【ポートライナーから降りて】


「いやぁ助かりました。ありがとうございます」
満面の笑みで頭をかきながら何度もお辞儀をする。
ヒロトの中では命が助かったという位の事の様で、うっすらと目端に涙が浮かんでいる。
ポートライナーは橋に並走するレールを走り、JR三宮駅横駅に向かう。
向かい合う座席には、カスミ、トガリ、亜弓が座り神戸スイーツについての話で盛り上がっている。
「亜弓君はミズハかドニーの生まれで?」
安堵も落ち着いたヒロトが尋ねる。
「はは。よく言われるんですけど違うんですよ。
自分も弟も生まれは三田市で、父親が鬼人だった事での遺伝になるんですかねこういう場合。
戸籍上は日本生まれの日本人という事になっているんです」
そう言って亜弓を見つめる鋼矢の視線が、少し複雑な色を見せたのをヒロトは察した。
「頑張ってとしか言えないけど…頑張って!」
「ありがとうございます。 でも、もう大分と慣れましたんで大丈夫ですよ。
それよりも…」
再び談笑する三人を見やる。 鬼人、鱗人、鬼人。
「自分よりもヒロトさんの方がこの先大変になりそうですけど大丈夫ですか?
あちらのお二人とも見る限り、中途半端な事をすれば体が二つあっても足りない事になりそうで」
自信満々の腕組みで笑って見せるヒロトではあったが、顔は心なしか青ざめている。
「む。もう直ぐで駅につくぞ。 ヒロト、案内地図の用意は出来ているのか?」
不意にトガリの指摘が入ると、これでもかというくらいに縦痙攣を起こしたヒロトが
リュックのポケットから神戸スイーツめぐりのパンフレットを取り出して見せる。
口の端が耳元まで届く勢いの笑みを讃えるトガリ。
既に頭の中はティータイムなのか、思案顔で頬が緩みっぱなしのカスミ。

ポートライナーが到着し、扉が開くと同時に飛び出したトガリを追う二人。
「十津那大学に通っているので、またどこかで会う事があればよろしく!」
「よい休日を、お二人さん」
そそくさと駆けて行く二人に手を振り、彼らとは別の乗り継ぎ改札に向かう。
 ここから電車に乗り換えて三田駅に向かう訳だが…
今立つ場所は、ポートアイランドとは違う“世界”なのである。
ポートアイランドに越してからは角を隠す帽子を取って生活し、人の目にも慣れた亜弓ではあるが。
「大丈夫か?」
隣を歩く亜弓の肩に、鋼矢の大きな掌が触れる。
「え?何が?」
不思議そうな目で、少し頬を赤らめる亜弓が見上げる。
 俺の方が気にし過ぎているのだろうか…
朝夕のラッシュでも人の波を捌き切る広い階段を降りると、耳に障る大きさでそぞろ騒ぐ小声が耳に入る。
 ゲートが開いてから大分経つのにこれか…
 二本、角が在ると言うだけで何が人と違うって言うんだ
ウェアを下から隆起する肩筋が盛り上げ、熱が篭る。
「兄さん…」
怪訝そうな表情で、指で唇を隠す亜弓。
 痴漢にも遭った事のある亜弓。 もし不審人物がいるのであれば、俺が先手必勝で…!
「あれ…」
細い指先の尖った爪の先。
向かいの大階段の人波が真っ二つに割れている。
段下の人々が割れた中の“異質”を見上げている。
「セイジョー!早くついてらっしゃい! 全く、棺桶一つ担いだだけで足を鈍らせるだなんて…
それでも忍者の末裔なの?!」
「…陽神の力を遮る黒闇鋼と夜暗石の多重構造に闇精霊の編んだ絹布張りの内装に
快適な居住空間を実現する家電一式とそれを動かす外部電源装着…
うん、これは棺桶じゃないだろ。俺が担いでいるのは棺桶のはずだしな。
これはここに捨てていこう」
ガリッとロリポップを噛み砕いた青年が、残った棒をぐにゃり噛み折ると、
そそくさと階段を降りて近場にあったコインロッカーにゴテゴテした黒い棺桶を立て掛ける。
コインロッカーが若干、その重量で凹む。
ふうと額を拭う青年の傍にヒョコヒョコといそいそと階段を降りて来た“物体”が急接近し、
ポコポコと腕を打ちつける。
「可愛い!大きなクマの縫いぐるみ!」
ぱぁっとにこやかになる亜弓と反して、その他大勢と同じ様に唖然とする鋼矢。
青年と同じ程もある巨大なクマぐるみは凛々しい眉毛を上下させながら棺桶をばしばしと叩く。
「これは大事な私の“領地”! 軍師策士ならそれくらい分かりなさいよ!」
「ティータ、そんなに大事なものならキャスター付けて転がせる様にでもしておけよ。
そうだ、駅の近くにホムセンあったな。後付けキャスターを買おう」
「むー!むー!」
ぽんと手を打ちスタスタと歩き始めるセイジョーを腕を必死に振りながら追いかけるティータと呼ばれたクマぐるみ。
 この棺桶、ここに置いて行くつもりなのか…
 せめてロッカーが使える様に横に立て掛けておこう。
どすんと壁に棺桶を立て掛けると、背後で大声が響く。
「止まれ!不審者!」
「そこから動くな!」
先ほどの青年とクマぐるみが進行方向にある、大阪からのプラットフォームへ昇降する階段に指しかかろうした時
階段から黒服の如何にもSP然とした屈強な男が駆け降り、立ち塞がる。
「可愛い!大きなイヌの縫いぐるみ!」
騒ぎの方を見やった亜弓が手を合わせて晴れやかな笑顔になる。
黒服に続いて静かに、厳かに階段を降りて来たのは、
もこもこに膨らんだ白い綿イヌの、自身の体よりも大きな縫いぐるみを背負った狐人の少女。
「護衛の方々、その御二人はスラヴィア国の貴族なのですよ? 失礼の無い様にお願いします」
背負ったイヌぐるみを物ともしない高貴な雰囲気を醸し出す言葉と所作。
「私知ってるわ! あの狐人、確かセイランとか言う大延国の公主だか何だかの…何だかの…」
クマぐるみは黒服の向こうに向けて腕をワンツーワンツーと突く動作を繰り返す。凛々しい眉毛は相変わらず上下上下。
「要するに偉い人って事だろ?」
「にゃー」

 何だ何だ?まさかこんな駅の中でスラヴィアと大延国の戦争が勃発?
緊張感と風景が噛み合わない中で混乱する衆人環視。
ざわめく喧騒と共に電車の発車ベルが鳴り響く。
「にゃー」


前話から引き続き実家へ向かう廉祓兄弟。 しかし道のりは長い。
スラヴィア貴族と公主とそのお供な方々様をシェアさせてもらいました。

  • 年代が微妙に不明だなぁ…公主シリーズの年代設定が明らかになってほしいところ。あとあの騒がしくて子供っぽいところ満載だったセイランに何があった!?大師の教育が実を結んだのだろうか -- (名無しさん) 2013-05-30 17:32:04
  • スレにて セイランはディエルより年上 現在では地球外交を進めている と出ていたので役目に就いてから数年成長したというイメージで登場してもらいました -- (名無しさん) 2013-05-30 21:37:39
  • やっぱり熊きぐるみを着ると安心するんだろうか。テンコウもぬいぐるみにのり移っての訪問か? -- (とっしー) 2013-06-02 18:52:20
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最終更新:2013年05月30日 03:21