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【トンネルを抜けたら異世界だった】

その現象を例えるなら光の洪水。眩い純白の闇の中へ私は飲み込まれる。
向かうべき道筋を見定める両眼は意味を持たず、未来へと歩を進める両足は用を成さず、耳朶を閉ざされ鼻をふさがれ五感の悉くは死に絶える。
この身に残されたのはただ一つ。静かに脈打つ魂の鼓動。この衝動の指し示すままに、私は二百由旬の刹那を駆け抜ける。
その果てに辿り着いたのは渦巻く光の伽藍の最果て。踏み越えられた境界線の先で私の五識は蘇り鮮やかに再生する世界。
 「トンネルを抜けたら雪国だった」
 ふと思い浮かんだ古い小説の一説を口ずさむ。
ならば私も先達に倣いこの言葉を贈ろう。眼下に広がる夕焼けに燃える悠久の大地に。宵藍にはためく天蓋を満たす数多の星たちに。幾度訪れても色あせぬ感動を与えてくれるこの素晴らしい世界に。

―トンネルを抜けたら異世界だった―

 事の始まりは90年代初頭、世界中のあちこちである自然現象が観測され始めたところにまで遡る。
観測された不可思議な空間の揺らぎ、それは文字通り異なる世界と世界を結ぶもんだった。
扉の先に待ち受けていたのは未知との遭遇。古き神話に伝説におとぎ話にその名を刻む幻想の住人たちとの出会い。
やがて両世界で国交が結ばれこの奇妙で親愛なる隣人たちとの新しい生活が始まってほどなく、若者を中心にある一大ムーブメントが巻き起こった。
いわゆる異世界旅行ブーム、そして彼の地に赴きそこで得た摩訶な物品や不思議な体験を人々に伝えることを生業とする者たち。即ち冒険者の誕生である。
と、そこまで書き記して私は手帳を懐に収めた。そう、かく言う私も冒険者の端くれなのだ。
今回私が訪れたのは南米大ゲートより繋がる天空の王国。雲を神と崇め風を友に空で踊る天かける鳥人達の住まう地、オルニトである。

 すっかり日も落ちたというのに人波が途絶えることはなく、むしろ今からが本番とでもいうように熱気渦巻く大通り。
剃刀の刃一枚入らぬほどに見事な石造りの道の両側にはこれまた精緻な石組みの商店が立ち並び、その店先には溢れんばかりの商品の山。地球でも見かける見知った品から見知らぬ不思議な品までその豊富なレパートリーは道行く人の目を楽しませる。
面白いのは商店の1階部分だけではなく2階部分、つまり通り側に面した窓の周りにも棚が組まれ商品が陳列されているところだ。空を飛べる鳥人らしいスペースの活用法である。
かと思えば1階の奥には階段が設えてあり、聞けばこちらは飛ぶ力の弱い子供や怪我人お年寄りや私のような他所から来た飛べない人間用であるとのことだ。
 「つーわけよーチキュー人のニーちゃん。で、一つどうだい?」
 快活に笑いながらつるりと禿げ上がった禿頭の屋台の鳥人がホクホクにふかした芋を私に差し出す。つまり情報料代わりにこれを買えということらしい。この商売上手め。
 「毎度!またのごひいきに!」
 苦笑しつつ代金を支払って私は熱々の芋を口に運ぶ。うん、美味い。
 一時芋を頬張りつつ通りを進むと道の先に一際大きな建物が見えてきた。
目を引く優美な細工が施された分厚い門扉。その隣にぶら下げられた看板には鳥人語や共通語、そして最後につたない日本語でこう書かれていた。
「かごめどり(籠目鳥)」
ここが本日の旅の宿である。
 さっそく呼び鈴を鳴らしギィィと歴史の重みを感じさせて開かれた扉の先に招かれて、
 「おお……」
 私は感嘆の息を漏らした。
円形のホールを囲むようににぐるりと並ぶ部屋、ホールは天井まで吹き抜けており水晶張りの天窓から優しい月の光が降り注ぐ。さながら施設そのものが巨大な鳥かごのようだ。
と、ここで妙なことに気付く。さっきから従業員の姿が一人も見えない。今日この時間に訪れることは前もって伝えていたし、そもそも先ほど扉を開けてもらった手前誰もいないはずはないのだが……。
「ん?」
 訝しみながら周囲を見渡すとホールの真ん中に何やら落ちている。近寄って拾ってみるとそれは一枚の鳥の羽だった。
 「なんでこんなところに羽が?」
 そう私が首をかしげたその時だった。
 バサバサバサッ!突然頭上から聞こえてきた幾重もの羽ばたきの音。慌てて顔をあげて私は思わず息をのむ。
月の光に照らされながら文字通り空から舞い降りる少女たち。色とりどりの美しい翼をもつ少女たちが一人また一人と私の前に。
そして最後に一人の女性が一際優雅に私の前に降り立った。
烏の濡れ羽色というのはきっと彼女の髪のような色を指すのだろう。上質のシルクを思わせるなめらかでしなやかな黒髪、それと対を成すように柔らかな曲線で象られた白磁のように白い体は艶やかなコントラストで美しさを引き立てる。整った顔立ちの中でキラキラと光を宿す私を見つめる黒真珠の瞳。
 「遠路はるばるようこそお越しくださいました。旅のお方、わたくしはこの宿の女将にございます」
 耳を澄ます清らかな声でそう言って、女性は器用に体の前で翼を重ねてペコリと頭を下げる。
 「い、いえいえ!こちらこそこのような素晴らしい歓迎をしてくださってありがとうございます」
 心の底から賛辞を述べながらこちらも慌てて頭を下げる。いかん。顔が熱い。
 そう、今私の目の前にいる彼女たちは人間ではない。美しい女性の上半身と鳥の翼と下半身を併せ持つ半人半鳥の亜人「ハーピー(ハルピュイア)」である。
大切なことなのでもう一度言おう。美しい女性、だ。
先ほど述べた通り今私の目の前にいるのはうら若き乙女たちであり、その誰もがそこらのアイドルが裸足で逃げ出すほどの美少女ばかり。
その上で、だ。あー飛行能力を持つ種族なのだから当然といえば当然なわけで、まぁ一人の男としては残念どころか非常にうれしいことではあるのだがその……、なんだ……皆さん実に露出が多いヤバイ……。
着ているものといえば胸元を覆う水着のような薄布1枚と体の随所にあしらわれた装身具程度。正直目の毒過ぎて目のやり場に困る。
 そんな私の心中を知ってか知らずか女将さんは手を打ち鳴らして珍しい客に浮足立つ従業員にピシャリと鶴の一声。
 「さぁお話はここまで!皆さんお客様におもてなしの用意を!」
 「「「ウィ!マダム!」」」
 それを合図に皆それぞれが各々の持ち場へと飛び去っていく。
 「ではお客様、お食事の用意が整うまでお部屋でおくつろぎくださいませ」
 再び上品な仕草で頭を下げる女将さん。そんな彼女は頭をあげて私と視線が交わった瞬間、パチンッとまるで可憐な少女のように可愛くウインクしてみせた。
 やれやれ全くどこまでもよくできた女将さんである。

 かくて開かれた酒宴は実に豪勢なものだった。ホールを貸し切っての泊り客&従業員総出のお祭り騒ぎ。
 大皿にどかんと盛られたトウモロコシの山。同じくこれまた山盛りのパン。
トウモロコシを引いた粉から作られており自然でほのかな甘さで実に美味い。
他にもヤギ(あくまで地球の動物に例えるなら)肉の串焼きに同じくヤギ肉を使った香辛料とトマトの旨味をたっぷり利かせたシチューに炒め物。
私が道中で食べたふかし芋にフライドポテトにポテトチップスに、ふかして潰した芋にヤギ肉と野菜を混ぜた物にパン粉をつけて揚げたクロケット。
他にもさまざまな料理の数々がこれまたどれも大皿に山盛りでどかんどかんどかん!
喉を潤す美酒の数々。遠くエリスタリアから届けられた果実酒にドニーの火酒、マセ・バズーク直送のミードはねっとりと甘く薫り高く、トウモロコシを使ったオルニトの地酒もややキツいながらも癖になる旨さ。
 そして目を楽しませるのは美しく着飾り素晴らしい声で歌を奏で舞い踊る少女たち。
 「楽しんでいらっしゃいますかお客様?」
 ふと私の隣でお酌をしてくれていた女将さんが尋ねてくる。答えはもちろん、
 「えぇまるで桃源郷に来た気分です」
 にっこり笑う私の返答に彼女も満面の笑みを浮かべて応えた。
 「それはようございました。ほら、お客様の世界に伝わってるわたくしたちのお話ってその……、あんまりよろしいものではないでしょう……?」
 確かに。ギリシャ神話の一つアルゴナウタイ(アルゴー号の冒険)。その物語に登場するハーピーは、その地を治める王の食事の度に現れては食卓に汚物をまき散らし王を口汚い言葉で罵る醜い怪物として伝えられている。
今、私の隣にいる美しい女性とは似ても似つかない。
 「でしょう!ですからわたくしこの機会にわたくし達種族のイメージアップを図りたくて!」
 そう力強く宣言しぐっと鉤爪を握りこむ女将さんはやる気に満ち満ちて見えた。
 「そうですわお客様。実は今宿で出す新メニューの試作中ですの。どうぞ召し上がってご感想をお聞かせくれませんか?」
 「私でよければ喜んで」
 こちらとしても願ってもない話である。よい記事のネタになりそうだし。
 「あぁそれはようございましたわ!きっとお気に召してくださるはず。誰か!こちらのお客様に例の新メニューをお持ちして!」
 「ウィ!マダム!」
 女将に言われて近くにいた給仕の少女がパタパタと慌てた様子で調理部屋があると思しき方向へと飛んでいき、しばらくして蓋に覆われた銀盆を持ってゆっくりとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。
少女が近づくと蓋の中から漏れた食欲を刺激するスパイシーな香りが鼻をくすぐる。郷愁を誘う嗅ぎ慣れた香り、つーかこれってまさか……、
 「さぁどうぞお客様。これが当宿渾身の新メニュー…」
 女将さんの合いの手に応えるかのように給仕の少女はゆっくりと蓋を開く。その中にあったのは、
 「オルニト風ナッツと山菜のカレーです」
 「ぶはッ!」
 咽た。飲みかけのトウモロコシ酒が変なところに入ってアルコールで粘膜を刺激する。
この流れでこれを出すか?まさか狙ってやったんじゃなかろうな?てかカレーて異世界まで来てカレーて。逆に驚いたよ本当に。
いまだ抜けぬアルコールのダメージにせき込みながら私は女将の顔を見やる。
 「どうなさいましたお客様?ささ召し上がってくださいな」
 対する女将さんは先ほどと打って変わらぬニコニコ営業スマイル。だが何故だろう。今はその笑顔の裏側に邪悪な微笑みが見え隠れしてる気がするのは。
 「お客様、こちらの専用のパンに乗せてお召し上がりください」
 給仕の少女がインドのナンを思わせる薄焼きのパン生地(恐らくはトウモロコシ粉製)を恭しく私に差し出す。
私は覚悟を決めてそれを受け取り、言われた通りたっぷりとカレーを載せて思いきり齧り付いた。
……。カレーだ。普通においしいカレーだ。口に入れた瞬間まずスパイシーな香りが鼻を突きぬける。だがそれは決して不快ではなく、次に来るのはピリリと辛いカレーソース。
様々な食材をじっくり煮込んで作られた濃厚な出汁の旨味が香辛料の辛味とほどよくマッチし、パンの微かな優しい甘みも実に後を引く。
具材もどれも素晴らしく美味い。ほくほくとした芋、とろけるほど煮込まれた玉ねぎ、山菜が添える微かな苦みとカリカリに揚げられたナッツの香ばしさ。
 「お客様、お味の方はいかかですか?」
 「すごく、おいしいです……」
 やめられない止まらないとはこのことか。私は次から次へとパンにカレーを乗せながら一心不乱にそれを頬張る。 
特に何より肉が美味い。柔らかく煮込まれながら程よい弾力を残した肉は噛む度に身の内に秘めた肉汁を解き放ち、カレーソースと絡み合えば口の中で喜びに舌が躍る。
それにしても何の肉だろう?先ほどまで食べていたヤギ肉とは一線を画す美味さだ。実に癖がなく食べやすい。それでいて淡泊ながらもしっかりとした旨味。
そう例えるならまるで上質の鶏肉!……とりにく?
 その瞬間、手が止まった。ぶわっと噴出した嫌な汗と悪寒が体を包み込む。
(まさかねーいやまさかねーHAHAHA!)
湧き上がる嫌な予感を抑えつつ、私はチラリと傍らの女将さんへと視線を向ける。
視線の先、静かに私を見つめる彼女は微笑んでいた。優しく、儚げに、慈しむように、祈るように。そして、微笑みはそのままに、その大粒の黒真珠の瞳からすぅと一滴の涙が毀れた。
 「あぁ……良かったわね皆。お客様はこんなに喜んでくださってるわ。ありがとう。本当に皆のお蔭よ……」
 「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!ナンノオニクナンデスカコレー!?」
 堰を切ったようにポロポロと落ちる滴が彼女の羽毛を濡らしていく。声を押し殺し肩を震わせる女将さんとその隣でガタガタ震える私。
最早楽しい酒宴など頭の中から吹っ飛んでしまった。予感どころかひたすらに最悪な確信だけが心の中で盆踊り。あぁ後の祭りとはこのことか……。と、
 「……マダム、あまりお客様をからかわないでください。この人ガチで困ってます」
 先ほど料理を運んできてくれた少女が呆れたようにため息をつく。
 「お客様、あちらをご覧ください」
 絶望に打ちひしがれたまま私は言われるがままに指差された方向へと視線を動かして、そして見た。
ホールの端、柱の陰からこちらの様子を伺っている純白のコック帽と可愛らしいエプロン(見方によっては裸エプロンである)を身に着けたハーピーの少女たちを!
 「おーかーみーさーんー」
 「プッホホッもうしわけありません。だって、こんな、お見事に引っかかてくださるなんてククッ……」
 要はドッキリである。私はこのイタズラ女将の術中にものの見事にハメられていたらしい。いやはや実に見事な演技であった。涙は女の武器とはよく言ったもんである。
 「全くもう…」
 そんな私の醜態がツボに入りまくったらしく未だ笑い転げてる女将(誰がさんづけなどするものか)を無視して、私は照れ隠しに再び思いきりパンに齧り付く。いやはやしかし本当に美味い。
 「ところでこれは何の肉なんですか?」
 リスのように口いっぱいに頬張りながら尋ねると、給仕の少女は楽しそうに目を細めてこう述べたのだった。
 「ただのオオトカゲの肉でございます」
 「ぼへぃ!?」
 私は今度こそ噴出した。


  • とても楽しいオルニト旅行の一幕でした。舞台がしっかりオルニトらしさを出しているのと料理から見える農作物や他国との繋がりの想像からの万国共通カレーで締めは素晴らしい構成でした。オチもさることながらもう一度訪れたくなる雰囲気が印象的でした -- (名無しさん) 2014-07-21 03:23:54
  • 小物や素材とか背景が鳥人の国!って感じで風景が目に浮かんだ。最後まで楽しい空気っていいね -- (名無しさん) 2014-07-21 04:17:56
  • 何やら過去のありそうな?ハーピー達の宿だけど明るい雰囲気と会話がすごく楽しかった -- (名無しさん) 2014-07-22 21:52:09
  • 原点回帰というかまさに王道な作品、オルニトのこうした旅情あふれる話はわりと貴重なので楽しく読ませてもらいました。 -- (名無しさん) 2014-07-22 22:39:25
  • ご感想ありがとうございます。スレの方で説明したのですが、実はこのお宿元娼館設定がありまして宿の名前や女将さんの呼び方ははその名残だったりします。 -- (作者) 2014-07-22 23:54:37
  • 会話も驚きも異世界を旅している!という空気に満ちていた。豆メインと大盛り押しと意外な料理を見せてお茶目な女将で締める。できておる -- (名無しさん) 2014-07-24 23:41:04
  • 旅と料理の相性の良さは他にはないというくらい。ハーピーとカレーの組み合わせは全くの予想外美味しそうだ -- (名無しさん) 2014-09-11 23:34:37
  • 一歩一歩がとても丁寧でしっかりと異世界の風景が広がってきます。端々の薀蓄もハーピーや雰囲気に合ってて良いですね。女将の洒落と艶やかさの効いた仕草は読んでいてニヤニヤしました -- (名無しさん) 2016-12-22 12:25:04
  • 鳥人やハーピーは商売や交流に積極的?異世界料理も最初のハードルさえ越えたら癖になりそうだ -- (名無しさん) 2017-03-08 12:39:47
  • 異世界流おもてなしと種族ならではの建築様式が上手くかみ合っていて面白いですね。安心して異世界を五感で楽しめる美味しい旅の一幕でした -- (名無しさん) 2017-11-26 17:51:14
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最終更新:2014年07月21日 03:47