【カレワシの磯】

激務だ。

ヒマそうに思われているかもしれないが、仕事はそれなりに忙しい。

こんな辺鄙な町にある旅行社への依頼などありはしないと思っていたが、

どうもそんな事もないようだ。

登録ガイドだけでは足りず、ミズハミシマのガイド役になる事もざらだ。

ミズハミシマに生まれて、ミズハミシマで育ったのはアユさんだけだというのに、だ。

ロブデ・コルテ女史などはハナから諦めて、自分の好きな歴史ネタの案内しかしていないとも聞く。

客が来ないよりはマシなのだろうが、これでは先が思いやられる。

午前の休憩時間。地球産のタバコをふかしながら以前あった事を思い出す。

そもそも何故ゲートのある街に支店をかまえなかったのかを支店長に聞いてみた事だ。

「ウエの連中と合わなくてねぇ。

 あ、ウチの旅行社のもっと上ね。

 ウチの会社は所詮は3流だからねぇ」

などとニコニコしながら言い出したので、酷く不安を覚えた。

会社のウエなどあるものか。

はたから見れば脂ぎったハゲで汗かきの中年オヤジなのだが、

どうもこの男、牙を隠しているような気がしてならない。

とりあえず午前の業務も終了して昼休み。

処理しきれなかった書類の山を見て見ぬふりをして昼食をどうするか考える。

弁当などという上品な物は持ってきていない。出前でも取ろうか。

異世界とは言え、デリバリーは存在する。

地球人の感覚からすれば「それを出前するのか」というものも含め、存在する。

他の社員は何を食べるつもりなのだろうか。

アユさんはお弁当を持参していた。虫の佃煮のような料理が見えたので目をそらした。

ロブデ・コルテ女史は昼は食べないのだという。

では近所の定食屋で済まそうと思っていると、支店長が一緒に行こうと言う。

そうして普段は行かない海辺の食堂へ昼食をとりに行った。

歩いて数分。『カレワシ』と呼ばれる磯辺の町にその食堂はあった。

しっかりした作りの木造建築は、200年前から開業していたと聞いても違和感は無いだろう。

それくらい年季が入っていると感じさせる。

看板を見ると『カレワシ亭』となっている。

「あいらっしゃい。おやカツラギさん。久しいな」

引戸をカラリと開けると、鱗人の店主が笑顔で迎えてくれた。

メニューは海産物が主だった。

近海竜の塩焼き、黄魚の腐乳仕立て、鬼貝のツボ焼き・・・

決めあぐねていると、支店長が「魚醤汁がおいしいから、それにしよう」と言う。

あえて反論する事もなく、同じものを注文する。

しばらく待つと独特の香りがする海鮮スープが2人前運ばれてきた。

なるほど魚醤だ。クセのある香りが鼻をくすぐる。

「このあたりじゃ、魚醤をサべラスと呼ぶらしいね」

貝の身らしきものをほおばりながら支店長が言う。

スープの中身は、近海最大の魚であるミズハカジキモドキ(和名)の肉に、

ホタテに良く似た貝、ワカメに似た海藻類、甲殻類の身、それに麺類が入っている。

イカの塩辛と醤油で味付けした海鮮煮込みウドンが最も近いか。

これは寒い季節に、酒を呑みながら食べるべきなのかもしれない。

「どうだい。なかなか美味いだろう?」

支店長がメガネを曇らせて、ダクダクと汗をかきながら言った。

極めて見苦しいが、体温が上がるのは納得できる。

「どうだい、少しはこっちの暮らしに慣れてきたかい」

支店長がニコリとしてそういうので、少しは、と答える。

「いかんねぇ、いかんよ。若いうちからそんなんではねぇ

 こっちの生活に慣れてしまうとねぇ・・・帰りたくなくなるよ?」

そういうと腹をポンとひとつ叩き「さ、そろそろ戻ろうか」と言った。

どうにも本心のつかめない人だ。

支店に戻って休憩室をチラリと覗くと、ロブデ・コルテ女史がコソコソと何かしていた。

不審に思っているとアユさんがスルリと近づきポソリと呟いた。

「チキューで言うところのダイエットですよ」

ああ、結局お腹が空いて何か食べているっていうことか。

慣れない事はしなくてもいいだろうに。

むしろダイエットが必要なのは、アユさんの方なのではなかろうか。

彼女は彼女でバランスは取れているのだろうが。

午後の仕事が始まると同時に、伝書連絡用のイセカイリョコウバト(和名)が会社の窓に飛来した。

伝書の中身を確認したアユさんの表情がみるみる曇る。

「支店長。明日出発のツアー添乗員からの伝達です。

 『ドニー・ドニーに行くのに護衛がまだ到着しない。どうなっている』とのことですが」

それを聞いて目の前が真っ暗になった。失態だ。

それは先週提出した書類の案件で、護衛の依頼をしなければならなかったのだ。

しかし、護衛の手配など一切行っていない。抜け落ちていたのだ。

ところが支店長は普段通りノホホンしながらこう言った。

「あ、それもう傭兵の手配しているから大丈夫だよ。

 今日の午後にはドニー・ドニーから到着するんじゃないかなぁ。

 向こうさんには、狗人と猫人と動甲冑の3人組が行くからって伝えておいて。

 それと、お茶を1杯おねがいね。熱いのがいいな」

アユさんはニコリと笑ってお茶を煎れに行く。

しばし茫然とその風景を眺め、ハッとして支店長の方を向くと、にんまりしていた。

「そんなにおっかない顔をするな若者よ。

 あんなに忙しく仕事をしてちゃあ、普段やらないミスもするってもんだ。

 滑って転んで大痛県ってな。知ってる?このダジャレ。

 ま、若者のケツ持ちをするのに私みたいなオッサンがいるんだから、ドンとしてろ。

 これくらいのミスなんて、みんなザラに経験してるんだ」

脂っぽい肌をツヤツヤさせて支店長は笑った。

「それにな、今回の護衛依頼はお前さんの手柄なんだぞ。

 傭兵連中に護衛を頼むのは本当に苦労するんだ。

 今回二つ返事で了解を貰えたのは、依頼した連中がお前さんの知り合いだってんだから」

すると今回依頼した3人組というのは、パスビアで出会った3人組という事か。

「うんうん。だいぶこっちに馴染んできたみたいじゃないか。結構結構!

 あ、それはそれとして始末書お願いね」

支店長はペラリと紙を1枚よこしてきた。

午後、始末書を書いているとロブデ・コルテ女史が北瓜粉焼(ぽろかやき)を差し出してきた。

「好きでしょ?これ。気落ちしてるんじゃないわよ。

 それ食べてさっさと気持ちを切り替える事ね」

素直に礼を言い、いつかお返しに食事に誘うと言うと、ロブデ・コルテ女史は明らかに顔を歪めた。

「余計なお世話。私は自分の食事は自分で決めているので」

グウウ・・・酷いタイミングでロブデ・コルテ女史のお腹の虫が鳴いた。

「そ、そもそも支店長があんなに美味しい甘味屋を教えるのが悪いのです!

 その程度も自制できないともなればゴブリン商人の名折れというもの・・・

 ぜ、絶対にもう行きません!『相手を巻き込め自分は離れよ』ゴブリン商人の鉄則!

 あなただって支店長に今日連れられて行ったでしょ。どこに行ったか知る気も無いですけど」

ははあん。連れて行けという事か。

店の予約をしておきますと言うと露骨に嫌そうな顔をした。これは本心喜んでいるな。

今夜はまたあの店の魚醤汁をいただくとするか。

カレワシの磯に、名物料理があった。



  • 何でもかんでも上手くいっているという御都合会社模様じゃないのが逆に面白い。性格が面白いくらい表現されているのと実に美味しそうな汁に腹がなる -- (としあき) 2013-11-10 23:52:08
  • 社員見せ回プラスワンみたいな賑やかな支店模様が楽しかった。小回りが利くようにと支店をちょいと離れた土地に構えたような気がした支店長 -- (としあき) 2013-11-12 22:58:01
  • 人間以外の種族が持つ美的感覚が垣間見れた。世界がつながったことで色んな感覚が混ざりあってきた? -- (とっしー) 2013-11-15 22:32:55
  • いざとなると切れ味抜群の禿上司カツラギのさりげない行動の数々に惚れてしまいそう。会社業務とミズハミシマ要素が並走しながら混ざり合っていくのに交流進む世界の姿を見ました -- (名無しさん) 2018-03-11 18:31:17
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最終更新:2014年08月31日 02:16