「それでは積荷の確認を行う。 荷のリストを出してもらおう」
灰色の毛並みも短いペンギン人。管理官が太い幅広な翼手を伸ばす。
ここは
新天地のニシューネン市、西の入り口である竜道の終点であり始点である幌竜車の駅舎。
大型荷獣も駅舎内部に入れる様に真っ二つに割れた旧シタラネ砦を再利用した堅木と岩造りの外観は、何とも力強い。
「はるばる
オルニトから運んできた合金用の甲灰石だよ!
比重が重すぎて海輸じゃ厳しいってシロモノだから山越え森越え運んで来たけど大変だったねぇ」
「石の他に“乗客”とあるが…どこに?」
管理官が荷台をしげしげ眺めるが、人影は無い。
「あれ?おっかしいねぇ。オルニトの峠で腹鳴らして行き倒れてた狐人を乗せてきたんだけど…いないかい?」
一通り探してみたが狐人の“き”の字も見つからなかった。
結局、途中で降りたのだろうと決着し、リストに許可の判子を押された荷竜と人間女性は駅舎の中へ、石畳を進んでいく。
丸い小石を敷き詰めた駅舎の通路は摩擦が少なく、橇もすいすいと進む。
「辰乃、あの娘を探さなくて良いのかい?」
えっほえっほと急いで追いついてきた、見るからに気の優しそうな大粒な瞳の
オーク。
「ニシューネンのすぐ近くまでは一緒だったんだ。
途中、荷竜の餌まで平らげて腹いっぱいになったあの娘なら多少の危険でもへっちゃらさ」
「でも小さな娘だった」
オークは心配そうに何度も後ろを振り向く。
「あんた、気付いてなかったのかい?」
「何が?」
「いっつも輸送の途中であちこちちょっかいや悪戯をしてくる土だの精霊が、
あの娘を乗せた後から全くそういう厄介ごとがなかっただろ?
しまいにゃ泥濘や崩れそうな道を固めてくれたりで、ありゃ間違いなくあの娘が関係しているよ」
その言葉で道中を思い出したのか、ポンと手を打ったオークは安堵の息を鼻から出した。
巨大な駅舎の中央は、昨晩降った雨が屋根の傾斜から伝って水貯めに流れ込む。
かつての砦の庭園の面影を残す芝生や背低い草の生える獣の休憩広場には、荷を降ろした獣達が思い思いに休んでいる。
南北東の入り口では、街の商人達や荷受け業者などと運送人達が交渉などを行っている。
「今回は運搬のみで仕舞いだから簡単だね。 店の者が取りに来たら代金受け取って終了」
「辰乃、街は大
ゲート祭で賑わっているよ。 帰り便の荷物が来るまで見物してみないかい?」
駅舎を南に出てすぐ、高級宿の派手な呼び込みと大商店のセールの掛け声がステレオで響く。
「…とかいっちゃって、あんまり食べすぎて荷竜の負担を増やすんじゃあないよ?」
「うん。六分目くらいで抑えておくよ」
「四分でいいよ、四分で」
相撲取り顔負けの横幅と岩の様なオークと、それに並んでも少し頭の出る2m近い身長の筋肉質の女性。
道を並んで歩く二人は、種族の違いを感じさせない程好い仲睦まじさである。
「おい、お前。ひょっとしてマグナムか?」
二人とすれ違った数人のオークが振り返り呼び止める。 見れば海の風体、海賊だろうか。
「おぃおぃおぃお~ぃ! 鉈も鎚もろくすっぽ振り回せずにカチコミになったら船倉で震えてたマグナムじゃねぃか?」
「相変わらずナヨっちいツラだなオイ! 船から逃げ出して人買いに騙されてチキュウに売り飛ばされたって聞いてたがオイ!」
その通り。オークの名はマグナム。地球にて辰乃と結婚したことで“雷龍(かずちり)=マグナム”になっていた。
捲くし立てるオーク達に押され、肩を窄めるマグナム。
「オウ、隣の女は何だ?まさかお前の女か?」
「なワケねーってよぅ! へなちょこマグナムなんだぜ?」
「おぅおぅ、一緒に酒場でもいこ~やねーちゃん」
手布が巻かれたず太い腕を辰乃に伸ばす。腕を掴む。
ぶ ち っ
「正当防衛っしゃーーーッッ!!」
掴んだ腕があらぬ方向へぐりんと捻れる、巨体からの腕取りドラゴンスクリュー。
「人を傷付けるのがそんなに偉いのかい!」
悶絶してのた打ち回るのを見てすぐに次が殴りかかる。
が、太い拳はがっしりと受け止められる。
素早く後方に掴み回る勢いを乗せたドラゴンスープレックス。オークの頭が地に刺さる。
「見ず知らずの世界にやって来て大地震に巻き込まれた中で、あんたらは見ず知らずの者達を進んで助けれるってのかい!!」
倒れる二人を押しのけて、一番の巨漢がタックルを仕掛けてくる。
しかし、辰乃は真正面からそれに突っ込み、オークの側面から太股、肘、肩と力強く上空へと蹴り昇る。
頂点に昇る陽に飛び上がった辰乃は、そこから肘を真下に、両足を上に掲げ重心を空へ空へと上げた。
強烈な落下速度と加重のドラゴンエルボーがバイキングヘルムをへしゃげさせて突き刺さる。
泡を吹いて倒れた巨漢の後ろで目眩を抑えて立ち上がったオークが背から大鉈を振り抜いた。
「こぉのアマぁ!もぅ許さねぇ!」
「ブッタ斬ってやるあああっ!」
顔も真っ赤っ赤になり怒り頂点で最早誰の何もお構いなしの様相。
「やっやめるんだ! そんな物を出したら ──
「素手で敵わないからエモノかい? どうやら“潰され”たいらしいねぇ!」
道を削って前に滑り構えた辰乃の脚。 いかめしい鉄板が甲と爪先を覆う安全靴。
潰す。蹴り潰す。禁じ手。ゴールデンボー ──
「およしっ! そこまでだよ!!」
突如、野太い張り声と共に空から降ってくる大錨。
ずんずんずんと地を揺らして現れたのは数十人のオークを従える大阪のパンチパーマのオカン…もとい
巨漢すら生易しい巨体に海賊服をネグリジェの様に纏った女性オーク。
「先に手を出した挙句に武器まで出すってのはいただけないね。
そもそも女一人に捻られてる様じゃオーク海賊団の面汚しの他なンでもないよ!」
太い唇から浴びせられる怒声に縮み上がる三人のオーク。
「こいつらを水路まで連れていきな! 泳いで船まで戻って飯抜き甲板掃除の刑だよ!」
か細い悲鳴をあげたオークはえっほえっほと担がれて、街の水路の方へ運ばれていく。
「マグナム、あンたはちーっとも変わらないねえ」
「大母…」
「…生来、優しい気質が海賊向きじゃなかったあンたをどうしようか悩んでいたもンだけど、
何がどうして勿体無いくらいの“船”に乗ったじゃないか。わたしゃ嬉しいよ」
地に刺さる錨を引き抜いたビッグマムは、見上げる辰乃に歩み寄る。どしんどしん。
「カタギにしとくにゃ勿体無いねぇ。 ドニーに来ることがあったらうちの船に寄っといで。
歓迎するよ!」
ビッグマムはそう言うと、辰乃に木製のカールを手渡す。
「おい!あれは大母のパンチカール!」
「あれを持つということは大母の後ろ盾、我らが海賊団で全面フリーパスという意味!」
「畜生!マグナムの野郎、トンでもない女と夫婦になりやがったぜ!」
巨体を翻したビッグマムは、のっしのっしとオークを引き連れて場を去って行った。
「こいつは母親に認められたって事で良いのかい?」
「うん。 それはそうと体は何ともない?」
おちゃのこさいさいへっちゃらだよとマグナムにネックブリーカー。
筋肉と胸に圧迫される気弱なオークは、幸せの絶頂にあった。
ここは新天地の街、ニシューネン
あちらこちらからやって来てはあすこ向こうへと起つ人波
種族が違えども、繋いだ手の意味は変わらないのだろう
- コッテコテのオカンもとい海賊のボスだビッグマム。結婚認めたとかもしかして団のオークって全部マムの子供たちなのか? -- (とっしー) 2013-06-24 23:11:08
- 駅舎の大きさが砦とあって想像しやすい。港から距離もそう遠くないのなら船でやってくる人も多そうだ -- (としあき) 2013-06-25 12:37:04
- 微笑ましい異種族夫婦と大母の度量に和む。 玄関口からメインストリートなど市の様子もわくわくする。 金羅様と道中共にした旅人には福が舞い込む? -- (名無しさん) 2013-09-07 12:13:10
最終更新:2013年06月22日 22:59