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【エルフの血】




 マル ロク マル マル
 心を落ち着けるために針を数えたが、朝と変わらぬ刻。
 まさかとは思っていたが、どうやら止まったままであった。
「どの道、無事に戻らねば終わったも同然か…!」

一人崖上へ向かったコルトパを追う。
辛うじて残る雪面の跡は何の迷いも感じさせない真直。
もう背負う荷物も最小で脚も全力。 だが追いつく気配が無い。
戦士の一族と名高いエルフと言えども、あの巨躯と膂力を持つ大狼が複数。
無事で済む筈が無い。
走り去る前のコルトパの表情を思い起こす。
警戒心はあっても己の身は省みない。 仲間もいない、たった一人。
もし一族としての誇りだけが生きる意義になっているのなら ──
吹雪は更に強くなる。目を打つ雪で視界は更に狭まって行く。
兎に角前へ走るしかないと、雪と風を掻き分ける目の前に突如現れる、
 お、狼っ?!
横たわる巨体は、もう半分が雪で覆われている。
脱力した身体と有り得ない方向へ折れる首。血と泡を吹く。
 4m近い獣をたった一人で…
いや、そうじゃない。獣は複数いたはずだ。
まず囲まれる。そんな状況で一頭でも倒せるのだろうか?
── 倒しているのだ。
先より崩れ落ちてくる巨体二頭目。顎の付け根から激しく鮮血を撒き散らす。
すぐ脇を掠める獣臭。落体の風圧で周囲が露わになる。
 かか れっ
残り三頭の内の二頭が同時に飛び掛かる。
挟まれるコルトパのフードコートは所々、紫がかった赤色で染まっており数箇所が引き裂かれている。
手傷を負っている…当たり前か!くそっ!
せめて間に割り行って隙でも足止めでもと脚を上げるが、雪面が絡みつく。
十数メートル前で、開いた大口二つが叩きつけられる。
しかし戦士は捉えられない。
強烈な回転で空に舞った勢いで、鼻先をぶつけ合った狼片方の眼を血染めのコートの裾で打つ。
目くらまし?と思ったが、すぐにばたつき出した狼の様子は只事じゃない。
瞼を閉じたまま頭部を激しく振り乱す。 肩に飛び付いたコルトパを全く意識もせずに。
躊躇無く両手でナイフを握り、渾身の一突き。
「何をっ!?」
思わず叫んだ。予想外の行動。
突き開いた傷に掌を当てたその上から、ナイフが再度傷を突いた。
当然、コルトパの手は血が溢れ、苦悶の表情で狼から飛び退く。
駆ければ直に届く数メートル前に着地したコルトパの息は荒く、
よく見れば両の掌共に刺し傷が開いている。
「コルトパさんっ!」
前の二頭とその奥で控える一頭を視界に収めながら名を叫び走る。
 遠目からでも分かる。流し過ぎだ、血をっ!
コルトパはこちらの焦燥と不安を他所にして、大きく吹雪く空を仰ぎ息を吸う。
「コルトパさんっ、もう一頭が狙っている! 離れてっ!」
聞こえていないだろう、恐らくは。 しかし叫ぶ他無かった。
雪の中から頭を抜き出した片方が、肉の隆起激しい形相でコルトパの方を向いた。
再度の飛び掛かりのために前身を屈め、力を溜め込んだそこに、
もう片方、突きを受け激しく痙攣するまま衝突する。
その間、膝から倒れ込んだコルトパへと辿り着く。
「しっかり!しっかりして下さい!」
傾く体を支えた手にへばり付く血、血、血。
一刻も早く止血と処置をしなければ危険であるのは明白。
しかし、コルトパの腕は支えるこちらの腕を力強く握る。
「よ、け…ロ」
今まで何度も直面してきた危機的状況を逃れてきた経験と勘。
コルトパのか細い声を聞いてすぐ、その身を抱き上げ前方へ跳ぶ。
奥に控えていた最後の一頭の前脚が、一瞬前までいた位置を抉り取る。
他よりも一際大きい狼は、もはや獣と呼べるモノではなく怪獣だった。
しかしそんな事よりも何よりも、この場より逃げる事が先決。
相手もまともに動けるのは一頭だが、今のコルトパに先程の様な無茶をさせる訳にもいかない。
駆け出す背後より風切る轟音と腕(かいな)。 稼いだ距離も相手は一跨ぎもせずに追いついてくる。
獣の本能からか、直前までの位置を的確に攻撃してくるならば、横薙ぎならばしゃがんで何とかかわせる!
最も厄介なのは前に回り込まれての ──
 両脚による回避範囲を封じられた叩きつけ…
あっという間。おおかみはたつたのいちどのちょうやくでこちらのまえをふさいだ。
 詰んだ…甘い…、何だ?さっきから目がくらむ…状況は最悪を呈しているのに
 …この香り、鼻触り…神経性ガス…かっ!?
露西部で武装テロ組織を追い詰めた際に奥の手で使ってきたのを思い出す。
無味無臭で良かろうなのに何故か香りを付けるのは威嚇か何かか。
作用を感覚で理解するという事は既にイエローゾーンには踏み込んでいる。
「走れッ!」
窮地と相対する中、抱えられていたコルトパが半身を起こす。
最小限の溜めから振り抜かれた腕は、滴る血を直前の狼の鼻先へと飛ばす。
甲高い鳴き声すぐに猛烈な勢いで鼻頭を掻き毟りだす。
確証は無いが、薄っすらと理解してきた。 コルトパの血は ──
「走ります!しっかり捕まって!」
 側面、一気に抜けるッ!
苦し紛れに繰り出された後ろ脚の爪が腕を掠め千切るがどうという事は無い。問題無い!
何とか隊長達と合流すれば一頭二頭であれば何とか ──
希望、浮かべるには早かった。
嗅覚聴覚視覚を乱されている中でこちらの位置を捉えたのは獣性の成せる技か。
背後で地鳴り散る雪面。 飛んだというにはおこがましい目茶苦茶な体勢は自律神経が狂わされているのだろう。
それでも走るこちらへ直撃させるのは見事としか言い様が無い。
「っがはっ!!」
獣毛のワンクッションが無ければ皮が弾けていただろう重厚な衝撃。
最早方角方向など分からぬまま斜面を転がる。
 転がる、斜面…斜面!?
「…絶対に放しませんから、しがみ付いていて下さい…」
数回のバウンドの後に、背から雪面の感触が消える。
 誰だって一人になるのは、嫌なんだ。

「がぁっ!」
背から落ちたのが幸いした。 残った小リュックがクッションに…
 谷底、にしては衝撃が小さい。 何より生きている。
耳元を下から吹き上がる寒風が刺す。否が応にも現実に引き戻される。
恐らくは迂回しようとしていた亀裂の何処か、その途中の突き出した岩盤。
把握、慌てずに体を岩の上へ。 幸い、崖面に窪みがある。とりあえずそこまで、這う。
風から逃れるだけで体感は天と地の差だ。 とりあえず応急処置を、コルトパ、気絶している。
 FRPは偉大だ。あの衝撃でも割れていない。
どの薬もエルフに効果があるかは分からないが、毒にならない事を祈りつつ打射していく。
 後はもう生きる力に望みを託すしかないだろう。
岩肌に接面すれば体温を奪われる。 コルトパを抱き抱えたまま、ブルーシートで肩まで覆う。
安心の反面、どんどん身体の自由が利かなくなっていく。 やはりこれは ──
 エルフの血のせいなのか… そうだとしたら、あの狼達の動きもコルトパが単独で倒せたのも合点がいく。
 血染めのコートは剥き出しのヴェノムウィップで、掌を突き抜けてのナイフは塗布毒刃だ。
コートを脱がしてしまおうとも思ったが、火の起こせないこの状況で衣服が減るのはまずい。
処置は施したが傷が開いて双方に最悪の状況になるのはもっと不味い。
しかし、その血が毒と言うのならどうやってエルフは正常を保っているんだ?生来の毒耐性なのか?
薄れ行く意識を思考の繰り返しで彼岸にしがみ付かせる。 抗える内は抗おう。
「お前は…馬鹿ナのか… ダークエルフの血ハ…」
「馬鹿で良いですよ。 一人で飛び出したコルトパさんと同じですよ」
「私ハ、もう一人ダ…戦いの中で終ワるというのなら…」
「少なくとも山を登っている最中は一人じゃないでしょう?」
気が付いてすぐ悪態をつけるのなら大丈夫だろう。このまま朝まで持ち堪えれば下山は出来そうだ。
エルフの力なら、一人、でも。
「私は、ずっと…一緒にいたいと…思…てたんですけど…ね」
 駄目だ。安心したら一気に意識が ──
しかし意識はすぐに引っ張り戻される。
頬を、まだ血糊乾かぬ手が掴んだ後、悴む唇を温かい唇が押し開く。
触れる体温を混濁する中で確かめるよりも早く、コルトパの舌が口内を弄る。
舌と舌、舌と歯裏、舌と唇が絡み擦れ合う中で唾液が激しく混ざり合う。
一瞬だが数分の様な接吻を解き様に語気荒い言葉。
「そのまマ飲み込むノだ。 我らの体液は血毒ヲ中和する」
「あれ?本当だ!凄い!」
飲み込んだ後、一瞬遅れて来る清涼感が朦朧とした意識をあっという間に洗浄した。
身体の痺れなども一切無い。
「…でもこうして抱き合っている以上は血に触れるという事なんですけども、
一度中和すればもう大丈夫なんですか?」
「エルフの血毒ヲ甘く見ルな」
抵抗や免疫性を許さない毒か。そうなると…
「またふらふら~ときたらお願いしても良いんですか?」
「………ル」
「え?今何と?」
「えぇイ!何度でもしてヤる!」
胸の中から見上げる顔は血だ何だでぐしゃぐしゃで、感情も入り乱れていて読めない。
先が紅潮した長い耳がピンと立つその顔を、今度はこちらから引き寄せて ──
もう一度、深い接吻を交わした。

突如、岩盤の先に何かが落下してきた。
鈍い衝突音に飛び散る雪。窪みの奥からでは吹雪く外に何が落下してきたのか確認できない。
それなりの音がしたにも拘らず、コルトパはまだ胸の中で眠っている。
 流石にあの狼連中なら影で分かる。それよりも小さい何かだ… まさか隊の誰かが?
疲労だ何だで寝覚めすぐには思う様に身体が動かない。
幸い、コルトパの傷も塞がり新たな出血も無く、乾ききった血は大気に混ざることは無い様だ。
とりあえず呼び掛けて確認を、と思った矢先 ──
積もった雪、爆ぜる  飛び出す黒い塊  燦とぎらついた双眸
こちらが構えるよりも、コルトパを除けるよりも早く、
それは喉元に跳び掛って襲(き)た。



一難去るもまた一難?
どうなる二人は次回にて

  • エルフってどんな事があればデレるんだろね。体内に毒と解毒が流れているのは面白い -- (名無しさん) 2013-04-12 22:31:15
  • 肉を切っての血毒の一撃はダークエルフの戦闘本能の体現にも思えますね。体の中に毒と中和剤を持つというのも面白い特徴。最後に飛び掛ってきたものは?次回が気になります -- (名無しさん) 2015-10-11 17:19:59
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最終更新:2013年09月03日 23:17