『君の瞳にアイ・ラブ・ユー』
──或る日曜日の、天国と地獄の対照表(コントラスト)──
【SIDE:ヒナ】
~ホモ・サピエンスの最低尊厳を更新し続ける『極限・忘却・泥濘の日曜日』~
【12:00】【起床】
瞳ちゃんは既に日当1,000万を確定させている頃。ヒナは「眩しい」という理由でカーテンにリモコンを投げつける。
【13:00】【朝飯はポテチ(うすしお)】
箸すら使わず、袋を口に流し込むスタイル。
【14:00】【虚空を見つめる】
何も考えない。テレビをつけるのすら面倒になり、天井のシミの数を数えようとして飽きる。
【15:00】【新田の財布から抜いた小銭で課金】
汗水垂らして働いた新田の金を、一瞬のガチャ演出のために溶かす。罪悪感は0。
【16:00】【二度寝】
「起きてるのに飽きた」という理由で就寝。
【21:00】【夜食:新田が作った飯を放置してデリバリー】
せっかくの料理を「気分じゃない」と無視。
【23:00】【YouTubeのショート動画を無限スクロール】
面白いかどうかではなく、指が動くから見ているだけ。
瞳ちゃんが死んだ目でレジを打つ中、ヒナはスライムを作る動画を見ている。
【02:00】【鼻をほじりながら就寝】
明日への抱負:なし。
反省:なし。
明日もこのルーティンを繰り返すという鋼の意志。
──── vs. ────
【SIDE:三嶋瞳】
~秒速で資本を蹂躙する『ハイパー・オーバードライブ・サンデー』~
~睡眠・食事・人権の放棄。カフェインの静脈注射で強制起動する労働の化身~
【04:00】【漁師 兼 一人親方】
荒波に揉まれながら建設図面を引く。心臓はコーヒー注射で爆速。
【07:00】【林業 兼 葬儀屋】
巨木を倒して即座に棺桶を作るレベルの効率化。
【09:00】【電通(派遣課長)】
凄まじい眼光で部下を震え上がらせる。合間に自販機清掃。
【12:00】【ライン工(時給700円)】
休憩なし。指先を機械より速く動かし、生産性を300%上げる。
【13:00】【売れないマジシャンのネタ鑑賞】
精神的苦痛。
つまらないネタを1時間作り笑いで見続け、1,000円稼ぐ。
【14:00】【家具の訪問販売 兼 コーヒー売り】
電通の重役相手に焙煎機をセールスしつつ、タンスを売る荒業。
【17:00】【電通(マナー講師)】
変装。
マナーの悪い社員を葬儀屋の知識で仏のように静める。
【19:00】【野球のビール売り子 兼 警備員】
樽を背負いながらスタジアムの不審者を制圧する、歩く要塞。
【21:00】【風俗店のキャッチ 兼 コンビニ】
繁華街の客をコンビニのレジへ、そして風俗店へと流し込む。
【00:00】【休憩】
深夜のコーヒー注射。
自ら注射器を刺し、バキバキの瞳で自社の決算。
【02:00】【警備員(深夜巡回)】
ビルを回りつつ、廊下でシャドーボクシング(眠気覚まし)。
「今日だけで一千万……。会計士の年収を一晩で稼いでしまいました。でも、私の手元に残ったのは、コーヒーの匂いが染み付いた作業着と、バキバキになった眼精疲労だけです……」
(──瞳ちゃん、魂の独白)
……そんな時代も~♪
あったねと~~♪
いつか笑って話せる日──JKを迎え、三嶋瞳は遠い目をして当時を回想する。
◆
喩えるなら────、
自動車教習所の掲示板において、不合格者の番号が灯ることは万に一つもない。
あるいは、オークションにて、ハンマーが振り下ろされた瞬間に響くのは、最高値をつけた者の番号と金額のみ。
はたまた、アカデミー賞のレッドカーペット。マイクが拾い上げるのは「And the winner is...」に続く、たった一人の福音だ。
およそこの世のあらゆる催事において、『呼名』とはすなわち、勝者を称える実体なき名刺に他ならない。
────喩えるなら、金メダリストの表彰台で、四位の者の国歌が流れることはないのである。
世の理は、誰が教えるまでもなく呼名を『勝者の特権』と定義づけているのだ。
ならば、思考実験をしよう。
──もしも、『敗者』の名が、あえて朗々と呼び上げられる『催し』が存在するとしたら。
もはや表彰でも、事務的な報告でもない。
それは、広場の中央に設えられた晒し台。
敗者の自尊心を組織的に、かつ致命的に毀損させるための精密な儀式。
──すなわち、主催者によって設計され尽くした、悪意の完成形なのである。
『以上十六名~~!! 君も殺し合いに優勝して、好きな人を生き返らせようっ!!』
──プツンッ…………
「……黒崎………………っ」
「…………っ、……。──」
「──(……そんな、……アンズちゃん…………っ)」
軽薄という言葉をさらに軽量化したような『第一回死者発表』を聞き届け、茶々珈琲。
アンティークな調度が並ぶ喫茶店にて、利根川幸雄、ならびに三嶋瞳のコンビは、絶望の暗雲に支配されていた。
月光が凶器のように渋谷を裂いた開幕の刻から、時計の針が百十八度を回りきった現在。
その長いようで実に短い空白の時間にて、瞳らは、せめて知己との再会を祈っていたものだが、
記号同然に呼ばれた──黒崎義裕。──アンズの名前。
「(……ごめん、なさい…………。……あぁ、新田さん…………っ)」
瞳はスマホの定時起床アラームを、暫く無感動に流し聞かざるを得なかった。
分かっていた。
理屈の上では、最悪のシナリオすら想定の内側にあった。
ただそれでも、現実の直視とは、心の防波堤を一瞬にして決壊してしまうものだ。
Scrap & Build.
一度瓦解した精神の再建築は、どんな高層ビルの設計よりも困難を極める。
瓦礫の中で立ち尽くし、砂を噛むようになりながらも──それでも瞳の使命は、自身の膝を屈することを許さない。
「(私が、もっと……もっと早く見つけていれば……。私が、もっと……っ。──)」
「(──…………っ!!)──」
「──……うんっ」
亡き黒崎から託された、この地獄を打破するための絶対戦術──『プランA』。
その総責任者という重責を担っている以上、ただ打ちひしがれているだけの時間は、職務放棄に等しい。
カウンターへ向かった瞳は、淹れたての一杯を手に取り、利根川の下へと歩み寄る。
──今は、前を向く。
──次なる『死者呼名』という最悪を、ここで断ち切るために。
──珈琲の香りと共に、再び修羅の道へと踏み出さねばらならぬのだ──。
「……利根川先生。“作家は考える葦”──でしたよね。……ならば今こそ、今こそですよ……!!」
「…………」
「亡くなられた十六名……そして残された全員の為に、誇りあるリーダーとして──」
「ククク……っ! 圧倒的………………大勝利ィッ!!」
「ふへ?」
「消えた……!! 邪魔者が……!! 黒崎が、ゴミとなって消えたっ……!! Happy Birth Day──帝愛No.2…………っ!!」
「は? は……?!」
──今は~……、前を向くぅ……。
──ふたたび、修羅の道へとぉ~~…………──。
「……あのォー、利根川先生」
「黙れお嬢……っ!! ……そうジト目されんでも分かるわ……っ! キサマが言いたい、その偽善めいた正論、綺麗事のツッコミなど…………っ!──」
「──だが今の世の中……やれZ世代だか、さとり世代だかは……言うだろ……! 正論を叩き潰す免罪符…………『でも事実じゃん』という、魔法の言葉を…………!!──」
「──ならば、ワシも最新のトレンドから脱落する気はない…………っ」
「はぁ?」
「But it’s true.──死者放送は福音……!! 神の祝福ッ…………!! 圧倒的……僥倖ッ…………!!!──」
「──ククククゥっ……!! クククク!!!! カカカ、ククククァァアアア!!!」
「………………」
──こ~~ふぃ~~の、香ひぃ~~~~…………。
──あ、にっが。オエッ!!🤮☕
“大人って大変なんだなーって思いました”
──そんな、一周回って達観したような感想を抱いたかは定かでないが。
瞳の氷河期世代を蔑む冷視線を背中に、利根川はルンルン気分でトイレへと消えていった。
………………
…………
……
◆
「ワシの天下……! ククク…………ククっ……!──」
「──クク…………ク、ク…………。──」
「──………………ク…………。──」
────バタンッ
「──……………バカが。黒崎」
扉の閉じ切った瞬間、乾いた声が水面へと消えてゆく。
あとに残されたのは、換気扇の単調な回転音と、蛇口から滴る水の音だけ。
帝愛No.2候補──利根川幸雄は水面台にて、鏡に写ってるであろう『らしからぬ表情』から、目を逸らし続けた。
利根川にとっての、黒崎と自分。
それは、生涯を通じて付きまとった、『光』と『影』という、相克にして不可分の関係であったろう。
日々、利根川が死に物狂いで自らの輝きをアピールし、日射の下で吠え続けている傍らで、その影はいとも容易く、会長の背後に伸びていく。
雲行きや雨模様によって簡単に遮られる光とは違い、影だけは四六時中、主君の足元に寄り添い続ける。
時には「眩しすぎる」と疎まれる光と、常にそこにあるのが当然とされ、重宝される影。
──倫理に則ったPlan-Aを掲げ、この地獄を内側から崩壊させようとした【光】。
──と、
──この理不尽なゲームの理に殉じ、散っていき、
────その裏で『Plan-A』の成就を託した、【影】。
「…………っ、………………自業自得だ。──」
「──…………こんなクズ相手に、ワシは足掻き、ジェラシーを募らせ、競い合っていたなど……。…………最期まで……ワシを愚弄しおって。──」
「──……チッ」
二人の間に盟友と呼べるような、美しい絆など存在しない。
利根川が一方的に意識し、敵視し、遠ざけた。
そこにあったのは対話ではなく、比較。
交流ではなく、競争。
ゆえに、語り合える過去も、笑い合った記憶も、何一つ残ってはいなかった。
だが。
「……死んだ方が、負けなのだ…………。……だろ……? 黒崎………………」
利根川の手に握られた、支給品である『ソレ』。
そのもどかしさが、今は嫌味なほど、利根川の胸を締め付けていた。
『へぇ~~、死んだら負け……。その勝ち負けを決めるジャッジマンは、誰なんです? 利根川さん…………!』
……
…………
………………
“ジャッジマン……? 知るか。敷田だの白井だのにやらせておけ…………!!”
──そんな身も蓋もない返しから始まった、いつかの、あまりに他愛もない会話。
場所は帝愛本社にほど近い、高層階のオーセンティック・バー。
きらめく夜景を独占し、至福の琥珀色に酔いしれていた利根川を、運悪く見つけ出したのが、あの黒崎だった。
こちらは隠しきれない嫌悪を剥き出しにし、「失せろ」と言わんばかりの態度を取っているというのに、当然のように隣の席を占拠する奴。
流れるような手つきでグラスを傾けながら、奴は問いかけてきたのだ。
後日、クズ共を相手に行う悪魔的遊戯──『Eカード』の極意についてを。
『……あ? ルールの盲点だぁ……?』
『ええ。だって、至極単純な話じゃないですか。私が皇帝を握っているなら、初手でそれを出せば……はい、終了。はい、完全攻略……!!』
『…………(何を言っている……このバカは…………?)』
『奴隷側に初手で切り札をぶつける度胸、あるわけないですからね。……言ってしまえば、多額の借金を背負ったゴミ溜めのクズ共が、そんな玉砕覚悟の勇気を持つか? という話で。ははは!』
『……』
『で、クズ共は知能も足りませんから、三回戦まではそのゴリ押しで完封余裕。四回戦以降で多少の揺らぎを見せればいい……。……凡庸な私には、そんな効率的な戦法しか思い浮かびません。だからこそ、尚更気になるんですよ』
『……“何故、キサマはチマチマと市民を出し、奴隷側に足掻く余地を与えるのか”──と?』
『さすがは利根川さん。……ジョセフですね、圧倒的戦闘潮流です……!』
殺し合いの渦中にあっても、平然と効率を説いた男だ。
思えばこの時から、黒崎という怪物の内側には、他者を人間として認識しない断絶が芽生えていたのかもしれない。
ジョセフ、圧倒的戦闘潮流。
褒めてるのかどうなのか、理解を拒む言葉を鼻で笑い飛ばし、利根川は視線をそっと外──漆黒の海に浮かぶレインボーブリッジへと逃がす。
車のライトが、夜光虫のように蠢く。
その微光が、彼の瞳孔にわずかな火を灯す。
利根川は、重く湿ったため息をグラスに落とし、静かに、だが峻烈に応え始めた。
『……驕りだな。キサマの悪い癖だ、黒崎…………っ』
『え? いや、さすがにラフロイグを頼んでおいて……奢れとは……』
『そのおごりじゃない……! わざとだろ……!! つまらんわバカが……!!──』
『──チッ。黙って聞いてれば……稚拙な選民意識…………。確かに、ワシらが対峙する者はゴミよ……。義務教育も社会も見放した、生きる価値など微塵もないクズばかり…………。──』
『──しかし……っ! それは属性に過ぎん…………!! 本質はどうだ……! ……鼻につくことを言うようだが、相手もワシも……ヒューマン……! 同じ人間なのだ…………っ!!』
『……ヒューマン…………?』
『そうだ。【卒業を知った者】と【卒業の上に立つことすら許されなかった者】。その立脚点の差こそあれど、自分を選ばれた強者だと思い込んではならん。対等……! 常に同じ地平に立っていると……そう思わねばならんのだ…………っ!!』
『……はは。授業ですね、完全に。ゴルゴ松本の……! ただ解せませんねぇ~利根川さん。そのストイックな心がけ、一体どんなメリットがあるんです?』
『メリット? ……あいにく、花王製品は好まんのでな。ワシは……』
『は、はははは!!! いやいやシャンプーの話じゃなくて~~──』
『……腹が立ったろう?』
『……腹は立ちませんが、反省しました。…………では、とどのつまり??』
『クク……。──』
『──相手が必死に市民で足掻き、一筋の希望に縋り、そして絶望の底に沈む……。その葛藤を咀嚼してこそ──、』
『──かの会長は……初めて悦ぶのだ…………っ!──』
『──ワシらが演じる……クズとクズの殺し合い……、その生の震えを見てな…………っ!!』
『うおおおおおヤバいヤバいヤバい!! 圧倒的授業……!! もはやTIMのW授業…………!! Congratulation!!!』
黒崎は、皮肉か賞賛かも判別させぬ軽薄な拍手を送る。
だが、その拍手の音は、利根川の耳には空虚な風の音にしか聞こえなかった。
後日、思い返して顔を赤らめるほどに酔いの回った持論。
それを奴は、柳に風とばかりに受け流して。
その時感じた風の吹き心地が、なんだか初めての感触で。
今となっては、そんな些細な記憶の断片すら、風の匂いを感じさせることはなくて。
………………
…………
……
「……結局、奴がEカードの卓に付くことも……なくしてな…………」
そして現在、ちっぽけな洗面台上にて、支給品の『ソレ』が無機質な駆動音を鳴らすのみ。
脳裏へ不意に侵入してきたアイツの声は、もう鮮明には思い出せない。
それなりに言葉を交わした間柄であるはずなのに、その声色も、特有のトーンも、指の間からこぼれ落ちる砂のように霧散していく。
くだらない敗者のことなど、もう忘れろと──本能的な拒絶反応だったのかもしれない。
あるいは、利根川を再び修羅の道へ向かわせるため、一度だけ上映を許された、電気信号の悪戯だったのかもしれない。
──そう、黒崎との回想は自分の本心でないと、歪んだ唇を噛み締めつつ。
「……無駄にしおって、ワシの持論を…………。──」
「──…………バカが。同程度……まるで、あのお嬢と……同レベルの甘さよ…………!」
支給品の試し打ちを終えた利根川は、蛇口を閉め、ハンカチで顔を拭った。
鏡に映ったのは、いつもの、冷徹で計算高い、蛇のような外道の表情。
ほんの刹那の揺らぎなど、最初から存在しなかったかのように、彼は再び、瞳が待つ琥珀色の静寂へと踵を返す。
ポケットの中。
まだ熱を持った支給品の固い感触を、輪郭をなぞるように確かめながら────。
◆
-・・-- ・・ -・・-- ・・ ・・-- ・-・ --・- -・ ・- -・・ --- -・・-- ・・ ・-・ ・- ・・-
(──だが、そんな彼を嘲笑うかのように、)
-・- -- --- ・・ ・・-- ・・-- --- ・-・ --・- -・-・ -・・-- ・・ --・- -・・ -・・-- ・・ --・- ・・ -・- -・・-- ・・ -- ・- ・-・・ -・ ・-
(──空気を読まずして、外道が現れた)
◆
扉を出て刮目一番。
まず視界に飛び込んできたのは、アンティークなテーブルの上。
──『記憶に焼き付く』とは、正にこのことか。
先刻、レンズ越しに自分らを爆殺せんとした少年が、あろうことか土足で胡坐をかき、鎮座していた。
「……いや、マジ……マジさ……勘違いしないでくれよ? ……ぉ、俺は、アンタらに危害加えたいとか……そういうんじゃなくて。……わかってくれるだろ? トネガワさん……っ」
「…………ヒッ、ィッ……!」
自称──相場晄。
彼は礼儀正しく(と本人は思い込んでいるのか)、件のカメラを足元に安置し、利根川へと真っ直ぐに視線を投げている。
突然の接触に昂っているのか、あるいは主催者の影を目前にした覚悟の顕れか。
相場という小僧は、過呼吸気味に肩を揺らしながら、独白を垂れ流し始めた。
「……単純に俺さ、野咲に……野咲に会いたい一心なんだよ!! …………あの時、不意打ちしたことは……マジ、マジで反省してるから」
「……ンッ…………ンンッ!!」
「……な、いいだろ…………? 悪いことした後は、謝れば許されるって……習ったよな?」
野咲。
相場の語るところによれば、それは自分における唯一無二の『理解者』であるという。
再会への渇望。それが形を歪め、現出している不器用な接触。
言うまでもない。相場の瞳に宿る熱量は『本物』だった。
震えながらも芯の通ったその言霊は、かつて黒崎と『ヒューマン(対等)』を語った利根川にとっても、本来なら汲み取るべき『覚悟』であったはずなのだ。
「トネガワ……先生っ!! 主催者の権限で……俺を野咲の元までワープさせてほしいんだっ!! 運営だろ!? それくらい、デバッグ作業みたいなもんだろっ!!!!」
「………………生ごみがッ……」
──もっとも、三嶋瞳の口を、指が食い込むほどに塞ぎ、
──完璧な人質スタイルを保ったまま、狂眼で懇願しているという、この異常事態を度外視すればの話だが。
「……小僧よ…………、………………。…………チッ!! 思いつくか!! 言葉など……こんなこんな泥濘を見せつけられてッ!!!」
────ついでに言えば、利根川が戻ってきてからこの不毛な問答は、一言一句違わず三ループ目に突入している。
利根川の喉が怒りと困惑でヒリつく中、相場は平熱のトーンで続けた。
「……いや悪ぃ。俺もさ、自負するつもりじゃないけど、フツーじゃないから。……手段とか常識とか分かんねぇし。てか考える余裕もないし……」
「……」 「ンッ!! ンッ!!!(『自負』!? 誇ってんのかクソボゲェェェェェェ!!!)」
「……でも、あんだろ? “ビョーキの人には優しくしろ”って…………悪い。それはさすがに、さすがに自分でもやべぇとは思った……。……でもッ!!!」
「…………あ? でも?」 「ンッッ!!!」
「ぃ、今の俺には……。いや、野咲は……俺がいてやらねぇとダメなんだッ!!──」
「──なりふり構ってられない俺を、どうか許してくれ!!! そしてどうか……俺の言うことを聞いてくれ!!! 頼むっ、トネガワ先生!!!」
「…………」 「ンンンンンンッ!!!(また野咲の話……?)」
瞳の幼い頬を力任せに引き寄せ、涙を浮かべる悲劇のヒーロー。
注視すれば、その赤黒い血の滲む包帯の手で、慈しむように彼女の髪を愛撫しているようにも見えたが──もはやそれが邪推か否かなど、この極限状態においては些事。
比較的平穏を保っていた喫茶店に突如として出現した、地雷原の如き危機的事態。
その元凶たる相場晄に宿るのは、後悔でも脅迫でもない。
ただひたすらに、『自分という異常』を世界に強制受容させようとする、純粋で暴力的な甘えだった。
利根川が幾度、「ワシは主催者に似ているだけの別人だ」と諭したところで、狂気の耳に言葉は届かない。届くはずがない。
それどころか、相場が望む回答を差し出さぬ限り、足元のカメラが微笑を湛えるばかりである。
「…………頼む、頼むよ。…………もう、野咲に見せられない俺に、……なりたくない」
「ンンンンンンンンンンンングググググッ!!!!(どう足掻いても幸せになんかならんわオノレはァァァァ!!!!)」
ざわっ。
ざわっ。
──圧倒的、不条理……。
──純愛という名の、無差別テロ……っ。
『チャンスはピンチの顔をしてやってくる』
かつて自著『リーダーの心得』に書き記した至言が、利根川の脳裏を過る。
だが、現実は残酷。
物理法則を無視したワープなど、天地がひっくり返っても不可能である。
瞳の薄い皮膚が今にも裂けんばかりの現状、そして瞬き一つすらしない狂気の眼。
「(…………チッ。……もったいない……っ!)」
利根川は、ふとポケットに手を突っ込んだ、のち。
「……そうだな。その方が合理的……っ。キサマのような『駒』を引き入れることは、今後のプラン遂行にも資する…………。少なくともワシの判断はそうだ。歓迎するぞ、相場くん…………」
「ッ!!! せ、先生……!!!」 「…………ンググッ!!?」
「……となればだ。お嬢、キサマは『どちら』を選ぶ……? 答えろ…………!!」
「……んぐっ?」
相場の顔に、一瞬、救済の光が灯った、のち。
一瞬の弛緩。
指の力がほとけたことで、瞳の「答えるまでもないでしょ!?」と言いたげな口元が露わになった、そののち──。
「……と、トネガワ先生……! 俺は……俺は──」
「『目』か……『耳』…………。『どちら』にする……?」
「「え?」」
──利根川幸雄という悪魔は、ポケットの支給品『耳ドリル』を、大仰に見せびらかした。
◆
……
…………
………………
『利根川さん、Eカードで……仮に「目にしろ」ってほざくバカが相手なら……どう言い訳するんですか? 詰みじゃないですか、イカサマできなくて』
『あ? ……その時は機械の故障だの、現実を見ろだの、理不尽な説教で誤魔化すしかないだろ……っ』
『あぁなるほど~……。圧倒的、パワハラ論法……!』
【👁♪The Summer Wars👁】
◆
………………
…………
……
ガガガガガ──、
ガガガガガガ──!!
「ぎぃいいいィィッあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「クククク!! クククククククッ!!!! ようこそ相場くん……!! これでワシらは正真正銘……ファミリーだ…………っ!!」
「ぁゎ、あわわわ……」
「ふざっ……ふっざけんじゃねえぞテメェエエエエエエエエエッ!!!!! 今すぐ……今すぐコレを外せぇえええええええええええええ!!!!!! アアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ただでさえズタボロだというのに──。
独眼竜の如く、相場晄の左目に強制換装された帝愛の負の遺産──ペナルティ装置『ドリル』。
無理矢理かっ開かれた相場の瞳孔と、鋼鉄の針との距離、わずか二・五ミリ。
暗闇の深淵で、いつ網膜を貫くかも分からぬその先端は、利根川が握るリモコン一つで、無慈悲に深化するのである。
視界の半分を物理的な絶望に支配された相場に、もはや逆らう権利など存在しない。
かつての純愛テロリストは、今や。
悪魔的機器によって、首輪を繋がれた犬っころの如く懐柔()されたのだ……っ!!
「ククク……しかしお嬢、キサマもまた大胆なものだ……! 普通、せめてもの慈悲で『耳』を選ぶものを……あぁ~~~~? サイコパスかキサマは?」
「だ、だってぇ!! ほんとに目に装着させるなんて思ってなかったし……てか、こんな昭和の拷問器具みたいなの、平成の時代に出てくると思わないじゃないですかぁ~~~!!!?」
「だってじゃねぇえよ!! お前ら、絶対、絶対に……!!! ざっけンな鬼畜共がぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ほう鬼畜……! 青い、青いな相場くん……! この程度で鬼畜だと、松本清張が草陰で『砂の器』を抱いて泣くばかり…………!!」
「……松本清張? ……先生、本の話はやめてって約束しましたよね」
「……おい睨むなお嬢……! 怖いわっ……!! そうジト目で圧をかけられると、ワシも間違えてナースコールを押したくなるもの……」
ポチッ!
ガガガガガ──、
ガガガガガガ──!!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
「あ、相場くん…………っ」
「ククク……! 野咲探しとやらも、がぜん楽しみになってきたなぁ? あぁ~~~~?──」
「──クァーックックックックック!!!! クッククククククククククッ!!!!!!」
「と、利根川先生ぇ~~……(笑い方がクルル)」
目には目を。
歯には歯を。
ならば、果てしなき狂愛には──アイ・ラブ・ユー(物理的接触)。
忘れてはならない。
物腰柔らかな黒崎も。
そして瞳にとっての師であり、慈悲深い理想の上司ともいえる利根川も。
その本質は、帝愛という『日本の巨悪』の最前線で、数多の人間の人生を磨り潰してきた、
正真正銘の『悪魔』なのだ────。
(……とはいっても、相場くん)
(貴方が知らないところで、このコンビを襲撃した鴨ノ目、鰐戸、長名、センシ……彼らがその後、どのような末路を辿ったか)
(それに比べれば、片目の一時的な不自由など、死神に魅入られた者への『ささやかな慈悲』でしかないのだが…………)
【🟠STATES👁】
【1日目/喫茶店『茶亭羽當』/AM.06:14】
【利根川幸雄@中間管理録トネガワ】
【状態】健康(精神的昂揚:魔王モード)
【装備】回転式拳銃
【道具】タバコ、ドリル操作用リモコン、『私だから伝えたい ビジネスの極意(三嶋著)』
【思考】基本:【対主催】
1:黒崎…………貴様の席(No.2)はワシが守り抜く……!
2:全権掌握下において『プランA』を完遂。ゲームそのものを粉砕。
3:生還後、三嶋に『地獄のバトロワ体験記』を執筆させ、印税を根こそぎ徴収。
4:有能な資産(お嬢)の徹底保護。
5:相場くんは使い潰す前提の盾として運用。
6:野咲? 知るか……!
7:新田に関しては『我関せず』。
8:伊井野……。奴の才能が、今のこの盤面には必要だ……。
9:会長の動向が気がかり……。
10:この喫茶店の珈琲……圧倒的メシウマ……!
【三嶋瞳@ヒナまつり】
【状態】ジト目まにあ、頬に裂傷(軽)
【装備】ハンドガン
【道具】『お説教2.0(利根川著)』@トネガワ
【思考】基本:【対主催】
1:人員を集め、組織戦で『プランA』を成立させる。
2:利根川先生がガチの悪魔すぎて、もはや尊敬を通り越して怖い。
3:新田さんが心配……。
4:……アンズちゃん、ごめん……。私だけ、悪い大人と組んじゃった……。
5:相場くん、もはや人間としての判定を失ってる……。ほぼ高性能ラジコンでしょ。
【相場晄@ミスミソウ】
【状態】右目ドリル装着(2.5mm)、激しい精神衰弱、顔面殴打(右目・右頬に激しい腫れ)、右腕開放骨折、左足打撲
【装備】爆殺機能付き一眼レフカメラ、鉄製のハサミ
【道具】死体写真数枚(小黒妙子、メムメム、新庄マミ等の凄惨な記録)
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象:野咲春花】
1:このイカレポンチ共(利根川・三嶋)から今すぐ離れたい……!!
2:野咲に会いたい……。彼女だけが、俺の『正常』を証明してくれるんだ。
3:自分および野咲への脅威は全て排除。爆撮で対処。
4:死にたくない。……絶対に死にたくない……!!!
最終更新:2026年04月19日 12:53