【スラヴィア在住の旦那さんと読心貴族】





私の饗宴デビューは、私が知らぬ間に終わっていた。


昨晩のことを思い出そうとすると、頭にノイズのようなものが走る。
私の記憶が明確に残っているのは、戦場で相手と立ち会うところまでだ。
闘争の合図が鳴り、戦闘が始まった瞬間から私の意識は飛んでいた。

『狂戦士』と言う存在を聞いたことがあった。
そう呼ばれる人物は普段は大人しいが、戦いが始まると別人のように凶暴な戦士となり、敵味方なく攻撃してまわるらしい。
もしかしたら私も、そのような危険な人物なのでは・・・という気持ちを捨て切れない。
私は知らぬ間に誰かを傷つけるような悪人なのではないか。
暗い暗い棺桶の中、一人。
考えるごとに、思い出そうとする度に、不安が私の心を占拠していくようだった。

早く夜が来ればいい。
日が沈めば、この重苦しい棺桶の中から逃れられる。
最愛の彼女に会えれば。
そうすれば、私の不安はいくらか軽くなるはずだ。

~~~

夕食時に家内に相談をすることにした。
アンデットとなった私に普通の食事は必要ないが、彼女と共有できる時間は一秒でも多いほうがいい。
まして彼女は普通の人間だ、私がアンデットとなった今
余程のことが無い限り朝食と昼食は一緒に取れないだろう。

夕食を取った後、意を決して心情を吐露した私に返ってきた家内の返事は至極当然の一言だった。

「狂戦士?そんな訳ないない。とし(仮)くんは棍棒で頭ボーンされて伸びてただけだよー」

全く、ウチの旦那さんは不甲斐ないなーと笑って付け足す最愛の妻。
昨日から着用しているメイド服が眩しい。
この屋敷にいる他のアンデットたちもこの姿を見たかもしれないと思うと腹立たしくなってくる。
…そんな現実逃避をしてみたが、恥ずかしさで私の顔が赤面するのを感じる。
例えるなら、大人になって自分の中学時代の創作物を目の前で読まれる羞恥に似ている。
戦闘で気絶しただけなのに、『狂戦士』とは失笑ものもいいところだ。
『バーサーカー』と言わなかったことだけが、私の最後の砦を守っている。
「バーサーカーですか。そういったスラヴィア貴族の存在も存じておりますが、あなた様には関係ないと思いますよ」
いつの間にか横に立っていた片目と片耳と片腕のネコミミメイドさんが、表情一つ変えずにそう言った。
彼女は、ここの領主と同じ読心の力を所持しており、他人の表層意識を読めるらしい。
その能力でもって、私の最後の砦はあえなく陥落した。
「落ち込んでいるところ申し訳ありませんが、我が主人があなた様との面会を要求しています。
この後、私と共に主人の元に向かいましょう。
それから、葵さん。あなたの働きは素晴らしいと好評です。
もし旦那様が再び亡くなられても、働き口には困らないでしょう」
「は、はい!好評のようでなによりであります。メリッサさ・・・メイド長!
これからも日々精進するでありますです!」
敬語が下手くそな妻を愛おしく思いながらも、メリッサと呼ばれたメイド長が口にした
「旦那様が再び亡くなられても、働き口には困らないでしょう」
というセリフが、暗にこれから行われる面会の内容を示しているようで不安だ。

~~~(次の波線まで省略可能)

「力の一割も取られるというのは、やはり相当辛いのではないか?」
面会に向かう途中の仄暗い廊下で、昨晩聞きそびれた小さな疑問を口にする。
メリッサと呼ぶべきか、メイド長と呼ぶべきか分からなかったので、ポツリと呟いた。
彼女はくるりと回り、私に向きあい、言った。
「我が主人は、あまりご自分のことを、領民に話しませんからね。
ここで基本事項をお伝えしておきます。
それと、自己紹介が遅れました。私の名はメリッサ=カッツエルク。
ハーズリーディング領・第一城でメイド長を努めています。
気軽にメリッサとお呼びください」
口元が三日月に歪む。それが歓迎の笑顔だと気付くのに少し時間がかかった。
ともあれ自己紹介には自己紹介で返すのが、どこの世界でも礼節だろう。
「こちらも自己紹介がまだで申し訳なかった。
私はトシアキ=ニジカワ(仮)。親しい者はとし(仮)と呼ぶ。
一昨日まではしがない農夫だったが、昨日から職業アンデットだ。よろしく」
通過儀礼の挨拶を済ませると、彼女はいつもの無表情に戻り私に説明を始めた
「我が主人の読心の術は完璧ですが、大きな欠点があるのです」
読心術師がかかえる問題など、一つくらいだろう。
「それは、読心のオンオフが出来ないことです。それ故に彼は、軽度の他人不信と睡眠不足に陥っています」
他人不信であるならば振って湧いた私と言う他人は、彼にとっては邪魔な存在でしか無いだろう。
「主人の読心の効果範囲は領地をほぼ覆っています。
主人は物理的距離が自分に近い存在の心声ほど鮮明に聴くことができ、遠くなるほど読心可能な範囲が小さくなります」
領地を覆うほどの能力。それほどの力を持つ領主が死神の力を一割も取られたのなら、やはり苦しいだろう。
「他人不信の領主は、あまりご自分の城から出ようとしません。
基本的に戦場へと赴くのは、主人腹心の兵である三騎士たちです。
彼らは我が主人よりも死神の力を多く所持しています」
強大な能力を持つ主人よりも、さらに大きな力をもった騎士。
彼らが領主として台頭していないと言うことは、我が領主には余程の人望があるとみえる。
「三騎士は、なにも領主の人望に惚れて従っているわけではありません。
誰か一人でも裏切れば、三騎士の力を領主が回収する。という制約に縛られ、戦っているのです。
主人の読心は心の機微を見逃しませんから、謀反の後手に回ることはないのです」
リスクマネジメントが良くできている。さぞかし小狡い領主なのだろう。
「主人は、死神の力の殆どを三騎士に分け与えています。
ですから人間相手に劣ることは無いものの、脆弱で、滅多に戦闘には参加しないのです」
ん?それだと説明がおかしくならないだろうか。
力の殆どを三騎士に与えていると言うなら、読心の能力はどこから生じているのだろう。
「主人の読心能力は先天的なもので、死神の力とは関係していないのです。
しかし、死神の力は、主人の読心の力を増幅させます。
そのため主人自身は多くの力を持とうとしないのです。
ですから彼の死神の力はとても小さく、一割を奪われたとしても、全体量から見ればあまり大きくはないのです。
きっと、サミュラ様の一割没収もそういった裁量のもと行われたのだと思いますよ」
そう言った彼女からは屍姫サミュラに対する尊敬が溢れていた。
そして私の死は私が思っているほど重くないと知り、小さく肩を下げた。

~~~

メッリサの案内に従い、領主の部屋へと入る。
瞬間、大きな威圧感を感じて足が止まった。
なんとか動く眼球を駆使して部屋の状況を確認すると、王座のような椅子に獅子の頭をした大男が座っている。
その隣には、目を閉じたまま動かない鷹の風貌を持つ人物が静かにあった。
三騎士の一人、ピュゼロ卿。領主ハーズリーディングが最も信頼する騎士。
入室時から感じる圧力は、どうやら彼から発せられているようだ。
「どうした。早く入って来い」
大獅子が口を開く。
その声は力強く、私の描いた小狡い人物像からかけ離れていた。
私は震える足を抑え領主へと近づく。
「ふん。脳足りんだの、何だの、言いたい放題言う割には臆病者のようだな。小僧」
こちらの悪口は全て筒抜けか。ならば好印象を与えることはもう難しいかも知れないな。
「領主様との面会。大変光栄に思います。今回の面会、どのような意図によるものでしょうか」
一応、忠義の態度を取る。外見や形式から入る忠義もあるだろう。
「タヌキが。
まぁいいさ。貴様の命はあと3ヶ月だ。
それまでに俺が奪われた死神モルテの力以上の力を手に入れることができれば、延命を考えてやる。
俺が言いたいことは以上だ。あとは勝手に死ね」
低音で鳴り響いた声は、重く私にのしかかる。
けれど、何故か3ヶ月の猶予が与えられた。
初陣で敵兵に一撃で気絶させられた私に、何ができるのかは分からないが。

~~~

「サミュラ様の命です。最低三ヶ月は、あなた様に力を与えておくこと、というものでした」
面会終了後に3ヶ月の余命の理由をメリッサから聞いた。
残りの時間を、家内との生活に使うのか。
それとも、自分の延命のために他人の力を奪うのか。
反対ばかりの私は、誰かの提案が無ければ動けない受動的堕落者だから。
家内が寝てしまった後の一人の夜は、長く、暗い。
いつもなら満点の星を移す空も、今夜は何故か輝いてみえなかった。





チラ裏
投稿頻度がヤバイ

力の一割うんぬんの話が出てたので至急かきかき
しかし、こういうことにしてしまうと【月灯りの恋人たち】の余談を潰すことなっちゃうという・・・
どうかマクロス形式だから問題無いということにして下さい。


  • 相変わらずバラエティに富んだ屋敷の面々ととし(仮)くんとの会話を想像するだけでも楽しいですね。でも何より驚いたのは余命三ヶ月ということ。葵さんのためにもこれからの奮起に期待したいですね -- (名無しさん) 2013-03-14 18:02:44
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最終更新:2011年10月17日 12:28