【ドニー・ドニーで船札を】

自分でもなぜそんな選択をしたのか今になって理解しがたいところがあるが、
高校卒業旅行の行き先をドニー・ドニーにした。
大学進学を決め、当面の自分の生き方がなんとなく見えてきた所で、
自分は自分独りでどれほどの事が出来るのか確かめてみたくなったのだ。
異世界行きを両親に伝えた時に、父は眉をしかめ母は土産を要求したものだが、
幸いにして反対はされなかった。
高校3年間のバイトで貯めた金の大半をつぎ込んで、俺は異世界へと渡った。
ちょっとした腕試し感覚で、気分が高揚していたのだけは覚えている。

ゲートをくぐりミズハミシマに到着して、最初に向かったのは観光局だった。
そこでドニー・ドニーに行きたいという旨を伝えると、即座に反対された。
一人で行くには危険すぎるというのがその理由だった。
異世界に渡ったのにそれで終わりでは納得が出来ず、俺はしばらく交渉を続けた。
自分がいかに苦労をして渡航の金を貯め、どれだけこの旅に期待していたかを滔々と語った。
もっとも今にして思えば子供が駄々をこねているだけの事だったが。
対応した職員も嫌気が差したのだろう。どこかに伝声管をつなげて何か延々と話し込んでいた。
しばらくすると「案内人をひとり付ける事とします。それ以外の条件は認められません」
という条件を伝えられ、宿で待つよう指示を受けた。

翌朝、正体不明のサカナの定食を食べていると(米がたいへん美味しくなかった)
全身を黒い布で覆った人物に声をかけられた。
布の隙間からのぞく顔は肌が黒く、頭部を見るとツノが2本生えていてキバもある。
思わず「黒鬼?」とつぶやくと、その人物は「いかにも」とボソリと呟いた。
「それじゃあ、案内人というのはもしかしてアナタですか?」
俺がそう尋ねると、黒鬼は抑揚をまったく変えず「いかにも」と繰り返した。
「そなたの身はずっと私が守ろう。安心しなさい」とも言った。
その後はむっつりと黙り込んでしまい、自己紹介のタイミングを逃してしまう。
ありがたく思う反面、あまりに正体不明なその様子が不安でもあった。

その日のうちに黒鬼に連れられて、ミズハミシマの貿易港であるアキツに到着した。
驚かされたのはその光景だ。港には巨大な帆船が所狭しとつながれていたからだ。
特に驚かされたのは、遠目でお城か何かだと思った建造物が船だと知った時だ。
「キャッスル級というんだ。アキツ領主の館も兼ねている」と黒鬼が教えてくれた。
ドニー・ドニー行きで乗船するのはキャッスル級ではなく、随分と格下の客船だったが、
それでもちゃんとした船室ですごす事が出来た。黒鬼が交渉してくれたのだろう。
船室でノンビリとしていると、黒鬼の姿がいつに間にか見えなくなっていた。
ドアを開けるとそこに黒鬼は座り込んでいた。
「門番の務めは果たすから、船室でゆるりとすごせ」と黒鬼が言う。
それも落ち着かない話なので、俺は黒鬼を船室に招き入れた。

船室に招き入れたものの、TVも無ければ何もない部屋だ。
そこであらためて黒鬼の姿をまじまじと見て、そう言えば名前すら聞いていなかった事に気付く。
「俺の名前、有馬冬祥ってんだけどさ、アンタ名前なんていうんだ?」
すると黒鬼はわずかに躊躇してから「名など気安く教えるものではない」という。
真名の話じゃなくて通称をと尋ねると「クロイカヅチ」だと言う。
とりあえず暑苦しいから着ているものを脱げば?と言っても脱ぐ様子もなく、
俺はしばらくドニー・ドニーという国について色々と質問しては、
口数少ないクロイカヅチの言葉の中から何とか有用そうな情報を得ていた。

3日間の船旅を終え、俺たちはドニー・ドニーで「最も安全」と言われる港町に着いた。
その時点で居るわ居るわどう見てもアウトローな人たち。
地球で言えば「実録・ナニワ極道の仁義なき網走番外地野郎」といったところ。
ところが不思議な事に、俺の行く先々では一切トラブルらしいトラブルはおこらなかった。
普通に普通の宿もとれたし、普通に美味い料理も堪能したし、そこそこ観光名所もまわれた。
言ってしまえば拍子抜けだ。所詮ドニー・ドニーのイメージは過去のものなのだろうか。
これなら同じ金で沖縄にでも行っていたほうが良かったんじゃないか。そんな風にすら思っていた。
最終日までは。

滞在最終日から移動日を逆算して最後の日。
その頃にはすっかりドニー・ドニーを舐めきっていた俺は、クロイカヅチが止めるのも聞き入れず
ドニーのカジノ店へと足を運んでいた。旅の恥はかきすて。未成年だろうがギャンブルしても問題ないだろう。
さすがに風俗店に行くにはちょっと躊躇があったが、カジノ程度ならまあいいだろう。
そんな程度のノリだった。
入店してみると、観光客相手に随分とおとなしくはしているのだろうけれど、そこはそれ。
地球の技術が導入されたのかもとからあったのかわからないけれども、スロットマシンが並び、
奥のテーブルではダイスゲームやカードゲームが楽しまれていた。
俺が最も興味を持ったのは『船札』と呼ばれるドニー独自のカードゲームだ。
4×12の48枚の札を使って行ない、手札8枚の合計点数が多いほうが勝ちだ。
絵柄はドニー国内の名所や海、船の絵柄が多く、1枚1枚に逸話があるようだ。
当然ただの足し算ではなく「役」がつくようで、ポーカーと麻雀の中間くらいの雰囲気だろうか。
しばらく見ているとルールをつかめたので、これに挑戦する事にした。腕試しだ。

いざプレイしてみると、何だか恐ろしく単純に勝ち続けた。
ドニーの荒くれ船乗りどもを相手にするからには、もっと困難な状況になるかと思ったのにだ。
思えば相手は脳みそまで筋肉が詰まっているだろう鬼ばかり。当然なのかもしれない。
胴元もすっかり感心した様子で「お若いのに大した腕だ。素晴らしい」と俺を絶賛した。
そこでクロイカヅチが俺の脇腹をつつき「帰り時期を間違えるな」という。
確かにここまで勝ち続けたが、そうそう続くものでもない。
俺がそろそろ帰ると言いかけると、胴元が「勝ち逃げはずるいじゃあないですか」とニコリと笑って言う。
「奥に『船札』の特別席をご用意いたしました。どうぞ」とも。
ああ、これはそういう趣向なのか。

「さあ、それではひと勝負まいりましょうか」
胴元と店の常連らしき鬼2人を相手の勝負が始まった。
どう考えても罠だ。クロイカヅチの目線も随分と厳しくなっている。
そして、先ほどとは打って変わってゴミのような手札が配られる。
そうそう。こういうのを待っていたんだよ、俺は。
ただの一度でも選択をミスると即死するような状況をさ。
十一神にあやかって11回のゲームが始まった。
あからさまに札を操作しているのが見え見えの中、10回は勝ち負けで逃げ切る。
胴元もそれには素直に驚いたようで、徐々に笑みが消えていくのがわかる。
そうして最後の札が配られた。

なるほど。胴元も本気なのだな。そう思った。あまりにゴミ手だからだ。
クロイカヅチが即座に耳打ちする「彼奴ら、イカサマを続けているぞ」と。うん。知ってる。
そしてこうも続けた。「もし何かあっても、そなたの身はずっと私が守ろう」と。
結局、札交換したところで俺の手は何の役もつかないだろう。
胴元もここにきてニヤニヤ笑いが戻っている。常連客の鬼どももだ。
さて。
「ところで胴元さん。ここで凄く面白い賭け事を思いついたんだけど、どうだい。
 アンタの全財産と俺の全財産を賭けて勝負してみないかい?」
そう俺は言った。
胴元は下卑た笑いを止める事が出来なそうに「どんなギャンブルだね」そう言った。

「それぞれの手札と役を言い当てるギャンブルだよ」
俺がそう言うと、胴元は大笑いを始めた。
クロイカヅチが顔を真っ青にして(まあ、そう見えた。黒いけど)「馬鹿な事を!」と叫んだ。
胴元は笑いながら「それじゃあ私の札を当ててご覧なさいな」と言う。
俺はぽそりと呟いた「満貫全隻」と。
先ほど『船札』を楽しんでいた鬼の飲兵衛二人の会話を盗み聞いていた時、こんな事を言っていた。
「ドニー・ドニーの民にとって『船札』で満貫全隻を揃えた時くらい笑いが止まらない時はない」と。
この8枚全てに船の絵柄の揃った最強の役こそが、ドニーの愉悦だというのだ。
ならば、散々イカサマをかましてきた胴元が、最後の役にそれを選ぶ事くらいは想像に容易い。
胴元は手元をわなわなと震えさせながら札を開く。予想通りの満貫全隻だ。
「しかし、私がお前の札を当てればこの勝負は流れだ!
 お前は役無しの8点!どうだ?あたっているだろう?」

「ハズレです。12点で役は『黒鬼と旅人』合計22点。
 とっさのギャンブルで申し訳ないけど俺の勝ちです。本当にありがとうございました」
手札を開きながら俺が言う。胴元は怒り狂って叫んだ。
「貴様イカサマをしおったな!そんな手札になるはずがあるまい!」
「私が配ったのだからな、でしょ?
 まあそこそこ楽しめたんで、俺はそろそろ帰りますよ。
 ああ、全財産とかそういうのはもういいんで」
そう言って席を立つと、常連客の鬼二人が出口をふさいだ。
「テメェ、俺の顔に泥ぉ塗ってただで帰れると思うなよ」
胴元が怒り狂って唸るように言うと、部屋の奥から狂騒をした人物が独りあらわれた。
ミズハミシマのシャコ人だ。
「先生、お願いします」と、胴元が静かに言った。

さすがにちょっとふざけすぎたな、とその瞬間は反省した。
よもや本当に用心棒なんてものが出てくるとは思ってもみなかったからだ。
シャコ人は小手調べなのか脅しなのか、目の前の壁を目にも止まらぬ速度で繰り出した拳で破壊した。
すげえ。あれプロボクサーでも瞬殺されるわ。
「命乞いをするなら今のうちだぞ」奇妙に甲高い声でシャコ人が言う。
「で、アイツはやっつけられるくらい?逃げたほうがいい?」
俺はクロイカヅチに聞いた。
クロイカヅチは心底呆れた様子でため息をつくと、重ね着した服を脱ぎだした。
「自分で勝てない相手に噛み付くな。
 それでもそなたの身は私が守るよ。そういう契約だったからな」
俺はクロイカヅチの姿を見て驚いた。
確かに全身が筋肉に包まれていて鬼ならではといったところだ。
だが、クロイカヅチはどう見ても女性だったのだ。それも、想像していたよりもずっと若い。
「お前、女の子だったのか」

漆黒の短髪に黒い地肌。金色の眼光は鋭くシャコ人を射抜いている。
思えば自分より長身というだけで男性かと思い違いをしていたが、鬼にしては小柄だったかもしれない。
「とうに二十は超えておる。何が女の子か」
照れたような怒ったような口調でクロイカヅチが言うと、腰に仕込んだ短刀を抜いた。
すると胴元が真っ青な顔になってガタガタと震えだして言った。
「その短刀・・・まさか・・・『黒鬼の女傑』か!
 なにゆえ鬼族連合艦隊最高戦力のひとりがこんな場末のギャンブル場にいるのだ・・・」
するとクロイカヅチは事も無げに言った。
「異国の政府の要請ゆえです」
何か知らんけど凄い人が案内人だったんだな。観光局いい仕事してるわ。
気後れしていたシャコ人だったが、そこは意地と面子があるのだろう。
「何をゴチャゴチャと!最高戦力が何だと言うのか!」
やはり甲高い声で叫びながら、クロイカヅチに殴りかかっていく。

その瞬間に何があったのかは、悲しいかな人間の目の性能では追うことが出来なかった。
結果として、シャコ人はクロイカヅチに屈服されていた事だけは理解できた。
鬼族って本当に強いんだなと、心底感心したのだけは覚えている。
「それじゃあそろそろお暇しますね。お騒がせしましたぁ」
散々店に迷惑をかけて、俺はそそくさと退散した。
最終日にこんなに楽しい思い出が出来るなんて、今回の旅はなんてラッキーなんだ。
そう思いながら宿に戻っていった。
「そなたのやる事は滅茶苦茶だ。
 そんな事では命がいくつあっても足りたものではない。
 ドニー・ドニーでもどこでも、それでは本当に死んでしまうぞ」
クロイカヅチは諌めるような口調でそう言った。
自覚しているところでもあるので、グサリと胸に突き刺さる一言ではあった。

クロイカヅチとはミズハミシマのアキツで別れた。
次の依頼があったそうで、なかなか忙しそうだ。
母にはミズハミシマ名物の海葡萄酒『宵の乾杯』をお土産に購入する。
あの人、鬼のように酒に強いからこれでいいだろう。
鬼殺しですら殺せる気がしないもんな。
そんな事を思いながら日本へと帰国した。
その後の日々は平々凡々といったところだった。
大学に進学して一人暮らしが始まったところで、何がどうという事もない。
せっかく十津那学園大学部に入学したというのに、何のロマンスもない。
まあ、人生そんなもんだろう。そう思っていたのが数時間前の事だ。

チャイムが鳴ったので何も考えずにドアを開けた。
どうせ新聞屋か国営放送の集金だろう。どっちも興味ないです。
しかしドアの前に立っていたのは、異国の衣装に包まった人影だった。
「忘れ物を届けに来たぞ」
その声でピンときた。クロイカヅチだ。
彼女は部屋にづかづかと上がり込むと、荷物をドサリと床に置いた。
中には宝石らしき物から装飾品、金貨、よくわからない文字で書かれた証文と山盛り出てきた。
「あの、これは?」
絶句する俺を尻目に、彼女は厚く包まった衣服を脱ぎ去っていく。
それほとんど水着か下着だよねというレベルまで脱いでから、事も無げに彼女は言った。
「ギャンブルで勝っただろう。あの店の全財産だ。
 鬼族の誇りとして、ドニー・ドニーでそうした不義理をはたらかせる訳にはいかない」

「それともう一つ。今日から私もここに住むからそのつもりで」
えっと、それはどういう事だろうか。
今ひとつ事態をつかめてない俺の様子を察してか、クロイカヅチは言葉を続けた。
「最初に言っただろう。そなたの身はずっと私が守ると。
 そなたの御母堂である有馬の姫君にも了承を得ておるよ」
「えっと、何?」
「そなたまさか、自分の母親が何者かも知らずにいたのか。
 鬼族連合独立有馬艦隊盟主の末娘であるぞ。
 世が世なら、そなたも船の一隻ももってしかるべき鬼なのだ。
 ニンゲンとして産まれてしまったようだがな」
親父・・・冴えない男だと思ってたが、とんでもない女と結婚してたんだな。

「という訳だ。私も十津那学園とやらに入学したぞ。
 今日より私を『黒井かづち』と呼ぶが良い。
 学校に行くのは生まれて初めてだ。
 鬼術教練所とは違うのだろう?
 ああそれから、今後は私の言う事をよく聞くように。
 そなたはあまりに無茶をするからの」
ニッコリと笑いながら、クロイカヅチ、もとい黒井かづちさんが言った。
まあ、退屈はしなくて済みそうだ。と、薄ぼんやり考えていた。
そんな甘っちょろいもので済むはずもないだろうな、とも。
隣の部屋にシャコ人が入居したのを知ったのは、さらに数分後の事だ。


○お題
「腕試し」「黒鬼の女傑」「わすれもの」「シャコ」


  • 素敵なドニーSS。お題を上手く使っているなと思った。リア充は爆発して、どうぞ。・・・あとSS題名は個人的趣味で『黒鬼と旅人』になるとばかり。なにわともあれ楽しませてもらいました。乙です。 -- (名無しさん) 2013-02-17 22:12:38
  • 旅の過程が丁寧でネタの見せ方と組み合わせの塩梅がよい。何よりミズハミシマらしさドニードニーらしさが出ている作品でした -- (名無しさん) 2013-03-09 01:36:42
  • 行動力のある外に出れる人はこんな感じという異世界旅行の様子ですね。新鮮な状況に肌を焦がす有馬と対照的なカヅチの真面目さが面白い。数奇な運命の巡り会わせにちょっと味付けが加わったオチに次を期待してしまいます -- (名無しさん) 2016-02-28 11:04:29
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最終更新:2013年03月31日 03:28