「If the doors of perception were cleansed, everything would appear to man as it truly is, infinite.」
赤い服を着て、赤い傘を持った黒髪の少女は、沢村の苦手な英語を囁いた。
ロックシンガーが英語のヒアリングが苦手とは、不勉強甚だしい。歌が下手より始末に負えない。
「え、なに? 君もドアーズのファン?」
辛うじて聞き取れた「If the doors」のみに反応して、沢村は不満の顔を隠し引きつった笑みを少女に返した。
赤い少女は微笑まない。
黒い髪のせいで、暗く見える。白い肌のせいで、冷たく見える。赤い服のせいで、やけに強く見える。そして赤い傘のせいで人を突き刺して自らを赤く染める化け物にみえる。
なまじ美しい少女は、そのいでたちで沢村に畏怖と嫌悪を与えた。
しかし沢村は、極力それを顔にはださない。沢村のロックとは、自らの感情をすべて歌に捧げることだからだ。
「もし知覚の扉が浄化されるならば、全ての物は人間にとってありのままに現れ、無限に見える」
見た目に反して優しい少女は、親切に和訳してきた。
「お、それってドアーズのグループ名の元ネタじゃん。やっぱドアーズファン? つーか、歳いくつ? 君?」
好きなロックの話題ならばと、陽気な声が沢村の口から付いて出た。
「それが曲がっている」
少女は冷たく突き放した。
「なぜ、不満と憎悪だけを歌に封じ込めるのさ。なぜ喜びや快楽だけを顔と気持ちに出すのさ。君の魂は曲がっている。
ミズハミシマの
ゲートは曲がっている物を良しとしない」
「は…、はは。じゃあ、なにか? 俺は不満だけをゲロみたいに歌にしてるってのか?」
「そうだ。だから、見向きもしない。いや、視線を剃らす。誰もキミのそんな吐瀉物など見たくない。聴くを見るとは意趣が違うが……。そうだろう」
沢村は頭をかきむしった。血が出るかと思うほどかきむしった。そして、わずかばかりの髪を引き抜きながら叫ぶ。
「全部を俺の歌に封じ込めろってのか? 俺の全部を歌に? それが……」
沢村は言葉を呑む。だが、少女は続ける。
「自分の全部を見向きもされなかったら……。怖い?」
怖いに決まってるだろ!
とは、口に出さない。重ねて言う。沢村は不満や恐怖や驚きや不安や心配や痛みや苦しみを歌に封じ込めて陽気なロッカーを演じている。
「ロッカーを見たいのではない。きっとはイリは聴きたいのだ。お前を聴きたいのだ」
「イリ……って誰よ?」
沢村は的外れな質問をした。
「イリはそれだ」
少女は律儀に答えた。
沢村は振り返る。もう、ミズハミシマの団体はいない。
彼らではないのか? ソレとはだれ? イリ? ああゲート? なんでもいいや。
「なあ、あんた……」
視線を戻すと少女はいない。
「……やっぱ、どっか異世界の住人か? 今の子」
沢村は妙に納得した。他人の心を見透かすなど、異世界の人でしかあり得ない。
あれが、同じ世界の人間とは思いたくない。
そんな気分を歌にしようとしたが、やめた。
「まずは、この開放感と夕日を歌にしてみますか」
沢村は解き放たれた。
怖いものを歌という箱に封じ込めることを。
そして、気持ちをしまいこんで、それを異世界で捨てにいくような事はやめようと誓う。
ゲートの神様が、俺を聴いてくれるような耳障りで、とっても気になる歌を創ろう。
多分、俺もその方が気持ちいい。
その方が、きっと異世界も綺麗に見えることだろう
- >なぜ、不満と憎悪だけを歌に封じ込めるのさ。なぜ喜びや快楽だけを顔と気持ちに出すのさ 本能や直感だけでは何かが足りないと言う事なんだろうか、説得力がある -- (名無しさん) 2012-10-30 17:58:39
- 音楽界隈のネタが分かるともっと楽しめそうな二編立てでした。地球と異世界とでは歌の持つ意味も少し違ってくるのかなとふと思いました -- (ROM) 2013-03-01 21:57:44
- 久々に読み返して思ったけど、沢村シリーズの中でも一番好きかもしれない -- (名無しさん) 2013-03-09 19:10:28
-
最終更新:2013年08月07日 23:58