【ゆりかごの鬼】

ひとつ前の話:【悪意の泉】|この次の話:【歪(いびつ)】

 新天地は東の内陸。東は未踏破大森林の影響を強く受け、ここには異様なものが多く存在する。
 そんな場所だからか、意味不明(アレッペ)という名を付けられた集落とでも呼ぶべき場所がある。

 平原に乱立した、有機的な柱の上に掲げられた球状の白い物体。
 柱の部分は植物のようでありながら、血管のようなものを表面に浮き上がらせ気味が悪い。
 この台座が人の背丈ほどの高さに掲げる球状の物体もまた特徴的だと言える。
 渦を巻くような模様が表面に浮き出ており、手を触れれば異常なまでの硬さであると即座に認識できる。
 その中は空洞と化しており、ここに人が住んでいると言われて驚かない者はそういない。
 しかし中に入ってみれば、外殻が室温を適度に保ち意外と快適なことに気づくだろう。
 惜しむらくは、この物体は頑張っても二人で暮らすのがやっとと言ったサイズな事だろうか。
 もっとも結構な数が存在するゆえ、適当に間借りする分には困らないだろう。
 波乱の船旅を終えた林檎は、その後ジャックらと共にヒンナムから竜亀の列車に揺られ、今は新天地の東。
 長い旅路の途中、いくつかの森と丘、怪物、盗賊などを踏み潰して東の平原へとやってきた。
 そこに立ち並ぶシェルターのようなものが林檎の目を引く。
 植物のツルか何かで宙に持ち上げられた白く丸い物体。表面は光を照り返し、遠目には金属的な印象を与える。
 それが何かは近づけば分かるとジャックに諭され、林檎は列車内で静まり返った。

 目的地までの道のりは近からず遠からず。竜亀の引く列車の後尾でのそりのそりと揺られて到着を待つ。
 本来ならばそこそこの人を詰め込めるはずの空間には、僅か三名の乗客しか存在しない。
 樹人一名と猫人一名。そして残りの一名、異邦人である林檎は全身がうっすらと濡れていた。

「前に会った異邦人もそうだったけど、異邦人ってみんなこんな感じなのかにゃー」
「オレが見たことのある奴はこんなじゃなかったな」

 髪も服も濡れ、湿った空気が周囲に立ち込める異様な状態。先の精霊船から戻ってきて以来、突発的に生じる現象。
 恐らく船に居た時、精霊に取り憑かれたのだろうとはジャックの言葉。試練だと思って頑張れとはサバーニャの励まし。
 お祓いとかできませんかと希望するは本人の感想。うるせぇと叱責するは三名を見張るブル・ドグダ運行保安官。
 この精霊憑きのせいで輸送品の一部が水浸しになり、不吉だと相次いで乗客が降りて行ったとあれば機嫌も悪い。
 ぺこりと林檎が頭を下げた瞬間、いくつもの水の塊が車内に降り注ぎ、次いでスリングショットが飛んできた。
 遠目には小さかった物体も、近づいてみればその全長は人の背丈の四倍程度はあろうかという物だった。
 白くて丸い物体は表面に渦状の模様を描き、それを支える一本の柱は何とも形容しがたい植物のようなもの。
 その部分を凝視すれば血管のようなものが浮かび出ており、地面から何か吸ってるのではと疑いを抱く。
 右を見ても、左を見ても、この物体が所狭しと立ち並び、そこそこの圧迫感を感じる。

 ジャックとサバーニャが適当に物体を見て回り、これだと定めた物の硬い表面を拳で殴る。
 非常に固い金属の塊を叩いたような鈍い音に次いで、中から何者かの声が聞こえた。
 そして渦の模様が紐解かれるようにして開くと、中からひょっこりと顔を出したのは鬼の少女。
 下々の樹人と猫人をちらりと見た後、傍に控える異邦人を見る目はなんじゃこりゃと言わんばかりの目。
 そのまま渦が閉じたかと思うと、ジャックとサバーニャは再び拳を振り上げる。
 この応酬が繰り返されるなか、ふと林檎は日本を思い出した。
 なぜだろうと思案すると、すぐ目の前で懐かしい音が響いていることに気づく。
 なるほど。この物体を思いっきり叩くと除夜の鐘のような音がするのだと知った。


【鬼の烙印】

 平原は集落の一角。家主の鬼の少女はぐずぐずと昼寝を邪魔されたことをぼやき続けていた。
 その肌は降り積もった雪のような白。髪は腰まで届き、白銀のような色合いをしている。
 肩の部分までをあらわにした和装のような格好は艶めかしくもあるが、見た目は年端もいかない少女。
 また本来は白くあるべき部分が黒く、黒くあるべき部分が白く反転した瞳は妖しげな印象を与える。
 そして額から突き出た角は根元から二股に分かれ、互いに螺旋を描きながら一本角を形成していた。
 分かたれた角は各々白と黒を選び取り、それが渦を巻く様は禍々しさを感じさせる。
 少女を構成する要素は、非常に“絶妙なアンバランス”で保たれていた。

「うっく……ぐずっ……わしの……ほっこり昼寝タイムが……ううぅ……」

 ぼやいている内容と容姿だけを見れば少女そのものなのだが、口調を鑑みると少女とは思えない。
 少女の頭を猫人のサバーニャがぽんぽんと軽く叩く様子は何とも微笑ましい。
 そうしてあやし終えると、話はやっと本題へと移った。

「さて嬢ちゃん。この螺旋巻角頭(ドリルヘッド)がウチのちっこい傭兵団の団長、イヅルカ嬢だ。
 というわけでお嬢、林檎(コイツ)、ウチの一員として使う事にするが別に良いな?」
「何じゃ、やぶからぼうに。もうちょいちゃんと説明せい」

 面倒くさそうにしながらも、ジャックはこれまでの出来事を語った。しかしその話には幾分かの誇張が含まれていると林檎には分かる。
 自分は六年ほど前に異世界へ行ったきりの父親を捜しに来たのであって、決して生き別れた兄弟を探している訳では無い。
 ヒンナムでボロボロになっていたのは、色々と異世界を回った結果であり、別に修羅場を潜ってきたからでは無い。
 精霊が勝手に自分に取り憑いているのであって、精霊を自由自在に扱える訳では全然無い。
 そして前述の通り、父親探しを続行したいから働くのであって、傭兵として名を上げたい訳ではこれっぽっちも無い。
 一通りの話を終えた所で、当然ではあるが鬼の少女はいぶかしむような目で林檎を見る。そして一言。

「で、真実は一割くらいかの」

 ごもっともです、と林檎は心の中で返事をした。すると少女はなるほどと呟き、目をつぶって考え込んだ。

「ま、よかろうなのじゃ。仕事をしつつ、行った先々で父親の事でも聞いて回るが良い。
 もっとも六年も音沙汰なしとなれば、基本的に死んでると思った方がいざという時に楽じゃぞー」

 異世界との繋がりを経て二十年余り。すぐに交流が始まった訳では無い事を考えれば、実際の交流期間はもっと短い。
 六年前ともなれば、そこそこ異世界の事が分かり始め、林檎はまだ十歳という頃。今でも彼女は十分若い。
 そんな林檎よりも見た目若い鬼の少女、イヅルカが言う事は非常に現実的な意見だった。
 その一言がずっしりと重く、林檎の奥深くに刻みつけられる。
 未だ精霊に憑かれたままの身体はうっすらと濡れていたが、頬を伝ったものが水か涙か、林檎自身にさえ良くは分からなかった。


  • 話と舞台が地続きってのが面白い。SSで通った場所が地図に描かれていくみたいな。登場キャラの豊富さもgood -- (としあき) 2013-02-10 03:40:28
  • おや、ブル保安官が出ておる。精霊憑きもなんか愉快そうな。 -- (名無しさん) 2013-02-10 21:58:55
  • 場面場面の掛け合いと味付けの設定は単純に面白い。次へ広げていく終わり方もいいね -- (名無しさん) 2013-02-11 07:17:12
  • 思えば新天地が一番自分の中で異世界している。ありったけの玩具箱を一気に開いていくようなSS -- (名無しさん) 2014-09-25 23:43:18
  • 平時はのんびりで仕事はきっちりという雰囲気のある傭兵団。一風変わった角のイヅルカと出合ったことでどのような縁が広がっていくのか期待します -- (名無しさん) 2016-01-31 19:39:47
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

f
+ タグ編集
  • タグ:
  • f
最終更新:2013年02月09日 21:47