『もう一度愛・ラブ・ユー』
私の朝は、太陽より先に始まる。
……正確には、始めさせられていると言った方が近いかもしれない。
AM.04:50。
秒単位でアラームを殺し、意識を強制的に現実へ引き戻す。寝起きの感情なんて邪魔だからとっくに処分済み。
鏡の中の自分と向き合ったら、制服の皺一つ、後れ毛一本すら許さない『完璧な無個性』を完成させていく。
AM.05:30。
気配を消して廊下を巡回し、主の寝室へと滑り込む。
まずは空調の最適化、次いで掃除の開始に至る。
……あの方はほんと、放っておくと際限なく自堕落になる。
脱ぎ捨てられた服を拾い、力尽きたスマホを急速チャージしてあげたりと、無駄な仕事に暇がない。
そうやって無音のクリーニングを完遂する頃、時計の針は六時。かぐや様の起床時間を指す。
“おはようございます。……ほら、起きてください”
そこから先は、さながら精密機械のデモンストレーションだ。
コンマ数ミリの狂いもなく彼女のリボンを結び、「昨日の会長がね……」なんて惚気話を適切な相槌で流す。
主が優雅に朝食を摂る傍らで、私は護衛用具や変装キットをパッキング。登校の車内では、今日の重要案件を手短にブリーフィング。
以上。
これらすべてを滞りなくこなして初めて、私──『早坂愛』の朝の職務は、一応の形になる。
……まあ、生まれが生まれだし、私に文句を言う筋合いがないのは分かってる。
けど、ふと思う。
世間の、いわゆる『普通の女子高生』が、これほど殺人的なモーニング・ルーティンを毎日こなしてるかって言われたら……。
……いや、比較する意味がない。時間の無駄。
エゴは押し殺し不平は飲み込む。それがプロだ。
私はただ、毎朝あの人のためだけに、自分の全リソースを注ぎ込み続ける。
いつまで続くかなんて、もう考えない。
……おそらくは、明日も。
その次の朝も。
いつまで続くかなんて、もう考えない。
……おそらくは、明日も。
その次の朝も。
………………
…………
……
◆
トン、トン、と。ガラス越しに伝わる現実のノック。
「……終わったけど。早坂…………」
──車外に立つ彼女は、そう言ったのかもしれない。
「…………」
あのホテルの、駐車場にて。
無理にでも作った無表情を浮かべる絵文字女──内笑美莉へ言葉も返さず、私は運転席の奥深くへ身を沈めていた。
運良く、そしてあまりに都合良く見つかった、ロックの掛かっていない放置車両。
無機質な車内を満たしているのは、狂ったような爆音のカントリーソングだった。
……ラジオから垂れ流される、見知らぬ誰かの、……そんな知らない歌。
この名の知らない英歌手には酷く冒涜的だけども、今の私に歌詞を味わう余裕なんてない。
メロディに酔いしれる情緒も、音楽を純粋に享受する感性も、今の私からは摩耗しきっている。
極論を言えば、TVの砂嵐だろうが、おぞましい読経だろうが何でもよかった。
私の鼓膜を蹂躙し、思考を塗り潰してくれる『爆音』でありさえすれば、なんだって。
──今の私は、とにかく『第一回死者発表』という現実を、自分の中に招き入れたくなかった。
「……か……ゃ、様………………」
……返るはずのない名前を呼ぶ、自分自身の無様さが止まらない気持ちだった。
BR開始から、六時間。
かつて、チカチカと点滅していたかぐや様の位置情報──今は冷淡なマップしか映らないナビアプリを、私は延々と眺め続ける。
画面をLINEに切り替えても、私の執着じみたメッセージに既読マークは一切つかない。
何度目かも分からないコールも、「おかけになった電話は……」という冷淡な機械音声に撥ね返されるだけ。
……分かっていた。
最悪のシナリオなんて、予測できないはずもなかった。
これら三つの『拒否反応』が、単なるバッテリー切れである可能性なんて、限りなくゼロなことくらい。
誰よりもあの方の傍にいた私が、一番よくそれを理解していた。
……分かっていたからこそ、私は徹底的に構築された『現実逃避』という名のシェルターに、自らを閉じ込めた。
トン、トン。
「…………」
三度、笑美莉が窓を叩く。私を現世へ引き戻そうとするその音。
…………何を話したのか、推察する気力さえ起きない。
そもそも、彼女の方へ顔を向ける筋力すら、今の私には残っていなかった。
さしずめ、「呼ばれなくて安心した」とか「あの子もきっと無事だよ」とか、あるいは爆音を嗜める言葉とか。
下手くそなポーカーフェイスの下に透けて見える予測発言なんて、数パターン構築できるほど容易に想像がつく。
優しい嘘で少しでも私を慰めようという平凡な善意は、顔を見ずとも手に取るように分かった。
……申し訳ないけど、とは言えない。
ただ、彼女の気遣いに触れた瞬間。それは、私の崩壊の引き金になる。
せめてもの意思表示として、白く曇ったガラスの端に、指先で『ごめんなさい』となぞる。
この暴力的な音の中で。
──私は、顔を深く沈め、遠い回想の海へと沈めていった。
……
…………
………………
♪──《Mysterious sweet baby, you’re a girl of the M-gumi》
あれは、まだ『終わり』とは無縁だった、ただの騒がしい日常の一片。
登校の準備も佳境。主の鞄に忘れ物がないかチェックしていた私は、一冊の『異物』を見つけた。
四宮家の令嬢が持ち歩くにはあまりに扇情的で、そしてあまりに安っぽい装丁の文庫本。
「……なんですか、これ。いえ、内容は察しがついていますけど。一応形式としてお聞きします」
「あ。あっ~~~~~~~!!!!! ちょちょちょ、ちょっと早坂ぁああ~~~~~~!!!!!」
タイトルにして、【追放された無能聖女(笑)ですが、今更戻ってこいと言われても、最強の旦那様とイチャイチャするのでもう遅いです】。
……それを持ち歩こうとしていた事実に、私は一瞬、本気で四宮家の未来を憂いた。
私がつまみ上げたその『恋愛ラノベ』を見た瞬間、あの方は耳まで真っ赤にして、ほとんど反射でひったくる。
♪──《Your news alone sends the whole beach into panic》
「……な、なによ! それは……その、いわゆる…………あぁもう、本音を言うわ!」
「本音、ですか」
「これは……その……恋愛教則本よ。会長との不測の事態に備えて、論理的な駆け引きを学習しているだけだわ……!」
……教則本。
私は、深いため息を隠そうともせずに肩をすくめる。
♪──《B-baby, baby, b-b-b-baby — be my g...ghoul》
「かぐや様。あえて申し上げますが。この手の著者が、まともな恋愛経験を有している確率は極めて低いです」
「なっ……!!」
「恋愛未経験者が妄想を煮詰めたものを、参考にしてどうするんですか?」
「で、でも! この壁ドンからのあごクイというプロセスは、心理学的にも威圧によるマウントとして有効だと……っ」
「情報源も随分とステレオタイプですね。そのマウント、恐らく一生成立しませんよ。少なくとも会長相手には」
「うるさい!!!!」
いつもの、不毛で、けれど穏やかなやり取り。
けれど、私の正論にかぐや様はふと、バツが悪そうに視線を泳がせた。
そして、先ほどまでの勢いはどこへやら、消え入りそうな声で呟いた。
「……だったら。……また、してくれる?」
「はい?」
「……前みたいに、よ。……その。物語を、読んで……」
「…………」
♪──《I’m cr-z-z-zy for you, b-be my g-irl...》
♪──《That p-playful s-smile dr-i-i-i-ves us all in-sane-sane-sane...》
伏せられた視線。そして、制服の袖を控えめに掴む指先。──既視感。
記憶を遡れば、それは幼少期の情景。
凍えるような孤独の中で、眠れない夜を過ごしていたかぐや様に、私は絵本を読み聞かせていたものだ。
古今東西、埃を被った間抜けな物語たちを。彼女のために。
♪──《Ev-e-e-ery time you st-e-al an-other h-heart...!!》
♪──《You o-nly g--get m-o-re b-beauti... f-u-l-l-l-l...》
……まったく。かぐや様はなにに託けての“だったら”なんだか。
脳裏にふと過る、『メンダコの、たけとりものがたり』。
あの、どうしようもなく間抜けな一冊を思い出してしまう自分に、内心で呆れながら。
私は静かに答えた。
「……気が向いたら、ですね」
♪──《DーD-DIE... DIE... DIE... DIE... D...》
「……へえ。今の」
「はい?」
「……それ、しぶしぶでも『イエス』ってことでいいのかし──
《eye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eyeeye eye eye》《eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEeEEEeEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEEEEEEEeeeEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeEEEeEeEEEEEEeEEEEEEEEEEEEEEEeEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee》
《eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEeEEEeEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeEEEEEEEEEEEeeeEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeEEEeEeEEEEEEeEEEEEEEEEEEEEEEeEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee》
《EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ─────────────────────────》
────。
………………
…………
……
「…………」
トン、トン、と。
……厳密には、鼻腔の奥に滲み出る鉄の匂いが、私を現実へと引き戻した。
ラジオは、沈黙している。先ほどまで鼓膜を蹂躙していたはずの爆音は、跡形もない。
それは、自分で切ったのか、それとも砂嵐すら出番を失うほどの放送事故でも起きたというのか。
……まあ、そんなのどうだっていいけれど。
「…………」
……ふと、外で待っている笑美莉に、ひどく悪いことをしてしまったな、と思う。
この殺し合いの中でたまたま出会っただけの仲。私に寄り添う理由なんてどこにもないのに、……彼女は、まるで友達みたいに、ずっと気にかけてくれていた。
他人の車に閉じこもって爆音を流すなんていう私の奇行にも、彼女は離れるどころか、窓を叩き続けてくれた。
……三度も無視を決め込んでしまっては、流石に誠実とは言えない。
彼女が損得抜きで私に接してくれているのなら、──私もこの生きる意味の失せた世界で、相応の誠意を見せよう。
今はまだ、『あの方』の名前を、現実として聞きたくない。
この、がらんどうの世界で。
「…………すみません。今出ま──」
──思わず、声が止まる。
パキ、と軽い破裂音。
ひび割れたフロントガラスから突き刺さっている、──一本の『菜箸』。
視線が引き寄せられる先にて、口元を袖で隠し、薄っぺらな表情を浮かべる──笑美莉じゃない、『女』の顔。
……再会なんて。
万に一つも、望んでいなかった。
記憶領域を検索するまでもなく、最も遭遇を避けるべき『最悪の参加者』が私の内には一人いた。
その参加者にだけは、少なくとも今だけは絶対に出会いたくなかった。
……それだというのに。
よりによって、私の前に現れた『そいつ』は──、
「……ぐすっ、……悲しい、かわいそすぎるよ……っ! ねぇ、愛ちゃん……。──」
「──かぐやちゃん、ご愁傷様………………!!!」
「……………………」
──反吐が出るほどに、偽装された悲嘆を纏って。
────山井恋は、あの方の名を口にした。
□
『そうそう~。早坂ちゃんさぁ』
『……私からも、一つだけ』
『「古見硝子」っていう、髪が長くてモデルさんみたいで、トニカクカワイイ参加者がいるんだけど~~、』
『奇遇ですね。私も「四宮かぐや」という、センター分けで私と同じ背格好の、……服装も似た女の子に会うかもしれませんが、』
『もし、古見さんを襲撃したら~』
『仮にでも、その子に危害を加えた場合、』
『『────殺す、から。』』
◆
………………
…………
……
- 人間は嘘をつくとき、不自然なほどに視線を固定するらしい。
「……あ、あの……なんて言えばいいのかな……あはは。……こういう時、なんて声かけるのが正解なのか、分かんなくなっちゃって……」
「…………いいから」
- あるいは、身体に微細な違和感──ボディランゲージが表れる。
- 無意識に口元を隠し、髪を弄り、視線を泳がせる。
- そして、沈黙に耐えられなくなり、言葉を過剰に積み上げる。
「……でも、本当に辛かったら私を頼って? 私でよければ……ぜーんぶ、受け止める準備はできてるから! ……ね?」
「……だから、もういいって」
「うん。今はあえて何も聞かないであげる。……大切な人を失った痛みなんて、安っぽい言葉にするのも、なんか違う気がするもん…………!」
「…………とりあえず、ね。愛ちゃん。……今はこれくらいしか言えないけど……!──」
「──どんまいっ……!!」
「…………」
──以上、『偽装された善意の兆候』すべてを隠そうともせず。
山井恋は湿った掌で、私の手を包み込んできた。
「……気持ち悪」
「ぁ? 笑美莉ちゃん、何か言ったぁ? そんなに私たちのお喋りに混ざりたいのかな??」
「…………別に。ただの独り言」
「ん~~~♡ 用がないならお口チャックしててね~~。陰キャがブツブツ言ってると、怖くて夜しか眠れなくなっちゃうからさぁ~~~☆ るんっ♪♪」
「………………」
『……ヤマイ、貴様はその程度の絡みのために接触したのか。……時間の無駄だ。即座に何らかの選択をしろ。さもなくば、私も──』
「はい自殺。……今マジメな話してるから。金魚の糞は引っ込んでて。マジ空気読みなよ、隊長サマ(笑)?」
「…………」
「ごめんね……。私(とアンタ)のおバカ二人がKYキャラして。……慰めてあげるから、少しお話しよっか。──」
「──だって、私たち……『ベスフレ』じゃん! ね、愛ちゃん……!!」
「………」
『……』 「…………っ」
ベスフレ──。
赤の他人よりも信頼性は薄っぺらく、誰よりも的確に神経を逆撫でしてくる『最悪の距離感』。
この女の無駄に甘ったるい声を浴びていると、何の罪もない朝日の眩しさにすら、内臓を煮立たせるのだから奇妙だ。
……山井との邂逅はゲーム開始直後。
あの時、すでに察知していた彼女の【異常性】を優先し、即座に始末しておけばどれほどよかったか。
かれこれ数十分、葬儀の真っ最中に踏み込んできた強盗のような『慰め』を、私はただ一方的にぶつけられ続けていた。
「早坂……。どうするの、コイツ…………」
「……大丈夫ですよ、内さん。悪意ゼロで慰めてくれるらしいですから。ねえ、山井ちゃあん?」
「え、なにそれ正直ちょっとウケる。愛ちゃんさ、今、無と会話してた感じ……??w」
「…………内さん、……あちらに。いいですね」
「……うん。早坂がそう言うなら」
モブキャラはみな、無。……相も変わらずな女。
この場のヒエラルキーの頂点は自分だと確信しているのだろう。この女の視界には今、たった一つの対象しか映っていない。
──私。
その、カスタードで厚化粧した濁り眼には、仲間であるはずのミスルンというカプセルも、仕方なくそれと対話を試みる笑美莉も、自らの武器であるウンディーネも、──この殺し合いの凄惨さすらも、何一つとして直視していない。
ただ、私だけを、逃がさぬよう確実に見据えている。
──ギギギ、チチチチ…………
「…………」
「……あー、気にしないで。あの水の精霊、ただの噛みつき猿だからさ。マジ飼い主の躾どこいった? って感じ。放し飼いごめんね~」
臨界点に近い異音。ウンディーネの照準。
今この瞬間にも、私を肉塊へ変換可能な水の殺意。
──それこそが、慈悲を装った山井の本性が現れている、何よりの証拠だった。
慈悲という仮面の裏で、常にこの女は処刑のトリガーを握っている。
……ゲームのルールに従うなら、さっさと済ませればいい。
今の私にはもう、抵抗する意思も、痛みに怯える本能も、ほとんど残っていないというのに。
それでもこの女は、殺さない。──殺さないまま、削る。
初遭遇時、私に抑え込まれたことに、どれほどの逆恨みを抱いているのか。
この女の醜悪な『慰め』は、一言一句が私の急所を狙って娯楽に変換されていく。
「う~んとさ……、相談ね。名前、どうする?」
「……なんの」
「なんのって、お墓だよお墓! ……ほら、かぐやちゃん、あんなことになったから…………。早いうちに決めた方が──」
「やめてってさっき言ったよね。その話」
「…………なにさ、そう怒るなっての。バカ……っ!」
「…………」
……いや、違う。
逆恨みとかじゃない。
もっと、根本的に構造が異なる。
「……てかなんか、口調……崩れてない? ま、気持ちは分かるけどさ……。なんだろ、その……」
「言うまでもないよね」
「敵意。……私だって、純粋に寄り添おうとしてるだけなのに。心外すぎ」
「そう。だったらあまり言葉に出さないでくれる方が一番嬉しいんだけど」
「…………は? なにそれ。そんな、……そんなことできるわけないでしょ!!──」
「──今の愛ちゃん、本気で見てらんないし!! ……ほっとけるわけないじゃん!! 見なよ、『これ』!!!──」
「──だってほら!! アンタのスマホ、こんなにかぐやちゃんの写真でパンパンじゃん!!!」
「……は。……あッ!!!」
いつの間にか、手元から消えていた端末。嬉々として提示してくるこの女。
彼女が、目に見えて壊れかけている私に絡んできた理由。
──慰めなどではない。もはや『戒め』の如き、演技がかった絶望を突きつけてくる、最悪の動機。
「そりゃ、普通の人が見たらドン引きだよ、コレ……。私だって最初見た時、正直……あぁ今のなし。パス」
「や、山井さ……っ、か、返し──」
「でもさぁ、……これ、なんか類友って感じじゃない? ホント私たち、運命的な出会いだったのかもね」
「…………ィッ!! だから返し──」
「だって見て!! 私のスマホも、古見様の画像フォルダで容量オーバーしてるんだもぉんっ!!!──」
「──『まだ生きている』私の古見硝子様……その神々しい数々がさぁ!! ほら!!!」
────それは明らかなる、『マウント精神』の示威行為だった。
「ねえ、見てよ。この、光の加減でほんのり紫がかった黒髪の美しさ。これこそが生命の輝きってやつなんだよねぇ。……あ、ごめん、愛ちゃん。生命とか言っちゃうの、マジでデリカシーなかったよね? あははっ、マジで反省!!──」
「──でもさぁ? やっぱり『生きてる』って最強じゃない? 見てよこの古見様、おにぎり食べてるだけなのに、この格。この圧。この神域。はぁ……このおにぎりになりたい。むしろ消化されて古見様の一部として永遠を過ごしたい……マジで尊すぎて死ねるんだけど。……あ、また『死』って言っちゃった!! メンゴメンゴ☆──」
「──私の古見様はね、今この瞬間も呼吸してるの。肺に酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐き出して、体温があって、脈打ってるんだよ。わかる? データの向こう側じゃなくて、この世界のどっかで、『実体』として存在してるの。もう更新されない過去の画像を泣きながら指でなぞるだけの、悲しい、悲しいオタ活とは次元が違うっていうかぁ……。あ、これ早坂ちゃんのことじゃないから、気にしないでね……?(笑)──」
「私の古見様は今も、明日も、明後日も、世界で一番美しく更新され続ける……。もうRTAだよRTA。日々最速更新してくマリオ64界隈と一緒。つまりさ? 古見様がいるこの世界は神ゲー確定ってわけ♡──」
「──……聖書とかコー●ンって、古見様友人帳の同人誌なのかもね……。あはは~♡」
「……キモ」 『…………ヤマイ』
「……終わった?」
「ヴォーイ・フィニーレ? ん~~~♪」
「…………。……ハンカチあげる。……ヨダレ、やばいから」
「あっそ。アンタは鼻血の跡グロいけどねぇ~~? 何あったのかは聞かないであげるけどさ……(笑)」
「………………ッ」
……ギチギチと軋むウンディーネの殺意。
それすら、一度も視界に入れぬまま、山井はお花畑な独白を終えた。
古見硝子に始まり、古見硝子で終わる。
先ほどまでの『悲しみ』などどこにもない──原子力発電所周辺のフラワーガーデン。
吐き終えたこの女は、まるでデトックス直後のような、無垢な笑顔を浮かべていた。
溜まっていた汚物をすべて吐き出したかのような、清々しい表情だった。
それを聞かされた私が何を思うかなど考えず……いや、すべてを見透かした上で、キラキラとした瞳を向けていた。
私が、なぜ……何を理由に……。
かぐや様の写真を保存していたのか……。
理解しようとも。興味すら持たずにただ…………。
──……ただ、圧倒的な優越感だけを携えて、こちらを、見下ろして……………ッ。
「あ、ちょうどいいや!! ……んでさ、こっから本題ね♡」
「…………パス」
「はい愛ちゃん自殺ぅ~!! パスボールしたのはかぐやちゃんの……って言わせんなっての~~!!」
「……」
「でさ。そんな神すぎる古見様のために、私さ。二人も。二人もバカを生贄にしたんだよねぇ~~~。──」
「──……は~い、質問。愛ちゃんはここまでいくつ、キルスコア稼ぎましたかぁ~~~~?」
「…………っ」
「“……っ”じゃねーし。口癖か。……私もあんま話したくないけどさ。オンとオフくらいは切り替えよっか。これ、仕事の話だから。──」
「──ねぇ。何人殺すことできたの? ……ねえ??」
「………………」
血濡れの上着を、まるでブランド物の新作でも自慢するように見せびらかす……この女…………。
投げかけられる目は、凍てつくように……ひどく、痛く…………。
こいつの脳内では今、説教臭いBGMでも流れているのだろう……。出来の悪い部下を指導する上司気取りの、……不愉快極まりない視線……。
仮に私が、馬鹿正直に『一人』──恐らくこいつの知己を殺したと告げたところで……特に反応は見せないはずだ……。
この女の関心は、マウントと古見某への狂信で、すでに飽和している……。
……だから今も。
コイツは皮肉を含んだ眼差しで、笑美莉の方を眺めている…………っ。
「……私、は──」
「うん。笑美莉ちゃんを、だよね? 処理用に行動してたんでしょ?」
「え……?」 「………………。──」
「──違う。違うけ……ど──」
「え?! 違うの!!? じゃあ何? その子、あんたのトモダチ?? ……いいね、愛ちゃんもやっと友達作れるようになったんだなぁ~って……」
「……」 「…………」
「……あんさ、約束したよね? 古見様とかぐやちゃん()以外の、ザコは皆殺しって。…………で、今何してるの? そんな中間報告、聞きに来たわけじゃないんだけどな~私」
「………………」
割り箸でカプセルをつつく笑美莉のことを…………、
モノ以下として評価する目の、こいつ…………っ。
……そう。……そうだ。
やろうと思えば、今この瞬間。……湧き上がる感情のままに、その不愉快な顔面を捻り潰せる…………。
支給武器の恩恵は、奴の方が上であることは確か……。
……それでも、……ミスルンやウンディーネの攻撃を受けて肉片に変わってでも……──このクズを道連れに葬り去れる。
その確信だけは、私の喉元に鋭く突き刺さっていた……。
──…………笑美莉がいなければ、
……我先にと、そんな自壊すら選んでいた私だろう。
私が動くことは、笑美莉の死を意味する。
私の短絡な行動が、私の身勝手で巻き込んでしまったこの関係性に、最悪の終止符を打つことになる。
…………笑美莉を、かぐや様の代替として扱っているわけじゃない……。
それでも。
彼女が、よりによってこんな女に踏み潰されることだけは、……絶対に、許容できない…………。
「まぁいいや。喪中だもんね愛ちゃん。これ以上いじめるのもアレだし~。はい百ぴえん案件~~(涙)」
「キモ……ッ」 「…………」
──その心を見透かして、コイツは王者の余裕を見せ続けてくる…………。
「……色々言ったけどさ。愛ちゃんのこと心配なのはガチだから、これ本音ね」
「…………」
「そうじゃないと、遭遇即、水の精霊ちゃんのオヤツにしてたわけじゃん? ほんと気に病んでたからさ~私」
「…………だいぶ、厳重警戒……してたくせに……っ」
「バーカ! 大統領だってゴルフするだけにSP何十人もつけるでしょうが!! ……ま、ボチボチ頑張ろうよ。お互いね」
「……ボチボチ」
「そうボチボチ。あんま頑張りすぎると、身体壊しちゃうぞ~~~!(笑)──」
「──ほら! これは惜別、私のおごりぃ~~☆」
「……」
──私の余裕のなさをあざ笑うように、コイツは、スタバのフラペチーノを差し出してくる…………っ。
「あ、“水の精霊使いが飲み物~?”とか、そういう陰キャ特有の斜め読み、マジいらんからね~~? JKの必需品みたいなもんじゃん、これ! 映えるし!!」
「…………ッ」
「ほら、飲めって。さっさと~~~~☆」
──私を軽薄な目で見てくる…………っ。
──私の人生を、軽く塗り替える…………っ。
──積み上げてきたものを、笑えるネタへと変換する………っ。
──私の、全てをッ……。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てを。
──全てをッ……。
全てをッ……──。
────ゼンブ、ヲッ。
『コイツ』
『ハ、』
『塗リ潰シテ、』
『クル。』
「…………」
「え、あ。あ~マジで飲みます……? 若干、草ァ~~~」
「は、早坂……!!」
……感情的になることは、幼少期、既に捨て去ったつもりだった。
……それは、単に『まだあの人がいたから』保てていた、甘ったるい欺瞞の余裕だったのだと、今さら思い知らされる。
手のひらから熱を奪っていく、安っぽい透明カップ。
過剰なトッピング。青春を模した、けばけばしい装飾。
軽薄を煮詰めた、橙色の液体。
「いやいや、別に変なの入れてないからさ~? 安心して? まあ信用ゼロだろうけど……w」
「早坂!!!」 「…………」
……パラレルワールドの私は、この時間。
この同じ飲み物を──何の蟠りもなく、笑って楽しんでいたんだろうな、なんて。
「ま、これで私たち……真のトモダチってことだね!!レイ・エ・ラ・ミア・アミー──」
「Ma anche tu. Con la capsula d’acqua hai fatto tanti amici, no」
「……は?」
────私は迷いなく眼前の女へ、そのちっぽけな液体を叩きつけた。
「…………え」
…………そんな砂粒のような宣戦布告も、神は許してくれると、私は思いあがっていた。
「……ナイスゥ~~隊長♡ いえーい! 『相合傘』~~アイ・ラブ・ユー♪♪」
「……え──」
──バチンッ
「……ぎッ、……いぃッあァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」
「え。……内さ、……………?」
「あー別にそこまでしろとは言ってないけど~……。とりまナイッスゥ~~~」
『……くだらない』
カプセル奴──ミスルンの『転移術』……あるいはそれに類する何か。
奴の介入によって、山井は顔も髪も服も、糖液一つベタつくことなく『清浄』なまま。
……瞬時にその手へ現れた『傘』を、無邪気に振り回して。
悲鳴に振り返った先では、同じく転移術の成れの果て。
笑美莉が握っていたはずの割り箸は、『青白く発行する、異様な湯気を帯びた金属棒』へと変質されていて、
──地面に触れたその金属音は、笑美莉の絶叫よりも重く、鈍く、
──あまりにも現実だった。
「ぁああああああああああ!! キ、キモ……いッ痛ぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「う、内さんっ!!!!」
「痛い痛い痛い痛ぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「……ねえ隊長。……この棒、だいぶマズい奴じゃないのぉ~~~……?」
『知らん。私はあの絵文字顔に再三注意をしたのだ。その上で接触したのだから……自然の帰結だろう』
「いや、そういう話してねーわけでさぁ~~……」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ……!!!!!」
意味が、剥離する。
網膜に映るすべてが、意味をなさない記号にしか見えなかった。
まるで、他人の人生を、安価に編集した映像を。ただ、外側から眺めているような。
客観的にさえ思えるその現状は、ある意味では究極の自由だった。
笑美莉の涙がこぼれ切るのを待たず、私はマリオネットに糸を引かれたかのように、自らの身体を突き動かした。
その手には、武器であるチェンソーを握っていた。
無意識だったのかもしれない。まるで霞を掴んでいるかのような、薄ら寒い軽さ。
今の自分がどんな表情をしているのか、もう分からない。
というか……もう、どうでもいい。
スターターさえ引っ張らず、ただの鉄塊と化したそれを、私は眼前の塵芥へ叩き込んだ。
──はずだった。
──この世界は、どこまでも質の悪い喜劇映画だったらしい。
──私の武器となった『招き猫人形』は、無様に空振って、虚に尽きた。
「…………ぁ、あ。……あ」
「…………っ!!!wwww あ、ごめん……!! ……コラ恋!! 何笑ってんのよ!! こんな、不謹慎な……──っぶっは!!wwwww」
……現実と認識の間に、決定的なズレが生じる。
これは、夢だ。そうでなければ、おかしい。
このアスファルトの感触。
この状況。
この、滑稽すぎる失敗。
何一つ、現実として成立していない。
だから心が、動かない。
だから屈辱すら、処理されない。
……夢だ。
夢だから。
私は、壊れずに済んでいる。
……あぁ、夢に決まってるでしょ。こんなの。
だって、おかしいじゃない。
あのドブのような女が、勝ち誇ったように武者震いしててさ、
『……自分だけは常に優位だと信じる。貴様らの悪い癖だな。ハヤサカに。ヤマイ。──』
『──自分の欲望が他者に蹂躙されるなど、微塵も想定しない。その境界線の過剰過信は、迷宮でも。この殺し合いでも。同様に、滑稽な破滅を招くものを。──』
『──……もっとも、こればかりは私にも言えることだがな。──』
『──……茶番は見飽きた。次へ移るぞ。……いやそもそも、私を早く召喚しろ、ヤマイ』
「ふぁ~~~~ひw」
こんな、中身空っぽのカプセルが、勝利宣言をのたまうとか。
ウケるでしょ。
◆
………………
…………
……
【♪ジムノペディ第1番】
「いたキモい!! いたグロい!! いたりあんトマト・ケチャップソース~~~~~!!!!」
「…………」
その包帯はもはや、生々しい二本指を隠しているにすぎないのに。
逃避するように入り込んだアパートの一室で、私は笑美莉の処置を淡々と続けていた。
かび臭い匂いなんて知らない。薄暗い中、何の救いにもなってない採光にも関心がない。
ただ、二人で悩みを分かち合えればそれでいいや、だなんて。
私は、白黒の、サイレント映画の中で、ぼんやりと自嘲を浮かべていた。
……バカだな、笑美莉は。
イタリアントマト? どんな冗談なんだか。
もうその指は、トムとジェリーのネズミ捕りで挟んだみたいに、パンパンだってのに。
「……早坂!! もうちょっと優しくしてってば!? あぁもうキモイタタタタタタ~~~~」
「…………」
「……ちょっと早坂、スルーやめて。私スベったみたいで普通にキモキツいんだけど」
「…………」
「お~~い!! 中継の早坂ぁ~~~~!!」
本当に、作り笑いがヘタクソな絵文字顔だ。
先の状況をなかったことにするための、即席のユーモア。
透けて見える優しさで、安直で、不器用で。
……第一、口癖の「キモい」が明らかに『痛い』の熱量に負けているし。
黙って葬式モードでもしてれば自分が楽だろうに、……本当に、この人は…………。
「………………。──」
「──あーでも、早坂に指しゃぶってもらえれば、私もオカズになるかも~~~」
「ハァ!!? キモッ!!!!」
「あ! 出た!! やっと感情出たじゃん! ……さっすがは黒木!! 彼女の迷言受け売りは激キモ大特価だね〜!」
「…………はぁ? あーまたその人ですか……。──」
「──って、あ……」
……反応してしまった自分に。遅れて、気づく。
何をやっているんだ、私は。まんまと笑美莉のペースに乗せられているじゃないか。
黒木という万能カード。それを雑に切るだけで、この流れ。
……くだらない。
シリアスな雰囲気も、何もあったものじゃ──
「いつまでも一緒にいてあげるから、早坂」
…………。
「あーこれさ。共依存とか同情とか、そういう重い系じゃないからね。“かわいそうだから”いてあげるだけ。そこ勘違いしないでほしいんだけど」
「……何も聞いてないのによくしゃべりますね。かわいそうだからって……」
「でも友達って大体そんなもんじゃない?──」
「──薄っぺらくて。適当な距離で。なんとなく一緒にいてさ。でもさ、いざって時だけ、その薄っぺらミルフィーユで守る~みたいな。──」
「──私はそういうものだと思ってるから余計、あの黒木に対しての……こう、妙なキモっぷりに馳せちゃうんだよねぇ…………」
「いやなんでシミジミしたんですか。で、結論それなんですか……。はぁ…………」
「ま、そういうこと。──」
「──ねえ。早坂の話、ほどほどに聞かせてよね。──」
「──……私が、あんたの『これから』にいてもいい理由を、──『これから』も……」
「…………。……これからも…………」
……ズルいと思った。
『キモい』じゃなくて──『エモい』感じのトーンで話を締めくくる、その感じ。
なんだか、もどかしくて、……でも、波立つような心の乱れを確かに感じて。
鼻の奥がつんとくるような感触があって、……って、これは単にオロナインの匂いか。
……そういうことに、しておく。
……なんなんだろうな、私は。
とんでもなく困った友達を、抱えてしまったものだ。
「……とりあえず。掃除、しますからね」
……うん、切り替えだ。
侍女としてのスイッチを、再び落とす。
これ以上。この温度に、浸らないように。
この泥沼に、沈み込まないように。
私はただ、掃除を始める。
それだけを、選んだ。
………………
…………
……
侍女としての初動は、AM.06:47。
秒単位の精度で脳内アラームを止め、即座に意識を切り替える。
鏡(といっても、ひび割れた洗面台の破片だ)の中の自分と向き合い、汚れを拭った顔と、乱れた髪を無機質な手つきで整える作業だ。
AM.05:30には、軋む床の音を殺して廊下──もとい、四畳半の畳の上を歩き、同居人の寝床へと滑り込む。
◇
『……あー、アイツ自殺じゃんね。本来の意味で』
『…………ハヤサカに、随分と当たりが強いな』
『いや正論じゃん。病みすぎ。ナニコレ? 【~早坂さんは、電車にダイブです。~】始まんの?w』
『…………』
『おい黙んな。私陰湿みたいになるじゃん』
◇
まずは、隙間風が吹き込む窓辺の養生。
次いで、床に散らばった血のついたガーゼや、コンビニ弁当の残骸を掃除することから始まる。
◇
『あ~もうよそっか。……なんか、空気キツいから』
『貴様が出した話題だろう』
『……それはそうだけどさぁ~……。……ってか──』
“あのぉー……すみませーん”
『『あ?』』
“……ちょっと、お時間大丈夫ですか?”
◇
……この絵文字顔(笑美莉)は放っておくと際限なく自堕落になる。
痛みにうなされて蹴飛ばした毛布を掛け直し、空になった水筒を消毒してあげたりと、無駄な仕事に暇がない。
そうやって日常の残骸をクリーニングし終える頃、時計の針は七時。
笑美莉が痛みに顔を顰めながら『目を覚ます』時間を指す。
“おはようございます。……ほら、起きてください”
◇
“……ええ。ちょっと取材に協りょ──”
『はいお前、強制自殺決定~~。精霊ちゃんおなしゃ~~~す』
『……待て、ヤマイ』
『あ?』
◇
そこから先は、さながら錆び付いた精密機械を無理やり回すデモンストレーションだ。
震える右手を支え、コンマ数ミリの狂いもなく彼女の包帯を巻き直し、「昨日さ、黒木がね……」なんて見え透いた強がりを、適切な毒舌で受け流す。
主(笑美莉)が、冷え切った安物のゼリー飲料を啜る傍らで、私は支給武器の残弾確認や、逃走ルートのパッキング。薄暗い六畳間では、今日の索敵範囲を手短にブリーフィング。
◇
『……ソノダ、というのだな。貴様は』
“っ!! ……てか、何ですかコレ? おしゃべりフィギュア? スマブラのですら自我ないんですけど(笑)”
『貴様がこの殺し合いにどう巻き込まれ、……そして何を目的にそんな物騒な刃物を手にしてるかも、私には分かる』
“物騒な物……あぁすいません、ついナイフを~~……!”
『…………それにしても取材、か。……勝手に覗き込んだ非礼は詫びよう。……せめてもの対価だ、情報を受け取れ』
“え?”
◇
以上を終えてやっと、私は、まずは空調の最適化、次いで掃除の開始に至る。
……あの方は放っておくと際限なく自堕落になる。
脱ぎ捨てられた服を拾い、力尽きたスマホを急速チャージしてあげたりと、無駄な仕事に暇がない。
そうやって無音のクリーニングを完遂する頃、時計の針は六時。
モップがけの時間が始まる。
◇
『プラウド代々木初台アパート。────ハヤサカという女に取材してみるんだな』
“……え?”
『……え』
◇
モップがけは退屈な仕事だ。
床のタイル、白さを基調としたその高級な地面を、隅々まで拭かなきゃいけないのだから、肉体労働の限界となる。
私は、疲れと眠気、倦怠感を押し殺しつつ、主のために念入りに拭き続ける。
◇
“はは。ご協力、どうも”
『………』
『……』
『あの、隊長さぁ……』
『問題ない。ハヤサカ、ヤツの身体能力は常人の範疇を逸脱している。少なくとも、単独で死ぬことはない』
『……』
◇
モップがけは退屈な仕事だ。
床のタイル、真紅を基調としたその高級な地面を、隅々まで拭かなきゃいけないのだから、肉体労働の限界となる。
私は、疲れと眠気、倦怠感を押し殺しつつ、主のために念入りに拭き続ける。
赤く染まった四畳半の畳を、何度も何度も均一に。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
何度拭いても、赤が滲み出て仕方ない。
◇
『……みんなさ、』
『……おい』
『大なり小なり悩みあるのにさ……“自分だけ特別にしんどいです”みたいな顔、マジやめてほしかったんだよね、愛ちゃん……』
『……やめろ、ヤマイ』
『それを言わない私は、オ・ト・ナ…………。──』
◇
以上を終えてやっと、私は、まずは空調の最適化、次いで掃除の開始に至る。
……あの方は放っておくと際限なく自堕落になる。
脱ぎ捨てられた服を拾い、力尽きたスマホを急速チャージしてあげたりと、無駄な仕事に暇がない。
そうやって無音のクリーニングを完遂する頃、時計の針は六時。
モップがけの時間が退屈な仕事だ。
床のタイル、真紅を基調としたその高級な地面を、隅々まで拭かなきゃいけないのだから、肉体労働の限界となる。
私は、疲れと眠気、倦怠感を押し殺しつつ、主のために念入りに拭き続ける。
赤く染まった四畳半の畳を、何度も何度も。
何度も、何度も。
◇
『──はい愛ちゃんおっつかれ~~~☆ はいスワイプ~~~はいブロック~~~~~wwwwwww』
『……外道が』
◇
何度も、
何度も、
何度も。
私は。
ただ。
毎朝。
あの人のためだけに。
自分の全リソースを、投じ続ける。
いつまで続くかなんて、もう考えない。
……おそらくは、明日も。
その次の朝も。
いつまで続くかなんて、もう考えない。
……おそらくは、明日も。
その次の朝も。
………………
…………
……
【うっちー@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 死亡確認】
【残り55人】
【🟠STATES🔥】
【1日目/プラウド代々木初台 二〇一号室/AM.06:36】
【早坂愛@かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~】
【状態】
【装備】
【道具】
【思考】基本:【】
1:
【1日目/プラウド代々木初台 外/AM.06:36】
【園田夢二@善悪の屑】
【状態】牛刀(180mm / 現場調達)
【装備】包丁
【道具】B5サイズ・ワイヤーメモ、黒色ボールペン
【思考】基本:【取材】
1:対象を絞り込み、『取材』を開始する。
2:早坂、君からは極上の『絶望』が聞けたよ。……実に見事な反応だ。
3:次の頁(犠牲者)を探す。
【1日目/ラブホ周辺街/AM.06:36】
【山井恋@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】絶頂(マウント完遂)、全身に細かな擦過傷、デトックス完了の笑顔
【装備】めっちゃ研いだ菜箸@古見さん、ウンディーネx1@ダンジョン飯
【道具】なし
【思考】基本:【狂信的奉仕型マーダー → 聖域:古見硝子】
1:古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子古見硝子。
2:古見様がいる世界は神ゲー。それ以外はザコ敵、パッチノートで修正(皆殺し)。
3:ミスルン隊長(おしゃべりフィギュア)を転送ポータルとして酷使。
4:見かけた人間全員と『オハナシ』をして、キルスコアを稼ぐ。
5:カスボケ犬畜生(マロ)を見つけて、古見様の視界から永久追放。
6:愛ちゃんはブロック済み~☆ はい、お疲れサマ~www
【ミスルン隊長@ダンジョン飯】
【状態】 召喚体(未開封の不条理)、不快感
【装備】 転送魔術
【道具】……むしろ私が道具扱いだろ。
【思考】基本:【対主催】
1:主催者を殺す。
2:ヤマイという欠陥個体の娯楽(茶番)を、迷宮の情報収集として利用。
3:マーダー側とは協力。足手まといは即断捨離。
最終更新:2026年03月18日 00:32