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【異世界冒険譚-蒼穹のソラリア- ④ 後篇】

 カッ!!

 光と轟音。そして何かが焦げたような臭い。
 静寂が支配する空間に激しい音画響いた。やがて訪れた一瞬の沈黙の後、バタリとその場に一人の男が倒れ伏せる。
「ば……バカな……」
 倒れたのはファルコの方だった。
「あ、あぁ……あぁぁぁ……」
 巨躯の鳥人が倒れた床に広がる真っ赤な水溜り。それは、人の命が流れ出している光景であった。
「何故だ……何故光精霊が……一体何故……」
「そんな……お、俺は……俺はそんなつもりじゃ」
 ファルコは放たれる筈だった光の矢を放てなかった左手を見た。血に染まった羽根以外、普段と何も変わらないように見える。
 これで何故技が発動出来なかったのか。自分の犯してしまった罪に震えるタクトを余所に、次の一言で彼はその謎の答えを理解したのだった。
 魔神はエネルギー源にマナを必要とする。それは精霊や神が奇跡を起こす時使うエネルギー源と同一の物だ。
 だが魔神は精霊や神と比べ、マナをエネルギーに変換する効率が圧倒的に悪い。悪いからこそ、マナを大量消費――バカ食いしてしまう。
 故に神程の力があればいざ知らず、精霊は魔神の近くではマナを魔神に奪われて奇跡を起こせない。
 それどころか、精霊は魔神の近くに長く居るだけで、エネルギー切れで消滅、餓死してしまうのだ。
 つまり、さきほどファルコが光精霊で起こそうとした奇跡を、魔神シーゲルとヒュントが寸前でマナを吸収し邪魔したのだ
「おめでとうございますわ!」
 今まで見た事が無い満面の笑顔でシーゲルがタクトに抱きついた。
「やったじゃねーか主よぉ。童貞を捨てたな」
「まぁ! ヒュントったらなんて下品な」
 続いてヒュントまでが満面の笑みでタクトに抱きつく。
 こうしていると二人はまるで、人間の姉妹のようだった。人殺しで喜んでいる所を除けば、可愛い姉妹そのもの。そこが恐かった。
「家の兵士達は良くそう言ってたじゃねーか。初めての殺しの時よ~」
「ち、違う! 俺はっ、俺はぁっ!!」
 あの瞬間、タクトはファルコに向かって引き金を引く決意を固めた。
 だがその決意は今目の前に起こった現実によって容易く打ち砕かれた。
 人殺しになってしまった。取り返しの付かない罪を犯してしまった。タクトは今まさに人としての一線を越えてしまったのだ。
「何が違うのです? 今タクト様はご自分の手で、この鳥人を射殺なさったではありませんか」
「お、俺はただ……身を守ろうとしただけで……そ、そうだ。これは正当防衛だ、人殺しじゃない!」
「殺しは殺しだろ? 潔くねーなー、さっさと認めちまえよ」
 これは魔神達の企みだ。始めからそうなるよう仕組んでやらせた事だ。だが何故魔神達はそんな事をタクトにさせたかったのか。
 こんな八百長の決闘まで仕組んで、一体何が目的なのか。
「ぐっ……ぁ……」
「あら嫌ですわ。この鳥人まだ息がある」
「タクトー、こいつまだ生きてるぞー。早く止めさせよ」
「い、嫌だ! 生きてるなら早く治療してやってくれ! 早く!」
「冗談。何でオレらがこんな奴」
 タクトの必死の願いをヒュントは鼻で笑うように拒否した。シーゲルも袖で口元を隠し汚い物を見るような目だ。
 ファルコは魔神達を利用しようとしていたが、逆に利用されて死んでゆく。それは今まで悪事を重ねてきた罰なのかもしれない。
 だがそれでも、死んで当然の男でも、人を殺してしまったと言う意識をタクトに与えるには充分すぎる生贄だった。
「おい! しっかりしろあんた! おい!」
「くそ……貴様なんかに……この俺が……」
 タクトがすがるような思いで横たわるファルコに駆け寄ると、ファルコは虫の息ながらまだ生きていた。
 その白い神官服の胸部分に大きな血の痕が広がっている。心臓付近だった。
「始めから……俺は利用されていたのか……お前等に……」
 嘴から血を吐きながらファルコは焦点の定まらない瞳でタクトを見る。肺からの出欠による吐血だ。
 今すぐに治療しなければ、いや、今すぐ治療を施しても助かるか怪しい状態だ。ましてこんな場所のこんな状況下で、万に一つも助かる道は無い。
 ファルコの命はあと僅かであると、素人目にも明らかだった。
「おい、小僧……貴様、魔神の王になって……どうするつもりだ」
「俺は王になんかならない! ただソラリアを、仲間を助けに来ただけだ! それが何でこんな……こんな」
「フッ……」
 タクトの答えを聞いてファルコはニヤリとクチバシの端を歪める。
「どうやら、見込み違い……だったようだな……ガフッ……ハハハッ……」
 ファルコは己の野望が潰えた事を受け入れていた。
 今はただ死を前にして、魔神達が選んだタクトが王の器ではない事を蔑み、少しでも気を晴らしてから逝く程度の事しか出来ない。
 だがそんな嫌味にもシーゲルとヒュントの二人は全く動じていない。
「プッ。姉貴、こいつまだ解ってねーみたいだぜ?」
「本当に哀れな生き物ですわね。少し可哀想」
「あんたら、本当に血も涙もないのか!? 何でそこまで」
 そんな二体の冷ややかな態度に怒るタクトだったが、ファルコは死の直前、冷静になる事が出来ていた。
 先程の嫌味が最後の力を振り絞った最後の言葉だったが、ファルコは心の中で魔神達の真の目的を悟り、クチバシをかみ締めてた。
(そうか、そう言う事だったのか……魔神は、こいつらの真の目的は……)
 魔神達は勝負が始まる前からファルコでは無くタクトを選ぼうとしていた。鳥人のファルコではなく地球人であるタクトを。
 そして魔神達は古代地球からやってきた種族であり、数千年の長きに亘り虎視眈々と何かの機会を窺って、ここ新天地の空に隠れ住んでいた者達である。
 それが今になって動き始めた理由。何故タクトだったのか。何故今だったのか。ここに眠る千躰の魔神達。その全てが女性型である理由。
「く……そぉ……」
 ファルコは誰にも聞こえない声でそう呟いて、短かった覇道の生涯を閉じた。



「お願いですミィレスさん! もう止めて下さい!」
「それは出来ない。マスターの命令は絶対」
 二体の魔神はタクト達がいる中央ホールから、外部に繋がるシャフトスペースの中を合い争うように進んでいた。
「タクトさんが! タクトさんが殺されちゃう!! どいてミィレスさん! どいてぇ!!」
 薄暗い障害物のあるトンネルを、二体は飛行しながら、戦いながら外へ外へと進んでゆく。
 ソラリアの鍵とミィレスの鍵が激しくぶつかり合い、その度に火花が一瞬闇を照らす。
「私と貴女は同系機。だから戦っても勝負がつかない」
 時に壁面に叩きつけられ、時に剥き出しのパイプに激突しながら、炎と光の魔神は破壊を撒き散らして飛び続ける。
「性能が互角のモノ同士が戦えば、結果は千日戦争になるか相打ちか」
 ソラリアの輻射熱戦砲が、ミィレスのエイミングレーザーが、互いに決定打を与える事が出来ないまま、悪戯に轟音と爆炎の花を咲かせ続ける。
 姿形の違いはあれど二人は姉妹のような物。このまま戦っても決着は付かない。その事が戦えば戦うほど分かってしまうのだ。
「相打ちになりたくなければ諦めて」
「絶対に諦めません!」
 それでもソラリアは諦める訳には行かない。何としてもミィレスを下し、タクトがファルコと戦うのを止めなければならないのだから。
「たぁぁぁああ!!」
 力の限り鍵の剣を振るうソラリア。それに対応して適切に捌くミィレス。
 こうしている間にも二人は出会い殺し合いをさせられているかもしれない。決着が付いているかもしれない。
 そう思う程ソラリアの心は焦り、やがて攻撃は考えうる理想形、理論的戦い方から外れて行く。
「そこをどいてーーーーーー!」
 一撃必倒・一発逆転狙いの戦い方。力任せで非効率的な戦い方。
 心あるが故のそんな変化にミィレスは気付きながら、隙を突き倒すでもなく何故魔神がこんな戦い方をするのだろうと疑問を抱いていた。
「前言を撤回。ソラリア、貴女は私に勝てない」
「!?」
 ここに来てミィレスがソラリアを押し込み始める。
 いや、そもそもホールから離れる方向に誘導されていた時点でミィレスが僅かに上回っていた証拠か。
「今の貴女は感情回路が暴走している。エネルギー消費が非効率的」
 狭所に魔神が複数存在する場合、その場に存在する魔素(マナ)を分け合わねばならない為、より効率的な運用が求められる。
 だがソラリアは勝ちを焦るあまり非効率的な戦い方をしてしまっている。故に、ミィレスに対し不利な状況となってしまっているのだ。
「私のシミュレーションでは7:3の割合で私が有利。戦闘継続を断念する事を勧める」
「それでも……それでも私は……タクトさんの事を――キャア!」
 心の揺らぎからソラリアの攻撃が緩んだ一瞬の隙を突き、ミィレスがソラリアを壁面に叩き付けた。
 受身を取る間もなく壁に叩きつけられたソラリア。壁は人形に凹み、ひしゃげた鉄板は容赦なくソラリアの体に食い込んだ。
「再度警告。戦闘を断念すべき」
「……っ!!」
 そして間髪入れず眼前に突き出された鍵の剣の銃口。
 勝負あった。
 身動き出来なくなったソラリアは、自分に銃口を向けるミィレスを静かに見上げた。
「……」
 だが不思議な事にミィレスはその後、何をするでもなくソラリアの動きを封じたままじっとその様子を見つめるだけだ。
 感情の無い瞳からはミィレスが何を考えているのか全く読み取れない。マスターであるファルコの命令が「ソラリアを抑えておく事」だったからだろうか。
 ファルコが勝った場合、タクトを失ったソラリアが怒りに駆られてファルコに復讐しようとする可能性だってあるのに、それを考慮しないミィレスではない筈だ。
 ソラリアがミィレスの考えを読めないまま、二人の間には先程までの激戦と打って変り、暫しの沈黙が続いた。
「……ミィレスさん。あなたは感情を取り戻したいと言っていましたよね?」
 先に口を開いたのはソラリアだった。
「肯定する」
「私は……私は、タクトさんの事が好きなんです。大好きなんです」
「……」
 ソラリアの言葉に耳を貸すミィレス。
 返事を返すと言う事は、ソラリアとの会話に応じると言う意思表示だ。
 ソラリアだけじゃなくミィレスも、相手の考えている事が知りたかったのだろうか。
 そう、心を持たないミィレスが感情のまま動くソラリアの心を知りたがったとしても、何ら不思議な事ではないのだ。
「あなたも心を持っていたなら、私の気持ちがわかるでしょ!? 誰かの為に戦う、その気持ちが!」
「気持ち……解らない。私はただマスターの命令に従っているだけ。あなたの気持ちが、理解できない」
 そ言うミィレスの瞳が揺れていた。
 胸の奥底で感じていた形容しがたい衝動。その正体を知りたくて、ミィレスは心を取り戻したがっていた。
 自分の中に眠る理解しがたい、自分でもどうして良いか分からないモノ。その為に、ミィレスはここまで来たのかもしれない。
 いや、違う。それだけではない。
 ミィレスの中に眠るソレ自体が、彼女の全ての行動原理と呼べる物だったのではないだろうか。
「私達機械種族は、人間の役に立つ為に生み出された"物"。戦う為に生まれてきた。そのような感情は無意味」
「誰かを大切だと思うから、戦えるんじゃないんですか!? あなたも、あの人の事が大切だから戦っているんじゃないんですか!? だからあなたは、感情を取り戻したかったんじゃないんですか!?」
「違う。私は……私は……!」
 ソレリアの言葉にミィレスは初めて顔色を変えた。
 この時代に目覚めてから使う事のなかった機能。いや、使えなかった機能が今初めて機能したのだ。
 本当は分かっていた。分かっていたが理解出来ない事を良い事に、自分で自分を騙し続けていた。
 魔神には自己修復機能が備わっている。それで直る筈のものが直らなかったのは、自分が直って欲しくないと願っていたからに他ならない。
「きゃあ!」
 ミィレスの中に封印していた感情が芽生え始める。
 溢れ出る情動のままに、ミィレスは鍵の剣をソラリアに突き立て、何かを必死に否定するように語り始める。
「だが、あなたのその感情は相手に伝わらない。もう貴女の大切な人は気付いている筈。貴女が、私達がただの機械人形でしかない事を」
 ミィレスは思った。
 自分がこんな無意味な事を長々とするなんて今まで一度も無かった、と。
 それでも止まらないのだ。自分で自分に歯止めが利かない。
 それを言ってしまったらミィレスは、自分がどうなってしまうのか恐かった。それを否定する為に今動いている。
「"物"は"人"と結ばれない。"物"でしかない私達は、どこまで行っても"人"にとって所詮代わりの効く"物"でしかないのだから」
「ミィレス、あなた……」
 求めているのに手に入らない。そしてそれを知るのが恐い。ミィレスはだから敢えて答えから目を逸らしてきた。
 だが今その答えをソラリアとの会話によって、白日に晒してしまいそうになっている。
「ファイナルアタック・パルスメーサーカノン準備!」
「ミィレスもう止めて! もう、もう私達が戦う意味なんてありません! だってあなたは……あなたは……!!」
「警告する。ソラリア=ソーサリー、貴女もファイナルアタックを使え。さもなくば、貴女はここで破壊されるだけ」
 最早それを避けるには相手を消すか自分が消えるしかない。
 明らかな論理矛盾、非生産的行動。
 今この場で決着をつける事に、彼女達の行動目的からして何ら意味は無いと言うのに。
 それでも二体の魔神はお互いに銃口を向け合った。
「ミィレス……! こんなの、こんなの! 悲し過ぎます!!」
 ファイナルアタックの為にソラリアから離れ距離をとったミィレス。
 向けられる滅びの銃口に、ソラリアも鍵の剣を取るより他無かった。
『エネルギー充填50%……60……70……80……90……ファイナルアタック――』
 二人のエネルギーチャージはほぼ同時だ。火と光の砲撃は、例え魔神と言えども直撃すれば消滅は免れない。
 このままでは最初の予言通り相打ち、二人とも消滅する事になる。本当にそれが彼女達の求める答えなのだろうか。
「パルスメーサーカノン――発射!!」
「集積火粒子砲――ファイヤー!!!!」
 しかしその問いに答えてくれる者は誰も居ない。
 黒い月表層部付近、とうとう二人の魔神による滅びの矢が放たれたのだった。



「気に病む事はありません。亜人を一匹殺しただけですから」
「気に病むなだって?」
 ファルコが死に、罪悪感に打ちひしがれるタクトの元に、カーレン女史が再び姿を現したのは十分ほど時が経ってからの事だった。
 無言のタクトに対して投げかける言葉。それはやはり余りにも冷たく、受け入れがたい現実を語っていた。
「人が一人死んだんだぞ! お、俺が、俺が殺――ウッ」
 タクトは思わず胃の内容物を戻した。
 罪悪感と絶望から精神が限界に近かったからだ。そんなタクトの様子を見て、バイザーから見えるカーレンの僅かな口元だけがニコリと微笑む。
「人間ではありません。人の形に似た獣です」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あんた、何を言って――なっ!?」
 タクトが戻し終わり呼吸を整えていると、突然温かく柔らかい物に顔を包まれた。
 シルクの滑らかな肌触りと、遙か昔、子供の頃感じた事のある安らぎを覚える双丘の感触。それはカーレンが炊くとの頭を胸に抱いた感触だった。
「な、何をしているんだ!? 一体何を――うわっ」
 驚いて離れようとしたタクトの頭をカーレンは再び胸元に引き戻し、タクトに逃げられないよう両膝の上にその身を預けるように、抱き合う形で体を接触させる。
 その体からはしっかりと体温を感じ、ほのかに石鹸の匂いがしている。
 胸はそれ程大きくは無いが、手の平に収まる大きさで女性らしさを伝えるには充分なサイズで、細身だがカーレンの全身はどこも柔らかく、タクトは初めて味わう女性の体に呆気にとられた。
「貴方様は私達の王となるべきお方。亜人の一匹や二匹、気にしなければ良いのです」
「だけど……こんな……」
「嫌な事はお忘れ下さい。私は貴方様の――きゃあ」
 カーレンがタクトの耳元で囁く。甘い声が脳に直接染み込むように伝わり、タクトを忘我の境地へと誘おうとする。
 だがその時、タクトの脳裏にソラリアの笑顔がよぎった。
「や、止めてくれ! 俺はそんな事!」
「主様……」
 突き飛ばされたカーレンは弱々しげに立ち上がったタクトを見上げる。
 タクトはこんな時でも何かを強烈に信じていた。それはソラリアが生きていると言う事。そして今も自分を待っていると言う事。
 その事だけが、タクトをこんな場所にまで突き動かした、全ての原動力だった。
「もしかして、あのソーサリーがお気に入りなのですか? それでしたらすぐに手配致しますが」
「ほ、本当か!? 本当にソラリアに会わせて貰えるんですね!?」
「はい、本当です。もし主様さえ宜しければ、アストレスでもアクシズ三姉妹でも、この私でも、全て望みのままに」
「いや、俺が用があるのはソラリアだけで……うわっ!?」
 カーレンの申し出にタクトがそう答えた時、黒い月の外から、この巨大建造物を揺るがす程の圧倒的破壊音が響いてきた。
 揺れる細い通路とそこにパラパラと降り注ぐホコリ。尋常でない自体が外で起こっている。
「な、何だ今の衝撃は!? ものすごい音も聞こえたぞ!?」
「おそらくソラリアとミィレスのファイナルアタック同士がぶつかり合った音でしょう。ソーサリー型とアストレス型は同世代・同系機で性能は全くの互角。戦えば千日戦争か相打ちとなります」
「そんな! じゃあソラリアは!?」
「同型機などまたいくらでも作れます。主様が私共の王として君臨し、再び地球に帰還する時が来ればすぐに」
 カーレンはそう言うと再びタクトに寄り添って身を任せた。
 これまでの会話と出来事から最早否定しようが無い。ソラリア、そしてミィレスやこのアクシズ三姉妹と呼ばれる少女達は、この女カーレンによって作られたロボットだ。
 人間そっくりに作られた精巧なロボット。人と同じように笑い、悲しみ、そして涙を流すロボット。それが魔神と言う存在。
「あ、あなた達は……いったい……」
「私達はずっと待っていたのです。地球の魔素を消費し尽くしてしまい、この世界に逃れ出でた瞬間からずっと」
 カーレンは語る。かつて自分達がどうしてこの異世界に来る事になったのかを。
 そして今再び、地球に帰還する時が来た事を。
「いつか地球に魔素が回復した時、再び地上に君臨する、その時を」
「まさか、古代ギリシャの哲人プラトンが残した書にある超古代文明が……まさか……」
 タクトはかつて読んだ本やテレビで聞きかじった知識を思い出した。
 かつて地球には、遙か古代高度に発達した文明が存在していたと言う伝説があった事を。そしてその文明が存在した大陸は、一夜にして海に没し完全に消え去ったと言う伝承を。
「今やこの世界の魔素も薄れ始めています。それはこの世界の神々の神威(しんい)が強すぎるからです」
 カーレンの説明は尚も続く。
 そして、おぉ、何と言う事か。彼女達の目的が、この異世界を滅ぼしかねない危険な計画だと言う事を。
「ですがそんな事は私達にとってどうでも良い事なのです。私達が地球に戻る時、大量の魔素を消費するのですから」
「どう言う……事ですか」
 『魔素(マナ)』
 或いは魔力や霊威と言った呼ばれ方もするモノ。現在地球では殆ど使われていない、いや、認識すらされていない忘れ去られたモノ。
 それを動力源に、彼女達魔神や古代文明は強大な力を得ていたのだ。だがそれは星にとって有限の資源で、生産される量も限られている。
 それをかつて古代文明は、自らの豊かさの為に湯水のように使い続けた。結果、地球から神々や精霊は殆ど消え、彼らも生活を維持する為異世界への移住を余儀なくされたのだ。
「我々の魔科学は独力で異世界へ渡る手段を持っていると言う事ですよ。そしてそれは、この異世界を滅ぼしかねない技術なのです」
「なっ――!?」
 魔科学とも呼ぶべき技術によって魔素を、神や精霊や魔法や奇跡を失った結果、地球人類は科学を進歩させる事が出来た。
 だがこの世界が魔素を失えばどうなるか。
 神や精霊と共に発達してきた異世界文明。その高度に発達した文明が一度にその基盤を失えば、代替技術の想像より先に急激な混乱と戦乱、破滅が起こるだろう。
 そんな危険な技術を彼女達は有していると言うのだ。
ゲート開放にざっと5千年分の魔素を消費します。そうすればこの世界の魔素は殆ど尽き、精霊などの弱い霊威(れいい)から滅んでゆく事でしょう」
 数千年もの間、カオス理論から導かれる風神の死角を逃げ続けた黒い月。
 一体で千人分以上の戦力を有する魔神と言う存在。
 かつて神魔戦争によって滅んだと思われた彼女等が、今もこうして生き永らえ、チャンスを狙っていたとは神々でさえ知る所ではなかった。
「そして魔素を失い、やがてゲートも維持出来なくなります。そうすればこの世界に地球側の魔素が吸われる事も無くなるのです」
「ちょっと待ってくれ! それじゃまるで異世界側がゲートを開けたのは地球の魔素を――」
「そう、奪う為なのです。この世界の神々の策謀なのです」
 カーレンの語る事は事実から導き出された推論だ。
 だがその答えはおそらく当たらずしも遠からずと言った所だろう。エントロピー増大の法則に従って、魔素の平均化が進んでいる事は事実なのだから。
「ですから我々は地球を守ろうとしているのです。協力して下さいますか? タクト様」
「それは……そんな話、信じられない……」
「全て真実です。地球を守って下さい、タクト様」
「だって……いや、それじゃ……だって俺は……俺はっ……」
 タクトは困惑し頭を抱え込んだ。
 短い間に様々な事が起こりすぎた。身に覚えの無い王の座を求められたり、悪人とは言え鳥人を手にかけたり、敵と思っていた相手から世界がピンチだから協力してくれと言われたり。
 ソラリアを助ける為だけに来たのに、その事を一瞬忘れる程、状況は混乱していた。
 ここは新天地上空。混乱を司る神の領域。
(因果律を歪める存在……タクト様、貴方だけが数千年待った、私の真の望みを叶える唯一の希望なのです。だから……)
 そしてカーレンは生体計算機によって観測されたこの世界の特異点、タクトを使って、本当に求める彼女の目的を果たそうとしているのだった。



 一方、黒い月表層入り口の前では――。
「うぅ……」
「エル……お姉ちゃん……」
 中に招かれたタクトの後を追おうとしたエル達は、シーゲルと入れ替わるように現れたアクシズ三姉妹の末娘リンネ=サンサーラと戦闘になっていた。
「キャハハハ♪ 君達よっわ~~~い」
 いや、訂正しよう。
 正確には戦闘になっていない。あまりに戦力が離れた者同士が戦う場合、それは戦闘とは言わない。一方的な暴力だ。
 エルとシエラはリンネの謎の能力によって一瞬のうちに倒され、今や立っているのはアルトメリアただ一人。
 だが聖騎士であるアルトメリアをしても、絶望的戦力さは埋められない状況だった。
「でもおっかしーなー、キミ何で死なないんだろ? ボクもうキミの事百回も殺してるのに」
「ハハッ、そう言う体質で――ねっ!」
 アイアンクローのように片手で頭を掴まれ持ち上げられるアルトメリアは、今にも砕けそうな軋む頭を推してその体からドラゴンを召還した。
 黒い腹部から頭を出すドラゴン。その鋭い牙がコンマ数秒の間にリンネの胴体を噛み砕かんとした。
「またそれ~? さっきからバカの一つ覚えみたいにその手品ばっかり。キミもしかしてそれしか出来ないの? 可哀想」
(くっ、最強の持ち球であるドラゴン種も歯が立たないし、どうするかねぇ。魂のストックはあと566……強いのから使ってるから、後半になる程厳しいか)
 だがそのドラゴンの顎が閉じられた直後、リンネの鍵の横笛が強靭な竜族の頭部を半分近くもぎ取る様に吹き飛ばしたのだ。
 ここまでの損傷を受けては如何なドラゴンと言えども生命を維持できない。鉄をも噛み砕くドラゴンの牙を以ってしても、魔神には傷一つつけられないのだ。
 アルトメリアは体内に取り込んだ666匹の獣の魂の一つを、またも無駄に消費してしまった。
 だが聖騎士である彼女はその程度の事で諦めたりはしない。すぐさま最近新たに取り込んだ、食人植物を召還したのだ。だが――。
「なぁにこれ~? 気持ち悪ーい!」
 その植物もリンネは瞬時に破壊し、その時食人植物から出た強酸性粘液を浴びてもビクともしない。
「ドラゴンの歯も通じない、強酸性食人植物の酸も通じない、こりゃ本格的に打つ手無しって奴かな。っグハッ!」
 食人植物の対応によって一瞬手一杯となったリンネの手から離れたアルトメリア。
 一旦距離を取ろうと後ろに下がったが、瞬きの間にリンネはアルトメリアに追いつき、手刀を腹部に叩き込んでいた。
 鮮血と共に貫通する抜き手。
 一瞬は逃がしたものの、再び獲物を掴まえたリンネは血に塗れた手を振り上げて、再びアルトメリアを片手で持ち上げた。
「ボクもう飽きたよ。死んでるのに動いてるなんて、どうせこの世界の神の力でしょ? 理不尽で嫌いなんだよね、そう言うの」
「どっちが理不尽だい、この化け物め」
 死ぬ程の損傷を受ければアルトメリアは命を一つ失う。
 これで彼女に残された魂のストックは565。まだまだ戦える、まだまだ死なない、そう思うのは些か甘い考えであろう。
 シンネはこれでも全く本気を出していない。彼女が本気になれば、今のように逃げる事も叶わず残りの命を全て殺しきる事くらい充分に可能なのだ。
 まして魔神は他にもいる。少なくとも残り二人のアクシズ三姉妹が来れば、状況は更に絶望的となるだろう。
「殺せなくたって、キミを処分する方法なんていくらでもあるんだよ? ヒュント姉に氷漬けにしてもらうとか、シーゲル姉に灰も残さず焼いてもらうとかさ」
(終わりか……エルロン、ごめんね)
 リンネの口からその事実がハッキリと述べられる。
 アルトメリアは死を覚悟した。だが……。
「――ん?」
 その時、リンネの細い足にすがる者がいた。シエラである。
「もう……止め……て……」
「あれ? キミ折角ギリギリ生かしておいてあげたのに。やっぱり死にたいの?」
「きゃあ!」
 リンネは命からがら懇願するシエアを蹴り離し、腹部を貫いて掲げ上げていたアルトメリアを放り投げた。
 蹴られたショックで意識を失ったシエラに一思いに止めを刺そうとリンネが少女の頭を踏み砕く準備をしたその時。
「や、止めてくれ!」
 その時、シエラを庇ったのは既に片腕を折られ無力化したエルだった。
「今度はキミぃ? もぅ一体何なの? ボクこれでも忙しいんだけど」
「止めて……下さい。お願いします」
「およ?」
 シエラの上に被さる様に庇うエル。最初、リンネはもう面倒だから二人まとめて殺そうと、エルの体ごとシエラの頭を踏み抜こうと足を上げたが、エルの意外な言葉にその動きを止める。
「あなたに敵わない事は充分解りました。降参です。ですからどうか命だけは、命だけはお助け下さい」
「キャハハッ、命乞いしてる。人ってホントすぐ命乞いする生き物だなぁ」
 エルは体を引き摺るように動かしリンネの前に跪いた。その様子を見て面白がるリンネ。
「しょーが無いなぁヒトモドキはぁ。ここで諦めて帰るなら助けてあげるよ♪」
「ほ、本当ですか!? 本当に!?」
「ホントだよぉ~ボクを信じてぇ」
 機嫌を良くしたのか、リンネは二人にとって希望の言葉をかけた。帰るなら許す、見逃すと言うのだ。
 最初はここまで圧倒的な力の差があると思わなかった。だから戦いを仕掛けた。だがすぐにそれは間違いだと気付く。
 二人はソラリアと過ごすうち、彼女の人間性から無意識のうちに、魔神と言えど太刀打ち出来る存在だと思い込んでしまっていた。
 だがそれは大きな間違いで、こうして今、魔神が悪魔として伝承に残っていた理由を知る事になったのだ。
「さ、あそこから帰って良いから。そうしたら見逃してあげるから。ね?」
「え、でもここは……」
 ニコニコと微笑みながらリンネが指差した方向。そこには何もなかった。ただ門の前の広場の端があるだけ。その先には広大な大空が広がっているのみなのである。
「どうしたの? 帰りたくないの?」
「でも、だってここは空の上――」
「帰らないんだ~。じゃあ死刑ね♪」
(ゾクッ――!)
 エルがそう返した時、リンネは目を細めて笑いながらそう言った。
 そう、つまりリンネは始めから、飛び降りて自殺するかこのまま自分に殺されるかの二択をエルに迫っていたのだ。
(こ、こいつ、人の命をゴミ程にも思ってない! 壊れても良いおもちゃとしか思ってない!?)
「あと5秒数えま~す。その間に逃げなかったら死刑ね♪ そっちの鳥人間から」
「まっ、待って下さい! 私は飛べないんです! 逃げたくても逃げられないんです!」
「い~~~ち」
 リンネはエルの言葉に耳を貸さずゆっくりと死のカウントダウンを始める。
 しかもエルがシエラの事を身を挺して守ろうとした事を知った上で、シエラから殺すと先に予告してからだ。
「せめてこの娘だけでも! この娘が目を覚ますまで待って」
「に~~~い」
 それでもエルは助かる可能性を模索する。シエラだけでも助けたい。エルはもうそれだけだった。
「お願いします! お願いします! せめてこの娘だけでも! お願いします!」
「さ~~~ん」
 だがそんなエルの願いをリンネは聞き届けようとしない。
 いやむしろ、そんなエルの絶望する様を見て楽しんでいるようだった。
「お願いします!! お願――」
(イラッ)
 だが、エルのあまりの必死さにリンネは軽く苛立ちを覚えた。
「よんごー! はい終わり! 死刑決定!」
「っ!?」
 先程までのカウントダウンのスピードを無視して、リンネは4と5を一瞬で終わらせた。
 エルの反応に飽きたのだ。
「ま、待って! 待って下さい! 助けて下さい! 助けて――誰か助けてー!」
 シエラとエルを片腕で一本ずつ持ち上げて、リンネは広間の端まで歩いてゆく。
 一歩、また一歩と死が近づいてくる状況に、エルは最早抵抗する気力を失っていた。そして二人の体が足場の無い中空に掲げられ、処刑の準備が整った時、リンネはまだ意識のあるエルに高打ち明けたのだ。
「最後だから言うけど、ボク最初から助けるつもりなんか無かったよ。キミが面白かったから少し遊んだだけ」
「あ、悪魔……!!」
 笑顔でそう言ってのけたリンネは、予告通り気を失ったままのシエラから先に手を離した。
 一瞬で小さくなって行き雲に消えたシエラ。守ると誓った大切な者を失い、エルは絶望の表情を浮かべた。その顔を見て満足したリンネは、次にエルの体も空に放したのだ。
「はいおしまーい。あ~ぁ、今日は久し振りにいっぱい来たからもう少し遊べると思ったの――」
 そう言って踵を返したリンネの足が止まった。
「……何か近付いてくる。鳥と……蟲?」
 リンネの能力は『音』である。その耳は遙か遠方の僅かな音も正確に捉える事が出来る。
 その耳が、この場に近づいてくる新たな音に気付いたのだ。
「おかしいなぁ、落下音も途中で消えた。何だろう、これ――わっ!?」
 リンネが音の変化に気付いたその瞬間、彼女の周りに一陣の風が舞った。
「風の精霊? 何でボクに近寄れるんだろう。 魔素を失って消滅する筈なのに何で」
 それは精霊による魔法の風。精霊は魔神に近寄ると魔素を奪われ消滅するにも拘らず、それでも魔法の風を吹かせたのだ。
 精霊が嫌がる事をしてくれる程の精霊使い。そんな風の精霊使いを、絶望の光景を眺めていたアルトメリアは一人だけ知っていた。
「どうしたのよ? あなた昨日戦った時はもっと強かったでしょう?」
【お待たせ。真夜中の小人さん】
 リンネが風に目を奪われた隙に、二人の人影が新たに黒い月の門前広場に現れる。
 一人は鳥人だった。白を基調としたオルニトの民族衣装に身を包み、肩幅に広がる茶色の髪を大きなカチューシャのような髪留めで飾り立てている。
 もう一人は蟲人だった。白、黒、黄色の派手な格好に身を包み、顔は目元をマスクのような物で隠している。そしてお尻の所からは大きな尻尾のような物が生えていた。
 二人はそれぞれ助けたシエラとエルを広場に寝かせ、アルトメリアの方に向き直った。
「君ら、ちょっと遅いんでないかい?」
「傷口が塞がるのに時間かかったのよ。それより貴女、酷い有様ね」
【噂の真夜中の小人も意外と大した事無い】
「ふっ、好き勝手言ってくれて。時間稼ぎも大変だったのにさ」
 軽口を叩き合うこの三人は、共に互角の力を持った猛者同士だ。
 その三人を見て、リンネは顔をしかめながら面倒くさそうに、退屈そうに、感想を漏らした。
「また侵入者~? 今日はやけに多いね。今度は少しは楽しめるかなぁ」
「よくも妹を可愛がってくれたわね。お礼に死ぬ程楽しませてあげるわ。死ぬ程ね」
【アルトメリアはそこで見てる? それとも帰る?】
 そう言った二人は元・ファルコ軍四元魔将の一人『テンペスター』カイラ=ウィンザードと、聖騎士団所属凱旋の聖騎士『不死身』のストレンジャー。
「ふっ、冗談」
 そして夜の帳が下り始め、体の回復が急速に進みフードを取って立ち上がった凱旋の聖騎士が一人『真夜中の小人』アルトメリア=リゾルバ。
「ようやく日が落ちたんだ。真夜中の小人は夜じゃないと仕事が出来ないものさ。これからがスラヴィアンの本領発揮だよ」
「わぁ頼もしい。今度は何時間遊べるのかなぁ、ボクワクワクしちゃう♪」
 三人はそれぞれ風を纏い、毒針を構え、巨竜を召還して『魔神』リンネ=サンサーラを対峙した。
「聖騎士クラスが三人もいるんだ。これで魔神と戦えるか……いざ、勝負!」
 鍵の笛を構えたリンネに、三人の現代の聖騎士は戦いを挑むのだった。



  • 気が付けばタクトの成長というよりも変化を追いかけていたシリーズ四作目。 世界の裏側の流れが最後に現代か未来へと結実したのでひと段落。 独特の要素が多いが、ブレないのでしっかり成り立っているが、今回は場面とキャラが固まっていたので前中後編でも良かったかもと思えた。 舞台と時系列の置き方からまるっきり劇中劇と感じさせない。 似たような雰囲気の物語からならアプローチがかけれそうとも感じた -- (名無しさん) 2013-06-30 17:26:39
  • 長くなったけど終わったねー。魔神二人がまだ何かふわふわ浮いている気がした。騎士団に繋いで終わったのは胸熱 -- (名無しさん) 2013-06-30 19:27:33
  • 4話おつです。あと一話使ってタクトの決意と聖騎士と合流と思っていただけに終盤怒涛の流れは意外だった。次も楽しみにしてます -- (としあき) 2013-07-02 03:17:37
  • 作中劇と言ってしまうとそれまでだけど、このブレなさは素晴らしい。 キャラ一貫で増やしすぎず舞台を集中させていたのは上手い手法だと思う -- (名無しさん) 2013-09-07 12:30:25
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最終更新:2013年07月07日 00:40