【美濃太郎牛】

美濃太郎牛という連中がいる。
出自はよくわからんが、ミズハの陸地で畑仕事をやっている連中だ。
何を好き好んでか、朝から晩まで延々と働き続ける連中だ。
陽が昇る前に起きだして仕事して、朝飯もそこそこに仕事して、
畑作の合間に昼飯を食べて、陽がおちるまで働いて、
夜になったら精霊が眠りにつくまで家の中の仕事をする。
そんな連中だ。

そんな連中だが、年に4日だけは休む。
年の暮れ、新年、龍神祭、開門祭の4日だ。
年の暮れの今日、駐留していた街の居酒屋で彼らと盃を酌み交わした。
港町だったからか、各国の亜人たちが集まっていた。
みな新年に地元に帰ろうというのだろう。
自分も日本に戻れるのだとばかり思っていたが、諸般の事情により叶わなかった。
彼らは皆おそろしくガタイがいいからウワバミのように呑むのだろうと思っていたが、
指先にチョコンと可愛らしい盃を乗せて、チビチビと呑んでいた。
何故そんなにチマチマした事をするのかと尋ねてみると、
この酒の材料を作るのに、どれだけ苦労があるかを自分たちは知っている。
だからこそ味わって呑みたいのだと答えた。なるほど道理だと納得した。

酒が入れば語りも進む。
やれエリスタリアの薬は天下一品だの、大延の食こそが世界一だの、
各国の名物語りがそこらかしこで始まったのだ。
隣の席の蜘蛛人が、マセ・バズーク名産のマセバーグがどうのと熱く語っていたが、
果たして竜肉の花蜜団子などというものが本当に美味しいのだろうか。
そう疑問に思っていると居酒屋の親父がマセバーグを出してきた。
その甘ったるい肉団子をついばみながら、斜向かいのエルフの語りに耳を傾けた。
本当の英雄とはどんな行ないをする者なのか。彼はそう言った。
彼の出身地たるエリスタリア春の国には、身を挺して人々を救った樹人が居たのだそうだ。

なるほど。自己犠牲か。自分には理解しがたい考えだ。
国を護る為ならば、何度でも死地から生還すべきだ。そう自分は考えている。
生き残った者が英雄なのだ。
そこで美濃太郎牛どもに聞いてみた。お前たちの英雄は誰だと。
すると迷わず言った。「アオだ」と。
一体それは誰なんだと半笑いで自分が聞くと、彼は訥々と語った。

およそ百年続く冷害と干ばつに苦しめられていた村がミズハにあったと言う。
アオの一族はそこに入植し、畑を耕し始めた。
来る日も来る日も畑を作り続ける日々。しかし天は一向に彼らに福をもたらさず、
ひとり、またひとりと死んでいったのだそうだ。
土を起こし、石をよけ、木を切り払い、根を掘り起こし、水を引き、肥料をまき、
陽が昇る前に起きだして仕事して、朝飯もそこそこに仕事して、
畑作の合間に昼飯を食べて、陽がおちるまで働いて、夜になっても働いて、
仲間が死んでも、親が死んでも、働いて働いて働いて。
それでも涙ひとつ零さずに、笑っていたのだと。

そうしてアオの寿命もまた尽きようとしたその年に、ようやく実りの時が訪れた。
その時はじめて、アオは涙したのだという。これで村民が飢えずに済む。
そう言って涙して死んでいったのだと。村民は彼に感謝し、慰霊碑を建てたのだという。
随分とお偉い者もいたものだ、と自分が言うと、美濃太郎牛はそれを否定した。
「者たち」だと。アオは何人もいたのだ。世界中に、同じ生き様で。
それがミノタウロスの誇りだ。英雄とは自分の傍にいて、自分もなれるものなのだと。
だから彼らは働き続ける。
全てのミノタウロスが英雄譚の主役なのだ。
英雄は随分と身近にいたものだな、自分がそう毒づくと、美濃太郎牛どもは意外そうな顔をした。
あなたが国の命を受けてゲートを護衛しているのを自分たちは知っている。
それは随分と立派な行ないではないのかと。

自分は酒の作り手の顔も浮かばず呑み干すような輩だと言い返した。
作り手の顔は浮かぶが、新年からの仕事が思い浮かんで酔えないような輩だ、と美濃太郎牛が言った。
そうして二人で笑いあった。何、簡単な事だったんだ。
英雄などそこらかしこに、そら、居酒屋になんてごまんと居るのさ。
自分も、アイツもだ。

○お題
「マセバーグ」「名物」「ミノタウロス」


  • 真面目なミノさんたちが和む。働き者なのは農耕牛の遺伝子が世界を越えて関係しているんかな -- (とっしー) 2013-03-22 00:54:41
  • >美濃太郎牛という連中がいる  個人名じゃなくて種族名かよ! 笑顔と涙の語りに思わずぐっときた -- (名無しさん) 2013-04-12 22:15:53
  • 「みのたろうし」と読むのだ -- (名無しさん) 2013-04-13 00:48:37
  • 働くことが生き甲斐であり運命であるかのような人生も価値観や起こりうる現象が多様な異世界にはあるんでしょうか。己を全うし流した涙に思わずもらい涙 -- (名無しさん) 2016-05-08 20:31:39
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最終更新:2014年08月31日 02:02