時刻は少し前へと遡る。

 何が起こっているのか分からない。
 それが、神戸あさひの置かれている状況だった。
 デッドプールから無言で手渡されたスマートフォン。
 テレビアプリが起動されているそこに映っていた惨状は、あさひが鏡面世界で疲れた身体を休めていた間に生まれたものであるという。
 それを見てあさひが思ったのは、前述の感想。
 思わず理解を拒みたくなるような現実が、画面の向こうの某区に横たわっていた。

 都市の消滅。犠牲者数を推し測ることすら難しいような大惨事。
 神戸あさひの心を挫き、彼の弱気をこれでもかと膨れ上がらせるには充分すぎる現実だった。
 ……そう、"だった"。つい数時間前までの彼ならばきっとそんな無様を晒していただろう。
 弱く、脆い、最後に何も勝ち取れない無力な負け犬の本分をこれでもかと果たしていたことだろう。

「なんだよ。案外驚かねーんだな」
「一応、覚悟は決めたつもりだからな。いちいち……見ず知らずの誰かの不幸に思いを馳せちゃいられない」
「ははっ、爆笑(ウケ)る。いい感じに人でなしらしくなってきたじゃんか、昆布アイス」

 しかし、今の彼は違う。
 皮肉にも彼にとって守るべき妹が。
 守るべき存在でありながら、どうしようもなく道を違えてしまった肉親が、この世界に招かれていること。
 それを知ったことが神戸あさひの弱さを強さへと昇華させた。
 妹を殺す覚悟。今までは何処か漠然と抱いていただけだったその決心が、現実として妹の存在を知ったことによってより確たるものへと変わった。
 あさひという優しくて弱い少年の背を押す、追い風となった。

「……黄金時代(ノスタルジア)はまだ戻らないのか? 話す用があったんだろう」
「あー。何処で油売ってんだろうなぁ、あいつ」
「まさか暇潰しってわけじゃないだろうな。……それなら悪いけど他を当たってくれ。
 覚悟は決めた、とは言ったけど――俺はお前ほど強くないんだ。まだ、色々と整理をつける時間がほしい」
「そんなんじゃね~よ、ヘタレ。オレはちゃんと、お前に聞かせておきたい話があるから此処までやって来たんだ」

 聞かせておきたい話? あさひは眉を顰める。
 それに対しガムテはふうと嘆息しながら、右手に握っていた手鏡を彼に示した。
 ミラミラの能力。割れた子供達(グラス・チルドレン)の今を支える、その力。
 これが無ければきっと、ガムテ達はとっくに見つけ出されて袋叩きにされるか、憎きビッグ・マム頼みの戦局を演じる以外術がなくなっていた筈だ。
 鏡面世界と現実世界を自由自在に行き来する力は、当然。
 鏡面の中から現実の世界を一方的に観測する、そんな無法をすらも可能としてくれる。

「オレらの拠点(アジト)があるこの中央区の中に、間抜けな虫どもが入り込んだみたいでな。
 当然何らかの形で迎撃なり何なりしようと思ってたんだけどよォ――」
「……手を貸してほしいってことか?」
「ま、直球(ストレート)で言うとそうなる。ウチのババアを呼んでもいいけど、あんな化物を連戦させすぎるとこっちの消耗が渋いからな。
 Pたんの方も色々あって満身創痍と来たら、いよいよ猫の手も借りたい状況さ」

 あさひはデッドプールの方を見た。
 ……そこまではいいものの、マスクのせいで彼が何を考えているのかはよく分からない。
 はあ、と溜息をついてもう一度ガムテに向き直り、口を開く。

「……分かった。アヴェンジャーを向かわせるよ」
「はい、減点(ペケ)~。何でもかんでも安請け合いすんな」
「痛っ……! お、お前が手を貸してくれって言ったんだろ……!!」

 デコピンを打ち込まれて額を赤くしながら抗議するあさひ。
 ガムテはそんな彼に、「平和ボケしてんな~ッ」と大袈裟に天を仰いでみせた。

「いいか~? 頼みを受けるのはいいけどよ、最低限敵の数と鉄火場の状況くらい聞け。
 聖杯戦争のマスターなんて連中は下手な極道者よりも狡猾(ズル)い……勿論オレも含めてな。
 そうやっていい子ちゃんキメてたら、いつかどっかのクソに使い潰されるぜ」
「ッ。それは――」
「アヴェンジャーが出払って、鏡面世界に居るのがお前だけになった所で令呪でも奪うつもりかもしれねえぞ?
 願い叶えたいなら、幸福(しあわせ)掴みたいんなら他人は徹底的に疑え。よく言うだろ、人間は考えるワカメだってよ~~」
「……、……それを言うなら葦だろ、バカ」

 悔しいが、正論だった。
 あさひは子供だ。そして、彼は根っこの部分が善良だ。
 家族の幸せを壊す奴は憎むし、心の汚い大人のことは嫌悪する。
 しかしそれはそれとして、彼は他人から向けられる好意や善意に慣れていない。脆い、とも言い換えられるだろう。

 心の綺麗な悪人なんて、この界聖杯にはごまんと居る。
 あさひの心を理解し、その上でだが殺すと割り切れる人間は決して希少ではないのだ。
 なまじ多くの子供達を見てきたガムテだからこそ、あさひのそんな脆さを見抜くことが出来た。
 見抜いた上で、その脆いところに釘を刺した。
 せっかく得た同盟相手を失いたくないからだと解釈することも可能だろう。
 だが、或いは。それはガムテから、目の前の"子供"に対しての――

「状況を教えてくれ。協力するかどうかは、それ次第で決める」
「了解(りょ)。敵は二組で一緒になって動いてる。当然サーヴァントも二体だ」
「……、……」
「な? ちゃんと状況聞いておくに越したことね~だろ?」

 けらけらと笑うガムテに、あさひはげっそりとした顔をする。
 それはさておき、アヴェンジャー単体で向き合わせるにはかなり分の悪い場面だ。
 アヴェンジャーの強さは信頼しているが、単純にリスクが大きすぎる。
 断るべきか、此処は……? 考えるあさひに、ガムテは続けた。

「とはいえ、まあ安心しな。アヴェンジャーだけに全部任せるつもりはねえ。
 任せたいのは足止めだ。二組を分断して、アヴェンジャーから逃げた方をブッ叩く」
「そっちが本命、ってわけか」
「そういうこと。あちらさんも鏡面世界(ミラミラ)のことは知らねえだろうからな。上手くいけば不意討ちで二人共持っていけるかもしれねえ」
「……、……」

 確かに、悪い話ではない。
 アヴェンジャーの頑丈さについてはあさひも知るところだ。
 彼ならばサーヴァントの一騎、もしかすると二騎とも引き受けられるかもしれない。
 それから首尾よく暗殺を遂行出来れば大きな戦果だ。
 とはいえ、如何に不死身のアヴェンジャーとはいえ相手のサーヴァントが搦め手に自信のある手合いだった場合、やはりリスクは非常に大きくなる。

 どうするべきか――あさひは考える。相棒に聞くのではなく、今は自ら考えることを選んだ。
 まるでそれは、ルール無用の戦いの中での心構えを教えてくれたガムテに応えるかのような姿勢であった。

「……その二組の姿って今も見れるのか?」
「ああ、見れるぜ。こいつらだよ」

 無数に存在する鏡の一つが、まるでモニターのように映像を灯す。
 そこに映し出されたのは二人の少女だった。
 傍目にはただの人間にしか見えないが、見れば確かに片腕を不自然に隠している。
 そしてそうでなくても、こんな情勢の街で真夜中の市街地を歩いている少女達というのは十分に嫌疑をかけるに足る相手だ。
 しかし――今のあさひには、そんな細々としたことを考える余裕はなかった。
 彼は今、ただ鏡に映し出された現実世界の映像に釘付けになっていた。

「あさひ?」
「何だよどうした? 覗きの喜びに目覚めちゃった?
 時代が悪いからやめときな、暇なおばさんにツイッターで目付けられちまうぜ」

 ガムテの声。
 デッドプールの、いつもの戯言。
 それもまた、あさひの耳には入らなかった。
 目を見開いて。猫の瞳孔のようなその瞳を、画面の二人に注いでいる。
 様子のおかしさに気付いたガムテがデッドプールへ目を向ける。
 デッドプールは無言だったが、しかし……彼は既に事の次第に察しが付いているようだった。

「誰が居た?」

 沈黙を破り、デッドプールが投げかけたのはごく短い言葉。
 神戸あさひは狭い世界で生きてきた人間だ。
 その彼にこんな反応をさせることが出来る人間となると、やはりごく限られる。
 愛する母か。訣別した妹か。憎悪してもし足りない父親か。
 否、その誰でもない。何故なら鏡に映る二つの影は、いずれも"少女"だったのだから。
 年頃で言えばあさひとそう変わらない、女子高生くらいに見える"少女達"。

「……俺に、すごく優しくしてくれた人と」

 ああ、なんであなたが此処に居るんだ。
 あなたみたいな優しい人が、なんでこんなところに居るんだよ。
 静かに眠っていてほしかった。もう二度とその優しい心が誰にも踏み躙られないように、せめて静かに、と思っていた。
 野良犬のようにみすぼらしく這々の体で生きていた自分。そんな自分にパンを恵んでくれた、綺麗な小鳥。
 鏡の向こうにその人が居た。会いに行きたい、会いに行ってどうする、二つの感情が螺旋を描くのだろう――本来なら。

「俺から……俺たちから」

 だけど、そうはならなかった。
 あさひの中に渦巻く感情は、やはり二つ。
 小鳥を見つけたことに対する動揺と、そして――

「――大事な家族を奪った、悪魔が居る」

 激しい、自分でも驚いてしまうほど激しい、憎悪だった。
 小鳥の隣を我が物顔で歩くその女の名前を、神戸あさひは知っている。
 松坂さとう。自分と母からしおという月を奪った、忌々しい悪魔。
 死して尚しおを手放すことをしない、憎くて憎くて堪らないあの女。

「……ガムテ」
「何だよ」
「此処に居る子供達(やつら)から聞いたんだ。
 口に含むだけで強くなれる、人間を超えられる……そんな麻薬(くすり)があるって」
「……ああ、あるよ。だけどよあさひ。お前――自分の言ってることの意味、分かってんだよな?」

 何故お前があの人の隣に居るんだ。
 あんなことをしておいて、自分の手で殺しておいて。
 なんでそんなことが出来るんだ。
 お前は、何なんだ。
 どうしてお前はいつもそうやって――誰かの幸せを奪うんだ。
 燃え上がる憎悪は沸騰した糖蜜のようにどろりと、あさひの心に絡まった。

「分かってる。多分お前よりも、……分かってると思う」

 これは、決して必要な行動ではない。
 むしろ合理性に欠く。リスクとリターンの釣り合いが取れていない。
 自分は馬鹿なことをしようとしている――そう分かった上であさひは、ガムテの目を見た。
 今だけは、デッドプールには頼れない。彼を頼ってはいけないと、あさひはそう思っていた。
 これは自分が自分の脳で考えて決めて、そして自分の手でやらなきゃいけないことなのだと。

「――だから頼むよ、ガムテ。俺に今度こそ……あの悪魔を殺させてくれ」


◆◆


 それは、あまりに突然のことだった。
 GVが童磨と交代する胸を告げ、さとうとしょうこの二人を物陰に隠れさせた上で立ち去ったその三十秒ほど後。
 しょうこは最初、それを獣だと思った。
 だがさとうは違った。二人の判断を分けたのはきっと、人でなしかどうかの差であろう。

「避けて、しょーこちゃん!」

 ほとんど飛び退くような動きで、さとうはそれだけ叫んで地面を転がった。
 しょうこがその言葉を聞いてから動き出すまでに要した時間は、正直なところ遅すぎると言う他なかったが。
 しかし幸い。ことこの場に限っては、しょうこはそれでも大丈夫だった。
 何故なら夜闇を切り裂いて突如出現したその襲撃者は……最初から。
 松坂さとうただ一人を狙って現れた、そういう存在であったのだから。

 さとうの頭が数秒前まで存在した地点の地面が、爆ぜた。
 そう見紛うほどの威力で振り下ろされた"武器"が、アスファルトを砕いて砲弾の直撃をすら思わす衝撃波を生んだのだ。
 事実、さとうもしょうこもこれはサーヴァントの襲撃だと思って憚らなかった。
 だからこそ……襲撃者の正体を視認し、理解が追い付いた時の驚きもまた――大きかった。

「――え、あ? なん、で……?」

 しょうこの動揺の声が虚しく響く。
 しかしその声に、少年は返事をしない。
 振り向くことすらしない。自分の友人の方を向き、ひしゃげた金属バットを片手に肩を揺らすその少年。
 それが誰なのか、しょうこにはすぐに分かった。
 服装の違いなんて些細なことだ。その背格好、漂う雰囲気――それはしょうこにとって、どうしても忘れることの出来ないものだったから。

「何してるの……やめてよ、ちょっと。ねえ、あさ――」
「来るな!」

 びく、としょうこの身体が震える。
 そんな声を聞いたことはなかった。
 小動物のようだった彼の声とは思えない、怒りと憎しみに歪んだ声。
 そして少年は振り返らない。振り返らないままで、絞り出すようにしてしょうこへと言う。

「……来ないでくれ。あなたのことは、巻き込みたくないんだ」

 それきり。これ以上言うことはないとばかりに、襲撃者――神戸あさひ飛騨しょうこに話しかけることを止め。
 自分の前方でゆらりと立ち上がる憎き悪魔――松坂さとうの顔を睨み付けた。
 あいも変わらないその姿。見てくれだけは綺麗な、忌まわしい女。
 あさひから全てを奪った女。妹に甘い呪いをかけて死んだ、仇。
 目元に麻薬服用の証たる紋様を浮かび上がらせて、あさひは彼女に対し口を開く。
 口内にある麻薬、地獄への回数券の感触を舌で確認しながら……放った言葉は。

「お前は、何がしたいんだ」

 悪罵の声ではなく、単純な疑問だった。

「いつもいつも、人の大切なものを奪って。
 殺して、壊して、呪って。おまけに自分で殺した人を、何もなかったみたいに隣に侍らせて。
 そんなにも他人を利用するのは楽しいのか? 自分の欲しいもののためなら、他の人たちはどうでもいいのか」

 割れた子供達の一人から譲り受けた金属バットは、最初の一撃で既に飴細工のようになってしまった。
 しかしこれでも十分だ。何なら素手でだっていい。
 今のあさひは決して非力な少年ではないのだ。
 "地獄への回数券"は凡人を超人に変える。
 麻薬を服用(キメ)た今のあさひに勝てるマスターなど、魔境と化したこの東京の中にさえどれほど居るか。

「お前は生きてちゃいけない存在だ。お前が手に入れていいものなんて、この世の何処にもない」
「……、……」
「お前のせいで、しおは……あいつは、変わってしまった。
 もう居ないお前の存在に呪われて、お前のようになってしまったんだ」
「……それで、私を殺しに来たってこと?」
「――ああ、そうだよ」

 あの時犯した間違いが、今なら分かる。
 あの時自分は、この女を殺しておくべきだったのだ。
 しおを押しのけてでも、この女の頭にバットを振り下ろすべきだった。
 そうすればしおは自分のことを嫌いになったかもしれない。
 決して許さないと憎悪したかもしれない……だけど、それでも。
 あんな風になることは、きっとなかっただろう。
 自分の失敗がしおを殺した。殺してしまったんだ。あさひは、そう確信していた。

「お前はしおの仇だ。絶対に、殺してやる」
「……ふうん」
「もう二度とお前に殺されたり、呪われたりする人間が生まれないように。
 俺が此処で……今度こそ! お前という悪魔を、終わらせてやる!!」
「あのさ」

 言いたいこと、思いの丈を全てぶち撒けたあさひは改めてさとうの顔を見て。
 そこで、時間が止まったような錯覚を覚えた。


「そんなだからしおちゃんに捨てられたんじゃないの?」

 ……。
 …………。
 ………………。

 ……この女は、何を言っているんだ?
 麻薬であらゆる感覚を超強化されたあさひの頭を、疑問符が埋め尽くす。
 理解不能の一言だった。何故今、この場面でそんな言葉が出てくる。
 自分の言ったことをちゃんと聞いていたのか。聞いた上で、こんなことを言っているのか。
 そんなあさひには一切頓着せず。恐れている様子もなく、さとうの口は淀みなく動いていく。

「私が居なくなれば、しおちゃんが私のことなんて忘れてくれるとか思ってた?
 私のお城で食べたおいしいお菓子や楽しい玩具。私と過ごした時間や、思い描いていた未来。
 それを全部忘れてまっさらな状態で、あの子に衣食住もまともに保証してあげられない貧相な家に帰ってきてくれるって?」

 かち、かち、と。
 あさひの歯が、鳴った。
 恐怖からではない。限界を超えた、とある感情で。

「教えてあげる。あの子はね、お人形なんかじゃないんだよ」
「――黙れ」
「あの子にだって自分があるの。生きているから大きくだってなる。
 自分で考えるし、自分で選ぶし、自分で歩く。
 自分達家族にとっての理想の姿じゃなくなったからって、追いかけることもせずに"しおは死んだ"って?」

 ふは、と、さとうは鼻で笑った。
 あさひは生まれて初めて、怒りが限界を超えると声すら上手く出せなくなるのだということを知った。
 黙れ。お前がそれを語るな。お前に何が分かる。お前さえ居なければ、しおがあんな風になることなんてなかったのにと。
 吐き散らしたいのに、出てきたのは「黙れ」の一言だけだった。

「そんなに変わらないものが好きなら、子猫でも飼ってみたらいいんじゃないかな。
 別に子犬でもいいと思うけど。首輪が外れて逃げちゃうのが嫌なあなたにとっては、案外ハムスターとかの方がいいのかもね」

 さとうの眼が、あさひの眼を見据える。
 ひどく冷めた眼だった。恐怖すらない、悪意すらない。
 ただ底抜けの無関心だけが鎮座する、そんな眼だった。
 否が応にも理解させられる。この女がこの世界で何を思い、何のために戦っているのかは知らないが。
 それでも。彼女が自分と母親、しおの本当の家族のことについて思いを馳せたことは――きっと一刻たりとてなかったのだと。

「私が最初にしおちゃんと会った時。あの子、どこでどうしてたと思う?」

 さとうは知っている。
 "あの子"を置いて立ち去る母親の後ろ姿を。
 今思えばただ愛がないから捨てた、訳じゃなかったのかもしれない。
 然るべき行政の手に委ねたかった、とか。
 自分では幸せに出来ないから、とか。
 そういう理由で手放した背景があったのかもしれない。
 さとうにとってそれは、ひどくどうでもいいことだったが。

「"あの人のビンは、私がいるだけでこわれちゃうんだ"
 "それがわかったから、もういいの"。そう言って――雨の中で泣いてたんだよ」
「黙れ……黙れ、悪魔。お前が、俺たち家族のことを……」
「あれ。"呪われた"しおちゃんは、もう家族じゃないんじゃなかったっけ」

 あさひがしおを切り捨てる決断をしたことは、間違いなく正しい。
 さとうも別にそれを責めるつもりはなかった。
 それに、察せたこともある。あさひが語るしおと自分の知るしおのイメージが、どうにも一致しない。
 だからきっと、彼は自分が過ごしていた時間よりも先の未来からこの世界へ引っ張られてきたのだろう。
 そしてその未来では、恐らく、自分は――しおちゃんの傍に居ない。

「あなた達家族はどこまでも勝手。最初に手放したのは、捨てたのはあなた達の方なのに」
「……、……」
「それなのに、それを誰かが拾ったらやっぱり返してって?
 子供を捨てなきゃいけないような親と、まともな暮らしをしてきた様子もない兄(きょうだい)のところに?
 挙句、取り返したはいいけど自分の思ってた妹じゃないからやっぱりいらない?」

 それが分かっても、不思議と動揺はあまりなかった。
 此処に来てすぐの私なら、きっと焦っていただろうなと。
 どこか他人事のようにそう考えながら、さとうはあさひを見下ろした。
 どんな手を使ったのか、人間など遥かに超えた力を手に入れている彼だったが。
 その姿は――あまりに、矮小(ちいさ)かった。

「論外だよね。無責任にも程がある」

 ああ、やっぱり。
 全然怖くない。
 力のない者が笑い、力のある者が震える矛盾した絵面の中で。 
 さとうは神戸あさひを根本から否定する。
 自分を否定する人間が現れることは、別にいい。いちいち気にしないし、邪魔するならその都度排除するだけ。
 でも――だけど。

「お兄ちゃんなんだったら、もう少ししおちゃんのことも考えてあげたら?」
「――黙れえぇぇえええええッ!!」

 こいつにだけはそれを言われたくないと。
 神戸家(こいつら)にだけは、知った口を利かれたくないと。
 さとうは明確にそう思ったから、彼に容赦のない冷笑を浴びせた。
 それは本来なら悪手も悪手。あさひが迷わず怒りのままに、素早く事を済ませられる人間だったなら――さとうは最悪死んでいた。

 だが。神戸あさひという少年は結局、とことんまでにこういう暴力沙汰に向いていなかったのだ。

 浴びせかけられた予期せぬ糾弾と否定で、心を縫い止められて。
 その気になれば一瞬で全てを終わらせられる力を持っているのに、固まってしまって。
 心の傷口を開かれて塩を擦り込まれて、挙句心の柔らかい部分を笑いながら足蹴にされて。
 そこまで済んだところでようやく――あさひは動くことが出来た。
 ほとんど絶叫に近い咆哮をあげながら襲いかかったあさひ。
 しかし事が此処まで遅れては、もう。
 彼が本懐を遂げることは……出来ない。


「おっとっと、危ない危ない」
「――ぎ、ッ……!?」


 あさひの背中から、何かが彼の体内に突き刺さった。
 幼女のそれのように肉の薄い腹部を突き破って、鬼の腕が生える。
 彼の後ろに立っているのは、頭から血を被ったような鬼だった。
 虹色の眼を早朝の薄ぼけた闇の中に爛々と輝かせながら、その鬼は――松坂さとうのサーヴァントは到着を果たしていた。

「遅い。もっと早く来てくれないと困るんだけど。念話も飛ばしてたよね?」
「いやあ、何やらさとうちゃんが楽しそうだったものだからね。
 色々疲れも溜まっているのだろうし、気が済むまで発散させてあげようと俺なりに気を回してみたのだが」
「要らないから、そういう気遣い。私がストレス溜まってると思うなら、普段の無駄話を減らす努力をしてくれない?」
「またそうやって釣れないことを言う……おや? この少年も妙な体をしているな。
 鬼を喰って体質を変えた鬼狩りに似ているが、どちらかというと薬効の類なのかな」

 ……地獄への回数券は、凡人を超人に変える麻薬だ。
 しかし外付けの力でブーストしたとしても、凡人は凡人。
 肉体の限界値まで研鑽を積んだ真正の超人や、サーヴァントのような生来の怪物には遠く及べない。
 事実としてあさひは、自分を貫いた童磨の腕を退かすことも、振り向いて彼の頭部を粉砕することも出来なかった。

「あ゛ッ、が、ぐぁ、ぎ、ぎあ、ァ――」
「うぅむ、胃袋の中には特殊な物質は確認出来ないな。
 ああ、そういえば人間の身体は腸が最も効率よく薬を吸収すると聞いたことがある。
 そっちの方も開いてみようか」
「づ、ッッ!? ぐぁ、いがッ、あ゛、あ゛あぁ゛ッ、あぁ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛ぁぁぁ゛――!!!」
「程々にね。あと、紙麻薬だったら口の中に残ってる可能性もあるんじゃない?」

 突き込んだ手がぐちゃり、ずちゃりと腥い水音を鳴らしながらあさひの体内を弄ぶ。
 溢れ出す鮮血と臓器の損壊はどれ一つ取っても致死だが、強化されている彼の肉体はそれらの損傷をリアルタイムで自動修復していく。
 破かれた胃袋、握り潰された大腸、開かれた食道、それらは全てあさひを殺さない。
 地獄の苦痛を与えるだけ与えて、時間さえ経てば嘘のように傷が癒えていく。

 そして、それを――
 一人見ていた、少女は。


◆◆


 何も出来なかった。
 何も、言えなかった。
 飛騨しょうこの言葉は、神戸あさひを振り向かせることすら出来なかった。
 突き付けられた拒絶は彼らしい、優しさに満ちたもので。

 だからこそ……動けなかった。
 此処で自分が動くことを彼は望んでいない。
 神戸あさひは、松坂さとうとの因縁の決着だけを望んでいる。
 そのことが痛いほど分かってしまったから、動けなかった。
 大事な時にはいつも蚊帳の外にされてしまう自分の無力を呪ったし。
 せっかくまた会えたのに、あの子に見てすら貰えないのが悲しかった。

 ぺたりと地面に座り込んで。
 しょうこはただ、あさひが否定される様を見ていた。
 やがて彼の背後には、あの鬼が現れて。
 優しい少年の腹は後ろから貫かれ、濁った惨たらしい悲鳴が響くばかりになった。

「……やめて、よ」

 こぼす言葉は、誰の耳にも届かない。
 しょうこはこの場でにおいて、誰よりも無力だった。
 いつものように。彼女は、ただの小鳥でしかなかった。

「さとう、ねえ、やめて――もう」

 それにそうでなくたって、こんな私の言葉を誰が聞いてくれるというのだろう。
 しょうこは決めた筈だった。あさひの味方ではなく、さとうの味方をすると。
 そう決めたからこそ、彼女の隣を歩めていた筈だった。
 なのに今の自分はどうしたことだろう。
 あさひが、あの子が殺されてしまうかもしれないことに怯え、それだけに恐怖している。
 さとうのキャスターが助けに入らなかったなら。
 殺されていたのはきっと、さとうの方だったのに。

 人はしょうこを小鳥と呼ぶが。
 しょうこは自分のことを、そんな綺麗な存在だとはとても思えなかった。
 友と、あの子。その間をどっち付かずにふらふらと彷徨う蝙蝠。
 一番の卑怯者だと、そう自罰せずにはいられなかった。

「う、あ、ああああ、あ」

 泣けばそれでどうにかなるの?
 また、誰の手も握れないまま。
 そうして無価値に、死んでいくつもり?
 囁く声は自分自身の声で、だからこそ耳を塞ぎようもなくて。
 ふと、しょうこは自分の右手に視線を向けた。
 そこにある、一画きりの刻印――これを使えば。
 これを使ってアーチャーを呼べば、この場をどうにか出来るかもしれない。

「(それで)」

 どの道自分には、どうすることも出来ない。
 不思議な力もなければ、さとうのように行動力があるわけでもない。
 唯一あるのはアーチャーとの縁。彼に頼ることが一番なんじゃないか。
 この場をどうにか取り持って貰って、さとうにもそしてあさひくんにも、自分の意思を伝えられれば。
 そうすればいい。それが、自分の理想を叶える一番の最適解なのだから。

「それで、本当に、いいの……?」

 向き合いたいと、思ったんじゃなかったのか。

 もう二度と間違わないと。
 間違いたく、ないって。
 そう決めたんじゃなかったのか。

「……私は、さとうの友達で居たい。あの子の味方で、居たい」

 でも。

「でも……あさひくんのことだって、やっぱり見捨てたくないよ」

 私はきっと最後にさとうの味方をするだろう。
 そこのところは、もう裏切りたくない。
 だとしたらいつか、私かさとうが彼を殺す時も来るのかもしれない。
 それを嫌だって言うのは、子供じみたわがままでしかないけれど。
 でもせめて、少しくらい。
 少しくらい、お話をさせてほしい。
 あの子に伝えられてない言葉が、言えてないことが、まだ私にはあるんだから――



 気付いた時、私はやっぱり間違えていた。
 震えは、もう止まっていた。




◆◆


 ――痛い、痛い、痛い、痛い。
 身体の中身を文字通りぐちゃぐちゃにかき混ぜられて。
 肉の詰まったずだ袋のようになった身体は、だけど自分のものじゃないみたいに蠢きながら治っていく。
 悪魔の手が口の中に入ってくる前に、あの麻薬を呑み込んだのはせめてもの抵抗だった。

 だけどそれがどれほどのものになるのだろう。
 念話を飛ばす余裕すらなく、俺は、片手の令呪に力を込めた。
 これを奪われたり潰されたりしたら、その時はいよいよ打つ手がないから。

 アヴェンジャー。デッドプール
 こんな俺に、手を差し伸べてくれた変なヤツ。
 俺はこうしてまた、あいつに頼ってしまう。
 あいつは俺が復讐のために打って出ると、この手で悪魔を殺すと言った時。
 止めはしなかった。だけど、ひとつ"代案"も示してきた。

『お前がその女を殺すの、別に止めはしねえけどよ。
 俺ちゃんの方が先に殺しちまえたら、その時は恨みっこなしだぜ』

 あいつは俺に手を汚させたくなかったんだと、思う。
 だけどあいつは失敗した。松坂さとうを、殺し切れなかった。
 だから俺の番が回ってきた。あいつに念話をしなかった理由は、我ながら子供じみている。
 どんな顔をして話しかければいいか、分からなかったんだ。
 だって俺は、いつも通りの憎まれ口を叩くあいつに……言ってしまったから。

『邪魔をしないでくれ、アヴェンジャー。これは……これだけは、俺がやるんだ』
『い~や、俺ちゃんもいっちょ噛みさせて貰うね。あんまりキルレ低いと英霊の座で馬鹿にされちまうからな』
『っ……邪魔だって言ってるだろ!』

 邪魔だ、と。
 余計なことをするな、と。
 そう、俺はあいつに言ってしまった。
 だからあいつが悪魔を仕留め損ねたと聞いた時も――こう思ったんだ。
 やった、って。あいつ、失敗したんだって。
 そう思いながら、無邪気に喜んだ。

 その結果が、これだ。

 目的は遂げられない。
 悪魔を殺すどころか、傷をつけることも出来なかった。
 殺すと決めて鏡の世界を飛び出た筈なのに、俺には何も出来なかった。
 そして今。俺は邪魔だと罵って、失敗を喜んだ相手に、助けを求めようとしている。

「(情け、ないな。俺……)」

 なんて情けないんだろう、俺は。
 目から、痛みによるものじゃない涙が流れ落ちた。
 あまりに情けなくて、やるせなくて。
 心に深く突き刺さった言葉の鏃も相俟って、この期に及んで尚恥を重ねてしまう。

「(それ、でも……)」

 ――それでも。
 ――死ぬことだけは、出来ないから。

「(たと、え……誰に何と、罵られようとも……。
  それでも、俺は……見たいし、辿り着きたいんだ……
  俺たちに……家族に、あったはずの、未来に……っ)」

 令呪を使おうとする。
 デッドプールを此処に呼んで、助けてもらうために。
 そうしようとした、その時だった。
 俺の身体に、何か温かなものが縋り付いたのは。

「――しょーこちゃん?」

 悪魔が驚いたような声を出している。
 衝撃でだろうか。ずぼ、と俺に刺さっていた腕が抜けた。
 そのまま地面に投げ出されようとする俺の身体を、その"誰か"が抱き留めてくれた。
 血液の補填が追いつかず、まだ霞んでいる視界が。
 時間の経過と共に、だんだんと晴れてくる。
 そして俺が霞みの向こうに見た、その顔は。

「ごめん。ごめん、ごめん。
 ごめんね、さとう。私今、訳解んないこと、してるよね」

 俺よりも、ずっと涙でぐちゃぐちゃだった。

「でも、どうしても、ごめん。
 じっとしてられなくて、一言だけでも、って、思って……」

 ――なんで、泣くんだ。
 なんで、あなたが泣いてるんだ。
 此処は聖杯戦争。願いを持つ人間が、最後の一人になるまで殺し合う儀式場。
 そんな場所で、そんな顔で泣いてたら……あなたが優しい人だって、周りにバレてしまうのに。

「……何してるんですか」
「……何してるんだろね」

 名前を呼ぶあなたの顔は、もしかしたら俺にとって。
 しおと同じくらい、この世界で出会いたくないものだったのかもしれない。

 未だ窮地は去ってなんかいない。
 それでも何故か、俺は困ってしまって。
 気付けばそんな、場違いなことを言っていた。
 そんな俺に、あなたもやっぱり困ったような顔をして、笑っていた。


◆◆


「……さとうちゃん? どうするんだい、これ」

 予想外の事態なのは、さとうにとっても同じだった。
 神戸あさひがサーヴァントを呼ぶ可能性は考えていたが、それ自体は然程脅威だと思ってはいなかった。
 何なら令呪を用いての強制転移であろうと、あのアヴェンジャーが駆け付けた時には全て手遅れの公算だったのだ。

 童磨は人を喰う。そして彼は、何も口で喰わずとも人間を取り込み糧にすることが出来るのだ。
 つまり、貫いた腕を捕食器官の代わりにして内側へ取り込み、捕食する。
 そういう芸当も可能なのである。これは童磨自身を除けば、さとうしか知らない情報だった。
 だからあさひが令呪を使っていたとしても、デッドプールは彼が喰われるまでに間に合わない。
 その筈だった。そのつもりだった。
 しかししょうこがあさひに抱き着いたことで腕が抜け、その状況が崩れてしまった。
 肩を竦めて見つめてくる童磨をよそに、さとうは顔を顰めていた。

「どうもこうもないよ」

 やることは変わらない。
 何一つ、変わらない。
 しょうこの突然の行動には面食らったが、彼女が自分を裏切ることはないだろうと今でもそう思っている。
 だから、これから童磨にさせる行動も当然筋が通るし。
 仮にしょうこが彼を守るためにこちらへ牙を剥くというのなら――、その時は。

神戸あさひを殺して、キャスター」
「はは、まあそうなるよねえ。俺は男はあまり喰いたくない主義なんだが、君の命令とあっては仕方がない」

 その時は、あの時と同じことをするだけだ。
 あの時とはまた違った苦味が口を満たす中で、松坂さとうは生死の彼岸をすら超えて再会した二人を分かたんとする。

 が――


「は~~~~い、そこまでだぜ花嫁さんよォ~~~~ッ」


 夜闇を切り裂く、閃光が一つ。
 少なくともさとうには、それを眼で捉えることは出来なかった。
 回数券(クーポン)を服用したあさひは、彼の弱さを嬲る形で排除したものの、それでも眼で追えないほどの速さではなかった。
 だがこれは違う。彼とは明確に違う、次元が一つ二つ確実に上を行っている。
 事実として。童磨がその襲来に即応し鉄扇で受け止めていなければ、さとうはその令呪を切り飛ばされていたに違いない。

「大丈夫かい、さとうちゃん?」
「……ありがと、助かった。あれ、サーヴァントじゃないよね?」
「そうだねえ、驚くべきことだが人間のようだ。ううむ、まさかしのぶちゃんより速く動く人間が居るとはなあ」

 童磨の背後へと逃れるさとう。
 襲撃者の正体は、顔にガムテープを貼り付けた歯抜けの少年だった。
 彼の刃が銀の軌跡を描きながら童磨と打ち合い、火花を散らす。

『い、痛いよガムテーッ! もっと優しく、ぶへえッ!?』
「喋んな。マジでへし折るぞ」

 不機嫌そうに呟きながら踊るように舞い、鬼と殺し合う姿はさながらピーターパン。
 とはいえ所詮は人間の身。彼も、本当に殺すつもりで斬りかかっていた訳ではない。
 いや、それ以前にだ。松坂さとうへの襲撃だって、片腕の切断のみで留めるつもりでいた。
 その理由は、今はまだ彼の頭の中だけにある。
 ガムテはあさひ達二人とさとう達との間に、くるりと宙返りをキメつつ着地。

 それからまず、彼はあさひの方を見て。

「もひとつ減点(ペケ)~。サーヴァントが来たんだからよ、つまんね~~意地なんざ捨ててさっさと令呪切りな。
 おかげで考えてた計画(プラン)がおっ狂っちまったじゃねェ~か」
「……ああ、確かにな。そうしとけば良かったって思ってるよ、今は」
「まあ分かりゃヨシ!だけどよ。次は容赦なく切り捨てっからな~」

 そう駄目出しすれば、さとうの方へと一歩前に出た。
 彼に今この場で、すぐに殺し合いを演じようという気がないことを悟って。
 さとうも同じく前へと出る。無論、何か仕掛けてくるならすぐに童磨が動けるよう念話をした上でだ。
 ガムテは破壊の八極道の中でも最速を誇る殺し屋だが――本気の上弦が相手となれば、たとえ目的が奇襲の一刺しだとしても無視出来ないリスクが鎌首を擡げてしまうのは避けられない。

神戸しおに会ったよ」
「……そう。元気にしてた?」
「あ゛~~、ありゃ元気すぎるくらいだなァ~~。
 お前よ、拉致(ユーカイ)したんならもうちょっと躾けとけよ」
「――で、目的は何。話がしたいから、サーヴァントを呼ばないでいるんでしょ?」

 軽口を叩き世間話を仕掛けてくる少年――ガムテに、さとうは何ら油断してはいなかった。
 この少年は危険だと、今しがた彼が見せた超人的な動きを見て既に理解している。
 警戒心を削げば致命的な結果に繋がると。さとうの脳はそう告げていた。
 そんなさとうにガムテは、問われたことへの答えを単刀直入に告げる。 

「直にオレのサーヴァントは帰ってくる。オレが急げば、もっと早く帰ってくるよ」
「……、……」
「新宿を更地にした傍迷惑な連中、居ただろ? 龍に化けるライダーと、鋼の翼のランサーだ。
 オレのサーヴァントはそいつらと同等の力を持ってる。認めたくはねえが……化物さ」
「成程ね。言いたいことは分かったよ」

 小さく息を吐いて、さとうは言った。
 ガムテが今わざわざ自分のサーヴァントの強さを誇示した理由は、考えるまでもなく脅迫だ。
 都市を一度の戦いで崩壊させられるような連中、この聖杯戦争を常ならぬ様相に導いている元凶共。
 それと同等クラスの力を持つサーヴァントが此処に駆けつけるというのなら、さしものさとう達もどうにもならない。
 令呪を使って逃げるにしろ、一か八かで戦うにしろ……ただでさえ悪い状況が更に悪化するのは想像に難くなかった。

「求めるのは同盟かな。それとも――隷属?」
「それはそっちの出方次第だよ~~ん、"さとちゃん"。
 ただどっちにしろ、お前の愛しの"しおちゃん"とは敵対することになるけどなァ」
「……あまり気安くその名前を口にしないでほしいんだけどな」
「仕方ねえだろ? あいつの居る陣営(チーム)は、オレ達の勢力と目下バチバチの抗争中だ。
 オレももう一度会ったら殺すつもりでいるしな」

 それはさとうにとって、決して無視出来ない言葉ではあったが。
 さとう自身も未だ、しおに関する矛盾には答えを出せていない。

 先程あさひにはああ言ったが、もしも自分が――自分の死んだ後のしおと、自分と共に生きていた時のしお。
 どちらかを選び、どちらかを切り捨てねばならないのだと求められたなら。
 ……その時自分はどう答える。どちらの手を、取る。
 その答えには、さとうもまた辿り着けていないのだ。

「……分かった。話すのは構わないよ。
 あなたのサーヴァントが本当に新宿のライダーと同じくらい強いっていうんなら、私達だって無策で戦いたくはないから」
「イイね。じゃあとりあえず、急いで話すとして――」

 ガムテの眼があさひを見る。
 あさひは、しょうこの方を見ていた。
 さとうの眼がしょうこを見る。
 しょうこも、あさひの方を見ていた。

「此処じゃ邪魔が入るから、場所は変えようか」
「オッケー。ちゃんとサーヴァント連れてこいよ? 刺されても知らねえぞ」
「言われるまでもないよ。……ああ、キャスター。"御子"は一応配置しておいて」

 神戸あさひ松坂さとうを憎むように。
 松坂さとうもまた、神戸あさひを殺したいと考えている。
 何故なら彼は、単純明快に"邪魔"だからだ。
 未来で自分達のハッピーシュガーライフの邪魔をするらしい存在を、生かしておきたいだなんて思える訳もない。
 なのにわざわざ、童磨に"御子"を――彼と同じ出力を持つ氷人形を配置させた理由。

 もちろんあさひのためなどではない。
 万一しょうこがあさひと完全に手を組み、自分を裏切ろうとした時。
 即座に同盟の成立を阻止して、キャスターと共に彼女を切り捨てるための備えだ。
 そして……もう一つ。

 これはあさひが牙を剥いた際にしょうこを守りつつ、彼を素早く抹殺するための備えでもあった。

「(……なんだか、変な味。この味は――知らないかも、しれない)」

 苦い味がする。
 だけどそれは、世の中の人やあの子の居ない日常に対して感じた苦さではなくて。
 じゃあそれが何から来る苦さなのかと言われると、やっぱり答えは出せなくて。
 ガムテとの交渉のテーブルへ向かう最中、さとうは一度だけしょうこの方を振り向いた。
 目が合った。しょうこは何か言おうとしていたけれど、無視して彼女から視線を外した。

 口の中は、相変わらず苦い。


【二日目・早朝/中央区・高級住宅街(裏路地)】

神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(大)、自己嫌悪(大)、松坂さとうへの殺意と憎しみ、そして飛騨しょうこへの困惑と悲しみ、『地獄への回数券』服用中
[令呪]:残り3画
[装備]:デッドプールの拳銃(懐に隠している)、着替えの衣服(帽子やマスクを着用)
[道具]:リュックサック(保存食などの物資を収納)
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
0:ガムテと協力する。後戻りはもう出来ない。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:さよなら――しお。
3:星野アイと殺島は、いつか必ず潰す。
4:聖杯は、出来る限り諦めたくない。
5:櫻木さん達のことは、次に会ったら絶対に戦う……?
6:プロデューサーさんに、櫻木さんのことをいつか話すべきか……
7:あの悪魔を殺す。殺したい、けど、あの人は――
[備考]
※真乃達から着替え以外にも保存食などの物資を受け取っています。
※廃屋におでん達に向けた書き置きを残しました。内容についてはおまかせします。
※傷はだいたい治りました。デッドプールに念話をしたかどうかはおまかせします。

松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)、苦い味
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:最低限の荷物
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
0:……この味は、何?
1:しおちゃんとはまだ会わない。今会ったらきっと、あの子を止めてしまう。
2:どんな手を使ってでも勝ち残る。
3:しょーこちゃんと組む。いずれ戦うことになっても、決して負けない。
4:もし、しおちゃんと出会ったら―――。
5:神戸あさひは邪魔なので早めに殺したい。
[備考]
飛騨しょうこと連絡先を交換しました。
※キャスター(童磨)からの連絡によってバーサーカー(鬼舞辻無惨)の消滅を知りました。
※松坂さとうの叔母が命を落としたことを悟りました。

【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:二対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
0:君の愛が、俺の先を行くものでないのなら。その時は俺が君の先を行くよ、さとうちゃん。
1:あ~あ。あの彼(あさひ)、早めに食べておけばよかったな。
2:しょーこちゃんもまた愛の道を行く者なんだねぇ。くく、あはははは。
3:黒死牟殿や猗窩座殿とも会いたいなぁ
[備考]※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。

飛騨しょうこ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康、混乱(大)
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:最低限の荷物
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:さとうを信じたい。あさひくんにお礼を言いたい。そのためにも、諦められない。
0:何してんだろ、私……。
1:さとうと一緒に戦う。あの子のことは……いつか見えるその時に。
2:それはきっと"愛"だよ、さとう。
[備考]
松坂さとうと連絡先を交換しました。
※GVに念話をしたかどうかはおまかせします。

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。そして、救われなかった子供達の“理想郷”を。
0:松坂さとう達への対処。決裂するようならライダーを呼び、殺す。
1:峰津院の対策を講じる。そのためにライダー(カイドウ)のマスターと打ち合わせたい。
2:もうひとりの蜘蛛が潜む『敵連合』への対策もする。
3:283陣営は一旦後回し。犯罪卿は落とせたが、今後の動向に関しても油断はしない。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
5:世田谷で峰津院のサーヴァントを撃退したのは何者だ?
6:じゃあな、偶像(アイドル)。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
※ライダーの第三宝具を解禁しました。
※ライダーが使い魔として呼び出すシャーロット・ブリュレの『ミラミラの実の能力』については以下の制限がかけられています。界聖杯に依るものかは後続の書き手にお任せします。
NPCの鏡世界内の侵入不可
鏡世界の鏡を会場内の他の鏡へ繋げる際は正確な座標が必須。
投射能力による姿の擬態の時間制限。
※さとう達に持ち掛ける話の内容は後の書き手さんにおまかせします。


※あさひとしょうこの傍には『結晶ノ御子』が一体配置されています。
 御子の視界は設定通り、リアルタイムでキャスター(童磨)に同期されています。



時系列順


投下順


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121:ある少年のプロローグ ガムテ
110:チルドレンレコード 神戸あさひ 125:彼女の記憶(カナリアノメモリア)
アヴェンジャー(デッドプール
100:紅いリリイのすべて 松坂さとう
108:蒼い彼岸花のひとひら キャスター(童磨)
100:紅いリリイのすべて 飛騨しょうこ 125:彼女の記憶(カナリアノメモリア)
108:蒼い彼岸花のひとひら アーチャー(ガンヴォルト[オルタ])

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最終更新:2022年08月13日 17:29