Iを求めて/怒れる女と男 ◆amQF0quq.k


「殺し合い、ね……」

それはまさに妙齢という言葉が似合うスーツ姿の女性、園咲冴子は
誰に聞かせるでもなく、落ち着いた調子で言葉を紡ぐ。
殺し合い。
その概念に一抹の恐れも抱いていないかのように。
ただその鋭い眼光には、怒りの焔が宿っていた。

「いずれにしてもあの加頭って男、何者か知らないけど……」

冴子が思案しているのは、今から自身が行う殺し合いでは無い。
『これから殺し合いをどう戦い抜くか』ではなく『誰が殺し合いに呼んだか』。
即ち、殺し合いを行うように告げた人物である加頭順こそ
冴子が現在関心を寄せる対象である。
無論、好意などでは無く怒りを伴った関心の。

「…………園咲を舐めてるわね」

冴子は風都随一の名家、園咲家の長女である。
園咲家は博物館などの文化事業から各種企業経営などの経済事業まで多様な事業を行う表の顔と
ガイアメモリという生体感応端末を流通させて人体実験を行う組織『ミュージアム』と言う裏の顔を持つ
言わば園咲家とは、風都を表と裏の両方から支配する存在なのだ。
冴子も自らミュージアム傘下企業のディガル・コーポレーションを経営し、ガイアメモリの開発と流通に貢献している。
そして冴子には野望がある。
冴子は幼い頃より、父である園咲琉兵衛に厳しく教育されてきた。
にも関わらず、真に愛情を注いで後継者とみなしていたのは妹の若菜だったのだ。
憎むべき父を見返すため、琉兵衛を倒し自分がミュージアムの総帥となる。
それが冴子の野望だ。
野望ゆえの上昇志向で自らの能力を高め、今の地位に上り詰めたという誇り。
そして、父を憎んでもなお捨て切れぬ園咲家の一員であるという誇り。
冴子の天を衝く気位の高さが、殺し合いを恐れることも
そして加頭の言いなりになることも良しとしなかった。

加頭が何者でどれほどの権力や能力を持ち、どんな強大な背後を持とうが関係無い。
この園咲冴子に飼い犬のように首輪を嵌めて、命を盾にして脅した報いは必ず払わせなければならない。
自らの邪魔になる者、危害を加えようとする者を冴子は全て排除してきた。
その生き方を今の状況でも曲げるつもりは無い。
『殺し合いに乗らず、加頭を殺す』
それが現状における冴子の野望。
問題は――――

「情報が足り無すぎる……」

これだけ大規模な殺し合いを発足させた加頭のことだ、容易に殺し合いから脱出できるようにはしていまい。
脱出を考える参加者の存在も想定し、相応の対策も立てているだろう。
そう、冴子には仮定しかできないのだ。
ここがどんな場所なのか?
殺し合いを管理運営しているのは加頭個人なのか? 組織なのか?
管理者はどんな知識や技術を持っているのか?
冴子には見当も付かない。
敵の概要がわからないということは、当然勝算が、そんな物が在るのかどうかすらわからないということ。
わかるのは勝算の見えない殺し合いへの反抗は、無謀と言うしかないことだけだ。


しかしそれはあくまで冴子個人に限定した話。

「加頭……あなたの最大の失策は、井坂先生を連れて来たことよ」

加頭が殺し合いの説明をした場所で、冴子は自分の最愛の人物を発見している。
井坂深紅朗。
表向きは内科医だが、裏ではミュージアムに協力してガイアメモリの開発をしている。
ミュージアムへの協力者、しかし決して琉兵衛に服従しているわけではない。
それどころかあの誰もが畏れる恐怖の帝王、園咲琉兵衛への反逆を企んでいた。
底知れない知性と貪欲さ。全てを呑み込む闇のような存在感。
この者なら琉兵衛をも倒し得る、冴子にとっては生まれて初めてそう思える相手であった。

その井坂があの場に居た。
即ち冴子と同様に首輪を嵌められ、殺し合いに囚われている。
それでも井坂を縛ることは出来ないであろう。
井坂ならばいかなる状況であろうと打開策を見つけだし、自らを縛った者に制裁を加えるであろう。
ならば最早冴子には何も思い悩むことなど無いのだ。
自らの命を井坂に預ければ良い。
そうすれば殺し合いからの脱出だろうと、加頭の殺害だろうと、琉兵衛の打倒だろうと。
望むところまで自分を導いてくれる。
自らの運命ごとを預けられる、冴子の井坂への信頼はそれほど強いのだ。

そしてもし、万が一にでも
井坂にすら殺し合いからの脱出は不可能だという結論に至ったら。
その時は唯一の生還方法である優勝を狙えば良い。
井坂以外の全ての参加者を殺害して、最後には自分も死ぬ。
そうして井坂が優勝すれば、後は加頭を殺され琉兵衛を倒され
井坂によって自分の望みが果たされるのだ。
自らの命を捧げられる。
冴子の井坂への愛情はそれほど強いのだ。

井坂を捜す。行動指針はそれで決定した。
一刻も早くそのために動き出すべく、冴子は自分に支給されたデイパックの中身を調べる。
中には禁忌の記憶を宿したガイアメモリ、タブーのメモリが有った。
使い慣れたタブーのメモリが有れば、戦闘になっても不安は無い。
一通り支給品を確かめ終えて、最後になった名簿に目を通す。
井坂の名前が確認でき、一抹の不安も解消される。
左翔太郎と照井竜の名前も確認できた。
2人は冴子と敵対する仮面ライダー。
しかし問題は無い。何しろ自分には井坂が居るのだから。
それでも、次に見つけた知人の名前にはさすがの冴子も動揺を抑えられなかった。

「園咲…………霧彦!?」

園咲霧彦。冴子の夫“だった”男。
霧彦は死んだはずなのだ。
冴子自身の手に掛かって。
何故、その霧彦の名前があるのか?
同姓同名の別人や偽者の可能性もあるが、その公算は小さい。
霧彦本人と考えたほうが良い。
では死人が蘇ったとでも言うのか?

「…………まあ良いわ。どうでも」

しかし程なくして冴子は思案を切り上げる。
霧彦が本人であろうとゾンビであろうと、冴子にはあまり関係の無い話なのだ。
利用できるなら利用すれば良いし、敵に回るなら再び叩き潰すまで。
冴子にとって重要なのは井坂1人。
霧彦は本質的にはどうでもいい存在なのだ。

調べられることは調べた。
早急に井坂と合流すべく、冴子は荷物を纏めて歩き出す。


慣れない夜の山道をヒールの有る靴で進むのに予想外の苦戦をしながら、それでも転倒するような無様はしまいと慎重に歩を進める。
誰が見ていなくても体裁を取り繕うことが、冴子には完全に身に付いてしまっていた。

森の中をそうしている進んでいる内に、参加者を見付ける。
黒髪を後ろで結んだ、20代前後の男が1人。

(あれは……確か涼村とか言う男に話しかけていた男ね)

男は殺し合いの説明をしていた加頭に話し掛けていた“涼村”を抑えようとしていた人物。
井坂ではないのだから無視しても構わないが、“使い道”はある。
同行すれば敵を押し付けることも出来るかもしれないし、単純に同行者が多い方が人脈も増やし易い。
もっとも男がどんな人物か見定めなければ何とも言えないが、情報を増やせるのは確かだ。
冴子は接触を試みるべく、声を掛ける。

「……ちょっと良いかしら?」

ちょうど男の斜め後ろから声を掛けたので、不意を衝く形になったのだろう。
男は一瞬驚きに身体を強張らせると、慌てた様子で冴子の方に振り返った。
それは警戒、というより少し動転している様子である。
機先を制した。
そんな思いはおくびにも出さず、冴子は園咲の令嬢という表の顔で男に微笑みかけた。

「……あ、あなたは?」
「驚かせてしまったかしら? 私は園咲冴子。偶然通り掛かったあなたを見て声を掛けたのだけれど……名前を教えて貰える?」
「あ……失礼! 俺は、速水克彦と申します!」
「速水さん、あなたは殺し合いに乗っていないようね。安心したわ」
「当然です!! 平和を守る戦士である俺が、こんな非道な殺し合いに乗る訳が無い!」
「そ、そう? じゃあ、ご一緒しても良いかしら?」
「それも当然です!! あなたのようなか弱い女性を守るのは、我々戦士の使命だ!!」
「じゃ、じゃあお願いするわ……」

至極簡単に同行することに成功した。
今の所冴子の思惑通りに事は進んでいる。
この速水と言う男は正義感の強い人物であることが、短い会話からでも把握できる。
そこまでは良い。
だが、どうも腑に落ちない部分がある。
速水の言う『平和を守る戦士』とは何を意味するのだろう? 仮面ライダーと関係でもあるのだろうか?
勝手にか弱い女性にされたが、何を根拠にそう判断したのか?
大体、あの妙に熱の篭もった様子は何なんだ?
違和感を拭い切れないまま、冴子は速水と並んで森を進んでいく。

歩いている間、冴子と速水は情報交換を行った。
冴子の方は速水を信用し切っておらず、会話の中で矛盾の有無や人間性に裏が無いかを探っている状態だ。
会ったばかりの人間を信用できるはずが無いので、当然のこととも言える。
しかし速水にとっては当然のことでは無いらしい。
速水は冴子のことを毫も疑う様子は無い。
それどころか『あなたは俺が守る』(同じような意味のことをさっき聞いた)だの
『加頭め、こんなか弱い女性を殺し合いに巻き込むなど俺はモーレツに怒っている!!』だの
しつこい位、正義感をアピールしてくる。
冴子にとっては都合の良い話だ。
なのに、やはり違和感が拭い切れない。


そして更に冴子を困惑させる話が続く。

「……ダークザイド?」
「はい。人間の生体エネルギー、ラームを食べる闇次元から来た闇生物です」

速水の話によれば人類はそうと知れず、異次元生物の侵略を受けているらしい。
そして速水はそのダークザイドから人類を守るSAIDOCなる組織の一員であるらしい。
冴子ならずとも、俄かには信じられない話である。
信憑性以前に荒唐無稽過ぎるのだ。
ガイアメモリも知らない者にとっては荒唐無稽な話だろうが、それにしても異次元生物は突飛過ぎる。
しかしそれ故、一概に速水の話を否定し切れない。
こんな荒唐無稽な作り話をした所でメリットなど無い。ただ自分の信憑性を下げるだけだ。
速水は不可解な所もある人物ではあるが、さすがに妄想癖があるようにも見えない。

(……まあ、その辺の話は井坂先生に判断してもらうとするわ)

とりあえず手に入れた情報の判断は、後に合流する予定の井坂に任せれば良い。
どれだけ難解な話でも、井坂の頭脳ならば適切な判断が可能だろう。

そして速水の話は涼村暁に移る。
私立探偵だが偶然クリスタルパワーを浴びて、シャンゼリオンと呼ばれる存在に変身できるようになった男。
その力でダークザイドから人類を守る戦士。
速水曰く、世界を守るヒーローなのだそうだ。

「例えこんな非常事態であろうと! あいつは……涼村暁には…………人を不安にさせる何かがある!」
「…………ヒーローなのに不安にさせるの?」
「ええ。だからあいつが馬鹿なことをしでかさないように、できれば早く合流したい」
「……ヒーローなのに頼る訳じゃないのね…………」

人を不安にさせるヒーローと言う形容矛盾のような人物像は、冴子に更なる困惑の種を与えただけだった。
いい加減頭が痛くなってきた所で、今度は冴子が自分の情報を提示する番になった。
情報交換である以上、冴子だけが受け取る側に立つ訳にもいかない。
もっとも冴子自身の自己紹介は“表の顔”に終始した物だ。
ガイアメモリ関連のきな臭い話を速水にした所で良いことは何も無い。
自分が持っているタブーのメモリについても黙っているつもりだ。

「……殺し合いに参加している私の知り合いは4人居るわ。
井坂先生……井坂深紅朗と、園咲霧彦に左翔太郎に照井竜ね。
この中でも、私が最優先に捜したいのが井坂先生よ。井坂先生なら殺し合いそのものを解決できるかもしれない」

そして冴子は語る。
井坂が極めて優秀な頭脳を持ち、何物にも屈しない強靭な意思を持ち、いかに素晴らしい人格の持ち主かを。
井坂の力なら殺し合いを止められる公算が大きいことを。
無論、数々の犯罪行為は伏せて。

「そ、そんな素晴らしい人が居るなんて……俺はモーレツに感動している!!」
「ええ。だから可能な限り早く井坂先生と合流したいのよ」
「そうですね! 暁は放っておいて、先にその井坂先生を捜しましょう!」
「……私が言うのもなんだけど、それで良いの?」
「あいつは自分で何とかします!」

そして一応、翔太郎と照井の説明もしておく。
しかし仮面ライダーのことは伏せて、ただの探偵と刑事として紹介する。
ガイアメモリのことは、極力知らぬ形で通したい。
そもそも翔太郎と照井を知り合いとして紹介したのは、後に情報が増えた場合に齟齬が起きる蓋然性を減らしたいからに過ぎない。


だから同姓である園咲霧彦も紹介しない訳にはいかないだろう。
知らぬ存ぜぬで通すのは、さすがに不自然だ。

「園咲霧彦は私の夫よ」
「夫!! ……夫婦で殺し合いに参加しているんですか!?
加頭め、夫婦を殺し合わせるなど……俺はモーレツに怒っている!!!」
「それはさっき聞いたわ……」

勝手に怒り狂っている速水に、冴子は冷めた視線を送る。
霧彦などどうでもいいから、さっさと話を切り上げたいと言うのに。
しかし速水の勢いは止まらない。

「わかりました! 一刻も早くあなたをご主人の元に連れて行きましょう!!」
「いいえ。さっきも言ったけど、優先すべきは井坂先生よ」
「何故です!? あなたはご主人が心配では無いんですか!!」
「霧彦さんも、きっとそう望むからよ。井坂先生なら殺し合いそのものを解決し、多くの命を救うことができる。
それに霧彦さんは荒事にも慣れているから、自分の身は自分で守ってみせるわ」

冴子の話を聞き終えた速水は、突然黙って身体を振るわせ出す。
やがて大粒の涙を流し始めた。
そして驚く冴子の手を握り締める。

「なんて健気な女性なんだ!! ご主人を心配する気持ちを押し殺し、全体のことを考えるなんて!!
俺は……俺はモーレツに感動している!!!」
(面倒臭いわ、こいつ……)

ここまで来れば冴子にもようやく理解できた。
速水と言う男には何の裏も無い。
ただ異常に正義感が強く、感動し易く、騙され易い人間なのだと。

「そうと決まれば、早速井坂先生の下へ向かいましょう!! そして共に殺し合いを止めるんだ!!!」
(……こいつと一緒で、大丈夫なのかしら?)

呆れる表情を最早隠し切れていない冴子に気付く様子も無く、意気揚々と先を急ごうとする速水。
そこに何の裏が無いとわかっても、不安は尽きない。
何しろ冴子にとってはあまりにも異質な、未知の人間なのだから。
それでももう、後には引けない。
その覚悟で以って、冴子も再び歩を進める。

野心を胸に秘めた女と、正義を胸に秘めた男の道行は始まったばかりなのだ。

【一日目・未明】
【C-3/森】
【園咲冴子@仮面ライダーW】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、タブーメモリ&ガイアドライバー@仮面ライダーW、ランダム支給品1~3(本人確認済み)
[思考]
基本:井坂先生に命を預け捧げる。
1:井坂先生を捜し出して、後の判断を仰ぐ。
2:加頭を殺す。
3:速水が面倒臭い。
[備考]
※仮面ライダーW35話終了後からの参戦です。

【速水克彦@超光戦士シャンゼリオン】
[状態]:健康、
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、紀州特産の梅干し@超光戦士シャンゼリオン、ランダム支給品1~3(本人未確認)
[思考]
基本:殺し合いを止める。
1:冴子を守る。
2:冴子と共に井坂を捜す。
3:暁は後回しだ。
[備考]
※超光戦士シャンゼリオン第36話終了後からの参戦です。
※紀州特産の梅干し(超光戦士シャンゼリオン38話に登場した物)は壷に複数個入っています。





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園咲冴子 Next:MY FRIEND
速水克彦 Next:MY FRIEND



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最終更新:2013年03月14日 22:16