第1章:砂塵の追跡者(導入:取引の準備)
【シーン開始】
【シーン開始】
場所: 砂の惑星 第2惑星メドキニア、下層居住区の薄暗い路地裏。排気ダクトから吹き出す熱風が砂塵を舞い上げている。ネオンサインが頼りなく瞬き、遠くから防犯サイレンの音がおぼろげに聞こえる。
時間: セメタリア歴 40XX年、深夜。
(路地の奥、崩れかけたコンテナの影に、レイナ・クロフォードが静かに立っている。彼女の黒とシルバーのビスチェ風衣装は、暗闇に溶け込み、太ももの二丁拳銃だけがわずかな光を反射する。彼女の視線は、路地の入り口と、そこから続くであろう逃走経路を、寸分の狂いもなく検分している。まるで、これから起こる全ての動きを、既に知っているかのように。)
(しばらくして、一人の少女が、怯えた様子で路地に入ってくる。彼女が情報ブローカーのスキップだ。顔色は青白く、視線は常に周囲を警戒し、小さな肩を震わせている。その非力な様子は、この危険な場所には不釣り合いに見える。)
スキップ: (息を切らし、用心深く周囲を見回しながら)…レイナ、様…。
レイナ: (声のする方を向くが、その表情は読めない)遅いよ? 時間は守るって言ったはずじゃん。
スキップ: (焦ったように、小さな手を震わせながら擦り合わせる)ご、ごめんなさい! 念のため、う、迂回してきたんです。ゼニスが、最近…下の地区まで、監視を強めてるって話で…。
レイナ: (少し首を傾げながら)知ってるよ。だから、ここを選んだんだもん。人目につきにくいし、いざって時の退路も確保できるから。スキップが手間取らなければ、だけどね。
スキップ: (怯えたように小さく頷く)う、うん…もちろん、わかってる。でも、本当に、こ、これは…とんでもないブツだよ、レイナ様。ゼニス・コーポレーションの、あの計画の、ま、まさに中核を成す…!
レイナ: (スキップの言葉を遮るように、穏やかに)余計な詮索は、しなくていいよ。スキップの役目は、データを渡して、お礼を受け取ること。それだけだから。
スキップ: (どもりながら)う、うん…そ、それは、もちろんです。ただ…本当に、む、無事でいられるかな…。ゼニスは、この計画のために、う、裏で何をしていたか…。
レイナ: (一歩、スキップに近づく。その動きはしなやかで、しかし確かな存在感を伴う)私に渡しちゃえば、スキップはもう関係ないんだよ。そう言ったはずじゃん? 不安なら、今すぐ立ち去ってもいいよ。でも、そうしたら、お礼は渡さないけどね。
スキップ: (ビクッと体を震わせ、慌てて首を振る)や、やだ! そ、そんなことは! お、お礼は…ぜひ!
レイナ: なら、さっさと済ませよ? 私、待つのあまり好きじゃないんだ。
スキップ: (怯えながらも、意を決したように震える小さな手で懐に手を入れる)う、うん! もちろんです! …こ、これです。この中に、全部が…。
(スキップは青白い顔で、光を放つデータスティックを震える手でレイナに差し出す。彼女の視線は、データスティックとレイナの間を何度も往復し、その顔には恐怖と、しかし任務を終えるわずかな安堵が混じり合っている。レイナは、まるで当然のように、そのデータスティックを受け取ろうと手を伸ばす。)
スキップ: (か細い震え声で)…れ、レイナ様。こ、これが、お約束のデータです。ゼ、ゼニス・コーポレーションの、あ、あの…「い、意識統合計画」の、ぜ、全貌が…。
レイナ: (データスティックを受け取り、眉一つ動かさずに自身の端末で内容を確認する)うん、確認した。お礼はもう振り込んでるよ。
スキップ: (ひくりと息を呑み、今にも消え入りそうな声で周囲をキョロキョロと見回す)ゼ、ゼニスは…こ、これを、ご、極秘に…していました。も、もし、もれたら…わ、わたしは、き、きっと…消されます。た、頼みます、レイナ様。こ、これで、お、終わりに…してください。
レイナ: (端末を操作しながら、冷たい視線をスキップに向ける)終わりか、始まりか…それはこのデータが教えてくれる。あんたはもう、さっさと消えなよ。
(その時、遠くから腹に響くような重低音の唸りが、かすかに聞こえ始める。スキップはビクッと体を震わせ、ますます顔色を悪くする。)
スキップ: ひっ…な、なんなんですか…この音は!?
レイナ: (顔を上げ、音のする方向を警戒するように睨む。その瞳の奥が、一瞬鋭く光る)…来たか。ずいぶんと、遅かったね。
(路地の奥の暗闇から、複数の鋭い光がゆっくりと近づいてくる。それは、ゼニス治安部隊の装甲ホバークラフトだ。低いサイレンの音と共に、無機質な拡声器の声が路地に響き渡る。)
拡声器の声: 「ケイコク! 犯罪者レイナ・クロフォード! 直ちに武装を解除し、投降せよ! 抵抗は…無意味デス!」
スキップ: (完全にパニックに陥り、縋り付くようにレイナの腕を掴む)レ、レイナ様! き、来た! あ、あいつらだ! ゼ、ゼニスの連中です! な、なんで、ここに…!
レイナ: (掴まれた腕を冷たく振り払い、腰のレーザーピストルを落ち着いて構える)…私を追ってきただけ。あんたは、関係ないよ。
スキップ: そ、そんな! か、関係ないわけ…ないです! わ、私は…わ、私は、情報を…渡したんですよ!? ひっ…!
(ホバークラフトが、路地の入り口を塞ぐようにゆっくりと停止する。重々しいハッチが開き、ゼニス治安部隊の兵士たちが、無機質な動きで降りてくる。その先頭には、冷たい光を放つ義手と、鋭いサイバーアイを持つセキュリティ部門統括官エリザベス・ライカーの姿がある。彼女はレイナを射抜くような冷たい視線で睨む。)
ライカー: (氷のように冷たい声で)レイナ・クロフォード。予想通り、貴様は現れたな。そのデータスティックを渡さなければ、即座に身柄を拘束する。抵抗すれば…容赦なく殺す。
レイナ: (薄く笑みを浮かべる)随分と自信あるんだね、ライカー。でも、私を捕まえられた人なんて、まだ一人もいないよ。
ライカー: (無機質な義手を構える)それは過去の話だ。今回は違う。CEO直々の命令だ。貴様はここで、終わりだ。
(ライカーが静かに合図を送ると、兵士たちが一斉に銃を構える。スキップはガクガクと震え、その場にへたり込んでしまう。)
スキップ: ひぃ…や、やめてください…わ、私は、本当に…関係ないんです!
レイナ: (足元で震えるスキップを一瞥し、嘲るように)関係ない? さあ…それは、これから決められることだよ。
(レイナは、研ぎ澄まされた未来予測の能力を瞬時に発動する。彼女の視界には、兵士たちの銃口のわずかな動き、飛び交うであろうレーザーの軌跡、ホバークラフトの排気口から吹き出す熱風の未来が、コンマ数秒の間に鮮明に映し出される。)
レイナ: (まるで独り言のように、しかし確信を持って呟く)…パターン03。回避、反撃。
(次の瞬間、レイナは電光石火の速さで動き出す。薄汚れた路地の床を力強く蹴り、舞い上がる砂塵を隠れ蓑にしながら、予測されたレーザーの軌道を紙一重でかわしていく。両手に握られた二丁のレーザーピストルが同時に火を吹き、正確に兵士たちの通信機や照準センサーを狙い撃つ。兵士たちの動きが一瞬、目に見えて混乱する。)
兵士A: くそっ! なんだ!? 動きが速すぎる! ターゲットを、補足できない!
ライカー: (冷たい眉をわずかにひそめ、無機質な義手に装備されたレーザーライフル「ヴァーミン・ストーム」を構える)…やはりな。貴様は、あの「能力」を持っている。だが、それだけでは、私には通用しない。
(ライカーが「ヴァーミン・ストーム」を発射する。太く、熱を帯びたレーザーが、まるで生き物のようにレイナを追尾する。レイナは路地の壁を蹴り、身を翻しながら宙返りし、追ってくるレーザーを辛うじて回避する。着地と同時に、素早くレーザーピストルをホバークラフトの側面に向け、非常ハッチのロック機構を正確に破壊する。)
レイナ: (挑発的な笑みを浮かべて)残念だったね、ライカー。あんたの玩具は、もう終わりだよ。
(その時、路地の奥のさらに深い闇から、今までとは違う、重々しい足音がゆっくりと響き渡る。まるで大地が震えるような地響きと共に、巨大な影が現れた。それは、全身に砂漠の迷彩を施された、巨大な四足歩行の戦闘用アンドロイド「サンドウォーカー」だった。両腕に搭載された大型ガトリング砲が、不気味な唸りを上げ始める。)
スキップ: (喉が張り裂けるような悲鳴を上げる)サ、サンドウォーカーだ! ま、まさか…本当に、こんなものが…!
ライカー: (その巨大なアンドロイドを見上げ、不敵な笑みを浮かべる)逃げ場はないぞ、レイナ・クロフォード! 我らがプレジデントの手に落ちるが良い!
(サンドウォーカーがその巨体をゆっくりと揺らし、巨大なガトリング砲をレイナに向ける。レイナは、その圧倒的な威圧感を冷静に見据え、再び太ももの二丁拳銃を構え直す。彼女のサイバーアイが、サンドウォーカーの装甲の隙間、わずかな弱点を瞬時に分析し始める。)
レイナ: (まるで独り言のように、しかしその声には確かな自信が宿っている)…切り札、だって? 馬鹿だね。これは、まだ序章に過ぎないんだから。
(サンドウォーカーがけたたましい咆哮を上げ、無数の銃弾が雨あられのようにレイナに向かって降り注ぎ始める。レイナは、激しく巻き上がる砂塵の中へ、躊躇うことなく飛び込んでいく。)
レイナは、まるで砂塵と一体化したかのように、弾丸の嵐の中を縦横無尽に駆け抜ける。未来予測の視界が、サンドウォーカーのガトリング砲のわずかな予備動作、そして弾丸が着弾する予測地点を鮮明に映し出す。彼女は、瓦礫の山を蹴り上げ、崩れかけた壁を足場に、予測された死線を寸分の狂いもなく回避していく。
兵士B: ターゲット、高速移動中! 補足できません!
ライカー: (苛立ちを隠せない声で)各員、散開! 包囲網を敷け! サンドウォーカー、目標を絞り込め!
サンドウォーカーの巨大な機械の頭部が、ガトリング砲の照準に合わせてレイナを追う。その巨体からは、ミサイルポッド「群狼」のロックオン音が響き渡り、複数のミサイルがレイナを狙って発射された。
レイナ: (息を荒げながらも、集中力を研ぎ澄ます)…厄介だなぁ。
ミサイルが熱を帯びた尾を引きながら迫る。レイナは路地の狭さを利用し、予測の瞬間に一瞬だけ静止し、ミサイルが通り過ぎた直後に再び加速する。ミサイルは彼女がいた場所の壁に激突し、爆炎と瓦礫が路地を吹き荒れる。その爆風を逆に利用し、レイナは一瞬にして兵士たちの包囲網を突破した。
兵士C: ターゲット、包囲網を突破! 逃げられます!
ライカー: (表情をさらに険しくする)させない。サンドウォーカー、追撃モード! ヴァーミン・ストーム、最大出力!
サンドウォーカーの巨大な足が地面を強く蹴り、その巨体に似合わない速度でレイナを追走し始める。路地が崩壊し、建物が倒壊するほどの破壊力で、その道筋を切り開いていく。同時に、ライカーの義手から放たれる「ヴァーミン・ストーム」の極太レーザーが、再びレイナを狙う。
レイナ: (砂塵で咳き込みながらも、不敵に笑う)…これで、少しは足止めになるかな。
しかし、その瞬間、レイナの未来予測の視界に、全く予想していなかった「ノイズ」が割り込んだ。それは、砂漠の砂が不自然に隆起する映像と、その下から何かが高速で接近する予兆だった。
レイナ: (目が大きく見開かれる)…何だこれ!? このパターンは…!
彼女が異変に気づいた時には、既に遅かった。地面の砂が爆発するように弾け飛び、その中から、全身に錆色のサイバネティックパーツを纏った巨大な影が飛び出した。それは、予測不能な動きでレイナの死角から現れた、砂狼(サンドウルブズ)のサイボーグ用心棒、赤川ケインだった。
ケインは言葉を発することなく、そのサイバネティック義腕から凄まじい速度と破壊力を持った拳を、レイナへと叩きつける。砂漠の底から現れた、予測不能な一撃。
レイナ: (咄嗟に腕で防御するが、その衝撃に体が大きく吹き飛ばされる)ぐっ…!?
彼女の体が路地の壁に激しく叩きつけられる。痛みで視界が霞む中、ケインの赤いセンサーアイが、レイナを獲物として見据えているのが見えた。背後からはサンドウォーカーの咆哮とライカーのヴァーミン・ストームが迫る。
ライカー: (満足げな声で)捕らえたぞ、レイナ・クロフォード! 我らがプレジデントの手に落ちるが良い!
レイナ: (血の味を感じながら、不敵な笑みを浮かべる)…面白いね。まさか、こんなとこで出会うとは。
レイナは意識を集中し、痛む体で再び立ち上がる。彼女の脳裏に、賢者の言葉が響く。「お前の力は、この世界の真実を暴く鍵だ。何が何でも、生き延びろ。」
【場面転換】
場所: メドキニア下層居住区のさらに奥深く、砂岩の洞窟を改造した「クロコダイル」の隠れ家。簡素だが機能的な最新の電子機器が並べられている。
時間: 追跡から数時間後。
(レイナが荒い息を整えながら、ハッキングの天才ロジックの前にデータスティックを置く。ロジックはフードを深くかぶり、顔の半分を覆うサイバーゴーグルのディスプレイに、光のコードが忙しなく流れている。すぐ隣には、元軍人のアリゲラが、警戒を怠らずに周囲を監視している。)
レイナ: (疲労をにじませた声で)これね。ゼニス・コーポレーションの「意識統合計画」のデータ。例のブローカーから奪ってきたんだ。
ロジック: (ゴーグルの奥から、かすかに光る目がデータスティックを見つめる)…了解。こんな大物を一人で持ち帰るなんて、相変わらず無茶するね。
レイナ: 無茶でも何でも、結果が全てだし。それより、解析はできる? ライカーと、あの新しいアンドロイド…サンドウォーカーとやらが、しつこく追ってきてる。時間の余裕ないよ。
ロジック: (データスティックを端末に接続し、指をホログラフィックキーボードの上で踊らせる)任せといて。ゼニスのセキュリティは堅いけど、この僕の腕にかかれば…時間の問題さ。アリゲラ、周りの警戒、頼むね。
アリゲラ: (重いライフルを肩に担ぎ、頷く)承知。これ以上、あの巨体がこの近くに現れるのは御免だ。
(ロジックの指が光の鍵盤の上を猛スピードで滑る。数分後、メインモニターに複雑なデータグラフと、意味不明な文字列が洪水のように流れ出す。やがて、その中から、一部のデータが抽出され、奇妙な螺旋状の図形と、見たことのない遺伝子構造の模式図が浮かび上がる。)
ロジック: (ゴーグルの奥の目がわずかに見開かれる)…これって…! ゼニスの「意識統合計画」は、ただの精神制御じゃない。もっと、根深い…そして、もっと危険なものだよ。
レイナ: (モニターを覗き込む)何が見えたの?
ロジック: (信じられないといった声で)このデータ…「意識統合計画」の核心部分にある、ある種の「鍵」となる情報なんだ。それは、特定の遺伝子構造を持つ人間にしか作用しない。そして、その遺伝子構造は…
(ロジックは、モニターに表示された遺伝子構造の模式図と、レイナの生体情報を照合する。結果が表示され、ロジックは固まる。)
ロジック: (震える声で)…レイナ。この遺伝子構造…君自身のものと、完全に一致する。
レイナ: (目を見開き、モニターに表示された自分の遺伝子情報と、計画の「鍵」となる構造を交互に見る。言葉を失う。)
アリゲラ: (警戒を解き、モニターに近づく)どういうことだ、ロジック?
ロジック: (ゴーグルを上げ、レイナをまっすぐ見つめる)このデータによれば、「意識統合計画」は、君の遺伝子に秘められた、古代のテクノロジーの断片…つまり「アンチコード」と呼ばれるものを利用しようとしてるんだ。君の体は、このゼニスのシステムを稼働させるための、あるいは…逆に、それを停止させるための、生きた鍵なんだよ。
レイナ: (自らの腕を見つめる。幼い頃の、かすれた実験室の記憶が脳裏をよぎる。遠い昔の、白衣を着た男の顔…勅使河原博士の顔が、フラッシュバックとして鮮明に蘇る。)…そんな、嘘でしょ…。
(彼女の胸中に、データがもたらした驚愕と、自身の過去への深い疑念、そしてゼニス・コーポレーションの恐るべき野望が交錯する。砂の惑星の支配を巡る戦いは、レイナ自身のルーツへと深く繋がっていたのだ。)