【奴隷考】

「こんにちは」
「これはこれは、ネフラ奥様!よくいらっしゃいました。本日は如何されたのですか?」
奴隷商のウジャアトが上得意のよく肥えた奥方を出迎える。
「ちょっと家用の奴隷をね」
「そうでございますか!いつもありがとうございます。
しかし奥様ほどの方ならわざわざ当店までお越し頂かなくても使いを出して下さればこちらからお伺い致しましたのに…」
「それがね~…家で使っていた奴隷をいきなり十口も主人が上司の昇進祝いに送っちゃって手が足りなくなっちゃったのよ」
「それはそれは…」
祝い事に奴隷を贈る事はわりと珍しくもないが、この人の主人の稼ぎで十口とはなかなか張り込んだな…さては昇進が確約されているのか?とウジャアトは思考を巡らす。

「上司の方は奴隷使いの荒い人らしいし、主人はお世話になってるみたいだからお祝いはするべきだと思うけど、ちょっとは家政のことも考えて欲しいわ…」
そう言って不機嫌顔で巨大なため息をつく奥様。そこですかさずウジャアトは奥様を慰める。
「ええ、ええ…中々男性には家政の大事さは理解されないものです。しかし聡明な奥様がきちんと家政を取り仕切られていることでご主人の仕事が順調にいきますし、きっといつかそのことを同じく聡明なご主人も理解され奥様に感謝されると思います」
「あら、ありがとう」
ウジャアトに世辞を言われた奥様は笑顔になる。
そこでウジャアトは奥様に商談用の立派な椅子を勧め、奴隷に飲み物を出すように指示すると早速商談に入った。

「では、本日のお求めは家事用の奴隷で宜しいですか?」
「ええ、あとできれはそれなりに教育してあるのが楽でいいわね」
ウジャアトは奴隷の目録をめくり、条件に合うものをピックアップして大きめの陶片に筆で書き記していく。
「必要な口数はいかほどで?」
「最低でも贈ったのと同じだけ10口は欲しいわ」
ふむ…と、ウジャアトは自慢のひげをいじりながら頭でそろばんを弾き、この奥方の現在の財政状況と欲しいだろう技能を持った毛色の良い奴隷を少し考えてから陶片の奴隷名に印をつけいくつかの数字を書き記した。
そしてある程度決まった所で不要な部分を、柑橘類の汁を吸わせた海綿で消して清書した後、じっと自分を見つめる奥様に商品の提案を始める。
「奥様、実のところ奥様もご存知のように最近は奴隷の需要が上がっている割に供給が不足していまして…」
「あら、こちらでもそうなの?他の店でも見積もりを頂いたのだけどなかなか合うのが無くて…」
そうだろうなとウジャアトは心の中で思い、陶片を奥様に見せる。
「当店では残念ながら数の方は7口しか揃えられません。しかし、今回ご用意する奴隷は元商家の所有物で教育が十分行き届いている奴隷ばかりですので口数が足りなくともご不自由はないかと思います」
「でも、それだと普通の奴隷の倍くらいのお値段でしょう?」
「いえいえ、いつも奥様にはご愛顧頂いていますので今回は勉強させて頂いて…これくらいです」
「あら!お安いのね」
ウジャアトが指し示した所に書かれた数字は通常の雑務奴隷と比べて少し高いくらいの値段であった。
しかし、奥様は喜んだあと首をかしげる。

「でもこんなに安くてこちらの採算は合うの?」
「確かに勉強はさせて頂いていますが、それだけではないのですよ」
ウジャアトはニコリとして説明しだした。
「最近、新天地で奴隷の密貿易をしていた人狩りたちの拠点が幾つか潰されましてね…これらはそこに出資していた奴隷商が損害の埋め合わせに安く市場に流した品というわけです。これは奥様のようなお得意様だけにご案内していますのでご内密にお願い致しますよ?」
「あらあら、損をした方にはお気の毒だけどこちらにとってはありがたいわね」
「ええ、需要の高いイストモスや新天地など他国に刈り取りの拠点を作れば素晴らしい儲けが出ますが、見つかって潰されれば大損ですからね。こちらやお客様としてはありがたい話です」
本当にありがたい話だ。昨今は色々な国が奴隷に対して五月蝿く、正規の手段で手に入れられる奴隷の数は減り値段は上がる一方であり、それを解決するために金のある大規模奴隷商達は他国に人買いの拠点を独自で作り回避しているが、ウジャアトのような公共の競り場で仕入れをする中小規模の奴隷商ではそれもできない。
内心彼らを羨む気持ちはあるがしかし、彼らがコケれば彼らの保有する有能な奴隷を公共の競り場でも獲得することができ、それを今回のように上り調子のお得意様に回せる。
入荷は不安定さがあるが戦争の抑制が行われ、債務奴隷以外では付加価値のある奴隷の入手が困難になりつつある昨今では素晴らしいことだ。
「それじゃあ、状態を確認して良ければこの値段で買うわ」
「おありがとうございます…おっと奥様、ここだけの話、今回のは中々いい物を持ったのがいますよ?すでに前も後ろも教育は済んでいますので宜しければお味見もされては…」
ウジャアトが耳打ちをすると奥様は顔を少し赤らめ口元を手で隠すと
「あらあらあらあら…じゃあ、ちょっとお時間頂くわね」
と、隠しようもない弾んだ声でそう言った。
ウジャアトはニコニコ顔で頷くと見目のいい奉公人を呼び、奥様の案内を任せると契約書と関係書類の整理にかかった。

彼が暫く書類を見比べていると店の表が騒がしくなってきた。
どうしたのかと彼が顔を上げると、部屋の中に外で警備をしていた蛇人奴隷がドアをぶち破り血まみれで転がり込んでくる。
息も絶え絶えなそれを一瞥してこいつはもう駄目だな…と一瞬思った後、ウジャアトは部屋の入口を見る。
すると、潰れたドアの残りを蹴り飛ばして大柄な獅子人の男が入ってきた。
「おい、ウジャアト!薄汚い嘘つきの守銭奴奴隷商が!お前が俺に売った地球人の女奴隷はたった2日で壊れたぞ!!弁償しろ!!」
彼はひどい剣幕でウジャアトに食って掛かる。
「ナハマド様、何度目ですか?私は事前にお売りした後の補償は金輪際致しかねますと先にお伝えしておいたはずです。契約書にもそう書いてあります。こちらに保管している原本をお読みになられますか?」
ウジャアトはうんざりした顔で大男にそう言い返す。この獅子人がウジャアトの店に怒鳴りこんできたのはもう5度目である。

ナハマドと呼ばれた彼は古い下級軍人の出で、父親の代まではそこそこの地位に就いていたらしいが、彼自身は親の口利きでやっと警備隊の小隊長になった無能だ。
しかも性格も粗暴で奴隷を使い潰しては奴隷商に食って掛かる様な男で、幾つもの店を出入り禁止になっている。
ウジャアトも古参の客の一人から頼まれてしぶしぶ彼の奴隷の世話をしていたが、貴重な奴隷にいちゃもんをつけてタダ同然の金で持って行ってダメにした上に弁償しろとはもう流石に我慢の限界である。
なおも屁理屈をこねてこちらへ食って掛かろうとするナハマドを見て、ウジャアトは机の上のベルを打ち鳴らす。
「お客様がお帰りだ!お見送りしろ!」
すると奥からナハマドより一回り以上大きい厳ついオーガの用心棒が出てきて、ナハマドの首根っこを引っ掴んで持ち上げた。
「ナハマド、お前にはもううんざりだ俺の前に二度と顔を見せるな…連れてけ!」
用心棒は頷くと暴れるナハマドに一発食らわせて静かにしてから裏口へ連れていった。

「はぁ…奴隷を私情で使い潰す上得意は多いが金にならないああいうのは勘弁して欲しいな」
後始末や奥様との契約などを全て奴隷と奉公人に任せ、椅子にもたれてしばし自室で休憩する。
「あんなクズばっかりなら、手に入れづらくなった奴隷の待遇を上げようなんて甘い考えの小娘にも同意したくなるもんだ」
前王も奴隷に甘かったがその娘ネネも殊更甘い。
足りない奴隷の確保のためにイストモスやドニー・ドニーと小競り合いを起こせばいいものを前王が異世界との外交の手前か奴隷の確保のために戦争を起こさないと宣言したのを律儀に守っている事で奴隷の供給に支障が出ている。
その苦肉の策で行われているのが、奴隷の消費を抑えるために所有者に奴隷の待遇を上させる代わりに今まで緩かった開放の基準をより厳しくしていいという政策だ。

バカバカしい話だとウジャアトは思った。
「自分たちも安い労働力である奴隷が大量にいなければ王のいない今、まともに国を動かすこともできないだろうに…」
そう呟いて気分を落ち着けるためにお気に入りの香を焚く。
火を付けてすぐに香炉から清涼感のある爽やかな香りが部屋中に広がり彼は深呼吸する。
黒猫の女王、商工女とも呼ばれたウルタウルが栽培と交易を始めた香・マアトだ。
今でも高価ではあるが当時は同じ重さの黄金と同じ値段で取引されており、彼女が増産させ輸出路を広げた香辛料共々ラ・ムールを大いに潤したという。
彼女もまた奴隷に甘かった。奴隷の階級にいることが多かった黒猫族の出だったからだろう。賢王と呼ばれたサリエもまた奴隷の大量確保には消極的だった。
しかし、彼ら以外の時代では奴隷の確保のための戦争や人狩り・人買いは盛んだったし奴隷の扱いは今より消耗品に近い物で、今と単純に比べても仕方ないかも知れないがその時代の方が長く、紛れも無く消耗品としての奴隷の恩恵を大きく受けてラ・ムールは発展している。

(まあ、厳しすぎても良くない)
ウジャアトはお優しい王達の正反対である猛り狂う王達の所業を幾つか思い出して身震いする。
一番最初に思い浮かべるのは、赤砂王ラスティン。
彼のその苛烈な性格と血塗られた人生は歴代の王の中でも飛び抜けている。
そのエピソードの中で重大なものが奴隷に関係する話なのだ。
曰く、ラスティン王は馬人共にそそのかされて北方に逃げた狗人奴隷達の逃げ遅れを捕らえて、その血で見せしめに赤い砂漠を作り出し、星神達の怒りを買ったのだと…
星神は狗人達の血を見て流した涙で多くの都市や水場を灰燼に帰し、太陽は7日間ラムールを避けて登るという前代未聞の災厄を引き起こしたのだ。
その後、ラスティンが神殺の剣を求めて歴史上から姿を消した事はラ・ムール人なら誰でも知っていることだ。
これは黒猫の女王も同じだ。
彼女も晩年は調子づいた奴隷により反乱を起こされ、家族を失った後に他の黒猫の一族を引き連れ神殺の剣を求める旅に出て二度と戻らなかった。

丁度がいいのだ何事も…でなければこんな歪な制度に頼りきっている我々はすぐに破滅してしまうだろう…そう思いつつ一介の悩める奴隷商であるウジャアトはしばし目をつむり休息を取るのだった。


  • 職業の貴賎や待遇うんぬんではなく人の幸か不幸かはその人の周囲の人環境が決めるんだぜ~~!というのが伝わってくる -- (名無しさん) 2014-01-08 23:05:32
  • それぞれの立場を上手いこと描写してていいね。一つの例として参考になる -- (名無しさん) 2014-01-09 23:28:56
  • 奴隷を扱う使う者を屈託なく見せる面白い。商品がどうなるかは使用者次第というのがよく分かる -- (としあき) 2014-01-10 21:22:36
  • 種族が多様な異世界だと意思に反して奴隷にさせられたというよりなるべくして生きている者の方が多そうに思った。矛盾と危ういバランスを誰がどれだけ気にかけるかで世界に変化が起こる…か? -- (名無しさん) 2014-01-10 23:27:35
  • 土地柄だの何だのと言いつつも結局人が使う制度は使う人次第で色が変わるってことかな -- (名無しさん) 2017-02-01 13:39:13
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最終更新:2014年01月08日 23:03