【鳥人の酒を愛した男の話】

無駄に旅を続けている。
人生の負け犬を自覚したあの日から数えて4年と10ヶ月。
まだ自分の人生から逃げ続ける旅は終わらない。
ほとんど着の身着のままで家を飛び出し、ゲートをくぐった。
あの時持ち出した物は、もうほとんど使い物にならない。
生き残ったのは繕い続けて原型を失なったジーンズと、
無名のスポーツメーカーが社運をかけて売り出した高性能生地のパーカー、
代用オイルを見つけて何とか延命しているライターくらいものだ。

ミズハミシマを抜けてのち、自分でもどこをどう旅したのかよくわからない。
言葉だけは翻訳の加護とやらで通じていたから、その日暮らしの毎日は続けられた。
日雇いの仕事をしてカネをもらい、安宿を転々としながら行くあてもなくさまよう。
そんな生活を4年以上続けた。
今も自分がどこにいるのかわかってはいない。
ただ、なんとか賃金をくれる織物工房があり、そのカネで寝泊りできる安宿があり、
そんなカネでも何とか飲み食いできるお気に入りの酒場がある。
それだけだ。

いつもの酒場のカウンターに座り、いつもの肴といつもの酒をマスターに頼む。
マスターは鳥人だ。オルニトとかいう国から来たらしい。
鳥のくせに飛べないという話だ。陸路を歩いてここまで来たという話だ。
肴はよくわからない煮豆と激辛に味付けされた正体不明の肉にスープ。
酒はナントカいう穀物の残りカスの茎から作ったという激強の酒だ。
飲み食いしていると歌声が酒場に広がり始めた。
マスターの相方のハーピーとかいう種族の鳥人が歌い始めたのだ。
この歌が気に入って、この店に入り浸るようになった。
正直言って、メシも酒もあまり好みではない。
自分にはあまりに味が濃すぎるからだ。

その日、あまりに珍しい事があった。
ピカピカの服装で身を固めた、いかにも旅行者といった地球人が来店したのだ。
しかも、どう見ても日本人の若造だ。学生の卒業旅行といったところか。
若造はこっちを見るとニコニコしながら隣に座った。
こっちが何も聞いていないのに自己紹介をはじめ、旅先で不安だったなどと言い出す。
「貧乏旅行してるんスよー
 ぶっちゃけあんま金無いもんで。
 もうこの旅のために、どんだけバイト入れたかわかんないッス。
 おかげで大学留年しかけたっつーか」
金が無い割に、随分と高価な服装だな。こいつ。

「それ、アーマードスキンズの初期のパーカーっしょ?
 シブい趣味してるよね。オレも欲しかったけど絶版だし。
 オッサン何かスポーツとかやってたの」
俺が作ったんだ。
その言葉が喉まで出かけて、何とか飲み込んだ。
「あのメーカーも結構シブといッスよねぇ。
 5年くらい前だっけ。倒産しかけたのって。
 蟲人と提携して凄い生地作ったのに宣伝ヘタすぎて売れなくてさ。
 反動でリストラしすぎて商品粗悪になって、なおピンチになったとか。
 でも今また蟲人と手を組んで復活したんだってさ。
 すげーッスよね。なりふり構ってないって言うかさ」
その後も若造が何か言い続けていたが、耳には入って来なかった。

気がつくと店には自分しか居なかった。
「そろそろ店じまいするよ。それにしても面白いものだな。
 チキュウジン同士なら、もっと話が盛り上がるかと思っていたのに。
 オルニトの民が異国で出会わせたものなら、三日三晩は会話が止まらないぞ」
マスターは心底不思議そうな様子で言った。
「話すのが嫌いな人間だっているさ」
「そこが一番面白いよ。
 話もしないでよく生き続けられるものだ」
「オルニト人ってのは、みんなそうなのかい?」
「空の都に生きる者、大地に降りて耕す者、他国を巡って生きる者。
 生き方はそれぞれだが、生き様は変わらないだろうなぁ。
 さて、最後に乾杯しよう兄弟。この店も今日で終わりだ」

「店じまいってそういう意味か。
 けっこう繁盛しているように思えたが、それでも閉めるのか」
「そうだな。ここからオルニトまで、私たちの足で1ヶ月はかかる。
 今夜で店を閉めて、明日出発して、1ヶ月後にはちょうど『帰還祭』だ。
 今夜で終わるのが一番いい」
「きかんさい?」
「オルニトで一番大きな祭りさ。
 帰還祭の日には、世界中に散った渡りの鳥人達がオルニトに一斉に帰還するのさ。
 飛べる者は空を覆い尽くし、飛べぬ者も大地に列を為すんだ。なかなか壮大なものだぞ」
マスターは羽根をバタバタと動かしながら、身振り手振りで語った。
相方のハーピーもニコリと微笑んでいる。

「兄弟、アンタの故郷には祭りは無いのかね。
 そう旅ばかり続けて疲れはしないのかい」
マスターは例の穀物の茎から作ったという強烈な酒を出しながら言った。
相変わらず味が濃すぎて自分の味覚にはあわない。
あわないがしかし、随分と馴染んだものだ。
「あるよ。名前も知らない祭りだけどな。
 ジンジャっていう神を祀るもんがあって、それの前に出店が並ぶんだ。
 わたあめ、かき氷、たこ焼き、射的、金魚すくい・・・
 もう何十年も行ってない。いつからかな。
 行きづらいんだよな。親子だのカップルだので溢れていて。
 それに仕事もあるし。休み、無かったし・・・」
そして今は何も無い。何も。
マスターは無言で透明な液体の入った杯を出してきた。
無言でそれを飲む。水だ。

「素晴らしいでしょう、それ。
 チキュウのニホンという国から来た人に分けてもらったんです。
 水晶版のような薄くて透明なボトルに入っていたんですよ。
 その水も旅人です。ニホンという国はご存知ですか。
 一度行ってみると良いですよ。私も行ってみたいです。
 楽しい歌もいっぱいあるって聞きました」
相方のハーピーが楽しそうに言った。
「ああ、そうだね。機会があれば行ってみるよ。
 さあて、今日は思ったよりも酔ってしまったよ。
 おやすみ、兄弟。いつかまた会おう」

その後はいつもの安宿に泊まり、いつも通り二日酔いの頭痛で目を覚ました。
懐に違和感があったのでまさぐると、ペットボトルのミネラルウォーターが出てきた。
こいつも随分と長いあいだ旅をしてきたんだろうな。
そう思うと、よくわからない涙が溢れた。
フタを開け、中身をグイと飲み干す。
二日酔いの体にスッと染み込む感じがした。はは、水ってこんなに美味しかったのか。
4年と11ヶ月目、せめてペットボトルは日本に戻してやろうと、オレは里帰りする決心をした。

○お題
「オルニト」「お祭り」「里帰り」「終わらない」


  • まとめてもう一度読んだけどやっぱり気持ちのいい締め方だった -- (としあき) 2013-02-10 03:38:43
  • 旅人のパーカーの仕掛けに唸らせられた。どこか陰鬱とした空気感の中、最後の前向きともとれるめ締め方は読了後のカタルシスを与えてくれる。鳥人にはバーのマスターが似合う。相方のハーピーも短い中でしっかりキャラ付けされていて良かった。 -- (名無しさん) 2013-02-10 15:34:35
  • とりあえずやる気と気力があれば異世界では生きていけるようで。生きていればそのうち考えも変わることもあるだろう -- (名無しさん) 2013-02-10 16:05:04
  • 気ままな旅の途中でふと気づく人生っていいね -- (名無しさん) 2014-07-17 22:13:23
  • しんみりとした空気に味のある話でした。種族や国とかではなくどんな人生を歩んできたか歩むのかの違いは旅情にも似ていますね -- (名無しさん) 2016-02-07 17:23:20
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最終更新:2014年08月31日 02:01