魂が澱んだ黒い泥に沈んだ後に、一度だけ“夢”を見た
蒼い炎を噴き出す巨槍に貫き焼かれ、飛ばされる己に向かってくる凶馬の次弾よりも
一瞬の内に視界を覆ったのは
青と黒、空の狭間 翼を広げ白い炎を噴く巨体 閃光と共に鱗を貫いた鋼の塊
─── 俺の目指す場所は、夢の向こうにある ───
新天地東部 “砂と岩の黄床(シィマ・ネーダヨ)”
乾いた風が吹くと砂の舞う硬い地面に散らばる獣荷車の破片。
横倒しにした荷車の背後より槍を突き出し弓を構える狗人の傭兵達。
その一団と向かい合う、如何にもな野盗の群れの間には、種族多様な蛮兵と数人の狗人が倒れている。
「オフォウ!こっから先の駄賃代わりだァ!頼むぞ!」
岩鱗肌の蜥蜴人。無駄に棘棘しい鎧と派手な羽飾りの兜。群れの最前列。恐らくは野盗の頭領。
何本か抜けた歯のせいでところ妙な間抜けさのある大声の後に、頭領の背丈より倍はある熊人が現れる。
気だるそうに回す首は茶色の毛と隆々とした筋肉で覆われており、対峙する者の目を引く。
─ が、それよりも目を引くのが首の上。頭部を覆う鉄兜だった。
鉄であるのにはちきれんばかりに膨らんだ、現実、兜の部位部位の間に隙間が出来ている部分もある。
─── まるでそれは、“龍の頭”
『あんたらにゃ何の恨みも無いが、あの蜥蜴の“夢”に乗っかっている以上は仕方なくてな。
すまん、獄世から幾らでも恨んでくれ』
濁った重く響く声が構え並ぶ傭兵に向かって発せられて直ぐ、兜被る熊人が諸手をまるで大鷹の様に広げた。
連続する岩地を砕く轟音。 山の斜面を岩が跳ねて転げ落ちるに例えれば直ぐだが、ここは平地。
茶毛岩が跳ね跳び翻る。 間を置かず刺し飛んでくる矢を、回転の勢いに巻き込み折り千切る。
大翼が風を薙ぐ様に、突き出す槍と荷車諸共傭兵達を吹き飛ばす。
「商隊長さん!あれ絶対無理ですって! ほら!また列がやられた! 早く逃げましょうって!」
ズタボロの布服を重ね着した青年、人間が脂汗を滝の様に吹き出す三毛猫商人をゆすってゆすって訴える。
新天地の東部開拓地への輸送と商会の拠点作りという大任と、自身の命の間で揺れる猫人。
そんな事情はお構い無しに、熊は荷幌を突き破り車を砕き眼前に降り立つ。
『あんたが頭か? 素直に降伏してくれりゃ話はここで終わるんだがな?』
ぬっと龍兜の鼻先が三毛猫の眉を揺らす。
「でも命は助からないんでしょう!?」
兜の目穴に子袋が直撃。 赤い粉が舞い散る。
「ヴぉぉオオオオおっっ!!」
突如兜を押さえ頭を激しく振り乱す熊人が発する吠え声は、明らかに濁った重い声ではなかった。
「
エリスタリアの
エルフ戦士御用達、“狩りエルフの鏃”の粉末だ! 痺れるだろ?何せ高級護身用品だからな!」
『くそ!体が馴染まんせいで痛みに自我を引き戻したか!』
「そしてッ!!」
「ぶォもぉおォオオオっっ!?」
熊と人との体格差。熊の背後でひょいと青年がしゃがむと丁度足の関節部の膝の裏側。
思いっきり両手で皮をつねると熊は悶絶して転げ回る。
「ほら!商隊長、早く逃げっ ──
地に伏す熊の腕が高速で青年の足を掴む。持上げる。
『体の意識が遠のいたおかげで、しっかり再支配できた。礼を言う』
「そりゃどうも。 お礼に逃がしてくれませんかね?」
これでもかという作り笑いの逆さ顔だが、何故か悲壮感が全く無い。
逆さ吊りになった青年の体からぼろ布がはだけ落ちる。
『おいおい。何だこの奴隷紋の数は?』
青年の胸から腕周りにかけて纏わり付く様々な刺青は全て“奴隷の証”。
「何なら背中の鞭打ち焼き鏝針刺しの跡も見ますかい?」
『…どれだけ逃げてきたというのだ』
「へへっ。奴隷である限りは、とっ捕まっても奴隷として再利用されるでしょう?
どれだけ打たれても命までは取られませんからね」
青年の目は一向に曇らず、その眼差しは明らかに直面する龍の目の向こうを見ていた。
『何故そうまでして生きる? 逃げずに大人しく奴隷として生きればよかろう?』
「…“夢”だよ」
『“夢”?』
「俺は人間、地球ってとこからやってきた。
勤めていた会社が倒産、再就職はままならず貯金はゼロ。もう日本じゃ生きていけないと悟った俺は
全てを売って作った金でこの世界にやってきた!今度は倒産しない会社を作って安心して暮らすという夢を叶えに
やってきた!」
『それで何故新天地にやってきた? ここは法もままならぬ地だぞ』
「何かをやるなら、何もやっていない場所でやるのが一番デカく当たるだろ!?
危険な地でも構やしない。何も無い人生よりも窮地まみれの方が生きてんだよ!」
『で、お前はこの状態からどうするというんだ?』
「そりゃ逃げるに決まってるでしょ。 折角商人の仲間入りまで夢が進んだんだ、
ここからもここから先も逃げて逃げて逃げまくってでも“夢”まで走るさ!」
土煙の向こうが静寂に包まれてから暫く、野盗の痺れは切れかけていた。
「頭領!あっしらも攻め込みやすかい?」
「ばくァやろう!狗人傭兵なんざまともに相手でくィっか!
兜野郎が片ァつけるまで待ってりゃいひィんだよ!」
「おっ?頭領!何かこっちに来ますぜ?」
砂色のベールに浮かぶ影が、何か大きなものを引き摺って来る。
── と、見えた瞬間
「おゥわっ!?」
放物線を描いて飛んで来たのは完全にノびた熊人。
群れの中に放り込まれたそれを全員が注目し、すぐに飛んできた方へ全員が向き直る。
「…何だ?」
『おう、すまねぇな。 お前らの“夢”よりも、こいつの“夢”の方がデカそうなんでな、乗り換えさせてもらった。
ここまでの駄賃代わりだ、見逃してやるから全員失せな?』
現れたのは青年。 ニまわり程小さくなった龍の兜を被り、体の随所に鉄甲を纏う青年。
獣荷車は揺れる。 東に遠く見えた緑の平野を目指して。
「痛つつつ…まだ体のあちこちが…」
『ちょいと溜まってた鬱憤も晴らすついでに大立ち回りしちまったからな。
無理に体をブン回し過ぎたツケってヤツだ。 許せよ!ガハハハ!』
青年がリュックの様にして紐かけて背負う兜がガチャガチャと笑い鳴る。
「いやホント。加減とか覚えた方が良いですよ。 俺も意識だけは残ってるんですから」
『体の小さいお前だからこれくらいで済んだんだぞ? 頭を覆った余りの部位で体を保護してやったろう』
「それで四肢脱臼とか洒落にならないんですけどっ?!」
幌の外で商隊長が笛を吹く。
夢に向かう新たな道が、香る緑風と共に開いた。
夢は大きい方が良い 大きければ大きいほど 俺の夢に届くだろう
こいつの夢は 俺をあの景色に届かせてくれそうな気がした
スレで出た龍の屍鎧とゴーストの話に感化され、思わず
ゴーストスラヴィアンの見る夢は、どんな意味を持つ?
- 兜の見た夢の景色がどこなのか気になった。兜になる前は龍人だったのか龍だったのか -- (名無しさん) 2013-09-20 00:00:05
- 夢が大きければ善人悪人関係なしなんだ -- (名無しさん) 2013-09-20 20:51:25
- 夢は持ってるだけじゃだめだろ?といわんばかりの折れないスピリッツが響いた -- (としあき) 2013-09-27 21:56:24
- なるほどこれがあの賞金首か!読んだ順番が逆だったんで最初分からんかった。 -- (名無しさん) 2013-10-09 00:59:01
- 境遇に納得できないので逃げるというのは戦いというよりも根競べに近いなと思った。しかし前向きだと強いな -- (としあき) 2014-01-10 21:27:54
- あきらめを乗り越えて一皮むけた人間になったというような前向きさを失わない青年が印象に残りました。竜兜の夢がどんなものか気になりますね -- (名無しさん) 2017-05-14 18:34:38
最終更新:2013年09月18日 05:31