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山家三国

山家三国(やまいえさんごく)〈1971年9月~2041年9月〉は、総務省警察庁の官僚。テロリスト、教唆犯。
2026年に発覚した三和抗争捜査資料流出事件警察庁個人情報流出事件、2028年の総務官僚少女拉致監禁事件千葉大学生集団殺人事件の首謀者である。

来歴

1971年9月、東京都出身。父は、総務省のキャリア官僚で、法務畑の局長コースであった。父は、1988年7月に総務官僚肉弾汚職事件東京拘置所に収監されると、1990年7月に拘置所内で首つり自殺。

1994年3月、東邦大学法学部を卒業後、高等文官試験行政科を経て総務省へ入省。行政評価局通信行政局中日本行政評価局での勤務を経て、フランス国立高等行政院派遣教官を務めた。

警視として警察庁へ出向。警察大学校文書課長、東日本管区警察局警視庁総務部参事官を経て、警察庁刑事局参事官(組織犯罪対策部)、長官官房官房審議官(兼)刑事政策審議官。

2024年6月に、総務省大臣官房官房審議官(兼)行政政策審議官(併)行政評価局国際人材審議官。2026年6月より総務省大臣官房官房審議官(併)総務省総合研修センター長。

事件発覚

三和抗争警察庁捜査資料が流出したことを受けて、2026年12月15日に東京地方検察庁特捜部は、三国の自宅やレンタル倉庫、職場である総務省に家宅捜索をかけた。捜査状況のつかめない中、12月19日に総務省総合研修センター付となる。
2027年2月1日、国家機密保護法違反により、東京高等検察庁特捜部の若松久子主任検事によって拘留される。この逮捕を受けて、同日中に起訴特別休職扱いとなる。4月1日には、警察庁の保管する「個人情報データベース・AQURA」から5000件を超える個人情報を暴力団三国組などの反社会的勢力に流出させたことから、背任罪の容疑で再逮捕を受ける。同年5月には、私選弁護人として、東邦大学法学部の同期であった三浦穣日本弁護士会監事、中央競馬事業団非常勤理事)を指名する。2028年8月に、禁固7年の刑が確定する。刑の確定後、総務事務次官松浦延花が記者会見を行い、清水ふみ(内閣人事局長)の認める懲戒解雇としたことを発表。

さらなる発覚

刑の確定後、総務官僚少女拉致監禁事件千葉大学生集団殺人事件において、実行犯の男らに実行を迫った殺人教唆の事実を自白。事件の発覚から10年以上経過してからのことであった。同年12月、警視庁から再逮捕されることになる。
東京地方裁判所大家知久裁判官は、1審において死刑を求刑。しかし、東京高等裁判所の2審において、村田麻巳子裁判官は無期懲役を求刑し、最終的な判決となった。

獄中、手記「彼岸花」を2036年に発表。2038年に「生い立ち」を発表。発表後から19回の自殺未遂を行い、2039年4月に府中刑務所から東京医療刑務所に移送。2041年9月に死去。

人物

家族

総務省防災局防災施設課長として、総務官僚肉弾汚職事件の捜査対象となり東京拘置所に収監される。当時の防災局長である浦野匠を中心とするトカゲのしっぽきりとなった。
最終更新:2026年01月18日 20:39