「うわっ……私の出る幕、無さすぎ……?」



などと自虐混じりに言っても、緩和できぬほどには。

実のところ、立場も、体調も、おもわしくはなかった。
もはや焦土と化すのみならず、瓦礫で砂丘をつくったような更地となったグラウンド・ゼロ。
地面と一体になるように伏せられていた等身大以上の瓦礫を引き起こし、即席の日陰を用意して。

鬼の眼の泪が、深くにこびりついた錆を落としている間に。
こちらはこちらで、話をしよう。

「あいにくだが、俺にライダーみたいに上手いこと励ます器用さはないぞ。
色々と面目ないのは、こちらも同じだからな。むしろ、そこに関しちゃ幾らでも怒ってくれて構わない」

それも紙一重で勝ちの目を拾えた単騎の侍と、少女に見とがめられぬよう。
やや距離を置いて、邪魔立てにならぬように控えるためではあったし。
少女をここまで送り届けた弓兵と、戦果報告をするためでもあった。

「私があなたに怒る謂れと言えば……さては、梨花ちゃん絡みで何かあったの?
いや、私がこの世界にまだ留まれている以上、生存はしてるのでしょうけども」

瓦礫に背を預けて座りこむ武蔵に、膝をついて対面する土と血に汚れた影がひとつ。
今はどちらも手傷に汚れた、戦場の華と、戦場の蛭。
血を流した女剣士は、粉塵を被った機甲猟兵と合流していた。

「東京タワーの地下に古手梨花がいた。だが、確保には失敗した」

武蔵にとって、もっとも安否を心配する少女についての話から。
彼女らが光月おでんによって離脱させられてからの単独行動の顛末を語る。

霊地を強奪するべく魔法陣に出現したリンボと、そこに集っていた一同について。
そして田中摩美々との念話を経由して齎された、死柄木弔との間に起こった遣り取りと、魔法陣直上の『崩壊』について。
リンボに宝具を撃ち込むも驚異的な蘇生を果たされ、幽谷霧子のみを連れて脱出したことについて。
田中摩美々から、七草にちか越しに『ライダーの無事』を念話で確かめたことについて。

「俺の独断で、古手梨花の救助よりも幽谷霧子の救助を優先した。
たとえ軍法会議があったところで、弁明する余地は何もない」

『独断で』と前置きを容れたのは、アシュレイ・ホライゾンやアイドルたちに無断で下した判断だと強調するため。
ひいては、宮本武蔵の心証の悪化を、メロウリンクだけではなく方舟の一同にまで広げないためでもある。

これが、『古手梨花よりも自分のマスターを優先して救助した』という話ならば、サーヴァントとしては当然と片付けられた。
だがメロウリンクは、マスターの近親者とはいえ、『立場としてはどちらも同盟者に違いない二人のマスター』において優先順位をつけた。
よって、ここに『謝罪』が発生する。

「……いや、リンボの独り勝ちを阻止してくれただけでも大金星なのは、私にもよく分かりますし?
すぐ隣にいる霧子ちゃんともども生き埋めになる危険を冒して、梨花ちゃんを探すのが無茶ぶりだというのも分かります、ええ」

そして武蔵も、『その状況であれば仕方ない』という判断の融通はきく。
その上で。
とてもにこやかに、にっこりと笑顔を作った。
笑ったのではない。威嚇するための笑顔を作ったのだ。

「それでも、八つ当たりの相手ぐらいにはなってほしいんだけど」

くわっと口を、四角く、大きく開いて、眉をななめに吊り上げ、声だけは抑えた上で抗議した。

「そ、こ、は!  もうちょっと、頑張ってほしかったなー!
せっかく霧子ちゃんが図らずも拳の鬼さんを会話で引き付けてくれたんだから、もっと探してほしかったなー。
……ぐらいのことは、思ってます。ええ、とっても……はい、この話は終わり」
「面目ない」

武蔵は、割り切ることの玄人ではあっても人格者ではない。
観音様の慈悲に感謝することはあっても、自らは菩薩には遠かった。
かといって、そこで怒りをこじらせても状況は悪化するばかりであることは理解しており。
なおかつ、いら立つ理由の半分は『自らの不始末で負った汚染が進行して焦っているせい』だと自覚もあるので。
せめて発散だけはさせてもらおうというのが落としどころになる。

「それで、梨花ちゃんの手がかりは打ち止めなのかしら? 
魔力パスは不調もなく繋がってるけど、念話は来ない。
そして現場にいた味方は、逃げるのに精いっぱいだった。
だとしたら、その場に来ていた海賊側の誰かが連れ出したんでしょうけど」
「そうだな……幽谷霧子に警告を送ってくれた以上、あの時点で意識はあったんだろうし発声もできていた。
それなのに、アンタに令呪も念話も送ってこないってことは、通信を妨げる仕掛けは打たれてるんだろう」
「そりゃ、あのわらび頭なら、そのための仕掛けはいくらでも用意できるでしょうね。
でも、その割には梨花ちゃんの口が塞がれてなかったのはかなりの幸運だったのかしら」

結果的には古手梨花が喋れたことによって、幽谷霧子の殺害を紙一重で仕損じていることになる。
そのことを指すと、メロウリンクは苦い記憶をたぐるように眼を細めた。

「あの場で発砲した奴のことを、リンボはマスターと呼んでいたな。
もし人質の娘と会話を楽しもうとする趣味があるなら、ライダーから聞いていた通りの性格だが」
「……貴方たち、リンボのマスターには会ったことがないんじゃないの?」
「会ったことはないけどな。本当のところ、一度メッセージを送ってきたのと同じ手合いじゃないかと思ってる」


――仲間思いの誰かさん。貴女の尽力のお陰で死人が増えました。
――無駄な努力をご苦労様でした


海賊陣営の一斉襲撃が世田谷区にて起こるよりも前に、『プロデューサーの携帯電話を使って』送信された文言。
あれは、割れた子どもたちからの挑発『ではない』というのがライダーの見立てだった。
本職(プロ)の殺し屋が、精神的削りというにも曖昧な嫌がらせを軽々しく送って寄越すのは、あまり似つかわしくない。
それを七草にちかは『性格が悪い』と評したが、ライダーはより厳密に、『リンボと同種の人間だ』と分析した。

その上で、杉並区での戦いでも、東京タワーの地下でも、リンボとプロデューサーの主従は行動をともにしている。
これが意味するのは、リンボの主従はかなり詳しく、283プロ周りの流れを把握していること。
つい先刻まで、リンボを逆襲の対象と定めていたメロウリンクだけは、『ならば、そのマスターとは』という発想を頭の隅に置いていた。

「セイバー……他意や責任転嫁じゃなく、シンプルに聞きたいんだが。
アンタのマスターは『知り合いが聖杯戦争にいるかもしれない』なんて話をしていたことがあったか?」
「え? ……いやいや、そうかもしれないなら『その子も方舟に乗せる』って話になってたでしょうよ。
……それとも、またライダー君の分析みたいな見立てがあるの?」
「誤解されちゃ困るんだが、俺はウチの隊長殿達(アサシンやライダー)がやってたようなプロファイリングはできっこない。
むしろこいつは、カン働きとか気配察知の話になってくるんだが……」

メロウリンクをここまで生き延びさせた、近似値という生存本能(スキル)。
そこには、『運よく被弾しなかった』だとか『大爆発の中で火の粉を被らなかった』という、幸運の恩恵だけではなく。
『こちらに向けられる殺気に反応できた』だとか『銃弾の雨を直観的にかいくぐれた』など、英雄譚の活躍まがいのご都合、も含まれる。
それが、東京タワー直下の魔術儀式の場において一度だけ反応した。

――あ……待って下さい……! さっき……どこかから梨花ちゃんの……お友達の声がして……
――ここに来ているのか? さっきの声がそうなら確かにまだ近くにいるが……くそ、間に合うか────?

幽谷霧子がそう言った刹那に、刺すような視線と。
気配を殺すのをとっさに忘れたような、歯噛みと。
誰かを狙った射線上に間合い悪く立たされたような、危機感が背筋を走っていた。
神秘のない実銃であれば英霊には届かないものだし、『まだ近くにいる』という声を放てば霧消したけれど。

【リンボのマスター】が、アイドル達にたいして一方的かつ粘着性の高い嫌悪を持っていることは理解した。
だが、なぜ『古手梨花の友達』だと名乗る行為が、その怒りを格段に煽ることになる?

「……とはいっても、アンタのマスターが囚われてからけっこうな時間がたってる。
監禁されてる間の言動とかで恨まれててもおかしくはないから、そっち絡みの因縁かもな。
次に現れたら、気を引くのに使えるかもしれない、ぐらいの小さいネタだ」
「次に現われないのが、一番いいんだけどね……話に聞くやられっぷりだと、そうあるべきだとは思うのよ」

ちなみに、リンボに関して。
『霊核をやられたのだから、どのみち長く持たないのでは?』という点については、武蔵たちも半信半疑と言ったところ。
武蔵自身が『令呪の効き目次第で、ある程度なんとかなった』という感覚麻痺が生じる例外を、ひとたび体感した上で。
峰津院大和』や『光月おでん』、『崩壊を持つマスター』のような『規格外の奇跡を起こし得るマスター』の存在を次々と目にしてきた。
あの状況からサーヴァントを復帰させられるマスターも、あるいは……と、『リンボはあの場で復帰して宝具を使えていた』という事実が補強される。
そういった半信半疑の、半分のうちの一割ほどは、武蔵が『それに【あの】リンボだからなぁ……』といった念を持っていることも大きい。

「……参ったなぁ。そういうの、当たってほしくないわ」

溜め息をつくと幸せが逃げるというけれど。
ああ、これは幸せも逃げてるなという実感を持ちながら、武蔵はそれをした。
リンボが現れないこと、だけでなく。
古手梨花の縁者』として、リンボのマスターが現れることが、あってほしくない。

武蔵は、戦いに湿っぽいものを持ち込みたくない主義である。
そして、もしも『異邦人の旅人である古手梨花の因縁の相手』なんて存在がいるとすれば。
それは敵であろうと、味方であろうと。
その人物と梨花の間柄は、絶対に、重いことになる。
旅人(ストレンジャー)にとって、『切っても切れない縁』がどれほど希少なのかを知っているから。

異邦人は、縁を紡ぐことが人よりも難しい。
世界の景色が終わっていくたびに、私はまた置いていくんだと悟る。
置き去りにして、また迷子になって、今度の場所は好きになったとおもったらまた終わって、その繰り返し。
古手梨花という少女との初対面で、可愛らしさによる狂乱の次に抱いたのは、親近感だった。
百年も続けているなんて、すごいなぁ、大変だったんだろうなぁ。
私はさすがに、あと百年も続けられる気がしなかったなぁ、と。

そんな彼女をどうかこれ以上苦しめてくれるなという想いと。
そんな戦いの結末が、きっぱりと湿っぽくないものになるだろうかという憂慮と。
どちらもが武蔵にあるものだった。


「あと、あんたのマスターには関係ない話題で申し訳ないんだが」


申し訳ない、といいつつも、不器用に話題を切り替えようとしたのか。
メロウリンクは、まったく別人のことを問うた。

「仇敵というなら、峰津院大和への悪感情は無いのか?
東京タワーで削られていた時は、ずいぶんと悪態をついていたようだったが」

それは、どこにいるとも知れない安否に対する問題ではなく、極めて直近に抱え込んだ問題だった。
幽谷霧子をバイクの後部座席に乗せて『これから合流する』と念話を発信するにあたって。
極めて簡潔に『七草にちか側の念話』について知った。
曰く、大往生の光月おでんから、色々と奪われた峰津院大和を託された。
曰く、そのライダーがこれから帰還する。

「うーん……そりゃ、『ちょっと見ない間にお坊ちゃんが心変わりするとは思えないんですけど!?』とは疑い中だけどもね」

たとえ、方舟全員の相互同意によって『峰津院大和との交渉の結果次第では受け入れる』という方針があったとしても。
武蔵たちが最後に目の当たりにした峰津院大和は、とても戦いを経て歩み寄りに至ったとは思えないもので。
どんな交渉を交わしたところで結局は弱者の囀りでしかないと、険悪かつ一方的に見下される間柄だった。
後方でひたすら機をうかがうのに徹していたメロウリンクの眼には、武蔵がそれに辛酸をなめていたように見えていたし。
それに関してはその通りだったと、武蔵も頷く。
頷いた上で、それでもと言った。

「実は私、あの少年の物言いに好感を持つところはあったのよ?」
「戦いの中で、ずいぶん煽られるわ見下されるわ、散々な言われようだったが……」
「そりゃ、あれで怒らない奴はいないと思いますし、この野郎こん畜生って本音もあるんだけど」

その言葉が武蔵に響いていたことを、峰津院大和はおそらく自覚していないだろう。

――それとも佐々木小次郎は、貴様の身の丈に合わせて剣を振るってくれる腰抜けだったか? 二天一流

自らの専門分野ではない剣士の技を看取り、即座に『宮本武蔵』だと看破する見聞と、専科百般の特異性。
それと同時に、先人を歯牙にもかけない傲慢さの表れでもあった。

しかし、万能の博学多才に対する感嘆と、挑発に対するしゃらくさいという怒り、以外の想いに武蔵は胸を打たれた。
方舟に与するサーヴァントとして、ではなく。
古手梨花を守護するための人斬り包丁として、でもなく。
ただ、宮本武蔵という真名を名乗る女としての私情だ。

「あの少年は、『女武蔵』を驚かなかったし、疑わなかった。
世界広しと言えども、そんな人間にはなかなか巡り会えないものなのです」

――この女、間違いない。宮本武蔵だ! いや、しかし……女……女、だと……?

――わぁー。宮本武蔵……え?女の人、ですよね?

これまで縁を紡いだ者のほとんどが。
宮本武蔵とは男ではなかったのか』という顔をした。
いや、こちらも『牛若丸は女性だった』と教えられて泣いたクチだから人のことを言えませんけども。

サーヴァントである以上、伝承と性別が違っていること自体はまれによくあること。
その上でなお、女の宮本武蔵とは剪定された一つの世界にしか存在しないはぐれ者。
どの世界を旅しても『二天一流』の開祖の逸話は男武蔵であり、女武蔵は異物だった。
しかし、峰津院大和にとってはそうではなかった。
『女の武蔵はおかしい』というフィルターをかけずに、ただ技の実力のみによる判断で『二天一流』だと断言した。

――待たせたな、佐々木小次郎。

あの炎の夜に追い付いてきた運命の剣鬼を、大和はたしかに佐々木小次郎と呼んだのだ。

「よっと」と小さく声を跳ねさせ、即席の端切れでつくった眼帯を右眼にあてる。
あの夜に藤丸立花が用立ててくれたもののように、器用な工作ではない、巻いた布と変わらないものだったけれど。

「むしろ、そっちこそ、恨みをはらさないでおかない復讐者じゃなかったのかしら」
「その括り方は、雑にもほどがあるだろ……」

なるほど峰津院大和から被った実害で言えば、武蔵よりもメロウリンクたちの方が大きいと言えた。
まさにメロウリンクたちの現在地であるグラウンド・ゼロを昨晩に粉砕した、激動の始まり。
それそのものは峰津院大和の命令を引き金としている上で、当人は宗旨替えをしているか怪しいときている。

「……光月おでんは恩人で、事情は知らんが恩人から託されたんだろ。
忘れ形見を捨てられないのはもっともなことだし、それでライダーの重荷だって増えてる。
全部ライダーが独断でやったことだから聞いてない、なんて話にして、隊長の負債を増やしてどうする」

過去、生前の小隊長が行っていたという独断の取引。
まさかの独断専行と、裏切りの真相。
メロウリンクの中では、それらを鵜呑みにすることも、真実だとして許すこともしていない。
だが、板挟みの決断に悩み、上官もまた孤独だった上で、無邪気に憧れとして慕っていたことは否定しない。
それで部隊を自滅させるなど、二度も三度も繰り返したくはなかった。

「ふーん……私は用心棒の繰り返しみたいな生き方だけど、本職の兵隊さんにも色々あるのね。
じゃあそのあたり、簡単に霧子ちゃんにも説明した上で合流といきますか」
「向こうも静かにはなったようだが……下手に声をかけて、いいのか?」
「そりゃ、六つ眼の御仁とあなたは初対面ですものね。
ここは二人とも気ごころ知れた私から声をかけさせてもらいましょう。
おーい、そこの元鞘におさまったお二人さーん!」
「…………どう見ても気ごころ知れてない刺すような視線が、こっちを向いてないか?」




そして四者の対面にはしばしの騒擾があり、出発にはしばしの時を要した。
だがそれも故あって、四者揃っての道行きには相成らなかった。

「気ごころ知れてるとは言ったけど、この組み合わせになるのは想定外だったわ……」

じわじわと、ぐらぐらと不安定に、陽光が高度を上げていく。
つい一日前に、東京にいる誰もが『暑い暑い』と悲鳴をあげていた時間帯が、ふたたび訪れる。
景色はずいぶんと、様変わりしたものになっていたけれど。

沈下した世田谷区の地盤を、二人の剣士が歩く。
セイバー・宮本武蔵と、セイバー・継国厳勝。
進路は北西。
行き先は、渋谷区との区境方面。
目的は、同じくメロウリンクと幽谷霧子が向かっている仲間たちとの合流、ではなく。
そこに黒煙と焦土を散らして墜落した鬼ヶ島跡地の、探知と偵察。
対象は、マスターでなければサーヴァントでもなく、まして使い魔でさえもない。

探索すべき者として、東京タワー崩落にてはぐれた霧子の同行者たちの行方も、また気にかかるところではあったが。
逃げ延びたは千々のバラバラ。たとえ並外れた感知の血鬼術を持つ上弦の参を以てしたところで。
ある程度の時間が経過した今になって、個体識別をしながらマスターを探り当てるのは至難の業となっただろう。
もう一人、田中なる敵連合よりの使者がいたらしいが、こちらは鏡世界の脱出においてはぐれたためにいっそう探索のあてもなし。
また、敵連合との連絡先を持っているというのなら、生きていれば探さずとも連合に拾われるだろうと。

では誰を探しているのかと問われれば、武蔵にとってもあきらめていた者たちだった。
どころか、そちらに話題が転ぶことさえ、予想外だった。

武蔵もメロウリンクも、知らなかったのだ。
幽谷霧子が知らないことを、知らなかった。

彼女はこれまで、会話から得られた断片的な情報と、聞き取った心情によって話を通じ合わせていて。
決して起こったことの全貌が、分かる立場にはいなかった。
古手梨花が自由を奪われていることさえ、東京タワーで姿なき声を聴いた時点で初めて察したほどに。
故に、梨花のサーヴァントとだけ再会する、という事実によって。
梨花の安否が極めて深刻であるらしいと悟ってしまった時に。
無事を問いたくなる者が、新たに三名できる。


「ハクジャさんは……どうしたんですか?」


少しの沈黙があった、その後に。


「生きては、いないと思う」

あくまで現実的な観点から、武蔵は答える。
サーヴァントとマスターが強制転移で引き離され、令呪の使用も叶わないままに制圧されたのだ。
そんな鉄火場において、脱出計画に心なびいているところを見せていたNPCたちが見逃されているというのは希望的観測に過ぎる。
少なくとも、梨花の護衛をかってでて会談に臨んでいたハクジャの安否は、絶望的だと言えた。
そしてそういった状況を、詳細に伝えなかったとしても。

「どのみち、あんな風に拠点が落ちてしまったんじゃあ、ね。
NPCどころか、神秘の力を持った使い魔でさえ生存は難しいと思う」

火の手と黒煙が世田谷区からでも明瞭に見て取れる渋谷区の方角を指し示した。
ハクジャたちが人の身を越えた異能を持ち合わせていたことは理解した上で、なお。

「気がかりじゃない、というわけでは無いんだけどね。
でも、瓦礫の町から生存者を探すのは、砂漠の中からおはじきを探すようなことになると思う」

その上で本音を言えば、生きていてほしいという情だけでなく。
生きてさえいてくれればという、切実な要望もある。
なぜなら皮下の拠点において生き延びていた内通者がいるとすれば。
宮本武蔵が完敗を喫した械翼のアーチャーやそのマスターについて情報を持っているやもしれぬ、ばかりでなく。
声ひとつ以外はまるで手掛かりのない古手梨花について、どのような処遇にあったのか、鬼ケ島墜落前までとはいえ聴けるやもしれないということ。
梨花の安否について口惜しい思いの続いている武蔵にとっては、決して軽くない情報であり。

故に障害となるのは、生存率の薄さと、探知手段が皆無であることに尽きるというのが本音だった。

「付近まで寄れば、生きてさえいれば気配を知れるが」

しかし、もっとも意外な人物が障害を突破できると口にした。

もともと、ホテルの上層階に止まっていたアビゲイル・ウィリアムズの異質な存在感を、ホテルの屋外から検知することはできたのだ。
この場合の捜索対象は、マスターでも、サーヴァントでも、まして使い魔でもない人工的な手の入った生命体ともなれば。
それだけ気配は周囲から『浮いた』ものとなり、可能性の器よりもむしろ探しやすいと言えた。
まして黒死牟は、人の身でありながら極北の知覚能力を持った継国縁壱の血と魂を取り込んだ直後であり、幾らか感覚が鋭敏なものとなっている自覚がある。

「となると、六つ眼の鬼さんはアイちゃんたちから警戒されていたし、私もついて行った方がいいでしょうね」
「私からも……セイバーさんたちに、お願いします」

だめでもともと。それらしい気配が生存反応としてあれば良し、なければ引き返すと。
少女たちはそのように決断し、黒死牟はその願いを汲んだ。
願いが通ったのは、幽谷霧子との関係が変化したことによるだけでないと、武蔵は思っている。
時間をおかずに、『弟が退去する原因となった混沌(サーヴァント)の主君(マスター)』と対面することを、辞退したのではないかと。

いやしくも侍を名乗ったことがある身であれば、『正面から剣をぶつけた結果に対して、後になってから復讐が云々と言い出すのは論外である』と理解しており。
そもそも激情が決壊した根っこの原因は、敵対者がどうこうではなく兄弟の関係にあると自覚もした上で。
それでも、『太陽(弟)を奪われようという時に発した赫怒』が、時をおかなければ再燃してしまうかもしれないと。

(まぁ、立ち辻をやっていた頃に比べたら、ずいぶん刀身がきれいになったのは良しとしましょう。ただ……)

鯉口をすぐにチャキチャキする程度の協調性しか持たない人でなしの武蔵だとしても、共に並んで歩けるようになったことは、喜ばしかったが。

(私の『錆』こそ、落とさないといよいよ……長くは、ない)

口内に広がる『錆の味』が耐えきれぬものとなり、べっと地面に吐き出した。
べしゃりと地面に叩きつけられたのは、濁った色合いの血の塊。

もはや総身の汚染は、頻度も、程度も、常に無視できぬほどのもとに悪化を遂げていた。
おそらく笑顔を浮かべることにさえ激痛が伴うようになるのも、ありえない未来ではない。

白日の下であっても、『日蝕』によってもたらされた陰りは、華を刻一刻と蝕んでいた。


【世田谷区跡地/二日目・朝】


【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:武装色習得、融陽、陽光克服、???
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:不明
0:……。
1:私は、お前達が嫌いだ……。
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。
※武装色の覇気を習得しました。
※陽光を克服しました。感覚器が常態より鋭敏になっています。他にも変化が現れている可能性があります。


【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:ダメージ(大)、霊骸汚染(中)、魔力充実、 令呪『リップと、そのサーヴァントの命令に従いなさい』、第三再臨、右眼失明
[装備]:計5振りの刀(数本破損)
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴を見たら鯉口チャキチャキ
1:渋谷区での気配探知に同行。
2:梨花を助ける。そのために、方舟に与する
3:宿業、両断なく解放、か。
4:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」
5:アルターエゴ・リンボ(蘆屋道満)は斬る。今度こそは逃さない。
※鬼ヶ島にいる古手梨花との念話は機能していません。


白日の下に、白い雪のような長い髪が、とても映える人だった。
太陽のピアスがきらきらして、とても似合っている人だった。
お日さまの耳飾りですね、と言ったら、なぜか黒死牟さんの気配がざわざわしたから、よく覚えている。

お日さまの下で、まだここにいたい、生きたいと言っていた。
お日さまの届かないところで、もう会えなくなったと聞かされた。



「ここでいったん停めるぞ。場所はよろしくないが、人気がないのはたしかだからな」

バイクの後部シートから降りて、幽谷霧子は、川べりの景色を一望した。

「この、土手は……公園だったところ、ですか?」

世田谷区の災害跡地から、田中摩美々と合流するための道のり。
それはつまり、方舟の皆が夜明けまでにたどった道のりを、なぞることを意味している。

「ここで何が起こったのかは、その場にいたからじかに話せるよ。
人質の娘に起こったことなんかは、推測や聞きかじりが混じったものになってくるけどな」

火の手が静まった土地は、白い灰と、黒い炭で埋まっていた。
たくさんの鮮血に染まった地面も、モノクロに塗りつぶされていた。
目撃したものが語らなければ、何が起こったのかは分からないありさまだった。

「それに、俺は言葉を選ぶのが上手くない。
気が利かないことを言うだろうし、目線だって偏るかもしれない」

自分はおそらく、語り部としては不適格だろうなとメロウリンクは思う。
なにせ、霧子のことをよく知っている田中摩美々でさえ、電話口でひといきに話してしまうのは良くないと見送ったことだ。
それを自分の口からまとめて話すというのは、摩美々から激怒される怖れさえあることだろう。

「間違いなく……痛みをともなう話になるぞ。それでもいいか?」

だがそれでも、霧子はすべてを知ることを選んだ。
これから向かう場所には、初めて会う人達もいて、これからの話がされているというのなら。
そこで一から説明をもらうのは手数をかけてしまうから、聴けることは聴いておきたいと。

そして、そう言った周りへの配慮とはべつにある、霧子の望みとしても。

「セイバーさんには、おはようって言うことができたけど
ハクジャさんには、もうそれが言えないって、私は初めて聴いたから」

どっちかの話だけじゃなく、どちらの話も知りたいのだと。
それが沁みついた仕草なのだろう。
胸に左手をあて、こくりとうなずいていた。

ではどこから話したものかと、メロウリンクは思う。

プロデューサーのこと。
アイドルのこと。

マスターたちのこと。
サーヴァントたちのこと。
NPCたちのこと。

それぞれの陣営について。
これからの方舟について。
界聖杯に備わっていた、全員末梢の権能について。

それらを顧みた上で、霧子から初対面で問われた質問に、まだ答えていなかったと気付いた。
なぜ摩美々のサーヴァントが、話に聴いていた者と違うのかと。
その解答から、メロウリンクは語る。

「ここで起こった戦闘で、三人の仲間が致命傷を負った。
俺のマスターだった女の子と、摩美々のサーヴァントだった男も、そこでいなくなった」

息を詰まらせる小さな音が、霧子の口元からこぼれる。
それは白い灰と共に、残響となって散る。

「俺のはじまりのマスターは、もう一人の七草にちかだ」

己が語るなら、やはり彼女のことからにしたいと。

「昨日の渋谷区で、田中摩美々と一緒に、君を守ろうとしていた女の子だよ」

夜明けを迎えるまでに綴られた、記憶と記録を。




空は澄み、今を越えて。
ここから先は、また新しい記録。


【杉並区(善福寺川緑地公園)/二日目・朝】

幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り二画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書、携帯(破損)、包帯・医薬品(おでん縁壱から分けて貰った)、手作りの笛
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人と、まだ生きている人と、『生きたい人』の願いに向き合いながら、生き残る。
0:アーチャーさん、聴かせてください
1:プロデューサーさんの、お祈りを……聞きたい……
2:摩美々ちゃんに……会いに行きます……。
3:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
4:梨花ちゃんを……見つけないと……。
5:界聖杯さんの……願いは……。
6:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
 はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。


【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:全身にダメージ(中・ただし致命傷は一切ない)、疲労(中)、アルターエゴ・リンボへの復讐心(了)
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具、ウィリアムの懐中時計(破損)
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
0:復讐は果たした。が……
1:田中摩美々は任された。
2:幽谷霧子を方舟へ先導する。『アンティーカ』とやらは、癖のあるサーヴァントを手名付ける才でもあるのか?
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。ハイペリオン、使えそうだな……
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。
アシュレイ・ホライゾンの宝具(ハイペリオン)を利用した罠や武装を勘案しています。
田中摩美々と再契約を結びました。


時系列順

Back:アフターダーク Next:[[]]

投下順

Back:アフターダーク Next:[[]]

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145:地平聖杯戦線 ─Why What Wolrd White─(1) 幽谷霧子 153:敗者ばかりの日(前編)
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最終更新:2023年06月08日 20:04