小生が異世界に渡り、今日でちょうど3か月が過ぎた。
思えば我ながら随分と思い切った決断であった。
何しろ文化も人種もまったく違う世界へと単身渡るのであるから。
小生を送り出してくれた郷里の人たちには感謝の気持ちでいっぱいだ。
しかしながら昨今の小生と言えば、情けない話なのだが心が参ってしまっている。
こんな事ならば先月の
ゲート祭の時に意地をはらずに帰郷しておけば良かったと、今の今になって後悔しているのである。
理由は酷く単純なもので、ひとしきり生活が落ち着いたがゆえに、異世界の荒さが見えてしまったのである。
法律の未整備に関しては想定内であった。
小生とてあの亜人達に多くを望むまいとしていたからだ。
小生が落胆していたのは、もっと根本的な部分にある。
異世界は不浄にすぎる。
それは単純な不潔さのみならず、例えば人間関係や個人のモラルなど多岐にわたる。
具体的な話をいくつかしよう。
小生が現在異世界にて身を寄せている寄宿舎の傍には川が流れているとされている。
しかしながらこれは地図上の川であって、川と聞いて諸君らが想像するような川ではない。
そこには生き物の姿などほとんど無く、魚どころか蟲すら碌に姿を見せない、言ってしまえば死んだ水たまりだ。
かわりに浮いているのが、亜人達が生み出した、訳のわからないゴミの山。
なんと嘆かわしい事であろう。一体小生はこの異世界から何を学び取ればよいのか。
そうして、一刻も早く郷里に帰りたい思いがつのり始めたのである。
「いただきます」
食堂にて両手を合わせて感謝の念を込めてから『水』をいただく。
小生としては至極当然の事をしたまでだが、亜人達にはそれが奇異に見えるのか指をさされて笑われた。
愚か者共が。『水』への感謝なくして生きる価値を理解できるものか。
うだるような夏の暑さゆえ、冷えた『水』は小生の全身くまなく駆け巡るようであった。
なんとありがたい事であろうか。亜人共には一生をかけても理解できぬだろうが。
食文化についても、小生と亜人では大きな溝がある。
なにせ小生の顔を見るたびに「生きたままで食べなくて良いのか」などと問うのだ。
そのようなゲテモノ喰いをしているのは一部の者のみだ。何故理解できないのか。
それにしても暑い。
異世界には精霊が居ないと聞いていたが、実は多数隠れ住んでいてこの異常気象を引き起こしているのではあるまいか。
そのような白昼夢を小生が見ていると、隣に人影が立っていた。
「この席、いいかな?」
異世界の亜人の娘だ。
耳の無い
エルフ、あるいは縦に引き伸ばした
ノームのような不恰好な姿でそれとすぐにわかる。
「由」
小生は端的に返答する。正直あまり亜人と関わりたい気分ではない。
「えへへ。今日の食堂は大盛況だね。
さてさてそれでは、いただきまーす」
亜人の娘は胸の前で両手をあわせると、感謝の言葉をあげてから『水』を飲みほした。
「っあ~!もう美味しい!夏はやっぱキンキンに冷えた水に限りますなぁ
ん?なんかありました?アタシ変な事してた?」
そう言われてはっとした。
「否」
慌てて否定すると、亜人はニコニコとしながら食事の続きを始めた。
亜人共とて『水』に感謝をするではないか。小生は今まで一体何を見てきたのか。
「おーい!浮田ぁ!あんまノンビリとメシ食ってんじゃねーぞぉ!
午後からも河川清掃やるんだからなぁ」
小生の隣に座した亜人、ウキタという名のようだが、は別の亜人からの呼びかけに笑顔で応対した。
「なにこのカエル君。お前また亜人と仲良くなってんのかよ」
別の亜人、極めて目つきの悪い男が小生の方を見て言った。
しかして小生には彼の言うカエル君の意味が理解できない。
「隣に座っただけなんだけど。えーっと、お名前は何といいます?
ちなみにアタシは浮田あすなろって言います。で、こっちが川津。
せっかくなんで午後から河川清掃一緒にやりませんか」
「お前ほんとずうずうしい性格してるよな。
空気読めないっつーかグイグイ攻めるっつーか。
初対面の鱗人を巻き込むなよ・・・」
男の亜人が呆れかえっているようだが、仕方のない話だ。
結局小生は、くだんの河川清掃とやらには参加せずに帰路についた。
「ね、ヤマラジって知ってる?」
今日も今日とて
ミズハミシマ蛇頭人の娘が帰路にくっついてきている。
小生はこの異世界に勉学を修めに来ているのだから、その本懐を遂げれば良いだけであろうに、
この蛇頭人の娘は何を思ったのか、異世界の文化をやたらと知りたがっているのだ。
そしていつも小生の知らない異世界の話題を振ってくる。正直なところ若干苦痛に思う。
「ネットのラジオ放送なんだけどね。
私たちと同じミズハミシマの人がDJやってるんだよ。
恋人がチキューの人で、将来も離れないために手に職をつけるんだってさ。
すごいよねぇ。偉いよねぇ」
何が偉いものか。それは文化への干渉ではないのか。
本当に偉い人がいるものならば、例えばあの憂鬱な死んだ水たまりを片付けられる者だろう。
寄宿舎に戻る途中に、絶対にあの死んだ水たまりがあるのだ。
また今日も陰鬱な気分で部屋に戻らねばならぬのか。
そう思いつつ遠目で死んだ水たまりの方を見ると、何やら大勢の亜人達が群れていた。
「あれ、河川清掃やってるんだってさ。先週のヤマラジで参加者募集してた。
ゴミを拾って、流れの邪魔になるものを取り除いて、あとは専門家と一緒にビオトープにするんだって。
ビオトープっていうのはね・・・」
ミズハミシマ蛇頭人の娘の言葉は、途中から小生の耳には入ってこなかった。
一体小生は、この3か月で何を学んできたのだろう。
「学ばねばなるまい」
夢中で駆け出して、川へと飛び込んだ。
亜人達は大いに驚いていたが、すぐに大笑いして作業を再開させた。
すっかり日も暮れた頃に作業は終わり、打ち上げとかいう宴が始まった。
やはり亜人達は小生の顔を見て「生きたままの食材じゃなくても大丈夫か」と問うた。
- なるほど逆視点! -- (名無しさん) 2013-07-22 18:52:45
- 地球でも海を跨ぐだけで異界と思える土地がある。ましてや世界を跨げば理解の及ばぬ事だらけだろう。 変わらない事が悪い事ではないが、進んで世界を変えていくのは、“変わる者”なのではないかと -- (名無しさん) 2013-07-22 21:41:03
- お互い一歩歩み寄って交流することの大事さを実感する -- (としあき) 2013-07-26 21:14:01
- 文化文明の違いからくる国や世界の差異は少なからず衝撃を与えるでしょうね。違いを違いと捉えたままでいるのか理解と疑問を一緒に抱えて一歩づつでも前に進むのとでは人生で歩む道すら違いを生みそうですね -- (名無しさん) 2016-11-27 16:22:08
最終更新:2014年08月31日 02:09