とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第五話-3

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「とにかく、わたくしがいち早く現場に到着し、犯人を確保しておいたことにしておきなさい。別にこれくらいはでっちあげても大したことは無いでしょうし」
「はーい、了解です。でも白井さんって、黒山先輩の言うことなら聞くんですね」
 警備員達への説明と食い違わないように指示をしたが、予想外の答えが返ってきて、私は不覚にも動揺した。
「な!?な、何を言うんですの?」
「えー、だってそうじゃないですか。なんか先輩相手だと素直っていうか――」
「条件付きだからですの!今回も正正堂堂勝負する機会を取り付けたから引き下がってやりましたのよ」
「それで毎回『逃げるも戦略の一つだぜいえー』ってうやむやにされてませんか?そんなにあの肩書きが欲しいならあげるって先輩も言ってるのに……」
「私がこの手で倒さないと意味が無いんですの」
 うんざりとしながら主張するが、聞いていない。
「じゃ、間をとっておふたりの肩書きを合体させませんか!?『Mr and Mrs 最凶』ってどうでしょう!うわ!ぴったり!?私すごい!!」
 ふざけんな!私は再び携帯電話を地面に叩き落とした。『うぅ……いいと思ったのになぁ』という声を無視して通話を終了。
 ミスターアンドミセスって、そりゃ夫婦に使うものだろう。あんな奴と一緒にされてたまるか。私の隣は、一人限りの指定席だ。
 お姉さま。学園都市でも七人しかいない超能力者(レベル5)の一角。最高の電撃使い。二百三十万人中の第三位。
 私が唯一崇める人間は、あんな猫好きバカ男とは比べ物にならないのだ。
 こうしてはいられない。お姉さまエナジーが不足している。仕事を終えて、一刻も早く接触しなければ命の危険に関わる。
 私は頭を振って黒山大助のことを消し飛ばすと、愛しの人が待つ場所へ歩を踏み出した。

  ▼
 緑の中庭に帰還した俺は、一応レジに金を置いて買ってきた潰れかけの猫缶を手に掲げた。
「ミーサーカー、帰ったどーい」
 白黒の相手で遅くなってしまった。あいつは何故か知らんが何かと俺に突っ掛かってくる。肩書きなら譲ってやるって言ってるのに勝負にこだわってる辺り、あれか、お嬢様学校では騎士道の精神も指導しているのか。まあ、人が怪我してるのを見た途端にしおらしくなるのは可愛いもんだが。あの怪我を直に見せるとかなり責任を感じさせてしまうだろうなと思っていたんで咎めずに病院へ直行したのだが、意外なところで役に立ったな。
 そんな風に意外と扱いやすい後輩の事を考えていると、予想外の、しかし聞き慣れた声が俺の鼓膜を直撃した。
「≪黒山!!てめえドコほっつき歩いとったんじゃボケェ!≫」
 突然の野太い中年男ボイス。それはどの方向から飛んできたものかを知ることはできないものだったが、俺はその言葉の送り主をはっきりと目に捕らえていた。
 ゆっくりとそこを見る。
 中庭のいつものベンチには、相変わらず無表情にたたずむ猫好き女、ミサカと……
 先程の音波射撃犯である“女”、長谷美冴子が立っていた。


  ▼

 なんか、俺のまわりには押しの強い人間が多い気がする。それとも、俺の弾力が弱いのか?握り拳を飲み込めることが自慢の顎だが、確かに言葉を連射するには向いていないかもしれない。
「≪ったく、どれだけ探したと思ってんだ、この猫バカ。平和ボケにも程があるわ≫」
 俺は抵抗する間も無く拉致された。猫缶をミサカに投げ渡すのがやっとで、彼女はわけが分からないといった様子だった。取り敢えず歪んだ猫缶に舌打ちすると、俺に見向きもせずご飯を与え始めたのを見届けた所で、その姿は白い壁の角の向こうへと消えた。
 なんだかなーという俺のせつなさなど意にも介さず、首根っ子を引っ掴んだままずるずると引きずる同じ支部の風紀委員、長谷美冴子は怒鳴り続けている。
「≪とにかく緊急事態なんだよ。んだってのになんだ、テメエはその頃カワイコチャンといちゃつき放題か?ええ根性しとるやないか≫」
 猫のような目(これは形状を表現した言葉であって、その愛らしさを表しているのではないぞ)を鬼のように歪ませ、黒いショートヘアを揺らしながら、彼女は口を閉じたままオヤジ声で叫ぶ。
 さっきミサカが状況を理解できなかったのも無理はない。この同僚は、能力を使って俺だけに言葉を叩きつけていたのだ。
 その能力とは『阿鼻叫喚(シュプレヒコール)』、強能力(レベル3)認定を受けた結構な代物である。簡単に説明すれば、見えない糸とコップを作り出し、自分が思う通りの音を一方通行で送り込む糸電話のようなもの、だな。コップの形状は直径約50センチメートルの球体で固定、糸の長さは最長約200メートル、その本数は2本なら100メートル、20本で10メートルといった具合である程度まで無限。特筆されるべきはその送り込まれる音で、その周波数は人間が聞き取る全範囲、そして大きさは最大約150デシベル、人間が気絶するレベルである。今の中年男声は説教用に設定してあるものらしい、聞き慣れたものだ。
 しかし、いくら十数人の不良にまとめて泡ブク吐かせる貴重な戦力とは言え、こんな用途で使われてはたまらない。
 俺は適当に手を振り回して空気振動率計算を妨害し、ヘッドホン的な説教から脱出すると、身を起こして自分の足で歩きながら更なる状況説明を求めた。
「俺の助けが必要な事態ってどういうことだよ?先輩達がまとめてかかってもどうにもならないとでも?」
「む。悔しいけどその通りだわ。あなたにも協力してもらってやっとどうにかなるってぐらいかしら。まあ入院してた間のペナルティって事で、頼むわよ」
 まだ入院中なわけなのだが。
 そういやこいつと初めて会ったときもこんな感じではなかっただろうか。今の高校の入学初日、廊下で洒落にならないようないざこざを起こしている生徒がいたのでやむを得ず両成敗すると、入れ替わりにくっかかって来たのがこいつだった。そのまま風紀委員支部部屋に連れ込まれてしまったのだが、そこにあった俺用のデスクを見るなりしおらしくなった。彼女は俺と同じ新入り風紀委員だったらしい。
「もう、もっと速く!あんた探し出すだけでも十分時間潰しちゃっているんですからね!」
 地声の彼女は先程とは打って変わってただの正義感が強い女の子になっており、やっぱり能力使わずに喋った方が良いよなコイツ、などといった事を考えている間に俺は現場へ辿り着いてしまった。


  ▼

 その研究施設は、事件が起きているにしては穏やかだった。日頃よく目にすることもあるのだが、少なくとも外見上ではいつもとの違いは見受けられない。
 しかし当然の事ながら、異変が起きているのは確からしい。
 また能力を使っての説教を受けながら手を引かれ、俺は研究施設の死角らしき場所へとつれていかれた。そこには二人の風紀委員と一人の警備員が集合していた。
「おーおー、来たじゃんよ、少年」
 ゲ、黄泉川姉ちゃん、と思わず口走ってしまうと、すかさず唇を摘まれてアヒルにされた。対面早々過剰なスキンシップだな怪物メロンと言いたい所だが、この警備員には頭があがらない。学園都市の編入当初から世話になっているのもあるし、何より武器を持った敵への対処法を“手取り足取り”教えてくれたのが彼女である。己の肉体のみを駆使してのガチンコファイトなら、今だに勝てる気がしない。何となく“笑う鬼”と表現したくなるような人物である。
 そうして俺が上司からの叱責を謹んで堪え忍んでいると、あとの二人が助けてくれた。
「いいからセンセー、早く突入しようYO」
 という若者(と書いてバカモノと読む)口調で早まったことを言っているのは、赤髪マスクこと四条玲花。多分シャギーとかいう赤く染められた髪型にマスクを着け、熱で頭がとろけたようにな言動が特徴。なぜか“女の子”という表現がしっくりくる17歳だ。
「そのためにも、挨拶は程々にしてまずは状況説明が先だと思うのですが」
 と、丁寧言葉で赤髪マスクのフォローと司会進行を同時にこなしたのが、金髪眼鏡こと藤堂宗定。髪を派手な色に染めているくせに細い銀フレームの知的な眼鏡が似合っている姿は、“麗しの秀才不良”という表現が――うん、イメージとしては合っているが、変だな。
 付け加えておくと、赤髪マスク、金髪眼鏡は二人とも3年生で、ちなみにその能力も同じく強能力(レベル3)である。
 そう、何とも有り得ないことに、俺の通う平凡な学校に居を構える第九九支部は、その人員の四分の三を強能力者が占めている。更に大能力者相手に武器を使わず立ち向かう女警備員がその顧問を務めるということで、周辺の学区にもその名を轟かす名物風紀部隊なのだった。
 しかし、金髪眼鏡の言う通り、そろそろその高い実力を誇る支部を悩ます事態というものを説明してほしい。つうか、緊急なんじゃなかったのか。
 俺とトードーさんの視線に促され、黄泉川ねえちゃんはやっとこさ事件の状況説明を始める。
 その内容を聞いて、俺はニガリを飲んだような顔をした。
 赤髪マスクは、かめはめ波の撃ち方を教えてもらっているような表情をした。
 金髪眼鏡は、新種の草履虫が発見されたというニュースを聞いているような面持ちだった。
 内緒話女は、ずっと俺に説教し続けていた。
 それはあまりにも異様な事件だったのだが、町の治安を維持するのが俺たちの仕事であり、また今回はサボるという事もできそうにない。俺は女警備員の指示に従い、他の三人と共にその研究施設への突入準備を開始した。

  ▼

 全ては、我らの祈願のためだった。
 その願いは、永遠に届くことのない、夢物語であるかに思われた。
 しかし、この学園都市の科学力はそれすらも現実のものとする事ができた。
 実現可能となった夢。
 あとに必要なのは、ただ己の決意と行動だけであった。
 しかし、どこに立ち止まる理由があろうか。我らは、積み重なる年月の間望み続けていたのである。
 そうして我らは、必要な設備の揃っているとある研究施設を占拠することにした。
 もちろん犯罪であった。法に背を向ける以上、社会の逆風に襲われるのは避けられない。しかし、我らは微塵の不安も抱いてはいなかった。一つの目標のために一致団結した我らに不可能な事があろうか。
 答えは、否。
 断じて、否。
 我らは一人残らず、そう答えていた。そう。信じて疑わなかった。
 しかし、それは間違いであった。
 同胞達が集っていた、研究施設の一室。その熱気に満ちた部屋の窓が、突然砕けた。
 ガラスを破った勢いのままに部屋の中へ飛び込んできたそいつは、その異様な姿を我らの目に焼き付けた。
 真に、異様――異形、威容な姿であった。その四肢、首、頭部全てに、肌が見える所はないほどに鎖を巻き付けていたのだ。
 我らは、気付くべきだった。
 その鈍色の乱入者こそ、我らの夢を打ち砕く敵であり、また絶対に逆らうことのできないこの世の法律だったのだ。
 そいつは餌となる小動物の巣に入り込んだ猛獣を思わせる動きで床にむっくりと起き上がり――
 我らに、破滅を振り撒いた。

 ボフンッ――



 両手足と頭に巻かれた鎖は、若干くぐもった音と共に爆散した。
 場を一瞬にして混乱に陥れると同時、俺は目の焦点を合わせず、視界全ての映像を脳に送り込むようにして状況を把握する。
 締め切られていて薄暗い、約10メートル×20メートル程の広い部屋。
 規則正しく並べられた大きなテーブルに、壁一面の巨大な棚。
 そして、その何かの研究室を思わせる場所には――六人の人影が床に倒れ伏した状態から体を起こし、こちらに食ってかかろうとしていた。
 首を90゜回転させ、突入してからの3秒間に得たそれらの情報と、事前に確認しておいた情報――この部屋にいるのは実行犯だけであり、人質の類の存在はなし――を照らし合わせ、行うべき行動が導きだされた。
 この六人全員を、無力化する。
 俺は決断から間を置かず動き出した。手始めに3歩ほどの距離で仰向けに倒れ、見上げるままに固まっていた人影の腹へと拳を振り下ろす。爆発によって増強された一撃は、それだけで対象の意識を刈り取った。
 残り、五人。
 その時、背後に動きを感じた。
「「うぉぉぉぉぉ!!」」
 二人分の叫び声。振り向くと、実験時に試験官やフラスコを空中で留めるためのスタンドを手に持った影二つが、こちらに突っ込んできていた。
 もう体が動くか。結構早いな。
 そんな評価を下したのは、彼らの頭上、床から3メートルの空中からだった。
 バック宙で一気に死角へと移動していた俺は、爆音を残して消えた敵に面食らって硬直する、二つの影を仕留めるべく能力を発動する。
 爪先と後頭部に起きた爆発により宙に浮かんだ俺の体に強烈な回転と加速が生み出され、そのまま体操競技の選手のように着地。
 その両足と床との間には、既に体を動かす機能を失った頭が転がっていた。
 あっという間に、あと三人。


 そこからは、もうこっちのものだった。今の二人は、彼らの中でも行動的な人物だったのだろう。それがあっさりと倒された事におじ気付いたのか、引け腰になった影達。その中で最も近くに位置する者目がけてテーブルを飛び越え、首筋ヘ踵をめり込ませる。その体が床に崩れ落ちるよりも早く、次の人影へ。背中に拳を溜めながら肉迫し、上半身を一気に回転させて拳を突き出す。その直線的な攻撃は動きを先読みしやすかったためか、スレスレの所で回避されてしまった。しかし俺は気にせずそのまま体をひねり、ろくに体重の乗っていない蹴り胸に押し当てた。
 その踵を爆破。
 それは体重移動という考えを無視した動きだった。普通ならダメージを与えることもままならず、むしろ自分の態勢を崩して反撃されてしまうのがオチだ。しかし、俺はそのトリッキーな動きを、能力で補助する事によって可能としていた。
 爆発の衝撃波に後押しされ、人影は勢いよく吹っ飛んで壁に激突、動かなくなった。
 一つの傷も負う事無く五人の人間を床に転がした俺は、最後に残った人影に振り返った。
「どうする?あとはお前だけだ。おとなしくするならいいけど、まだ抵抗するのなら痛い目にあうぞ」
 どちらでも構わないと思いながら降服を勧めてみたが、どうやらそいつは諦めが悪い性格であるようだった。
「断るッッッ!!この猫耳大実験は!!ボクらの永遠のロマンやねん!!こんな所で諦めてたまるかい!!」
 そう答えた人影――なぜかクラスの学級委員である青髪ピアスの無駄に燃え盛る瞳を見せ付けられて、俺は今日で何度目かのため息をついた。
「何だかうちの生徒がガッコの生物室で愉快な事をやってんじゃんよ。女の子にとってはある意味危険過ぎて有毒だから、オマエ行ってこい」
 それが、強能力者の先輩風紀委員を差し置いて、異能力持ちの俺が、この理科室――学校という、生徒に発現させた能力を研究する学園都市の研究施設の一つ――に突入させられた理由だった。金髪眼鏡さんも男だが、あの人の能力は戦闘には向かないものだった。
 しっかし、猫耳?アホかオマエ等。どうせまた変態同人同盟のガセ情報だろ。て言うか、半年に一回は『ついに猫耳少女誕生!!』とか言って実験レシピを売り捌いてるじゃねぇか。いい加減学習しろ。
 どうしようも無くくだらない理由で現場に駆り出された俺は、やけくそ気味な不機嫌に突き動かされていたのだった。そのためにかなり暴力的な手段で事を落ち着かせようとしたのが……まあ、殴る蹴るの加減はよく承知している。さっき二つ頭をいっぺんに踏ん付けた時も、脇下から逆噴射的に爆破して軽減しておいたので、気絶する以上のダメージは無いだろう。
 怒りをぶつけるにしても手加減の配慮が必要であることにまた苛付く、という悪循環に身を流されていると、
「黒ピーなら分かるやろ?キミの猫ヘの愛は、よう知ってる。ボクも少しは分かるで。あの肉球、あの毛、あの目、あの尻尾……あいつは人間を誘惑する術というのをよう分かってる……」
 青髪ピアスが熱に浮かされたような危うい顔で語り掛けてきた。どうやら俺を仲間に引き入れようとしているらしい。その目に倒れた同志への憐憫の情は見受けられず、猫耳生成方法の確立という目標に全てを捧げる心意気だけが無駄に伝わってくる。この勧誘も、勝手に学校の教室ヘ忍び込んで事をやらかそうとした自分の身を案じての行為では無く、純粋に目的を果たさんとしてのものなのだろう。
「しっかーし!!その魅惑の結晶は耳にこそ詰まっているんや!」
 だが勿論、そんな事に耳を貸すつもりなど毛頭無かった。潰れた猫缶。破れた衣服。無駄に潰された、貴重な夏の休日。あいつと過ごすはずだった時間を、こんな所で浪費している現状。さっきも言ったように、俺は無性に苛立っていたのだ。
「青髪、お前は重大な間違いを犯している」
 言うなり、俺はやつに殴りかかった。だがその攻撃はバレリーナのような華麗な体捌きで回避される。俺は、不意を突いた突入に能力による反撃はできないだろうと思って大胆な一方的鎮圧を行っていた。が、これまでの行動はさすがに十分な時間を与えてしまっていたようだ。
「何故!?何でや、黒ピーは猫耳少女の夢を叶えたくはないんか?あの最強のパーツを、猫なんかやない、本物の女の子に生やしてみたいとは思わへんのか?」
 段々と熱くなって行く叫びに呼応するかのように、青髪ピアスの動きは加速していった。


 フィギュアスケート並みの回転速度を教室の床で実現しつつ、切り裂くような蹴りを放ってくる。
 直線的、かつ方向が限定されている攻撃だが、いかんせんそのスピードが速過ぎた。俺は肩や側頭部、頭頂部を次々と爆破して必死に避けつつ攻める。肘に起こした爆発による拳撃。インパクトの瞬間に起こす爆破。そしてその衝撃で引き戻し、繰り返される連打というローテーション。
 拳と足先が激突、相殺し合い、まるで格闘マンガのような打撃音の嵐が吹き荒れる。
「これが俺の答えだ、青髪ピアス」
 打ち出した何十発目かの拳が、青髪ピアスの頬を掠めた。そのままに終わるかと思われた動作は、しかし、青髪ピアスの方向へと強烈な爆破を浴びせる事により、膠着を動かす起爆剤となった。
「猫耳要素をォォォ!三次元に持ち込むんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」
 爆風に体勢を崩した青髪ピアス。その隙を見逃さず、俺は失速した胸蔵を掴み、制裁の鉄拳を下顎に叩きつけた。

 ▼

 爆発の衝撃を利用した、常人離れな身体能力を武器にしての戦闘。それが、風紀委員の役目を遂行するために俺が用いる、『人間爆弾』の使い道だった。
 ビームのようなものを交差する事で生み出す『焦点』を起爆する爆破能力者は本来――というより当然、自分の体から離れた場所に爆発を起こす。身体測定(システムスキャン)で評価される項目の大部分も、爆破の距離と精度だ。能力を用いての戦い方も、自分が巻き込まれない距離にいる相手に対して爆破を使うのが一般的である。
しかしながら、俺は一般的ではなかった。そのため、新しい戦法を編み出す必要があったのだが、自分の体を爆破してでできる事と言えばたかが知れていた。この戦術は、半ば必然的に生み出された。
 能力が発現して間もない時には、制御不足で体中をへし折り、穴だらけにした事もあった。それでも、強くなるために鍛え続けた。
 俺は、強さヘの執着が強かった。
 きっかけは、幼い頃に見たアニメだったと思う。その番組はそれ以前によく見ていたような子供騙しの物語ではない、つまり結構シビアな展開が含まれていた。親友の死とか、師匠の殉職、主の逝去、無益な犠牲……ま、有りがちなやつなのだが、俺はそれまでに突き付けられた事のないスリルに心を奪われ、夢中になった。最後はちゃんとハッピーエンドで終わったしな。
 しかし、敵味方問わず死んだはずのキャラクター達までもが一同に笑顔で勢揃いするエンドロールを見て、俺は思ったのだ。
 物語をもっと幸せな方向に向かわせる事はできなかったのだろうか、と。
 味方側に改心したおいしいポジションの悪役が始末されない、天然系の幼なじみも主人公の目の前で暴漢に殺されない、そもそも初っ鼻から、生まれ育った村を兵士達に踏み潰されないということにはできなかったのか、と。
 究極の問いと思えたその答えは、しかし、いとも簡単に導きだされた。
 その解こそ、強いことだった。
 何も、個人が悪の本拠地を核爆弾級の火力で炭にしなければならないというわけじゃないのだ。恐るべき軍団達を食い止めたいなら、影で操る親玉の首を落とせば、事は足りる。素手で巨漢数人を相手にするにしても、勝利方法が無いわけじゃない。
 ほとんど有り得ないような解決方法を、確実に成功させる。そのための強さ。
 俺はそういったものに憧れた。
そんなこんなで、小さな頃は我流で体を鍛えたものだ。その成果がいじめっ子達との喧嘩三昧というのは、まぁ、そんなこともあるよな。きっかけが気弱な女の子を庇護するためだったのならまだ良いが、全く記憶に残っていない。どうせしょうもない事だったんだろう。そんなもんだ。
 というわけで、そんな学童時代を過ごし五年前に学園都市に編入された俺なのだが、能力をという力を手に入れてもその姿勢が変わる事が無かったのは言うまでもない。むしろ、個人の持つ事が許される強さの限界を楽々と凌駕できることに感激し、ますます鍛え励んだ。
 そうして『人間爆弾』を開発し続けた結果、俺は徐々に能力を発達させる事ができた。
 今では手足と頭を主として身体全体に『焦点』を発生させ、ゼロ距離以下の爆破を確実にゼロ地点で起こせる。『焦点』発生中ならば、ほとんど筋肉と連動した発動を可能とする。そして、爆発にある程度の指向制御をかける事ができる。
 これらのおかげで、アクロバティックな体捌きや複数地点の同時連続爆破、腕表面全体を爆発させても潰れないといった戦闘を実現しているわけだ。
 この実力を風紀委員で遺憾なく発揮してきた実績により、能力強度(レベル)認定も、無能力からから異能力へ格上げされ、第七学区の実力者として頼りにされるようになった。


  ▼

「ご苦労でしたね、黒山君」
 部屋にいた全員を地べたとキスさせ、閉じられていた教室の鍵を開けると、姉ちゃんと赤髪マスクと騒音女が雪崩込むように入ってきた。
 夏休みの自由研究にしてはいい度胸してんじゃんなにが猫耳だますらお共めがよーしバッチリお仕置きしちゃうZO?などと、男の暗黒面を垣間見てしまった女性達はお怒りのようだ。
 ボケっとしていたら同じ男だという理由だけで俺にまで被害が及びそうだったので、慌てて廊下に出てきた次第である。
 一番の功労者であろう俺を唯一ねぎらってくれたのは、サラサラな金色に銀眼鏡の一筋が光る優男、藤堂正定だった。
「ほら、服が破れていますよ。よろしければこれにでも着替えてください」
 何故か後輩にまで丁寧語なこの先輩は、一仕事終えた俺にタオルとスポーツドリンク、それにダメになった衣服の替えまで手渡してきた。
「すんません、有り難いっス」
 コンビニで背中に爆発を受けた時点でもうボロボロになってしまっていたし、突入第一に全方位爆破した際、首の辺りもまとめて千切れ飛んでいたため、断る理由は無かった。それに恥ずかしながら、能力の特性上衣服の破損は日常的なこととなっており、俺の家計を切実と苦しめているのだ。
 彼は直接的な戦闘行為による風紀活動は行わないが、そういった事態には一歩離れた場所からの状況判断、連絡・司令係を担っている。ただ、そんな事件が、風紀委員の管轄である学校内で起きる事は滅多に無い。そのため、大抵はこのようなマネージャー的役割をこなしてくれている。コンビニで使い切ってしまっていた所に、手足と頭に巻けるだけの長めの鎖を提供してくれたのも彼だ。
 いつも通りお礼を言いつつ、それらの品々は能力でコンパクトに持ち歩いているとして、揃えるための金はどうやって調達しているのだろうか、と第九九支部の年間予算を思い返しながら疑問に思った。彼の能力はマジックのように物を持ち運べるだけであって、何もないところから質量を作り出しているわけではない。まさか風紀委員が街の秩序を破っているんじゃないでしょうね。
 そんな風に影で小首を傾げていると、、
「グギャー!」「あひぃー!」「許してー!」「ごめんなさいもうしませんにゃボッ!?」「チョーっとお待ち下さいワタクシは青髪ピアスに強引に巻き込まれただけであってですねバッ!?」「ヌハー!も、もっとー!」
 男達の凄惨な悲鳴(変態16.66%入り)が鼓膜に飛び込んできた。
 どうやら、教室の中では目を覚ました奴らに聴覚拷問と肉体的説教が施されているらしい。
 あ、それに『灼熱地獄(レッドゾーン)』もプラスされているかもしれないな。これは赤髪マスクこと紫条玲花先輩の、華氏と摂氏を誤観測することで発動する能力だ。華氏表示の温度計の視認を引き金として、最大半径約五十メートルの熱量を華氏a℃から摂氏a℃まで上昇させるという、アホっぽいけど実はエネルギー規模的にすごい能力だ。
 我等が弟九九支部の女性軍は最強である。
「今なら、都合が良いですね。ちょっと耳を貸してもらえますか?」
 トードーさんは唐突に言った。だが、男二人の状況を都合が良いという言葉に、俺は何のことなのかすぐにピンときた。すぐさま覚悟して、彼がやや調子を低くして告げる言葉に耳を傾ける。
「――、――」
「…………………………………はぁぁぁああああああああああああああ」
 そして、たっぷりとため息を付いた。二十リットルぐらい?


 勘弁してほしい。今日一日で何回目のネガティブイベントだ?この調子で俺にため息を付かせると地球の酸素が足りなくなるぞ。
「……同棲っスか、先輩」
「うむ。同棲だよ、後輩」
 俺は知らされてしまった内容を口に繰り返してみたが、聞き間違い等ではないようだった。正されること無く肯定されてしまった。
 はぁ、と今一度のため息を吐き、俺は愚痴った。
「あんの旗男……学園都市を引っ繰り返す気か……」
 旗男が同棲。
 金髪眼鏡が告げたその5文字には、この街の平和が懸かっていると言っても過言ではなかった。
「いやぁ、参りましたよ。八月八日でしたかね?上条氏の右腕ポロリした事件の日、昼が過ぎた頃の事でした。僕は玲花さんと喫茶店でお茶をしてたんですけど、彼が偶然入店してきたんです。二人の方を連れてね。一人は今この部屋で折檻されている――おやまぁ、痛そうですね――あの青髪の学生、つまりなんて事はない、単なる男性の友人でした。しかし、もう一人が問題でしてね。なんと、銀髪碧眼の外国人修道女だったんです。」
「それは――確かに。あいつが銀髪のガイジンに旗立てたって話は聞いたこと無いスね」
「はい。僕もそれで気になって、チラチラ見てたんです。玲花さんを見つめるついでですけどね。“その時は”別に尾行してるわけじゃ無かったし、あくまでもお茶の途中でしたから。彼らは相席で四人席に収まり、それからごく普通の娯楽施設を巡り、特にこれといった事も無く帰路につきました。しかし、そこから……まぁ、察しの通りです。彼は外人修道女さんと一緒に寮の中ヘと消えました」
 その後、先輩は『三沢塾の中で大勢の人間が血塗れになっている』という誤報で駆り出されたため、事の詳細は後日改めてとなったらしい。(この三沢塾事件というのには俺も赴いたのだが、奇妙だった。複数の、無関係な目撃者が通報してきたような事実は何も無かったのだ。しかもそろそろ帰ろうかという時になって、屋内にいたはずなのにいつの間にか外に出ていた。不審に思って現場に戻ってみれば、校長室で気絶した巫女さんと、なんと右腕がもげた旗男が倒れていた。その巫女さんは数日前からそこに監禁されていたらしい。見る限りでは上条はそれを救出したという英雄的な状況解釈に至らざるをえなかったのだが、彼女こそはその日喫茶店で相席をした人物だったんですけどね、とは先輩の弁だ。本当に訳が分からん)。
「あの事件のゴタゴタが治まってから、数日ほど学生寮を監視しました。と言っても、玄関のドアに貼り付いて、廊下に聞き耳を立てるだけですけどね。結果、間違いありません。修道女さんは、一日の内二十時間以上を上条氏の室内で過ごしています」
 これぞ最悪。
 こうなっては、とるべき道は一つしかなかった。


「仕方ないスね」
 トードーさんも同意見だ。
「ええ。そうですね」コクリと頷いて、「この事実は徹底的に隠蔽します。この街の平和のためにも、旗男が女性と同棲しているという情報は、一片たりとも知られてはなりません」
 旗男。学園都市治安維持機関において、その名はもはやコードネームと化すほどに危険視されている。
 その理由は、奴が持つ異常なまでの対人関係という点に尽きた。
 いや、『異常なまでの』という表現は不適切だな。これはあくまでも、普通の範囲内で異常に著しく偏っている事を指す言葉だ。
 しかし、奴はどう贔屓目に見ても、異常以外の何物でもなかった。いや、だがこれも適切とはいえないかもしれない。異常とは書いて字のごとく常と異なるという意味があるが、我々が抱いている常という概念が奴に通用するのかどうかはなただ疑問である。
 なにせ、奴がこの高校に入学してからの出来事を紹介させていただくと、だ。
 ワケアリな“高位能力者のスキルアウト”と頻繁にぶつかり合う、その中で異性とあれば無差別にフラグを立てまくる、ついでにぶつかった奴の“ワケ”を解決して更正させる、それを繰り返して(全54件)ヤバい奴らとの交友圏拡大、フラグの数は3桁突破、なんていう自分の口で言っていても現実とは信じ難いようなもんばっかなのである。
 そして、そんな光子力ロケット並みにブッ飛んでる奴が退学処分になっていない理由。それは、ここ数か月、奴の活動に合わせて第七学区の治安が改善されつつあるためだ。白黒がこの前片付けた薬がらみの事件以来、俺も首の骨を金属矢で貫通させる怪我を負う羽目になるほど体を鈍らせてたぐらいだし。
 ……と、公式にはそういうことになっているが、断言していい。本当は、奴が風紀委員・警備員のお偉いさん、果ては学園都市統括理事会員の親戚家族本人孫その他の淑女にまでフラグを立てているからだ。彼女等が、こっそり旗男の身分を保護しているのである。
 彼女等の思惑は、今の所は表面化してはいない。
 だからこそ、それが表面化してしまった時の事を考えると恐ろしい。
 というわけで、第九九支部の男二名は、『路地裏の人間達と関わりを広く持つ男』という風紀委員全体の名目とは別に、日々旗男を注視しているのであった(その活動の中ですら旗を立てられる危険があるので、女性陣には秘密だ)。
 だから勿論、同棲なんて事態は全力を以て隠蔽しなくてはならなかった。
 憂欝な顔して旗男の傍迷惑さにうんざりする俺を、トードーさんは笑って元気付けた。
「まぁ、もう管理人には話を付けておきましたよ。生活音が漏れる可能性がある、上条氏の部屋の隣と上下の住人にも、堅く口止めをしています」
 毎度の事ながらこの人の手際良さに感心しつつ、俺は改めて旗男の危険性を憂えるのだった。


 学園都市。脳開発のカリキュラムに能力の発現を組み込む研究機関。外界と隔てれた街で、日々生まれ続ける能力者。そして当然のように行使される異能の力。
 だが俺は、これだけは言っておきたい。
 学園都市、世界で唯一超能力を発現される場所とはいえ、他のどんな所とも、何も変わらないのだ、と。
 超能力という言葉を聞いて思い浮べる事、大多数の人に言えると思うが、それはまず間違いなく刺激に満ちたものだろう。
 確かに、そうかもしれない。
 不可視の力を操る念動力、熱量を操作する発火能力、遠く離れた相手と意志疎通する念話能力、心紐解く読心能力、そしてその他、誤観測の程度が激しい奇怪な力の数々。それらは数多くの漫画やゲーム等、人間の創作物の中に頻繁に登場してきた、つまり人間の心が追い求めるものだ。
 しかし、ここで冷静に考えてもらいたい。
 そもそも能力というのは、そんなに魅力的なものかと。
 火を点けたければライターを使えばいい。物を動かしたいなら、両手がある。近頃は携帯電話という便利な機械があるし、少し強引な手でいくなら拷問という技術もあるが、心を伝えるなら言葉が最適だ。
 能力には、一般人にとって実用的な価値など無きに等しいのだ。
 超能力という物のファンタジック性に憧れる奴、そいつも、そんなのを抱くのはやめておけ。
 この街で五年を過ごしてきた者として言わせてもらえば、こんなもの、自己紹介の時に一発芸として役立つぐらいだ。入学当初は物珍しさに感動するが、すぐに飽きる。日常に溶け込む。
 偏差値と同じ、人間の価値を測る物差し。学生達の能力に対する認識は、その程度のものだ。
 祭り等のイベントの際には能力を利用した人気の催し物もあるが、普通の場合、公共の場で能力を使うのはマナー違反である。
 それに、能力を駆使したド派手な超能力バトルというのも、起こることは滅多にない。学園都市の六割は頭に血を昇らせて気張ったところでスプーンがやっと曲がる程度のレベル0なので、それなら自分の腕で殴った方が早いのだ。それに、『超能力』と呼べるような力を持つ強能力者(レベル3)以上の能力者は、大抵頭のお偉い進学校の在籍しているためそんな事態が起こるトラブルとは無縁だし、また招き寄せるような頭の悪い事もしない。同じ理由で、カリキュラムから落ちこぼれた人間の集団、物騒が絶えないスキルアウトでも、能力での戦闘というのは有り得ない。唯一の例外は、風紀機動員、もしくは風紀委員の中でも高レベルの者達による治安維持を目的とした活動ぐらいなのだ。
 逆に言えば、そんなド派手なことも無いわけではないのだが、俺は絶対にお勧めしないな。
 あと3センチずれていたら頚動脈からウォーターアートなんてやり取り、楽しくもなんともない。戦いというのは、偶然と偶然の途方もない賭け合わせだ。確立という不思議に首を傾げるぐらい。やはり、『マンガ』というのは寝転がってポテトとコーラを口に運びながら、無責任に観賞するのがいちばんなのだ。
 それでもそんな危険に身を浸したいと言うのなら、なにも学園都市に来る必要はない。しかるべき服装で、そこら辺のアブナイ路地裏を歩けば十分だ。
 だから、能力を、能力者というものを特別視しないでほしい。
 学園都市は、情報をあまり世に公開していない。そのため、能力や脳開発などには偏見的な誤解が多い。その最も典型的で分かり易い例が、休暇中に『外』の実家へ帰ると、親戚一同から化け物呼ばわりされた、という体験談だ。
 人間は未知の物体ヘ恐怖を抱く、という性質上、それは致し方ないことなのかもしれない。原理の分からない超現象も、とても危険なものに思えるかもしれない。そして何より、その力を意のままに操ることこそが脅威なのだと思う。
 だが、五年間風紀委員を務めた経験から、自信をもって断言できる。
 人を傷付けるのは、人なのだ。
 能力者というのは、身から離すことができないナイフを持たされた人間であるといえる。
 だが俺は、そいつらを危険だとは思わない。
 ここにいるやつらは、ほかと何にも変わらない。
 能力というものを持っていても、考えることは皆同じ。例えば女の子の命を救って、仲良くなったり、闇の組織のエージェントや秘密の兵士になって暗躍したり、逆に正義の力を振りかざしたり、そういったことに憧れる、ただのふつうの人間たちなんだ。




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