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【その名もケニー・ザ・シューティングスター】

長く続いた解放戦争のどこかにモラルという言葉を置いてきてしまった場所、新天地
人が集まる場所には道ができ、その脇には店が建つのが道理だ。しかし腕力ばかりが強いごろつきが辺りにひしめく新天地において、商売道具から家財のちゃぶ台まで毟ってこようとする暴力の気配を遠ざけようとするならば、槍の一本では到底足りない。
ゲリラ隊の生き残りがオルニト兵士の風切羽を毟ってきた手で肉を焼く屋台もある。岩を彫ったようないかめしいオーガが主人を守って立つ酒場もある。
だがそうでない大多数の小市民的な店主は、自分の店を守ろうと考えた時に、ある妥協をすることになる。
新天地に星の数ほどある自警団に、金と引き換えに守ってもらう選択だ。こういった集団の質と規模にはピンからキリまでの差があるが、必ず共通することは、どれも武器を持ってつるむやくざ者ばかりの組織だということだ。



「つうわけでよオヤジさん、護衛代を払っちゃくれねえか」
ゲートの活気とも縁遠い片田舎の食料雑貨店(グロサリー)で、萎びたトサカに年齢を感じる鶏族のジョーナスは、今まさに選択を突きつけられていた。
ジョーナスを囲んでいる5人のダチョウ族達は、どこにでもいるような自警団とは名ばかりのたかり屋で、この田舎でだけは名前の売れている鼻つまみ者どもだ。
パトロールと称して威圧を振りまき、無断で商品をつまみ、肝心の警邏はろくに行わない。こういった類はより大きな組織に淘汰されるのが常ではあったが、新天地でもまだ牧歌的なこのあたりの地域では、流れ者が幅を利かせることもある。
ジョーナスとしてもまともに取り合いたくはなかったが、今日ばかりはのらりくらりと躱せないしつこさがあった。
「コケッ、うちは見ての通りの貧乏暮らしでね、泥棒だって盗む物に困る有り様だよ」
「そうかい? オヤジさんの尻にはずいぶんと肉がついてるみたいだが。悪いネズミに囓られないよう、俺らが見張ってやらなきゃなあ?」
リーダー格のハゲダチョウに、そうだそうだと子分が頷く。ハゲダチョウはさらに鬱陶しいくらいに顔を近づけ、
「いンや、もしかしたらその尻に食い込むのはダチョウの爪かもしれねえ。俺みたいな高潔なダチョウ戦士とは違って、足癖の悪いダチョウもこの辺にゃいるみてえだからなあ」
「ご心配はケッコウだけれど、腹をすかせたダチョウだってこんな煤けた店は素通りするだろうさ」
「チッチッチッ、『足腰はよく鍛えろ、毎日スクワット100回』────ダチョウ族の格言だ。不測の事態に対する備えはいつだって必要ってことさ」
銭をよこせ。断る。話はどこまで行っても平行線だ。きっと痺れを切らせてダチョウが武器を抜くまで終わらないし、その前に自分が折れることになるだろう。
レギオンの尻の毛みたいな神様でもいい、とにかく何か目の覚めるような奇跡でも起こして、こいつらをどこかへやってくれ。頼む。
ジョーナスはやけっぱちに適当な神に祈っていたが、その声を誰が聞いたか、見守る影がひとつあった。



「待てい悪漢! 無法の大地が貴様らの凶状を見逃そうとも、この俺の目は捉えたぞ!」
響く声は若い男。店の外からの逆光の中に、そのシルエットは待てい悪漢! のポーズで立っていた。
ジョーナスとダチョウは顔を見合わせた。こんな奴は知らない。
シルエットは腕を突き出したまましばらく沈黙すると、あっけにとられた一同をちょいちょいと手招きする。
「いや、すまないが外に出てくれ」
太陽の下で見てみれば、赤い全身タイツにスカーフを金のバッヂで留め、つるりとしたマスクを被った何かがそこにいた。
羽根がないから鳥人ではないだろう。しかしどんな種族とも言い難い格好だ。
「貴様らの素行は既に聞き及んでいる! 愚連隊もどきの振る舞いで村を荒らしているそうだな!」
この奇妙な乱入者が何者にせよ、とりあえずダチョウ達の邪魔者であるらしい。
「ほーう、それが本当だとしてどうした? 俺のママにでも言いつけるかい?」
「その必要はない。俺が教師になって素直に謝れるいい子にしてやる」
「おいおいおい、いいのかそんな口を聞いて。ココではな、力が正義なんだぜ」
気づけばタイツ男を囲むように5人のダチョウが陣取っている。それぞれは既に武器を抜き、必ず一人は後ろ頭を殴れるような陣形だ。
タイツ男は辺りを見回す。ふてぶてしいダチョウの雁首、ジョーナスが店に隠れて様子を伺っているのが見える。
そして、場の騒がしさに引き寄せられた精霊たちが、野次馬目当てで飛び交う数をどんどんと増やしている。
それを確認すると、タイツ男は素手のままの拳を高々と天に掲げて、
「力が正義なら俺が正義だ。この名前を耳に刻みつけろ────」
シュッシュッと流れるような『カッコいいポーズ』を周囲に見せつけるようにキメた。



「新天地を駆ける紅き疾風にして無頼の流れ星、人呼んで徒手無双の破天荒男! ケニー・ザ・シューティングスターとは俺のことだ!」
よくわからないがなんだかすごそうだ。火精が勢いに呑まれて拍手をすると、ケニーを中心に爆竹のような小規模破裂がポップコーンのごとく連鎖する。
「あちっ、あちちちちっ!」
ダチョウ達が夏のビーチを素足で踏んだようなタップダンスをした隙に、一番のチビに狙いを定める。
「俺の身体は風を纏う! はああああああ!」
こうなると風精もノリノリだ。ケニーの足裏で風が爆発したかと思うとすさまじい初速でチビに詰め寄り、速度の乗ったストレートがそのまま眉間に突き刺さった。
そのままの勢いで直角に曲がったケニーが右に走り、さらに一人をラリアットで仕留める。
ハゲダチョウがその間に感じたものは己の失策、そしてこの状況への理解だ。
「名乗り返すぜ! 俺はダチョウ族の勇猛な戦士、ドド・アロ・マウマウ・ホロロ・マリスモリス・アロ・ポポロンだ!」
禿頭をそよ風がふかし、ケニーを応援していた風精の一部がドドへと付く。ケニーは一旦足を止めると対策のための言葉を吐いた。
「ドド、貴様の悪事はこの俺の拳にて滅する! 大勢が相手だろうと決して負けはしない!」
「へっ、上等じゃねえか、テメエのそのマスク剥ぎとって崖から吊るしてやる!」
タンカのきりあいは互角だったが、精霊人気は未だケニーに傾いたままだ。ドドは内心歯噛みをする。あの格好の奇天烈さの意味を、事前に見抜いてさえいれば……。
精霊を使った喧嘩というのは見栄の勝負だ。何かスゴそうな雰囲気を醸し出せれば、精霊がサポートによって実力を高みまで引き上げてくれる。
だからこそ戦士は名乗り、武器には曰くがつき、賊は旗に恐ろしげなマークを描き、新天地の荒くれはまずハッタリを覚える。
ついでに言えばドド・アロ・マウマウ・ホロロ・マリスモリス・アロ・ポポロンとはダチョウ族の言葉で『逆風の荒野においても力強く踏み出される逞しい脚』という意味であり、間違いなく彼の母親が付けた本名だったりする。
「おめぇら、構えろ」
こういう状況において一番の弱者は、残った子分の2人のように気の利いた文句がとっさに出てこない者だ。まごつく2人に発破をかけておいてドドは一歩後ろに下がる。どちらが倒れても返しの一突きが見舞えるように気を研いだ。
ケニーから見ると、距離を置いて3本の槍がこちらを向いている。攻める気配はなく、後の先の構えだ。
今回は弱そうな奴から先に倒していった。なら次は、と考えて、ケニーは向かって右に走った。
「風よ!」
強い追い風に速度が乗る。
「炎よ!」
全身に熱が灯った。疾走の中で腕を振り上げ、ケニーと槍が接近する。
「す、素手が槍に勝てるわけねぇだろ! 来るなら来い!」
寄られた右のダチョウが上ずる声で応戦する。確かに素手じゃ不利だろう。ケニーは精霊の加護が多少弱まるのを感じたが、しかし足を止めることはない。
「俺の武器はこの身体だ!」
相手がどこを突くかが見える。横に動いた自分の脇を穂先が通り過ぎ、次の瞬間にはケニーは地を蹴り空に飛び上がっていた。
「流星キーック!」
特に火精好みだった必殺技がケニーの足に灼熱を与えると、ダチョウは肩を踏み砕かれて昏倒する。
残りは2人。しかし蹴ったダチョウの影からドドが飛び出し、短く突き出された槍を避けると背後から渾身の横薙ぎが襲った。
「ドリャアーッ! 疾風払いーッ!」
それは闇雲な一撃ではあったが、最後の子分が振り回した柄はケニーの脇腹をしたたかに打ち、多少大げさなくらいにその身体を弾き飛ばした。
ケニーはその勢いのまま地面を転がると、やがてぐったりと力を失って止まった。
「やった、やってやりましたよリーダー! 最後のオレがドカってやってああなったんですよアレ! 見てました!?」
「ああよくやった! ちょっとラッキーヒットみてえな一撃ではあったが────」
はたと止まる。派手に吹っ飛んだマスク野郎、できすぎた一撃。なにかがまずい予感がする。
それは地に付したヒーローと卑怯な悪役の構図。単純な勝者と敗者ではない、場の流れのようなものが────。
「精霊よ、俺に……最後の力を与えてくれ……」
うめきながら立ち上がる真っ赤な男は、今この瞬間を支配していた。
「マズい、早くアイツにトドメを」
悪役の台詞。
「この一撃に全てを賭ける!」
ヒーローの台詞。
動乱の中にある新天地において、精霊達の性格は余所よりも増して熱しやすい。この場所でエキサイトしている彼ら全ての熱が、ケニーの手の中に集まり爆発しようとしていた。
腰だめにあった手を前に向ける。照準のままに、エネルギーの塊が閃光と共に発射される。
「はあああああああ!!! ハドゥーーーケーーーーーーン!!!!!」



土煙に引っ込めた顔をジョーナスが再び表に出すと、脇腹を抑えたケニーが店の入り口近くまで寄っていた。
「あんた、まだ歩けたのか」
「痛いことは痛い」
地面に転がった際に衝撃は吸収していた。一撃を貰ったのは流石に偶然だが、瀕死のようなふりはまんま演出で、有り体に言えばゲージ溜めのような行為だった。
ジョーナスはトサカを掻く。一難は去ったが目の前の人物については何も分かってはいない。一応の恩人として控えめにもてなし、様子を見るかと考える。
「ケニー・ザ・シューティグスター……君、だったか。わたしの名前はジョーナスだ。厄介者をとっちめてくれて感謝してるよ。とりあえず、なんだ。少し休んでいくかね?」
「ケニーでいい。ヒーロータイムはもう終わったからな」
そう言って被っていたマスクを取ると、中からはちぢれた赤毛とそばかす顔が出現した。派手という言葉はとても縁遠い、特徴もないような異世界人の若者だった。
「そうか。じゃあケニー、上がってくれ。傷に効く軟膏もあるから、ゆっくり休んでいるといい」
ジョーナスは促したが、マスクを外したケニーは酷くもじもじしていた。何か言いたいが言い出せないような、しかし言わなければならないらしい事を、歯切れ悪くケニーは語りだす。
「そのう、ジョーナスさん。俺の戦いぶりをみていたよな?」
そこまで言えば新天地に住む人間なら誰でも察する。新天地に一番多いセールスが、またジョーナスの元を訪ねてきただけだ。
「俺を雇うつもりはないか? いや、金は多くは取らない────」



新天地に星の数ほどある自警団はもはや飽和状態となり、互いにそのナワバリを食い合っては吸収したり、あるいは放逐したりと、その勢力図は変わっていく。
この片田舎でも同じような図式で戦いは起こり、赤いタイツのヒーローはその後人柄を評価された末に用心棒の座を手に入れ、ダチョウの一味は木に縛られてしばらく干された後にふらふらと村を出て行った。
しかし世に暴力があるかぎり彼らのような者に仕事は尽きる事はなく、何だかんだで人々に必要とされ続けるだろう。
そして自らの食い扶持を守るために、戦い続けるしかないのだ。がんばれ、ケニー・ザ・シューティングスター!

  • どことなく洒落も茶目っ気がある世紀末風景であるうちはまだまだ平和なんだなーと感じた。精霊と繋がれば君もヒーローに? -- (としあき) 2013-11-21 23:00:04
  • honntouni -- (名無しさん) 2013-11-21 23:31:29
  • 本当に住めないような無法地帯だったら誰もいなくなるはず。新天地の絶妙なアウトローバランスは素晴らしい -- (名無しさん) 2013-11-21 23:32:49
  • 考えたらこの世界って特撮ヒーローやらアメコミヒーローやら世紀末覇者やらを存分にやれるな -- (名無しさん) 2013-11-22 23:10:05
  • 異世界で活躍して名をあげてあだ名とかついたら最高だ -- (名無しさん) 2013-11-25 23:29:45
  • 異世界で活躍した出戻り組が活動報告とかすれば後に続く者がかなり増えそう -- (とっしー) 2013-11-28 23:01:29
  • 誰もいなくなっちゃうまではいかない境界線上の法治バランスって感じだがアイツがいるなら頑張るよってな日常だーね -- (名無しさん) 2015-04-17 20:34:52
  • 治安は乱れていても優劣を決める戦いで精霊の協力が大きな要素になるということで真剣ながらも和んでしまう雰囲気が介在するのが面白いですね。誰もがテンプレをなぞることで場の有利を呼び込もうとする流れも不思議なバランスを生み出しているように思いました。地球では空想の産物であるヒーローも異世界では現実に -- (名無しさん) 2018-04-01 19:40:13
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最終更新:2013年11月21日 01:10