ついに決戦の時が来た。
大魔王バラニク討伐の命を受け、旅立ってから実に2年の月日が流れていた。
苦難に苦難の旅路であった。
思えば王宮へと呼び出され、大君から大魔王にさらわれた姫君を救い出して欲しいと懇願されて幾星霜。
灼熱の砂漠、猛毒の沼地、極寒の大地、荒れ狂う波濤、魔獣の牙、魔族の卑劣な罠の数々・・・
しかし勇者エーグスは、その全てを乗り越えてついにここまで来たのだ。
傍らには従者の戦士、頑健なる
ドワーフのニッカの姿もある。
そして愛しき姫君、アスナロッテ姫の姿も・・・
「とうとうここまで来ましたな、勇者殿」
動く酒樽ことドワーフのニッカが言う。
全身をくまなく鎧に包み、まるで鉄の塊が動いているかのようだ。
『苦難の旅路であったが、戦神の加護があったようだな。
戦いに生き、戦いに枕する我らにとって、まさに温情と言える加護だ』
傍らのドワーフの3倍はあろうかという巨躯を全て鎧で包んだこの男こそが、勇者エーグスである。
鎧の底から響き渡るような低い声で、彼は彼の信ずる戦神に感謝の言葉を告げた。
爪先から頭のてっぺんまで鎧われたその姿からは、表情を読み取ることが出来ない。
だがその声だけが、今日まで生きながらえた事に喜びを抱いていたのを伝えていた。
「そのような日々も今日で終わりですわ。
何せわたくし達があの憎き大魔王を今宵討伐いたしますもの」
つとめて明るく振舞うその女性こそが、王国の剣姫ことアスナロッテ姫である。
大魔王にさらわれ地下牢獄に監禁されていたのを、勇者エーグスとドワーフの従者によって救い出されたのだ。
そんな姫が同行するのには訳があった。それはひと月ほど前の事。
キャッスル級『カティ・サラス』の甲板では盛大な晩餐会が行われていた。
言うまでも無く、勇者エーグスの手によって姫君が奪還されたからである。
宴の輪の中心にはドワーフのニッカの姿があり、ここまでの武勇伝を声高らかに詠い続けていた。
「東の海には大魔竜。西の海には大水母。
もうダメかと思ったその時に、エーグス様の御剣鋭く輝いて、やあと竜の首をかき斬ったり。
竜の首からは酒千杯の千倍の血と脂が海に流れ出て、我らなんと3日もその血の海を渡りけり。
まだあるぞ。異国の死霊の国に渡りて鋼鉄の山麓を渡り歩きし時の事。
闇夜に光るは一つ目の巨人。この船の主帆ほどもあるような大男。
エーグス様も捉えられ、くちの中へと放り込まれたものよ。
いやいや子らよ顔をあげよ。エーグス様は怪物の胃の腑を全て切り裂いて、しっかと討伐されたのよ」
時折酒をくちに含みながら、日が暮れてからも延々と語り続けていた。
そんな彼と人々を遠目に眺めて、勇者エーグスとアスナロッテ姫は二人で寄り添って立っていた。
「・・・勇者様」
アスナロッテ姫がか細い声で言った。
「今宵で勇者様ともお別れなのでしょうか」
勇者エーグスは兜を姫君に向けた。
兜の奥底の紅い双眸がゆらりと輝いた。
『いいえ姫君。
王からの勅命があなた様の奪還だけだったとしても、私はそれでは終わらせられませぬ。
大魔王バラニク。彼のものを野放しになど出来るはずもございません。
明日、大魔王討伐の旅に出かけます。そして、私は必ずここへ帰ってきます』
ガシャリ。
全身の鎧が鳴る。
勇者エーグスの胸元へ、アスナロッテ姫が抱きついたのだ。
「なればわたくしも連れて行ってくださいませ!
談笑する皆の顔、勇者様にも見えましょう。
わたくしは皆のために勝ちたいのです。
けして足でまといにはなりませぬゆえ・・・」
アスナロッテ姫はそう言うと身を翻して後ずさり、懐から小刀を持ち出した。
勇者エーグスが止める間もなく、姫はその長く美しい髪を小刀で切り裂いた。
『姫・・・』
「わたくしとて、剣の心得くらいはありますのよ」
アスナロッテ姫はそう言うと、デッキブラシを両手で持って振り回してみせた。
『止めても無駄、なのでしょうな』
「短い旅路であったとは言え、わたくしの本性は透けて見えておりましょう?」
姫はニコリと笑った。
勇者も苦笑するしかなかった。
暗黒回廊の果て、遂に玉座の間へとたどり着いた。
3人がそこに足を踏み入れると、背後の大扉がバタンと閉まり鍵のかかる音がした。
「大魔王からは逃げられない」
目の前の玉座から声が響く。ついに大魔王バラニクと対峙したのだ。
これまで勇者エーグスの旅路は困難を極めた。
だが、そんな彼でも思う。大魔王だけは別格だ。迫力が違いすぎると。
巨大
オーク大魔王バラニクが言う。
「滅びよ」
そこからは激戦だった。
大魔王の側近の剣士二人が躍り出て、ドワーフの従者と剣姫へと斬りかかった。
勇者エーグスは大魔王バラニクとの一騎打ちとなる。
大魔王が切りかかれば勇者がいなし、勇者が打ち込めば大魔王が受け凌ぐ。
10、20と斬り合いが続き、30擊目に変化があった。
勇者エーグスが右膝をついたのだ。大魔王がその隙を逃すはずもない。
だがこれはフェイントだ。襲いくる瞬間を狙い、勇者エーグスは最後の突進を仕掛けた。
勇者の全力攻撃を食らい、ついに大魔王は絶命の時を迎える。
何故かその表情は満足げであった。
「見事だ・・・勇者よ。
だが、光あるところに闇は必ず存在する・・・
再び私のような野心を持った魔王が・・・」
『何度でも出てくるだろう。
しかし、些細な事だ。
私や、私に連なる者が必ずや悪を打ち破る。
それだけのことだ」
勇者は悠然と後ろを見渡す。
ドワーフの従者も、美貌の剣姫も健在であった。
『私たちの完全勝利だ』
大魔王は心底満足した表情を浮かべ、消えていった。
と同時に、城が崩壊を始めた。
この城は大魔王の魔力で保たれていたようだ。
その時、不思議な時空の切れ目が生じ、勇者たちはどこかへ飛ばされていった。
次の瞬間、勇者たちの目の前に現れた光景は、眩しいくらいに晴れ上がった海岸線であった。
「ようやく終わったのですね・・・」
剣姫アスナロッテが呟く。
「いや、違うな。これが次の始まりだ。
そうでしょう?勇者様」
従者のドワーフがニヤリと笑う。
『我らを必要とする人々がいる限り、何度でも戦おうじゃないか。
そうであろう。ア、アスナロ、ッテ』
勇者は酷くぎこちなく姫の名を呼んだ。
その後の勇者たちの足取りは不明である。
が、世界中を駆けずり回ったのは確かだろう。
各地に、随分と無茶なコトをする勇者一行の物語が残されているのだから・・・
<終>
「ブラボー!」 「うきたせんぱいサイコー!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・・
「えーけんよくやったー!」 「おつかれさまー!」
画面に大映しになった<終>の文字と同時に、拍手と歓声が一斉に湧き上がった。
それを聞いてたまらず涙を流して抱き合う映画研究部部員たちもいる。
映研部長の永信宣行もまた感無量であった。
文化系部活動など今日び流行るものではない。
廃部寸前だった映画研究会をこうまで立て直したのだ。
確かにニコニコムービー向けの動画を作ってアップするのも楽しいだろう。
だが、それだけではあるまい。映画とは、それだけでは。
自分はとうとう、この卒業記念上映会にまでたどり着けたのだ。
この3年間は、無駄ではなかった。
流れる涙を、あふれる嗚咽を止める事もなく、彼は壇上にあがる。
さあ、一世一代の舞台挨拶をしよう。
自分は黄金の旅路に逆らって、自分の道を歩んだのだと。
観客入れ替えでざわつく旧体育館前の広場に、犬塚たち一行の姿があった。
「いやー!面白かった」
ひどく淡白な感想を述べつつ、犬塚勇馬は背伸びをした。
長く座席に座っていると体がガチゴチになる。
「かたひらくん、かっこよかったですよ」
鼻をひくひくとさせながら、オーク娘の奥山さんが言う。
正直な感想を言いつつも、入口付近に設置されたポップコーンコーナーが気になるようだ。
先ほど食べたキャラメル味がよほど気に入ったらしい。
無言で犬塚は身を翻し、ポップコーン売り場へと足を向ける。
「あとアレだな。浮田がマトモな演技できると思わなかったな。
つかお前、あれいつ撮ってたんだよ。言えよ。冷やかしに行ったのに」
川津天が浮田あすなろを見ながらテキトーな調子で言い放つ。
「冷やかされるから言わなかったに決まってるだろ。
川津なんて、絶対撮影中に笑わせようとするに決まってるし・・・」
気恥かしさが抜けきらず、朝から人が変わったようにおとなしい浮田が言う。
川津だけには見られたくなかった。そんな彼女の思いなど彼は知る由もないだろう。
「それにしても、何故浮田さんがヒロイン役に抜擢されたのかしら。
映研にだって協力してた演劇部にだって、ヒロインに十分値する娘がいたんじゃないかしらね」
メガネの角度をなおしながら、蛇人の蛇神ヤマカが誰宛という事も無く言う。
『私が希望したからです。
映画研究部の部長から脚本を提示された時に、浮田さん以上の適役は考えられませんでした。
浮田さんをアスタロッテ姫に起用しなければ降りる、と監督にお願いしたのです』
動甲冑の片平エイグスがヤマカの方に兜の角度をズラしながら言った。
「ズイブンとお熱いお話ですなぁ・・・ふふん。
ところで、アスタロッテ姫って?劇中ではアスナロッテじゃなかった?」
川津と浮田の間に体をねじ込みながら、ヤマカは片平に尋ねた。
『古い昔話ですよ』
薄ぼんやりと兜の中で紅く光る片平の双眸が、随分と優しく瞬いたようにヤマカには見えた。
カポカポと蹄の音を鳴らしながら、牧場健太が背に双鏡陽光を乗せて広場を歩く。
その顔は満足しきっているが、果たして映画のデキに満足したからなのか、それとも別の理由なのか。
「なかなか面白い映画だったね。
それにしてもバラニクだなんて酷いネーミングだよ。
いくら空想の物語だからってさ」
首をヒョイと後ろにまわし、背に乗る陽光に話しかける。
しかし陽光は本に目を向け、まったく彼に目線を合わせずに言った。
「知っていて笑うならまだしも、知らずに嗤うだなんて酷い話。
お伽話の脚色はされているけれど、あれって実話。
アスタロッテ姫も、騎士エーグルも、大魔王ヴァロニカも。
みんな<向こう側>に実際に居たの。なんで君が知らないのかな」
パラリ。
本のページをくりながら陽光はつまらなそうに言う。
彼女の知りうる話はこうだ。
かつて
ドニー・ドニー大戦乱の時代、キャッスル級『サーペンフリー』を旗艦とする海賊船団の長で、
自ら大魔王を称した隻眼の
オーガ、ヴァロニカという男がいた。
島や港を巡っては略奪の限りを尽くし、従わぬ者は皆殺しが常であった。
ミズハミシマ列島の小国ウクハの姫君アスタロッテが攫われたのもその頃であった。
大君は嘆き悲しみ、鬼族オークの勇者と名高い戦士エーグルに姫の奪還を乞い願い、
エーグルは従者と共に姫君の奪還は果たすもののヴァロニカ討伐に手間取ってしまい、戦いの中、命を落とすのだった。
亡骸は波に流され
スラヴィアにたどり着いたとも、未だミズハの海底深く眠るとも言われる。
アスタロッテ姫は彼の死を受け、あとを追うように海に身を投げたのだという・・・
そんな悲劇の物語である。
「星神は」
ポソリと陽光は呟く。
「生まれ変わりがあるって言ってるの?」
陽光の言っている意味が今ひとつ理解出来なかった健太は、あたふたしながら言った。
「星神さまがそういう事を言ったかどうかは俺はわからないけど、
俺は何度だって生まれ変わって双鏡ちゃんと、その」
「ああ、そういうのはいいから」
ピシャリと台詞を止められてすっかり気を落としながら、健太はまた歩き始める。
「まったく、羨ましい話」
遠目で大騒ぎしている3年生の姿を眺めながら、陽光はまたポソリと呟いた。
最終更新:2014年08月30日 23:32