第十九学区に居並ぶ廃ビルにどしゃぶりの雨が叩き付けられる。それは、廃ビルの一角に屋台を置く『百来軒』にも多少影響が及んでいた。
『いた』と過去形なのは、来栖の教え子が到着してからは『百来軒』に豪雨が届く事が無くなったからだ。


「へいお待ち!!大盛り二つ!」

「それじゃ…」

「再会を祝して…」

「いただきます」

「いただきます」

「そこは『乾杯』じゃ無いんだねぇ」


教え子である帝白と来栖は福百自慢のラーメンから香る、まさしく食欲を煽る良い匂いにゴクリと喉を鳴らす。
一目見ただけでわかる。一度匂いを嗅いだだけで理解できる。このラーメンは絶対にうまい。鼻息が荒くなり始めた二人は、まずはレンゲを使って汁から堪能する。


「うおっ!?…匂いからして薄々勘付いてはいたが、どうしてわしの好みが味噌こってりだとわかった!?さてはおぬし、『読心能力』か!?」

「当たりっちゃ当たりだけど私はレベル0だから余り意味ないね。」

「ここの店主はな、相手の年齢、性別、体格、何気ない会話から客の好みを推定する観察眼を持ってんだよ。えぇと確か…」

「『味割り』だよ来栖先生」

「そうそう。『味割り』だ。何でもラーメン作りの為に古今東西の料理本や果ては心理学、人体や脳に関する参考書なんかも参考にしてるってんだからすげぇよな」

「確かにそれはすごい…天晴れという他無し」


来栖から福百のたゆまぬ努力の数々を教えられた帝白は福百に尊敬の念さえ抱く。たかがラーメン、されどラーメン。
一つの物事へ徹底的に情熱を注ぎ込み、見事昇華させた人間には誰しもが敬いの心をもって然るべきだと帝白は考える。
『百来軒』店主福百紀長は、そんな情熱を具現化させた素晴らしき人物である。ならば、そんな彼女の情熱が篭った目の前のラーメンに自分は何ができるのか。
数時間前に後輩との戯れで唇を切っているが、それが「さぁ存分に食べてくれ」と訴えかけてくるこのラーメンに何かをしてやれない理由になどならない。


「ズルズル!う、うまい!麺もしっかりコシがあってわし好みじゃ!!」

「やっぱここのラーメンはうめぇなぁ。俺はアッサリ醤油が好きだが、ここ以上のラーメンを食った事は無ぇな。ズルズル」


決まっている。一々口に出すのも面倒だ。言葉では無く行動で示す。それが最も手っ取り早い。すなわち…食う。食べる。平らげる。心の赴くままに只管食らい続けるのだ。


「替え玉追加!トッピングでもやし多目!」

「俺も追加!今度はメンマをどっさりな」

「あいよ!!」






とある高校の中華麺王(ラーメンマスター)異説 「中華麺王と在校生と卒業生」Ⅲ~






替え玉追加が4週目辺りを迎えた頃、ようやくガツガツ食らっていた食事のスピードを緩め、店主を交えた他愛無い話に花を咲かす余裕が生まれた。
実質予約状態である現在の『百来軒』は、店主と客二人の合わせて三人のプライベートタイムと化している。


「教え子さんって幾つ?随分古めかしい言葉を使うけど…来栖先生の年齢を考えると大学生か社会人になって数年目とか?」

「いや。帝白はこれでも高3だ。店主より1つだけ学年が上だな」

「えっ!?マ、マジ?」

「マジマジ」

「ほう。店主は高2で屋台を始めておるのか。その行動力は羨むべきものがあるのう」

「へへっ。まぁ無断営業だから警備員に見付かったらやばいんだけどねぇ」


じじくさい言葉を扱う帝白はよく年齢を間違われる。制服を着ている時はそうでも無いのだが、今のように作務衣を着ている時は格段に間違われる可能性が高くなる。
福百の間違いの特段気分を害した様子を見せない帝白は、『百来軒』店主福百の年齢を知り、ますます彼女の情熱の強さを実感する。
目を閉じ、何かを考えながら帝白は懐から扇子を取り出しパッと広げる。表面に【尊大な羞恥心】、裏面に【臆病な自尊心】と描かれているそれを見て福百は現代文の授業で習ったある作品を想起する。


「あっ。その【尊大な羞恥心】と【臆病な自尊心】って確か学校で習った覚えがある。何だっけ…えぇと」

「著名な小説家の作品だよ。俺も授業でよく教える。簡単に言えば【尊大な羞恥心】と【臆病な自尊心】を持つ主人公が虎になっちまうって話だよ」

「わしはこの作品にいたく感銘を受けての。特に一見すれば相反する矛盾した言葉の組み合わせになっておる【尊大な羞恥心】と【臆病な自尊心】が気に入っておってな。こうして自分の扇子にまで描いておるのだ」

「何か、普通の扇子とは材質が違うっぽいね。そっちの唐傘も」

「まぁの。そこの唐傘もこの扇子もわしの友が研究機関と共同開発したフッ素樹脂やセラミックスなんかをふんだんに用いた特別製じゃよ。何と言ったか…『雨でも電気でも銃弾でも弾く』とか何とかを謳い文句にしておったような」

「銃弾なんか弾く機会が人生でどれだけあるんだろうね?」

「さぁの。わしもわからん」


福百と帝白が一緒になって首を傾げる特別製扇子や唐傘を作ったのは、帝白が所属する白帝生徒会の男性執行役員である。
極度の寒がりである彼が辿ってきた道もまた平坦なものでは無い。そんな彼が帝白の為に作成してくれた扇子と唐傘を帝白はとても大事にしている。
立て続けにラーメンをお代わりしたせいか額や頬に汗粒を浮かべる帝白は、友が作った扇子を扇ぐ事で涼む。とそこへ、隣で一休止していた来栖がかつての明知で起きた面白話を語り始める。


「お前が明知にいた頃はすげぇ楽しかったよな。特に『大覇星祭』は滅茶苦茶楽しかった」

「何ですか藪から棒に。……『大覇星祭』か。確かに皆楽しんでくれたようですな」

「えっ、何々?『大覇星祭』がどうしたって?」

「店主。帝白はこう見えても明知の生徒会長だったんだぜ」

「へぇ」

「明知はな、代々能力水準の割に生徒間の団結力が低いせいか『大覇星祭』での順位は低迷してんだ。しかもよく怪我人を出す。風紀委員や警備員にも目を付けられてるくらいだ。そんな明知が再び臨もうとした『大覇星祭』開催の一週間前…当時の明知生徒会会長帝白紫天は緊急の全校集会を開催したんだ」






『あらあら。今日の全校集会って緊急なんだよね?』

『らしいな。どうせ帝白会長がまた妙な事を考えたんだろ』

『妙な事っていうか面白い事でしょ?』

『面白いというか何というか。確かに皆もそう思ってる節はあるが、風紀委員として俺達も振り回される事態になるのは勘弁して貰いたい。会長の突飛な発案に振り回される俺達を見て不良連中にどれだけ笑われた事か』

『あらあら。まあその辺が会長の上手い所でもあるのよ。不良と見做されている生徒達が風紀委員に抱く不満のガス抜きを絶妙にやってのける。あの匙加減の絶妙さがあるからこそ、これだけ抗争数が少ないのでは?』

『……まぁな』


生徒会長の発案により突如として体育館で開催される事となった全校集会には、数年前では考えられない事だが生徒全員が集結していた。
抗争を起こすような不良がいる明知では、全校集会を開催しても無断で欠席する生徒は幾らでもいた。
それが病欠などを除いて必ずと言っていい程集合するようになったのは他ならぬ現生徒会長帝白紫天の存在があるからだ。


『うわっ、珍しい。来栖先生まで参加してるだなんて。ねぇ矯星先輩?やっぱりGさんかな?』

『あぁ。おそらくGの奴が直接声を掛けたんだろう』


今年から着任した蕩魅学院長を始め学校行事をサボる事で有名な来栖を含めた全教師さえも参加しているところからして、今回の全校集会が如何に帝白にとって重要なものであるかは明白だ。
明知中等教育学院風紀支部長矯星美璃亜を筆頭に秡川渡利海棲鮎佳江城椎野ら明知支部所属の風紀委員達は他の生徒とは少し離れた場所で事の成り行きを見守っている。
時刻はもうすぐ午後4時半を迎える。全校集会の開催時刻であるが、未だに当の生徒会長は姿を現さない。
しかし、生徒の誰もが会長の登場を信じて疑わない。帝白紫天が自ら定めた刻限を破った事など今まで一度も無かったからだ。そして時計の数字は開催時刻を表示した。


『お待たせじゃ皆の衆。すまんの。今日のメイクを何にしようかさっきまで迷っておっての。結局は歌舞伎メイクにしてみたがどんなもんじゃろ?』

『ププッ!』

『クスクスッ』


名前の順で整列していた生徒達の後方から聞き慣れた声が聞こえ、皆が一斉に振り返るとそこには青色の作務衣を着用し、顔を歌舞伎メイクに染め上げた明知生徒会会長帝白紫天が座禅を組みながらプカプカ浮きながら移動する姿があった。
その変顔に各所から笑い声が噴出する。何処ぞの仙人が念力を使って宙を浮いているような格好で生徒達の頭上を行ったり来たりする帝白に生徒から質問の声が飛ぶ。


『おい会長!今日は何の用だよ!俺達はこれからゲーセンに行く予定だったんだぜ?それを取り止めてアンタの集会に付き合ってるんだ!しょうもない事だったら許さねぇぞ!』

『おぅ。遊臥か。相変わらず元気じゃの。感心感心』

『扇子で頭を叩くんじゃねぇ!』

『ねぇ会長。本当に今日は何の用なのよ。時期を考えると…もしかして「大覇星祭」関連?』

『うむ。大当たりじゃ。相変わらず常世見は聡明じゃな。そういえば妹御は元気かの?ぬしがわしを紹介する時に名前では無く愛称から教えたが為にわしを「Gちゃん」と呼ぶようになったお姉ちゃん大好きっ子の…えぇと鳳梨だったかの。一度切りしか会うてないからもうわしの顔など忘れてしもうたかもしれんがの』

『余計な事は言わなくていいのよ!それに私がすすんで紹介したんじゃ無くて、あなたがフラリと何処からともなく現れて興味本位で首を突っ込んで来たから止む無く紹介しただけだから!とりあえず、さっさと本題を進めて頂戴!』


七三分けのウェットショートにしている遊臥焔雀の何処か楽しそうな質問に扇子を使って彼の頭をコンコンと叩く事で応えた帝白は、同学年の常世見榠査からせっつかれる事でようやく本題へと入る。
本題とは常世見の推測通り『大覇星祭』に関するもの。代々能力水準の割に生徒間の団結力が低いせいか『大覇星祭』での順位は低迷し、且つよく怪我人を出す歴代の惨状に帝白は思うところがあった。


『…とまぁ、歴代の明知の「大覇星祭」における成績を振り返ったがまぁ散々じゃの。そこでわしはこの惨状を打破する計略を思い付いた』

『へぇ。何だよ?』

『古今東西競技で優秀な成績を残した者には褒美が授けられるのが常であった。故にわしは閃いた。すなわち「物で釣る」作戦を「大覇星祭」において決行する!!』

『はぁ?』

『「物で釣る」ってはっきり言っちゃってるよGさん』


帝白の計略とは単純明快。つまり、『物で釣る』。成績優秀者に褒美を与える事を事前に明言する事でやる気を上げようと目論んでいるのだ。
だが、周囲の反応は芳しく無いというよりは戸惑っているという表現が正しい。遊臥や江城の反応からしてそうだが、帝白の余りの堂々さに開いた口が塞がらないのだ。


『何を不思議がっておる?興行主が選手や客集めの為に色んな褒美やプレゼント企画を実施するのと同じ事だぞ?』

『ねぇ会長、それって生徒会のお金でやるの?それはちょっと問題になるんじゃ…』

『心配御無用じゃ窓辺。今回はわしのポケットマネーじゃ。生徒会、ひいては学院の金に手は付けんから安心せい』

『帝白会長。私からも質問してよいだろうか?』

『何じゃ学院長?お前さんからの質問ならわしも全力で答えねばなるまいの』

(おいおい。帝白。相変わらず学院長様にはタメで話してんのか。丁度お前がプカプカ浮かんでいる真下にいる綺鵺の顔色を見ろ!額に青筋立ててんぞ!)


学年を越えて付き合いのある白雪窓辺の問いに返答した後に、遂に真打たる蕩魅学院長が舞台へ上がって来た。現在の明知のトップである蕩魅の意向は、彼の辣腕振りも相俟って基本的に誰も異を唱える事は無い。
それに真っ向から異を唱えられるのは、今のところ明知生徒会会長の帝白くらいしか存在しない。よって、学院のトップと生徒のトップがタメで会話している様子を見て、学院長の養子である蕩魅綺鵺は今回もまた額に青筋を立てている。


『私は全面的に君の事を信頼している。君ならば生徒達をより良い方向へ導いていけるだろうと確信している』

『生徒達皆がわしを「選んでくれた」。それだけよ。わしこそ生徒の頑張りに導かれておるわ』

『君がそう受け止めているのならそれでも良い。だが、今回は学院の代表である私としてもすぐには了承できないものだ。せめて褒美とやらの詳細を皆に明かさないとね』

『そうじゃの。全くもってその通り。よいタイミングでの合いの手。感謝するぞ学院長』


真下から歯軋りする音が聞こえた気がするが老いぼれらしく幻聴か何かだとさっさと判断した帝白は学院長の促しもあり褒美の中身を明かす。
『物で釣る』と言っても、それが『大覇星祭』における明知の成績向上にどう結び付くかは不明な点が多い。生徒会長が褒美を与える事自体不遜だと罵られてもおかしくはない。
しかし、帝白は全て承知の上で今回の全校集会を開いた。そんな彼が明かす褒美の内容とは。


『今回わしが用意する褒美は―――『明知生徒会会長帝白紫天ができる限りの範囲で、一日何でも言う事を聞かせられる権利』じゃああああああ!!!』

『何でも!?そりゃいいいいなあああああぁぁぁ!!!』

『テメェにはいつか目に物見せてやりたかったんだ!!』

『首洗って待ってやがれええええぇぇぇぇジジイ!!!』

『気に入って貰えたかのううううう!!?』

『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


体育館がどっと沸いた。瞬く間に沸騰した。特に不良グループに属している生徒が帝白へ拍手喝采を送る。
鳴り止まぬ拍手が響く中、他の生徒達も帝白の褒美内容を理解し次々に騒ぎ始めた。どよめきと拍手が交錯し、一つのうねりとなって場を支配する。
こういう喧騒は帝白が会長になってから何度もあった。だからこそ、不良グループの反応も早かった。これが現在の明知中等教育学院の騒がしくも楽しい楽しい日常なのだ。


『但し!!条件が幾つかある!!聞きたいか皆の衆!!?』

『さっさと言えクソジジィ!!』

『まず、この権利は「大覇星祭」において明知の中で最優秀の成績を残した者に与えられる。グループ競技の場合は独自の算出でもって点数を弾き出す。この算出方式は追って知らせる』

『それだけかぁ!!?』

『まだあるぞ!!次に、この褒美は明知が全校順位で入賞を果たし、尚且つ不慮の事故を除いた怪我人0を果たした場合のみに与えられる!!』

『何ぃ!!?』

『そんなん無理だろがあああ!!』

『やる気あんのかジジイ!!?』

『やる気が無いのはおぬしらでは無いのか!!?』

『…ッ!!』


あれだけうねっていた流れがパタンと途絶える。歓声と興奮があっという間に静寂に呑み込まれる。
帝白が会長になって怒りの声色を発した事はそう多くない。そして、少ない機会で彼の怒りに触れた者達は全員知っている。
触れなかった者達も薄々理解している。帝白が自分本位で怒るような人間では無いという事に。俺達私達が選んだ生徒会長は何時だって俺達私達を楽しませてくれる存在であるという事に。


『情けないと思わんか。いがみ合って貶しあって足を引っ張り合って毎年毎年散々な結果に終わり、怪我人も多発するという後味の悪さばかりが残る。わしは全然楽しくないぞ。
おぬし等は楽しいか?楽しかったか?「大覇星祭」はおぬし等にとって楽しかったと思える思い出になるか?去年までの惨状のままで本当にそうなるのか?』

『……』

『……』

「わしが設ける最後の条件はな…どんな形でも良い。「大覇星祭」を楽しく過ごす事じゃ。おぬしらが後々過去を振り返った時に楽しかったと思える…そんなイベントにしたい。
わしはおぬし等の楽しそうな笑顔が大好きだからの。以上。あっ、そうじゃ。副賞として、来栖先生秘蔵の本を一週間貸し出すぞ。様々な本を持っておる来栖先生のとこから好きな本を借りていくと良い』

『マジかよ!?』

『来栖先生の本!!?これは「明知男児の会」四代目として絶対に最優秀を目指さねば!!』

『ちょい待て!!帝白!!お前、俺はそんな事許可した覚え無ぇぞ!!』

『さっき了承して下さったではありませか』

『「力を貸してほしい」って言われたけどよ、詳細は何も…!つーか、俺のところから好きな本って……ものによっちゃ俺の教師生活ここでジ・エンドになりかねないんだが!!』

『大丈夫。わしは生徒達の純情を信じておりますからの。いかがわしい本など皆が借りていくわけが無い。わしが持つ純情のように。最後に。わしが優勝したら、わしの指名した生徒に肩や腰を揉んで貰うからのぅ。最近肩や腰がこっててのぅ。ではこれで解~散&退~散』

『ちょっと待てええぇ!!お前の純情は単に枯れ果ててるだけだって!!が、学院長様!!早く帝白を止めて下さいよおお!!』


言いたい事を全て吐き出した帝白は空中に浮かんだままフラリフラリと流れて退散していく。一方帝白からとんでもない事を押し付けられた来栖は己の教師生活をジ・エンドさせない為に学院長へ直談判しにいった。
きっと帝白の突飛な発案に気分を害して怒っている。そう判断した来栖は、にこやかに微笑む学院長に大きな期待を寄せる。

『来栖先生。私達はあなたを信じています。もし生徒達がいかがわしい書物を希望しても、あなたなら体を張ってでも止めて下さると。頑張って下さい』

『Noooooooooooo!!Noooooooooooo!!!』


あえなく期待は裏切られ、発狂する来栖を横目に蕩魅学院長は他の教師達と二言三言会話した後体育館を去っていく。
学院長のお墨付きを貰った帝白紫天の『物で釣る』作戦の内容はこの後各生徒の間で爆発的な話題を呼んだ。例えばこんなやり取りがあった。


『Gめ。また勝手な事を』

『ど、どうするんですか先輩方?』

『まぁいいんじゃないか江城。あの会長の事だ。何でも言う事を聞くとは言っても、前置きに「明知生徒会会長帝白紫天ができる限りの範囲」を持って来てるところから考えてちゃんと制限は設けている』

『あらあら。私も秡川の意見に賛同よ。生徒会長が犯罪に手を染められるわけも無いし、イジメにも荷担できるわけが無い。昼行灯の癖に抜け目は無いのが会長らしいわね』

『秡川先輩…海棲先輩…だったら一安心ですね。あれっ…矯星先輩?』

『済まない皆…私は明知支部のトップだが、この度だけは「大覇星祭」の競技に集中させてくれないか?』

『わかってるよ。お前がそう言い出す事くらい俺達も予想してた。大事な案件は報告するが、基本的には俺が後方から指揮を執る。それでいいだろ?どっかの会長のおかげで今年は少しは楽ができそうだからな』

『あら?「神風」と呼ばれる前線での働き振りは証明済みだけど、美璃亜並みの後方担当が果たして務まるの?』

『やってやれない事はないだろ。江城。矯星が抜ける分、今年は忙しくなるぞ。覚悟しとけ』

『大丈夫です!もし犯罪が起きても私の手で犯人をボコボコにしてやりますから!』

『…あらあら』

『悪癖未だ直らず…か』

『江城。秡川や鮎佳の命令にはちゃんと従うように。それと…ありがとう皆。必ず最優秀を取ってみせるからな。もしかしたら、先生の下にならずっと探していたあの本があるのかも…』


別の所ではこのようなやり取りが。


『来栖先生からエロ本を借りるのは当然として、やっぱクソジジィに何をして貰うかだよな』

『あのジジイの事だ。万引きとかスカートめくりとかを命令してものらりくらりとかわしてやらねぇに決まってる』

『抗争なんてのはもっての他だもんな。そんじゃ金でもせびるか?でも、それも恐喝だし……』

『それだよ遊臥!!よーし、他の不良グループに連絡して……よぉ。実はな……』

『マ、マジで金を巻き上げるのかよ!そ、それはやっぱり止めた方がいいんじゃねぇか?』

『よしっ!決まったぜ!!俺等のグループの中で最優秀取った奴に命令させて、クソジジィには俺達全員に焼肉を奢って貰う事にした!!』

『へっ?』

『今連絡が着いたグループはそれぞれ寿司やら鍋やらでいくみてぇだ。会長の善意で奢って貰えるなんざ俺達は幸せモンだよな。フフッ、あのクソジジィにこれで目に物見せてやれるぜ!ガハハハッ!!』

(な、何か俺達も随分丸くなったっつうか。昔はもっとピリピリしてたってか他の不良グループとの関係も殺伐としてたと思う。それが今じゃ……ん?)

「鳳梨が喜ぶ顔を見る為なら私は……来栖先生なら腐…腐……系の本を持っていても不思議じゃないわよね。後で鳳梨にどんな本がいいのか聞いてみようかな?でも、それじゃサプライズにならない……」

「今度の「大覇星祭」は学院の頂点に立つ取っ掛かりになるかもしれない!帝白会長には悪いけど、今回の主役は私が頂くわよ。…まっ、私が最優秀になっても肩や腰くらいならマッサージしてあげてもいいけど、その代わり会長の人心掌握術を教えて貰わなきゃね」

(何ブツブツ言ってんだアイツ等?)


図書室の片隅では暑苦しい男達が。


『四代目!!この度はどのように!?』

『会長への命令権などどうでもいい。我等が目指すは一つ!来栖先生秘蔵のエロ本だ!!各自、全力で「大覇星祭」に臨み見事大金星を挙げてみよ!!』

『応!!』

『「明知男児の会」!バンザーイ!!エロ本!カモーン!!』

『「明知男児の会」!バンザーイ!!エロ本!カモーン!!』

『「明知男児の会」!バンザーイ!!エロ本!カモーン!!』

『あのぅ、図書室で騒がないで下さいね?また追い出されたいんですか?』

『あっ、すみません』


明知中等教育学院の一角に存在する蕩魅の邸宅兼私設研究所では。


『綺鵺。何か嬉しい事でもあったのかな?』

『お、お父様!?も、申し訳ありません。はしたない姿をお父様の御前で晒してしまいましたわ』

『別に気にする事は無い。ここは君の家だ。家の中でくらい気を緩めてもいいだろう。「蕩魅」の性を与えられた君は、ずっと学院で模範生を演じ続けているんだ。その気苦労は察して余りある』

『お父様に「蕩魅」の姓を頂いたあの日から、わたくしの見ている世界は色彩を取り戻したのです。この身この命、そして心も、私の全てはお父様のために』

『済まないね綺鵺』

『あぁそんな、礼だなんて仰らないでください。お父様への忠誠に見返りを求めるなど不遜ですから、気にせず何なりとお申し付けくださいな』

『では、何故そんなに嬉しそうだったのかな?やはり帝白会長のおかげかな?』

『ギリィ…!あ、あの不届き者はお父様にタメ口を吐くばかりか反論ばかりする挙句、お父様の提案を悉く無視する不倶戴天の敵!あのような者のおかげでわたくしの気分が優れることなど到底有り得ませんわ』

『彼のおかげで私も随分明知での認知度が広くなった。私は別に彼の事は嫌いじゃないよ。むしろ準備期間中の退屈凌ぎに付き合ってくれる彼を好ましく思うくらいだ。幾ら反抗しようが時間は誰にも平等に流れる。どうなろうとも私の勝利が揺るがない事も含めてね』

『…わたくしが会長になった暁にはあの不届き者の痕跡すら残さないくらいの生徒会運営を成し遂げてみせますわ』

『期待しているよ綺鵺』

『必ずやお父様のご期待に沿う事をここに誓いますわ。“我らの頭上に、星の導きがあらん事を”。……フッ、不倶戴天の敵帝白紫天。まさか、次期生徒会長選の前に貴方自らこのような機会を設けるとは予想だにしなかったわ。お父様への数々に渡る非礼…わたくしがトップに立つ事で必ずや貴方に償わせてみせる!!』

(やはり“そっち”か。綺鵺は私を敬う余り、独断専行に走りがちなきらいがある。これは後々所属させる『白夜部隊』でも問題になる可能性が高い。ふむ。これは今の内から私以外で綺鵺をきちんと叱る事ができる人材を探しておいた方が良さそうだ)


生徒会長帝白紫天の発案は関係各所に大きな反響を与え、活発な流れを維持したまま臨んだその年の『大覇星祭』では大健闘を見せ順位も入賞を果たす程の上位となり、怪我人も僅かと学院の教師達を驚愕させるに至る。
警備に忙しかった秡川達風紀委員も母校の結果に喜んだ三年前の『大覇星祭』では矯星や常世見、綺鵺や窓辺に遊臥などを含めた全ての生徒達が熱中し、各々の感じ方でもって大いに楽しんだ体育祭となった。






「その怪我人ってのが帝白でよぉ。最後の種目の騎馬戦でその時点数がトップだった矯星と2点差で追い掛けていた綺鵺が猛烈な鎬を削っていた所に遊臥達不良グループの一団と『明知男児の会』の連中に担がれた帝白が突っ込んでもみくちゃになった挙句、皆を守って下敷きになった帝白だけが怪我するってオチになった」

「それでそれで?最優秀になったのは…」

「矯星だった。綺鵺は結局競技の上では帝白に邪魔されちまった格好になってな、下敷きから守られる形になった綺鵺が帝白の背中に尻餅付きながら浮かべていた悔しそうな表情ったらマジでヤバかったぜ。不倶戴天の敵を睨み殺すかのような視線を帝白に向けていやがったからな」

「わしが率先して突っ込んだんじゃありませんがの。『明知男児の会』の四代目が『“明知男児”の意地を見せろおおおぉぉ!!』と叫んでわしの制止を振り切って矯星と綺鵺の凌ぎ合いの場へ突っ込んでいってしまっただけですから」

「そうそう。んで、最優秀の矯星は俺の本棚からずっと探し求めていた速記法についての専門書を借りて行き、帝白にはメチャクチャ痛そうなツボ押しマッサージをやってた。命令だから帝白は逃げる事もできなくてよ。『ヘルプー!!ヘルプミー!!』って叫びながら激痛に騒いでいた帝白を皆が良い気味みたく眺めていたのが印象的だったわ」


『百来軒』で昔話に花を咲かせている内に随分時間が経ってしまっていたが、そんな事は福百も来栖も帝白も全く気にしていなかった。
屋台の醍醐味とも言えるが、こういう場で時が経つのを忘れて話し込めるのは確かな幸せだ。


「遊臥と言えば…そういえば今年から高校生でしたかの。あやつは大企業の御曹司ですからの、長点上機などの有名高校を目指していた筈ですが…どうなりましたか来栖先生?」

「……」

昔の話から帝白は当時接触を持っていた遊臥の進学先について来栖へ問い掛ける。単純な成績であれば遊臥は当時から上位の方だった。
後は能力開発が上手く行っていれば名門長点上機入学も決して夢では無い。そう考えていた帝白の質問に来栖は何時まで経っても返答しない。
恩師の様子の変わりように帝白は嫌な予感を抱く。今日ここ『百来軒』に帝白を呼んだ方法は極々一部の者しか知らない矯星オリジナル速記法ではなかったのか?
『百来軒』への呼び出し以外の内容はあの手紙には記載されていなかった。つまり、本題はここから。そしてその本題に…。


「帝白。これをお前に。俺もあいつのオリジナル方式を全部知ってるわけじゃ無いから、所々怪しくなるがお前なら前後の文脈で理解できるだろう」

「……拝見させて頂きます」


来栖が帝白へ見せる、来栖の胸の内から取り出したメモ帳に記載されたヘンテコリンな文字らしき字体の意味を福百は全く理解できない。
それでも、客の仕草や言動でラーメンの好みを当てる程その手の嗅覚は鋭い。レベル0とはいえ、『読心能力』の使い手でもある。
そんな『百来軒』店主福百紀長が感じ取った来栖の教え子たる帝白紫天の感情の揺らぎ。それは。


「…ッッ!!!」


驚愕と悲哀に満ち満ちた揺らぎであった。


…to be continued

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最終更新:2015年12月11日 19:12