【異世界冒険譚-蒼穹のソラリア- ⑤ 中篇】

「きゃああああ!」
 悲鳴と共に黒い月表面に衝撃と激突音が響き渡る。
 特殊合金製の装甲板に出来たクレーターに埋まったミィレスが、頭を抑え起き上がり飛びかけた意識をはっきりさせるようにブルブルと頭を振った。
 これまでの短いやり取りでスピード自体はそれ程変わらない事が分かった。だがミィレスの攻撃の悉くは防がれ、そしてかち合った攻撃は悉くパワー負けして一方的に負けるという展開の繰り返しだ。
 やはり当初の予想通り歯が立たない事は明白。ミィレスは考えを巡らせた。
「やはり第三世代の魔神……弱いですわ」
「な、なんてパワー。桁違いの出力です」
 アクシズ三姉妹の長女シーゲル=アサイメントは環境対応型魔神試作一号だが、ミストルーンコンバーターの出力は通常の三倍近い。
 これはエネルギー変換効率を重視していったヒュント、リンネのコンバーターと設計思想が違った為であるが、機体の運動性能が高い事から通常は低出力で行動が可能となっている。
 だがそれは高出力を発揮した際、体がその高出力に耐えられる設計となっている事を示す。つまり、リミッターを外すまでも無く最初からハイパワーなのだ。
「パワーがダンチですのよ。でも、それだけじゃなくってよ」
 ミィレスは再び立ち上がり鍵の剣を構えた。
 シーゲルの攻撃は過剰なエネルギーを電力に変換して放出する電撃によるものだ。それはこれまでの戦いで分かった。
 電撃は大気の中を進む空中放電でその速度は概ね秒速150~200キロ程度。ミィレスの攻撃で使用するレーザーの速度、秒速30万キロに比べればあくびの出る速度だ。
 純粋にクイックドロゥなら負ける筈が無い。ミィレスはそう考えていた。
 だが現実は違った。
「あなたの攻撃は光速である事が売りですわよね? 避けようが無いって」
「……」
 ミィレスは心の内を見透かされたようなシーゲルの言葉にドキリとした。
 そう、ミィレスが持っている知識ならシーゲルも同様に持っているのだ。その上でこうして優位に戦いを進めている。
「けれどそんな事は無いのですわ。所詮攻撃開始までのモーションからその動きは予想できますの。あなたの攻撃なんて……私の戦闘プログラムの前には予告砲撃も同じですのよ」
(やっぱりフェイズ4の魔神には勝てないの? このままじゃソラリアが、未来が消えてしまう)
 ミィレスは実感していた。
 フェイズ4の魔神は自分のようなフェイズ3の魔神では、逆立ちしても敵わない存在なのだという事。
 フェイズ2からフェイズ3になった時もそうだったが、一対一の戦闘においては両者の間には埋めがたい差が、天と地程に違いがあるのだ。
 それは単純な機体性能や武装の威力だけではない。過去から蓄積された戦闘データの反映、戦闘プログラムの差でもある。
「スピードのアドバンテージが無ければ後はパワーの勝負。パワーなら私に勝てる魔神はいませんの。これで勝負ありましたわね」
(ソラリアごめん……貴女の未来、見られそうに無い)
 スピードでは勝てない。パワーでも勝てない。ミィレスがシーゲルに勝てる可能性は万が一にも無かった。
 そう、勝てる可能性は無かったのだ。



「ミィレス!?」
「よそ見してる場合かぁ!」
「きゃあ!」
 ソラリアを庇い勝てない敵を相手に戦い始めたミィレスだったが、その戦況は圧倒的不利と言わざるを得なかった。
 そしてそれはソラリアも変わらない筈なのだが……。
「そらそら~! さっきの勢いはどうしたー! またオレにカウンター入れてみろよ! ほらぁ!!」
「うっ、くっ、あぐっ!?」
 本気になったヒュントの攻撃に防戦一方のソラリア。
 息つく暇も無いラッシュに防御が間に合わず、バリアコートの防御力も貫通する攻撃でダメージは徐々に深刻な領域に達しつつある。
 それでもソラリアの目は死んでいなかった。
 ヒュントは自分の格闘能力に絶対の自信を持っている。それ故に自分の弱点に気付いていない。
 ヒュントがファイナルアタックを使う時、極僅かながら防御が下がる。百分の一秒単位の僅かな隙だが、その瞬間を突けば勝てる可能性があるのだ。
 傷つけられた誇りを取り戻す為、必ずヒュントはファイナルアタック『サドン・インパクト』でソラリアを仕留めにかかってくる。
 今まで二度失敗したが、次こそソラリアは必ずやヒュントを……!
「出来ねぇだろうなぁ、そりゃさっきのはまぐれだもんなぁ? てめぇ如き三下がぁ、オレに傷一つ付けられる筈ねーんだ!」
「は、早いっ! もう、これ以上耐えられない――!?」
 ヒュントの猛攻。ソラリアの装甲。
 ソラリアに反撃の力が残っている内に、早くヒュントがファイナルアタックを使ってくれなければどちらにしろ逆転は無い。
 運命はどちらに味方するのか。
「限界だなソラリアー! 博士は何こんな奴如きに心配してたんだぁ? 止めいくぜぇーーー!!」
「間に合ったっ!!」
 ギリギリのギリギリ。
 ソラリアが行動不能になる前に、勝ちを焦ったヒュントがファイナルアタックを仕掛けた。
「ぐわぁぁあ!!」
 そしてその瞬間、ソラリアの集積火粒子刀の引き胴がヒュントの腹部を切り裂いたのだった。
「ヒュント!? 大丈――あっ!?」
 妹が格下のソラリアに負けた。
 自らの余裕故にソラリア達の戦いも見ていたシーゲルは、その衝撃の事実に驚きを隠せず、戦いの最中であるにも拘らず度し難い隙を見せてしまった。
 その隙を見逃すミィレスではない。
「なっ、お放しなさい! 腕ごと引き千切りますわよ?」
「絶対に放さない。ソラリアは私が守る!」
 ミィレスは何を思ったかシーゲルに背後から抱きついていた。
 レーザーで撃つでもなく、相手の武器を奪ったり破壊するでもなく、背後から羽交い絞めにしたのだ。
 それは、シーゲルが隙を見せたとは言え、ミィレスのその程度の行動予想していただろう事が分かっていたからだった。
 フェイズ3はフェイズ4に勝てない。
 それは動かしようの無い事実。だからミィレスは”勝つ事を諦めた”のだ。
「ま、まさか……自爆するおつもりなの!? おやめなさい! そんな事っ、お放しなさい! 放せぇ!!」
「マスター、私も今そちらに――」
 ミィレスは自分のミストルーンコンバーターを暴走させた。限界を超えたエネルギー変換に絶えられなくなった動力炉は連鎖崩壊、誘爆にいたる。
 夜の闇を切り裂くような赫い爆炎が、黒い月の表面を覆った。
「姉貴ーーーー!!」
「ミィレス!」
 大爆発の熱風を浴びながら、今や上半身だけとなったヒュントとボロボロのソラリアは、二人が炎に消える様を見た。
 爆風で飛んできたミィレスの頭部をソラリアは拾い上げ、胸に抱いてペタリと座り込む。
「ミィレス! そんな何て事を!? 何で」
「いい……の……私が……望んだ事だから……」
 体を失い、熱に焼かれたミィレスは、見る影も無い無残な姿に変わり果てていた。
 それでもミィレスは満足げな表情を浮かべ、ソラリアに最後の言葉を残そうとするのだ。ソラリアのおかげでここまで来られた。結末はこうなってしまったけれど、地上で出会った唯一の同族に。
「頑張って……ね……私の……たった一人の……ともだ……」
「ミィレスーーーーーーーーー!!」
 最後の言葉を言い終わるか終わらないかの内に、ミィレスの頭部がボソリを崩壊しソラリアの腕の間から零れ落ちた。
 完全なる死。記憶(メモリー)の詰まった頭部が破壊されれば、魔神は二度と復活できない。
 今、ミィレス=アストレスと言う一人の人格が死を迎えたのだった。
「また同じなのか? 何も変えられないのか? また……」
 腕に残ったミィレスの欠片を抱きしめながらソラリアが悲しみにくれていると、地表に残ったミィレスの残骸を砕く無粋な拳と怒号が聞こえてきた。
「この雑魚魔神がぁぁ!」
 それはヒュントだった。
「テメェの命なんて! 姉貴のネジ一本分の価値もねぇのによぉおお!!」
 上半身だけとなった今でも、ヒュントの闘争本能には些かのかげりも無い。いや、かえって怒りが増しているくらいだ。
「てめーソラリア! この姉貴の損傷は! テェメェの部品で償ってもらうぜぇ!!」
 何故ここまで強気でいられるのか? そう疑問に思ったのも束の間、ソラリアは戦慄の光景を目にする。
 ヒュントの上半身から伸びた神経節が、黒い月と同化し地表を変形させてゆくのだ。
 下半身を失った代わりに黒い月と融合して、そのエネルギーさえ吸収しパワーアップしようとしているのだ。
「それでも……戦うしかない! 戦うしかないんだ!」
 ソラリアが再び集積化粒子刀でヒュントを斬ろうとしたその時、地面から伸びた触手のようなものが攻撃を遮った。
 それはグニャグニャと変形し、やがてヒトの顔を形作る。
 シーゲルの顔をした触手のような何かが、周囲から無数に生え、空に逃げたソラリアを襲い動き出した。まさかここまでの自己修復能力を持っているとは、誰も予想できなかっただろう。
 いや、これは最早自己修復能力などではない。自己再生、自己進化能力と言って良い代物だ。
 ソラリア対ヒュントの戦いは、最終局面へと突入するのだった。



「カーレン! 一体どう言うつもりだ!! 我々が何故あんな獣の下等生物どもに遠慮しなければならん!?」
「王様、それは――」
「環境対応型の魔神などと、誰がそんな物作れと言ったぁ!!」
「は、はい……ですが」
「この異世界にはまだ魔素が溢れておる! 今の内にその魔素で、魔神を使い世界を征服するのだ!」


「ごめんなさい……あなた達を強く作らないと、王様が認めてくれないの」
「良いのですわカーレン様。私達は人間の為に作られたのですから」
「それで博士の願いが叶うなら、オレらはいーんだ」
「ボク達は何があっても、ずっとカーレンの味方だよ?」
「ありがとう……ありがとうみんな……ありがとう」


「そんな事は無理ですよ。私達は同じ地球人同士でさえ仲良く出来ません。あなた方だって」
「でも、あんたは俺を助けてくれたじゃないか。俺たちはこうして解り合えたじゃないか」
「それは、あなたがまるで捨てられた子犬のようだったから……」
「優しさがあれば、いつかきっと解り合えるさ。世界は広いんだ。共に生きてゆく場所がきっとある」
(まるで……プロポーズみたいですね)


「カーレンはこの異世界の下等生物共に情が移ったようだ」
「いくら頭が良いとは言え所詮女……王様の崇高なる目的は理解出来ないのでしょう」
「こうなったらアレを使え。ワシの操り人形にしてやるのだ」
「アレ……ですか。ふふっ、バカな女だ。王様に逆らうからこうなる」
「ワシに逆らう者は誰だろうと許さん。あのお高くとまった女をワシのおもちゃに変えてくれるわ」


「ひっ、ひぃぃぃい! 王が死んだ! 王が殺されたぞぉ!」
「何をしているカーレン! お前も行け! あの三体も出せぇ! 聞いているのか!? おい!」
「あんな品性下劣な男、死んで当然です」
「な、何!? お前何を言って……はっ、そうか。王が死んだからか! だから洗脳が解けたのかぁ!!」
「そして、この世界にはあなた方のような古い人間も要らないのです」


「パイク……あなたの勝ちです。さぁ、私を殺して下さい」
「出来ないよ。俺には出来ない。あんたを殺すなんて……俺には絶対に出来ない!」
「私を殺さなければ戦争は終わりません。魔神の恐怖も終わらないのですよ」
「俺の力(ソードメサイヤ)は守る為の力なんだ! なのに何故あんたを殺さなきゃならない! 俺は本当は、ずっと誰よりも――」
「優しいパイク……世界がみんな、あなたのような人ばかりだったら良かったのに……」
「さようなら、パイク。私の初めて好きになった人」



「……夢……」
 外で激戦が繰り広げられる中、カーレンはラボの椅子の上で目を覚ました。
 いつの間にか仮眠を仮眠を取っていた間、彼女は懐かしい昔の夢を見ていたようだ。数千年前の記憶の夢を。
「懐かしい夢を見ました。懐かしい……私の夢……」
 その記憶が彼女を数千年間も、ある目的へと駆り立てる力となっている。
 彼女の記憶の夢は、即ち彼女の望みの夢でもあるのだ。
「そろそろ記憶のインストールが終わった頃でしょう。天上王の復活です」
 そう言って彼女が目を向けた先で、一つのカプセルが蓋を開けた。
 中から蒸気のようなものがあふれ出し地面へと広がってゆく。その蒸気が光を受け雲のようにボウッと光り幻想的な光景を作り出している。
 やがてカプセル内の蒸気が抜け切った時、中から姿を現したのは大きなバイザーを目深に被った一人の男だった。
「さぁ、目覚めて下さい我らの王。そして命じて下さい。我らに戦えと、下等生物共を根絶やしにしろと」
「……」
 男はゆっくりとカプセルから立ち上がり、自分の体をしげしげと見回した後、周囲の様子を見回している。
 その様子にカーレンは喜び打ち震えながら、パチンと指を鳴らし機械アームに王が羽織るガウンを取らせた。
 裸体の王にそのガウンを被せ、カーレンは王の眼前に跪き申し上げた。
「黒い月の真の起動には王が必要なのです。絶対君主(グランドマスター)として命令する者が。さぁ、お目覚め下さい、新たなる王よ」
 王はそれで何かを理解したように悠然と歩き出すのだった。
 黒い月の中心部、カーレンのラボの更に奥、全システムの中心部に位置する王の玉座へと向かって。



「ちょっとあんたさっきから何してるのよ!? 何この粉? どこに向かってる訳?」
【蟲人と魔神の情報ネットワークには共通点がある】
 アルトメリアが最終奥義で作り出した隙と時間を利用して、ストレンジャーとカイラは黒い月へ内部へと侵入していた。
【だからこっちの言語を魔神用にコンバートする為の情報を集めてる】
「あーあー分かった。私にはさっぱり分からない事が分かった。要するに私はあんたを守ってれば良いんでしょ?」
【うん、お願い】
「はいはい」
 道中、ストレンジャーは通路の至る所に菌糸を撒きながら情報伝達回路を形成している。
 目的は黒い月へのハッキングだ。
 魔神が機械で地球文明の遺産であると知った時、ストレンジャーは蟲人達がそうであるように、魔神達も黒い月からの支援を受けていると考えた。
 そこでシステムにハッキングし、システムから魔神への干渉が出来れば、常軌を逸した強さを誇る魔神にも勝てる可能性があると考えたのだ。
(菌糸でネットワークを形成 ディルカカネットワークアクセス 支援要請 そこに魔神を誘い込めば……)
 やがて通路の奥の開けた空間に到達したストレンジャー達は、そこに眠る一千体の魔神達を見て戦慄した。
 一体でもあれほどの強さと威力を誇るのに、そんな物が千体も起動したら新天地は、いや、この世界は一体どうなってしまうのか。
 あまりにも危険すぎる存在に、ストレンジャーは聖騎士団団長スパイクに言われた言葉を再度思い出す。
『魔神はこの世界を滅ぼしかねない災厄だ。絶対に倒さなければならない。それが我々聖騎士の本来の役割なのだから』
 確かにスパイクの言った事は本当だった。
 これ程の力を持った連中が、今何かをしようと画策している。
 数千年間隠れ続けていたにも拘らず今動き出した目的はいったい……。それが世界征服や世界滅亡と言った事なのかは分からない。
 だが一つだけ確かな事は、恐らく碌な事を考えていないだろうと言う事だ。
(絶対に阻止する。例えこの命に代えても絶対に)
 時が満ちた今、世界の敵が再び動き出そうとしている。それを止めるのが聖騎士団の目的ならば、ストレンジャーは戦おうと思った。
 チームストレンヂア……情報思念体でしかなかった彼女に体と外の世界の素晴らしさを教えてくれた地球の最高の友人達。
 彼等との思い出が詰まったこの世界を、守り抜こうと決意を固めるのだった。
「ど、どうすんのよこんな数。いったいどうしろって言うのよ、こんな……」
【落ち着いてカイラさん】
 ストレンジャーは自分達が出てきたホールの入り口に程近い、一つのカプセルへと近づいた。
 そしてそのカプセルの横にあるコンソールに菌糸を撒くと、その隣で横になり菌糸へと手を伸ばして静かに息を吐き出した。
【これから私は黒い月のシステムにダイレクトアクセスします】
「だ、だいれくと……え? つまりどう言う意味?」
【私の意識をこの建造物にダイブさせるのです】
 意識をダイブさせる。カイラはストレンジャーが何をしようとしているのか詳しい事は理解できなかったが、その意味する所は何となく分かった。
 精霊術師である彼女も精霊を契約を交わす時、無意識下で繋がる為精神を精霊の世界『アストラルサイド』にトリップさせる修行をした。
 恐らくストレンジャーは異世界の文明が作ったこの黒い月や魔神と繋がる為、この場所でそれと同じような事をするつもりなのだろう。
「そんな事して大丈夫なの? それ、あんたの意識はかき消されずにもつの?」
 そう、自分の精神を大きな『流れ』に入れる事は、防衛のしようがない剥き出しの心を危険に晒すと言う事でもあるのだ。
 修行において、カイラはアストラルサイドから戻ってこられなくなった者、精神を破壊されてしまった者、精神が変容して狂ってしまった者、様々な人を見てきた。
 だからストレンジャーが魔神を止めるどころか、逆に飲み込まれてしまうのではないかと心配だったのだ。
【カイラさんて優しいね】
「は、はぁ?! べ、別に優しくなんか……」
 優しいなどと言われ赤くなるカイラに、ストレンジャーはこんな時なのにと笑顔が浮かんで仕方がなかった。
 こんな時なのに……こんな時じゃなければ、きっと彼女とも良い友達になれただろう。共に笑いあって、楽しく時を過ごせただろう。
【魔神達に勝てたらキノコパーティをしようよ】
「あんたこんな時に何言ってんのよ? 頭いかれてんの?」
【そうかもしれない】
「変な奴」
【よく言われる】
 菌糸ネットワークが黒い月のネットワークにアクセス出来た時、カイラ達が通ってきた通路から無数の触手と人の顔をした何かが現れた。
 二人に襲い掛かろうとするソレをカイラは真空刃で撃退しながら、振り向きもせずストレンジャーに言った。
「……まぁ、この場を生き残れたらね」
【うん】
 バリアコートを着ていない触手にはカイラの風の精霊術が通じた。
 ストレンジャー本体から遠く離れたこの場所では体は一つしかない。無防備な体をカイラに任せ、カイラもまた、勝敗をストレンジャーに任せた。
 聖騎士三人の命を賭けた戦いは今クライマックスへと突入する。



「もーやだー! 飽きた飽きた飽きたー!」
 鍵の笛を口から離したリンネは、手をばたつかせながらそう言った。
 ストレンジャーとカイラが黒い月中心部へと向かっていた時、アルトメリアもまた黒い月外装部で戦っていた。
 獣魔術師アルトメリア=リゾルバの最終奥義――己の魂、全使い魔を開放し一斉攻撃を以って敵を駆逐する戦法は、儚くもリンネによって破られようとしていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「異世界動物園はもういいよ。面倒だからそのケダモノ全部横一列に並ばせて! まとめて殺すから」
「誰が……はぁ、そんな事、はぁ、はぁ……聞くと思う?」
「大口叩いてた割りに大した事ないくせに、その自信はどこから出てくるのかなぁ? ボクそう言うの大嫌いなんだよね」
「……」
 正直、彼女はここまで力に差があったとは思っていなかった。
 今までは数体ずつ使い魔をけしかけていたから機械で疲れを知らない魔神に順番に倒されていたが、一度に数百対の獣でかかれば傷くらい、いや、上手く行けば掴まえて拘束・無力化できると期待していた。
 だがその目算は甘かった。
 一体二体で敵わない獣は、十体でも百体でも同じようにリンネには敵わなかったのだ。
 リンネの攻撃は音――音速の早さを持ち指向性もあれば全方位攻撃も出来る。そして何より、リンネは音を使わずとも、素手で獣を簡単に引き千切る力を持っていた。
 当初アルトメリアが考えていた時間の半分も経たない内に、アルトメリアの獣魔はその数を残り数十体にまで減らされてしまったのだった。
「このまま時間を稼げればきっと仲間が何とかしてくれる、とか考えてるでしょ?」
 リンネが巨大な鰐のような獣の顎を足と手で抑えながらアルトメリアに話しかける。
 その隙に狼のような獣魔が数体リンネに噛み付いたがリンネは微動だにしない。勿論、彼女はいまだ無傷のままだ。
「でも残念だったね。中に入ったお仲間は今頃シー姉にやられちゃってるよっ」
 言い終わると同時にリンネを食べようともがいていた鰐型獣魔の上顎と下顎が怪力によって分裂させられた。
 リンネはもぎ取った下顎を振り回し顎に付いた強靭な牙によって、自分に噛み付く狼型獣魔を突き刺し、そのままもがく鰐型獣魔に叩きつけて黒い肉塊を三つ作り上げた。
「なっ!?」
「ほらっ! これであと二十匹っ」
「くっ!?」
 アルトメリアはリンネに気圧されて一歩下がった。
 だがそんな自分を無理やり鼓舞し、決意を固めたように人型の使い魔に次なる命令を出す。
「この手に剣を!」
「へぇ! 今頃になってやっと自分でやる気になったんだ!? でも――」
 アルトメリアはその剣でリンネに攻撃した。彼女は剣士ではないし自身の身体能力も高くないが、それでも勇気を出す為に、そして僅かでも勝算を上げる為に自分も攻撃したのだ。
 だが剣と牙と爪と、アルトメリア渾身の攻撃もリンネにはまるで通用しない。
 飛び掛る獣を倒しつつ、アルトメリアの剣もかわし、いなし、受け止める。完全に遊ばれている事は誰の目にも明らかだった。
「君の動きなんか、蚊が止まるくらい遅く見えるよ!」
「負けるかぁああああ!!」
 それでも戦うしかない少女は懸命に攻撃を繰り返す。自分の命が一つまた一つと減って行く様を見せ付けられながら、諦めずに立ち向かう。
「あと十匹ぃ!」
 そしてとうとう使い魔も残り十体となった。
 アルトメリアの命の数は使い魔の数。獣魔を全て放出した今、彼女の命は普通と同じたった一つ。
 既に死体故生身より死ににくいが、それもリンネの攻撃の前には関係ないだろう。迫り来る死に対、今また昔のように屍喰いの少女はあまりにも無力だった。



「ねぇ、あんた! まだ終わらないの!?」
 その頃、黒い月中央ホールではカイラがシーゲルヘッドを相手に戦っていた。
 魔神と違って攻撃が通じるのは良いが、倒しても倒しても次々新しい頭が襲ってきて切りが無い。
 体力が無限大の魔神と違って体力は有限のカイラは、もう疲労で上手く飛べなくなりつつあり、かわし切れなかった攻撃で体はボロボロになりつつあった。
「こっちはそろそろ限界よ……上だって……」
 カイラが守っているのは無防備な状態のストレンジャーの体だ。
 黒い月は地表から離れている為ディルカカネットワークとは分かれている。
 その為に彼女は自分の体を中継地点にディルカカネットの支援を受けているのだが、もしこの体を破壊されたら黒い月のシステムに隔絶され、意識は永遠に帰って来れなくなるだろう。
 ストレンジャー――元アイドルユニット25通称ニコは、ディルカカネットに情報集合体として漂う魂だけの存在だ。
 そんな彼女にとってボディはただの筐体、三次元世界接続用端子でしかなく、生産すればいくらでも代わりのきく物でしかない。
 だが今回は違った。このボディを失えば二度と本体に帰還できなくなる。それでもカイラを信じて無防備な姿を晒すしかなかった。
 今、ストレンジャーこそが三人の勝利の鍵なのだから。

(何……ここ……)
 ストレンジャーは黒い月のメインシステム内部に侵入していた。
(記憶、記憶、記憶、記憶……全部過去の記録ばかり)
 そこは無限に連なる記憶の海のようだった。何千、何万人もの人々の生きた記憶。人生のビデオ動画が周囲を埋め尽くし、あまりの情報量に卒倒しそうになる。
(色んな人達の……何千人……何万人……いえ、もっと沢山の人達の生きてきた記憶)
 映像と音声とが剥き出しの意識に押し寄せる。こんな中でストレンジャーは、黒い月や魔神の制御に関するプログラムを見つけ出さなければならないのだ。
(ダメ、こんな情報量……押し潰されそう……)
 押し寄せる情報の波に必死に抵抗しながらストレンジャーはヒントを探し続けた。
 あらゆる画面に同じような地球人達の顔が映っている。正直蟲人の彼女には地球人の顔を見分けるのは難しかったが、それでも声や髪型や髪や肌や瞳の色で探し続ける。
(この中で魔神……あの三人に繋がる道は……道は……)
 どのくらい探したろう。時間の感覚が三次元と異なる為分からなかったが、それでも根気よく探して記憶の海を彷徨った結果、彼女はようやくそれらしい情報に辿り着いたのだった。
(ごめんなさい……あなた達を強く作らないと、王様が認めてくれないの)
(良いのですわカーレン様。私達は人間の為に作られたのですから)
(それで博士の願いが叶うなら、オレらはいーんだ)
(ボク達は何があっても、ずっとカーレンの味方だよ?)
(ありがとう……ありがとうみんな……ありがとう)
 カーレンとアクシズ三姉妹の声から見つけた四人の記憶。そこでストレンジャーが見た物は意外なものだった。
(何……これ)
 それは過去から現代へと繋がる物語。カーレンの、アクシズ三姉妹の戦う理由。そして……。

「まだなの!? ねぇ! ちょっとねぇったら!? ねぇ! ストレンジャー! ストレンジャー! あっ」
 ストレンジャーの体を触手から守った瞬間、カイラはとうとうシーゲルヘッドに足を掴まってしまう。
 すぐにカマイタチによって切断、脱出を試みるが一度捕らえられたらもう手遅れだった。動きの止まった瞬間から次々シーゲルヘッドと触手に襲われ、たちどころに身動きが取れなくなってしまう。
「は、放しなさいよ! ちょっと! はな、放せ――放せぇーーー!!」
 とうとう両手両足を掴まり完全に身動き取れなくなったカイラの前に大きなシーゲルヘッドが鎌首をもたげる。
 焦点の合っていない目で舐めるようにカイラを見回した後、ソレは大きな口を開け牙を顕にした。
 口は通常の限界を超え頬は耳まで裂けている。そうしてヒトにあるまじき鮫のように凶悪な牙をカイラの首筋に当てたのだ。
「いや……もう、だめーーー!!」
 カイラの首に乱杭歯のようなノコギリのような牙が食い込む。いくつも開いた牙による穴から血が滲み始め、カイラはギュッと目を瞑ったのだった。 

「ちょこまか逃げんじゃねー!」
「この猛吹雪……視界が、機動力が奪われる! これがヒュントのセカンドアーツ――あっ!?」
 全く同じ頃、黒い月地表付近ではソラリアとヒュント&シーゲルヘッド達との戦いに終止符が打たれようとしていた。
 ヒュントの周囲を飛び回りながらシーゲルヘッドの噛み付きと触手のドリル攻撃をかわし、ヒュントとも戦っていたソラリアだが、ヒュントのセカンドアーツによって引き起こされた猛吹雪によりとうとう掴まえられてしまったのだ。
「とうとう掴まえたぞてぇめぇ!!」
 叫ぶヒュント。その顔は獲物を捕らえた喜びと、これから獲物を殺せる愉悦で歪み、まるで凶悪な悪魔のような顔になっていた。
 ソラリアは何とか拘束を緩めようともがくが後の祭り。両手両足の拘束を強められ体を大の字に広げられながら、ヒュントの眼前に連れて行かれるのだった。
 ヒュントはソラリアが来ると腕を振りかぶり空中元素圧縮を始めた。集める気体はヘリウム、精製する液体は-272.20℃の液体ヘリウムだ。
 魔神のバリアコートも装甲も一瞬で凍りつかせ、ガラスのように粉砕するヒュントの絶対破壊攻撃(アブソリュートブレイクショット)ファイナルアタック『サドン・インパクト』の準備だ。
「や、やられる!」
 最早動かしがたい運命に、ソラリアは固く目をつぶって覚悟した。

「何やってるの? 追い詰められてとうとうイカレちゃったのかな?」
「エルロンだけは……死なせられないからね……」
 一方、同じく黒い月地表で戦っていたアルトメリアは、最後の一体となった人型使い魔を庇いリンネの手刀に胸を貫かれていた。
「死なせられないって、これ君の最後の使い魔だよね? 死体だよ?」
「死体でも……死体でも……エルロン」
 アルトメリアの口からどす黒い液体が溢れ出し、目からは透明な液体まで流れ出ていた。
 その様を見てリンネは気が抜けたのか拍子抜けしたのか、手刀を抜き血を拭いながら敗北したアルトメリアに語りかける。
「まぁいーや。665回目でやっと死んでくれるから。あーーー長かったぁ」
「ごめんね、エルロン……約束……守れそうに無い……や」
 力尽き地面に横たわるアルトメリア。
 その胸にポッカリ開いた大穴から、止め処無く流れ出る彼女の血と、アンデッドの命を繋ぐ死神モルテの神通力が次々に逃げてゆく。
「これで止め。はいっ、お終い!」
 リンネがそう言ったがアルトメリアの耳にはもう届かない。
 モルテの力が抜けると共に、取り戻してゆく人間としての感覚。痛み、苦しみ、恐怖にガクガクと体が震えていたからだ。
 死にたく無い――彼女が今際の際でそう思った瞬間、”ソレ”は起こった。
「……え?」
 リンネの止めは……来なかった。
 鍵の笛を口にくわえ、長い出たのはただの美しいメロディーだった。
「そんな! じゃあこれならどうだ! どうだ! 何で!? どうして発動しないの!?」
「やっと魔法が解けたな……」
 最後は華々しくフィニッシュを飾ろうと音波攻撃を使用としたリンネだったが、何故か彼女の武器から出るのはただの綺麗な音楽だけ。
 シーゲルヘッドと触手は崩れ、それらを形成していたナノマシンの死骸が砂のようになって空に消えてゆく。
 急に使えなくなった自慢の武器にリンネが驚いている隙に、開放されたアルトメリアは最後の力を振り絞って立ち上がった。
 胸に開いた大穴からは依然として血と神力が流れ出ている。それでも彼女は訪れたチャンスを逃すまいと剣を手にし、力の限り振るったのだ。
「っかはっ!」
 剣はバリアコートの防御の隙間を突きアルトメリアの剣がリンネの体に突き立てられた。
「こんな損傷すぐに再生して――再生して、再生……しない!? そんなどうして!」
 普段ならんな程度の攻撃瞬時に回復しものともしないリンネだが、この時は回復しない損傷に驚きあわててしまった。
 この現象が起こった原因――ストレンジャーの『アンチ魔神プログラム』が、黒い月の支援システムを介して自分の体に流れ込んできていた事にリンネが気付いたのは、アルトメリアが剣に力をこめた瞬間だった。
「私達の勝ちだーーー!!」
「カーレンーーー!」
 アルトメリアの剣がリンネの胸を貫く。
 胸には魔神の心臓となる頭部以外唯一の急所、コアユニットが収められている。
 魔神の心とも言うべき感情を作り出す装置――コアユニットを傷つけられ、リンネは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 不死身の化け物――魔神・リンネ=サンサーラの最後だった。
「か、勝てた……」
 ギリギリだった。
 本当にギリギリ、最後の最後まで追い詰められ戦いは、辛くも聖騎士アルトメリアの勝利で幕を閉じた。
 いや、聖騎士三人の勝利と言うべきか。アルトメリア、ストレンジャー、そしてカイラ。三人の力を合わせて、ようやく勝利を掴んだのだ。
 アルトメリアは最後の使い魔、エルロンの死体に抱きつき、三百年ぶりに泣いた。
 そのアルトメリアの華奢な体を、エルロンの死体は何故か命令しても居ないのにしっかりと抱きとめて居たと言う。

「と、止まった……? 間に合ったの? ……はっ、ストレンジャー? ストレンジャー!」
 カイラの首筋に牙を立てていたシーゲルヘッドが動きを止め、砂のようになって崩れ落ちた。
 手足を縛っていた拘束も解け、カイラは横たわったままのストレンジャーに駆け寄る。
【間に合って良かった】
 上半身を起こしながらストレンジャーはいつものようにフリップで話した。
 ストレンジャーもまら、黒い月のシステムから無事生還する事が出来たのだ。聖騎士三人の完全勝利だった。
「何よあんた! スゴイじゃない! 私達勝てたのよね!? あの化け物共に勝てたのよね?」
【化け物なんかじゃなかったよ】
「え?」
 カイラに『化け物』と言われ、ストレンジャーは思わずそう返してしまう。
 なぜなら彼女が見たものは、抗いようの無い時代の流れ――運命に抗おうとした一人の女性と三人の機械少女の悲しい過去だったのだから。
【ううん、何でもない】
 だが彼女達が犯した罪は変わらない。
 これまで数え切れない数の人達を殺してきた罪が消える事は無いのだ。彼女達は罪を重ねすぎた。だから滅びた。それだけの事。
(なんでも……)
 それでもストレンジャーは、心の片隅に残った「可哀想」と言う気持ちを消す事は出来ないのだった。

「な、何故だ……急に体が崩れて……オレの体が……」
「……」
 ヒュントの拳がソラリアを粉砕する前に、ヒュントの体は崩壊を始めていた。
 黒い月と繋がっていた上半身は取れて地に落ち、鍵の拳を突けた腕は力を込めるとボソリと捥げた。
「負けたのか? オレが、オレ達が……お前等如きムシケラに……」
 ストレンジャーの活躍によって一気に形勢は逆転。ソラリアはまた命拾いした。
「ごめん博士……ごめん……ごめ……」
 腕を失い上半身だけとなり芋虫のように這いずるしかなくなったヒュント。
 それでも彼女は涙を流しながら、自分の苦しみより何より生みの親カーレン=フォーマルハウトへの想いでいっぱいなのだ。
 やがて力尽き動かなくなったヒュントを見て、敵だったとは言え妹の無残な最期に、ソラリアは心を痛めずにいられなかった。
「アクシズ三姉妹……可哀想な妹達」
 シーゲルとヒュントの最後。カーレンはきっと見ていただろうに、とうとう助けに来てはくれなかった。
 報われない想いの最後を目の当たりにしながら、ソラリアは自分は絶対にタクトを助けると心に誓うのだった。
「タクト……タクトは今どこにいるの? 探さなくてはタクトを」
 ボロボロになった体を引き擦りながら、ソラリアはタクトを求めまた歩みだすのだった。





  • 全てが 無かったこと になりそうな勢い。どんな結末にたどり着くのか期待半分怖さ半分 -- (名無しさん) 2013-11-25 14:02:28
  • シリーズも終わりが近づいて来たなあと感慨もひとしお。クライマックスからエンディングの後の後日談までどうなるか楽しみ -- (名無しさん) 2013-11-26 13:21:29
  • 人死にとそれ以外のバランス取りがいよいよ難しくなってきた?しかし見守りたいこの流れ -- (名無しさん) 2013-11-28 22:01:43
  • それぞれの戦う舞台を分けることでパワーバランスが異なる面々をしっかり動かしているのが良いですね。絶望と希望と逆転の案配やそれぞれの行く末も丁寧に想像を起こされました。いよいよ終盤へ向けての仕込みや博士の行動など盛り上がってきました -- (名無しさん) 2018-05-20 17:17:20
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最終更新:2013年11月27日 23:21