈍ったマフィアたちに仲間の仇討ちに燃えるトルーパー部隊は容赦も呵責もない追撃を加えた。
「く、来るんじゃねえ!!」
迫ってくる黒影にショットガンを向ける。生き残るために躊躇なく引き金を引き散弾を発射するも、同時に黒影の姿が消えた。
軽い跳躍で五メートル以上飛び上がった黒影は男の背後に着地、再度銃口を向けられる前に横薙ぎの一撃で肉体を真っ二つに切り裂いた。
「うぁああああああ!!や、やめて!やめて下さい!!」
「うるさい、屑めが」
またあるところでは銃を手放し黒影に片手で持ち上げられた男がプライドも何もかも放り捨てて命乞いをしていた。
受け入れられるはずもなく復讐に燃える黒影の影松が男の右腕、左腕、両足を順番に切り取っていき、最後に喉笛を貫き絶命させた。
このように戦場はもはや虐殺の様相を呈しており、生き残った志々雄と方治の目に大敗北という現実をこれでもかと示していた。
佐渡島方治は確かに短期間のうちにアーマードライダーの特性と弱点を掴み、効果的な武器を手配した。その采配の確かさはサーヴァントやマスターの手を借りずに黒影を二人葬った結果からも明らかだ。
だが、全てのアーマードライダーが持つロックシードのエネルギーを凝縮した必殺技の存在だけは掴めなかった。
ただでさえグラスホッパーは襲撃先のギャングやマフィアを皆殺しにすることが多く、目撃者が殆ど残らない上に人間相手に必殺技に頼ることはまずなかったためだ。
もっとも仮に情報があったとしても、現代兵器で必殺技に対処するのはほぼ不可能だったであろうが。
「ここまで、か」
悠然とした態度を崩さない志々雄がポツリと呟いた。
外に展開していたマフィアたちを一人残らず掃討し、全身返り血に濡れたトルーパー部隊が集結し、事務所屋上に佇む志々雄を睨んだ。
アーマードライダーにとって二十メートル程度の高低差などは存在していないも同義だ。すぐにでも詰め寄りマフィアの首魁たる志々雄を誅滅するだろう。
実際志々雄ほどの剣客でも黒影を三人以上同時に相手取れば防戦すらままならない。まして必殺技を複数同時に起動されれば生存など夢のまた夢だ。
「奴らの力を見極める時間は、な。
――――――なあランサー、お前から見てこいつらはどうだ?」
「そうだな、ちょっとした帝具使い並みの戦闘力はあるんじゃないか?
臣具を作らせたという当時の皇帝が見れば憤死しかねん性能だ」
この場にいるはずのない女の声に黒影たちは戸惑った。それが致命的だった。
宙空から降り注いだ四つの巨大な氷柱がトルーパー部隊を頭部から刺し貫き、たちどころに絶命せしめた。
残された最後の黒影である指揮官が事態に気づくには三秒ほどの時間を要した。
「………え、あ……え?」
あまりに現実離れした状況、あまりにも呆気ない部下の死に棒立ちになる最後の黒影。その黒影の前に軍服姿の女、エスデスが踊り出た。
サーヴァントが放つ特有の魔力と威圧感に黒影の総身が竦み上がる。だがこれまでにいくつかの実戦を潜り抜けてきた経験の賜物か、戦意を振り絞り影松を繰り出した。
「う、うおおおおおぉぉ!!」
生存本能がアドレナリンを分泌し、凄まじい気迫で何度も刺突を繰り出す。
こいつはここで殺さなければならない。そうしなければ死ぬのは自分だ!
「NPCにしてはマシだな。まあその程度だが。
まったく嘆かわしい。私の直属なら一から鍛え直しだ」
けれど、何度となく突き出した槍はエスデスに掠りすらもしない。
逆にエスデスが振るった細剣の連撃は全弾が黒影にクリーンヒット。あまりにも隔絶した技量差に黒影は自分が何をされたかすら理解できぬまま地を這うことになった。
「さて、どうする志々雄?とりあえずこの男だけは生かしておいたが。
私としては折角の強敵との逢瀬を邪魔されてムシャクシャしているので拷問をお薦めする」
「好きにしろよ。どのみちこいつらの情報は必要だからな」
「了解した。……しかしまた手酷くやられたな。方治などそこで放心しているじゃないか」
「ああ、俺とこいつ以外は全滅した。外を戦場に選んだおかげで武器庫は無事だがな。
これはバッタ共の力を侮っていた俺の失敗だ。警戒していたつもりだが考えが甘かったってことだ」
今回の損害も志々雄にとってはギリギリで想定の範疇内ではあったが、武器の手配を取り仕切っていた方治にはダメージが大きすぎたようだ。主に精神面の。
たった七人の実働部隊に高価かつ貴重な銃火器を多数持たせた、比較的練度も高い三十人以上のマフィアたちが壊滅させられた。エスデス抜きで殺せたのは二人だけで今回はこちらが相手を誘い込んだ形の戦闘という事実を考慮すれば実際のキルレシオは二十対一かそれ以上というところか。
言うまでもなく現状でゴッサムシティに戦争を仕掛けたところでグラスホッパーの兵隊どもに鎮圧されるのが関の山だろう。
いや、エスデスや同盟者である少佐のサーヴァントがいる方面は間違いなく勝てるだろうがそれでもいくつもある戦線のうち二方面しか担当できないのではジリ貧だ。加えてグラスホッパー側のサーヴァントも未だ実力は未知数ときている。
仮にグラスホッパーには勝てても損害が大きすぎる。その後漁夫の利を狙った参加者どもに少佐共々すり潰されるのがオチだ。
本格的な侵攻に乗り出す前に何としてもグラスホッパーを叩き潰す必要が生じてきた。
「マスターは恐らく首魁の犬養だろうが、この場合バッタ共の力の源を潰さなきゃ意味はねえ。
これ以上強力な兵隊を量産される前にあっちのサーヴァントを消さねえとな」
「ふむ、この男がグラスホッパーのサーヴァントに繋がる情報を持っていれば良いのだがな……。このベルトのことも含めて聞くべきことが山積みだ。
そう言えば前々から同じようなベルトをつけた果実を纏う戦士が活動しているという話だったが、どう思う?」
グラスホッパーの男を引きずりながら問うエスデスだが、恐らく彼女の中で答えは出ているはずだ、と志々雄は考える。
これは単に主従間で認識の齟齬が無いかを確認する作業に過ぎない。
「あいつは恐らくバッタ共とは別口だ。先んじて性能の試験をやっていたと仮定しても奴らとは手口が違いすぎるし何より死人を出さずにどいつも半殺しなど有り得ねえ。
一番有り得るのは元の時代、あるいは世界からバッタ共に配られたのと同じベルトを持ち込んだマスターって線だろうな
バッタ共の持ってるベルトは帯が銀色だったが写真で見たあいつのベルトの帯は黄色だった。何か違いがあるんだろうさ」
「まあそうだろうな。どうする?同盟でも打診してみるか?」
「そりゃ無理な話だ。ああいうのは俺らが殺したあの小僧よりもなお甘い、抜刀斎と同じ手合いだ。
交渉の余地なんぞ最初(ハナ)からあるまいよ」
察するにUP TOWNで活動する果実の戦士はこの悪に塗れた世界で正義、あるいは人々を守るという信念を掲げた者だ。
弱肉強食を正義と信ずる志々雄真実とは決して相容れることのない存在だ。組むことなど有り得ない。
ともかく、今後に向けて課題は山積している。さすがにこの規模の抗争を揉み消すことは難しいので警察のガサ入れが入る前に無事な武器も別の拠点に移す必要があるし、そのための人手も招集しなければならない。
何よりもグラスホッパーにベルトを供給しているであろうサーヴァントの所在を早急に突き止めて叩いておきたい。少佐の組織とも連携を取って調査を急がせるか。
思考していた時、志々雄の携帯に部下からの電話が入った。その報告内容を聞いた志々雄の顔に喜悦の色が浮かぶ。
「おいランサー、CENTRAL HEIGHTSにいる部下から手から閃光を撃つ白い男を見たって報告が入ったぜ。
もしかするとさっきお前が一戦交えた奴じゃねえか?」
「ああ、恐らく間違いない。なら手早く尋問を済ませてしまおうか。
何、短時間で必要な情報だけを吐かせる術ぐらい心得ているとも」
部下から入った情報はエスデスが交戦したサーヴァントと合致するものだった。
既に彼女の興味はNPCへの拷問から強敵との再戦に移っており、グラスホッパーの青年の寿命はさらに縮むことになった。
▲
一体何が起こったのか。何の間違いがあってグラスホッパーきってのエースたる自分が地に這いつくばっているのか。
混乱した思考のままゆっくりと起き上がった黒影・バナナアームズを纏う男が見たのは白い装束に身を包む半裸の男だった。
「チッ、マジでNPCだと?こりゃ一体どういう状況だ?」
そんなことはむしろ自分が聞きたいほどだった。
まさかこの男が最新型の錠前から生成された鎧を纏うこの自分をいとも容易く吹き飛ばしたとでもいうのか?
そもそもここは大きな倉庫の屋根の上で、人間が何の前触れもなく通りすがれるような場所ではない。
こんなことは有り得ない。あって良いはずがない。
「何だお前。……邪魔するんじゃねえよっ!!」
『バナナスカッシュ!』
だから自分が震えているなんてことは決して有り得ないのだ。身体が竦んでいるのも何かの間違いに決っている。
今ここでこいつを消し炭にしてこの有り得ない悪寒を消し去ってやる。
サーヴァントが秘める暴威を感じながらも虚勢を張って否定する男は即座に必殺技を起動しエネルギーを纏い肥大化したバナスピアーを構える。
「何だそりゃ。変わった芸風だなおい」
「抜かせええっ!!」
全身全霊で、ただひたすらに突く。上級のインベスすら爆散させるほどの暴力が闖入者を物理的に消滅させる………はずだった。
必殺であるはずのバナスピアーの連続攻撃は、男が抜いた頼りなげな日本刀によっていとも簡単に止められ纏っていたエネルギーは雲散霧消した。
「この程度の攻撃すら斬魄刀を抜かなきゃ防げねえとはな。とことん窮屈な霊基(からだ)だ」
「ふ、ふざけるなあっ!!」
『バナナスパーキング!』
激昂した黒影は今度はカッティングブレードを三回倒し再度必殺技を起動した。
役に立たないバナスピアーを投げ捨て、空高く飛び上がる。脚部にロックシードのエネルギーを全集中させたライダーキックだ。
発揮されるであろう威力を探査回路(ペスキス)で正確に感じ取った男、グリムジョーはほんの僅かに機嫌を直した。
「NPCの癖にやれば出来るじゃねえか」
黄色の流星と化してグリムジョーを背後で気絶しているレヴィごと打ち砕かんとする黒影に向けて、静かに右手の指を向けた。
「俺に手抜きとはいえ虚閃(セロ)を使わせたんだ。誇っていいぜ」
閃光が放たれ、黒影を呑み込んだ。打ち負けた黒影は変身を解除され倉庫の屋根を転がった。地面に転落しなかったのは奇跡に近い。
「そんな…馬鹿な……」
「あ?まだ生きてたのか。さっさと死ねよ」
「……おい、ちょっと待てセイバー。こいつにゃ聞きたいことがある」
気絶していたレヴィが頭から血を流しつつもゆっくりと起き上がった。
そのまま変身が解けたグラスホッパー団員の下まで歩くと、勢い良く鳩尾を踏み抜いた。
「ぶ、げぇっ……!」
「楽に死にたきゃさっさと答えろよチェリーボーイ。
質問一、そのクソだせえベルトは誰に貰った?」
ぐりぐりと腹を踏むレヴィに反撃する力はもう男には残っていない。
もはやすっかり恐怖に支配された男は先ほどまでの威勢はどこへやら、機密情報をあっさり話した。
「だ、だからさっきも言った通り犬養さんがスカウトしたっていうプロフェッサーだよ!名前は知らねえ!」
「あっそ、質問二、そのベルトと錠前は誰にでも使えんのか?」
「いや…無理だ。こいつは最初に身に着けた奴しか使えないと聞いた。そういうセキュリティなんだろうさ」
「じゃあ質問三。一度も使われてないベルトはどこで手に入る?」
「ぐ、グラスホッパーの拠点はアーマードライダーの訓練場も兼ねてるからそういう施設なら未使用のベルトもあるはずだ。それこそ同じ施設はゴッサム中にある」
「さっきお前槍とかデカいランスとか使ってたよな?じゃあ銃とかもあるのか?」
「ああ…新型の果実型の錠前には銃を扱うタイプもあるとは聞いたことがある。確か葡萄の錠前だったはずだ。
……も、もういいだろ!?俺を解放してくれよ!?」
いつの間にかベルトもロックシードもレヴィに奪い取られてしまった男は、全てをかなぐり捨てて懇願した。
返事は再度の鳩尾への踏みつけだった。激痛に耐え切れず男は失神した。
「一応空気読んで黙ってやってたがよ。どうするつもりだレヴィ?
つーかまず何があったんだよ?」
「どうもこうも、お前がぶっ殺した使い魔の仲間らしい奴に追われてたと思えば今のバッタがそいつをぶっ殺して、次はアタシを標的にしてたんだよ。
舐めた真似してくれやがったが、おかげで次の目標が決まった」
「何だそりゃ?」
グリムジョーが顔面から血を流したままの主を見る。
驚くべきことに、その瞳はもう死人のそれではなくなっていた。
「準備したらMID TOWNに行ってバッタ共の拠点を潰してついでにアタシが使えるベルトと錠前も頂戴するんだよ。案内はこいつにやらせる」
「ハッ…少しはマシな目になったじゃねえか」
「何だそりゃ。今までは死んでたって言いたいわけか?」
「ああ、酷いもんだったぜ。どういう風の吹き回しだ?」
「あ?こんなバッタ共や化け物に舐められたまま終われるかってんだ。
それにこいつの鎧にしろ武器にしろ普通の技術で出来たもんじゃなかった。もしオーパーツ級の銃が手に入るなら機会を逃す手はねえ」
とはいえ先に怪我の手当をしなければならないしいつの間にか手放していたソード・カトラスも回収しておかなければ。
頭を負傷した状態でそんなことを考えていたせいだろうか。
レヴィたちを遠くから見つめるマフィアの構成員の目に気づくことはついぞなかった。
【DOWNTOWN CENTRAL HEIGHTS/1日目 午後】
【レヴィ@
BLACK LAGOON】
[状態]顔面に腫れ、頭部から失血(未処置)、疲労(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]量産型戦極ドライバー、バナナロックシード、マツボックリロックシード
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本:とっとと帰る。聖杯なんざクソ喰らえだ。
1.当面は優勝を狙う。
2.準備をしてから北上してバッタ共のアジトを潰す、ついでに使えるベルトと葡萄の錠前も頂いてヤモトも探す。
3.ジョンガリの野郎がムカつく。
[備考]
※同業者のジョンガリとは顔見知りです。
※インベス化したチャカは黒影トルーパーによって葬られました。
※グラスホッパーの団員を捕えています。彼にグラスホッパーのアジトへの道案内をさせるつもりです。
【セイバー(
グリムジョー・ジャガージャック)@BLEACH】
[状態]胸に切り傷、魔力消費(小)
[装備]斬魄刀
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:立ち塞がる敵を一人残らず叩き潰す。
1.レヴィの方針に従いNPCの奴ら(グラスホッパー)のアジトを襲撃する。
2.この街が気に喰わない。レヴィには這い上がってほしい。
【DOWNTOWN CHINA BASIN(マフィアの事務所)/1日目 午後】
【志々雄真実@るろうに剣心】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]無限刃
[道具]特筆事項無し
[所持金]豊富
[思考・状況]
基本:聖杯を盗り、国をも盗る。
0.拠点を別の場所に移すか
1.マフィアの規模を拡大していく。
2.自身の部下を駆使し、情報を集める。
3.「果実を纏う戦士」への興味と警戒。 戦士を生み出していると思われるサーヴァントは優先的に消す。
[備考]
※組織の資金の五分の三を銃火器の購入に費やしています。
※グラスホッパーの襲撃により調達した武器の一部を失いましたが武器庫は健在です。
※ミッドタウンにあるチャカ達の拠点を征服しました。
また、これ以外にも幾つものマフィアを制圧しています。
※部下の佐渡島方治に聖杯戦争やマスター、サーヴァントの存在を打ち明けています。
※果実を纏う戦士(
呉島光実)はグラスホッパーの所属ではない、元の時代または世界からベルト(戦極ドライバー)を持ち込んだマスターだと考察しています。また思想的に相容れない相手であると考えています。
※CHINA BASINを中心に志々雄の部下複数名が偵察を行っています。
不審な動きをしている者、マスターと思わしき者を優先的に捜索しています。
CENTRAL HEIGHTSにいるレヴィとセイバー(グリムジョー)の位置情報を掴みました。
【エスデス@アカメが斬る!】
[状態]左腕に切り傷、魔力消費(小)
[装備]レイピア
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を愉しむ。
1.グラスホッパー団員への拷問を手短に済ませてさっきのセイバー(グリムジョー)との再戦に臨む。
2.志々雄の国盗りに協力してやる。
[備考]
※志々雄の組織による征服行為に参加しています。
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登場キャラ |
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028:DOWNTOWN TIMES |
レヴィ |
|
セイバー(グリムジョー・ジャガージャック) |
|
志々雄真実 |
|
ランサー(エスデス) |
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最終更新:2016年10月04日 20:57