教室の窓から外を眺めると、雨模様で黒くよどんだ街が見えた。
気持ちがどうにもそわそわして落ち着かず、授業も耳に入らない。
僕の名前は谷野陣。
町の小さな工場『谷野製作所』の跡取り息子ってヤツだ。
今は十津那学園工学部に通いながら、工業大学進学を目指して勉強中。
自分で言うのも何だけど、本当に平凡な毎日だった。
そう、彼女に出会うまでは・・・
あの日、土砂降りの雨の中を、傘をささずに下校していた。
折りたたみの傘はバッグの中に入れてあったけれど、それを使う気にはなれなかった。
雨の中を、ボーっとしながら歩いて帰りたい。
何故かその日は、そんな気分になったのだ。
雨の日は世界が変わる。
見慣れたはずの風景は一変し、見た事もないズブ濡れの顔になる。
スーパーマーケットの前を通り、生花店のお姉さんの顔を見て、
仏具店の横を通り抜けてショートカットし、和菓子屋の裏を抜けて、
いつも通り、山のようにガラクタが積みあがったゴミ捨て場へと到着した。
小さい頃から、ここは僕の宝の山だ。
今でも僕の部屋で音楽を鳴らすミニコンポは、ここに不法に捨てられていたゴミを修理したものだ。
今日は通学の足に使おうと画策中である、電動スクーターの修理部品が落ちていないか探しに来たのだ。
あと3箇所4箇所を修理すれば、動くようになるハズだ。
ディスクブレーキは、信じがたいけど拾う事に成功した。
あとは電気系統に使う部品をいくつか拾えればいいんだけど。
何せ部品を買うには値段が高すぎる。今の小遣いとバイト代じゃとてもじゃないけど購入なんて出来ない。
いや、実際には充分買える値段ではあるのだけれど、そんな低スペック品じゃ満足は出来ない。
雨は降り続けている。
鼻先をしたたる雨粒の感触が心地よい。
ほら、自分の他にも、この雨でズブ濡れになっている人が・・・
!?
人が居た。
普段は誰もいないこのゴミ捨て場に。
雨が降っているから、よくは見えない。
おそらくは女性。
自分よりも、やや年上か。
彼女は何故か、粗大ゴミに寄りかかっていて、どうも寝ているような雰囲気だ。
だが、何故彼女はこんな所に寝ている?
気になった僕は、少しだけ近づいてみた。
そして。
次の瞬間、恐怖にかられ、足がすくみあがった。
彼女には手も足も無いのだ。
ひと気の無いゴミ捨て場、手足の無い女性、死体遺棄、殺人事件!
僕の脳は瞬時にそれを理解した。
と同時に、悪いクセが出てしまった。
好奇心が旺盛すぎるのだ。
すくんでいたハズの足は好奇心に負け、死体に近づいていた。
嫌にキレイな死体だった。
まるで作り物のようだ。
ウエーブのかかったの銀髪。
そして、巨乳。
やはり男はこういう状況でも胸に目が行くんだな。
そんな事を考えていた時、彼女の目が開いた。
紅色の瞳だった。
視線が僕の方を向く。
「うわぁぁぁ!目、目、目が!」
僕は気が動転して、何が起こったのか判らなくなっていた。
そして、その場から逃げ去ろうとした時に、とてもキレイな声が僕を引きとめた。
「待ッテ下さイ・・・私ヲ・・・助けテ・・・」
まだ生きている。
助けないと。
その義務感だけが、僕をその地にとどまらせた。
「まだ・・・生きているんですね。
ちょっと待っててください。
今すぐ医者を呼びますから!」
僕はポケットからケータイを取り出すと、すぐさま救急病院へとアクセスを試みた。
が、駄目だった。
「アクセス圏外!?
今の時代
ゲート付近なら異世界でだってアンテナが立つってのに!
ゴメン!僕、走ってアクセス圏内まで行ってくる!」
愚痴りながらも圏内に行こうとする僕を、彼女は引き止めた。
「普通のオ医者様ジャ駄目でス・・・
私・・・そノ・・・アンデッド・・・なんデす」
アンデッド?
言われてからよく観察してみると、確かに千切れた手足の根元は作り物のようにも見えるし、皮膚も怖ろしくキレイだ。
ならば彼女は
スラヴィアから来たというのだろうか。
アンデッドの技術はゲート解放後に爆発的な進歩を遂げ、かつてのゴーレムとは比べ物にならないと聞く。
主要部は死体部品が完全に主流となって、『人』と区別が付きにくくなったのだと。
動甲冑ですら『中身』を仕込む事が流行しているのだと<向こう側>の友人が言っていたのを思い出した。
外見だけでは判断出来ないのだ。
しかし、彼女の生命力こそが、アンデッドだと証明しているようなものだ。
この状態で生きていられる人間など、そうは居ないだろう。
「キミの外見はあまりに人間に似すぎている。
それなのに、なぜ手足の基部はそんなに機械じみているんだ?
本当は動甲冑なのか?」
あくまでもニワカ知識だし、雑誌の受け売りなんだけれども、
アンデッドの形状にはスラヴィアの規定があったハズだ。
しかし、僕の問いには彼女は答えず、とても悲しそうな表情をするだけだった。
悪い事を聞いちゃったのかな。
「まあ、詳しい事は聞かない事にするよ。
キミがアンデッドなら、むしろ好都合だよ。
人間なら医者に診せなきゃ駄目だったけど、
アンデッド、動甲冑なら僕の家で治せる。
僕の家は、修理工場なんだ」
僕は彼女をおぶって、帰宅する事にした。
おぶった途端に、彼女は機能停止した。
安心したのだろうか。
想像してたよりずっと、彼女は軽かった。
今の技術は凄いな。
谷野製作所のボロっちい看板が立ててある工場の横に、僕専用の修理小屋がある。
ロボットコンテストに出場した時に、オヤジが嬉々として用意してくれたものだ。
ちなみに僕の部屋でもある。
冬場は寒くて地獄のような部屋だ。
僕は部屋の真ん中に彼女を下ろして、修理に使えそうな部品を探した。
必要なのは両腕と両足。
動甲冑なら素人が接続したものでも、どうにか動かせるんじゃないか。
そんな風に見当をつけ、何とかいくつか部品を見つけた。
修理自体は簡単だった。
国際規格の部品を接続させるだけだ。
パチンと音を鳴らして四肢全ての接続が終わると同時に、彼女がゆっくりと目を覚まし始めた。
彼女のまぶたが上がり、瞳孔に紅い光が宿った。
もう安心だ。
「あ・・・あの・・・ありがとうございました。
私、あのままじゃ死んでしまう所でした・・・」
うむ。予想通りの言葉。
「って!え~~!?ななな何ですかこれはぁ!?」
うむ。予想通りのリアクション。
この娘は良い子だ。
「まずは最初にゴメンなさい。
動甲冑に見合う手足なんて高すぎるから買えないんだ。
だからとりあえず、僕ん家にあった部品を使ったんだ。
重作業用の大型アームくらいしか無かったんで、とりあえずしばらくはそれで我慢してよ。
旧式だけど、使い勝手は良いハズだよ。
同じく脚も旧式だけど、歩くぶんには問題無いし」
そう、僕が彼女にセットしたのは、重機用のパワーアームだ。
クロサキ産業製の、本来は荷物運びロボとかに使う腕だ。
いつかロボコン本戦に出場できるようなロボを作る時の為にとっておいた大切な品だ。
ちなみに武器は内蔵してない。(レギュレーション違反になるから)
「ううぅ、まさか重機になるとは・・・
でも!助けていただいたからには恩を返さねばなりません!
私、ここで一生懸命ご恩返しさせていただきます。
どんな事でもお手伝いしますから、私に任せてくださいませ!」
「あー、そんなに気合入れなくていいですよ。
そうだ、キミの名前、まだ聞いてなかったね。何ていうの?」
「・・・名前はありません。
形式番号でしか呼ばれてなかったんですの」
「そうなんだ。じゃあさ、僕がつけてあげるよ」
「そう・・・ですか」
とは言ったものの、なかなか良い名前は思いつかない。
一応女性型だしと思ってみても、さしたるアイデアも無し。
と、その時、いい名前が思い浮かんだ。
というよりも、僕は昔から、その名しかつけて来なかったようにも思う。
「オーカ」
「え?」
「キミの名前。
オーカでどうかな?
桜の花と書いてオーカ。
僕の小さな頃からの、相棒の名前なんだ」
「ステキです・・・」
ポツリとそう言うと、彼女は涙を流し始めた。
最近の動甲冑はスゲェなと感心しつつも、いかにアンデッドでも、女性を泣かしたのはマズイと僕は慌ててしまった。
「あの、もしかして気に入らなかった?
それならもっといい名前を考えるよ」
「いいえ、違うんです。
私なんかが名前で呼ばれるだなんて、凄く嬉しくて、それで。
私の事、これからオーカって呼んでくださいませ。
何でもします!
そうですね・・・まずは部屋の片付けからでも・・・」
そう言うと、彼女の腕がボルボルボルボルと駆動音を鳴らしはじめた。
そしてまるで、その両腕とダンスを踊るかのようにフラフラと歩き、部屋の一角に設置してある棚を見事に粉砕した。
そこに収められていた数々の品、僕の大切なロボコン入賞の愛機『桜花』もろとも。
「あ”ー!!僕のオーカがー!」
僕の平凡な人生の中で、唯一と言っていい輝かしい栄光。
その相棒であったオーカ号は、今まさに彼女「オーカ」の手の中で息絶えた。
「あうあー・・・ゴメンなさい・・・でもまだ巧く使えなくてですね。
きっと慣れれば大丈夫ですから!きっと・・・」
泣きそうな表情の彼女を見ていると、怒る気にもなれない。
形あるものは、いつか壊れる定めなのか。
「うう・・・慣れるまでは仕方無いよね。
あまり無理はしないでね、オーカさん」
「はい!」
(それにしても、僕のオーカ・・・かぁ。フフフ・・・)
僕の名前は谷野陣。
町の小さな工場『谷野製作所』の跡取り息子ってヤツで、十津那学園工学部に通いながら、工業大学進学を目指して勉強中。
そんな平凡そのものな人生だった。
そう、この日、彼女に出会うまでは・・・
- 導入部なので、詳しくあれこれいうことはできませんけど面白いと思いました。スラヴィアの規定とか動甲冑の中身とか色々興味深い要素もちらほら。・・・なんだか、みょーに懐かしいかほりと言うか、発酵臭というか、なんというか。そんな雰囲気なのは気のせいですかね。 -- (名無しさん) 2013-02-18 09:22:56
- なんて俺の好みにドストライクな話!アンデッドを使ってロボ娘物みたいな展開をして見せるとは。続きが待ち遠しいです -- (名無しさん) 2013-02-18 12:13:42
- スラヴィアンだからこその何でもアリというのがよく合っていました。ここから平和的に一つ屋根の下とかになればいいなと思いながらきっとそれはないんだろうというジレンマも幾許か -- (名無しさん) 2016-03-06 18:03:56
最終更新:2013年02月18日 00:31