雲間から覗く上弦の月。
静かで穏やかな
スラヴィアの夜。
瀟洒な城館の一室に差し込む一筋の月光。
寝台の上で愛し合う、一人の女貴族と、一人の地球人の少女。
生まれも定めも、何もかも違う二人。
月灯りの恋人たち。
優しいキスの雨。
互いの蕾と花弁を啄む。
指と舌を絡めて、唇と肌を合わせて。
そして、ひとしきり快楽を交換し合った後。
彼女は私の胸に頭を預けて、安らかな寝息を立てている。
気だるく浅い眠りに、ときおり寝言を挟んで。
「そうだ…今度、一緒に地球に行こう。案内するよ…私の家族も紹介するよ…」
眠ぼけた声で、彼女は無邪気に将来の夢を語る。
彼女は「異世界」からの旅人。
そして今は私の国の住人。
柔らかい髪。愛しい声。
私のたからもの。
私は弱くなってしまった。
饗宴の客席にいた彼女と目が合ったとき、私は変わってしまった。
かつてあれ程血を滾らせた饗宴も、彼女との「生」に比べれば今は色褪せて見える。
不思議な事だ。かつて饗宴で数多の戦士を屠った私が、こんなか弱い少女に依存するなんて。
いつまでも一緒にいよう、彼女はそう言う。けれど、百年もすれば彼女は跡かたも無く消え去ってしまうだろう。
失うことへの恐れが私を臆病にする。
「大丈夫。寂しいときは、あたしが一緒にいてあげるよ…
あなたが寝付くまで、頭撫でていい子いい子してあげるから…」
ふふっ、それなら寂しがり屋の私でも、赤ん坊みたいに安らかに眠れそうね。
でも貴女が死んだ後、私はどうやって眠ればいいの?
私は彼女の腕をそっと解き、彼女の寝顔と、無防備な首筋を見下ろす。
私は、臆病で、卑怯者だ。
彼女の優しさに付け込んで、取り返しのつかないことをしようとしている。
でも、構わない。もう彼女の居ない「生」など考えられない。
ゆっくりと彼女の白い首筋に唇を近づけようとした、その時。
「いいよ…私を屍人にしてくれたら、いつまでも一緒に居られるから。」
彼女の言葉に心臓を掴まれる。
私の心を読んだのだろうか?
ぐずる赤ん坊をあやすように、彼女は下から腕を伸ばしぎゅっと両手で私の頭を抱き締める。
「本当に、甘えんぼさんね…」
寝ぼけた声。
愛しい彼女の声。
頬を流れる一筋の涙。
今夜が満月でなくて良かった。
この部屋に灯りが無くて良かった。
流した涙を、溢した嗚咽を彼女に知られなくて良かった。
私はそっと彼女の首筋に死の接吻を施し、彼女はそれを笑って受け入れてくれた。
ずっとずっと一緒に居よう。
“死”が二人を別つまで。
死出の旅も、きっとふたりで。
ピクニックみたいに。
お弁当を持って。
歌を歌いながら。
どこまでも、ふたりで。
今の私に、恐れるものなど何も無かった。
“死”すら、恐れることは無かった。
end
●あとがき
読んで下さった方ありがとうございました。スラヴィアの女貴族と地球人の女の子の百合ものです。依存度は女貴族の方が圧倒的に高いようです。
作中でほんの少し
【死出の旅】の設定を使ってます(この設定好きです)。拙い作品ですが少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
●以下、余談。(一部修正)
女貴族の名はアデーレ・パルファンドゥール女伯爵。
かつてその華麗で無慈悲な戦い振りで“血塗れのアデーレ”と恐れられた戦士でしたが、地球人の彼女といちゃいちゃしている間はずっと饗宴をサボってました。
しかし彼女を正式に嫁に娶って饗宴に復帰した後は、ペナルティとして「力」の一部を屍姫に没収されながら、かつての勇名を上回る戦績を叩き出したとか。
“死(Morte)”すら恐れないのですから対戦相手なんぞ屁でもないということでしょう。恋する女は強い。
- アデーレの依存度が凄い。 優衣をスラヴィアン化した事も含めて終わりの時までずっと魂の奴隷になるのではなかろうか -- (名無しさん) 2012-10-30 18:25:58
- 二人のやり取りや会話にドキっとしっぱなしでした。人間が異種族に望んで変わろうと思う切っ掛けとは何かと考えましたが物凄く単純なことだったりするのかも知れませんよね -- (ROM) 2013-03-01 22:00:31
- ここからどうしてあんなことになってしまった優衣。スラヴィアン化でリミットが外れたのだろうか -- (名無しさん) 2014-06-07 01:26:43
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最終更新:2013年03月30日 13:12