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【異世界冒険譚-蒼穹のソラリア- ④ 前篇】

 ガ チ リ 

 一辺5メートルはある巨大な門の前に二人の地球人が立っている。
 否、地球人に極めて似た外見の別種族。魔神【マシン】だ。
 その二人が両開きの扉に一つづつ設けてある鍵穴に、剣のように巨大な鍵を挿し込み回したのだ。
「……開いた?」
 二人の内の一人がそう口を開いた。鍵は二本とも回っていた。鍵は開いた筈だ。
 その口を開いた者――魔神の女が開いた筈の扉を開けようと手を伸ばした時、もう一人の無言だった女は、人体の限界を超えた動き、速さで後方に飛び退った。
「え?」
 それを見て扉を開けようとした方の女は驚きの顔をしたその刹那、その表情は永遠の物となった。
(この門をくぐるに相応しくない者……去れ)
 どこからか声が聞こえ、二人――今は一人となった女達の後方に待機していた鳥人の軍団から恐怖の叫びが上がった。
 だがその叫びは一瞬で消える。百人から成る鳥人の一個大隊は、その中心に突如現れた一人の女の手によって僅か数十秒で完全に無力化されてしまったのだ。
「へぇ、またてめーか。何度も何度も懲りねー奴」
「……」
 一個大隊を数十秒で鎮圧したその女は、舞うようにひらひらと回転する体を止めた後、首だけを回して生き残った女、魔神ミィレス=アストレスを見た。
 ミィレスにはこうなる事が分かっていた。
 扉に鍵を挿し回した時、開錠の音は一つしかしなかったのだ。
 この門、黒い月の入り口は、二人の魔神が揃って初めて開ける事が出来る。そしてそれは魔神達が待ち望んだ時が来た証でもある。
 それ以外の時は彼女達――門番【ガーディアン】が現れ、相応しくない者をたちどころに滅ぼすのだ。
「だんまりか。ま、オレにとっちゃどーでも良ーけどよぉ」
 ミィレスから目を離した、ボーイッシュと言うには余りに粗野で乱暴な言動の女、魔神ヒュントは大して興味も無さそうに門の上まで一っ飛びに戻ると、足を組んでその上に座った。
「てめーらの役割はオレらの主に相応しい男を探してくる事だろ? お前が守ってるソレ、失格じゃん」
 組んだ足の先でヒョイヒョイと指し示したその先には、ミィレスが守るマスターであるファルコが苦虫を噛み潰したような顔で立っている。
 地球人観光者を使ってでっち上げた魔神もどきを使っての開門失敗は、これで二回目となる。
 一度目は魔神――地球人に外見が最も似ていると言われるエルフを使って試みたが失敗した。次は金を使い地球人を騙して開けさせようとしたが、それも失敗に終わった。
 そして三度目の正直、地球人にミィレスそっくりのコスプレをさせ、ドワーフに作らせた本物と寸分違わぬ鍵の剣を以ってしても失敗したのだ。
 どうやら黒い月の門を開けるには、どうしてももう一体魔神が必要なようである。
「ちゃんと役割を果たせよ。半分壊れてるからって、使命まで忘れた訳じゃないんだろ? ちゃんと連れて来い」
 ファルコはわざとヒュントにも聞こえるように舌打ちをした。だがヒュントはそんな事一向に構う様子も無く、ファルコに対してはとことん無関心のようだ。
 彼女の視線の先にあるのは、先程自分が壊滅させた氷漬けになった軍団である。
 彼女は思った。まるで氷の彫刻のようで綺麗だ――と。
 氷漬けにして殺した相手の断末魔の表情――恐怖や驚き、絶望に染まった表情が、より強く感情的であればある程、彼女は生命の終わる美しさを感じ満足感を得るのだ。
 だがその美的感覚は、彼女の歪んだ心を象徴しているかのようだった。
「それまでオレ達は――」
 ヒュントが座るその後ろに一人の長身の女が現れた。
 地球人のような外見に頭部のバイザー――魔神だ。優美な外見を持つその美女は、ミィレスを見下ろしながら静かに言う。
「ここで、いつまでも待ち続けますわ」
「これまでも、これからもねー。キャハハ♪」
 そしてその声に続くように門の下からも声が聞こえた。
 見るとそこには頭部にバイザーを付けた地球人、魔神の少女がいて、ヒュントが氷漬けにした罪の無い地球人の少女を突き転ばせようとして遊んでいる。
「こらリンネ。遊んでいないで戻りますわよ」
「ハーイ、シーゲルお姉さま――あっ」
 と呼ばれた一番幼く見える少女が に呼ばれ振り向いた時、氷漬けの少女が倒れた。
 重力に引かれるまま地面に叩きつけられ無残に砕け散った少女の氷像。驚きの表情のまま氷った頭は、門前からゴロゴロと滑り落ちて行き、やがて新天地の空へと光の粒となって吸い込まれていった。



【異世界冒険譚-蒼穹のソラリア-】



「見えた! あれが黒い月だ!」
 飛竜(ワイバーン)の背に乗って新天地の空を進むタクト達一同は、遂に伝説の秘境『黒い月』の目前へと迫っていた。
 かつてオルニト領であった新天地の空を巡る四つ目の月『黒い月』。それは時折人の前に姿を現し、伝説として語り継がれる秘密の地。
 天界に浮かぶ災厄の月と違い、地上界付近を彷徨う黒い月は一体何を載せて運ぶのか……。
「新天地にあんな巨大な物が……オルニトの浮き島……とは違うんですよね?」
「浮島は風神ハピカトルの影響下にある地域限定のものだ。こいつが浮いているのはハピカトルの力ではないのだろう」
「一体どうやって……」
 黒い月の周辺には常に激しい乱気流が渦巻いている。その気流が積乱雲や雷雲を呼び、風、水、そして雷となってこの浮遊物体を隠しているのだ。
 この付くに近寄る者は悉く風・水・雷の洗礼を受ける。故に人の身で近寄る事は長く不可能だった。
 数千年以上の永きに亘り人を寄せ付けなかったこの浮遊島だが、近年この地へと至る道を見つけた者が居た。それがシエラとカイラの両親であった。
「伝承によれば魔神達はあの黒い月から来たらしいよ。あの娘と同じ原理で飛んでるんだろうねぇ――っても、その原理が謎なんだけどね」
「見て! すごいいっぱい兵隊が居るよ!」
 黒い月はオルニトの浮島郡と違い神力で浮遊しているのではない。決して一所には留まらず、乱気流の中を彷徨い歩いているのだ。
 それは空が安定する混乱と変化を司るハピカトルの目が届かぬ所。異世界の空で唯一風の凪ぐ場所である風神ハピカトルの死角『マリオネットポイント』をトレースしているからだった。
 神の目から隠れ漂うこの大地が、こうして白日の物となったのは人類の進歩からなのか、それとも或いは……。
「あの旗はファルコ軍……と言う事はやっぱり、ファルコもここに来てるって事だねぇ。それもおそらく全軍を挙げてさ」
「全軍……」
「え~っと、え~っと……ふえ~~ん数え切れないよー」
 乱気流の中、糸の様に細い細い道を抜けて辿り着いた先に待ち構えていた物は、黒い月とオルニト大神官ファルコの兵団1万だった。
 いかに聖騎士であるアルトメリアが味方しているとは言え、1万対4と言う圧倒的戦力差は、四人に絶望を通り越して感嘆の声をあげさせる。
 タクトの目的はファルコ軍と戦う事ではなく、あくまでソラリア一人。黒い月に来て居る筈のソラリアを連れ帰られればそれで良いのだ。
 だがファルコにとってソラリアが必要な存在なら、それは即ちソラリア奪還はこの大軍勢を敵に回して行う事になるのは避けられない。この大軍勢を突破して黒い月へと至る道は、これまで以上に険しい道程であるかに思えた。
(まだ日中だし、この数はさすがにヤバイねぇ……早く応援来てくれよー)
 呆気に取られる一堂を横にアルトメリアはここに来る前にした約束を思い出す。
 新天地中央集権機関『元老院』が擁する『聖騎士団』。
 その目的は新天地統一において不可避な武力衝突への対応だが、聖騎士団を形成する五つの組織の頂点に君臨する『トライアンフ』の22人、真に『聖騎士』の称号を名乗れる者の本来の役割は違う。
 遙か古代、天地戦争において魔神を退けた22人の聖なる騎士に準えて、現存する最後の聖騎士である聖騎士団団長スパイク=エンフィールドが集めた最強の戦士達が現代の聖騎士だ。
 世の戦乱を振り払う聖騎士。その元来の目的は、魔神との戦いだったのである。
 現代に集まった聖剣無き聖騎士達。彼等が果たして古代から蘇った魔神に対抗しえるのか?アルトメリアの帯びた使命は、命がけでその答えを見つける事だったのだ。
「久我タクト。入る前にこれ、渡しとくよ」
「え?」
 そう言ってアルトメリアがタクトに渡したのは黒光りする筒状の鉄塊だった。
「え? これって……いや、嘘だろ!? マジかよ!」
 それは火薬を使って鉛の飛礫を飛ばす武器。木製の取っ手に人差し指で引く出っ張りがあり、それを引くと鉄のハンマーが火薬筒の雷管を叩き鉛玉が筒の先から放たれる。
 そう、年式は古いが紛れもなく地球製の武器、銃だった。
「これから先相当きつくなる。お守りに持ってなって」
「けど、こんな物……」
「待てっ、何か様子がおかしいぞ」
 日本人のタクトにとって、それはマンガや映像作品で見慣れた武器だったが、実物を見る機会はまずない代物。恐ろしい人殺しの道具だと知っているからこそ驚き、気が引けた。
 だがこれからソラリアを救出に行く過程でどんな危険が待ち構えているか知れない。何の武器も持たずにその危険に飛び込むのは自殺行為だろう。
 まして自分の身くらい自分で守れなければこれから先足手まといになるだけだ。恐れてなど居られない。
 タクトがそう決心した時、先程から慎重に敵を探っていたエルが口を開いた。
「こちらに気付いたのに何もしてこない」
「何かやる気無さそうだねー。どうしたんだろ?」
 エルが指差した先に居るファルコ軍の兵士達がこちらを見ていた。
 普通ならこの段階で合図が出され戦闘状態に突入してもおかしくない筈なのに、敵の兵士達はまるで何かに怯えるように視線を逸らし一歩も動かないままで居た。
「何だか知らないけど好都合じゃない。このまま突っ切らせて――」
「お待ちしておりましたわ、主様」
 これは好機とアルトメリアがワイバーンを飛ばそうとした矢先、突然後方から女の声が聞こえ、タクト達は動きを止められたのだ。
 声の方を振り返ると、頭に大きなバイザーを付けた金髪ロールヘアーの美人な地球人女性が空中に浮かんでいた。
「私、シーゲル=アサイメントと申します。移動要塞ニーゲルン・スティラの番人をさせて頂いておりますの。以後、お見知りおきを」
 そう言ってロングスカートの端を両手でつまみ、淑やかな動作で挨拶をした女――魔神(マシン)――は、ガラス玉の様に綺麗な瞳を真っ直ぐタクトに向けて機械的に微笑んだ。
「あら、どうしたのです? そんなに怯えなくても大丈夫ですわ。先程も申したように、私達、貴方様をずっと待っていましたのよ? 遙か悠久の時を、ずっと、ずっと……」
 タクト達は魔神の強さを知っていた。
 もし相手がその気だったなら、少なくとも自分達は十回は殺されていてもおかしくない。だが今こうしてタクト達は生きている。それが不気味だった。
 シーゲルと名乗った魔神の真意が読めず一同が警戒していると、魔神シーゲルは屈託のない笑顔で皆に優しく話しかけた。
 だがこんな場合、笑顔でいる事の方が逆に恐い。突然の魔神出現、そして真意の読めない状況に、エルとシエラは相手の動向を探るべく質問をぶつけてみる事にする。
「タクトはまだ20歳かそこらだぞ。それを悠久の時を待っていたとはどう言う事だ?」
「あなたもソラリンと同じ魔神なんですか? 魔神って一体何なんですか?」
「……」
 二人の質問にシーゲルはチラリとそちらを一瞥しただけで何も答えなかった。
 答えたくない質問なのか。それとも何か他に答えられない理由でもあるのか。タクトは底が読めないシーゲルへの恐れを深めながら、笑顔で自分を見続けるシーゲルへと今度は自分が質問してみる事にした。
「俺達はソラリア=ソーサリーと言う娘を連れ戻しに来ただけなんだ。絶対ここに来てると思うんだが、頼むよ、ソラリアを返してほしい」
「返して欲しい、とはまた異な事を言いますのね。確かにソラリアはここに来ていますわ。ですが私どもは何の隠し立てもしておりませんの」
 シーゲルはタクトの質問に笑顔で答えた。
 二人の質問はまるで無視だったのにタクトの質問には答えるのは、シーゲルの言葉通りタクトが魔神達にとって特別な存在だからなのだろうか。
「ソラリアも、ミィレスも、私や妹達だって、このニーゲルン・スティラの物は始めから全て貴方様の物ですのよ? 主・タクト様」
「それは一体どう言う――っ!?」
 エル達が推測しながら二人の会話を聞いていた時、門のはるか彼方、黒い月の表面の方から爆発音が聞こえた。
「何だ!? 今爆発音がしたぞ!」
「あっ! あそこから煙が上がってるよ!?」
「あの娘達、タクト様の居城に傷をつけるなんて……後でお仕置きが必要ですわね」
 音の方を見ると、遠く黒い月の表面から煙が上がり、続いて数多の炸裂音が響いてきた。何か戦闘が起こっている音だ。
 状況の把握が追いつかないタクト達は後手に回りながらも、何とか現状を知ろうと情報を得ようとする。
「どうなってるんですか!? 一体中で何が起こっているんですか!?」
「あの鳥人の男のせいで、ソラリアとミィレスが戦っているだけですわ。さ、それよりもタクト様? まずはカーレン様にお会いになって下さい」
「戦ってるだけって、そんな――」
 シーゲルはあっさりとソレを伝えた。
 タクトが守りに来た、助けに来たソラリアが既に交戦状態に突入している事実を。
 タクトがソラリアと出逢ってから彼女は戦ってばかりだ。まるで彼女の行く先には、必ず戦乱の嵐が吹き荒れる宿命でもあるかのように。
 そしてこれまでの戦いからソラリアが桁外れの戦闘力を有している事は皆が知る所だ。人間離れした回復力もそうだ。だからタクトは嫌でも考えてしまった事がある。
 もしかしたらソラリアは、戦う為に生まれてきた悲しい存在なのではないか、と。
「カーレン様に会えばタクト様の疑問は全て解りますわ。あの二人の争いも、タクト様が来て頂ければ、たちどころに解決しますのよ?」
「お、俺が? 何で俺なんかが」
「罠だ! 行くんじゃない!!」
「危ないよお兄ちゃん! せめて私達も一緒に」
 皆が罠だと反対する中、だがしかしタクトは密かに心を決めていた。
 これが罠だろうが何だろうが行くしかない、と。ソラリアが今戦っているなら、側に行ってあげなければならない、と。
「お下がりなさい下郎が!」
 シーゲルが追いすがろうとするエル達を制する。
 招かれるままにシーゲルに付いて行こうとするタクトを止めようとしたのだ。だが魔神シーゲルがそれを許さない。
「私がお招きしているのはタクト様ただお一人ですわ。あなた方亜人は、これ以上進む事を許可しません」
「そんな!」
「おいふざけるなよ!? タクトだけ連れて行こうとはどう言う――!?」
 シエラとエルがそういった瞬間、辺りは一面眩いばかりの閃光に包まれて、空を覆わんばかりに展開していたファルコの軍勢が、モーゼが海を割った伝説のように裂けていた。
 人混みにぽっかり明いたトンネルには煤けた炎の残滓が残り、残ったファルコの軍勢は恐怖に混乱する所か完全に怯え、絶望しきったように金縛りにあってしまっていた。
 やはりシーゲルは魔神で、ご多分に漏れず圧倒的戦闘力を持っているのだ。それをファルコ軍の兵達はタクト達より先に味わってしまっていたから、今何も出来ず蛇に睨まれた蛙のようになってしまっていたのだ。
 ソラリアの力は炎。ミィレスの力は光。そしてシーゲルの力は――。
「一歩でもこのニーゲルン・スティラにその汚らわしい足を触れて御覧なさい? あなた方もああしてさし上げますわ」
「な、何だ今の力は……」
「眩しくて何も見えなかったよ。あの一瞬で何が起こったの?」
 目の当たりにした新たなる魔神の力。それでもタクトはシーゲルの手を取った。
 ソラリアは魔神だ。恐ろしい力を持っている。だがソラリアは優しい心を、人の心を持っている。どんなに強い力を持っていてもソラリアは女の子なのだ。

『私のこと……嫌いにならないで……』

 タクトは思い出す。
 ボロボロになりながらも仲間の為に戦ったソラリアの姿を。そしてその姿を見られ、嫌いにならないでと見せたあの涙を。
(あいつを絶対に一人にはしない。例え魔神、人じゃなくても、絶対に一人になんかするものか)
 タクトは激流に身を任せる覚悟をした。
 だが絶対に砕けやしないだろう。ソラリアに会って気持ちを伝えるまでは、どんな困難があっても必ず乗り越えてみせる。
 男が本気になれば、それが絶対に出来るはずだ。タクトは力の限りそう信じた。
(わ、私は見ていた……あれは紛れも無く雷光だった。あの魔神、雷光を操るのか? それもあんなカミナリのような稲妻を)
 そしてアルトメリアは魔神の力の一端を垣間見て思った。
 人じゃない。これは人の力じゃない、と。
「こりゃ、一人で任務遂行は難しいかな」
 アルトメリア達、凱旋(トライアンフ)の聖騎士は一騎当千を謳っているが、魔神の強さはその比ではない。
 こんな化け物相手に果たして人の身で勝つ事が出来るのか?アルトメリアは数十年ぶりに冷や汗を流した。



「見えたぞ。あそこが黒い月の中心か」
 ミィレスとソラリアを連れ立ったファルコは無機質な通路を歩いていた。床や壁は黒光りしており、石とも鉄ともつかない足音が響く。どんな材質で作られているのか見当もつかない。
 その長い長い通路をもう何十分歩いた事か……ファルコの鳥人としての感覚が無ければ、今自分達がどこに向かっているか、今黒い月のどこら辺に居るのか、分からなくなっていただろう。
 だがミィレスのナビゲートとファルコの感で、二人は遂に黒い月の中心ブロックへと続く、光り輝く出口を見つけたのだ。
 そしてそのドアを通り抜けた先にあった物は――。
「何だこれは……あのカプセルは一体……!?」
 真っ白な空間、巨大な球形のホールの中心を貫くように通路が伸びていた。
 その先には周囲のシンプルで飾り気の無い直線と曲線を主とした無機質な作りとは質を異にする、人間的で豪奢な彫刻の施された綺麗なバルコニーが一つあり、バルコニーの窓には風も無いのに揺れるレースのカーテンがかかっている。
 そして球状の壁面全体を埋め尽くすカプセルの山。素人目にも一目でここが特別な特別な空間である事が見て取れた。そして更によく見てみると、カプセルの中には何やら人らしきモノが見えるのだ。
「あれは、あの中に人影が見える! これら全て魔神だと言うのか!? これが全て!!」
「ここは……初めての筈なのに、何故か懐かしい」
「ニーゲルン・スティラ。私達魔神の故郷」
 壁面一杯に広がるカプセルの山。その正体がソラリアやミィエスが眠っていたカプセルと同様の物で、これら全ての中に魔神が眠っていると知った時。ファルコは高揚を抑えきれず思わず叫んだ。
 ミィレス一体でもファルコ軍最強の四元魔将全員と互角かそれ以上の力を持っているのだ。それが数千、いや数万と居れば、一体どれほど途方も無い戦力になるのか。
 想像しただけでファルコは小躍りしたい気持ちだった。
「素晴らしいぃ! これだけあればどんな軍隊も恐れるに足らん!! 私は今、世界を征服する力を手に入れたぞぉ!! ハーーーーッハッハッハッハッハ――」
「誰か居るのですか?」
 そうして中心を貫く渡り廊下を進んでいる内に、いつの間にか突き当たりのバルコニーに人影が現れていた。
 寝巻き――ネグリジェだろうか。白く体が透けて見えるヒラヒラの布地にレースの刺繍が施された豪華な着物だ。
 服から透けて見える体のラインはギリシャ彫刻のように美しく、頭にはソラリアやミィレス達より巨大なバイザーを被っており、生身の部分は口周りだけだった。
 地球人のような体と頭部のバイザーから、ファルコはその人物も魔神だと思い話しかけた。
「おや、あなた方は……そうですか。ついに見つけたのですね、私達の主様を」
「そうだ。私――この俺がお前等の主、オルニト軍戦闘神官、ファルコだ。いずれこの世界全てを支配する男よ」
「……」
 口以外がバイザー――と言うよりヘルメットに近いか――に覆われている為表情を読み取る事は出来ないが、バルコニーの女はバイザーから出る長い金髪のウェーブヘアーをなびかせながら、ファルコではなくどこか遠くを見ているようでもある。
 だがファルコはそれに構わず、バルコニーに向かって歩み続けながら女に語り続けた。
「お前は誰だ? 外の門番達同様お前も魔神か? ならば今この時より、俺の指揮下に入るが良い」
「……来る。もう少しで……私達悲願の時が」
「おい! 聞いているのか!? 今すぐそこから降りて俺の前にかしずけ! これは命令だぞ!」
「黙りなさい下郎」
「何っ!?」
 ファルコの問いかけに女がやっと反応を示したと思えば、それは思いもかけぬ罵声であった。
 美しい外見に反する強い口調の言葉に、ファルコ、そして後ろについてきたミィレスとソラリアも思わず歩みを止める。それほどの凄みが、女にはあった。
「今からここに一人の地球人の青年が来ます。貴方はその男と決闘を行うのです」
「何!? 俺以外にここに入る資格のある者が居ると言うのか!?」
(そんな、まさかタクトさん? タクトさん達なの? どうしてここに!?)
 ソラリアは焦った。
 何となくそんな気はしていたが、やはりタクトは自分を追いかけて来ていたのだ。自分の存在が許されたようで、また、こんな所まで追いかけて来てくれる程大切に想われている事が嬉しかった。
 だが今タクトはここに来てはならないのだ。ここに来れば戦いを強要される。この恐ろしいファルコと戦わされて殺されてしまう。
 タクト達に迷惑をかけないように出てきたのに、結局危険に巻き込んでしまう結果になるなんて。ソラリアは例え相手が誰であろうと、そんな事絶対に許す事は出来ないのだ。
「その決闘の勝者こそ、我等が王と認めましょう」
「望む所だ! その小僧を血祭りに上げ、我が新たなる門出の生贄としてくれるわ!!」
「ダメーーー!!」
 ソラリアが前に出た。
 例えこの場で壊されても、絶対に引かないつもりだ。タクトが絶対にソラリアを一人にしないと誓ったように、ソラリアもまたタクトを絶対に守ると心に誓っているのだから。
「その人はただの地球人なんです! 戦う力なんか持っていません! それに、タクトさんが貴方達の王である筈がありません! どうか止めて下さい!」
「決闘は必要な儀式です。ソラリア、あなたがそれを止める理由が分かりません。もしかして壊れているのですか?」
「壊れてても何でも構いません! 私は、タクトさんを守りたいだけです!」
「……」
 鬼気迫るソラリアの宣言に気圧されたのか、女の口が止まる。
 バルコニーに手を置いたまま、数瞬の間何かを考えているのかバイザーに隠れた女の目は動きを止めてジッとソラリアを見る。
 突然訪れた静寂に、ファルコも思わず口を開く事が出来ずに居た。と、その時口火を切ったのは、以外にも今まで沈黙を守ってきたミィレスだった。
「ドクター・カーレン。私とソラリアは機能に損傷があります。修理を要求します」
「魔神の耐久年数は約1万年の筈ですが……よほど激しい戦闘を繰り返したのですね。良いでしょう、直してあげます」
 そう言うと女――カーレン女史はバルコニーの奥へと踵を返し戻っていった。
 長い金髪がホールの光に照らされ煌めく。白と金の美しいコントラストを眺めながら、ファルコがその後姿に尋ねた。
「良いのか? この俺が地球人の小僧を殺す瞬間を見なくても」
「構いません。始めから勝敗は分かり切っていますから」
 振り返りもせずそう答えた後姿は、すぐにレースのカーテンの向こうに隠れて消えた。
 明確な答えは言っていないが、その言葉の裏には「タクトが勝つ」と言う絶対の自信が見て取れる。ファルコはそれが気に食わなかった。
「止めて下さい! お願いします! 止めて下さい!」
「えぇい、もはや面倒! ミィレス、そいつを抑えておけ!」
「イエス マイマスター」
 ここに来てから自尊心を傷つけられ続けるファルコは、苛立たしげにソラリアをなだめていたミィレスにそう命じる。
 ミィレスの目的は心を取り戻す事。その目的がやっと叶うと言うのに、目標を目前にして冷徹に命じられる主の命令。
 記憶を取り戻したいソラリアと協力すると言った言葉に嘘はなかった。だからなだめて一緒にカーレン女史の所に行こうとしていた。だが――。
「私は奥のラボで待っています。終わったら来るのですよ。ソラリア、ミィレス」
 ミィレスにとって第一優先はマスターの命令。
 自分が仕えるマスターの為、他の全て、自分自身さえも犠牲にする事が彼女に課せられたプログラム。
「ミィレスさんどいて下さい! 私は、私は……!」
「マスターの命令。貴女を止める。……力尽くでも」
「ミィレスさん!!」
 そう。それは例え、自分がマスターに打ち捨てられる存在であったとしても……。




「ハァ! ハァ! ハァ!――」
 タクトは無機質なトンネルを走っていた。
 窓一つ、照明一つ無いのに明るい通路は、一目で高い精度で作られていると分かる、数え切れない数のパネルで形作られている。
 釘もネジも使われていないその人工物の塊の中を、彼方に見える光に向かって一直線に駆け抜けていった。
「ソラリアが……この奥にソラリアが居る!」
 タクトを誘い門を通した魔神シーゲルは、タクトにこの通路を抜けた先に二人が居る事を話すと、駆け出したタクトの後を追うようにゆっくり歩いている。
 何も手は出してこない。タクトはその事に安堵し、ただ目の前に見える光に向かって突き進んだ。
「ソラリアーーー!!」
 やがて小さかった四角い光は大きく視界全体に開け、そこは巨大な球状の広間として現れたのだった。
 道はその球状空間の中心を貫くように反対側へと伸びていて、その先には人影が……。
「待っていたぞ、小僧」
「お前は? いや、それよりもソラリアは!? ソラリアはどこだ!」
 タクトを待っていた人物。
 それはソラリアでもカーレンでもなく、タクトが異世界に来てから何度も戦ってきた軍団の長。戦闘神官ファルコだった。
 白い神官服に金銀宝石の飾りを付けた大柄な鳥人の男。くちばしは尖り翼は大きく、その眼光は獲物を狙う猛禽類の鋭さがある。
 普通なら目の前に立たれただけで射竦められる偉丈夫だが、この時のタクトはソラリアを探し、ソラリアの為だけにここに来ていた。
 ファルコの視線より、この空間の異様さより、ただソラリアだけをタクトの視線は探し彷徨っていた。
「俺を無視するな。これからお前を殺す男だぞ」
「なに!?」
 その態度にイラついたファルコは、タクトの目の前に一振りの剣を放り投げる。
 幅5m程の狭い通路に、乾いた音を立てて転がる両刃の剣。ファルコはその剣を指差しながらタクトに向かって言い放つのだ。
「小僧! 今この場で、この俺と決闘しろ! 命を賭してな!!」
 ファルコが左手に持っていた剣を鞘から抜き放った。シャランと冷たい音が響いた後、カラカラと硬い音が通路に響く。剣を抜き不要になった鞘をファルコが捨てた音だ。
 ソラリアを探してここに来た筈なのに、どうして見ず知らずの鳥人に決闘を挑まれるのか。やはりシーゲルの誘いは罠だったのか。
 タクトは混乱しつつも、相手に向けられた切っ先に反応して、つい反射的に足元の剣を拾ってしまう。
「剣を構えろ! 小僧!!」
「くっそー! 何がどうなってんだ!」
 抜き差しなら無い状況と言う物はあるものだ。
 裂帛の気合で切りかかって来るファルコの殺気に、タクトは反射的に、本能的に自己防衛の為、剣を抜き相手の剣を受けてしまう。
 剣を受けたからには勝負開始だ。決闘が終わらせられるのは最早この世界に二人のみ。
 タクトか、或いはファルコか。いずれか一方が降参するか死ぬまでこの戦いは終わらない。
 ついにタクトに自ら剣を取って戦うべき時が来たのだ。
「お前を殺せばこの俺が、魔神達の主に選ばれる! 1千体の魔神の力が手に入るのだ! 世界を征服できるだけの力が!!」
「だから一体何の事だ! ソラリアをどうした!」
「あの魔神は今もミィレスと戦っている! だがそんな事を気にする余裕が貴様にあるのか!? あるのか! あるのかぁ!!」
「うわっ! ぐっ いってぇ!!」
 鳥人の身体能力はそう高くない。それは飛ぶ為に体を軽く、持久力重視に進化させてきた結果だ。空を飛べると言う絶対的優位性が無ければ、他の種族より、人間より劣るのだ。
 だがタクトはこの時明らかに圧されていた。
 それはタクトが剣の修行などした事がない全くの素人で、運動能力においても特に優れている訳ではない、普通の青年だったから。
 戦闘神官として、数々の修羅場をくぐってきた武人であるファルコに、例え少しくらい身体能力が勝っていようと、勝負になる筈が無かったのだ。
 終始圧されっぱなしのタクトと、自分の方が実力で勝る事を確信したファルコの二人。
 粘ってはいるが徐々に傷ついてゆくタクトと、調子づいて高笑いしながら、あえて一撃で止めを刺さず戦いを、いや、暴力と残酷を楽しむファルコを見て、今やっと通路を抜けてきたシーゲルは眉をひそめた。
「想像以上に俗物ですわね」
「けどよ、あんなんでも役に立ってくれそうじゃん? 姉貴」
「フッ、そうですわね」
 その言葉にどこからか現れたヒュントが合いの手を入れる。
 ガラス玉の様に綺麗だが冷たい瞳が二人の男の鮮血飛び交う戦いを見ている。シーゲルはその行く末を知っているかのように、ニヤリと氷の笑みを浮かべた。

 ズキューン!!

「……っ!?」
 戦いの中、剣を弾かれ絶体絶命となったタクトから突如響く強烈な破裂音。
 それは剣の代わりに持たれた鉄の筒から鉛玉と共に放たれた音。
 その音をファルコは知っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……う、動くな! 動いたら撃つ!」
「……ほぅ」
 黒い月に乗り込む前、アルトメリアがタクトに持たせてくれた『お守り』。携行武器としては地球で最強の座を欲しい侭にする火薬を使った兵器――銃。
 使い方さえ知っていれば、子供でも指一本で大人を殺せる恐ろしい武器を、タクトはファルコに向けて構えていた。
「そ、それ以上来るな! 撃つぞ!? 本当に撃つからな!」
 そう言ってファルコに向けた銃口は、タクトの心そのままにふらふらと揺れ狙いが定まっていない。
 一発目の天井に向けて撃った時、タクトは銃撃の反動の大きさを感じた。こんな状態で当てられる筈が無い。だがそれでも銃口は狙いが定まらぬまま、怯えるように震えているのだ。
「本気で撃つつもりなら始めから当てておくべきだったな。コケ脅しにしか聞こえんぞ」
 その様子を見てファルコは確信した。タクトには人を殺す覚悟が無い。自分が殺される覚悟は持っていても、人を殺す覚悟はなかなか持てないものだ。
 覚悟の有無が、こうして絶対的有利な状況にもかかわらず怯え震えると言う行動に現れてしまっているのだ。
 銃恐るるに足らず。だがもう遊んでいられる程余裕がある状況でもない。
 ファルコはタクトをいたぶるのは止め、止めを刺すべく剣を振り上げて間合いを詰め始めた。
「く、来るなぁ!」

 ズキューン!!

 再度、タクトの銃口が火を吹いた。
 放たれた弾は震える手のまま狙いから逸れて飛んで行き、ファルコの顔を掠っただけ。だがこれがファルコの逆鱗に触れた。
「お前は俺を本気にさせてしまった。……これで終わりだ」
(こ、殺される! このままじゃ本気で殺される! ソラリアにも会えないまま、ここで俺は――)
 ファルコは剣を下ろし、ルーンの刻まれた飽食具で彩られた手をタクトに向けて光精霊に命令した。
 その手に集まる光の粒子は、ファルコがミィレスの技からヒントを得て編み出した光の砲撃。
 破壊力は十分の一以下だが、ルーン方程式と意志力の力によって実現される光精霊の御技は、タクト一人をこの世から消し去るのに充分すぎる威力を持っている。
 眩いばかりの光を放つ恐るべき技を前に、タクトはその恐怖を直接肌で感じていた。
 殺される。死ぬ。本気でそう思った時、タクトの中でようやく一つの決意が固まった。
「死ね」
「う、うわぁぁぁぁぁぁああああ!!」



  • 色々と想像やら思うことはあるけども、これは後編を読んでかの方が良いなと当方は判断 -- (名無しさん) 2013-06-26 02:59:12
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最終更新:2013年06月27日 00:17