ラブとマミ 終わらない約束!(前編) ◆LuuKRM2PEg



 闇に覆われた森の中をモロトフは進んでいた。
 いかに周囲の視界が安定していなかろうとテッカマンたる彼にとっては何の問題もない。常人ならば恐怖を与えるような環境も、モロトフからすれば恐れるに足りなかった。
 しかし彼の表情はある感情によって歪んでいる。それは暗闇や殺し合いという現状に対する恐怖や不安ではなく、怒り。
 完璧なテッカマンたる自身を駒のように扱う殺し合いの主催者に対してもそうだが、この孤島で出会った味方にもその感情を抱いていた。

「おのれエビルめ、この私にメッセンジャーなどという下らん役を押しつけるとは……!」

 無造作に散らばる木の枝を踏みしめながら、モロトフは拳を強く握り締める。
 数時間前、たまたま通った冴島邸という場所で出会ったテッカマンエビルこと相羽シンヤから、裏切り者のテッカマンブレードを呼び出すという面倒な事を押し付けられた。
 すなわち奴は、完全無欠なテッカマンである自分を使いっ走りと見下している。それが何よりも許し難かった。
 しかしだからといって、あそこで断る事など出来るわけがない。今のエビルは自身を打ち破った進化したブラスターテッカマンの力をフォン・リーによって与えられた。
 強引なパワーアップでエビルの肉体は大いに破壊され、いつ死んでもおかしくないらしいがそれでも自身を一瞬で屠る力を持っている。だから、渋々ながら従うしかなかった。

「チッ、何が不完全なテッカマンだ。この私を超えておいて……」

 モロトフの脳裏に蘇るのは、ブラスターテッカマンとなったブレードが放った凄まじい威力を誇るボルテッカ。
 冷静に思い返すと、その威力はボルテッカを放つ前に生じたエネルギーの余波だけでも、大量のラダム獣を屠っていた。アックス、ソード、そして自分自身のボルテッカも流石にそこまでの力は持っていない。
 エビルはそれだけのパワーを手に入れておきながら、不完全なテッカマンだと自称している。だとすると、それを相手に手も足も出せず敗れ去った自分は『不完全』以下なのか?
 無理なパワーアップの反動で寿命が著しく縮んでいる。だから不完全と呼ぶ理屈自体はわからなくもないが、納得など出来るわけがなかった。

「くそっ……!」

 不意にモロトフは右足で道端に落ちていた枯れ枝を踏み潰して砕く。当然ながらそれで彼の苛立ちが紛れるわけがなく、それどころかやり場のない憤りが溜まるだけだった。
 この怒りをぶつける先がないかとモロトフは思っていたが、冴島邸を離れて数時間が経ってから誰にも遭遇していないので苛立ちが募るだけ。傍らに生えた木に思わず拳をぶつけるも、何も変わらない。
 そうして歩いている内にモロトフはようやく森を抜ける。その先には、数階建ての巨大な建物が見えた。

「ここは確かI-5エリア……だとすると、あれは図書館なのか」

 モロトフは地図を目にしながら静かに呟く。
 行くアテも無くただ進んでいたら、南に進んでいたようだ。それを認識した途端、モロトフは自身の行動に軽く後悔を覚える。もしも怒りに身を任せずに冷静に移動し、南東を目指したなら大勢の参加者がいるであろう市街地に行けたかもしれなかった。
 だが、過ぎた事を悔やんでも仕方がない。別にここからでも市街地に向かう事は充分に出来る。そこにブレードがいるとも限らないが、今は少しでも高い可能性に賭けるしかない。
 最初はブレードの気配を探そうともしたがどういう訳か感知出来ず、それどころか冴島邸から離れてからエビルの気配すらも消えてしまった。一瞬、モロトフは疑問を抱くも主催者の仕業だとすぐに気付く。
 恐らく順達は我らテッカマンに結託されて反旗を翻されると拙いと踏んだのか、何か特殊な仕掛けをこの島全域に施したのだ。小賢しい真似をする主催者に苛立ちを抱くも、こうなった以上仕方がない。
 裏切り者のブレードと自滅しようとしているエビルが潰し合っている間、この島に蔓延る蟻どもを一人残らず潰す。そして最後に有能たる自分を愚弄した主催者達も潰すだけだ。

(ブレードの気配はないが、下等な蟻どもが群がっている可能性はあるな……)

 先程までの怒りに満ちた表情が嘘のように笑みを浮かべたモロトフは、懐からテッククリスタルを取り出し、頭上に大きく掲げる。

「テック・セッタアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 モロトフの叫びに答えるかのように、テッククリスタルは眩い光を放った。結晶の輝きは辺りの闇を照らしながら、一瞬で彼の全身を包み込む。そのままモロトフの全身に深紅の閃光が生じて、テッカマンへの変身を始めた。
 屈強な体躯は形を変えて、甲虫類のような外骨格に覆われていく。黄緑色に彩られた鎧は硬質感に溢れ、両肩が異様に飛び出ており、胸部からは黄金色に輝く鋭い突起が天に向かって伸びていた。
 やがて彼の身体から発せられる光輝は収まり、四本角を生やした仮面の下から見える瞳が赤い輝きを放つ。それこそが、モロトフの変身を果たした合図だった。
 宇宙を飛来する高度知的生命体ラダムは種族の繁栄をする為に生み出した、他の知的生命体の肉体を利用する侵略兵器テックシステム。その産物が今ここに君臨した。
 その名をテッカマンランス。テッカマンランスへと姿を変えたモロトフは己の名を冠した長槍を左手で握り、地面を全力で蹴って高く跳び上がった。それにより背中のバーニアが火を噴き、飛行スピードを急激に上げる。
 テッカマンの脚力によって地面が砕けるのを見向きもせずに、一瞬で図書館の上空まで辿り着いた。ランスが誇る圧倒的スペックならば、この程度は造作も無い。
 彼は地面を見下ろしながら、エビルより受け取った拡声器を手に取って叫んだ。

「テッカマンブレードよ! この声が聞こえるならば出て来い! 私だ、テッカマンランスだ! この私がこうして呼び出している理由は他でもない、裏切り者の貴様に向けてメッセージがあるからだ! 感謝するがいい!」

 拡声器を使って呼びかけさえすれば、テッカマンの気配を感じられなくともブレードに届く可能性がある。そうでなくとも、テッカマンレイピアのような他の参加者が耳にするかもしれない。
 この放送を聞いて、もしもブレードがやって来るならエビルの元に向かわせて同士討ちを狙い、その他の蟻どもが群がって現れるなら駆除する。それが、ランスの狙いだった。

「恐らく貴様は下等な地球人どもを守ろうなどと、下らない事を考えているだろう! それならそれで結構だ、この私が地球人もろともブレードを潰すだけだからな!」

 ランスの叫びは夜空の元に響き渡るが、ブレードが現れる気配はないし何も返ってこない。

「言っておくが、私の言葉は嘘などではないぞ。もしかしたら貴様はかつて私を倒した力を持っているから、私がそれに怖じ気づくと高を括っているだろうがそうはいかん! 幾ら貴様が進化したといえども、私が地球人を潰す事に何ら変わりはない!」

 一応、エビルとブレードは戦わせるつもりだが基本方針を変えるつもりは無かった。例えブレードが地球人どもを守ると考えていても、そいつらを一人残らず皆殺しにする。それこそが、偉大なるテッカマンの本質なのだから。

「私の言葉が真実であると証明してやろう! 今から十秒以内に貴様が現れないのであれば、私はこの図書館を破壊する! そうなれば中にいる地球人……いや蟻どもは皆、死ぬ事になるだろうな! ハッハッハッハッハッハ!」

 口元に拡声器を近づけて高圧的に笑うランスは、仮面の下から図書館を見下ろす。
 恐らく、ここには戦いに怯えて隠れている地球人どもがいるはずだとランスは考えていた。例えいなくても、破壊の音でブレードを始めとした参加者を誘き寄せる事が出来るかもしれない。どっちに転んでも、ランスにとってプラスにしかならなかった。
 もしもそれらを聞きつけた者が何の力を持たない蟻だったら? 無言で十秒の経過を待つランスは、ふとそんな事を考える。
 何の希望もないまま絶望に震える中、ようやく聞こえた声が圧倒的実力を誇るテッカマンによる死刑宣告。それを耳にして更に絶望した蛆虫どもは、アテもなく逃げ出すだろう。だが自身以外にも殺し合いに乗った地球人がいるだろうから、そんな奴らに安息など与えられるわけがない。
 その果てに恐怖に引きつった顔を浮かべながら、無様に命乞いをする姿を晒させた後に殺す。そうやって自身を満足させる事だけが、弱い地球人が持つ唯一の存在意義だ。
 更にそれを成功させれば、あの忌々しいブレード惨苦を味わわせる事だって出来る。奴に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべさせられるなら、万々歳だ。
 憎々しい敵を絶望に叩き落とせる事に充足感を感じ、仮面の下で笑みを浮かべているモロトフは、そうしているうちに十秒が経ったと気付く。拡声器を使った叫びはブレードに届かなかったのだろうが、それなら図書館を破壊するだけ。
 仮にブレードの元に伝わったとしても、時間内に現れなかった奴の責任なのだから躊躇う事はない。

「……貴様の答えはわかった、ここにいる蟻どもを見殺しにするというのだな! 良いだろう!」

 その宣言を最後に、ランスは両肩の装甲を図書館に向ける。左右に三つずつ付けられた発射孔にエネルギーを集中させて、放出。圧縮されたパワーは凄まじい発射音を響かせながら、無数の弾丸となって放たれた。
 テックレーザーはランスの眼下に建つ図書館に容赦なく襲いかかり、屋上から次々に破壊する。その度に爆音が響いて、それによる圧倒的な暴風が空にまで襲いかかった。あらゆる物を吹き飛ばす威力を持つ衝撃だが、ランスは微動だにしない。
 もくもくと粉塵が舞い上がるのを見て、ランスは笑みを浮かべる。これだけ撃てば、中にいる蟻どもは苦しむ暇もなく絶命しているはず。例え運良く命を保っていたとしても、それは死ぬまでの時間が延びたに過ぎない。
 助かっていようが無かろうが、死ぬ運命を変える事など出来ないのだ。

「これでもまだ現れないかブレード! ならば――」
「待ちなさい!」

 ランスが再び拡声器を使ってブレードを呼び出そうとしたその時だった。
 足元からトーンの高い声が聞こえる。一瞬、ブレードかレイピアがやってきたのかと思ったがテッカマンの気配は感じられなかったので、それはない。
 恐らくただの地球人だろう。そう思ったランスはようやくやって来た獲物に振り向いた。

「……何?」

 しかし、ランスは呆けたような声を漏らす。
 視界の先に立つのは、睨むようにこちらを見上げている十代半ばと思われる二人の少女。しかしその格好は、少女漫画に出てくるような派手で煌びやかな衣装だった。それに加えてハート型の髪飾りやペレット棒など、いささか緊張感を殺ぐような物もある。
 殺し合いというこの状況にはまるで合いそうにない格好を見て、流石のランスも目を疑ってしまった。




 見せしめのように命を奪われたクモジャキー達を助けられなかったのは、とっても辛い。人を助けられなかった悲しみは、強かった。
 でもそれは何もしなくていい事の言い訳にはならない。もしもここで何もせずに泣いていたら、助けられるはずの人達が無意味な犠牲となってしまう。やるべき事はプリキュアとして、それを一刻も早く防ぐ事だった。
 それにプリキュアのみんなや、マミさんと同じ魔法少女であるほむらちゃんや杏子ちゃんだってきっと誰かを助けるために動いているはず。だからあたしだって、やらなければならない事をしっかりと果たさなければいけない。
 罪悪感に押し潰されそうな心を、桃園ラブは自分自身にそう言い聞かせて支える。責任感や義務感も確かにあったが、その根底にあるのはみんなを助けたいという思いだった。

「結構歩いたわね……この先には図書館があるみたいだから、そこを目指しましょう。ここなら誰かいるかもしれないから」

 まともな明かりがない闇に包まれた道の中で、ラブの隣を歩く巴マミは地図を片手に前を見据えている。ラブもそちらに向くが見えるのは漆黒だけ。星空の光と懐中電灯に照らされているとはいえ、夜の前ではあまりにも弱かった。
 周囲を吹きつける冷たい風もあって、それに対して一抹の不安を覚えるがすぐにそれを振り払う。隣にいるマミの足手纏いにならないと誓ったのだから、絶対に弱音を吐いたりなんて出来ないのだから。

「そうですね。図書館にみんながいるといいけど……」
「でも気を付けて、あそこにいるのはプリキュアや鹿目さん達とは限らないんだから……この殺し合いで人を平気で犠牲にするような奴らがいる事だって有り得るわ」
「……わかってます」

 殺し合い。そんな現状を突き付けられた途端、ラブの中に悲しみがより一層広がっていく。考えたくはないが、今のこの瞬間にも誰かが犠牲になっているかもしれなかった。
 出来る事なら、誰も疑ったりせずにここに連れて来られたみんなを助けたい。でももしも、ノーザやダークプリキュアのような危険な奴らの犠牲となってしまったら、取り返しのつかない事になってしまう。

(……いけない、しっかりしないと! 美希たんもブッキーもせつなも、それにつぼみちゃん達だってみんな頑張ってるんだから! 
 私がやらなきゃいけないのは、マミさんと一緒にみんなを助ける事だよ! そうしなきゃ、マミさん達の力にもなれないんだから!)

 しかしラブは首を大きく左右に振って、心の中で叫びながら不安を振り払った。こうやって悲しんでいる間こそ、友達みんなが大変な事になってしまうかもしれない。
 助けられるはずの人をこれ以上助けられないなんて、あってはならなかった。だから今はマミのように強くなければいけない。

「ねえ桃園さん、ちょっといいかしら?」
「はい、何ですか?」
「えっと、そんなに大した事じゃないんだけどね。あなたには、今更言う事じゃないかもしれないから」

 一緒に歩くマミの唐突な質問によって、ラブの表情は疑問に染まる。

「もしかしたらこの先、あなたにとって辛い事が数え切れないほど起こるかもしれないわ……あなたの理想を裏切るような辛い事が。でも、そうなっても決して絶望しないで。あなたの助けを待っている人は大勢いるはずだから」
「マミさん……?」
「それにあなたは一人じゃない。桃園さんが真っ直ぐな気持ちを見失わなければ、一緒に歩いてくれる人ときっと出会えるわ……私とあなたがこうして出会えたように」

 そう静かに語るマミは、優しさと暖かさに満ちた笑顔を向けていた。
 そして偶然にも、彼女の言葉と笑顔はとても似ていた。かつて横浜を襲った闇の怪物、フュージョンとの戦いでピンチになった時に出会った夢原のぞみの励ましと。

『大丈夫! 絶対に会えるよ……だって、みんな同じ空の下にいるんだから!』

 大いなる希望の力、キュアドリームである彼女はここにいるマミのように言ってくれた。そうして絶望から立ち直り、いなくなったシフォンを見つけてフュージョンも倒した。
 自分の力で、諦めない強い気持ちを持ちさえすればみんなと出会える。落ち込んでしまった時、横浜に駆けつけてくれたプリキュアのみんなからそう教わった。それを今度はマミが教えてくれた。

「……そうですよね! ここで落ち込んだって何にもならないですから、あたしは諦める気はこれっぽっちもありません! こんな誰かの幸せを奪うような事を許すわけにはいきませんから!」
「やっぱり、桃園さんには言うまでもなかったかしら?」
「いいえ、マミさんみたいに一緒に歩いてくれる人と会いたいのは私も一緒ですから! ありがとうございます!」

 そう言いながらラブは両腕を広げながらマミの元に飛び込む。そのままマミの身体に腕を絡めて、力強く抱擁した。
 人の身体を抱きしめている感触を感じながら、ラブはマミと向き合う。目と鼻の先にいるマミは一瞬だけきょとんとした顔をするも、すぐにまた微笑んだ。

「実は言うと、前にのぞみちゃんって友達から今のマミさんみたいに励まされた事があったんです。みんなとはどれだけ離れても、同じ空の下にいるって……だから頑張る事が出来たんです」
「そうなの……とっても素敵な友達ね」
「はい! とっても前向きで明るくて、いっつもみんなの為に頑張ってた素敵な子なんです! 今度紹介しますよ!」
「ええ、私も是非とも会って話がしてみたいわね。それに、その子や桃園さんについてもっと知りたいの……特に桃園さん達のやっていたダンスがどんなのかがね」
「もしよかったらマミさんも一緒にやりませんか? その方があたしもマミさんも楽しいと思うから! 魔女との戦いだって、あたしが一緒にやりますよ!」
「……そっか、ありがとう!」

 はきはきとしたラブの声に答えるかのように、今度はマミの方から抱きついてくる。それはまるで母のようにとても暖かくてとても優しいものに感じられた。
 その感触には覚えがある。小さい頃から悲しくなった時、こうやって何度もお母さんが慰めてくれた。そしてその度に泣いてばかりだったあたしは、お母さんと一緒に笑顔でいる事ができた。
 考えてみればこの島に放り込まれてからだって、マミさんがいなかったらずっと一人で泣いていたかもしれない。だからこそ、マミさんのように強くなければいけなかった。
 マミの感触を感じたラブは、そう思っていた。

「ならその為にも、まずはここに連れてこられたみんなを助けないとね!」
「そうですね!」

 そうして抱き合っていた二人は互いを離し、再び歩き始める。彼女達の行く先は闇に覆われていたが、それを恐れる事はなかった。
 例え生まれた世界は違っても、こうして一緒に歩けば何も怖くなんかない。どんなに厳しい困難が待ちかまえていようとも、力を合わせれば絶対に乗り越えられる。離れ離れになったみんなとだって、また会う事ができる。この思いがある限り、止まる事も諦める事もなかった。
 彼女達の間で、穏やかな空気が生まれようとしている。

「幾ら貴様が進化したといえども、私が地球人を潰す事に何ら変わりはない!」

 しかし次の瞬間、その空気は呆気なく破壊された。
 何も見えない暗闇の中から、声が唐突に発せられる。雷鳴のように凄まじい声量で、顔を顰めたラブは思わず両耳を塞いでしまうが、容赦なく鼓膜を刺激した。

「私の言葉が真実であると証明してやろう! 今から十秒以内に貴様が現れないのであれば、私はこの図書館を破壊する! そうなれば中にいる地球人……いや蟻どもは皆、死ぬ事になるだろうな! ハッハッハッハッハッハ!」
「な、何この声!?」
「桃園さん、あれを見て!」

 この状況でも尚、平常心を保っているマミは空を指差している。それにつられてラブは見上げた先には、鎧のような物を巨体に纏った男が飛んでいた。背中から炎を吹き出している緑色の装甲は闇の中で異様な存在感を放っていて、右手に持つ槍は背丈の届くくらいに長い。
 一体あの人は何をしているのか? ようやく出会えた二人目の参加者を前に、そんな疑問を持つ事しかラブには出来ない。しかし宙を飛んだ彼の言葉からして、嫌な予感が脳裏を過った。
 この先には図書館がある。そこにはこの島に連れてこられた大勢の人達が、もしかしたらいるかもしれない。でもあの人はそこを壊そうとしている!

「……貴様の答えはわかった、ここにいる蟻どもを見殺しにするというのだな! 良いだろう!」
「駄目えええええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 男の言葉でラブの予感は確信に変わった。何とか止めたいが、ここからでは遠い上に間に合うわけがない。
 せめてと思い彼女は叫ぶが、届く事は無かった。男の甲冑から大量のレーザーが発射されて、容赦なくその下にある建物へ降り注がれていく。
 凄まじい爆発が起こり、それによって生じた赤い光が夜の闇を一気に照らした。轟音と共に舞い上がった爆風は少し離れていたラブ達の元にまで届いて、その華奢な身体を吹き飛ばそうとする。しかし足元に力を込めて、必死に堪えた。
 熱を帯びた風を前にして、反射的に腕で顔を覆ってしまう。不意に彼女は目線を上げて、この先で起こっている破壊活動を凝視した。そこから目をそらすなんて、できるわけがない。
 爆音は止み、それによって吹きつけていた風は粉塵の流れは収まっていく。そしてラブは見てしまった。図書館があったであろう場所から火炎が生じて、黒煙が天に昇っていくのを。それはキュアルージュやキュアサニーが誰かを守る為に使う強い炎などではなく、誰かの命を奪う残酷で無慈悲な炎だった。

「ひ、ひどい……!」
「桃園さん!」

 マミの必死な声が聞こえ、思わず振り向く。隣に立つ彼女の真摯な表情を見て、その意図を察した。
 ラブは懐から鮮やかな飾りが幾つも付いた桃色の携帯電話、リンクルンとクローバーキーを取り出す。これ以上、誰かを犠牲にさせないためにも。

「行きましょう!」
「はい!」

 互いに強い声をかけ合い、走り出した。
 右手で握ったクローバーキーを、リンクルンの上部にある鍵穴に差し込んで捻る。それによって表面が横に開くのを見て、中央のローラーを人差し指で強く回した。するとリンクルンの画面から光が発せられ、暗闇を照らしながらラブの全身を包む。
 全身に力が漲るのを感じた彼女は、大きく叫んだ。

「チェインジ、プリキュア!」

 活力に溢れた声を合図とするように髪留めは消えて、ツインテールが解ける。

「ビート! アーーーップ!」

 その叫びから変身が始まった。
 一歩進むたびにラブを纏う光は変化する。右胸には桃、青、黄、赤の四色が彩られたクローバーが生まれた。先程解けた茶髪は金色に変わり、腰に届くくらいにまで長くなってから再びツインテールとなる。
 すると、華奢な体躯を包んでいた光は弾け飛び、新たに煌びやかな桃色と白に彩色されたコスチュームが姿を現した。両脇腹には赤いリボンが付けられていて、スカートにはフリルのペチコートがいくつも重なっている。
 そして弾けた光は彼女の全身に再び集まった。赤と桃と白の三色を持つブーツ、リボンが備わったリストバンド、リンクルンが収納されたケース、赤いチョーカー、最後の仕上げとしてハート型の髪飾りとイヤリングとして形を変える。
 一瞬に届くかどうかわからない出来事を果たした後、彼女は体内のあらゆる場所から力が流れるのを感じた。

「ピンクのハートは愛あるしるし!」

 力強く宣言しながら両手でハートを作り、胸の前で大きく手拍子を打つ。それは、かつて全パラレルワールドの支配を企んだラビリンスの野望を食い止めた伝説の戦士、プリキュアに変わった合図だった。

「もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」

 人々の愛と幸せを守るプリキュア、キュアピーチの変身を果たした桃園ラブは高らかに名乗る。その声には無意味な戦いから人々を守りたいという、揺るぎない意志が込められていた。
 ふと、キュアピーチは隣を歩くマミに目を移す。見ると彼女の服装も、変身をしていた一瞬の時間で変わっていた。黒いペレット帽、髪飾りのようになったソウルジェム、ベージュと明るめの茶色を基調としたドレス、オレンジ色のふんわりとしたスカート、スカートに似た色彩を持つロングブーツが、見滝原中学校の制服の代わりに纏われている。
 彼女の腕には、複雑な模様が刻まれた銀色のマスケット銃が抱えられていた。

「それが、マミさん達がなってる魔法少女ですか?」
「そう、これが私達魔法少女の姿よ! 桃園さんの方こそその姿がプリキュアなのね? もしかしたら、今はあなたの事をキュアピーチって呼ぶべきかしら?」
「どっちでもいいですよ!」
「オッケー!」

 魔法少女に変身した巴マミと軽く言葉を交わして、キュアピーチは前を向く。彼女の視線は遙か上空にいる、鎧を纏った男に集中していた。

「これでもまだ現れないかブレード! ならば――」
「待ちなさい!」

 そしてこれ以上の破壊を阻止するためにキュアピーチは叫ぶ。すると男は空の上から、彼女を見下ろしてきた。

「何……?」

 両目の部分が赤い光を放つ。その輝きは見る者全てを震え上がらせるような凄みが感じられるも、決して臆する事はなかった。

「……誰かと思って見てみれば、ただの小娘が二人か」
「どうしてこんな事をしたの!? あそこには、たくさんの人がいたかもしれないのに!」
「フン、貴様達蟻どもがいくら潰れたところで何だというのだ? 出来損ないの種族が少し減るだけだろう?」
「なんですって……!」

 何の躊躇いもなしに言い放ったどころか、仮面の下で男は嘲笑している。それを聞いたキュアピーチの中で怒りが沸き上がっていった。
 そして確信する。あの男はノーザやブラックホール達みたいに人の幸せを平気で奪って、みんなの不幸を嘲笑うような奴だと。そんな相手を前に、逃げるという選択肢は彼女にはなかった。
 キュアピーチが構えを取る中、マミは険しい表情を浮かべながら一歩前に出る。

「出来るなら穏便に解決したいけど、どうやら無理みたいね」
「何故、有能たる私が貴様ら下等種族に寄り添わなければならない? 何の力も持たない小娘の分際で生意気な」
「……そう」

 彼女は静かに頷くが、その声からは確かな憤りが感じられた。いくら温厚なマミでも、こんな身勝手な言い分は流石に許せなかったのだろう。
 宙を飛ぶ男は両腕を広げると、両肩に見える小さな穴から光が発せられた。そして、図書館を破壊した大量のレーザーが降り注いでくる。

「消えろッ!」

 男の叫びが戦いのゴングだった。
 キュアピーチとマミは素早く左右に跳躍し、迫り来る閃光の雨を回避する。レーザーが地面に着弾して爆音が響く中、キュアピーチは疾走した。
 そんな彼女を狙うかのように空を飛ぶ男はレーザーを放ち続けるが、その間を縫うようにジグザグに走って避ける。
 爆発による膨大な熱風と衝撃が襲い掛かり、耳を劈くような轟音が四方から響くがキュアピーチは揺るがない。それどころか、爆風を利用して加速していた。
 数メートルほど走った後、レーザーの勢いが止まる。急に攻撃が止まった事に対する疑問が芽生えようとした瞬間、男は叫びながら遥か上空から急降下してくるのが見えた。

「オオオオオオオオォォォォォォォッ!」

 そしてその手に持つ槍を高く掲げて、キュアピーチを目がけて突貫してくる。轟、と大気を唸らせながら振り下ろされるが、咄嗟に全身を横にずらして彼女は回避した。しかし続けざまに真横に切り払われるが、両膝を曲げた事で刃はキュアピーチの頭上を通り過ぎるに終わる。
 体制が低くなっていく中、彼女は男の懐ががら空きになっているのを見つけた。チャンスを逃す事はないと、右手を力強く握り締める。

「やあっ!」

 そして、その頑丈そうな鎧に拳を叩きつけた。鈍い打撃音が響き、中にいる男は呻き声を漏らすのを聞き取る。
 しかし彼女の拳はそれで止まらない。そのままプリキュアが持つ身体能力を生かして、勢いよく左拳を放った。そのまま三発、四発、五発と両手で鎧を殴り続ける。そうして、渾身の力を込めて六発目のパンチを繰り出した。
 その甲斐があってか、男は僅かに後退する。しかしそれだけで、決定的なダメージになっているように見えない。むしろ、痛みを感じているのはキュアピーチの方だった。
 男の身体を包む鎧の固さはそれほどまでに凄まじい。恐らく、並のナケワメーケ達を超えるかもしれなかった。

「ほう、蟻どもにしてはやるようだな……蟻どもにしては、だが」

 現に男は傷付いた装甲を軽く撫でながら、侮蔑したような声を出してくる。
 刹那、轟音を鳴らして男の背後から火炎が吹き出し、再び突貫してきた。凄まじい勢いで迫る男を前に、キュアピーチは瞠目する。鋭い槍の先端が、彼女に届くまで後少し。
 その直後だった。キュアピーチの鼓膜に数発の銃声が響いて、目前から迫る異形の胸部が炸裂する。それも一度までならず、先程キュアピーチが殴りつけた場所を狙うかのように鎧は何度も爆発した。

「ムウッ!?」

 十発ほど着弾した後、手応えがあったのか男の進行は一気に止まる。その隙を逃すことなく、キュアピーチは地面を蹴って飛び込んだ。

「そのまま続けて!」

 そんな彼女を後押しするかのように、マミは叫ぶ。
 数え切れないほどのレーザーの囮をキュアピーチが引き受けている間、彼女はチャンスを待っていた。
 相手は遠近両用の武器を持つのに対して、二人の戦法はそれぞれ近距離と遠距離で別れている。それぞれで力を合わせて特性を最大限に活かすことが勝利への道。キュアピーチに意識を向けさせている間、マミはマスケット銃の引き金を引いたのだ。

「わかりました!」

 そしてキュアピーチは、一瞬だけ振り向いてマミに力強く答えた。
 背後にいる彼女は、こちらを心の底から信頼しているような笑顔を浮かべている。そんな彼女の思いを裏切るのは駄目と自分に言い聞かせて、前を向いた。

「だあああああああああああああっ!」

 腹の底からの咆吼を発し、一瞬で男の目前にまで到達する。そしてもう一度、鎧に拳を叩き込んだ。
 そのまま拳を引いて反対の手を握り締めようとした瞬間、男が槍を突き刺そうとしてくるのを見る。反射的にキュアピーチは追撃を諦め、全ての神経を回避に集中させた。
 身体を横にずらしたことにより、服を僅かに掠るだけになる。しかしそれで終わりではなく、男は二度目の刺突を仕掛けてきた。キュアピーチは斜め後ろに飛んで避けるも、次の瞬間には突きを繰り出される。

「どうした! その程度かああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「くっ!」

 暴風雨のように繰り出される突きを、キュアピーチはただ回避する事しかできない。その速度は、相手を一瞬で戦闘不能に追い込むには充分だった。
 それでも彼女の中に諦めという言葉はない。ここで少しでも弱きになってはその瞬間に負けてしまうし、マミの期待を裏切る事になってしまう。だから今は、避けながら機会を窺うしかなかった。
 また一突きを避けて、キュアピーチは素早く男の横に回り込む。そんな彼女に振り向きながら、男は槍を右手で高く翳した。そのまま彼女を両断しようと、勢いよく振り下ろされる。
 その瞬間、男の動きは唐突に止まった。頭上数センチで槍が制止した瞬間、男の全身に黄色いリボンが何本も雁字搦めになっているのをキュアピーチは見る。
 これを好機と見た彼女は両手で男の右腕を掴んで一回転し、その巨体を振り回しながら力強く放り投げた。

「何――ッ!?」
「はあああああぁぁぁぁぁっ!」

 キュアピーチに投げ飛ばされた男は錐揉み回転をしながら、放物線を描くように宙を舞う。直後、数回の銃声が鳴り響き、凄まじい爆音と共に男の身体は吹き飛ばされた。
 今の銃撃も敵の動きを縛ったリボンを出したのも、全てはマミがやってくれた事だとキュアピーチは察する。
 そんな彼女に礼を言おうと振り向いたら、いつの間にか大砲のように巨大な銃を抱えていた。その口には魔力による光が集まっていくのが見える。

「ピーチ、一気に決めましょう!」
「任せてください!」

 マミは必殺技を叩き込もうとしているのを知ったキュアピーチの手元に、ピックルンが現れた。彼女は変身を行ったときのようにそれをリンクルンに差し込み、カバーを開いて現れた球体を右に回す。
 すると、リンクルンの画面から凄まじい光が再び放たれて、キュアピーチの頭上に集まっていく。それは先端で桃色に輝くハート形の宝石と、側面に色取り取りのスイッチが備わった杖、キュアスティック・ピーチロッドに変わった。
 落下してくるピーチロッドを掴み、手中で一回転させながら真っ直ぐに向ける。

「届け、愛のメロディ! キュアスティック、ピーチロッド!」

 その掛け声と共に、中指と人差し指の二つで滑らせながらピーチロッドのスイッチを押した。穏やかな音色が鳴り続けた後、先端の宝石が燦爛と輝く。

「悪いの悪いの、飛んでいけっ!」

 そして彼女は高く跳躍しながらピーチロッドを高く掲げた。そのまま着地し、杖の先端を男が吹き飛んだ方向に向ける。

「プリキュア! ラブサンシャイン――!」
「ティロ――!」

 キュアピーチはピーチロッドの先でハートの模様を描くと、ピンク色の光を放ちながら形となった。
 彼女の隣に立つマミが構える銃口から放たれる輝きも、同じように強くなっていく。

「フレエェェェェェェェッシュッ!」
「フィナーレッ!」

 そして彼女達は叫びながら、準備した必殺技を放つ。
 ピーチロッドとマスケット銃から開放された二つのエネルギーは、まだ夜明けであるにも関わらずして朝が訪れたと錯覚させてしまう程に、周囲に光を与えていた。
 プリキュア・ラブサンシャインフレッシュとティロ・フィナーレは闇の中を一直線に進みながら、男を一瞬で飲み込む。すると、ピーチロッドから生まれたハートは一気に肥大化し、そこからまた小さなハートがいくつも生まれた。

「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 眩い輝きを前に、キュアピーチはピーチロッドで円を描く。
 光の奔流は更に激しくなり、闇を更に照らしていった。まるで太陽のように周囲へ広がり、暗闇で見えなくなったあらゆる存在を無差別に映し出す。
 しかし彼女達の生み出す光は永遠には続かない。いかにプリキュアと魔法少女が生み出した眩い輝きであろうと、限界があった。
 されど、光はただ消えるだけで終わることはない。交わった瞬間から膨張していた光はついに炸裂し、冷たい大気を一気に震撼させた。崩れ落ちた図書館の瓦礫は一気に吹き飛び、草木や土を飲み込んでいく。
 しかし、周りにいる小さな命を奪うことは決してない。彼女達の力は誰かを犠牲にするためでなく、そんな尊い命を守るためにもある。
 男を飲み込んだ巨大な光は柱のようになり、遙か彼方の大空を目指して一直線に伸びていった。



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最終更新:2012年04月20日 12:16