かくて開かれた酒宴は実に豪勢なものだった。ホールを貸し切っての泊り客&従業員総出のお祭り騒ぎ。
大皿にどかんと盛られたトウモロコシの山。同じくこれまた山盛りのパン。
トウモロコシを引いた粉から作られており自然でほのかな甘さで実に美味い。
他にもヤギ(あくまで地球の動物に例えるなら)肉の串焼きに同じくヤギ肉を使った香辛料とトマトの旨味をたっぷり利かせたシチューに炒め物。
私が道中で食べたふかし芋にフライドポテトにポテトチップスに、ふかして潰した芋にヤギ肉と野菜を混ぜた物にパン粉をつけて揚げたクロケット。
他にもさまざまな料理の数々がこれまたどれも大皿に山盛りでどかんどかんどかん!
喉を潤す美酒の数々。遠く
エリスタリアから届けられた果実酒にドニーの火酒、
マセ・バズーク直送のミードはねっとりと甘く薫り高く、トウモロコシを使ったオルニトの地酒もややキツいながらも癖になる旨さ。
そして目を楽しませるのは美しく着飾り素晴らしい声で歌を奏で舞い踊る少女たち。
「楽しんでいらっしゃいますかお客様?」
ふと私の隣でお酌をしてくれていた女将さんが尋ねてくる。答えはもちろん、
「えぇまるで桃源郷に来た気分です」
にっこり笑う私の返答に彼女も満面の笑みを浮かべて応えた。
「それはようございました。ほら、お客様の世界に伝わってるわたくしたちのお話ってその……、あんまりよろしいものではないでしょう……?」
確かに。ギリシャ神話の一つアルゴナウタイ(アルゴー号の冒険)。その物語に登場するハーピーは、その地を治める王の食事の度に現れては食卓に汚物をまき散らし王を口汚い言葉で罵る醜い怪物として伝えられている。
今、私の隣にいる美しい女性とは似ても似つかない。
「でしょう!ですからわたくしこの機会にわたくし達種族のイメージアップを図りたくて!」
そう力強く宣言しぐっと鉤爪を握りこむ女将さんはやる気に満ち満ちて見えた。
「そうですわお客様。実は今宿で出す新メニューの試作中ですの。どうぞ召し上がってご感想をお聞かせくれませんか?」
「私でよければ喜んで」
こちらとしても願ってもない話である。よい記事のネタになりそうだし。
「あぁそれはようございましたわ!きっとお気に召してくださるはず。誰か!こちらのお客様に例の新メニューをお持ちして!」
「ウィ!マダム!」
女将に言われて近くにいた給仕の少女がパタパタと慌てた様子で調理部屋があると思しき方向へと飛んでいき、しばらくして蓋に覆われた銀盆を持ってゆっくりとした足取りでこちらに歩み寄ってきた。
少女が近づくと蓋の中から漏れた食欲を刺激するスパイシーな香りが鼻をくすぐる。郷愁を誘う嗅ぎ慣れた香り、つーかこれってまさか……、
「さぁどうぞお客様。これが当宿渾身の新メニュー…」
女将さんの合いの手に応えるかのように給仕の少女はゆっくりと蓋を開く。その中にあったのは、
「オルニト風ナッツと山菜のカレーです」
「ぶはッ!」
咽た。飲みかけのトウモロコシ酒が変なところに入ってアルコールで粘膜を刺激する。
この流れでこれを出すか?まさか狙ってやったんじゃなかろうな?てかカレーて異世界まで来てカレーて。逆に驚いたよ本当に。
いまだ抜けぬアルコールのダメージにせき込みながら私は女将の顔を見やる。
「どうなさいましたお客様?ささ召し上がってくださいな」
対する女将さんは先ほどと打って変わらぬニコニコ営業スマイル。だが何故だろう。今はその笑顔の裏側に邪悪な微笑みが見え隠れしてる気がするのは。
「お客様、こちらの専用のパンに乗せてお召し上がりください」
給仕の少女がインドのナンを思わせる薄焼きのパン生地(恐らくはトウモロコシ粉製)を恭しく私に差し出す。
私は覚悟を決めてそれを受け取り、言われた通りたっぷりとカレーを載せて思いきり齧り付いた。
……。カレーだ。普通においしいカレーだ。口に入れた瞬間まずスパイシーな香りが鼻を突きぬける。だがそれは決して不快ではなく、次に来るのはピリリと辛いカレーソース。
様々な食材をじっくり煮込んで作られた濃厚な出汁の旨味が香辛料の辛味とほどよくマッチし、パンの微かな優しい甘みも実に後を引く。
具材もどれも素晴らしく美味い。ほくほくとした芋、とろけるほど煮込まれた玉ねぎ、山菜が添える微かな苦みとカリカリに揚げられたナッツの香ばしさ。
「お客様、お味の方はいかかですか?」
「すごく、おいしいです……」
やめられない止まらないとはこのことか。私は次から次へとパンにカレーを乗せながら一心不乱にそれを頬張る。
特に何より肉が美味い。柔らかく煮込まれながら程よい弾力を残した肉は噛む度に身の内に秘めた肉汁を解き放ち、カレーソースと絡み合えば口の中で喜びに舌が躍る。
それにしても何の肉だろう?先ほどまで食べていたヤギ肉とは一線を画す美味さだ。実に癖がなく食べやすい。それでいて淡泊ながらもしっかりとした旨味。
そう例えるならまるで上質の鶏肉!……とりにく?
その瞬間、手が止まった。ぶわっと噴出した嫌な汗と悪寒が体を包み込む。
(まさかねーいやまさかねーHAHAHA!)
湧き上がる嫌な予感を抑えつつ、私はチラリと傍らの女将さんへと視線を向ける。
視線の先、静かに私を見つめる彼女は微笑んでいた。優しく、儚げに、慈しむように、祈るように。そして、微笑みはそのままに、その大粒の黒真珠の瞳からすぅと一滴の涙が毀れた。
「あぁ……良かったわね皆。お客様はこんなに喜んでくださってるわ。ありがとう。本当に皆のお蔭よ……」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!ナンノオニクナンデスカコレー!?」
堰を切ったようにポロポロと落ちる滴が彼女の羽毛を濡らしていく。声を押し殺し肩を震わせる女将さんとその隣でガタガタ震える私。
最早楽しい酒宴など頭の中から吹っ飛んでしまった。予感どころかひたすらに最悪な確信だけが心の中で盆踊り。あぁ後の祭りとはこのことか……。と、
「……マダム、あまりお客様をからかわないでください。この人ガチで困ってます」
先ほど料理を運んできてくれた少女が呆れたようにため息をつく。
「お客様、あちらをご覧ください」
絶望に打ちひしがれたまま私は言われるがままに指差された方向へと視線を動かして、そして見た。
ホールの端、柱の陰からこちらの様子を伺っている純白のコック帽と可愛らしいエプロン(見方によっては裸エプロンである)を身に着けたハーピーの少女たちを!
「おーかーみーさーんー」
「プッホホッもうしわけありません。だって、こんな、お見事に引っかかてくださるなんてククッ……」
要はドッキリである。私はこのイタズラ女将の術中にものの見事にハメられていたらしい。いやはや実に見事な演技であった。涙は女の武器とはよく言ったもんである。
「全くもう…」
そんな私の醜態がツボに入りまくったらしく未だ笑い転げてる女将(誰がさんづけなどするものか)を無視して、私は照れ隠しに再び思いきりパンに齧り付く。いやはやしかし本当に美味い。
「ところでこれは何の肉なんですか?」
リスのように口いっぱいに頬張りながら尋ねると、給仕の少女は楽しそうに目を細めてこう述べたのだった。
「ただのオオトカゲの肉でございます」
「ぼへぃ!?」
私は今度こそ噴出した。