【美死姫への転身】


「うみゅ~・・・たいくつなのです~」
 スラヴィア某所にそびえ立つ、当代最高の被造死徒製造者《クリエイター》にして『最古の貴族』に名を連ねる髑髏王ヴェルルギュリウス邸。
 その一室にて、髑髏王が持てる叡智と技術、絞り出し得る内蔵神気の限りを尽くして作り上げた傑作中の傑作・・・となるはずだった愛娘、ヴィルヘルミナが退屈力全開で暇を持て余していた。
 ヴィルヘルミナが見上げる空には、宵闇に3つの満月が爛々と輝いていた。
「ほへ~~まんまるおつきさまがきれいなのです~」

 3つの満月を眺めるヴィルヘルミナの胸中には、様々な思いが去来していた。
 ニャゴさんあそびにきてくれないな~、チョコチョコチョコレートおーいしー、アニーちゃんのおふねおもしろかったなぁ、またきょうえんでたいなぁ、・・・。
 そんなことを考えている中で、何やらビビビっと来るものを受ける。 照り輝く3つの満月に意識を縫い付けられたかのように、ヴィルヘルミナは夜空を見つめ続ける。


 異界門の向こうでも夜空に輝く月には様々な逸話があるが、<こちら側>にあっては照り輝く3つの月は恐怖と狂気の象徴でしかない。
 3つの月が同時に満月になるという数年に一度の事態に、生者も死者も夜に生きる者は皆警戒をしていたが、それは髑髏王とて例外ではない。
 そうでなくとも愛娘はお脳にお花畑が生成されているほどに純真無垢。 3つの妖月の波動が最も強まるこの夜の影響を受けないとも限らない。
 物珍しく3つの満月を見上げているのだろうと思い、そうであればたしなめる為に部屋に向かう。
「ミーナや、今日の月は良くない月だから、長い事空を見上げてはいか」
「パパ! パパ!」
 死徒としての戦闘能力も高い髑髏王ですら反応できず、顔面真正面で受け止めざるを得ないほどの凄まじい勢いで開け放たれ木端微塵になったドアの陰から、喜色満面のヴィルヘルミナが現れる。
「ほよ? パパどうしたですか?」
「いつつ・・・ミーナや、扉を開ける時はもっとゆっくり」
「そんなことはどうでもいいのですよパパ!」
「そんなことでは・・・で、何がどうしたんじゃ」
「パパ! ミーナはしゅくじょになるべくおべんきょうしなくてはいけないのです!」

 淑女になるべく御勉強。 きっと言葉の意味は分かっていないままに言っているのだろうが、そんなことは髑髏王にとっては確かにどうでもいい話だった。
「そうかそうかぁーーーーーーーーーー!!!! よし分かった! ミーナが立派なレディになれるように、儂が知る限り最高の指導者に会わせてやるからな!」
 『感動のあまり号泣する』という機能を己の身に搭載していたならきっと、その機能を完全かつ最高の状態で使っていたであろう程の感銘と共に、髑髏王はいそいそと書簡を作り始める。


 それから数日。
「きょうからおせわになる、ヴィルヘルミナです! よろしくおねがいします!」
「はい、大変良い御挨拶ですね。 本日から貴女の淑女教育を務めさせて頂く、マリアージと申します」
「はーい! よろしくおねがいしまーす!」
「本日はこちらで寝食を共にして頂くための準備をして頂き、明日から早速講義とさせて頂きますので」
「わかりましたー!」
 寝泊り用のグッズを大量に持たされ一人実家を後にしたヴィルヘルミナが辿り着いたのは、死都程近くに構えられた審議候キエム・デュエトの屋敷。
 審議候の御側役を務めるホビットスラヴィアンのマリアージは、スラヴィアンのハイソサエティの中でも指折りの家政婦長《ハウスキーパー》として知られ、それ故に礼儀作法の類を教導する役目を頼まれることも多い。
 今回ヴィルヘルミナがキエム邸を訪ねたのも、およそスラヴィアで考えうる最高の淑女教育を受けさせたい、という髑髏王の親バカスピリッツの為せる技であった。

 陽神の営みも一回りして翌晩。
「うみゅ・・・すやすや」
「起きなさいヴィルヘルミナ」
「めぎゃん!?」
 豪快に棺桶をひっくり返されるという、未体験の所業と共に目覚めたヴィルヘルミナを出迎えたのは、当然ながらマリアージである。
「既に教練は始まっています。 いつまでも寝ていないで早く支度をなさい」
「うゆ~・・・はぁ~い・・・」
「寝惚けていないで、しゃきっとなさい!」
 寝起きで意識の定まらないヴィルヘルミナに、マリアージは予め用意しておいた水バケツを容赦なくぶちまける。
「うー! なにするのー!」
 意識の覚醒と同時にいきり立ち、グーで襲いかかるヴィルヘルミナを
「まずはここから始めなければなりませんか、ね」
 マリアージは涼しい顔で見据え、クルスベルグ最高級の鋼材で鍛えた甲冑を纏った鬼族スラヴィアンすら叩き潰す膂力の拳を受け流し、
「へぶしッ!?」
 いわゆる当身投げの要領で投げられたヴィルヘルミナは、背中から強かに床に打ち据えられる。
「いい加減、目が覚めましたね。 早く支度をして1階に来るように」
「ふにゃぁぁ・・・」
 こうしてヴィルヘルミナの淑女教育1日目は幕を開けたのであった。


 それからというもの、ヴィルヘルミナに課せられる淑女教育の数々は苛烈極まりないものであった。
 髑髏王がろくに確認もせず勢いだけで、いまだかつて一人も脱落せず完走したものが居ないという最上級コースで申し込みしたというのもある。
 だがそれ以上に、蝶よ花よと育てられ何不自由なく暮らし、かつお脳がお花畑のヴィルヘルミナが「作法」というものを理解し習得するまでに、多大な時間を要したことが大きい。
 しかし、一番の苦労人であるはずのマリアージは、一周回って「手のかかる子ほど可愛い」という心理に到達していた。
 それは、主人であるキエムから「こんなに充実したマリアージは見たことが無い」と言われるほどであったという。

 年月を経て、なんとか皿やグラスを割らなくなり、指でなぞっても埃が残らない清掃を身に付け、所作についても淑女の嗜みというものが身に付き始めた、そんな日の事。
(ふみゅ・・・ここはどこ?)
 幼児がクレヨンで描き殴ったような花畑を、ヴィルヘルミナは当てもなく歩く。
(だれかいませんかー?)
 声を張り呼びかけるが、応答はない。
(およ? どうくつだ!)
 花畑の向こうに、真っ暗な洞窟を見つけたヴィルヘルミナは、興味津々の表情でそこに向かう。
 洞窟の中には、見たことも無いような巨大で凶悪な、怪物としか形容のし様がない存在と、その頭頂には見たことあるようでないような猫人のような物体が鎮座していた。
(おーい!)
 呼びかけるヴィルヘルミナに怪物は咆哮で応え、襲いかかってくる。
(うわわっ! あぶないの! おイタはめっ!なんだよ!)
 それを聞いたか聞かずか、尚も怪物は執拗に攻め立てる。
 怪物が振り下した手だか脚だか分からないモノをヴィルヘルミナは掴み取り、
(こんなせまいところにいちゃ、めーなのぉ!)
 力の限り、洞窟の外に引きずりだそうとする。

(お、力比べか? よくやるねぇ嬢ちゃん。 精々きばれよー)
 怪物の頭頂部に居座る猫人モドキは、胡坐をかきながらガハハと笑い、座下の怪物とヴィルヘルミナの一進一退の綱引きを見やる。
(むー! こっちくるのー!)
(おう嬢ちゃん、俺らは別にここで暮らすのに何の問題もありゃしねぇんだが、なんで引きずり出したがるんよ?)
(こんな、せまいところじゃ、あそべないのー! むー!)
(遊べないから、か・・・そいつぁいい! 今のご時世、俺の眼鏡に適う相手にゃ苦労しそうだが、楽しめなくはなさそうだ。 おいデカブツ、力比べはその辺にして表に出るぞ)
 猫人モドキが怪物の頭をひと殴りすると、殺気立っていた怪物は急に大人しくなり、地響きを立てつつずんずんと洞窟の出口へ進んでいく。

 外は相変わらずのクレヨンお花畑。
(さて嬢ちゃんよ。 外に出たはいいが、どこで何して遊ぶよ)
(う~にゅ~・・・そうだ! ニャゴさんにあいにいくの!)
(誰だそりゃ)
(お耳がと~ってもモフモフなの! でね、ときどきおめめがピカーってひかるの!)
(ほう、そりゃ面白そうな小僧だな。 ところでよ、その小僧は嬢ちゃんの何なんよ?)
(にゃ? う~みゅ~む~・・・よくわからないの)
(よくわからん、か。 まぁそんだけ顔真っ赤にしてりゃ、外野は分からんでもないがな! がっはっは)
(むー! なんだかわかんないけどミーナおこっちゃうの!)
(まぁまぁ落ち着け。 あ、そうだ。 この奥に、氷のベッドでお寝んねしてるのが居るから、ちょっと行って叩き起こして来いよ)
(がってんだ!)
 猫人モドキに連れられて再び洞窟に入ったヴィルヘルミナを待ち受けていたのは、氷というよりは結晶で出来た封印と、その中に納まった女性の姿。
(ねぼすけさんはっけん! ねぼうさんはおみずバシャー!なんだよ!)
(よっしゃ嬢ちゃん、コレ叩き割って起こしてやれ。 唸れ鉄拳、てなもんだな!)
 猫人モドキに言われるがまま、ぶんぶかと腕を振り、力を蓄えて、
(さぁねぼすけさん、ミーナがいまおこしてあげるの!)
 膂力に遠心力が程よく加わって、想像を絶する破壊力を秘めたミーナの御目覚めパンチが封印に突き刺さり――――――――――――――


「自発的に起きてくるようになったので安心していましたが・・・久しぶりに、起こしに行かねばならないようですね」
 ヴィルヘルミナを叩き起こしにいくのも数年振りか、と思い返しつつヴィルヘルミナに宛がった部屋に向かうマリアージだが、不穏当な空気を察し、気配を殺して部屋を伺う。
「ヴィルヘルミナ? もう起床の時間ですよ。 早く支度をして降りてきなさい」
 普段通りに室内へ声をかけるマリアージに対して、中からは
「あ、あの・・・急な話で申し訳ないのですが、御召し物をお借りすることは・・・出来ませんでしょうか?」
 という奇怪な返答がくる。
「何を言っているのです? 入りますよ」
 言うが早く、ドアを開けて部屋に押し入ったマリアージは、こう言うより他無かった。
「・・・どちら様で、ございましょう?」

「それでは、貴女は間違いなくヴィルヘルミナなのですね?」
「はい。 自分でも何がどうしてこのように身体が変化したかは分かりませんが・・・」
「・・・主様、如何致しましょう」
 少女同然だったヴィルヘルミナが、もはや別個体としか言えない言動と、ナマモノであれば年を経ればこうなることもありえようかという容姿に変貌している。
 あまりの想定外の事態に、当人が持参した衣服もマリアージの衣服もサイズが合わず、仕方なくキエムの衣服を見繕いつつマリアージはキエムを呼ぶ。
 応接に集合した3名は、事の次第を共有した上で、どうしたものかと相談を始める。
「幾つか私と彼女でなければ知り得ないような問いかけをしましたが、総て正答しております。 彼女がヴィルヘルミナと判断しうる理由の一つではありますが、断言には至らないかと」
「成程・・・ふむ、『成長するスラヴィアン』ですか。 髑髏王殿がそのような荒唐無稽な存在を産み出そうと試行錯誤している、とは聞いていましたが」
 キエムは昨日までの面影が僅かに残るヴィルヘルミナの容姿を見つつ、
「こうして目の前に現実のものとして存在しているのを見てしまったら、彼の試行が実った事実を喜ぶより他ないでしょう」
「では、彼女をヴィルヘルミナと断定し、髑髏王様に祝いの便りでも出しましょうか」
「断定しても問題ないとして、書簡は止めておきましょう。 これが彼にとっても想定外であれば、彼にとっては相当の刺激になるでしょうし」
 席を立とうとするマリアージを静止したキエムは、饗宴興業の際にも滅多に見せる事の無い、悪戯めいた笑みを浮かべ、
「何より、今の彼女を見た時の髑髏王の反応を、是非とも間近で見たいですからね」
「畏まりました。 では・・・衣服を用立てる時間も必要ですし、本日からしばらくは、その身体に慣れることから始めましょうか、ヴィルヘルミナ」
「はい、本日も御指導御鞭撻の程、宜しくお願い致します」
 こうして、ヴィルヘルミナは新たな身体を得て、再び淑女教育に臨むのであった。

 かくして進化したヴィルヘルミナは、マリアージの指導の下、さらに厳しく精緻を求められる、様々な所作から公文書作成等の事務作業に至るまでを習得するに至り、
「私に教えることが出来る礼儀・作法・業務の総てを修めるに至りました。 これで貴女はもう、何処に出しても恥ずかしくない、立派な淑女です」
「今まで・・・お世話になりました!」
 目出度く免許皆伝となり、いよいよ実家に帰ることとなった。
「では、帰路は私が送りましょう」
「キエム様御自らとは・・・そこまでして頂かなくとも」
「前にも言ったでしょう? 今の貴女を見た髑髏王の反応を是非見たいものだ、とね。 それに、私としても髑髏王殿に所要があるので、物の序で、というやつですよ」
「それであれば、御言葉に甘えさせて頂きます」
 かくして、夜の帳を渡り継ぎ、ヴィルヘルミナは実家に数年ぶりの帰還を果たした。

「お父様、ヴィルヘルミナ、只今帰りまして御座います!」
「・・・どちら様かの?」
 スラヴィアという国家の歴史とほぼ同じ年月を生きた審議候キエムにとって、破顔一笑、抱腹絶倒という言葉が似合うほどに高らかに笑い声をあげたのは、この時以前には一度も無かったという。


 髑髏王は審議候を応接に招き、二人で語り合う。
「しかし、貴殿も人が悪いな審議候。 斯様なことがあったのであれば、儂に一報寄越すのが筋というものだろうに」
「はっはっは、まぁ私にとっても貴殿にとっても、御息女の成長は良い刺激になった、ということですよ」
「それにしても・・・儂が開発した『エンブリオン』の実用検体に、昔に死体商人から買い取った儂ら匹敵する量の神気に溢れた片腕と、モルテ様の御友人である氷原伯殿の体組織の一部を活用して作製した組織を、あの子の体躯生成に活用したのじゃが」
「過去に類のない被造死徒製法によるものだというのは前々から察しておりましたが、そのような経緯で」
「じゃが、先ほど聞いた感じでは、あの子自身にも何が契機かは分からぬのじゃろ? 成長に必要な『何か』が分からぬのでは、研究に活かしようがないのぅ」
「御息女には聞かれたので?」
「『御父様に話して聞かせる話じゃない』と突っぱねられてしまっての・・・」
「異界に曰く、『反抗期』というものでしょうかね?」
「そんな馬鹿なァ!?」
 誰が見ても分かろう程に動揺する髑髏王の姿に、審議候も「この反応はまさしくヒトの父親そのものですな」と苦笑を禁じ得ない。

 気を取り直した髑髏王は、改めて審議候に問う。
「・・・で、お主がわざわざ儂の所に来た本旨は何じゃ。 まさか本気で儂をネタに笑いに来ただけではあるまい?」
「それも充分今日の目的でして、想像以上の成果でしたが・・・もう一つの所用はこちらでしてね」
 審議候が懐から取り出したのは、一通の書簡。
「御息女へ、饗宴への招待状です。 今回の催しは・・・まぁ簡潔に言えば、新人王決定戦のようなものです。 領主あるいはそれに準ずる要職を持つ立場でなく、かつ饗宴への出場歴・回数の浅い者を、自薦・他薦問わず募り行う、一夜限りのデスマッチ形式」
「随分とまた突飛で急な催しじゃな」
「ついぞ半月ほど前、モルテ様がラー様やウルサ様と大乱闘スマッシュ何とかという異界の遊戯に興じた中で発案された企画を、私なりにマイルドかつ参加者の所属領に宣伝効果が見込める内容にしたものですから」
「あのお方はまた、よく分からん企画ばかり立ち上げるのぉ。 で、何故その書簡がウチに来るのかね」
「それはもちろん、御息女が他薦の候補に挙がったからですよ。 一つでも票が入った方の所属領全てに、同様の書簡を配送済みです」
「出場は強制か?」
「任意です。 が、8割方は参加の表明を頂いていますね」
 そうかと一言返答した髑髏王は、ヴィルヘルミナにも書簡を見せ、参加の意思を確認する。
「・・・委細承知致しました。 私も出場致します。 手土産に箔付けの一つも必要でしょうから」
「手土産? 箔付け? 何の事じゃ」
「私事なので御父様には関係ありません」
「審議候よ。 貴殿の従者は、父祖に厳しく当たるよう教育しておるのか・・・?」
「その様な事は御座いませんが」
「むぅ・・・」
 深刻な顔で真剣に悩み始める髑髏王を余所に、審議候は自宅へ帰り、ヴィルヘルミナは来るべき饗宴に向け鍛練を開始するのであった。

 そして迎えた、一夜限りの特別饗宴の日。 新進気鋭の未来のトップファイターの姿を一目見ようと、数多くの来客が会場へ駆けつけた。
 参加者の人数も詳細も、一切を取り仕切る審議候以外の誰にも伏せられたまま、注目の一戦が開催の瞬間を迎えたその時、
「我が名はヴィルヘルミナ・ヴェルルギュリウス! 我が家名を恐れぬ者、己こそが一番と信ずる者から我が許に参じなさい! その悉くを討ち取って差し上げましょう!」
 自信とも無謀とも言える全勝宣言が、戦場に高らかに響き渡る。

 結果的には、巷談に寄れば1対50という戦況をヴィルヘルミナは自ら望んで作り出したわけだが、それが果たしてどうなったか。

「調子に乗るなよ小娘がぁ! 饗宴において、家名などという物が決定的な差とならないことを、思い知らせてやる!」
 最初にヴィルヘルミナに接敵した鬼人種の死徒が、得物にしている巨大な金鎚を振りかざし、力任せに叩き潰しにかかるが
「昔の私なら馬鹿正直に打ち合ったのでしょうが」
 ヴィルヘルミナは空いた左手を挙手するようにさっと掲げ、
「淑女の嗜みは、悠然、優雅、佳麗ですので」
 指先が振り下ろされる金鎚の平面に触れるや否や、衝撃音と共にその動きは止まる。
「な、何だとォ!?」
「力に頼るのみで勝てる程、饗宴の神髄は甘くはない、ということです。 勉強になりましたか?」
 ヴィルヘルミナは金鎚の平面に宛がわれていた手をそっと離し、握り拳に作り替え、また平面に宛がうべく振り上げれば、金鎚の頭部はひび割れ砕け散る。
 自慢の得物が無残な姿になる様に一瞬呆けた鬼人種死徒に即座に急接近したヴィルヘルミナは
「御勉強序でに、申し訳ありませんが、お一つ役に立って頂ければと」
 とだけ言い残し、鬼人種死徒の足を掬い上げ、宙に浮いたところを蹴り飛ばし、
「アンブッシュも結構ですが、相手に気付かれていることに気付けないうちは、まだまだですよ」
 遥か遠距離、異界の銃器を構えて控えていた土人種死徒に直撃させる。

 饗宴史に残る名闘士の筆頭たるヴォーダンの後継にして、それを越えるべくして作り出されたヴィルヘルミナにとって、初饗宴の500体に比べれば質は遥かに高くとも、所詮は新米50体。
 茂みや樹林に隠れての暗器や射撃による奇襲の尽くを叩き落とし、真正面から力の限りに振り下ろされる巨剣や鎚を片手で受け止め粉砕せしめ、技量の限りを尽くした個人技・連携技にも動じることなく隙を看破し打ち破る。
「これで終いですか?」
 死徒としての生存が可能な程度に戦闘不能にされた参加者の山の前で、兄より託された豪斧を傍に立たせ、衣装の肩や袖、手に付いた埃を払い落とし、次の挑戦者を悠然と待ち構えるヴィルヘルミナ。
 審議候による終結の宣言が為されるまでに要した時間は、1刻半程であったという。
「立ちはだかる挑戦者の尽くを唯一人で打ち倒し、尚もその美に陰りを見せぬその壮美にして悠然たるその姿! 今宵皆様の前で繰り広げられたこの光景こそ、『美死姫《フロイライン》』誕生の瞬間に他なりません! 皆様どうぞ、死徒の戦場に咲いた新たなる華に、惜しみない拍手を!」
 審議候の終結宣言の終わりを待たず、会場内には賛美の拍手と新たなる饗宴名士の誕生を歓迎する歓声が飛び交う。 それらを背中に受け止め、ヴィルヘルミナは戦地を後にするのであった。


 第二のデビューともなった特別饗宴から数日、陽光から逃れるべく身に付けていた多重の着衣を脱ぎ棄てたヴィルヘルミナは、宵闇の砂漠を一人駆ける。
 目指す場はただ一点、砂漠の中央に座す砂漠の王都。

 王都の手前では、王都侵入を防ぐ偽王軍と王都奪還を目論む反乱軍による決戦が繰り広げられている。
 ヴィルヘルミナは臆することなく戦地へ踏み入り、渦中にいると確信している唯一人の下へ、唯只管に駆け抜ける。
「・・・まったく、お前はこんなとこまで一人で何しに来たんだ。 成りは変わっても中身はそのまんまか」
「一度ならず二度までも、戦火の最中で巡り合うような人に言われる筋合いはありませんが」
 旧知の間柄である猫人の青年と背中合わせに並び立てば、戦場に咲く美しき死の華が、深夜の砂漠に咲き誇る。

  • 面白い組み合わせだった。純天然素材のヴィルヘルミナへの教育風景はヘレンケラーの幼少の頃を彷彿させた -- (名無しさん) 2014-01-17 23:10:34
  • 素材になっているモノや思い立つ切っ掛けといい髑髏パパさんはその危うさを認識しているんだろうか -- (とっしー) 2014-01-20 22:29:20
  • ストーリーが進んでいくとガラっと場面と空気を変えてくるのが面白い上手い。読み始め「あぁこれダメな子や」と思ったのに清々しく裏切られた! -- (名無しさん) 2015-05-20 00:02:34
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最終更新:2014年01月16日 03:00