<地球側>で言う、1987年頃。
マセ・バズークではある出来事が起こった。
時は流れ1991年1月16日、異世界の門が開かれ二つの世界は繋がった。二つの世界は触れ、お互いを知り、そして驚いた。
「~~~~~~~~~~~~♪」
今日もその蟲人のコロニーには歌声が響いていた。
六角形で形作られた特徴的な建物が立ち並ぶそのコロニーには、蟲人だけでなく他の種族や地球人の姿が多く見られた。
蟲人は
ディルカカの演算領域を多く得る為に、各女王蟲を中心とした群れが一つの意思の元全体として活動する事が普通だ。
群れを成さない蜘蛛人や蟷螂人や、その他多くの蟲人も、少しでも多くの演算領域を確保する事を目的に活動している。
多くの生命が増える事を目的に生命活動を行っているように、蟲人達はディルカカの演算領域を多く確保する事を目的としているのだ。
そんな中、地球からもたらされる情報や甘味は、蟲人達にとって魅力的だった。
『L・O・V・E・! ラブリーアイちゃん!』
多くの亜人や地球人の雄が群れを成して歓喜の大合唱をする――その光景は異世界においても見られる光景だったが、その本質は全く異なる物だった。
それは地球ではよく見られる光景。共通のハッピや団扇を持ち、手には棒状のケミカルライトを持って振り回す。ファンクラブが結成されたり、写真入の様々な品が売られる。
「みんなー! 今日はアイのライブに来てくれてほんっとーーーにありがとー! みんな、大好きー!」
『うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!』
一段高い舞台の上で歌って踊る一人の蟲人少女。
外見は蟲人にあって極限まで他の亜人、とりわけ地球人に似たデザインを持たされて生まれた彼女は、信じ難い事に、このコロニーで『アイドル』をやっている。
蟲人にアイドルと言う概念がもたらされたのは、もちろん地球との交流あっての事だ。
むしろ考えるべきは、何故その概念をこのコロニーの女王が導入するに至ったか、と言う事であろう。
「次の曲は私が初めて歌ったとても大切な曲です。皆さんにもこの想い――届いたら良いな」
地球からもたらされる情報、甘味。それを集める手段として、女王はアイドルユニットを作り出した。
「聴いて下さい……あなたのセンチメンタル」
だが果たして本当に……
「今日もアイちゃん歌ってるな。すげーよなーホント」
「だって可愛いもん。女の私から見ても、ホント可愛い」
時代は地球暦で言う所の1991年。マセ・バズークにある某コロニーでは人々が平和に暮らしていた。
「なぁ、この先に新しい甘味の店が出来たんだってよ。アイスの入ったクレープが食べられるってさ」
「何それ~、ちょー食べたーい!」
蟲人、亜人、地球人。様々な種族が皆わだかまり無く共存し、争いも無く若者達は青春を謳歌する。
そんな理想郷とも呼べるコロニーがあったのだ。
蟲人以外の種族もコロニー内で生産活動をする為、情報収集、情報処理、菌糸生産・管理といった任務にあたる蟲人は効率よく稼動している。
ここにある甘味は蜜だけではない。チョコ、砂糖、クリーム、ブドウ糖、それらを使用した様々なお菓子やケーキ類。
更には亜人達の経済活動によって亜人達の食料も生産され、豊かなコロニーには蟲人の群れでありながら、様々な娯楽が生まれ始めていたのだ。
そしてその娯楽が人々を誘い、更にこのコロニーを繁栄させてゆく。
そこには理想的な共存共栄関係が生まれていた。
――助けて――
「え?」
蟲人のガールフレンドと一緒に街(コロニー)を歩いていた地球人、小此木武は空耳のような不思議な声を聞いた。
「なあ、今何か言ったか?」
「? 別にぃ?」
武の問いに疑問符を投げかける蜂少女の市民370。
ミナワ(370)と武が呼ぶ少女は何も言っていないようだった。そして声も聞こえていない。武は不思議な声をただの空耳として忘れる事にした。
「ごめん、気のせいだったわ。そんじゃ噂の甘味屋まで、どっちが早く着くか競争っ」
「あっ、ずるーい! 待ってったら~」
――助けて――
道行く人々をかわしながら走り出す二人。はしゃぐ武の耳に、もうその声は聞こえないのだった。
「は~、バイトかったりーなぁ」
朝起きて甘味屋のバイトに向かう武は、道を歩きながら眠たそうに大あくびをした。
「あの声……なんだったんだろ」
昨日謎の声を聞いてから武は、耳にこびり付いて離れないその声について考えていた。
もしかしたらあの時、本当に誰かが助けを求めていて、その声が微かに聞こえたのでは?
だがそれにしては、やけに良く聞こえたような気がする。そんな事をぼんやりと考えていると、再びあの時の声が聞こえてきたのだ。
――助けて――
「っ!?」
その時、再び聞こえてきたあの時の声。
今度は幻ではない。確かに聞こえる、誰かが助けを呼ぶ声だ。
小此木武は耳を澄ました。その声はどこから聞こえてくるのか?声の主はどこにいるのか?
――助けて――
「……こっちだ!」
もう一度聞こえたその声の方向に向かって、小此木武は走り始める。もうバイトなど行っている状況ではない。
この声の主を助ける事が、今の自分の使命だと、この時小此木武――タケシは直感した。
「あ!」
助けを呼ぶ声が聞こえてからどれくらい走っただろう。
コロニー内を声のした方角に隈なく探したタケシは、家から100メトル程離れた地点で、その異常に出くわした。
「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ! おい!」
そこには人が倒れていた。僅かな毛並みと大きな耳が見える。大延国からの移民だろうか。
その人物はタケシが助け起こしてもピクリとも反応せず、口から、そして胴体の多数の場所から血を流してる。息も無くいくら揺すって声をかけても反応しない。
タケシは嫌な予感に包まれた。その予感を確認する為、恐る恐るその亜人の首の脈を探ると……
「し、死んでる……」
「キャーーー!」
その時、奥の路地から叫び声が聞こえてきた。女の声だ。
タケシが何度か聞いたか細い声とは音量が違うが、同じ声だとすぐに分かった。この先に助けを求める人が居る――タケシはそう確信した。
この先で何が起こっているのかは分からない。だが並々ならぬ事態が起こっているだろう事は容易に想像できた。
タケシは周囲を探す。こんな時手ぶらで来た自分が恨めしい。何か棒でも持って来れば良かったと後悔しながら、タケシはソレの存在に気付いた。
倒れ伏す亜人の体に半分隠れるようにして落ちていたソレは、紛れも無く地球製の武器『銃』。それも軍隊などが使うアサルトライフルだ。
何故こんな所にこんな強力な武器が落ちているのか?タケシは疑問に思ったが今はそれを気にしている時間は無い。
タケシは角の向こうで起こっている女の子のピンチを救う為、ガムシャラになって銃を構えながら飛び出した。
「アイドルユニット25、お前をバグとみなしデリートする」
「た、助けて……誰か……」
「アイちゃん!?」
飛び出した先に居たのは、タケシ同様銃を構えた蜂の蟲人と、行き止まりの路地奥に追い詰められた街中で見慣れた顔――アイドルのアイその人であった。
「だ、誰だ!」
「動くな!!」
タケシの声に驚いた蟲人が銃を構え直し振り返ろうとする。
だがタケシは蟲人が振り向き終わるより早く、咄嗟に動くなと叫ぶ事が出来た。
タケシの声にピタリと動きを止める蟲人。タケシは自分の取った思わぬ行動に心の中で驚きつつ、緊張から噴き出す汗と高まる鼓動を無視して勤めて冷静に尋ねた。
「お前、何やってる……アイちゃんをどうする気だ? さっきの人を殺したのはお前か?」
「……」
「答えろ!」
「フッ、そうだ俺がやった」
蟲人はそう応えると銃を下ろしゆっくりとタケシの方を向き始める。
タケシは銃を蟲人に向けたままである。にも拘らず、目の前の蟲人はタケシの方を向いたのだ。そして両手を広げ自分に余裕がある事をジェスチャーしながら、一歩一歩前進し始めたのだ。
「なっ!? く、来るな! ホントに撃つぞ!?」
「お前に撃てる筈が無い。 お前はただの市民だろう? 憲兵の私は撃てんさ」
「それ以上来たら撃つぞ! 撃つからな!!」
「撃てるものなら撃ってみろ。さぁ、早く!」
その蟲人――憲兵を名乗る蟲人はタケシの事を舐めていた。いや、市民の事を舐めきっていたのだ。
タケシの言動から背中越しに素人と見抜き、こうした強硬手段に出たわけである。
何の訓練も受けていない一般人が銃で人を殺せるわけがない。憲兵はそう思い込んでいた。しかし……
「う、うわぁぁぁぁぁぁっぁあ!!!!」
タケシは銃を撃った!
放たれた弾丸が憲兵の体を文字通り蜂の巣にしてゆく。貫通した弾は僅かに射線がずれていたのか、運よくアイドルのアイには当たらず済んだようだが、これは完全にまぐれである。
何にせよ、憲兵は銃弾の嵐を受け、青い血を噴出しながら地面に倒れこんだ。
「バ、バカな……そんな……」
「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ……はぁ……はっ」
それだけ言い残すと憲兵は息を引き取った。
タケシは地球人である。そして男である。例え使った事が無くとも、子供の頃鉄砲遊び位した事があったし、映画などで銃の撃ち方くらい見た事がある。
あとは多少の胆力さえあれば、追い詰められた時銃を使うくらい不可能ではなかったのだ。それを憲兵は理解していなかった。
「だ、大丈夫か!? 怪我は無いか!?」
「あの、だ、大丈夫です……ありがとう」
駆け寄った時アイは恐怖でしゃがみ込んでいた。腰を抜かした訳ではないようだが、恐怖で身がすくんで動けなかったのだろう。
無理も無い事だ。いや、半狂乱になったり腰を抜かしていないだけ、アイは強い女の子と言えるだろう。
「とにかく、ここを離れるんだ! 早く!」
「あ、あのっ」
「いいから!」
タケシは人を殺めてしまったショックよりもまず、自分とアイの身の安全の事を考えていた。
二人はとにかく必死でその場から逃げた。
「じょ、冗談だろ?」
「本当です」
タケシとアイドルユニット25が逃げ込んだ先は、タケシが暮らしている住居の一室だった。
六角形を基調として作られたこの建物は、マンションのように無数の部屋に区切られ、蜂人以外も多くの亜人達が暮らしている。
タケシもその一人だった。
「私はアイドルユニット25。私のようなアイドルユニットは沢山いるのです。そしてマザーは私達にこう命じられました。市民を戦いに扇動せよ、と」
そんなバカな!とタケシは言った。
今平和なこのコロニーで何故そんな事を行う必要があるのか。いや、そもそもコロニーの女王が何故戦闘ユニットでもない一般市民を戦わせようとするのか。
その目的が分からない上、やろうとしている事が蟲人にしてはあまりに非合理的に思えるのだ。
だが次にアイから語られた事で、タケシの疑問は解消してゆく事となる。
「市民である市民1751小此木武さんは知らないでしょうが、現在このコロニーは外敵からの侵略を受けようとしています。しかし私達には戦う力は殆どありません。戦いによって演算領域を広げる戦略は、現代においては非効率的だからです」
外敵の侵略。それが女王が市民を戦わせようとする理由の一つだった。
だがそれだけではまだ弱い。市民を戦闘ユニットとして使わなければならない理由とは何なのか?
「ですがそう思わないコロニーも幾つかあります。私達はそうした外敵の侵略に対処しなければなりません。その方法としてマザーが選択したのが、市民の戦闘ユニット化だったのです」
アイは静かに語る。
複眼の見つめる先に何があるのか、それは分からない。だが一つだけ確かな事は、アイが命を狙われていると言う事。それだけはタケシが自分の目で見た真実だった。
「地球との
ゲートが繋がり、あちら側の武器がこちらにも沢山入ってきました。武さんが持つ”ソレ”もその一つです。ソレを使って、マザーは市民を戦闘ユニットに変えようとしているのです」
アイの言葉が真実か偽りか、それは分からない。
だがタケシは一つだけ思ったのだ。アイは悪い娘じゃない、自分の助けが必要なのだ、と。
「外敵を排除しなければならない、それは解っています。解っていますが……私は……」
「……」
だが果たしてタケシに出来る事があるのだろうか?
タケシはただの地球人の若者だ。何の訓練も特殊な教育も受けていない。そんなタケシが、アイを助けてあげる事が出来るのか?
「お願いです市民1751小此木武さん! 私達を助けて下さい! 私の声が聞こえたあなたなら、きっとマザーとも対話出来る筈です。マザーに戦闘ユニットの生産を進言して下さい」
「で、でも……アイちゃん、いやアイドルユニット25の言う事も聞いてくれないのに、ただの市民でしかない俺の言う事なんか――」
「マザーは地球人の事を特別注視しています。きっと、市民1751小此木武さんの言う事なら……」
「……わかった」
タケシは頷いた。
きっとこの出会いは運命だ。運命が行けと言っているのだ。タケシはそう考えたから。
「どこまで行けるか分からないけど、出来るだけの事はやってやるよ。えっと――ニコ(25)」
「ニコ?」
「アイドルユニット25じゃ呼ぶ時長いだろ? だから25でニコ。俺の事も武でいいぜ。嫌か?」
「長い……その感覚は理解できませんが」
アイドルユニット25――ニコはタケシの言葉に微笑み、そして逡巡した。
「ニコ……タケシ……何故でしょう、少し嬉しいです」
彼女自身にも理由は分からなかったが、何故か笑みがこぼれた。
最初の笑みはタケシが協力すると言ってくれたから。次の笑みは……
「じゃ、決まりだな。そのマザーって奴の所まで案内してくれよ」
「はい! ……あの」
「何だ?」
その理由も分からぬまま、ニコはタケシに再び問う。
ニコはこう考えている。きっとこの地球人、タケシは深く考えないまま自分に協力してくれようとしている。
協力してくれるのは嬉しいし助かるが、それの為に危険を冒させる羽目になる。それをタケシは後で後悔しはしないだろうかと。
「ここまで頼んでおいて恐縮なのですが、私はバグとして処分対象になっています。だからきっとタケシさんも……その……」
俯くニコ。
その姿を見てタケシはドンと自分の胸を叩いた。そして大仰しく胸を張って見せるのだ。自分は大丈夫だぞ、自信があるぞ、と。
「み、みくびんなよ! こう見えても俺は元チーム・ストレンヂアの隊長だぜ? そんなのにビビッて特攻(ぶっこ)めるかよ」
「でも」
「安心しろって!」
まだ不安がるニコの頭を優しく触り、タケシはニッコリと笑いかけた。
「俺が必ず、ニコを助けてやるよ」
「タケシさん……はいっ!」
ニコはやっと笑顔に変わった。
それを見てタケシは良かったと思った。強がって見せて良かった、と。
「何それ? それホントなの? マジ?」
タケシはかつての『チーム・ストレンヂア』の仲間達を集めた。この間まで共にバカをやってきた、最高に信頼が置ける仲間達だ。
その仲間にニコの話をすると、最初は半信半疑ながら、すぐに昔のノリで話に乗ってきた。
「ボク達のコロニーが狙われてて、そんでボク達が兵隊にされるって……そんな……」
「俄かには信じられませんね」
「俺ぁ信じるぜ! アイちゃんの言う事だしな!」
亜人と地球人の混成チーム。皆、ケンカの強さには自信のある者ばかりだ。
その中でも特に強かった特攻隊長・熊人の黒爪が、真っ先にタケシの話に乗ってきたのは、昔通りの見慣れた光景であった。
「とにかくそのマザー、女王蜂の所まで行けば良いんでしょ? 安心しなよタケシ、ボク達が一緒に行ってあげるからさ」
「面白そーじゃない! いっちょやったるわよ!」
「これも乗りかかった船、か……チーム・ストレンヂア再結成、ですね」
「うおぉぉーーー!! 燃えてきたぜぇー!」
「お前ら……」
こうしてタケシはチーム・ストレンヂアを再結成し、ニコの為、マザーの下を目指すのだった。
恐れる物など何もない、この時はそう思っていた……
しかし現実は非情だった。
このコロニーに戦う力が殆ど無いとは言え、それでも憲兵は戦闘用ユニットなのだ。
タケシとニコはなんとかマザーの所まで辿り着いたが、その時には既にタケシの呼んだ仲間達は全員倒れ、そのタケシも満身創痍の状態となっていた。
タケシはマザーに問う。ニコの望む未来を作ってもらう為に……
「何故戦闘用ユニットを生産しないんだ! 市民が傷つく事は、あんたにとっても本意ではないだろ!?」
『仕方ない事なのです。こうするより他無いのです』
「だから何故なんだ! 情報リソースは俺達が拡大してるだろ!? 一体何が仕方ないんだ!」
「……あなたは知らなくて良い事です」
傷ついたタケシは必死にマザーに話しかける。
しかしマザーは話を聞き入れるどころか、真実さえも答えようとしない。
タケシは思った。そんなにも自分はひ弱で頼りない、取るに足らない存在なのかと。
いや、その通りかもしれない。勝算のない無謀な挑戦に仲間を巻き込んで犠牲にしてしまったのだから。そんな男の言葉など、蟲人の女王が何故聞いてくれるだろう。
「いたぞ! バグ17とバグ18だ!」
「くそっ! 追いつかれた!」
「タケシさん! 一旦逃げましょう! このままじゃタケシさんが」
「くっそー!」
「あっ! 待て貴様らー!」
マザーの部屋に駆けつけた戦闘用市民兵がタケシとニコの姿を発見する。
市民兵が銃を構え二人を撃とうとする動きと、二人がマザーの部屋から飛び出した動きはほぼ同時だった。
巨大な腹部を半分以上失い、欠けた顔でそれを見送るマザーは、半ば壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。
「仕方ないのです……こうするより他無いのですから……仕方ないのです……」
再び闇に落ちた部屋に、マザーの悲しい言葉だけが残った…
「外敵を何とかできれば、マザーも考えを変えてくれるんだろ? そうしたらまた、あの平和なコロニーで暮らせるんだろ?」
「はい、きっとそうです。きっと」
二人はコロニー外部への出口を求め彷徨っていた。
侵入する時は奇襲か電撃作戦のようだったので、憲兵も疎らで力尽くでもほぼ一直線にマザーの所を目指す事ができた。
だが今は二人の侵入によって増員された憲兵隊がルートを塞いでおり、元来た道を戻る事を許さなかった。
それでもタケシはニコを連れて逃げた。必死に、ガムシャラに、力の限り走った。
来た時よりもキツイ道を、仲間の助けなしに行く事は並大抵の事ではなかったが、タケシは弾が尽き用を成さなくなった銃を棍棒代わりに、決死の思いで突き進んだ。
そう、全てはニコの為、散って行った仲間達の犠牲を無駄にしない為……
「外に出て助けを呼ぼう! そうしたらニコは、またアイドルが出来る! 平和な歌だけ歌えるんだろ?」
「はい……はいっ」
「ニコは俺が絶対に守る! だから……だからっ……!!」
無我夢中で走った先に光が見えた。コロニーの地下区画から脱出した証だ。
太陽の光を求めて二人が飛び出した先は、コロニーのある渓谷で最も高い崖の上。二人は気付かぬ内に最上部へ来てしまっていたのだ。
だがこれで良かった。深い谷底から外部に出るには、谷の上の橋を渡って行くしかないのだ。その橋から先に自由の荒野は広がっているのだ。
「やった! 出られた! これで俺達助かるぞニコ!! やったなニ――え?」
「……」
タケシは渓谷から真っ先に飛び出し、ずっと手を引いていたニコの方を振り返った。
そして見たのだ。
ニコの手が、橋と外とを分かつ境界線を境に、まるで幽霊のように消え去っている光景を。
「ニ……コ……? え? あれ?」
タケシは再びコロニー側に戻ったニコの手を掴み、コロニー外に引っ張り出そうとする。
だがニコの手は境目を越えた所から消えてしまい、どうしても外に出す事が出来ないのだ。タケシは同じ事を何度も何度も繰り返した。だがその全ては徒労に終わった。
「な、何だよこれ? どう言う事だよ? 何なんだよこれはぁ!!??」
ニコに訴えかけるタケシ。
だがニコはコロニー側で、寂しそうに悲しそうに、ただ微笑みながらこう言ったのだ。
「お別れです、タケシさん」
その言葉を聞いてタケシは現実を知り、愕然として膝を突いた。
何故ならそれは、もうタケシに出来る事は何もなく、そしてこれまでの犠牲を全て無駄にしてしまった事を示していたからだ。
マザーの心を変えられず、コロニーも救えず、目の前の女の子一人さえ守れないで終わってしまったのだ。
タケシは己の無力さ、そして役立たずさに絶望した。
「私はこのコロニーから出られません。私はタケシさんと違って、情報体でしかないのですから」
「情報……体……?」
「私達アイドルユニットは、次なる女王に相応しい固体を作り出す為のテストケースなんです」
呆けるタケシにニコは語り続ける。
思えば、ニコはタケシがマザーの説得に失敗した段階でこうなる事が分かっていたのかも知れない。
自分は逃げられない。だがせめてタケシだけは逃げられるように、その事を黙っていたのかもしれない。
「私達の中で最も優秀だった固体が、次の女王として生産される。そして――」
ニコは始めから死を覚悟していたのだ。
そして死を覚悟出来ていなかったのは、タケシだけだったのだ。
所詮、半端な気持ちでヒーローごっこしたかっただけの、無力で哀れな男、それが今のタケシだった。
「このコロニーは、そのたった一体を生み出す為だけに存続してきた『終わったコロニー』なのです」
「何を言ってるんだ? ニコ、お前が何言ってるのか分からねーよ」
「タケシさん、少し遠くからこのコロニーを見て下さい」
「……」
ニコにそう言われ、タケシは後ろへと下がって行った。
一歩、また一歩と後ろへ歩を進める度、タケシの目には信じがたい光景が映りこんで来たのだ。
「あ、あぁ……あぁあ……!!??」
マンションやビルのような建物、綺麗な通りの両端に並ぶ店々、緑に溢れ子供達が遊ぶ公園、そして街を行きかう人々の活気。
それら全てが幻だったのだ。
廃墟となった建物の数々、ボロボロの道の両端に座り込む商人達、ぺんぺん草一本生えていない公園で子供達が遊び、死人のように静かな人の列。
「な、なんだこれはぁ!!!!????」
そう、このコロニーは、いや、この菌糸渓谷(イリュージョンシティー)は、かつて女王が夢見た「こうなる筈だったコロニーの姿」を菌糸を利用したディルカカネットワークとメモリーで再現した箱庭だったのだ。
ここで暮らす全ての人々は、翻訳蟲を介してずっと幻を見させられていたのだ。
「今は地球暦で2011年。1991年ではないのです。そして――」
ニコがタケシに本当の時代を教える。
翻訳蟲を通じて言葉が鮮明に伝わるのに、タケシはその言葉の意味を理解しかねていた。
いや、そうではない。真実を目の当たりにし、それを受け入れられずにいるのだ。
「このコロニーも、平和も、繁栄も、タケシさんや私達も。全部幻(イリュージョン)でしかなかったんです」
「そ、そんな。そんなバカな。俺は、俺達は何の為に……何をやって……」
「地球暦1987年頃、マセ・バズークではある事件が起こりました。超戦闘特化型ユニットの大量生産による多くのコロニーの崩壊……そして数年後に現れた『飛蝗神ブラカレクス』による鎮圧」
ショックを受け膝を突き、呆然と虚空を見つめるタケシだったが、ニコはそれでも説明を続ける。
タケシがきっと、真実を受け止めてくれると信じて。そしてこの事を誰かに伝え、このコロニーを助けにきてくれると信じて。
ニコは説明を続けた。
「このコロニーはその時既に崩壊していたのです。壊蟲クバイシラによって。ですがマザーは生き残っていた。そしてユニットを生産する力を失いながらも、何とかかつて栄華を極めた「記録上最も幸せだった頃のコロニー」を甦らせようとしました。その頃です。ゲートが開き、地球と言う存在を知ったのは」
今はまだタケシは茫然自失の状態だが、ニコはタケシの復活を信じて語り続けた。それはまるで誰かに救って欲しいと言う助け声の様でもあった。
「そこで女王は考えたのです。拡大した演算領域を失い情報リソースもない今、コロニーを復活させるには外部の力を取り入れるしかないと。この目論見は成功しました。このコロニーに近付いた者を取り込みながら、幻の中でコロニーは拡大して行ったのです。ですがそこに思いもかけない外敵が現れました。あの事件以来、マセ・バズークでは再び戦闘用ユニットの重要性が見つめ直され、積極的な演算領域の奪い合いが行われています。その争いはここ菌糸渓谷も例外ではありません」
ニコの言葉に徐々にタケシが反応を示すようになる。
ニコ呼び続けた。タケシをずっと呼び続けた。
「ですが昔の考えのままコロニーを拡大していたマザーはこの時代に対応できません。よって、マザーは計画を前倒しにして、既存ユニットを戦闘用ユニットに転用し、最高の女王を生む為の準備に入ったのです」
ニコはもう助からないだろう。それでもタケシに救いを求めるのだ。
自分のいるコロニーのみんなを守る為に。
「でも、私はそんなの嫌でした……みんなを捨てて新しいコロニーを作るなんて……そんなの、嫌です」
「ニコ……」
タケシがニコの名を呼んだ時、遠くから追っ手の声が聞こえた。終わりである。
「タケシさん、最後にあなたに逢えて良かった。名前を貰えて、真実を聞いてもらえて、本当に嬉しかった」
「止めろ……行くなニコ。行くな!」
――ありがとう、タケシさん――
「ニコーーーーー!!!!」
ニコはタケシを置いてコロニーに戻っていった。
タケシは笑顔で手を振るニコの涙を見ながら、何も出来なかった。
だがそんな顔を見せられて黙ってはいられない。この瞬間、タケシの中で急にガッツが燃え上がってきた。
コロニーに背を向けて走り始めるタケシ。その背中には最早、迷いも気楽さも虚しさもない。
あるのはただニコの想いを無駄にしたくないと言う一念のみ。
「必ず君を助けるから! 絶対にっ、絶対に助けるからなっ!!」
背後から銃声が聞こえてくる。タケシの周囲に土煙が上がる。
それでもタケシは一切後ろを振り返る事無く走り続けた。弾は不思議と当たらなかった。
「待っててくれー! ニコー!!」
最後に残したタケシの咆哮が、ニコの耳に届いたかは誰にも分からなかった……
時は過ぎ、ストレンジャー――かつてアイドルユニット25、ニコと呼ばれた個体は
新天地に渡っていた。
彼女はここ、新天地にとってストレンジャー(よそ者)だ。だが彼女がその名を名乗るのは他に理由がある。
それはかつて、彼女を助け出してくれた者達がストレンヂアを名乗っていたから……
体を得た今でも彼女の思い出に刻まれた、地球から来た大切な友人達の事を忘れない為に、彼女は同じストレンジャーの名を名乗るのだ。
それが地球で言うところのセンチメンタルだとしても、それが彼女にとってはとても大切な事だから……
- 虚構と現実が織り交ざるコロニーで出た結論が新天地のニコなんだろうか。マセバズークには姿形も様々なコロニーがあるんだろうな -- (名無しさん) 2013-07-19 22:32:27
- 今さら読んだけど、凄く良かった -- (としあき) 2013-07-31 20:09:59
- 外典と思い読んですぐ雰囲気の違いに驚きました。未来のような都市観と平和の裏で繰り広げられる国の内情もマセバズークならではでしょうか。進む交流世界の中で日常が変異していくのもあまりない作風で面白いです。そして今へとつながるというのもよいですね -- (名無しさん) 2016-03-06 17:43:06
最終更新:2013年02月18日 00:11