人類が天にも届くようなでかい塔をこさえて生意気だから、塔を壊すついでに人々の言語を
バラバラにして意思疎通が出来なくするなんていやがらせをしたのはどこの国の神様だったか。
幸いにも、異世界
ゲートを管理する神様たちは言葉の分からない旅人に親切にも自動翻訳の
魔法をかけてくれるので、英語のヒアリングがいまいち苦手な俺でもこの世界で言葉に困った
ことはほとんどない。たまによくわからない慣用句とかにつまづくくらいで、そういうものは
大体こっちの文化に根ざしたものだから解説を頼むとなかなか面白い話が聞けたりもする。
お手軽に異文化交流が出来て、大変素晴らしい世界だと俺は思う。さっきの神様には爪の垢
でも煎じて飲ませてやりたいもんだ。
ところで、君は洋画を観るときに吹替え版と字幕版のどちらで観たいと思うタイプだろうか。
吹替え版は元の作品の雰囲気が失われていやだという人もあれば、字幕を追うのがだるいと
いう人もあるだろう。それぞれに一長一短だが、どちらもいいところがあるからこそ劇場では
大体両方とも上映されているものだ。
で、最近気付いたのだが、神様の翻訳魔法もこの「吹替え」と「字幕」にあたるものがある
ようなのだ。何それ?と思ってもらえたのなら、とりあえずこの話をした意味はあると言える。
では、それに気付くきっかけとなった出来事を話そうと思う。
ラ・ムールに滞在中のこと。うまがあって何度か一緒に酒を呑んだりした豪商のぼんぼんが、
ある時「たまには酒以外のことで楽しもうぜ」と言い出して俺を妙な建物に連れ込んだ。
やべえ掘られる!?と一瞬ひやっとしたが、俺はなにやら目付きの鋭いダークエルフの年増
の前に引きずり出され、暫くじろじろと値踏みするように見られた後でぼんぼんとは別の部屋
へと通された。
「…おしげりなんし」
去り際に言われた先導役の一言、そして通された部屋の様子に胸がざわつく。
俺の地球での住処であったワンルームをやすやすと凌駕する広さの部屋を堂々と占有する、
どうみてもキングサイズとかそれ以上クラスのベッド。そして、その真ん前にちょこんと座る
薄絹を纏った細く小柄な少女。ここがどこかはもはや明確だった。
……あンのぼんぼん、昼間っから娼館に連れてきやがった。
「フルルといいます…どうぞ、かわいがってください…ご主人様」
飴色の髪をさらりと揺らし、小柄な少女は俺に頭を垂れた。最初は薄絹の上からストールか
なにかを羽織っているのかと思ったが、三つ指を突くように差し伸べた腕を包むのがストール
じゃなく羽毛であり、つまりこれは腕じゃなく翼だったと気付くにあたって、俺は彼女が鳥の
亜人種だとようやく理解した。多分さっきの年増が俺に合わせて選んだんだろうけど、鳥の顔
してないのもいるんだなぁ。
しかし、この子直立しても俺の胸までしか届かないんじゃないのか。犯罪臭がする。
とは言ったものの、その、なんだ。ヤることはヤってしまった。
いやぁ…だって仕方ないだろ。上目遣いで「…あの…くわえても…宜しいでしょうか…?」
なんてささやかれてレジストできる男がいたら、俺はそいつを大賢者(グランドマスター)と
呼んで尊敬してもいい。若干かわいそうな目で見つつ、だが。
思うさま埒を明けて、もう食べられないと食休みの体で休んでいると、やっぱり話題は俺の
故郷の話になった。こっちの人にとっては俺の星の方が異世界だし、みんな気になるのだ。
向こうの交通手段の話とか、最近観た映画の話とか、そんな俺の知るかぎりの他愛ない話を
気だるげな空気にのせてぽつぽつとしゃべる。そのうち話題が最近流行ってる歌手の話になる
と、フルルはそれまでになく食いついた。
「私も、歌は得意なんです」
「へぇ、ちょっと聴かせてよ」
さっきさんざん聞かせてもらったエロい声とは違う、この子の歌う声が気になった。どんな
響きをしてるんだろう。どんな歌を歌うんだろう。まあそんな、単純な興味本位のお願いだ。
彼女はそっと微笑み頷くと、少し声の調子を確かめるようなことをして、すうっと息を深く
吸い込んだ。
その瞬間、かちりと頭の中でなにかが切り替わった。
フルルが歌い始めて聴こえてきたのは、俺の知らない異国の言葉で紡がれる旋律だった。
一瞬どうして急に翻訳が切れたのかと混乱したが、歌声を聴いているうちに理解した。
異国の歌には、その国の言葉で踏まれた韻がある。その言葉でしか歌えないものがある。
俺が聴きたいのは歌詞の意味じゃなく、彼女の歌う歌そのものだったからだ。
またご親切にも、フルルの歌に聞き惚れる俺の脳にその歌の歌詞や意味もじんわり染み込む
感覚があった。原曲を大事にしつつ訳文も教えてくれるってわけか、なかなか気が利いている。
とはいえ、フルルの歌の響きをゆっくり楽しみつつ染み込んでくる「字幕」を理解するのは
なかなか大変なものだった。これは慣れるまではきついなぁと思い、俺は途中から「字幕」の
読みを放棄した。途中からの意味はわからなくても、フルルの歌声は美しかった。
「昨晩はお楽しみでしたね! にゅふふふふ」
翌朝、いやらしい笑みを浮かべるぼんぼんをじとーっと睨みつつ、俺は娼館を後にした。
彼女達の文化をもっと理解して、もう一度フルルに会いに来よう。語彙がない子供には字幕
を読み切るのが難しくても、学生になって言葉を学べばさらっと読めるようになる。つまりは
そういうものなのだ。
でもまあ、常日頃からあの「字幕」漬けというのは流石にきついから、俺はいまでも結局は
「吹替え」版に頼ってるのである。
あとがき
『×××にあてがわれたのは飴色の髪をした翼腕の少女でした。年の頃は9、身の丈はあなたに
上目遣いをする程度です。「…あの…くわえても…宜しいでしょうか…?」』
という「魔物娼館に泊まったー」の結果を元に一本書いてみたのが以上のものです。
エロシーンがカットされているのは仕様です、諦めてください。
スレでの自動翻訳についてのさまざまな議論がきっかけでなにやらこんな理屈っぽい話になり、
単純にエロ期待された方には落胆させたかと思うのですが、まあこんな解釈もどうよという事で
ご笑納ください。
- 自分は吹き替え派かな(しかし俳優の吹き替えは絶対にノゥ -- (としあき) 2012-06-24 18:32:26
- 翻訳加護で脳内に字幕が出てくるというのは面白い設定だと感心した -- (名無しさん) 2012-06-24 18:37:54
- 感想感謝です! 洋画の吹替え版でも歌うところだけ字幕になったりすることってあるよね、というのがネタ元の一つになってます -- (作者) 2012-06-27 02:41:50
- 交流における言葉や意思疎通の意味を考えさせられました。字幕も吹替えも意味の理解というのは当然としてそれよりもどんな雰囲気を齎してくれるかというのも選択の基準なのかなと思いました -- (名無しさん) 2013-03-22 22:26:08
- 京都風とぼんぼんがいい味だしまくりでした。いい歌は言葉が分からなくても響くもの -- (名無しさん) 2014-02-11 23:42:48
- 方言みたいな表現は対象の性格や態度で加味されると想像する。動物の言葉とかは字幕で見えるとか高性能翻訳加護とか欲しいな -- (名無しさん) 2014-12-08 22:55:07
- します犯罪臭とても。というのはおいといても分かりづらいから知りたくなる理解したいという欲求がわくってのは納得 -- (名無しさん) 2016-07-12 21:37:50
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最終更新:2013年08月04日 23:48