イスズ・サレンスカが死んだのは、彼(女)が20歳になったその日の事であった。
「旅
エルフ」と呼ばれる彼(女)は、他のエルフに比べ圧倒的に病には強い体質を持っている。
だが、枯葉病だけは別だった。
エリスタリアに住む、
世界樹にその生命の根本を持つ生き物は全て、この病には勝てぬ宿命なのだ。
気づいた時にはもう遅かった。病は臓腑を蝕み、彼(女)はみるみる朽ち果てていった。
世界樹の声も聴けぬようになった時、彼(女)は自らの死を悟った。
そして、枕元に旅の同行者であるディラ・ローシェを呼んだのである。
ディラ・ローシェは彼(女)と同じく旅エルフである。
彼(女)が一団と共に旅立つ時には、まだ幼な子であったものだが、今はもう10歳。
道をたがえ、行先を異にして別れ、あるいは病に倒れ、不幸な事故で死に、一人、また一人と一団は減り、
いまや彼(女)と彼の二人だけとなってしまった。
そして、彼(女)が死ねば、彼はただひとりで『約束の地』を目指さなければならなくなるのだ。
その前に、何としてでも彼に想いを伝えなければならない。
そう思えたのだ。
「イスズ姉さん、具合はどう?ボク街でちょっといい事を聞いてきたんだ」
水差しに冷たい水を満たして、彼はイスズの伏せる部屋へと入ってきた。
イスズは笑顔でそれにこたえるも、声を出そうにも力が入らぬほどに衰弱しきっていた。
「あのね。町の人が言うには、エリスタリア以外でも凄い薬を作れる国があるんだってさ。
どこかの門をくぐっていくみたいなんだけど、チーキュって言う国なんだって。
詳しいことはボクにはわかんなかったけど、イスズ姉さんが聞いたらきっとわかるよ」
地球の事ならばイスズとてよくわかっている。
かつて<向こう側>から来た人々とも話をした事もあった。
彼ら彼女らは、<こちら側>を調査しているのだと言っていた。
そして、地球人と亜人との共存を望んでいるのだとも言っていた。
ウリュー、カハズ、カラフネ、フェノー・・・
そこで出会った人たちも、今はどうしているのかさえわからない。
イスズはディラが持ってきた水をどうにか飲み干すと、か細い声で言った。
「ディラ。どうかそのまま聞いて。
残念だけれども、私の命はもうすぐここで尽きます。
『旅エルフ』として『約束の地』にたどり着けぬまま死ぬのは口惜しいけれど。
かつて大賢者ジョク・ウーフ様は言いました。
いつか世界の果てに辿り着き、そこでエルフの種を残すのだと。
私たちには天翼船<フーダル・ラ・アーク>の翼は無いけれど、それでも旅を続けなさい。
もしかしたら、どこか旅路の中で翼を得る事もあるかもしれない。
天馬のように雄々しい翼を。どこまでも飛んでいけるような翼を。
それはとてもとても大きな幸運の必要な事なのかもしれない。
けれども。それでも。私たちは『約束の地』を目指さなければならないのです」
ディラはずっと泣いていた。涙を流しきって枯れ果ててしまうかのように泣いていた。
イスズも、せっかく飲み干した水を、全て流してしまうかのように泣いていた。
ディラにとってイスズは、姉であり、母であり、友であり、師であり、大切な想い人だ。
天馬のように雄々しく、美しく、優雅で光り輝く、それはそれはかえ難い存在だ。
彼(女)を失う事など、これまで考えた事すらなかった。いや、考えまいとしていた。
次々と一団を構成する旅エルフは去っていき、もはやイスズとディラだけとなっていた。
イスズと離ればなれになれば、自分は世界で独りぼっちになってしまう。
それが恐ろしくてしかたなかったのだ。
「ディラ、もう泣かないで。
最期に一つだけ、お願いがあります。どうかその願いを聞いて・・・」
イスズ・サレンスカが死んだのは、彼(女)が20歳になったその日の事であった。
ディラ・ローシェはその後も旅を続けた。
イスズとの約束を守り『約束の地』を求めて。本当にそんな場所があるのかさえわからない旅を。
涙は枯れ果てた。悲しさも消え果た。ただ、不安だけが募っていった。
11歳の誕生日に、彼は
ドニー・ドニーのとある街にたどり着き、粗末な安宿の竜馬小屋に身を寄せた。
自分の手元にあるのは、もう残りわずかとなった路銀と、イスズから手渡された世界樹の種子の入った袋だけ。
自分もここまでなのだろうか。イスズのように病に倒れ、枯れ萎びてしまうのだろうか。
何一つ希望を持てないまま、彼は街をフラフラと歩いた。
裏路地を歩いていた時に彼の目に飛び込んできたのは、七色に光り輝く卵だった。
猫人の露天商はそんな彼の姿を見て即座に声をかけた。
お坊ちゃん、お目が高い。それは『幸運の卵』と呼ばれるものだ。持つものに祝福をくれるのだ、と。
それは地球のイースターよろしく殻に絵の具で模様を描きこんだだけの、ただの卵だ。
だが、ディラにはそれが、とても魅力的に思えて仕方がなかった。
死への怖れを、不安を、その卵さえあれば感じずにいられるのではないかと。
それから幾日もディラはその露天商の元と足を運んだ。
卵を買ってしまえば残された路銀は尽きてしまう。毎日のように通いつめては買うでもなくただ眺めていた。
最初は愛想よくしていた露天商が、さすがに邪険に彼を扱い始めたその時、転機が訪れた。
「それ、欲しいのか?」
その時ディラは、生まれて初めて地球人に出会ったのだ。
それは、笛野瑪瑙という名の少年だった。
ディラの葛藤を見た少年は、自分の持ち金の大半を足してその卵を購入した。そしてディラにこう言ったのだ。
「ほら卵。金はあとで返せよな。あと、いつまでも泣いてんじゃねーぞ」
泣いてなどいない。そう反論しかけて、ディラは自分がうれし涙を流している事に気づいた。
「んで、お前って名前はなんていうんだ?俺はフェーノメノーな。メノーでいいよ」
粗末な宿に戻り、瑪瑙が今さらながらの自己紹介を始めた。
卵を買うのに手を貸してくれた恩人とはいえ、よもや宿までついてくるとは思ってもみなかったディラは困惑していたが、
たしかに名もなのらずにいたのは失敗だったと考え直した。
そして自分も名乗ろうとしたその時、彼はイスズと交わした最後の願いを思い出したのである。
「ディラ、どうかその旅に、私の名も連れて行って」という願いである。
「イスズ・・・イスズ・サレンスカだよ」
彼はそう名乗ったのである。
旅エルフたちの人生は極めて過酷である。
『約束の地』を求め、道半ばにして土に還る者のなんと多い事か。
それでも、ディラ・ローシェの、イスズ・サレンスカの人生は幸運であったろう。
彼女は彼(女)の望んだ翼を得たのだから。
- 運命に導かれーと言えば聞こえは良いが、ちょっと考えると結構重い背景と感じたイスズとしての成り立ち。 イスズの願いを叶えるのは良いとして、最後に「では君の願いは?」という難しい問題が出てくるのではないかとふと過ぎった -- (名無しさん) 2013-06-30 03:24:21
- イスズだけど本人じゃなかった!ややこしいけどこれ今のイスズのメノーに対する気持ちは誰の気持ちなんだろ -- (名無しさん) 2013-06-30 19:32:28
- 毎日イチャラブやってる充実キャラと思ったらとんでもない裏が。これは二人が結ばれるための最大の障害? -- (としあき) 2013-07-05 23:02:13
- 役目か想いか魂なのか、何にせよ恋愛感情が関係してくるとエルフは複雑で深いことになるんだろうなとロマンチックでもありホラーでもあり -- (名無しさん) 2013-09-07 12:40:34
最終更新:2014年08月31日 02:08