【屍島に疾(はし)る】

『っっばぁあっ!』
慌しく人の行き交う衛生陣の中、板張りの上にシーツがかけられただけの大簡易ベッドにて目覚める。
初老、一人の男。
体を起こし辺りを見回すその姿。周囲のものとは違う鎧、陣羽織が彼を目立たせる。
「おう!? その火傷でそんだけ動けるとは頑丈なやつだの!
じゃあさっさとどいてくれ。 直ぐに次の怪我人がやってくるからの!」
『…何じゃ?』
「おい、何を呆けておるんじゃ。 次が運ばれてくると言っとるだろうに」
上着は血塗れであり袖は捲られている、ドワーフの医師は繰り返し男に言いつける。
『何を言っておるんじゃこやつ。 伴天連…とも違う言葉じゃが…』
「怪我で頭が回っとらんのか? 仕方が無いやつだの!」
男よりも背は低い。が、その腕は男の胴回り程あり、ひょいと男を持上げベッドより降ろす。
直ぐさま空いたシーツに次が寝かされる。 鎧の前面ごと縦に割れた傷から血を噴出している。鱗人。
一際激しく噴出した青紫の血が、老人の顔面、鼻下の髭を染め上げる。
『おぉうっ!?妖怪かっ? よく見れば全部じゃないか!!』
尻餅のまま驚愕するも、目と口には確かに“笑み”が現れている。
「おっさん、早く立たないと踏み潰されるぞ! …エルフ…なのか?」
「どうした、動ける者は外だ外! 部隊の再編だ!」
『ま~ったく分からんわこやつらの言葉。 爺に多様な国の言葉は習ったはずなんじゃが…。
…じじ…い? い、痛っっ!頭が何じゃこりゃ…』
歪んだ表情のまま担ぎ上げられ、陣の外へ。
── 夜
暗闇に煌々と燃える松明に囲まれた中央に置かれた木箱の上に何やら広げて激しく言い合うドワーフと猫人と鱗人。
次々と整列していく兵士は種族混合。
「おい!弓の!ちょっとこっちへ来てくれ!」
狗人が声を張り上げると弓を担いだ長身の男がやってくる。エルフ。
「このじーさん、何か知らんが言葉が通じん。 ひょっとしたらエリスの言葉を使っているんじゃないかと思ったんだが」
「耳が丸いぞ。 ノームホビットでは無いのか」
「やつらだったらもっと愛嬌があるだろう。 そこ等はもう後衛に退いただろう?」
『ワシを指差して「じいさん」と言っておるが、ワシの事か? ならば…』
「じいさん!じいさん!」
突如、同じ言葉を叫ぶ男を見て目を丸くする。
エルフが腰袋を漁り、何やら冊子を取り出す。掌に収まる大きさ。
「私、お前、はい、いいえ、前進、後退…」
エルフは男の手で開かれているページの一句一句を指差し、ゆっくりとなぞり言う。
「何だ今から統合軍共語のおさらいか? もう直に出陣なんだぞ?」
「覚えるぞ。この男」

イストモス大隊敗退せり!敗退せり!」
松明の中心へ勢いそのままに駆け込んだ狗人の伝令が乾いた喉で何度も叫ぶ。
「何と!?」
「本当か?!」
「煌炎の義勇軍…共々かっ!?」
三人の部隊長が顔を見合わせる。
「屍軍はこれまでと同じく“夜”の間は進軍を続ける模様!」
「まさか…」
「ひょっとして…」
「こちらへ向かっていると言うのかっ!?」

 スラフ島の西端より上陸した央都奪還部隊
 上陸したのが夜半でなければ先発した他隊と合流出来ていたであろう
 しかし、上陸すぐに島を周回警護していた屍軍と遭遇
 善戦するも不倒の軍の前にして彼らへの対策もままならず
 隊は半壊。 上陸船は破壊され、退却もままならぬ中で
 彼らは先へと進んだ。
 もし合流していたのならば ──

「相手は誰じゃ!」
「し、屍鎧(しがい)大隊であります!」
「レシエ=バーバルディア…」
「傀儡侯女…!」
見合す顔は顔面蒼白。何故ならば ─
「夜はまだ明けぬぞ!?」
「退却だ!退却!」
「しかし、連日の夜戦で疲弊しきった我らの足で逃げ切れるのか?
奴らは夜を徹して追ってくるのだぞ!」
激しく討論する灯りの中を横目で見つつ、男は冊子を閉じた。
「あの者達 どうした?」
「おいおいおい… 本当に覚えたってのか!?」
驚きの余り、丸い瞳を更に丸く開いた狗人は男の肩を何度も叩いた。
「東側より“敵”が襲(く)る。 我らはこれから北西に後退をする。
目指すは島の北端にある統合軍港」
 臭う臭う臭う!これは戦の臭いじゃ!
立ち上がる、不遜な笑みを湛えた男。 そのまま松明の中央へずんずんと進んで行く。
「じいさんに 見せてほしい 戦況を!」
「何だお前は!」
「会議の最中だぞ!」
「一体何処の隊の ──
男は最後に己を指差した鱗人の短い耳を摘んだかと思えば、即座に木箱に押し付ける。
『ワシが策(み)てやろうと言うんじゃ! どけぃ!』
木箱の上には付近地図。 自陣位置であろう場所には大きな三角駒が置かれており
川らしき青線を挟んで黒い丸駒が置かれている。
「相手は」
「倒れずの鎧軍団」
「数は」
「全容知れず」
「兵装は」
「重刀剣類」
急いで追いかけてきたエルフと言葉少なく交わす。
男は白髪交じりの頭を掻きながら、大火傷跡の残る胸をさする。
『後一つ、決定的な何かがあれば…』
 ズシーン ズシーン
地を震わし木々を揺する足踏みと共に巨大な影が現れる。
「折角整備が終ったってのに退却だって? わーたしゃまーた無駄足踏みかい」
隊長連の前に大影の足元から出てきたのはノームの女。
「他の整備連中が逃げてったから私の好きに調整させてもらったがね、
注文通り“鉄巨人”、動ける様にしといたよ!」
「これ はい!」
男は見上げても尚、頭頂の見えぬ大木の様な鋼の巨人を前に感嘆の声を上げる。
『象でもここまで巨大なものは見たことないぞ! 好い好い好いぞ!』
「何だねこのじーさんは一体。 今のスラフ島じゃ鉄巨人はそこまで珍しいものでもなかろーに」
男は隊長三人を顔を諸手で引き寄せ力強く、嬉々を混じらせ一言放つ ──
「勝つ この戦い!」
場の空気に異様な熱気が篭って行くのを、その場にいた全員が感じただろう。
「何者だ、お前…」
「私?私か…」
 名が思い出せぬ。 よく考えれば何もかも希薄である。
 しかし確かなのは目の前に敵がおり、戦が始まろうとしている事である。
「じーさんで 良い!」

 スラフ戦役の終盤
 各国の統合軍が次々と壊滅し撤退する“敗戦”の中
 残存部隊を率いて屍軍と戦い抜き
 吸血姫の元まで辿りついた男がいた
 混沌なる戦役の中であったため歴史にも記されていないその戦いは
 それまでの異世界では見た事も無い様な戦いだったと
 命を持って退却に成功した隊の者が証言している
 隊を率いたその男は、初老にして耳の丸い毛の薄い快活な
  ── 人間 ──



ゲートによる世界転移で一本
敗戦の中に燃えた一人の人間の命
スラヴィアの地理と合わせて気長に続けていけたら良いなと

  • イレゲ版ドリフターズって感じだね!紫とイージーを誰に当てはめるかと言えばイージーは間違いなくもるもる! -- (名無しさん) 2013-03-31 12:03:29
  • 翻訳加護ってゲート解放までないんだっけ?あっという間に言葉を理解して覚えるのはターヘルアナトミアの翻訳を思い出した -- (とっしー) 2013-04-05 21:25:50
  • かっけえな。ドリフのハンニバルみたい -- (名無しさん) 2013-04-12 22:16:56
  • そういや小ゲートはどこに飛んでいくか分からない一方通行か。じーさんは日本人っぽい? -- (とっしー) 2013-04-12 23:57:34
  • 台詞回しが調子いいね。人間って誰なのかが気になった -- (名無しさん) 2014-07-17 22:14:23
  • 指揮官なら人間でも活躍できそう。ゲートで飛ばされた人間が主役ってアリなんだな -- (名無しさん) 2015-10-09 20:34:39
  • 大ゲートでるまでは翻訳加護はなかったんですよねそういう点でも男の知能の高さが伺えます。戦役の結果がすでに決まっている中で鉄巨人など登場し戦局がどうなっていくのか楽しみですね -- (名無しさん) 2016-05-29 17:55:59
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最終更新:2013年04月24日 21:18
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