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【江戸ロック異聞 前編】

 歌は場所もかまわず好きな時に、誰の口からでも飛び出してくるものだ。
 だが、残念な事に誰もがそれを心地よく聴けるわけではない。
 好きな音楽だって、好きな時に掻き鳴らされたら迷惑な時だってある。きっとゲート神だって、流行の歌を聴きたくない気分だってあるだろう。

「だから、お前は付き返されたってわけか。沢村くん」
 パリッとした制服に似合わない、くたびれたネクタイを締めた初老のゲート警備員が、自称ロックミュージシャン沢村 太助に問いただした。
 日本のゲート管理棟で沢村は拘束され、夏の熱気が篭る詰め所の片隅で事情聴取を受けていた。
 彼はゲートをくぐり、そして付き返された。
 危険な物を所持していたわけでもない。ゲートを潜る前に、正式なチェックを受けて何ら問題がなかった。彼自身が危険人物でもなかった。前科もないし、簡易検査で見つかるような病気も持っていない。
 危険思想の持ち主と言うわけでもない。
「ゲートの神さまが、ちょっと保守的なのさ。いつの時代もロックは排他される運命なんだよ、おじさん」
 拘束されていることを理解しているのかいないのか、沢村は軽口を叩きながらギターを奏でる仕草をして見せた。
「私はむしろ直撃時代だがね」
 警備員の一言で、沢村の顔色が変わった。
「おじさんの時代っていうとドアーズかい? それとも無難にビートルズかい?」
「無難にビートルズだ。いや、モリスンも好きだったがね」
 そのまま四方山話が始まるが、控えていた若い警備員が時計を指差して年配警備員を制した。
「おっと、すまん。そろそろ大規模なゲート通過がある時刻だ。
見たところ君自身に何ら問題もない。今日のところは引き取ってかまわんよ」

 放り出されたわけではないが、沢村は心地よい気分ではない。
不満を持ってはいるが、顔や態度で出すのはロックではない。彼はそう考えている。
 大規模ゲート通過の人々だろうか? ゲートに向かう船へ乗り込もうと、様々な人々が列を為している。
 イソギンチャクと海草でオシャレをしたカニさんがいる。二足歩行の魚が、人魚を乗せたお輿を担いでいる。ラッコが自動貝割機の返品を抱えて並んでいる。
 なんとも沢村の創作意欲を掻き立てる。そして、天啓が彼に舞い降りた。
「おー、そうじゃん。ここで演奏すれば、ミズハミシマの人たちに聴いてもらえるじゃん!」
 背負っていたアンプをバックから取り出し、背負っていたギターをセットすると、周囲に頭をめぐらせた。
「あ、電源電源……」 
 あるはずがない。ここは埠頭で、一面コンクリート。居並ぶミズハミシマ人を夏の日差しと照り返しが襲っているような場所だ。
 仕方なく沢村は弦を掻き鳴らした。
 迫力などない。
 見栄えも聴こえも映えない。
 ただ、スチールの弦がベンバンと奏でられる。
 いつもはギターに音負けするかすれたような沢村の声が、埠頭に響きわたり海に呑まれて消える。
 誰もが沢村に視線を向け、そして誰もが興味を失う。沢村の歌はそんな程度だった。

「魂が真っ直ぐじゃないのさ」

 誰かが沢村の背後で呟いた。
 小声だが、ダミ声を叩き出す沢村にも聴こえるほど近くで。
 演奏を中断し、振り返った先に不思議な少女がいた。
 エルフ? 吸血鬼? いや、もしかして不思議だが、この世界の娘?
 未だゲートを潜ったことのない沢村は、異世界人への知識が乏しい。少女が何者か判別つかない。
 だが、それより気になる言葉があった。
「俺の、ソウルが曲がってるって?」
 陽気で、飄々としていた沢村の顔に陰が走る。
 あきらな不満と嫌悪だ。

「そうさ。だからゲートを潜れない」

volti subito! 



  • 魂が曲がっているとゲートを越えられないのは凄便利なセキュリティ。 ロックの前に電源不要の手段を考えないとね -- (名無しさん) 2012-08-25 15:34:10
  • 最初にまだまだ歌手Lv1だと思い知らされるところから始まるのが先への期待感を膨らませる -- (名無しさん) 2012-10-30 17:51:31
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最終更新:2013年08月07日 23:57