愈々を以って北征は大々的に始まれり
全軍を挙げ此れを進める事が国を成すに繋がり
やがては神の目にも
オルニトは留まるであろう
マセ・バズークへの南征を事実上断念した神官達。
“神託降りし国”としての体裁を保つため、最早切っ掛けが闇へと消えた南征の代わりに
その武力を北方へと進めていくのである。
空(浮遊群島)からの支配を嫌い逃れた地上の鳥人多く含む、オルニトを捨てた民の拓きし土地を
悪夢の再来かの如く降り襲(く)るオルニトの軍。
争いは再度燃え上がり、血で血を洗う戦いが繰り広げられると思われた。
── しかし
「何故一気に攻めぬのだ!? 地擦り共の拠点は眼下であるというのにッ!」
オルニトより北西の海に近い
新天地の森林地帯の空。
荒ぶる風精と剣翼による斬嵐が斬り削った木々は痛々しい姿を晒し、そこに隠れていた建物が露になっている。
戦える者の全てが集まっているのであろう、武器を持つ鳥人、獣人が背水を以って空に向けて構えてはいるが
空にて待機するオルニトの軍勢が降下を始めれば、それらは瞬く間に貫かれ切り裂かれるであろう。
「隊長、なりません! 大隊長が戻られるまでは一切の征圧行動を待てという厳命… 待機の程を…!」
苛立つ横から諭す様に進言する副官を血走った形相で睨み、再度眼下を凝視したのは、
オルニト軍にて征圧を担う新たな三槍が一本、“紫鷹の槍戦女”である。
その一角を怒り心頭までやりながらも、待機を命じているのは ──
「大隊長が戻られましたッ!」
たった一人、地から飛び上がってくる黒翼なれど、その周囲に千の軍勢を従えているかの様な戦圧を発している。
「…話は終わった。彼らはオルニトに従ずる。 これより軍は帰還する」
森の民の長との協議の結果、オルニトの支配を受け入れるとのこと、
なれば戦う必要は無しと大隊長は判断を下したのである。
「馬鹿…なッ!? それではオルニトの威光はどうなる!?」
空中で全員が敬礼をする中で、紫鷹の槍はみしりみしりと強く強く握られていく。
マセ・バズークでは目立った戦果も上げれずに終わり、挽回の目処は立たぬまま…!
このままでは鴉に何時まで経っても追いつけぬではないかッ!
─ 最前列からの跳躍
翼の大薙ぎと風精が作りし壁を蹴る反発。一瞬にして紫鷹は槍撃の塊となり急降下する。
「倒せばよかろう!? 力を見せ付けずに支配など出来るものかッ!」
重風圧で一気に潰す! 止めが入る間も無く怯んだ全てを穿ってやるわ!
大気が歪み槍の穂先がぐにゃりと波打つ。 密度の増す切っ先の空間が、明らかな固形物質の重量を生み出す。
“擂り轢く血風” “狂笑” そうあだ名される彼女の、およそこれまでの地上征圧に於いて右に出る者は無い。
「むぐぉ…ッ!」
地上まで後半分の所で悶絶、血唾を吐く。
鉄面皮ながらも眉間に憤怒を収束させた黒鴉の拳、鉄の一撃が鳩尾に減り込む。
「全軍、帰投する…」
気絶した紫鷹を副官に預け、一際大きく羽ばたき飛翔。 全軍より空に昇った鋼翼は、そのままオルニトへ飛んだ。
「ワシらはな、オルニトの国の在り方に疑問を持ったから飛び出したのだ。
何も外で力を蓄え、叛旗をとなど考えてはいないのだ。
唯、本来の人としての生活を送りたかったのだ」
恰幅の良い大柄なペンギン人、森の民の長は、武器を持たず単身にて交渉に降り立った大隊長に語る。
「新天地には既に多くの者が開拓に乗り出しておる。
オルニトから然程離れていない我らなど後発もいい所だ」
空から見た地上の民が既に多く国外へ出ているという事実を、鴉は知らなかった。
「おヌシを見て心は決まった」
長の後ろに並ぶ戦士達が一斉に武器を立てる。
「軍の長がこれ程までに“守る”という気が出ているのだ、オルニトはワシの知っていた頃と変わりつつあるのかも知れん。
一先ずは従おう。 今はまだオルニトではなく、おヌシに、だがな」
鴉は、帰還の途で森の民の長との話を思い起こす。
その真意は未だ理解出来てはいないが、血の流れずに終わったのを安堵するのは自覚していた。
西の地平に太陽が半分沈むと、赤光が一面を覆う。
浮遊群島に建ち並ぶ神殿の白柱が美しく夕暮れに染まるも、鴉の心に機微は起こらなかった。
「…! すまないが、この長との約定を神殿に届けて欲しい」
ふと何かを思い出したかと思えば、隣飛ぶ青羽に書状を押し預ける。
「わ、私がでありますかっ? では、大隊長は何処に…」
「おいおい、野暮は言うなよ。 では確かに預かりました、届けておきましょう」
一つ頷いた鴉は、体裁を気にしてか急上昇し軍の後方までかわしてから、森へと降下していった。
「だ、大隊長は何か急な任務を思い出したんでしょうか?」
「まァそういう事にしておけ」
「お帰りなさい、主(ぬし)ー」
蔓葉で編まれた垂れ幕を捲り、顔だけで中を伺う鴉に翼人の従者が気付く。
既に中央の卓には食事が並んでおり、まだ手の覚束無い子供が、木の実を磨り潰し果汁に混ぜた汁を啜っている。
主に野菜や木の実を元にして柔らかく仕上げた子供用の品を、辺りに舞う風精が次へ次へと手元に運んでいる。
人間の子の、顔を甘い果が彩る無邪気な笑顔を突いたり撫でたりしている風精もいる。
「こらこら、体も口も小さいんだからそんなに持っていっても食べられないよ?
主ー、物珍しさにいつも風精が寄って来るんだよ。何とかならないかなぁ」
家に鴉が入ると、風精達はそれぞれが運んでいた品を葉の皿に戻し、子供の背中に隠れる。
言葉なく、子供の頭全てが包み込まれる掌がそっと柔らかい髪を撫でると
短い腕で一生懸命、鴉のごわごわした指を掴む。
「ぬーし、ぬーし」
「うーん、すっかり私の言葉が染み付いちゃったかなー」
戦士、従者、子供の在る食卓の風景。
そこには血の臭いも鉄の冷たさも無く、温かな空気が精霊と共に流れていた。
やがて夜は降り、闇が神殿を包み込む。
照らす灯りにより内部は明るいが、尚晴れぬ暗さの漂うが政の中枢。
作り物の翼を畳み肩に掛け、割れた顎を撫で笑う男。
「どうやら役者は揃ったようだな… 後は舞台だが、出来得る事なら荘厳なものが良いな」
思案顔のまま高天井の廊下を進むと兵士詰所が見えてくる。
男が何かを察したのか、歩を遅らせると槍が詰所の扉を破りそのまま石壁に突き刺さる。
続いて数名の兵が中から弾き飛ばされたかと思えば、金きり声が響いてくる。
「何が大隊長だッ! 先の三槍で生き残っただけで選ばれた男が…力の奮い方も分からぬ臆病者が!」
机から椅子から武器立てまで砕け散在する詰所の様相は、紫鷹の心境をまざまざと表す。
「全く以って、全く以ってその通りで御座います槍戦女様」
その場の誰もが声の掛けるのを躊躇う中で、男は水瓶を持って歩み寄る。
「まずは一献、落ち着かれてはいかがでしょう」
差し出された細口椀を荒々しく受け取ったのをすぐさま飲み干すと、鷹の目は男を睨み付ける。
「何処かで…会ったか?何者だ?」
「貴女様の戦いぶりを見てきた者で御座います」
空になった椀を恭しく掲げ一礼。睨む目をそのまま見つめ返す。
「もし宜しければ…我が主である神官様からの御言葉を伝え願いたく」
一歩前へ。椅子に腰掛ける紫鷹に歩み寄りながらも、その言葉を周囲にいる者にも聞こえる様に響く声色で発する。
が、その言葉の後にはわざとらしく後ろを半分振り返る素振りを見せる。
何かを察したのか、紫鷹は掌を振り、詰所から人を払った。
やはりこれくらい分かり易くしてやる方が此奴の頭には丁度良いか。
一先ずは大物ぶらせてやったが…
「それで、何用なのだ」
睨み付けてきた怒気は何処へやら、鷹の表情には綻びすら見える。
これはこれは…。所詮、戦う事しか頭に無い輩の扱い易さは
人も鳥も変わらぬものよな。
「はい… では失礼ながら御耳をば」
鷹は頭の側面を男に近づけてくる。
だから耳など見えぬぞ鳥めが。
「大隊長の叛意についてで御座いますれば…」
大国であろうとするオルニトの中で生まれる歪みは
やがて斜陽を迎える予兆なのか
- 何か陰謀が動いているけど鴉一家は幸せでいてほしいな -- (としあき) 2013-04-25 17:56:47
- 文章のテンポいいね -- (名無しさん) 2013-04-26 01:11:56
- なんとなくBADEND臭がする -- (名無しさん) 2013-04-28 12:03:29
- 樹の上の家面白い。でも台所は分かるけど鍛冶場は火事にならない? -- (名無しさん) 2013-05-06 22:31:04
- 鳥人最大の空を飛べるという翼と戦士としての力によって軍事大国になるのも自然な流れだったのでしょうね。マセバズークに負けたとはいえ力持つ側としての高慢さは中々変わらないのでしょう。心のふれあいとあたたかさが民から国を変えていくような光の裏でうごめく影がとても不穏です -- (名無しさん) 2016-07-03 18:16:21
最終更新:2013年05月06日 21:19