【骨子さんの夢】




夢を見た。遠い日の記憶。在りし日の記憶。陽だまりの中でまどろむ記憶。
隣には誰かがいた。降り注ぐ陽の光の影になって、顔はよく見えない。けれど不思議なことに、その人が優しい笑みを浮かべている事は分かった。私はその人を―――


と言うような話をテレア君(仮)にした所、見事な無反応を返して頂いた。
ティータイム中の出来事である。骨の体の私が言えたことでは無いが、彼はどうやって紅茶を飲んでいるのだろう。そもそもティーカップを持つ為の腕が無いと思うんだが、彼の前のカップの紅茶は、確かに減っているのである。
とまあ、余談は置いておいて私の夢の話である。これまでも私は生前の記憶らしき夢を見ることが偶にあり、それがわたくし骨子さんがあの変質卿ことクリストルファーの興味を惹く理由の一端になっているのだ。
スラヴィアンが夢を見るという話からしてどうにも妙な話であり、それはただの錯覚なんじゃないかと問えばそもそも夢ってもの自体が錯覚のようなものなんじゃないかと私の文字通り空っぽの頭で考えてもまるで分からないことに、あのうねうねは興味があるらしい。
ガチャリ、と音がして思考を止める。
向かいの席に座るテレア君が立ち上がっていた。カップはもう空になっている。
「もうそろそろ解散にしますか」
問いかけると頷くようにガチャンと音をさせて、すぐにそそくさと立ち去ってしまう。
友達甲斐の無いやつめ、と思うがそもそも向こうが私のことを友達と思っているかは謎であり、突き詰めていくと私が切ない気分になるのでやめておいた。
ふとテーブルに目を移すと、カップはもう片付いている。テレア君が片付けてくれたのだろう。本当によく分からない人だ。甲冑だけど。





今日は特に用事が無い。夜はまだまだ長いので外を歩くことにした。
領民達はもう寝静まっている時間だろうか。外には人の気配が無い。
あの夢を思い出す。夢のように、陽の光を浴びることはもう無いだろう。もし確かな記憶があったなら、私はそのことを悲しんだのだろうか。
「何ヲしていル」
声をかけられて振り向く。
腕団子、とでも表現すべきだろうか、奇妙な姿のそれは、変質卿の作品のひとつである。
「いやいや、ただのお散歩ですよマルコーさん」
「散歩、ね。珍シく神妙な表情をしてイたガ何かあったノか」
「なーんもないですよ。いつも通りの脳天気な骨っ娘です」
しゃれこうべに表情はあるのだろうか。と野暮なことは聞かないでおく。
「ふン。マあ良いだろう。あんまり領主様に迷惑はかケるなヨ」
この上なく非常識な外見の癖に妙に常識人ぶったところがありますねこの肉団子は。思わずイラッときちゃうぜ。
「それより今日はあの方は一緒じゃないんですか。ほら、スラムダンクさん」
「もしかしてクラムボンのことヲ言っているのカ」
「あーあーそーですクラムボンさん」
間違えちゃった。テヘッ。
「俺ダって別にいつも一緒にイる訳じゃないさ。アイツにはアイツの用事があるノだろう」
そう返す声には微妙に棘がある。喧嘩でもしたのだろうか。
マルコーとクラムボンには、妙に人間くさい所がある。こんな非人間的な外見の癖に。
考えてから気付く。私は、人間の何を知っているのだろうか。何の記憶も無い癖に。
「おイ」
「ふぇっ?何ですかー?」
「今日は本当に様子がおかシイぞ。部屋に戻って休んだラどうだ」
「あ、あー。そうですね。今日はもう休もっかな、うん」
ああ。駄目だ駄目だ。思考がマイナスにばかり向かう。
何かが悲しいわけじゃない。記憶が無いってことを悲観しているつもりはない。それなのに、あの夢を見た日は、こうやって気持ちがざわつくことがある。
アンデッドの心の働きは、人間と同じだろうか。あるいは、エルフとは。樹人とは。鬼とは。獣人とは。
生きている彼らと、死んでいる私達は、何が違うのだろう。





「それで、いったい何の用だい?」
うねうねをうねうねさせて、何の肉か分からないモノを弄りながら彼が問う。
「別に何でも。ただなんとなくここにいるだけですよぉ」
気づいたら自分の部屋でなく、この変態の部屋の扉を開いていた。
それは私の持つ、心と言う不確かで不可思議なものの働きのせいだろうか。
「まあ好きにすれば良いがね。私は睡眠を取る必要はないし、君の今の気持ちはさっぱり分からないが、作業の片手間で話相手になるくらいのことはしてあげよう」
「こりゃどうも。ありがたいこって」
見透かしたような物言いが癇に障るが、今は我慢しよう。ここに居ると、不思議とざわつきが消えるから。


  • スラヴィアンの見る夢は生きている他の種族と違って色んな意味を持ってそう -- (とっしー) 2012-12-16 18:03:22
  • 何気ない異形のスラヴィアンのなんてことはない日常ではあるが彼女に残る確実な記憶の断片。それが彼女と周辺にどんな影響を与えていくのか気になりますね -- (名無しさん) 2015-07-05 17:16:09
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最終更新:2012年12月16日 01:42