東方法一(ひがしかたほういち)〈1881年3月~1934年8月〉は、
満州社会事業会社社長、
社会構造研究会代表、
示現会会員。作家、新聞記者としても活躍。本名は、
「のりかず」ともいわれる。
来歴
1919年には、取材を通じた大陸研究の成果として、「新アジア思想」を発表。活躍の場を政治思想研究に移し、1922年に
社会構造研究会を設立。建国されたばかりの
満州国に関する国際的諸問題を政府へ提出。満州国独立などの政治運動を進める。1928年には、設立した
満州社会事業会社社長となり、民間向けの事業投資を推進した。1930年から、
盟邦満州独立大会を主宰。年1回8月に開催することとなる。第5回大会となる1934年の大会前夜、溺死体となって発見される。1937年、
満州国は、
イギリス、
スイス、
ギリシャの承認を受けて、独立国となる。
交友関係
最終更新:2026年02月16日 18:33