【殺人ヘルパー】

 スラヴィアには奇妙な貴族が多くいる。
 パパハイドン邸に、そういった奇妙な貴族が住んでいた。
「エヌよ。やはりここは素材を生かして、そのままというのが素敵だとは思わないかね?」
 ダークエルフの青年は提案した。
「ふふふ、エスはやっぱり単純ね。それもいいけどやっぱり骨よ。素材というなら全てを削ぎ落とした方がいいと思わない? 分かりやすくていいわ。ダブルもそう思うでしょ?」
 エヌと呼ばれたエルフの女性は楽しそうに上を向き奨めた。
「それのほうがよほど単純じゃぁねぇのぉ? やっぱ、ここは多少の不便さがあっても武器だよ、武器の追加だよ。今度ばかりはイーには文句は言わせねぇぞ」
 ダブルという壮健な狗人が力強く断言した。
「あらら。別段、わたくしは文句なんてなくてよ。まあ、欲を言わせて貰えば遊び心が欲しいですわね。そう、今回のテーマは背面海老反り。常にブリッジした状態での歩法などいかが? それから首は常に廻り続けるのがよいわね。そうそう。首を六つばかり集めて順番に正面を向くなんでいかが?」
 狐人のイーは文句を言わない代わりに無理な申し出を上げた。

 鏡に囲まれた部屋で、一つの椅子に4人が背中合わせに座って相談をしていた。
 いや、彼らは背中合わせで繋がっていた。
 北向きに座るエルフのエヌは、長い金髪を手前にまとめ縛りながら柔和な笑みを浮かべている。
 南向きに座るダークエルフのエスは、いつもしたり顔で不敵な笑みを絶やさない。
 東向きに座る狗人のダブルは、いつも不機嫌そうに荒い息で周囲を窺っている。
 西向きに座るイーは、扇で口元を隠しながら細い目で鋭く正面を見据えている。

 ニュース・パパハイドン子爵。別名、全方位子爵。
 彼らは四体で一人。四人で一体というスラヴィアでも特に風変わりな風貌を持っていた。

 さほど仲がよさそうでもないのに、ああでもないこうでもないと四人で言い合いながら身体の方は見事に連携した動きを見せるため、その見た目に反してアクロバット的な行動ができる。
 全方位子爵の名に恥じず……と、いうか説明するまでもなく背後という死角がない。どこの馬鹿が思いついたのか分からないが、四身一体は多対一では無類の強さを発揮する。
 どっちが一なのか多なのか分からないという意見がでても、彼らは黙殺する。

 そんな容貌魁偉なパパハイドン子爵は、新しく手にいれた女奴隷の処遇で喧々諤々と言い合っていた。
 やれこういう屍人にしろとか、こう改造しろとか、アレをつけろコレを外せと、その外見に沿うほどおぞましい提案を繰り返していた。

 哀れな女奴隷は鏡の部屋片隅で、裸のまま放置されていた。

 彼女は何も知らない。異世界の知識も持たず、スラヴィアの貴族がどんなものかも分からない。
 辛うじて言葉を解する恩恵を受けているが、これは彼女を不幸にしかさせない。なまじパパハイドン子爵の言う狂気の沙汰を、まじまじと思い知らされるだけなのだから。

 彼女の名はジェシカ・クリスタルレイン。
 カナダのハイスクールに通う普通の少女だ。
 自由に跳ねる金髪を短く切り、やや幼い顔付きだが整った明るい表情でクラスメイトたちのマスコットとして可愛がられていた。
 しかし、それもいまとなっては昔。たった一週間前までの生活が遠く、夢のように思える。
 ジェシカは親しい友人とそのボーイフレンドたちに誘われキャンプへと行った。なんてことのない湖畔で、ありきたりな歌で焦げたようなバーベキューで夜を楽しんでいた。
 そこへ不自然にも現れた怪物たち。
 異世界があることを知ってはいたが、なんの知識もないジェシカはそれがなんであったかを覚えていない。形容のしようがない大きな人間としか思えなかった。
 抵抗した男子生徒もいたし、22口径だが銃を持った男の子もいた。
 だが、無力だった。
 辛うじて抵抗を続けた男子生徒は、親しい女子生徒と共に逃げた。
 銃を持った男の子は一番奮戦したが、やはり無理だった。今頃は湖で冷たくなっているだろう。

 ジェシカは運悪く。本当に運悪く、一人だけ捕まった。
 連れ去られた先に、誰もいなかった事がそれを証明している。
 なんの抵抗もしなかったため酷い目にはあっていないが、たった一人であることが彼女を弱くさせた。もはや、言葉すら発しない。
 両親を想うとき、時より思い出す近所の幼馴染……。
 線が細く色白で、無口で非社会的で、にごった目の少年。
 キャンプに誘っても何の興味も示さない、誰にも嫌われている変わり者。
 でも、彼はヒーローだった。
 どこにそんな勇気と力が宿っているのか分からないが、どんなときもジェシカを助けてくれた。
 大きな犬にぬいぐるみが取られた時も、何も言わないで取り返してきた。
 ロースクールで女子グループと揉めた時も、無言でずっと隣にいてくれた。

 ハイスクールに入ってから、ジェシカは何もかも上手く行っていた。だから、その少年は何の手助けもしてくれない。もちろん、ジェシカも彼に迷惑をかけてはいけないからと思い、自分ひとりでなんでも解決しようと努力した。
 それが二人を疎遠にさせる、つまらない原因になってしまった。
 どうしてこうなったんだろう。と、ジェシカは冷えた身体を抱いた。
 異世界がどういう風になっているか分からないし、ゲートがどこにあるかも知らないが、確実に言えるのは助けはこないということ。
 想像すると恐ろしい。
 だから考えない。
 二日でこの環境には慣れた。だが、明日はどうなるだろう。
 あの四面の化け物は今も不穏な相談事を繰り返している。
 いったい、私は明日どんな姿に変わっているのかな? 
 身震いは心と寒さがもたらす。
 ヒーローや王子様がフィクションだということは、ジェシカも良く知っている。もうそんな夢想をするような子供じゃない。だが、無力で泣くことも出来ない子供だ。
 あの厚く大きな樫の扉を誰かが蹴り開け、助けに来てくれると願いをかけてもいいのに、浮かぶたびにそんな妄想を打ち消すように首を振る。
 ジェシカは「どうやって諦めるか?」
 そればかりを考えるようになり始めていた。
 どこかパパハイドン子爵たちの声が遠くに聞こえる。
 そろそろ周りが白く霞んで来た。もうすぐ諦められるような気がしてきた。
 ジェシカは、少しだけ助かるのかな? と遠のく意識に感謝し始めた。



「首が廻るのはいいな。我ら全方位子爵の眷属に相応しい。そうは思わんかね? エヌよ」
「あらあら、なんでエスはいつも私に尋ねるのかしら」
「目かなんか武器だ! 武器!」
「ブリッジしたら全方位は無理ねぇ」
 なんとも楽しそうな全方位子爵の会話を、雷のような轟音が打ち消した。
「なんの音だ?」
 ダブルは耳を動かしながら、聞きなれぬ轟音の位置を探った。
 パパハイドン子爵は貴族らしく落ち着いて座っているが、流石にこの音は五月蝿いと不機嫌そうだ。

 ジェシカはこの音を聞いた事がある。
 轟音に弱った心を叩き起こされ、ジェシカは跳ねるように起き上がった。

「廊下からのようだが、なにか壊れたのか……」
 イーが視線を扉に向けたとき、轟音にガリガリと削るような音が混じり始めた。
 ガリガリバリバリという音が途切れた瞬間、樫の扉から激しく刃を回転させる鉄の板が飛び出した。
 これには流石の貴族といえども驚き、腰を浮かせて手近の武器を取った。
 鉄の板は激しい擦過音と破壊音を立てながら、大きな樫の扉に穴を穿ち、やがてドアノブ部分を半円状に切り抜いた。
 ついで何者かが扉を蹴り開ける。

 闖入者は穴が無数に開いた白いマスクを被っていた。
 ホッケーマスクだ。ジェシカはそれを知っている。
 その乱入者は、轟音とどろかす箱に回転する鎖を取り付けた道具を持っている。
 チェーンソーだ。ジェシカはそれを知っている。
 腰には剥き身のマチェット(山刀)を下げ、ボロボロのジーンズはここへ辿りつく困難さを物語っていた。

「おのれ、なにやつだ!」
 パパハイドン子爵の誰かが叫んだ。
 乱入はすっとホッケーマスクを上げた。
 果たしてそこにあった顔は、ジェシカのよく知る少年だった。
 よかった、無事だったか……。
 濁った目だが、口元には柔らかい安堵の笑みが見えた。

 無事を確認し、名乗りを上げる代わりにジェシカへ正体を明かした少年は、再びホッケーマスクを被りなおした。
「ミック! ああ、ミック! 来てくれたの!」
 返事代わりに、少年はチェーンソーの回転を上げた。
 どこまでも無口な少年ミックは、ゆらりとパパハイドン子爵へチェーンソーを向けた。
 挑発するように、チェーンソーの速度を上げ下げする。
 その音に気圧され、子爵の身が退く。
 その時、ババンとチェーンソーが不機嫌そうな音を立てた。次にはちゅーんと情け無い音を立てながら、チェーンソーはその回転を止めた。
「は……。ははっ! とんだ馬鹿が舞い込んだもんだ」
 狂喜してパパハイドン子爵は四身を回転させ、ミックへと踊りかかった。
 チェーンソーが放り捨てられる。
 パパハイドンの持った四つの槍が襲い掛かる。いったい、誰の槍がミックを狙っているのか分からない。ジェシカは目を多い、ミックが槍に刺し抜かれる姿から顔を背けた。
 ブツンと、嫌な音。
 追いかけてドスっと荷物の詰ったダンボール箱を落としたような音。
「きききききききさまあぁぁ!」
 うろたえる子爵の声にハッとして、ジェシカはミックの様子を見た。
 ミックは腰のマチェットを抜き払って、パパハイドン子爵の一つの首……。エヌの首を見事に跳ね上げていた。
「俺はチェーンソーで殺した事……無い」
 実に半年ぶりくらいに聞いたミックの言葉はそれだった。
 ジェシカは泣きながら……笑った。


  • 題名が特徴的なので思わず読んだ。とってもホラー。 地球(キャンプ)から異世界(邸)という移動経緯でいいんだろうか -- (名無しさん) 2012-08-31 21:10:36
  • ジェシカの目にはどんな生物がいるのか想像しましたがどんどんおぞましい造形を浮かべてしまいますね。まさかのチェーンソー登場でホラーが一転してアクションに? -- (名無しさん) 2013-03-31 18:46:34
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る
-

タグ:

SS
+ タグ編集
  • タグ:
  • SS
最終更新:2011年10月17日 12:20